あっという間にクリスマス休暇がやってきた。
同室の友人たちが荷造りをする中、ダリアは今年、ホグワーツでクリスマスを過ごすことに決めていた。
流石にあんなことがあったにもかかわらず、ディゴリー家にノコノコ帰る気にはなれなかったからだ。
ディゴリー夫妻にはそれらしい理由を伝え、反対する手紙は見なかったことにした。きっとセドリックが家に帰って宥めてくれるだろう。
「ねぇ、ダリア、本当に残るの?家に帰りづらいのなら、うちへ来ない?」
ほとんど首なしニックが襲われて以来、怪物は無差別に生徒を襲う可能性があることに気付いたスリザリン生達は、ほとんどが安全な実家に帰省することを選んでいた。
荷造りを終えたダフネ達が心配そうに聞いてきたが、ダリアは力なく首を振った。本当は行きたかったのだが、ダリアは休暇中、ホグワーツでやりたいことがあった。
ちなみにマルフォイ邸からもクリスマスパーティーの誘いがあったのだが、ドラコが今年はホグワーツに残るらしく、息子が居ないのにパーティーに出席するのもどうかと思ったので今回は断りの手紙を書いた。
ダフネ達は心配そうに何度も振り返りながら、自分たちの家族とクリスマスを過ごすために実家に帰って行った。
随分と寂しくなってしまった寝室に一人座りながら、ダリアはこれからの事を考えた。
『それで、いい加減何する気か教えてよぉ。ダフネ達の家に行くこと諦めてまでしたい事って、いったい何なの?』
「決まってるでしょ。――――――スリザリンの怪物を、捕まえるのよ!」
『―――――――ええ???』
トゥリリは口をぽかんと開けてダリアを見上げた。
『む、無茶だよぉ!今回の犠牲者たちの様子、見たでしょ?怪物はきっとすっごく強力な魔法生物だよ!確かにダリアは大魔法使いだけど、おっきな牙でかまれたら死んじゃうし、鋭い爪で引っ掻かれても死んじゃうんだよ!防護魔法はかけれるかもしれないけど、どんくさいダリアに物理的な攻撃はかわせないよぉ!』
「うるさいっそんなの分かってるわよ!――――でもこうする以外に思いつかないんだもん!危なくてもやるしかないの!―――――それにあと『7つ』は残ってるから、最悪の事態にはならない、はず!」
『そういう問題じゃないって!ああもう、待ってよダリア!』
足元でニャアニャア鳴くトゥリリを無視しながら、談話室を突っ切って寮の外へ向かう。
がらんとした談話室の中、同じように居残り組のクラッブ、ゴイルと話をしていたドラコが、ダリアに気付いて声をかけた。
「ダリア、どこか行くのか?よかったらこっちでチェスをしようよ。こいつら弱すぎて勝負にならないんだ。」
「今からちょっとスリザリンの怪物捕まえてこなきゃいけないから忙しいの!悪いんだけどそこの食い意地兄弟で我慢してよね。」
「――――――怪物!?」
ドラコの驚愕をよそに、ダリアは図書室へ速足で向かった。
ダリアはまず、怪物の正体をはっきりさせようと、図書室で太古の生物について書かれている本を借りた。
とはいえ、ダリアは大体の目星を既につけていた。
体を石のように変化させる能力を持った生物など、そう多くは居ない。
「きっとメデューサか、コカトリスか、バジリスクあたりだと思うのよね。どれもスリザリンらしく蛇が関係した魔法生物だし。」
『へぇ、そりゃあ大したもんだ。どいつもこいつも災厄級に危険な生き物じゃん・・・』
ダリアの暴走を止めることをすっかり諦めてしまったトゥリリが、ふてくされて言った。ダリアはトゥリリの背中を撫でてあやしながら考える。
―――確かにトゥリリの言う通り、どの生物も大変危険な生物だ。メデューサは人型だけあって知能が高く、バジリスクとコカトリスは視線だけで人を殺すことが出来る。
『それで、3つのうちどいつだか分かるの?』
「決め手がないのよねぇ――――メデューサなら人語を話せるはずだから除外していいとして、コカトリスだったら、頭が鳥だから知能もそんな高くないはずだし楽なんだけど――――やっぱりバジリスクなのかなぁ。」
ダリアはため息をついてバジリスクのページを読み上げた。
