コリン・クリービーはカメラを構えたままの姿で固まっていたらしい。近くに落ちていた見舞いの品から、こっそり医務室のポッターに会いに行こうとしたところを、「継承者」にやられたという噂がすぐに広まった。
前から広まっていた噂の通り、犠牲者はマグル生まれだったので、ますますスリザリン生達は疑いの目で見られるようになってしまった。
「ああもう嫌になっちゃうわ!すれ違う奴らが全員、私たちのネクタイを見た瞬間踵を返して逃げていくのよ!最初は面白かったけど、もう鬱陶しいったら!」
普段畏れられることを楽しんでいる節があるパンジーも、ここまで一辺倒に逃げ去られるのはつまらないらしい。大きくため息をついて談話室のソファに座り込んだ。
ダフネが憂鬱な表情でそれに同意する。
「そうね。ドラコはこの状況を楽しんでいるようだけど、私は正直、あまり面白くないわ――――だって継承者は怪物を使うんでしょう?何かの拍子に私たちが巻き込まれない可能性が無いわけじゃないでしょ?」
「そうだよ。このところ喧嘩を吹っ掛けられる回数も増えてきてるしさ。ここだけの話、いい迷惑だよ。」
「喧嘩を吹っ掛けられるって、どんな状況なのそれ・・・。いくらミリセントが肉体派だからって、魔女なんだからコブシはまずいと思うよ。」
「だって杖抜くより殴る方が速いし。」
ケロっといったミリセントに、ダリアは呆れて彼女の力こぶを見た。体格のいいミリセントは体を鍛えるのが趣味で、見た目以上に力が強いのだ。ダリアはよくズレたことをして軽く――――ミリセント的に軽くはたかれていたので、その威力を身をもって知っていた。
しかしダフネの言う通り、今のところ襲われたのは猫とマグル生まれだけだが、これが狙ってやったことと断言するには、まだ証拠が足りない。彼女の不安ももっともだった。
いよいよ人間に被害が出たとあって、スリザリンの中にも少なからず怯えている生徒は存在していた。
生徒に犠牲者が出た不安の中でも、授業は滞りなく進んでいった。
いつものグリフィンドールとの魔法薬学の合同授業では、相変わらずスネイプがグリフィンドールにネチネチと嫌みを言っていた。通常通りの対応で逆に安心する。
ダリアがノットと組んでふくれ薬を作っていると、ふとノットが思い出したように言った。
「そういえばお前、最近よくハッフルパフの女生徒とつるんでるみたいじゃないか。えーと、確か名前は、――――チャントだったか。」
「えっ、見てたわけ!?」
ロミーリア自身の説得の成果か、だいぶ彼女の周辺の警戒も解けてきたので(ただしセドリックの警戒は微塵も解けていない)、ダリア達は以前のように人払いをした教室で密会する必要は無くなっていた。
それでも一応人目は避けて会うようにしていたのだが、どうやらノットは偶然その場面を目撃していたらしい。
ダリアは一瞬焦ったが、そういえばノット自身は純血主義といってもドラコと違って穏健派であるということを思い出し、ひとまず落ち着いた。
「うん、最近よく話してるんだ。共通の知り合いがいることが分かってからなんだけどね。」
「へぇ、知り合いねぇ。―――――――――お前の従兄とか?」
ノットは何気なく言ったが、ダリアはその言葉に反応してじろりと視線を鋭くした。最近のダリアにセドリック関連の話題は厳禁なのだ。
「違うわよっ!ていうかなんであの子とセドリックにつながりがあること前提なの。ただ寮が同じなだけでしょ!」
「いや、別につながりがあるなんて言ってないだろ。―――――ふうん、なるほどねぇ。」
ダリアの反応を見て、ノットは何か悟ったみたいだったが、ダリアはノットが何に気付いたのかよく分かっていなかった。
いぶかしがるダリアを曖昧にかわし、ノットは会話を続けた。
「だけどお前、ディゴリーと仲悪いだろ。ホグワーツで話してるの見た事無いし。最近はあいつお前の事いい目で見てないし。」
「―――――よく見てるじゃない、あんた暇なわけ?」
ノットの指摘に、ダリアは図星を突かれて悔しそうに答えた。セドリックのことをあまり知らないノットにまで察知されるとは、よっぽどあからさまだったのかもしれない。
「まぁ仕方ないかなって思うのよね。私が怪しいことには変わりないし。」
「はぁ?お前が怪しいって、一体どういう理由で――――――――伏せろ!!」
「きゃあ!」
突然ノットに頭を掴まれ、机の下に押し込まれた。途端に大きな爆発が起こり、教室中に作成中のふくれ薬が飛び散る。
