クリスマス休暇が終わり、ホグワーツに帰ってもなお、ダリアはモヤモヤを抱えたままだった。
「―――――どうしたの?何かあったの?ダリア。」
「―――――なんでもない。」
久々に会ったダフネ達にも、異変が分かるほどだったらしい。
ダリアが、グリフィンドール対ハッフルパフのクディッチの試合に行きたくないと言っても、無理に連れ出そうとはしなかった。(スリザリンの試合でないというのもあるかもしれないが。)
『まぁ、無理して行かなくてもいいと思うよぉ。ダリアはクディッチそんなに好きじゃないんだからさ。』
「うん――――――――」
クディッチがあまり好きじゃないというのも、見に行きたくない理由の一つではある。
―――――でも、今日の試合には、セドリックが出てるから。
セドリックはきっとダリアのあげたグローブを使わない。そのことがはっきりするのが嫌だった。
結局、グリフィンドールはハッフルパフに快勝したという。ハリー・ポッターが試合開始後すぐにスニッチを取ったらしく、グリフィンドールが負けるところを笑おうと思って観戦していたドラコ達は、むっつりしていた。
このグリフィンドールの勝利により、今まで首位だったスリザリンはその地位を追われ、一位の座をグリフィンドールに奪われることになった。
しかし、スリザリン生達はいつまでも落ち込んでいられなかった。学年末試験の日程が近づいて来ていたからだ。
スリザリン生は良家の子女が多い。その為、保護者は自分たちの子供に良い成績を望む傾向があり、スリザリン生達はこの時期、レイブンクロー生のように勉強漬けの毎日を送っていた。
ダリアも毎日大量の宿題が出される上、ミリセント達に試験勉強の手伝いを頼まれていたので、セドリックについてくよくよ悩んでいる暇は無くなった。
復活祭の休みもほとんど勉強でつぶれ、毎日が飛ぶように過ぎていく中、とんでもない事件が起こった。
グリフィンドールの点数が、一夜にして150点も引かれたのだ。
「なんでも、あのハリー・ポッターとその仲間が、夜中に出歩いているところを捕まったらしいわよ。」
情報通のパンジーが、目をキラキラさせながら言った。
ポッターといえば、スリザリンの一年生にとっては最も目障りだった存在だ。その彼が問題行動を起こしたとあれば、喰いつかないわけがない。
この大量減点により、再びスリザリンが一位に返り咲いたため、談話室の雰囲気は浮足立っていた。
「しかし、ポッターも馬鹿なことをしたな。期待が大きかった分、今や学校中から針のむしろだろ。」
「――――あれだけ持て囃していたくせに、現金な人たちなのね。」
ダリアはグリフィンドールを始めとした他寮の生徒たちの掌返しに、不快感をあらわにしたした。身勝手が過ぎるのではないだろうか。
勝手に期待しておいて、その期待を裏切られると今度は粗さがしをし始める人々に、ダリアは辟易としていた。
「いい気味じゃん。他人に頼ってスリザリンを引きずり降ろそうって連中なんて、碌なもんじゃないわよ―――――――ちょっとドラコ、いつまで辛気臭い顔してるのさ!いい加減立ち直りなって!」
ミリセントが、ずっと俯いて座っているドラコに喝を飛ばした。
本来ならポッターを貶める話題に真っ先に食いついてくるはずのドラコだが、今回ばかりはそうはいかなかったようだ。
ポッター達を罠に嵌めるため、ドラコ自身も夜中に寮を抜け出し、20点を減点されていたのだ。
もっとも、ドラコの行動がグリフィンドールの大量減点を引き起こしたと捉えられ、スリザリン内ではむしろドラコを称賛する声の方が大きかった。
それでも本人は珍しくスネイプ教授に叱られたせいか、ここのところずっと落ち込んでいた。パンジーは気の毒がっているが、いい加減鬱陶しいというのが友人間の共通の見解だった。
「たかだか20点引かれたぐらいでめそめそしないでよ。そんなのダリアが2、3回授業で教授にいい顔すれば取り戻せる点数じゃない!」
