「ダリアが戻らないって―――――一体どういうことですか!?」
翌朝、いつまでたっても戻ってこないダリアを心配したダフネ達は、寮監のスネイプの元へ朝一番で押しかけ、驚くべき事実を知ってしまった。
他の石化した生徒達が無事マンドレイク薬で回復したにも関わらず、何故かダリアだけが石化の状態から戻らなかったのだ。
ショックで声の出ない自寮の生徒達に、スネイプも眉間にしわを刻んで難しい顔をしている。
「モンターナの石化の症状は他の生徒達と変わらない。飲ませた薬も他の生徒達に与えたものと同じ、私が調合した薬だ。にもかかわらず効果が無いとなると、考えられる原因は―――――石化した状況の違いしかあるまい。」
現場の状況から、ダリアは幽体離脱中にバジリスクに襲われ石化したと判断されていた。詳細は不明だが、何かそこに呪いを解くことが出来ない原因があるに違いない。
ショックから顔を覆って泣いていたパンジーは、ふとあることを思い出した。
「そ、そういえば、あの子―――――意識を飛ばしている最中は体が無防備になるから、強力な保護の呪文をかけて護ってるって言ってたわ!」
一年前、禁じられた森に置き去りにされたドラコを探し出す際、ダリア自身が言っていたことだ。色とりどりの護符を並べながら、「複雑な呪文だから話しかけるな」と言っていた。
パンジーの言葉を聞いたスネイプが、ますます難しい顔をした。
「なるほど、強力な護りの呪文―――――体への干渉を防ぐ類の呪文だったならば、呪いを解くための魔法薬も干渉とみなされ、効果を受け付けないのかもしれん。まずはその護りの呪文を破るところから始めねばならんな。」
早速スネイプは呪文学のフリットウィックにも協力を求め、ダリアにかけられた護りの呪文を解こうと試行錯誤を始めた。
しかしパンジー・パーキンソンの言う通り、呪文はとんでもなく複雑かつ強力で、二人がかりでもびくともしなかった。
「こんな強力な呪文、今まで見たこともありませんよ!」フリットウィックが額の汗を拭いながら、キーキー声で喘いだ。
「グリンゴッツの護りの魔法に匹敵する、いや、それ以上の強度です!エジプトの呪い破りだって、手も足も出ませんよ!」
「加減というものを知らんのか・・・。」
スネイプも荒い息を整えながら答えた。優秀な生徒だとは思っていたが、これほどまでに高度な魔法を使いこなすことが出来るとは思ってもなかった。
そもそも、人間一人を保護するためにかける魔法として考えると、過剰な強度だ。
その後もマクゴナガルやスプラウトなどの協力を得ながら、護りの呪文を解こうとしてはみたものの、結局呪文はびくともしなかった。
スネイプはあまりの呪文の強力さに半ば呆れながらも、今度は呪い破りの専門家の協力を得るべく、ひとまずはダリアをこの状態で置いておくことを決めた。
学校中が浮かれている中、セドリックは久しぶりに医務室を訪ねていた。
スリザリンの怪物による犠牲者が増える中、夜中の訪問を諦めざるを得なくなって以来の機会だった。
幾度となくこっそりと覗いた衝立を、今度は人目を気にすることなく開く。
そこでは、以前見た時と寸分変わらぬ様子のダリアが、変わらないまま横たわっていた。
ダリアが依然として石化したままだということを確認したセドリックは、力なく近くの椅子に腰を下ろした。
ダリアのことは未だに全面的には信用できていない。
しかし、彼女がこうなってしまった原因は、自分との諍いにあるのだろうということを、セドリックは理解していた。
事件が解決した今になってみると、結局セドリックの疑いは見当違いだったのだ。
本当に身に覚えがないにも関わらず、疑いを向けられたダリアは、自分に向けられた疑惑を晴らそうと危険な賭けに出たのだろう。
本来狙われるはずの無いスリザリン生であるダリアが怪物に襲われたのは、継承者の正体を探ろうとしたからに違い無いとセドリックは思っていた。
以前、ダリアの友人であるスリザリンの女子生徒に言われた言葉が蘇ってくる。