「なに、なにがおこったの・・・」
「くそ、誰かがゴイルの鍋に何かを投げ込んだんだ――――立てるか?」
ノットに机の上に引っ張り出されながら、恐る恐る教室を見渡す。そこは、体に薬品がかかり一部が膨れ上がった生徒達で溢れる地獄絵図だった。
スネイプ教授が怒声を上げ、ぺしゃんこ薬を配り終えた後、件の鍋の底から花火の燃えカスを発見した。
一体何の目的で、よりによって魔法薬学の授業でこんなことをしでかしたのか。
怒りに震えるスネイプ教授を見ながら、ダリアは投げた犯人であろうポッターに目をやった。
しかしそれから一週間たっても、スネイプはポッターを摘発することは無く、ダリアもそのことを忘れていった。
代わりに、別の話題が主流になっていた。
「―――――決闘クラブ?なにそれ。」
ミリセントが興奮気味に告げた言葉に、ダリアは首を傾げた。どうやら掲示板にたった今貼りだされていたらしい。
どうやら決闘とは、魔法使い同士の作法にのっとった戦いを意味する言葉だという。
「それが今夜、大広間で開催されるんだって!――――ねぇ、行きましょうよ!」
ミリセントは目を輝かせて言うが、ダリアはあまり乗り気でなかった。
ダリアはスポーツ全般が苦手だったからだ。
「ミリセントは、こんな可愛い私が獣たちの中に放り込まれて、無事に出てこれるとでも思ってるの?かわいそうだと思わない?」
「――――――いやまあ、すぐにぺちゃんこになりそうだとは思うかな。」
ダリアの貧弱な肩やら首やらを見て、ミリセントはそう思った。ミリセントが軽く捻るだけで握りつぶせそうな細さだった。
仕方なしにダフネやパンジーを見たが、こちらもあまり乗り気でないらしい。
ダフネは髪型が崩れるのを嫌い、パンジーも口喧嘩は得意だったが肉体にダメージを与える喧嘩はあまり得意では無かったからだ。
ミリセントは誰も決闘に興味を示さないことに衝撃を受けたようだったが、諦めて別の人を誘うことにしたようだ。けがをする危険がある以上、無理強いする気は無かった。
「ちぇっ、わかったよ。ドラコに行かないって伝えておく。あーあ、ザビニでも誘うかな―――」
「え、ドラコも行くの?―――やっぱり私も行くわ!」
男であっさり意見を変えたパンジーを、3人は生暖かい目で見た。
大興奮で大広間へ向かっていったドラコ、ミリセント、パンジーだったが、数時間ほどたって談話室に戻ってきた時には、むっつりと黙り込んでいた。
見れば全員、どこかしこに青あざを作っている。
「何それどうしたの?魔法を使った決闘じゃなかったの?ボクシングでもしてきたわけ?」
ダリアはびっくりして訪ねたが、どうにも反応が薄い。彼らがむっつりしている理由は、他にあるようだ。
ドラコがそのままの表情で寝室に向かった後、パンジーが決闘クラブでの出来事を教えてくれた。
決闘クラブはなんと、ロックハートが立ち上げたクラブだったらしい。それを聞いた時点でダリアは行かなかった自分の判断を素晴らしいと思ったが、続く言葉に今度はその判断を後悔した。
「ロックハートとスネイプ先生の決闘?―――――――なにそのすっごいの!ずるいわ、私も見たかった!」
ロックハートの授業はもはや何の勉強にもなっておらず、闇の魔術に対する防衛術はただの演劇鑑賞会(しかも演者は素人)になってしまっていた。
ダリアはサイン会で書いてもらったロックハートの丸いサインを呪文で消し。常にカバーをかけることで、表紙の写真すら見ることが無いように徹底して避けるほどだった。
同じようにロックハートを忌々しく思っているスネイプはさぞかし盛大に奴を吹っ飛ばしてくれたに違いない。その場面を見るためだけでも、今日は決闘クラブに参加するべきだったかもしれない。
ダリアの興奮具合に笑い声を上げたパンジーたちだったが、またすぐに思い悩んだような表情に戻ってしまった。
教師同士のデモンストレーションが行われた後、生徒同士で実践があり(青あざはその時できたものらしい)、最後に行われた生徒同士の決闘のデモンストレーションで事件が起こったという。
「パーセルマウス?ポッターが?」
ダフネがいぶかし気に聞いた。グリフィンドールのポッターが、スリザリンのシンボルともいえる蛇の言葉を使うことが信じられなかったのだろう。
しかし、実際にポッターはドラコとの決闘で、全生徒の前で蛇語を操り、ハッフルパフ生の一人に蛇をけしかけたという。
