長かった夏休みも終わり、ついにホグワーツへ向かう日がやってきた。
ディゴリー夫妻は寂しがってくれたが、ダリアはセドリックと顔を合わせるたびに息苦しさを感じていたので、内心少しホッとした。
それはセドリックも同じだったようで、キングズクロス駅に向かう間中、どことなく嬉しそうだった。
「じゃあね、セド、ダリア。元気でね。」
「クリスマス休暇には帰ってくるんだぞ。」
キングズクロス駅に着くと、去年と違って列車の近くではなく、駅のホームでお別れをした。
セドリックもダリアも、それぞれ自分の友達と一緒のコンパートメントに乗る約束をしていたからだ。
ダリアはサラとエイモスにお別れのキスをすると、手を振りながらトランクを引っ張り、ダフネ達の姿を探し始めた。
「よう、モンターナ。久しぶりだな。」
「―――ノット!久しぶり。うわ、なんでそんなに日焼けしてるの?」
「地中海に旅行に行ったんだ。毎日海で泳いだらこうなる。」
ダフネ達を捜し歩いていると、ノットに出会った。一年の学期末には真っ白だった肌の色が心なしか濃くなっている。
それになんだか背も高くなったようだ。前はダリアの目線の位置に肩があったのに、今では胸のあたりまでしか届かない。
この一年であまり身長の伸びなかったダリアは、内心ムッとした。
ノットと夏休み中の出来事などを話しながらダフネ達を探していると、列車の方から声をかけられた。見ると、窓からパンジーが手を振っていた。
同じコンパートメントにダフネやミリセント、ドラコ達が居るのも見える。
「パンジー!もう列車に乗ってたんだ。」
「ええ。というかもう出発する時刻だもの。乗り遅れるんじゃないかって冷や冷やしたわ。」
「あなた達が一緒にいてくれてよかった。探す手間が省けたわ。もうすぐ出発するみたいだから、早く乗った方がいいわよ。」
確かにいつの間にやらホームに残っている生徒は少なくなっていた。ダリアはノットに手伝ってもらいながら荷物を列車に上げ、友人たちが確保してくれたコンパートメントに向かった。
そこは車両の端の大きめのコンパートメントだったが、さすがに8人も入るとなると少々手狭に感じられた。
「―――さすがにこの人数じゃきついわね。」
「―――――私思うんだけど、クラッブとゴイルは一人で二人分くらいの横幅があるじゃない。実質このコンパートメントには10人が乗ってるのと同じことだと思うの。」
「そんな分かりきったこと言ってあげないでよ、ダリア。」
恨めしそうに巨体の二人を見つめるダリアの視線に、グラップとゴイルは居心地悪そうに身じろぎした。自分たちが規格外の大きさだという自覚はあるらしい。
それからすぐに、ホグワーツ特急はキングズクロス駅を出発した。
久しぶりに会ったスリザリンの友人たちは、夏休み中の思い出などを口々に語りながら、時間をつぶすことにした。
どうやら夏休みのバカンスは、地中海の辺りが人気だったらしい。
ダリアの生家はイタリアにあったが、幼い頃カプローナを離れたダリアは、地中海の記憶は薄かった。
夏休みの思い出も話尽し、相槌を打つのに疲れてきたダリアがそれに気が付いたのは、ドラコがダイアゴン横丁でポッターとウィーズリーに出くわした話をしている時の事だった。
「――――まったく、あいつのでしゃばり癖にはうんざりだよ。書店に行くだけでやれポッター、写真を撮られてそれポッター、ちやほやされてさぞ満足だろうよ――――」
明らかにポッターに嫉妬しているかのような言い方だったが、ドラコの隣に陣取っていたパンジーは、何度も頷きながら同意していた。
「ほんと、ドラコの言う通りよ!私が新聞でロックハートの記事を切り抜こうとしたら、どうしてもポッターの切れ端が写り込んでしまうの!ロックハートと一緒に写真を撮るなんて、なんて生意気なのかしら!」
「パンジー、あなたロックハートのファンだったのね・・・」
ドラコとは微妙に怒りのポイントがずれているパンジーに、ダフネが呆れたように言った。
面食いのパンジーらしく、しっかりロックハートのファンだったようだ。
あまり興味がなかったので、ぼんやり車窓からの風景を眺めていたダリアは、ふと日が陰ったような気がして窓の外に目をやった。
