ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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聖夜の葛藤

 次の日ダリアは、トゥリリに顔を舐められて目を覚ました。

 

『よかった、もうお酒臭くないみたいだね。』

 

「――――――ほんと?」

 

『うん、昨日はほんとに大変だったんだよぉ。ダリアがノットにネコみたいに抱えられて帰ってきた時なんて、大騒ぎだったんだから。』

 

 そのあたりのことになると、もはや意識は無かったのか、全く思い出せない。

 ―――――迷惑をかけたのは確かなようだから、あとでノットには謝ろうと思った。

 

 今日はディゴリー邸に帰る日だ。ダリアは荷作りをして身支度すると、ノットの部屋のドアをそっとノックした。

 

 ノットは既に身支度を済ませ、優雅にお茶を飲みながら本を読んでいた。

 気まずそうな様子のダリアをみて、おかしそうに笑った。

 

「よう、元気そうだな、酔っ払い。」

 

「―――――昨日、迷惑かけたみたいだから、謝るわ。ごめんなさい。」

 

 渋々だが素直に謝ったダリアに、ノットは虚を突かれた。

 気づかわし気な顔で近づいてくる。

 

「どうしたんだよ、まだ調子が悪いのか?」

 

「―――さっきまで本当に悪いと思ってたんだけど、今はあんたの事ぶん殴りたいと思ってるわよ!!失礼な人ね!!」

 

 やっぱりいつも通りだったダリアの反応に、ノットは安心した。

 

 

 

「二日間お世話になりました。たくさんご迷惑をおかけしてすみません。」

 

「いや、かまわないよ。結果的に嬉しいサプライズになった。――――――君の都合が良ければ、また来年も来てくれたまえ。今度は君のソロステージを用意しようじゃないか。」

 

 いよいよ帰る段になってダリアがもう一度ルシウスに謝ると、ルシウスは上機嫌でまた来年もと誘ってくれた。どうやら本当にダリアの歌を気に入ったようだ。

 

「それじゃあドラコ、また学校でな、メリークリスマス。」

 

「ああ、セオもダリアも、また学校で会おう。メリークリスマス。」

 

「メリークリスマス。」

 

 ダリアとノットは、来た時と同じように煙突飛行を使ってマルフォイ邸を後にした。

 帰りの行先は漏れ鍋だった。どうやら気を付けなければならないのは行きだけらしい。

 ダリアはここで、エイモスに迎えに来てもらうことになっていた。

 

 ダリア達が漏れ鍋に着くと、エイモスはまだ到着していないようだった。ノットもあたりを見回して探したが、見当たらない。

 

「まだディゴリー氏は来ていないみたいだな。俺は今のうちに退散することにするよ、鉢合わせると厄介なことになりそうだ――――――じゃあな、モンターナ。よいクリスマスを。」

 

「うん、またホグワーツで。ノットもよいクリスマスを。」

 

 ノットは軽く手を振ると、マルフォイ邸へ行った時のような廃れた路地に消えていった。おそらくどこかにある暖炉を使って、ノット邸へ帰るのだろう。

 本来ならマルフォイ邸から直接帰ることができるはずだが、ダリアを送るためだけに漏れ鍋に寄っていたらしい。そのことに思い至ったダリアは、なんとなく気恥ずかしくなった。

 

 ノットが帰ってしばらくするとエイモスが迎えに来たので、ダリアもディゴリー邸へ帰って行った。

 

 

 

「ああダリア、お帰りなさい!クリスマスパーティーは楽しかった?」

 

「――――た、ただいま。楽しかったよ。」

 

 ディゴリー邸のドアを開くなり、サラが思い切り抱きしめてきたので、ダリアは息が詰まってしまった。

 口ではダリアがマルフォイのパーティーに行くのを後押ししてくれたサラだったが、やはり心配していたらしい。ダリアの無事を確かめると、ニコニコ笑って頬にキスをした。

 

 ちょうどクリスマスのごちそうを作っている最中だったようで、キッチンではセドリックが一心不乱にジャガイモをつぶし、マッシュポテトを作る手伝いをしていた。

 じっと見つめるダリアに気付いたのか、セドリックが顔を上げた。

 

「ああ――――――おかえり、ダリア。楽しかったかい?」

 

「―――うん、まぁ楽しかったかな。また後で夕食の時にでも話すね。」

 

 うまい具合に卒なく会話しているが、セドリックの表情はまだ硬い。無理して取り繕っているからだろう。

 ダリアはため息をついて、荷物を整理するために自室へ入って行った。

 

 

 荷物を整理したり、料理の手伝いをしたりしているうちに、夕食の時間になった。

 今日はクリスマス・イヴなので、ディゴリー家でも簡単なクリスマスパーティーをするのだ。

 

「マルフォイのパーティーと比べたら、ちょっと見劣りしてしまうかしら?」

 

「何をいう、お前の料理は世界一だ!マルフォイの料理なんかとは比べ物にならんさ!」

 

