グリーングラス邸で楽しい四日間を過ごし、ディゴリー家に帰ってきたダリアは、さっさと宿題を済ませると、部屋で呪文を作ったり、トゥリリと遊んだり、サラの料理を手伝ったり、学期末にスネイプ教授に言われた「論文」を意識してちょこっとそれらしきものを書いてみたりしながら引きこもり生活を送っていた。
毎年ディゴリー家では家族旅行に行くことになっているようだが、ここ数年はエイモスの仕事が忙しく、中々休みが取れず旅行は見送りになっていた。
「ねえダリア、あなた、外に出なさすぎよ。さすがに体に悪いんじゃないかしら?ますます肌も白くなって、―――――一歩間違えれば病人に見えるほどよ。」
あまりに引きこもるダリアを見かねて、サラが声をかけた。
息子のセドリックが毎日庭でクィディッチの練習をしたり、友人と海水浴に出かけたりと活動的だった分、ダリアのダラダラが余計心配だったようだ。
本気で心配そうな顔をしている。
流石にこれを無視して引きこもりを続けるのは難しいと判断したダリアは重い腰を上げ、近所を散歩してくることにした。
「あつい、天気よすぎ、溶けちゃう―――――――」
『しっかりしなよ、まだ家から出て数分しかたってないよぉ。』
家を出たはいいものの、真夏の厳しい日差しに、ダリアは数分で音を上げた。
体力の無いダリアは、夏が最も苦手な季節だった。
仕方なしにダリアは呪文で日差しと熱を遮りながら歩くことにした。口笛を吹きながら楽しそうに歩いている風に見えなくもないだろう。
幾分か楽になったので、少し遠くまで散歩を続けていると、思わぬ人物に遭遇した。
道の前方から、赤毛の集団が歩いてきた。近所に住むウィーズリー兄弟だ。
あちらもダリアに気付いたようで、「嫌な奴に会った」とでも言いたげに顔をしかめている。
ウィーズリー兄弟とは話したことは無いが、グリフィンドールとスリザリンなので、お互いにいい印象は持っていなかった。
とは言えここで言い争いをするのも疲れるので、ダリアは無視をすることにした。口笛を吹きながらウィーズリーズの横を素早く通り抜ける。
向こうも、口笛を止めることなく足早に歩くダリアを不審そうに見てはいたが、特に事を構える気はないようだ。
完全に後ろ姿まで見えなくなったのを確認すると、ダリアはほっと溜息をついた。
近所を散歩するとなれば、ホグワーツの生徒に出会う可能性があるということをすっかり忘れていた。やっぱり散歩はディゴリー家の周りだけで済ませた方が良かったかもしれない。
『あ~、冷や冷やした。何事も無くてよかったよ。』
「うん。今度から気をつけなきゃ。どんな言いがかりつけられるか分かんないもん。――――ところで、さっきウィーズリー達と一緒に居たのって、ハリー・ポッターだったわよね。」
出来るだけそちらを見ないように通り過ぎたダリアだったが、しっかりグリフィンドールの英雄の姿は捉えていた。しかし人間の顔を見分けるのが苦手なトゥリリは首をかしげている。
『そうだったの?確かに黒い髪の毛だったけど、良く分かんなかったなぁ。』
「うーん、そう見えたんだけど。もしかしたら、ハリー・ポッターもこの村に住んでたのかもしれないわね。ますます遠出には気を付けなくっちゃ。」
ダリアはハリー・ポッターにそんなに興味が無かったので、彼がマグルの家庭で生活していることも特に知らなかった。
特に意味のない勘違いをした後も散歩を続け、それなりに疲れてきたダリアは、家に引き返すことにした。
まだ散歩に出かけて時間はそう経っていないが、これだけ汗だくになっていれば、サラも「こんなに汗をかくなんて、ダリアはすごい運動したに違いない。」と思ってくれるだろう、と予想した。
もちろんそんなことは無く、サラは「たったこれだけの時間でこんなに汗だくになってしまうなんて、運動不足なんじゃないのかしら。」と余計心配をかけることになった。
夏休みも終わりに近づくと、ホグワーツから新学期に準備するもののリストが送られてきた。今年はダリアとセドリックの分が同時に送られてきたので、居間で二人同時に手紙を開け、中身を確認した。
「――――――――ギルデロイ・ロックハート?誰それ。」