――――一瞬だが、大きな影が見えた気がする。鳥だろうか?それにしては大きかったような。
やはり気になって外をじっと見つめていると、今度こそ影の正体がはっきりと見えた。
ダリアは窓にへばりついて叫んだ。
「車が飛んでるわ!!!!」
影の正体は、空飛ぶ車だった。あまりに現実的でないので、見間違いかとも思ったが、何度見ても視線の先にあるものはおんぼろのマグル製の車だ。
突然頓珍漢なことを言いだしたダリアに、いぶかし気な顔をしながらも視線を辿った友人たちも、ありえない飛行物体を目にし、驚愕の声を上げた。
空飛ぶ車をよく見ようと、全員が窓際にぎゅうぎゅう集まってきた。(通路近くの窓際に座っていたダリアとノットはぺしゃんこになってしまうのではないかと思った。)
「信じられない!あれってマグルの車でしょう?あんなものが飛んでいるのがもしマグルに見つかったら大変なことになるわよ!」
「一体どこの馬鹿がこんな真似をしたんだ!飛ぶならもっと、マグルに見つからないように上を飛べよ!」
「あ、雲の中に消えるわよ!」
しばらく低空飛行を続けた空飛ぶ車だったが、再び上昇すると、雲の中へ入っていき見えなくなってしまった。
今見たものが信じられない彼らは、全員で顔を見合わせた。集団幻覚でも見たのかとも思ったが、このコンパートメント以外でも目撃されていたようで、車内はにわかに騒がしくなった。
「これは大変なことになったわね――――一体何が起こっていたのかしら。」
「日刊預言者新聞がきっと号外を出すわ。それで色々分かればいいんだけど。」
「――――おい、お前らいい加減窓から離れろ!モンターナが一番下でつぶれてるぞ!」
茫然としていた彼らだったが、ノットの言葉に慌てて窓際を離れた。
「むぎゅう。」
「きゃあ!ダリア大丈夫!?しっかりして!」
「おい、椅子を空けろ!急いで横にさせるんだ!」
ノットが必死に庇っていたようだが、7人分(実質2倍の二人を考慮すると9人分)の重さの下敷きになったダリアは、すっかり目を回してしまっていた。
ダリアが目を覚ましたのは、ホグワーツの医務室のベッドの上だった。
空飛ぶ車を見たことは覚えているが、そこから先の記憶が曖昧だった。とてつもなく重いものに押しつぶされたような気がするのだが、なぜそうなったかまでははっきり覚えていない。
とりあえずお腹がすいたダリアは、何か食べるものを貰おうとベッドから降りようとした。すると、見計らったかのようなタイミングで、マダム・ポンフリーが仕切りから顔をのぞかせた。
「ああモンターナ!気が付いたのですね、よかった。何が起こったのか覚えていますか?」
「あー、おはようございます、マダム・ポンフリー。すみません、正直何が何だか良く分かっていません。」
仕方なしにそう答えると、マダム・ポンフリーは鼻息荒く答えた。
「ええそうでしょとも!子供とはいえ、7人もの人間の下敷きになったのです。ノットが支えていなければ、内臓が破裂していたっておかしくありませんでした!」
そんなに深刻な状態だったとは思っても居なかったダリアは、少なからずショックを受けた。
考えてみれは、クラッブとゴイルどちらか一人がのしかかっただけでも、子供一人ぺしゃんこにしそうな重量感がある。
それにプラスして更に数人にのしかかられたというならば、命の危険があったというのも頷けた。
後でノットにはめちゃくちゃお礼を言わなければ―――――クリスマスパーティーの夜に引き続き彼に借りが出来てしまったダリアは、そのことで嫌な気はしなかったものの、小さくため息をついた。
ともあれ今は空腹を満たすのが先だ。大広間でのパーティーで食事にありつこうとしたダリアだったが、その前にマダム・ポンフリーが仁王立ちで立ちふさがった。
「行かせません。あなたは今日、ここに入院です。」
「―――――――ええっ、どうして!」
ダリアはびっくりして叫んだが、マダム・ポンフリーは意見を覆す気は無いようで、小鼻を膨らませながらもう一度繰り返した。
「あなたはここに入院して、一晩様子を見ます!先ほども言いましたが、あなたは内臓破裂の可能性があったのですよ?食事など許すはずもありません!」
「そ、そんなぁ―――――」