 その通りだ、とダリアは思った。

 確かにマルフォイ邸の料理は高級な食材を使った豪華な料理だった。おそらく、屋敷しもべ妖精とやらが頑張って作ったのだろう。

 対してサラの料理は、高級な食材こそ使っていないが、一つ一つ手間暇かけて手作りしており、サラの愛情が感じられる。

 

 最後のホームパーティーの記憶など、うんと小さい頃に遡らなければ思い出せないダリアにとって、サラの料理はとても懐かしく感じられるものだった。

 

「―――――うん、とってもおいしい!」

 

 大好物のラムチョップを口にしながら、ダリアはそう思った。

 

 その後ダリアは、マルフォイ邸での思い出―――クリスマスツリーがとても大きかったこと、白い孔雀はフワフワだったこと、間違えてお酒を飲んで酔っ払ってしまったことなど―――を大演説した。

 セドリックもクリスマスの空気に当てられたのか、いつもよりだいぶ柔らかい態度で、時折楽し気な笑い声を上げたりもしていた。

 

 ディゴリー家でのクリスマス・イヴは穏やかに過ぎていった。

 

 

 クリスマスの朝、ダリアが目を覚ますと、足元にクリスマスプレゼントの山が積み重ねられていた。

 

『今日の日付になった途端、ドサドサ出てきたんだよ。危うくつぶされるところだったよ。』

 

 トゥリリが不満げに言うのを聞き流して、ダリアは歓声を上げながらプレゼントの包装に飛びついた。

 

 ディゴリー夫妻からは、おしゃれな外套が送られてきていた。季節によって厚さを調節できる便利なもののようだ。

 おそらく、休暇中部屋に籠って出てこないダリアが、寒がりと勘違いしたのだろう。

 実際には寒がりではないがデザインを気に入ったダリアは、喜んで外套をクローゼットにしまった。ダリアからは夫妻に手作りの写真立てを送った。気に入ってもらえるだろうか。

 

 ダフネからは、髪をとかすとキラキラと輝くようになる魔法の櫛が送られてきた。おしゃれに目がないダフネらしい品だ。

 ダリアも彼女には、選んだ髪型に自動的にセットしてくれる魔法のカタログセットを送った。

 

 パンジーからはスノードームが送られてきていた。中でトゥリリのような黒猫が眠たそうにあくびをしている。ドームをゆすると、文句を言うようにこちらを見上げてニャァニャァ鳴いていた。面白い。

 彼女には、マルフォイ邸を訪ねた時に撮ったドラコの写真を編集し、まとめたアルバムを送った。写りが良いものばかり選んだので、きっと喜んでもらえるはずだ。

 

 ミリセントからは、猫用の寝床だった。以前、トゥリリがベッドを占領していたため、ダリアが寝れずに困っていたことを覚えていたのだろう。

 

「どう?トゥリリ。寝心地良さそうじゃない?」

 

『――――――ベッドの方が広くてすきなんだけどなぁ。』

 

 ――――実際使ってくれるかどうかは、分からないが。

 彼女には、ファンだという「妖女シスターズ」というバンドのミニフィギュアを送った。指定した曲をその場で演奏してくれるらしい。

 

 ノットからのプレゼントは、可愛らしいデザインの置時計だった。ちょうど枕元におけるようなサイズで、ホグワーツにも持っていくことができそうだ。―――というか、それを想定しているのだろうか。

 案の定、一緒に添えられたカードには「これ以上朝食に遅れることが無いように。」との余計なメッセージが書かれていた。

 ダリアは、ノットに送ったおしゃれなカフスを、身に着けたら首を絞める呪いのカフスに変えることが可能かどうか真剣に考えた。

 

 マルフォイ夫妻とドラコからは、連名でサファイアの首飾りが送られてきていた。明らかに値打ちの品である。カードにはクリスマスパーティーのお礼と、今度はぜひこの首飾りをつけて参加してほしいとの旨が書かれていた。

 ――――――ダリアからは高級お菓子の詰め合わせを送ったのだが、つり合いがとれないかもしれない。追加で何か送るべきだろうか。後でサラに相談してみよう。

 

 

 

 一通り包みを開けると、ダリアは最後に残った小さいプレゼントを見据えた。

 小さい包みは、セドリックからの物だった。

 ―――――――セドリックの性格的に、プレゼントが送られてくるだろうことは予想がついていたが、いったいどんなものを選んだのだろうか。

 

『呪いの品ってことはないんじゃない?そんな性格じゃないでしょ』

 

「それはわかってるわよ!そういう心配をしてるんじゃないの。」

 

『んー?じゃあ、どんな心配をしてるのさぁ。』

 

「そりゃあもちろん―――――んー、それは、うーん、なにかしら――――」

 

 トゥリリに聞かれて考えてみたが、理由をはっきりと口に出すことは出来なかった。

 自分でも、何を恐れてこの箱を開けることを躊躇しているのか、よく分からなかったのだ。

 

 ――――分からないことはしょうがない。覚悟を決めて、おそるおそる中身を見て、ダリアは拍子抜けした。

 

『なんだ、ただのリボンじゃん。ほらね、特に危ないものじゃなかったよ。』

 

「うん、――――――そうね。」

 

 中身は、ダリアの瞳の色と同じ、青いリボンでできた髪飾りだった。

 ダリアは髪飾りを見つめながら、トゥリリの言葉を考えた。

 ――――確かに危ないものではなかった。だから、私はこんなに安心してるの?だからこんなに嬉しいの?