サラザール・スリザリンが使ったことで有名な蛇語をポッターが使ったことで、「ポッター継承者説」がにわかに学校中に広がったのだ。
「コリン・クリービーは前からポッターに付きまとって迷惑がられていたでしょう?だから余計信憑性が増しちゃって。」
「だからドラコはあんなに怒ってるんだよ。ポッターなんかが継承者のはずがないってさ。」
蛇どころか動物全般と意思疎通ができるダリアは、驚いたふりをしながらも内心安心していた。
今までうっかり蛇と話すところを見られなくてよかったかもしれない。
それにうまい具合にいくと、セドリックの疑いもポッターの方へ向かってくれるかもしれない。
「じゃあ、そのジャスティンっていう子はもうすっかりポッターのことを継承者だと思ってるんだ。」
「ええ。かわいそうにすっかり怯えてしまって。一人で廊下を歩くこともできないほどなの。」
翌日の朝、空き教室でロミーリアと会っていつものように世間話をしていると、ちょうどポッターに蛇をけしかけられたという生徒の話題になった。
ポッターがパーセルマウスということを知ってしまって以来、彼が継承者であると思い込んでいるらしい。
「蛇と話せるってだけで、ポッターもかわいそうだなぁ。その場面を見てないから何とも言えないけど、蛇語なんだから何言っているか他の人は分からないんでしょ?」
『そうだと思うよ。まぁ、普通の人間は蛇語なんて話せないからなぁ。自分と違うものを異常に攻撃しようとするのは人間の特徴だよ。』
鞄に入れて連れてきたトゥリリが、ダリアの膝の上でブラッシングを受けてあくびをしながら言った。
その様子を、ロミーリアが興味深そうに見ている。つい先日、神殿の猫を実際に見てみたいと彼女が言うので、実際に連れてきたのだ。
トゥリリは普段は普通の黒いペルシャ猫だが、攻撃的な時には頭が三つ、足が7本の姿に変身し、鋭くなった爪や牙で相手を引っ掻き回すのだ。ダリアの後見人が第10系列世界から連れ帰った猫の子孫の一匹である。
だがこうしてみると寝ぼけた家ネコにしか見えないのだから、その実感はわかない。
「ダリアは猫語だけじゃなくて、他の言葉もしゃべれるのよね?この前廊下で聞いたのも、何かの言葉だったの?」
「ううん。私がしてるのはただの意思疎通だから、その動物の言葉をしゃべってるわけじゃないよ。にゃーにゃー言ってないでしょ。なんとなく相手の言ってることが分かるだけ。」
ダリアが動物全般と会話ができるのは、自分の意思を魔力で相手に伝え、そして相手の意思を魔力で感じ取ることが出来るからだった。猫語や蛇語を使うことが出来るわけでは無い。
――――でも確かに、あの時廊下で聞いた声は、今思えば蛇の鳴き声に聞こえなくもなかったかもしれない。それがはっきりしさえすれば、色々と対策はとれるんだけどな。
マグル生まれ(ということにこの世界ではなっている)故に、襲われる可能性が高いロミーリアを見て、ダリアは怪物の正体について考察を深めていった。
ロミーリアと別れた後、ダリアはダフネ達と合流して、変身術の授業に向かった。
城の外は大吹雪が吹くほど荒れた天気で、石造りの城内も凍えるような空気の冷たさだったので、生徒達は誰もがこっそり魔法の懐炉(中で温かい火が燃え続けている容器)を持ち込んで授業を受けていた。
寒さで指がかじかむ中、苦労してマクゴナガル教授の長い板書をノートに書き写していると、突然廊下からピーブスらしき大きな叫び声がした。
眉を顰めたマクゴナガルが叱りつけようと教室を出たが、そのまま何かに気付いたようで、慌てた様子で走り去って行く。
「何があったのかしら・・・」
「いつものピーブスのいたずらなんじゃない?」
マクゴナガルが居る前では真剣に物の色を変える呪文の練習をしていたスリザリン生達だったが、教授が帰ってこないとなるとたちまちおしゃべりを再開した。
しかし厳格なマクゴナガル教授が授業を放り出して駆け出すとは、よほどのことがあったに違いない。ダリアはなんだか嫌な予感がした。
やがてどんどん廊下が騒がしくなっていき、教室で待っていることに耐えられなくなったスリザリン生達も、様子を見に外へ出てみることにした。
廊下の向こうでは人だかりができており、何かを怯えるようにして遠巻きにしている。
ダリアはその人だかりの隙間に、何か良く分からないものが浮遊しているのに気が付いた。
「なに、あれ・・・」
「ねえ!あれ、ゴーストじゃない!?グリフィンドールのほとんど首なしニック!」