「見舞いィ!?何を今更!どの面下げて!!――――――この子はねぇ!あんたに疑われて、その疑いを晴らすために真犯人を見つけようとして、こんなになったのよ!あんたに疑われてるからってクリスマス休暇は家にも帰らずこんな恐ろしい、いつ襲われるかもわからない場所で過ごして!それで一人で石になったの!あんたにこの子の気持ちが分かるわけ!?あんたに見舞いに来る資格なんてないわよ!」
もしダリアがこれを聞いていたら、「そこまで怖くは無かったし、結構ホグワーツのクリスマスも楽しかったわよ。」とケロっとしていただろう。
しかしセドリックの心には、この怒り狂ったパグ犬みたいな顔をした女生徒の言葉が、あれからずっと重くのしかかっていた。
セドリックはダリアの石化の経緯に、とてつもない罪悪感を抱えていた。
しかも彼女は、何故か未だに石化が解ける気配がない。教授たちの話では、明日専門家を招き、もう一度診てもらう予定らしい。
それでももし目覚めなければ、どうなってしまうのだろう。
セドリックはその時の事を想像して、空恐ろしい気持ちになった。
「―――――あら?セドリック?」
不意に声を掛けられ、セドリックの体が跳ねた。考え込んでいたため、全く気配に気づくことが出来なかった。
セドリックに背後から声をかけたのは、ハッフルパフの同学年の女生徒の、ジャネット・チャントだった。
一足先に石化から蘇生した彼女は、ダリアがまだ蘇生していないという噂を聞きつけ、こうして様子を見に来たのだ。
「ダリア、まだ蘇生できないのね。一体どうしたのかしら――――」
ジャネットは心底気づかわし気な表情で、ダリアを見ている。表情を注意深く観察しても、呪文によって無理やり従わされている様子は一切ない。
こちらの疑いも、見当違いだったようだ。セドリックは更に落ち込んだ。
「先生たちが言うには、護りの魔法のせいで、魔法薬の効果も受け付けなくなっているらしいんだ。―――――今、呪い破りの専門家を探してる最中らしい。」
セドリックの説明に、ジャネットはきょとんとした。
「護りの魔法って―――――――もしかして、ダリアがかけた魔法なの?」
「そうらしいよ。強力すぎて、先生方だけでは解除することが出来なかったらしいんだ。」
ダリアの魔法の強力さは身をもって知っていたが、まさかホグワーツの教授たちが束になってもかなわないほどの物だったとは思っても居なかった。
セドリックはダリアの無茶苦茶さに半ば呆れていたが、ジャネットの顔色がどんどん悪くなっていくのに気が付き、慌てて腰を上げた。
「どうしたの?気分が悪いかい?急いでマダム・ポンフリーに。」
「―――――無理よ。呪い破りの専門家だって、きっと護りの魔法を解けないわ。だって、ダリアの魔法なのよ!?大魔法使いが本気で作った魔法なんて、普通の魔法使いがどうにか出来るものじゃないわ!」
ジャネットの悲鳴のような言葉に、セドリックは目を丸くさせた。
どうやらジャネットは、例え呪い破りの専門家が束になったとしてもダリアの魔法を破れるはずがないということを確信している様子だった。
その様子に迷いは無く、しかも、ダリアの魔法についてかなり詳しく知っていそうな言い方だ。
「―――――――ジャネット、君、ダリアが何者なのかを知っているのか?」
セドリックの静かな問いにハッとしたジャネットは、明らかに先ほどとは違う意味で顔色を悪くした。まるで、触れられたくないことに触れられたかのようだった。
「えっと、その―――――ホグワーツに編入してくる前、偶然会ったことがあるだけよ。ダリアは覚えてたみたいなんだけど、私は忘れちゃってて――――」
「違う。そんなことを聞いているんじゃない!君はさっき、ダリアの魔法は普通の魔法使いには解けないと確信を持って言っていた。そう思う根拠があるはずだ!」
「な、何となくそう思っただけよ!ダリアは魔法が上手だなんて、皆知ってることでしょう!」
「そんな言い方じゃなかったぞ!」
「何を騒いで居るのですか!ここは医務室ですよ!?喧嘩なら外でやりなさい!」
