「いやぁしかし!ダリアが元気になって帰ってくるとは!なんてめでたい日だ!」
「そうね、エイモス。ああ、これからはずっと一緒に暮らせるのね、ダリア!」
ダリア・モンターナ。
すでに亡くなったディゴリー夫人の姉の忘れ形見で、病気の療養のため、幼い頃から外国の病気療養施設に預けられていた。
この度病が回復したので、唯一の親戚であるディゴリー夫妻の元で暮らすことが出来るようになった10歳の女の子。
ダリアが作り出した設定である。
「外国にいた」という設定で、この世界の常識を知らないことをいくらか誤魔化せるだろうと思いあらかじめ考えておいたのだ。
ダリアはその設定を詰め込んだ呪文を、ディゴリー夫妻がテーブルに着いた途端使用した。
強力な呪文ではあるが、警戒心を解く弱い呪文を併用したため、二人とも自然に呪文の影響下に置くことが出来た。
この呪文は人の意識を操るものではない。
そのような呪文は定期的にかけ直さなければならないので、何かの拍子でダリアの接触がなくなれば解けてしまうし、非効率的だ。
だから、一度だけの使用で済むよう、「記憶を植え付ける」形式の呪文を選んだ。
今彼らの記憶の中には、「病気で外国へ療養しに行ったダリアという娘が親戚にいる」という記憶が無理やり埋め込まれている状態だ。
おそらく、今はまだ「なぜ私たちは薄情なことに、今まで一度もこの子の見舞いに行かなかったのだろう?」など違和感を持っているはずだが、徐々になじんで過去の一部となるはずだ。
あまりに強力かつ複雑な呪文なので、1回分しか準備することが出来なかったが、まぁ問題ないだろう。この世界に居る間は、おそらくもう必要ないはずだ。
ダリアは自分の作り出した呪文のあまりの有用さと自分の才能に、にんまりした。
「さぁダリア、遠慮せずにもっと食べなさい。」
「今まで寂しい思いをさせてごめんなさいね。」
「うん、ありがとう。おじさん、おばさん。」
ダリアはラムチョップにフォークを突き立てながら満足げに微笑んだ。
呪文は全て正常に働いたようで、ひとまず衣食住については安心してもいいだろう。
ディゴリー夫人はお菓子だけでなく、料理の腕も抜群だった。
トゥリリもうまそうに肉の塊にかぶりついている。
『あーあ、こんなに善良な人達をだましちゃって、いいのかなぁ~』
大きな肉を平らげ、今度はミルクを舐めながら他人事のようにトゥリリがいうので、ダリアは笑顔のまま無視した。
この猫はたまに耳に痛いようなことを言うことがあった。
次の日からもダリアにはすることがたくさんあった。
ディゴリー夫妻への暗示は完了したが、この辺りには家も多く、おそらくご近所づきあいも皆無というわけでは無いだろう。
ダリアは散歩と夫妻に告げると、村を散策しながら要所要所に呪文を埋め込んでいった。
そう強力なものではない。「ダリア・モンターナはディゴリー家の親戚の娘らしい。」という噂を流す程度だ。
別の家庭の事情なので、「そういえばそんな話も聞いたことがあるなぁ。」程度の認識で問題ないはずだ。
「オッタリー・セント・キャッチポール村――――変な名前の村ね。」
『そぉ?いかにもってかんじだと思うけどな。』
トゥリリがまた興味なさげに鳴いた。
村を覆うように呪文を埋め込み、2,3日する頃にはダリアはご近所さんに「これからよろしくね。」と声をかけられるようになっていた。
ディゴリー夫人の作ってくれる食事はおいしい。
家出から連れ戻される気配は感じない。
埋め込んだ記憶もいい具合に馴染んできた。
全て順調にいっている。
ダリアは初めての自由な環境に、大変浮かれていた。
「ねえトゥリリ、これからどうしようかしら?」
『え、考えてなかったの?こんなに大掛かりなことをしたのに?』
「だってもう一秒たりともあのお城に居たくなかったんだもの!大人の勝手な期待も、思い通りじゃなかったからっていう失望も、もううんざり!私は私の好きなように生きることにしたの!―――――まぁ、どう生きるかはおいおい探すつもり。」
今まで大人たちに言われるがまま、閉じた世界で生きてきたダリアは、普通の生き方というものを知らなかった。
さて、これからどうするか、と考え始めた時、ダリアにとっての最初の大事件が起こった。