 

 浮かんでくる笑みを抑えきれず、ダリアはばふっとベッドに突っ伏してじたばたした。その様子をトゥリリが不審げに見ていたが、ダリアはそんなことは気にならなかった。

 

 居てもたってもいられなくなり、ダリアはネグリジェのまま部屋を飛び出した。

 そのまま居間へ駈け込んで、朝食の準備をしているサラにしがみつく。

 サラはネグリジェのままのダリアに、目を丸くして驚いている。

 

「まぁダリア、こんなに早起きさんだなんて珍しい。一体どうしたの!」

 

「見て!プレゼント!リボン貰ったの!!」

 

 ダリアは手に持ったリボンを自慢げにサラに突き出した。よっぽど嬉しかったのだろう、興奮して白い頬がピンクに染まっている。

 

「ふふ、よかったわね、誰からのプレゼントなの?」

「セドリック!!」

 

 意外な名前に、サラは内心驚いていた。

 

 当人同士の問題なので、口を出さないようにしようと思っていたが、ダリアとセドリックはあまりうまくいって居ないと感づいていたからだ。

 無理もない、親戚とはいえ今まで長い間接することの無かった二人だ。今は気まずくてもいずれ時間が解決してくれるだろうと思っていたが、意外とそれは近い未来なのかもしれない。

 起きだしてきたエイモスにも同じようにリボンを見せるダリアを見て、サラはそう期待した。

 

 

 サラとエイモスに自慢したあとも、ダリアは興奮を抑えきれなかった。

 衝動のまま、久しく訪ねていなかったセドリックの部屋に飛び込む。

 部屋ではプレゼントの仕分けをしていたセドリックが、何事かと腰を上げかけていた。

 ダリアは構わずセドリックの眼前に、手の中の物を突き付けた。

 

「ねえセドリック見てみて!!!」

 

「な、なに?どうかしたのか?」

 

「プレゼント!!セドリックに貰ったの!」

 

 ダリアの手の中の物をまじまじと見つめる。―――セドリックが送った青いリボンの髪飾りだ。

 

「確かに、これは僕が送ったプレゼントだけど――――」

 

「―――――――あ。」

 

 ダリアは我に返った。そうだ。セドリックに報告したって意味がないじゃないの――――。

 

 途端にダリアは恥ずかしくなり、誤魔化すように視線を彷徨わせた。

 ふと、仕分けているプレゼントの山(本当に山のようにプレゼントがあった)から外れたところに、自分が送ったプレゼントが置いてあるのに気が付いた。包装がといてあるので、中身はもう見た後なのだろう。

 

「あ、私のプレゼント――――――」

 

 ダリアの視線に気が付いたのだろう、セドリックは「ああ、うん。」と曖昧な返事をした。やましいところがあるような言い方だった。

 

 セドリックへのプレゼントは、クディッチで使うというグローブを選んでいた。何を送ればいいのか悩んで、ダフネ達にたくさん相談して決めたものである。そう悪いものではないはずだ。

 

「ダフネ達に何がいいか聞いて選んだのよ。いいものらしいから、使ってみてね。」

 

「――――まぁ、そのうちね。」

 

 誤魔化すような返事に、ダリアはむっとした。

 

「なんでそのうちなのよ!すぐ使えばいいじゃない!」

 

「それは、今使ってるのがあるし、予備は他にもあるからさ―――――」

 

「―――――っ」

 

 のらりくらりとかわすセドリックにダリアは「私が送ったプレゼントを使う気が無いんだな」と言うことを察した。

 先ほどまで高揚していた気分がみるみるうちに萎んでいく。

 

 癇癪を起しそうになったが、すんでのところで抑え、できるだけ平静に聞こえるように意識して声を出した。

 

「そう、じゃあ、気が向いたら使ってみてよ―――――言っておくけど、それ、ちゃんとお店で包んでもらって、そのまま送ったんだからね。特に手は加えてないんだからね!」

 

 言い逃げのように吐き捨てると、急いでセドリックの部屋を出た。

 

 ――――――分かってるわよ。得体のしれない人間からの贈り物なんて、怖くて使えないわよね。分かってたもの。

 

 ただこの数日間が楽しすぎて、自分が本来ここにいるはずの無い人間だということを、ダリアはすっかり忘れていたのだ。

 

 ダリアは遣り切れない気持ちのまま、自室へと戻って行った。

 


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