2年生から増える新しい教科は無いので、ダリアはそう買うものは無いだろうと予想していたのだが、闇の魔術に対する防衛術だけは別だった。
去年まで教授を務めていたクィレルがポッターによって斃され、その席が空いていたからだ。
当然教授によって指定する教科書は違うだろうが―――――ここまで同じ著者の本を何冊も教科書に指定することは中々ないような気がした。
「あら、ダリアもギルデロイ・ロックハートの本が教科書なの?新しい先生はロックハートのファンなのかしら。」
サラが困惑したように言う。どうやらセドリックの手紙でも、ロックハートの本が教科書に指定されていたらしい。
全学年で同じ本を指定するとは、かなりこのシリーズを信頼しているらしい。サラが家に何冊かあるというので、少し見せてもらった。
「――――――これって、教科書っていうより、小説じゃないの?」
「そうよね―――――この本で、一体何を教えるつもりなのかしら。」
パラパラと見てみただけだが、本の内容はどれも似たり寄ったりのもので、主人公(ロックハート)が様々な魔法生物を相手に戦ったり交流したりするお話だった。
小説としては面白そうだが、教科書として使うとなると疑問が残る。フィクションを凡例として授業で使うわけにはいかないだろう。
ダリアはすっかりこの本を、作者を主人公に据えた創作物の類だと捉えていた。
やっぱり小説としては中々面白そうだったので、夏休みの残りはロックハートの本を読んで過ごすことにした。
やはりロックハートの本は面白かった。教科書としてはどうかと思うが、話の盛り上げ方などが上手く、早く続きが読みたいと思える構成になっている。
夢中で読み進めているダリアを見て、サラがほほ笑んだ。
「ダリアも気に入ったのね。私も、小説として読むなら、ロックハートの本は好きなのよ。」
「うん。この人文才あるのね。面白いわ。」
特にダリアは最新作「雪男とゆっくり1年」の、雪男との別れのシーンが気に入った。心理描写が巧みで、思わず主人公に共感して泣きそうになってしまった。
「おや、ダリアはロックハートのファンになったのかい?じゃあ、今週の水曜日に教科書を揃えに行くか。確かその日、ロックハートのサイン会が書店で行われているはずだ。」
エイモスの提案にダリアは少し考え、頷いた。
別に作者には興味ないが、主人公のモデルと考えれば会ってみたいかもしれない。
セドリックは元々その日に友人とダイアゴン横丁で遊ぶ約束をしていたらしく、ついでに教科書を揃えることにしたようだった。
セドリックは夏休みの間中、部屋に閉じこもって勉強するか、外へ遊びに行くかのどちらかで、ほとんど家には居付かなかった。
ディゴリー夫妻は「男の子だから遊びたい盛り」とそこまで気にはしていないものの、それでもやはり心配はしているようだ。
これほどあからさまに避けられると、夫妻も原因がダリアとの確執にあると気付いてきたようで、夜中に
「セドは繊細だからな。久しぶりに顔を合わせる年頃の男女が一緒の家に住むのを気にしているのかもしれないな。」
「たった二人のいとこ同士なんだから、お互い慣れてくれればいいのだけど――――時間が解決してくれることを祈りましょう。」
と深刻そうに話し合っているのをダリアは聞いたことがある。
自分のせいでディゴリー家の面々が深刻な悩みを抱えているので、ダリアはますます頭を抱えてしまった。
セドリックと話し合おうにも、向こうはダリアを警戒しているのか、さりげなく二人きりになることを避けている節がある。
――――本当はダリアが出ていくのが一番いいというのは分かっているが、その決断はまだできないでいる。ダリアはディゴリー家での生活を、思いのほか気に入ってしまっていた。
自分勝手なのはもう流石に分かっていたが、何とか色々なことが上手くいく方法が無いものか。
ダリアの最近の悩みは、いろんな意味でセドリックについてだった。
サイン会が行われているフローリシュ・アンド・ブロッツ書店は大混雑していた。サインを貰うまでにどれだけ並べばいいのだろう。かなり時間がかかりそうなことだけは分かったので、ディゴリー家の面々は二手に分かれて行動することにした。