「そうだ、グリフィンドールの150点とはわけが違う。お前は失敗したかもしれないけど、狡猾なスリザリン生として、悪くない選択をしたことは確かだろ。」
勝手に名前を使われたダリアはムッとしたが、さすがに空気を読んで黙っていた。
ダフネとノットの励ましに、やっと少し笑顔を見せかけたドラコだったが、またすぐに暗い顔になった。
「減点の事は、まぁ良くはないが、もう忘れることにするよ。―――ただ、そのことで今夜罰則を受けなければいけないんだ。」
「そんな!ひどいわ、ドラコは何にも悪いことしてないのに!!」
「いや、悪いことはしてるだろ・・・」
パンジーの悲鳴に、ミリセントは思わずぼやいた。彼女はドラコの事になると、全く冷静でなくなることが度々あった。
ドラコは夜の11時になると、罰則を受けに玄関ホールへ向かった。あのポッター達も、同じ罰則を受けるという。パンジーは心配そうな顔でドラコを見送っていた。
今夜はドラコが帰ってくるまで、談話室で夜を明かすという。
「―――――それにしても、罰則で玄関ホールに集合って、一体何をするのかしら?」
寝室で鏡台の前に座って金髪を丁寧にすかしながら、ダフネが言った。
既にベッドに入って眠る体制になっていたダリアとミリセントは、ダフネの言葉に同じ疑問を持った。
「確かに、罰則って言ったら、書き取り100回みたいなもんだとばかり思ってたけど。それじゃあどっかの教室に集合ってことになるわよね。」
「――――玄関に集合ってことは、そこから外へ出るって可能性もあるわよね。」
ダリアの言葉に、二人は顔をしかめた。
ホグワーツの敷地内には、禁じられた森が広がっている。そこは人の手が入っていない森で、古の魔法生物が多数生息しているという噂がある。
夜はその魔法生物たちが活発になるため、ホグワーツ城の外への出ることは固く禁じられているはずだ。
「まさかとは思うけどな―――――まあ、いくらなんでも生徒にそこまで危ないことはさせないんじゃない?」
ミリセントはそう言って締めくくったが、その「まさか」が杞憂でないことを、この時はまた知らなかった。
ダリア達がその「まさか」を知ったのは、全員が寝静まった真夜中のことだった。
ドラコの帰りをずっと談話室で待っていたパンジーだったが、日付が変わっても帰ってくる気配がないことに不安になり、同室の友人たちに泣きついた。
「だって、いくら何でも遅すぎるわよ!いくら次の日がお休みだからって、零時を過ぎても拘束される罰だなんて、教育機関としてどうなの!?何かあったとしか思えないわ!」
「それを言うなら。」ダリアは大あくびをしながら言った。「集合時間が11時な時点でおかしいでしょ。日付が変わることを見越してたんじゃない?最初から。」
「そうよ。それに、天文学の授業じゃ夜中ずっと天体観測することもあったじゃない。教員がついているなら、深夜の罰則があってもおかしくないわよ。」
「パンジーはドラコのことになると、すぐ暴走するんだからさぁ。」
ダフネとミリセントも、目をこすりながらパンジーをなだめている。
しかし3人の説得でも、パンジーの不安は治まらなかった。枕に顔を埋めて、シクシクとこの世の終わりのように泣き続けている。(ほとんど病気だ、とダリアは思った。)
そこまで心配することでもないと思っていた3人は呆れたように肩をすくめて、再びベッドに潜り込んだ。
「――――――ああもう、うるさい!いい加減泣き止めってば!」
しかしいつまでたっても止まないすすり泣きに、まずミリセントが耐え切れなくなった。
もちろんダフネとダリアも、このすすり泣きの中安眠することなどできるはずもなく、むっつりして身を起こした。
このままではいつまでたっても眠れない、と考えたダリアは、ため息をついてベッドの上に座り込んだ。
「しかたないわね―――――調べてみてあげる。それで何もなかったら、今度こそ お とな し く 寝てよね。」
