ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

32 / 89
事件の結末

 ルビウス・ハグリッドは前回秘密の部屋が開かれた50年前、なんと秘密の部屋を開けて怪物を操った犯人としてアズカバンに送られたという前科があるという。

 

 久しぶりにスリザリンの談話室を訪れたダリアは、その噂を驚愕と共に耳に入れた。

 なんというか、にわかには信じられない事実だ。

 その話を聞いた友人たちも、どこか信じ切れない様子で、戸惑ったように話し合っていた。

 

 特に、ドラコはその噂を全く受け入れることが出来ないようだった。

 ドラコはスリザリンの継承者に尊敬の念のようなものを抱いてさえいた。ポッターが継承者と疑われただけで機嫌を悪くする彼が、いつも馬鹿にしている森番がかつて「継承者」だったという噂など、信じたくもないだろう。

 

「やっぱりあの森番が継承者だったなんて、どうしても納得いかないわ。あの男、根っからのグリフィンドールだし、ダンブルドアのお気に入りよ。何かの間違いじゃないのかしら。」

 

 ダフネが首をかしげて言った。ダリアもその横で、見えない首を全力で縦に振って同意する。

 スリザリンに異様な嫌悪を見せるハグリッドが、「スリザリンの継承者」であるとは、とても思えなかった。

 

 他の友人たちも概ねその意見に賛成のようで、同じように難しい顔で考え込んでいた。

 ドラコを置き去りにした件以来、ハグリッドを蛇蝎のごとく嫌っているパンジーも、憤慨したように続けた。

 

「確かに、あのデカブツは怪物好きの変人よ。―――去年、ドラゴンの卵を孵したって話もあるくらいだしね。でもだからと言って、あのウスノロがスリザリンの怪物を手なずけられるとは、到底思えないわ。」

 

「その通りだ!あのウドの大木が、偉大なるスリザリンの継承者であるはずがない!きっと当時、部屋を開いた真犯人にいいように身代わりにされただけに決まっているさ!――――だから父上は、前回の事件について詳しく話してくださらなかったんだ。あんな馬鹿がスリザリンの秘密の部屋を見つけただなんて、信じる方がどうかしているさ!」

 

 ドラコが頬を怒りで赤く染めながら、まくし立てた。

 奇妙なことに、あの森番を嫌っているスリザリンの生徒達のほとんどが、他のどの寮の生徒達よりもハグリッドの無実を信じているらしかった。

 

 ダリアも勿論、ハグリッドの無実――――というよりは、濡れ衣を着せられた説を信じている一人だった。話を聞いて、ハグリッドの態度に納得もしていた。

 

 エイモスから、「ハグリッドには昔色々なことがあって、スリザリンを嫌っている」と聞いたことがあったが、おそらくこのことだったのだろう。

 スリザリンの継承者の濡れ衣を着せられてアズカバンに入れられた経験があるのならば、スリザリンを異様に恨むあの態度にも説明がつく。

 かといって納得はしないが。

 

 寮生のほとんどが噂を信じていないということを知ったドラコは幾分か機嫌もよくなり、今度はダンブルドア追放の興奮が勝ってきた様子だった。

 

 ドラコは嬉しそうだったが、そちらに関しては、スリザリンの生徒達も内心不安に思っていた。

 スリザリン生でもダリアが襲われている。決して安心できる状況ではない。

 そんな中、世界最高の魔法使いと名高いダンブルドアがホグワーツを去ってしまい、後任の校長も未定なのだ。

 普段ダンブルドアのグリフィンドール贔屓を不満に思っているスリザリン生も、ダンブルドアの実力は確かなものとして認識していた。

 

 ―――――多分スリザリン生は大丈夫だと思うんだけどなぁ。私のは完全に自業自得だし。

 

 以前見た、ジニー・ウィーズリーに取りついた「本物の継承者」の様子から想像するに、スリザリン生を襲うつもりは全くなかったらしい。ダリアの石化をひたすらにいぶかしがっていた。

