魔法界に潜伏
「ここが、第12系列の世界B―――」
あまり知られていないことだが、実は世界というものは、数多く存在している。
文化や常識、住民の全く違う世界は大きく分けて12系列存在しており、その一つ一つの系列には、それぞれ決まった数の「歴史の異なる世界」が内包されている。
同系列の世界同士は、ある種パラレルワールドともいうことができる世界であり、歴史の大きな出来事のifを節目に、9つまで増えることがあるらしい。
いくつもの系列の世界を経て、ダリアたちがたどり着いたのは、元の世界からほど近い、同じ系列の世界だった。
あまり系列が違うと、常識が全く通じず生活できないと思ったからだ。
まさかあの大魔法使いも、わざわざ世界を超えての家出場所に近い世界を選ぶとは思わないだろう、という打算もあった。
一応城の図書室で、その他の系列の世界について調べた痕跡を残してきてはいるが、ダリアはこの世界についてほんの少しの知識があった。
城で暮らしていた少女の中に、この世界出身の子がいたのだ。(その子から直接話を聞いたわけではない。ダリアはその子の弟と仲が悪かったので。)
この世界は、魔法が「世迷い事」と信じられている世界だ。――――あくまで一般的には。
資料によると、ごく少数の魔法使いたちがそれぞれの国で自治体を作りながら、隠れ住んでいるらしい。
隠れ住んでいるのなら、見つかる可能性も低くなってくるはずだ。
『見つからないのはいいけど、どうやって暮らしていくのさ?』
「うーん、とりあえず適当な人に暗示をかけて、お家に潜り込もうと考えているの。そのための呪文も用意しているわ。」
『うわぁ。』
トゥリリはダリアの強引な計画に少なからず引いたようだったが、もちろんダリアはそんなことに気が付かなかった。
「適当な人」に目星をつけるのに忙しかったからだ。
ダリアはしばらく周辺を歩いて、色々な家を見て回った。
仮初とはいえ、自分が暮らす家になるのだ。下手なところは選びたくない。
この家は―――――ダメね、小さすぎるわ。自分の部屋がないなんて嫌。
こっちは―――うーん、家は素敵だけど、犬を飼ってるわ。却下。
ダリアは犬が苦手だった。トゥリリも首をブンブン振っている。
これ―――――ありえない。ボロボロすぎ!庭だって荒れ放題じゃない!こんな動物小屋みたいなところ住めない!それに――――
ダリアは思った。庭を赤毛の兄弟たちが駆けずり回って遊んでいる。
何年も見ていない故郷が脳裏にひらめき、慌てて頭を振った。
―――――あのペトロッキと同じ赤毛!きっとロクな奴らじゃないわ!
モンターナの家で嫌というほど刷り込まれた、敵対する家への嫌悪感はなかなか拭い去れるものではない。
実のところダリアの故郷では、ある事件をきっかけに、両家の対立は緩やかなものに変わってきていたのだが、家を離れて久しい彼女がそれを知る由もない。
いくつもの家を自分勝手に評価しながら、ふと目に留まった家があった。
白いレンガの壁で作られた小ぎれいな邸宅と、美しく整えられた庭。
花壇では季節の花が咲き乱れている。見たところ、それなりに裕福そうな家庭だ。
当面の生活資金は用意してきたが、余裕があるわけでは無い。潜り込む家庭の経済状況が良いのは嬉しい。
「うん、ここにしましょ。なかなかよさそうなお家じゃない。ね、トゥリリ。」
『犬が居ないならどこでもいいよぉ。』
トゥリリはこれからダリアに振り回されることになるだろうこの家の住人に同情しながらも、興味なさげにあくびをした。
早速ダリアはトランクの中から作りためておいた呪文の束を取り出した。
人に記憶を植え付ける呪文は強力なので、城に居る時からじっくりと時間をかけて作っていた。
ダリアの呪文作りに関する才能は群を抜いているので、ちょっとやそっとでは薄れることはないはずだ。
ダリアは呪文を花束に変え、白いレンガ造りの家のドアを叩いた。
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか。今度近くに越してくるものです。ご挨拶に参りました。」
しばらくすると、ドアが内側から開けられ、優しげな夫人が顔を出した。
夫人はダリアのよそ行きの愛らしい笑顔を見ると、顔を綻ばせた。
「初めまして。ダリアといいます。どうぞよろしく。」
「あらあら、可愛いらしいお嬢さんだこと!わざわざありがとう。私はサラよ、よろしくね。」
夫人はダリアから花束をにっこり笑って受け取ると、不思議そうにあたりを見渡した。
おそらく、保護者の姿を探しているのだろう。ダリアはあらかじめ考えておいた言い訳を口にした。
「両親は仕事で忙しくて、私だけ先に越してきたんです。」
「まぁ――――――」
ダリアが寂しげに言うと、夫人は途端に同情的な表情になった。
おそらく「こんなに小さくてかわいいのにがんばっている、とっても健気な子なのね。」と思っているに違いない、とダリアは思った。
実際人のいい夫人は近いことを考えていたのだろう。ダリアの肩を抱いてにっこり笑った。
「あなたみたいに可愛らしい女の子とご近所さんになれて、とっても嬉しいわ。よかったら、うちでお茶でも飲んでいかない?ちょうどクッキーが焼き上がったところなの。」
「クッキー!私、大好きなんです。ご迷惑でなければ、ぜひ!」
そういえば、家の中から甘い香りが漂ってきている。甘いものに目がないダリアは「料理好きな夫人―――大当たりだわ!」と心の中で喝采を上げた。
無邪気に喜ぶダリアの様子を微笑まし気に見たサラは、ダリアの肩を抱いたまま家の中に招待した。おそらく呪文の効果が出始めているのだろう。
この呪文は人を強制的に操るものではない。「なんとなくダリアに好感を持つ。」「なんとなくダリアに対する警戒心を解く。」など、人の無意識に働き掛けるものだ。―――――この後の強力な暗示をかけるための下準備である。
「エイモス!ちょっと来てちょうだい!素敵なお客様がお見えよ。―――――ふふ、さぁ、椅子に座ってちょうだい、まず、この綺麗なお花を花瓶に生けましょうね――――――」