「唯一の天敵は雄鶏の時を作る声――――どう考えてもこいつね。」
今年に入ってハグリッドの小屋の鶏が根こそぎ殺された事件があったのを思い出し、ダリアはため息をついた。
怪物がバジリスクだとわかれば、次は何処に住んでいるかだ。ホグワーツには魔法的に隠された場所がいくつもあるので、隠蔽の痕跡がないかいちいち探していく必要がある。
蛇の性質的に、おそらく水場の近くだと思うので、そこを重点的に探していこうとダリアは決意した。
しかし、この作業が思いの外面倒だった。
ホグワーツは広大で、水場だけでも山ほど存在したからだ。
ダリアは毎日ホグワーツ中に意識を飛ばしまくってバジリスクの潜みそうな場所を探したが、結局痕跡すら見つけられないまま、ついにクリスマスの朝になってしまった。
『メリークリスマス。ダリア。』
「トゥリリ―――――――メリークリスマス。」
夜遅くまで寮を抜け出して秘密の部屋を探していたダリアは、昼過ぎになってようやく目を覚ました。ベッドの足元には、プレゼントが山積みにしてあった。
『今年もプレゼントがいっぱいだよ。あ、セドリックからは無いけどね。』
「あったら逆にびっくりよ――――」
ぶつぶつ言いながらトロトロ身支度を整えたダリアは、まずプレゼントに添えられている手紙から順に開封していった。
どの手紙にもダリアが無事かどうかを心配する内容が書かれている。
特にディゴリー夫妻からの手紙は、泣き出さんばかりに心配していることが伝わってきて、ダリアは色々迷惑をかけていることを思い申し訳なくなってしまった。
それぞれに返事の手紙を書いてふくろう小屋へもっていっているうちに、いつの間にか日は沈み、クリスマスパーティーが始まる時刻が近づいて来ていた。
ホグワーツのクリスマスパーティーは、マルフォイ家のものより形式ばっては居なかったが、生徒が少ししか残っていないのがもったいないほど豪華絢爛なものだった。
ダリアはドラコやクラッブ、ゴイルと一緒に大広間に来て、何本も聳え立つクリスマスツリーをぽかんと見上げた。
「すっごい!実はドラコの家のツリーより豪華なんじゃない?」
「なんだと!」
憂鬱な気分も忘れて思わず叫ぶと、横で聞いていたドラコと即喧嘩になってしまった。
大広間の入り口辺りで立ち止まってキャンキャン言い争いをする二人を、珍しくクラッブとゴイルが止めに入った。
腹が減って仕方がないので、早く席についてごちそうにありつきたかったらしい。
クリスマスパーティーは穏やかに過ぎていった。スリザリン生はダリアの他にはドラコ達とあと数人しか残っていなかったが、料理はおいしくダリアの大好物のラムチョップが何皿でも食べれたし、今年は間違えて酒を飲む心配もしなくていいので、お嬢様ぶる必要のなかったダリアは意外とリラックスしてくつろぐことが出来た。
満腹になったダリアとドラコは、トゥリリへのお土産を包むと、まだクリスマス・プディングを食べ終わる気のないクラッブとゴイルを置いてスリザリンの談話室に帰ることにした。
帰る途中、ドラコがこっそりダリアに聞いてきた。
「そういえば君、前スリザリンの怪物を捕まえに行くとか言ってたけど、あれって一体どうなったんだ?」
「なによ、上手くいってると思う?私がスリザリンの怪物を捕まえてるなら、学校中に自慢して回ってないはずがないと思うんだけど。」
「つまり?」
「――――――――全然手掛かりも見つけられてないわよっ!」
ダリアは談話室に戻ると、ホグワーツの校内に魔法的な空白地帯が存在しないかをチェックするため、プリプリしながら女子寮への階段を駆け上がった。
「昨日でようやく、1階の調査が終わったわ。今日からようやく2階――――――この学校、広すぎるんじゃない?絶対クリスマス休暇が終わるまでに見つけらんない!」
『だったら大人しく諦めなよぉ――――わざわざ自分から面倒な思いしてまで危険なことする必要なんてないんだからさ。』
「無理よ!このまま怪物を放っておくと、いずれホグワーツは閉鎖されちゃうに違いないもの。何とかして無力化させなきゃ。―――――じゃないと私、今度こそどこにも行くところが無くなっちゃう。」