 

 そんなことを知る由もないスリザリン生達は、自分ももしかしたら襲われるかもしれないという恐怖に、他の寮生達と同様沈み込んでいた。

 

 夏も近づき、日差しもあたたかなものから照り付けるようなものへ変わりつつあった。

 しかし、ホグワーツ城の中は冷え冷えとしていた。

 

 例年ならば湖に足を浸し涼をとる生徒もちらほら出てくるころだが、今年に限ってはそんな命知らずな生徒は一人も居なかった。

 クラブ活動も禁止され、生徒達は寄り集まって、息を潜めるように行動していた。

 

 医務室への面会も遮断になった。

 普段から見舞いに来てくれていた同室の女子3人とドラコ、ノットは勿論のこと、夜中にこっそりと様子を確認しに来ていたセドリックも、当然医務室へ入ることが出来なくなった。

 

 皆がちやほやと優しく話しかけてくれるのを秘かに喜んでいたダリアは、こっそりと落胆していた。

 

 授業内容も試験のための復習になり(「こんな時にも試験をするなんて、どうかしてる!」とミリセントは嘆いていた)、暇になったダリアは、思う存分スリザリンの継承者について調べることが出来た。

 

 そのおかげで、分かったこともあった。秘密の部屋への入り方だ。

 

 ジニー・ウィーズリーにひたすら張り付いていたおかげで、彼女が部屋に入る瞬間に立ち会うことが出来たのだ。

 ダリアが石化した時調べていた場所から、秘密の部屋の位置自体は分かっていたのだが、どうしても中へ入る方法が分からなかったのだ。

 

 しかし、これは分かってもあまり意味の無い事だった。なぜなら、秘密の部屋を開けるためには、蛇語を話さなければならないからだ。

 声帯の無い状態のダリアが蛇語を言うことは出来ないし、猫のトゥリリが蛇語を言うこともできるわけがない。

 

 一方、全く分からないこともあった。禁じられた森の奥深くにある、マンティコアの餌場のことだ。

 あれから何度か様子を見に行ったものの、なんの手掛かりも見つからない。

 分かったのは、森にはマンティコア以外にも、本来なら居るはずの無い魔法生物が大量に生息しているということだけだった。

 

 森を住処としているケンタウルスが必死に駆除しようとしている様子だったが、迷いの魔法はあまりに強力で、如何ともしがたいらしい。

 こんな魔法をかけることができる存在は、大魔法使い級の魔力の持ち主だけのはずだ。

 この世界ではそれこそ、ダンブルドアや、ヴォルデモート、そしてもしくは未だ正体の分からないスリザリンの継承者くらいだろう。

 

 

 やがて、ついにマンドレイクが成熟する時がやって来た。

 学校中が喜びに満たされる中、ダリアは一人落ち込んでいた。

 

『どうしたの?やぁっともとに戻れるんだよ、嬉しくないわけ?』

 

 ―――――だって私、結局何にもできなかったわ!こそこそ調べるだけ調べたくせに、重要なことは何にも分からなかった!こんなんじゃやっぱり、クレストマンシーになるだなんて到底無理な話だったんだわ・・・

 

 珍しくクレストマンシーの名前を口にするほど落ち込んでいる。何の成果も出せなかったことがよっぽど堪えたらしい。

 

『うーん。まぁ、それはそれとして。うっかりやのダリアが死ななかっただけで結果オーライだよ。今年のことで、ちょっとは落ち着いて行動することの大切さが身に染みたんじゃない?成長だよ、成長!』

 

 トゥリリはダリアを慰めながら、『これでダリアの自信過剰もどうにか直ってくれるといいんだけどなぁ』と考えていたが、おそらくそれは無理だろうとも思っていた。

 ダリアの置かれた複雑な環境で形成されたこの性格は、もはや呪いだとも言える。

 

 