言い合いがヒートアップしてしまった二人は、思わず大声を出してマダム・ポンフリーにつまみ出されてしまった。
気まずそうに眼を合わせた二人は、どちらからともなく謝った。
「――――ごめんなさい、大きな声出して。」
「こちらこそ、ごめん。――――――でも、教えて欲しいのは本当なんだ。君の言う通りなら、ダリアは普通の方法じゃ目覚めないんだろう?―――――ダリアを助けたいんだ。」
ダリアを信用できないが、それでも今回のことは、謝りたい。それはセドリックの心からの気持ちだった。
ジャネットはしばらく、悩んでいたが、やがて思いついたように言った。
「―――――トゥリリ、トゥリリなら何か分かるかもしれない!そうよ、ダリアが言ってたわ、トゥリリは特別な猫だって!」
「トゥリリって――――――ダリアのペットの?」
セドリックは首をかしげたが、すぐに去年、トゥリリについても不審に思ったことを思い出した。
もうすっかり慣れてしまっていたが、あの猫は明らかに人の言葉を理解している。普通の猫でないことは確かだった。
トゥリリを探して連れてこよう。
そう思った二人だったが、そこにはある大きな問題があった。
「トゥリリは、きっとスリザリンの談話室の中だよね。―――――僕、今スリザリンの2年生にかなり敵視されてるんだよね。」
「私も、マグル生まれだから、全然―――――――」
問題は、スリザリンの寮へ行ったところで、どうトゥリリを連れてくればいいのかということだった。
ダリアの友人3人は、顔を見るだけでそっぽを向いて去って行くし、他の生徒にしても反応は似たり寄ったりだろう。
まったく方法は思いつかなかったが、ここで待っていても仕方がない。
とりあえずセドリックとジャネットは、スリザリン寮の近くへ向かうことにした。
ハッフルパフ寮とスリザリン寮は同じ地下にあるので、大体の位置は知っていた。
しかしスリザリン寮の前へ行っても、良い方法は思いつかなかった。
そもそもダリアの友人たちには出会わなかったし、すれ違う他のスリザリン生は、ハッフルパフの生徒の姿を見ると、途端に嫌な顔を向けて足早に通り過ぎていく。
しかし、セドリックは寮へ向かう生徒の中に、見知った顔があることに気が付いた。
向こうもこちらに気付いたようで、一瞬眉を顰めたが、すぐに何事も無かったかのように表情をなくし、通り過ぎようとした。
セドリックは慌てて、その生徒の名前を呼んだ。
「待ってくれ!ええと―――――ノット。」
一年前のクリスマス休暇の際、マルフォイ邸のパーティーに行く際ダリアを迎えに来た男子生徒だった。ノットはセドリックの声に気付き、胡乱げに顔を向けた。
「―――――なにか?」
「あー――――――その、僕はセドリック・ディゴリー。ダリアの、従兄だ。よろしく。」
「知ってます。その従兄さんが俺に何か用ですか?」
話すのは初めてだったが、向こうはこちらの事を知っていたらしい。あまりこちらにいい感情を持っても居ないのだろう。どことなく口調も冷たい。
セドリックはやりにくさを感じながらも、ことの経緯を説明した。
眉を顰めて聞いていたノットだったが、セドリックの説明が終わると、ため息をついた。
「ばかばかしい。」ノットは忌々し気に吐き捨てた。
「ただのネコに何が出来るっていうんだ。明日は呪い破りの専門家が来るんだろう。あんたに出来ることは何もないぞ。」
「それじゃダメなの!呪い破りがいくら居たって、ダリアの魔法は破れない!」
取りつく島もない様子のノットに、思わずジャネットが声を上げた。
ノットはそこで初めてジャネットに気付いたようだった。奇妙なものを見る目でジャネットをジロジロ眺めた。
「―――――あんた、モンターナとよく一緒にいたチャントか。あんたも、あの猫に何かが出来るっていうのか。」
「――――そうよ。ダリアはトゥリリが特別な猫だってよく言ってた。今まで見てて、何も不思議に思ったことは無い?言っておくけど、普通の猫は人間の会話に相槌何て打たないわよ。」
ジャネットが挑むような目で言ったことに、心当たりがあったのだろう。ノットは少し黙った後、無言でスリザリンの談話室へ向かっていった。