「うそ、ゴーストまで狙われるの!?」
パンジーの悲鳴のような声に、スリザリン内でも動揺が広がっていく。無差別どころの話ではない。怪物は相手が生きていようと死んでいようと、どちらでも構わないということが分かってしまった。
今回石化したのは、ほとんど首なしニックだけではなかった。ニックの足元には、カチコチに硬直した生徒が二人、折り重なるように横たわっている。
ダリアはそのうちの一人を、信じられないような気持ちで見つめた。
「ロミーリア・・・!!」
先ほど別れたばかりのロミーリアが、大きな青い瞳を恐怖に歪ませ、その表情のまま凍り付いていた。
ダリアはロミーリアのことで自分が思っていた以上にショックを受け、そのままの足でふらふらと図書室に向かった。怪物の正体を突き止めようと思っていたのだが、色々調べ物をできる精神状態でもなさそうだった。
ロミーリアはダリアと別れた後、そのままジャスティンに出会ったのだろうか、一人で廊下も歩けないほど怯えているという彼に付き添っていく内に、何者かに襲われた可能性が高い。
ぼんやり考えながら歩いていたダリアは、何者かが足早に近づいてくるのにも気が付かなかった。
ダリアは突然強い力で腕を掴まれ、近くの教室に引き込まれた。
ダリアを引き込んだのは、セドリックだった。
この世界において今やたった一人の、ダリアが「本来ならここにいるはずでない存在だ」ということを知っている彼が、怒りに燃える灰色の目でダリアを睨んでいる。
これはまずいことになったぞ、と頭の冷静な一部が考えた。しかしなんと弁解しても、セドリックの誤解が解けることは無いだろうこともどこかで分かっていた。
セドリックにとってダリアは未だ目的のはっきりしない正体不明の異物であり、そんな彼女の近くで起きた事件とあれば、誰が怪しいかは明白だったからだ。
「これで3人だ―――――――――もう十分だろう。君が何を企んでいるのかは知らないけど、今すぐホグワーツから出て行ってくれ。」
感情を押し殺したような低い声だった。今回の犠牲者は二人ともハッフルパフの生徒だった。
恐れていたことが現実に起こってしまい、我慢の限界がきてしまったのだろう。直接容疑者を叩こうと考えたのかもしれない。
ダリアは意味がないと思いつつも、一応何か言い訳をしなければと口を開いた。緊張でのどが張り付いて、上手く息を吸うことが出来ない。
「わ―――――私じゃないわ。」
「その言葉を信じることが出来ないのは、わかるだろう。ジャネットは今日、君に会いに行くと言って寮を出ていった――――――そしてそのまま石になってしまった!君以外を疑うなって方が無理だろう!」
彼女と別れたのは全く別の場所だとか、そもそも彼女が石になったときダリアは授業を受けていたとか、言いたいことは色々あったが、それを告げてもたいしてセドリックの疑惑は晴れないだろう。ダリアは人の記憶を変えることが出来るのを、彼は知っている。
「君が来てから急に、ホグワーツではおかしな事件が起こるようになった!クィレル先生はマグル学の教授だった時とは全く人が変わったようになっていた―――君が現れた年から!今回の事件だって、君がミセス・ノリスを発見したことが発端だったし、君が目を付けたジャネットが襲われた!」
「――――結局何が言いたいのよ!去年のことまで私がやったとでもいいたいわけ!」
「君が直接手を下したのでなくとも、何か糸を引いていたんじゃないか!?」
「思い込み激しすぎるでしょ!どうしてそうなるのよ!私は賢者の石なんか欲しくもなんともないわ!」
「――――――――――でも、疑うしかないじゃないか!僕は未だに、君の目的も、正体も、何も知らないんだ!家族の記憶を操った君を疑うなって方がどうかしている!」
「―――――っ」
出会った時から1年と半年が過ぎ、ようやく初めてダリアとセドリックは声を荒げた罵りあいをすることになった。
お互い騙し騙しやってきたが、ついに見て見ぬふりをしていたツケを払う時がきたようだった。
「これ以上の犠牲者が出る可能性があるのに、その原因かもしれない君を放置しておくことは僕にはできない――――この襲撃をやめて、今すぐホグワーツを去れ!」
セドリックはひるんだように口を噤んだダリアを憎々し気に睨むと、最後にもう一度叩きつけるように叫び、教室を飛び出していった。
ダリアは扉が乱暴に閉められる音を聞きながら、茫然と立ちすくむしかなかった。