ロックハートの本を読んだことのあるサラとダリアはこのままサイン会場に残り、セドリックとエイモスは新しいクィディッチ用品を買いに行く。
二人と別れてサイン会の列に並んでいると、ダリアは意外な人物を見つけた。
「あれ?ミセス・マルフォイ?」
「まぁ、ダリア。あなたもロックハートのサイン会に来ていたのね。」
このような人込みに居ることが全く想像できない、ドラコの母親のナルシッサ・マルフォイだった。
どうやらロックハートのファンだったようで、たくさんの群衆に押されて疲れたような顔をしているが、手にはしっかり彼の著書を持っていた。
お互いに思わぬ場所での偶然の再会だったので驚いていたが、ダリアが話していた人物に目を向けたサラが、またも驚くようなことを言った。
「あら!あなたナルシッサじゃない。覚えてるかしら?サラ・フォーリーよ。」
「――――――サラ!懐かしいわ、こんなところで出会うなんて!」
どうやら二人は顔見知りのようだった。懐かしそうに学生時代の話をしている。
ダリアは気になったので、サラの袖をくいくい引っ張った。
「おばさん、ミセス・マルフォイのことを知っているの?」
「知っているもなにも、ホグワーツ時代の同級生だったのよ。遠い親戚でもあったから、それなりにお話ししたことがあるの。」
サラが純血一家の一員であるナルシッサと遠い親戚だというのは初めて聞くことだったので、ダリアは内心かなり驚いていた。
ナルシッサも立て続けの思わぬ再会に驚いていたようだったが、すぐにダリアに穏やかな笑顔を向けてくれた。
「ダリアを一目で気に入った理由がわかったわ。――――リジーの娘なのね。」
「ええ。姉の忘れ形見なの。目や鼻のあたりがそっくりでしょう?」
ダリアはドキッとした。リジーというのが、偶然にもダリアの本当の母親の愛称と同じ響きだったからだ。
一瞬正体がばれてしまったのかとも思ったが、本当にサラの亡き姉はリジーという愛称で呼ばれていたようで、その後も「リジー」についての思い出話が続いていく。
「それにしても。」ダリアは前々から疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「私と、その、『ママ』って、よく似ているんですか?前にもセドリックと鼻筋が似ているって言われたことがあるんだけど。」
一年前ホグワーツ特急で居眠りをしていた時にも、セドリックの友人に「鼻筋が似ている」と言われたことをダリアは覚えていた。
サラとナルシッサは少し驚いたような顔をした後、くすくすと笑った。
「そうね、顔立ち全体は似ていないかもしれないけれど、目と鼻はリジーにそっくりよ。」
「ええ。あの人もあなたみたいな綺麗な青い目をしていたわ。」
似ている人物の娘に成りすましていたとは、ダリアはとても運がよかったらしい。
顔立ちを見る限り、セドリックは母親似なので、ダリアが『リジー』に似ているのなら、セドリックとダリアが似ていることもありうるのかもしれなかった。
その時、書店の奥の方から大きな歓声が上がった。店の扉から、ブロンドに白い歯の男性がもったいぶって登場している。ついにギルデロイ・ロックハートが出てきたのだろう。
たちまち書店は黄色い声でいっぱいになった。
意外と列は早く進み(ロックハートのサインのスピードはとても速かった)、ダリアとサラも教科書にサインしてもらうと、すぐに書店の外へ放り出された。
ナルシッサともはぐれてしまったようだ。
エイモスとセドリックに合流するため、待ち合わせ場所に向かう途中、サラがダリアにこっそり教えてくれた。
「私はエイモスと結婚するために家を出たから、彼女が誰と結婚したかまでは知らなかったのだけれど――――マルフォイ家に嫁いでいたのね。ルシウス氏はどうかわからないけれど、彼女は情の深い割にしっかりした女性だから。彼女がいるなら、マルフォイ家も大丈夫かもしれないわ。」
確かに、か弱そうに見えて、意外と気が強そうだということは分かった。
先ほどのサイン会で、ナルシッサは自分より大きな奥様方をかき分けて、ロックハートのサインを貰おうと頑張っている様子を見ると、そう思えた。
無事待ち合わせ場所で落ち合うことが出来ると、セドリックはそのまま友人との待ち合わせ場所に、ディゴリー夫妻とダリアはディゴリー家に帰ることになった。