 それでもダリアは、最後まで出来ることをしたかった。

 もし今日マンドレイクで蘇生された生徒達の中に、ジニー・ウィーズリーの姿を見た者が居たら、彼女は事件の真犯人として扱われるだろう。そうなれば、結局彼女を操った犯人の正体と、それにつながる日記も闇に葬られてしまう可能性がある。

 そうなる前に、日記を抑えておく必要があった。

 

 トゥリリとダリアは嬉しい知らせにどことなく浮かれているグリフィンドールの後をつけ、一緒にグリフィンドールの談話室に滑り込んだ。

 誰もが事件の終息する予感に浮かれているためか、侵入者に気付くものは居なかった。

 

 グリフィンドールの談話室は、スリザリンのそれと違い、明るく温かそうな雰囲気の場所だった。そもそも地下にあるスリザリンの談話室は光が中々差し込まない。

 トゥリリは女子部屋への入り口を見つけると、こっそりと入り口を抜け、階段を駆け上がった。ネームプレートを確認して、ようやくジニー・ウィーズリーの部屋を見つける。

 

 ダリアが扉を通り抜けて部屋の中を確認すると、幸いなことに誰も居ないようだった。

 

 トゥリリが必死の頑張りでドアノブを捻り、何とか部屋への侵入を果たすと、さっそく日記の捜索が始まった。

 どうやらジニーは、あまり整理整頓が得意な方ではないらしい。もしくは、整理整頓できるような精神状態で無かったかだ。

 ジニーのベッドの周辺はあまり片付いているとはいえなかったので、トゥリリは遠慮なく物を散らかしながら日記を捜索することができた。

 そして日記は、彼女の勉強机の引き出しの一番奥から見つけ出された。

 

『あった!この日記だよ、魔力のニオイがプンプンする!』

 

 ―――――中身は・・・白紙みたいね。どうしよう、トゥリリ、こっそり一枚破れる?丸々一冊持っていくのはちょっと危ないと思うのよね。この日記の中身も、持ち主が変わったことに気付くかもしれないし。

 

『やってみるよ。』

 

 トゥリリは爪を鋭く伸ばすと、ページの一枚をぴっちり切り取った。そのまま魔力で包みこむと小さく丸め、器用にその紙玉をくわえこんだ。

 

 首尾よく目的を遂行することができた二人は日記を元の場所へ戻すと、部屋の持ち主たちに見つかる前に急いでグリフィンドール寮を後にした。

 

 

 

 スリザリン寮の寝室に帰ってくると、トゥリリは口にくわえていた日記をペッとベッドの上に吐き出した。

 しわくちゃになっているが、魔力で包んでいるため、唾液にまみれてはいない。

 

 ――――どう?何か分かる?

 

『うん・・・・すっごく複雑な魔法がかかってるのは分かるよ。とっても強力で、しかもあまりよくない類の魔法。きっと御大なら、間違いなく邪悪な魔法だって言うだろうね。』

 

 トゥリリは慎重に日記の一部だった紙の塊を調べながら、それをそう評した。

 ダリアはじれったくなり、悔しそうに見えない爪を噛んだ。

 

 ―――――ああもう、魔法が使えたら詳しく調べられるのに!結局はマンドレイクで蘇生されるまで何にもできないのね!

 

『そうだねぇ。まぁ、今夜までの辛抱じゃん。それまでゆっくりしてようよ。流石に疲れちゃったもん。』

 

 トゥリリは日記の一部をダリアの机の引き出しの中に隠すと、ベッドの上で丸まった。どうやらひと眠りするらしい。

 

 ダリアもトゥリリが頑張ってドアや引き出しの開閉を繰り返していたのを知っていたので、特に文句は言わなかった。

 いずれにせよ、今日の夜には全てが明るみに出る可能性が高い。ダリアも一連の事件で疲労がたまっている気がしたので、ひと眠りすることにした。

 

 体が石化して意識だけになってからというものの、眠気を感じたことなど一度も無かったにもかかわらず。

 

 

 

 

 