ダリアは今日調べる場所に目星をつけて、いったん談話室に駆け降りた。
目当てはドラコの持っている高級な菓子だった。
「ドラコ!お菓子ちょうだいよ!」
ドラコは暖炉前の一番温かいソファに座り、クラッブとゴイルと談笑している最中だった。
どうやら3人は、一つの新聞記事を見てそれについて笑っていたらしい。
ダリアは机の上に広げてある菓子に遠慮なく手を付けながら(クラッブとゴイルはいつもダリア以上に遠慮しないくせに何故か今日は控えめだった)、ドラコの持っている新聞記事に目を通した。
「えーとなになに――――――あ!ポッター達が乗ってきた空飛ぶ車のことじゃない!こんなのよく覚えてたわねぇ。ドラコってばしつこすぎない?」
「もっといい言い方はないのか!例えば、粘り強いとか、そんな感じのいい意味のさ――――はぁ、まあいい。君にそこらへんを期待したところで無駄だろうからな。」
ダリアは無言でドラコの脇腹をつねった。ダリアは手が小さいので、その分痛みは鋭いものとなる。ドラコは体をくの字に折り曲げて痛みをこらえた。
そんなドラコをあっけに取られたように見ていたクラッブが、思い出したようにダリアに聞いた。
「そ、そういえば、モンターナは何故ホグワーツに残ったんだ?」
この休暇中何度も繰り返し聞かれた質問にダリアは思わず声を荒げた。
「あんたねぇ――――何回同じこと言わせれば気が済むのよ!そんなにすぐ忘れちゃうなら、メモでも取ってっていつも言ってるでしょ!」
ダリアの剣幕にクラッブとゴイルは面食らった顔で瞬きした。いつにもまして反応が鈍い気がする。ダリアはため息をついて、ホグワーツに残った経緯を説明することにした。
「ホント面倒なんだから―――――――いい?最後の一回よ。この次聞いてももう教えないから。―――――スリザリンの怪物を捕まえるためよ!」
「「怪物を捕まえる!?」」
良くもまあこんなに毎回驚くことが出来るものだ。本当に毎回質問したことを忘れているとしか思えない。ドラコが呆れたように言った。
「僕も君に何回も繰り返して言ってる言葉があるんだけど覚えてるかな―――――怪物を捕まえるのは危険だからやめようとは思わないのか?」
「思うわけないでしょ。その為にダフネの家に行くのも諦めたんだから。スケートしたかったのに。」
グリーングラス邸は、冬になるとプールを凍らせてスケートリングを作るという。
クリスマスパーティーはプールのすぐそばの屋外で行い、ごちそうをお腹いっぱい食べた後は、子供たちは思う存分スケートをして遊んだらしい。
ダリアはスケートに未練たらたらだったので、ダフネからの手紙に添えられた写真を思い出して口を尖らせた。すごく楽しそうだった。
しかしドラコは未だ納得しない顔で続けた。
「ディゴリーの疑いなんて放っておけばいいじゃないか。どうせいつものスリザリンに対する根拠のない疑惑だろう?」
「あー、何ていうかそうでもないっていうか―――――まぁ、色々あるんだよ私にも。初対面の時色々やらかしちゃったからさぁ。―――――あ!ちょっとゴイル、そのお菓子最後の一個じゃない!頂戴よ!」
ダリアはゴイルがノロノロ掴んだフィナンシェを勢いよくもぎ取り、いそいそと袋を開けた。ゴイルの贅肉になるより、美少女の夜の活力となる方がお菓子にとっても幸せに違いない。
ダリアは満足いくまでお菓子を食べると、さっそく夜の探索に出かけるべく、寝室に駆け上がって行った。
ポリジュース薬による変化が予定より早く解けてしまったハリーとロンは、慌ててスリザリンの談話室を飛び出し人目に付かない場所にまで逃げだすことになった。
ようやく一息つける場所にたどり着くとすっかり変化は解け、二人ともダボダボのサイズの靴を引きずる状態になってしまっていた。
「しっかしまァ―――――」
ロンが息を整えながら、あえぐように言った。
「噂以上のお姫様状態だったよな?あのマルフォイに一切遠慮ナシだぜ?僕はあいつがセドリックの従妹だなんて今でも信じられないよ―――――」