クィディッチ用品を買いに行った二人はそう疲れていなかったが、人込みに押し合いへし合いされたサラとダリアは、思った以上に疲れていたからだ。
しかし、煙突飛行を使うため漏れ鍋に向かっていると、またもや書店のあたりで騒ぎが起こっているようだった。
人だかりで良く見えないが、どうやら喧嘩が起こっているらしい。怒声とともに、悲鳴のようなものも聞こえてくる。
「まあ嫌だ。こんなところで何かしら――――」
「うーん、ガード魔ンを呼ぶべきか――――ん?あれは――――アーサー・ウィーズリーとルシウス・マルフォイじゃないか!」
エイモスが殴り合いをしている人物に気が付き、驚きの声を上げた。まさか職場の知人が騒ぎの中心に居るとは思ってもいなかったらしい。
確かに人垣の隙間から、背の高い赤毛と金髪の男性がもみ合っているのが見える。確かに一方は、去年のクリスマスで会ったルシウス・マルフォイのように見えた。
エイモスは警備の方に連絡するか迷っていたようだったが、喧嘩はすぐに終わることになった。
遠くからでも目立つホグワーツの森番が、二人を無理やり引き離したのだ。
ルシウス氏はウィーズリー氏とハグリッドを睨むと、ドラコを伴って書店から去って行った。
ナルシッサは居ないが、この騒動を知ったらしこたま怒られるんじゃないかな、とダリアは思った。おそらくダリアの予想は間違っていない。
見物人は明らかにホッとした様子だったが、次の瞬間またぎょっとする羽目になった。
ハグリッドが大きな声で、マルフォイ家への中傷を大きな声で言いだしたからだ。
「―――骨の髄まで腐っとる!家族全員がそうだとみんなが知っとる!マルフォイ家の奴らのいうことなんて、聞く価値がねえことだよ―――――」
マルフォイ家といえば、闇の勢力の一部だったということは暗黙の了解として有名ではあったが、それでもなお魔法界の名家としてその名を知らぬものは居ない貴族だ。
ハグリッドのように直接非難することを恐れる者も多かった。
そのハグリッドのマルフォイ家への怨嗟を聞いたダリアは、思わず眉をしかめた。
「さすがにあれは言い過ぎじゃないのかな?マルフォイ家が闇の勢力だったっていうのは本当かもしれないけど、家族全員腐ってるって―――――ドラコは威張り屋だけど友達思いだし、ミセス・マルフォイだって優しそうな人だったよ。」
ダリアの文句に、エイモスは困った顔をして答えた。
「まぁ、ハグリッドの言い方はあまり良いとは言えないかもしれんな。彼はまぁ、学生時代に色々――――本当に色々あったらしく、スリザリンへの敵愾心が特に強いんだ。気のいい奴なんだが、思い込んだら周りが見えなくなるみたいでな。」
エイモスの言う通り、悪い人間でないのは分かるが、あの思い込みの強さと口の軽さは問題だとダリアは思った。
父親への警戒からか、息子のドラコも同一視して警戒している様子だったからだ。
去年の罰則に関するもやもやを思い出して、ダリアはまた嫌な気分になってしまった。
翌朝、ダリアがいつものように目覚ましで無理やり起床させられると(去年のクリスマスでノットが送ってきたもので、起きるまで持ち主にしか聞こえない嫌な音を出す)、とんでもないニュースが待っていた。
「『ギルデロイ・ロックハート、ホグワーツ闇の魔術に対する防衛術教授に就任』―――――え、うそ!?教授に??」
日刊預言者新聞の一面いっぱいに、ロックハートの輝かしい笑顔と共にその見出しが躍っている。写真のロックハートは自慢するように何度もこちらへ向けてウインクしてきていた。
『嬉しくないの?ファンなんでしょ。』
「私は小説のファンであって、ロックハート自身のファンじゃないの!この人、文才はあるみたいだけど、教師としての資質はどうなのかな?自分の作品、それもフィクションを教科書に指定する時点で、ちょっと怪しいんだけど―――――」
闇の魔術に対する防衛術は、去年もクィレルのつまらない授業だったので、今年こそはという思いがあった。
しかし、この様子では、理想的な授業は望めない気がする―――――ダリアはそう思い、新学期の前から憂鬱な気分になった。