 トゥリリは夕方までたっぷりと眠っていた。

 最近は猫にしては働きすぎと言っても過言ではないくらい、ダリアのために身を粉にして精力的に活動していたので、とても疲れていたからだ。

 今までもトゥリリはダリアに振り回されて色々と面倒な目に合うことがあったが、その事でダリアに文句を言う気になったことは一度も無かった。

 ダリアはトゥリリの親友だからだ。猫にも友情というものは存在する。

 

 トゥリリは第10系列から連れてこられた神殿の猫、スログモーテンの血を引く猫である。

 彼とこちらの世界の普通の猫との間に生まれた仔猫は何匹かいたものの、神殿の猫の特徴を持っていたのは、トゥリリ一匹だけだった。

 人語を理解し、強力な牙と爪を持ち、とてつもない魔力を持つ、異端な猫。

 猫社会でも、異端な者は弾かれる運命にあった。他の兄弟たちより色々なことができたトゥリリは、その分孤独な猫だった。

 

 ある時他の兄弟たちが母親に毛づくろいをしてもらっている中、トゥリリは一人で日向ぼっこをしていた。他の兄弟たちより成長の早かったトゥリリは毛繕いだってもう自分一人でできるようになっていたし、そういうものだと思っていたので、特に寂しくは無かった。

 

 そのトゥリリを突然抱え上げたのが、当時カプローナからやって来たばかりのダリアで、どこか似た者同士だった二人は、それからずっと親友だった。

 

 

 ダリアの家出に関しても、トゥリリは心配していたものの、納得のいくようにすればいいと思っていた。ワガママで自由奔放なようでいて、その実世間知らずでありとあらゆるものに縛り付けられているダリアは、一度外の世界を見た方がいいと思ったからだ。

 

 今回のことだって、ダリアの軽率さに怒ってはいたものの、ダリアが誰かのために行動しようとしたこと自体は、良い傾向だと思っていた。

 石化はしたものの、命を失うことだけは免れた。向こう見ずなところも、直すことが出来るかもしれない。

 

 色々と不安なことはあるが、とりあえずは今夜、ダリアが石化から蘇生してから考えればいい。

 

 

 トゥリリは長い昼寝から目覚めると、あたりを見渡した。

 眠る前までかすかながらでも感じ取れていたはずのダリアの気配が、全く感じられなくなっていた。

 

『――――――――ダリア?』

 

 

 

 

 

 

 その日の夜は、色々なことが起こった。

 

 ついに生徒が一人、スリザリンの怪物により連れ去られてしまったのだ。

 連れ去られたのはジネブラ・ウィーズリー。血を裏切るものと罵られることはあるが、聖28一族にも名を連ねる、由緒正しい純血の生徒だった。

 

 学校側はこのことを重く受け止め、ホグワーツを閉鎖することを決定した。

 生徒達は明朝ホグワーツを発つために、一様に不安げな顔で荷造りをしていた。

 

 

 しかし夜も更けたころ、不安は一転し、ホグワーツは歓喜に包まれた。

 あのハリー・ポッターがジニー・ウィーズリーを無事連れ帰り、スリザリンの怪物を倒したのだ。

 魔法界の英雄が、またもホグワーツを救った。

 

 校長職に返り咲いたダンブルドアは、ハリーと、彼と共にジニーを救ったロンにそれぞれホグワーツ特別功労賞が授与し、更にグリフィンドールに計400点を与えた。

 これにより今年度の寮杯はグリフィンドールに決定したようなものだったが、去年と違い、今年はスリザリンからもそう文句は出ることは無かった。

 事件の収束に喜んでいたのは、スリザリン生も同じだったからだ。ドラコはだいぶ文句を言いたげな表情をしていたようだが。

 

 スネイプ教授の造ったマンドレイクの薬で石化していた生徒達も蘇生され、ホグワーツは夜通しお祝いの宴でにぎわうこととなった。

 

 

 

 

 ただ一人、ダリアだけが、石化の状態から回復することが無かった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。