ハリーもロンと同じように息を整えながら、先ほどのスリザリンの談話室の中での出来事を思い返した。
ダリア・モンターナ――――――ハリー達の学年で一番の才女で、艶やかな黒髪に青い瞳の可憐な美少女だ。
ダリア自身はそう他寮の生徒に積極的に絡んでくる方ではないが、よくつるんでいるパンジー・パーキンソンは頻繁にグリフィンドールに嫌がらせをしてくる生徒の一人だし、ダリア自身去年の学期末試験でぶっちぎりの差をつけて首位の座に君臨した実績を持っているので、ハーマイオニーが一方的にライバル視しており、スリザリンの中では目につきやすい生徒ではあった。
「そうだね。」ハリーは先ほどダリアにお菓子を強奪された時の事を思い出しながら答えた。
「普段大広間で眠そうにしてるとこしか見たことが無かったから、驚いたよ。」
ハリーは1年生の時、ダイアゴン横丁での買い物の時にセドリックとダリアに出会ったことがあったが、ロンの言う通り、あまり似てない従兄妹同士だと思った記憶がある。
顔よし、成績よし、人柄よしの完璧超人のセドリック・ディコリーはハッフルパフの王子様としてホグワーツでも指折りの有名人だった。
あの親切なセドリックと比べると、血のつながりを疑いたくなるほどの傍若無人っぷりだったのは同意せざるを得ない。
「セドリックに疑われてるって言ってたけど、あのお人よしのセドリックがそうまで思うって、よっぽどだぜ?あいつ、一体何をやらかしたんだろうな?」
「それにスリザリンの怪物を捕まえるとも言ってただろ?やっぱりスリザリン生も、継承者の正体について知らないんだよ。」
貴重なポリジュース薬を使ったにもかかわらず、捜査が振り出しに戻ってしまった二人は途方に暮れ、ハーマイオニーが居る2階の女子トイレへとぼとぼ戻って行ったのだった。
深夜になり、生徒達が寝静まったのを確認したダリアは、ようやく秘密の部屋の調査に乗り出した。
ベッドの上に色とりどりの護符を並べ、置いていく肉体に強力な護りの魔法をかける。
呪文が正常に働いているのを確認してから、ダリアはトゥリリに声をかけた。
「じゃあ、2階の女子トイレを調べてくるから。誰かが訪ねてきたら、起こしてね。」
『はいはい。でも気を付けるんだよ?いくらダリアが大魔法使いでも、まだまだ修行中なんだから。1000年生きてる魔法生物を捕まえるなんて、御大なら本来絶対許さない相手なんだからね?ダリアはうっかりさんだし、どんなところで思わぬミスをするかわかんないし。』
「分かってる、慎重にやるわ。突然目の前にバジリスクが現れない限り大丈夫よ!」
ダリアはこの時盛大にフラグを立てた事に気付いていなかった。
目を閉じたダリアは、意識を2階の女子トイレに飛ばした。
視界がはっきりと開けた瞬間、ダリアは目の前に巨大な蛇の黄色い目玉があることに気がづき、あっと思う間もなく、ベッドの上のダリアは石になってしまっていた。
『ダ、ダリア!?』
突然目を見開いたかと思えばいつの間にか石化しているダリアに気付き、トゥリリが仰天した声を上げた。
次の日、石のように固まったダリアを発見したのは、ダリアと同じようにホグワーツに残留していたスリザリンの上級生だった。
女子寮の一室の扉の前で、猫があまりにもニャアニャア鳴くものだから、不審に思ってその部屋の扉を開けてみたのだ。
「ねえ、この猫はここの飼い猫なの?ずっと鳴いてるんだけど―――――」
部屋の中に入った上級生が見たものは、包装を剥がされないまま放置されたクリスマスプレゼントの山と、山のように積まれた古代生物に関する本、そしてベッドの上で目を見開いたまま硬直するダリアだった。
たちまちスリザリンの寮内は阿鼻叫喚の地獄絵図になった。
スリザリンの生徒が、しかも寮内で襲われたのだ。
自分たちだけは安全だという思い込みが崩された彼らは大混乱に陥った。
『やっぱり言わんこっちゃないでしょ!これどーすんのさ、ダリア』
―――――――大変なことになってしまった。どうして今年はやることなすことうまくいかないんだろう。
ダリアは運ばれていく自分の体を見つめながら、頭を抱えていた。