マダムの決意は固く、ダリアはその晩、楽しいパーティーとごちそうを思い、空腹に耐えながら夜を明かすことになった。
次の日の早朝、退院を許されたダリアは、今までで一番の早さで朝食に向かった。空腹で全く眠れなかったからだ。
久々のホグワーツでの朝食(今日は時間に余裕があるので、オートミールではなくソーセージやらスクランブルエッグやらにした)をむさぼるように食べていると、ソロゾロと他の生徒達も起きだして大広間はたちまち混雑しだした。
「ああっ、ダリア!」
鋭い悲鳴のような声で呼ばれたダリアが振り向くと、突然タックルされるような勢いで何者かに抱き着かれた。
「よかった、無事退院できたのね!私、ダリアが入院しなきゃいけなくなったって聞いてから心配で心配で――――――本当にごめんなさい!」
「もしゃもしゃ、もしゃ。」
今にも泣き出さん、という風な様相のダフネだった。目の下にうっすらとクマが出来ている。
本当に心配過ぎてよく眠れなかったようだ。
ダリアはクロワッサンを口いっぱいに頬張りながら話そうとしたが、誰も理解できなかったようなので、口の中の物をミルクで流し込んでもう一度言った。
「ノットのおかげで死なずに済んだって言われた。助かったわ。」
「―――――そりゃどうも。」
早めに借りを返したかったダリアは、開口一番そう言って満足気に息を吐いた。
後から来たノットは呆れた様子だったが、ダフネは更に顔を歪ませた。
「――――死ぬかもしれなかっただなんて!そんなに重傷だったの!?」
「大丈夫だよ。きっと主にクラッブとゴイルのせいだから、ダフネは気にしなくていいと思う。」
偶然この場に居なかった二人に全部責任を放り投げてダフネを適当に慰めると、ダリアは今度はフルーツに手を付け始めた。
すぐにパンジーやミリセントもやってきて口々に謝られたが、食べるのに夢中だったダリアはフンフンおざなりに返事をするだけであまり真剣に聞いていなかった。(「ちょっと真面目に聞きなさいよ!」とパンジーに怒られた。)
「そういえばダリア、昨日の空飛ぶ車の正体が分かったわよ。」
全員で朝食を取っていると、パンジーがふと思い出したように言った。ダリアもそのことには興味があったので、驚いたように彼女の方を見た。
しかしパンジーは、どこか不満げな表情をしている。
「え、そんなに危ないものだったの?あの車。」
「違うわよ。あの車を運転していた奴らが問題なの!あいつらのせいでドラコはふてくされて朝食に出てこないし――――」
パンジーが息巻いていると、唐突に大広間に雷のような怒鳴り声が響き渡った。
ダリアはびっくりして、一瞬でテーブルの下に逃げ込んだ。普段のトロトロした動きからは考えられないほどのスピードだった。
ダリアは何故か、大きい音があまり好きではなかった。
「びっくりした。どこに消えたのかと思ったわよ。」
「そんなに驚くなよ、ただの吠えメールだ。」
「そうよ、鼓膜が破れる危険性を除けば、見ている分には無害な手紙よ――――――ただ、今回の吠えメールは、私たちにとってとっても面白いものになりそうだけどね。」
ノットとミリセントに机の下から引っ張り出されながら、ダリアはパンジーの口元が意地悪く笑うのに気が付いた。
その理由は、吠えメールが送り先の人物の名前を大声で呼んだので分かった。
この吠えメールは、ポッターとウィーズリーに当てられたものだったのだ。
憎い二人が学校中晒し物になったので、パンジー的には大満足ようだった。
一方、手紙の内容で事の経緯を知ったダリアも、少し呆れていた。わざわざ学校に車で飛んでくる意味が分からなかったからだ。
彼らが駅のホームを通れなくなっていたという事実は生徒達には知らされていなかった。
「ドラコがあの人たちの事、目立ちたがり屋って言いたくなる気持ち分かるかも。」
「それ、ドラコには絶対言うなよ。昨日からあいつ、ポッターのファンよりポッターについて詳しく語ってるんだよ。一度話し出すと一時間は止まらないぞ。」
ダリアは「ポッターのファンって何?」と思ったが、その状況に置かれるととっても面倒なことになってしまうと思ったので、ドラコの前ではしばらくポッターの名前を出さないようにしようと決意した。