「し、しらべるって――――ヒック、一体どうやって調べるっていうのよ!?」
ヒステリックにわめくパンジーを無視して、ダリアはベッドの上に呪文を並べ始めた。
色とりどりの護符が、ダリアの周囲に円を描くように配置されていく。
「何をするつもりなの?ダリア。」
異様な行動をとり始めたダリアに、ダフネが不安げな表情をして訪ねた。ミリセントは「おかしくなるのはパンジーだけで充分だ」とでも言いたげな表情をしている。
「魔法で意識を外へ飛ばして、ドラコの様子を見てきてあげる。飛ばしてる間は体の方が無防備になるから、今並べてるのはほとんど護りの呪文。―――――すっごく複雑な魔法だから、話しかけたりしないでよ。」
この魔法は城に居る時に教えられた魔法だ。
あの大魔法使いやその後継者は、いとも簡単に離れた場所に意識を飛ばし、その周辺を探ることができていたが、この魔法は本来かなり複雑な理論に基づいた上級魔法である。
ダリアは研鑽の末、なんとか使えるようになったが、使用している間は肉体に意識を向ける余裕がないので、それを補うために強力な護りを作る必要があった。
ダリアの肉体は特殊なつくり(・・・)をしているため、悪用されることがないよう、幼い頃から厳しく肉体の保護についての指導をされてきていた。
護符の展開が済んだダリアは、目を閉じてリラックスした姿勢を取ると、意識を体から浮き上がらせた。
自分を上から見下ろすような仮想の視点ができると、その視点を玄関ホールに飛ばし、あたりを猛スピードで探り始めた。
まず周辺の空き教室を探るが、気配は全く無い。―――やはり、最初の予想通り、校舎の外へ出ているのだろうか。
意識を今度は湖の近くへ飛ばす。
人影を見つけた。森番と、グリフィンドールのポッター達だ。しかし、一緒に罰則を受けていたと思われるドラコの姿は見えない。嫌な予感がする。
ダリアは意識を禁じられた森の中へ飛ばした。入り口近くを飛び回り、いくつかの気になるもの――――ケンタウロスだとか、セストラルだとか、ユニコーンだとか―――を見つけた後、ついに大きな木の根元で蹲るドラコを発見した。
ダリアは大きく目を見開いた。珍しく焦ったような様子で立ち上がるダリアに、かたずをのんで見守っていたパンジーが、おそるおそる声をかけた。
「ねえ、ダリア、本当に外を見ることができたの?ドラコは居たの?」
「それどころじゃないわ。どうにかして誰か先生に知らせなきゃ、大変なことになるかもしれない。――――――信じられないわ。あの人たち、ドラコを禁じられた森に置き忘れて帰ってしまったの!!」
それからが大変だった。
まず半狂乱になったパンジーが、スネイプ教授の研究室にもつれ込むように駆け込んで、ドラコの救出を訴えた。幸い教授は何か調べ物をしていたようで、まだ起きていた。
パンジーの要領を得ない(そしてはっきりした根拠のない)訴えに難色を示し、最初は追い返そうとしたスネイプだったが、あまりに鬼気迫って尋常でない様子のパンジーに、渋々罰則を執り行っていたはずのフィルチに連絡を取り、フィルチがハグリッドに確認を取り、――――そこで初めてドラコが禁じられた森に置き去りにされているということが発覚した。
それから間もなく、スネイプによって救出されたドラコは、いつもの貴公子然とした風貌が見る影もないほどボロボロになってしまっていた。その様子を見たパンジーは余計に泣き喚いた。
「あの野蛮で――――学の無い―――――間抜け―――――ウスノロが―――――」
泣きながら怒り狂うという器用なことをしているせいで、所々しか言葉は聞き取れなかったものの、貴族令嬢としてあるまじき言葉の羅列であったことは間違いなかった。
ひとしきりパンジーが泣き喚いた後、女の子4人も、ドラコ本人も、お互いどっと疲れていたので、会話もそこそこに寝室へ這い上がり、すぐに眠ってしまった。