しばらくすると、ノットは両手に黒いペルシャ猫を抱えて戻ってきた。トゥリリだ。
大人しくされるがままだったが、ジャネットを見た瞬間、驚いたように目を見開く動作をした。妙に人間臭い仕草だ。
「言われた通り連れてきたぞ。――――で?こいつをどうするんだ。魔法薬の材料にでもするのか?―――っていてぇ!冗談だっつの!お前ほんとにモンターナと同じことするなぁ。」
ノットの言葉に怒ったトゥリリが、軽く爪を立てたようだ。やはりどう考えても、人間の言葉を理解している。
その様子を見ながらジャネットが迷いながら言った。
「――――とりあえず、ダリアの様子を見せましょ。そうすれば、何か分かるかもしれない。」
医務室にトゥリリを入れるのがまた一苦労だった。
基本的に医務室はペット厳禁である。マダム・ポンフリーの目を盗んで猫を持ち込むのは、並大抵のことでは無かった。
しかしトゥリリは大人しい猫だったのが幸いした。ローブの中に押し込まれても鳴き声一つ立てなかったので(ものすごく不満そうな顔をしたが)、無事ダリアが安置されている病室までたどり着くことができた。
トゥリリはダリアの衝立の前まで行くと、ローブから飛び出してベッドの上に降り立った。
しきりにダリアに向かってにゃあにゃあ鳴き、フンフンと鼻を鳴らしている。
しばらくすると、呆れたように長い鳴き声を出した。
「どう?何かわかりそう?」
ジャネットが心配そうに声をかけるが、トゥリリは困ったようにぐるぐるとダリアの顔の周りを歩き回っている。
何かに迷っているようだった。
しかししばらくすると、何かを決心したらしい。ダリアの腹の上に座ると、ものすごい声で鳴きだした。
『ニヤァァァァァァァオオォォォォォォォォォウ!!!』
「ちょっ―――――おい!マダム・ポンフリーに聞こえるだろうが!」
ノットが慌ててトゥリリを止めようとするが、トゥリリはやめる気配が無い。
しかしノットの心配とは裏腹に、マダム・ポンフリーはやってくる気配がない。本来ならばありえないことだ。彼女は医務室で騒ぐ者を決して許さない。
トゥリリは何度も同じような声音で鳴き続けた。これもなにかの魔法なのだろうか。
鳴き声を8回ほど繰り返し、トゥリリは最後にひときわ大きな声で鳴いた。
『ニヤァァァァァァァオオォォォォォォォォォウ!!!』
「わぁっ!!」
パチン!!
指をはじいたような音と共に、誰かの叫び声が上がった。
ダリアのベッドのすぐ横に、先ほどまでは居なかった人物が忽然と現れていた。
金髪に青い瞳の、ダリアと同じくらいの年齢の少年だ。
3人は突然の来訪者に思わず身構えたが、現れた少年も3人の存在に驚いたように目を見開いている。
その様子をみて、トゥリリ一匹だけが「やり切った」というようにぐったり寝そべっていた。
「――――な、なんだお前!ホグワーツに姿現しは出来ないはずだ!一体どこから来たんだ!」
膠着状態から復活したノットが、混乱したように叫んだ。
ホグワーツが英国で一番安全な場所だと言われる所以。その一つが、姿現しを禁じられる魔法がかかっていることだった。
姿現しだけではない。ホグワーツには、侵入者を防ぐありとあらゆる魔法がかけられている。
この少年のように、忽然と姿を現すなんてことは、本来ならありえないことなのだ。
ノットの驚きは尤もだったが、その叫びを聞きつけて、マダム・ポンフリーがついに乗り込んできた。
「なんですこの騒ぎは!先ほども言いましたが、喧嘩なら外で―――――あら?あなたは―――」
目を吊り上げて入ってきたマダム・ポンフリーが、見知らぬ少年に目を止めて、首をかしげる。少年が慌てたように手を振った。
すると、不思議なことに、マダム・ポンフリーは表情をスッとなくし、くるりと踵を返して部屋を出て行ってしまった。明らかに様子がおかしい。
自分たちの体にも異変が起きていた。全身金縛り呪文を受けた時のように、体が硬直して全く動かないのだ。
少年はマダムが出て行った後のドアに向かって軽く手を振ると、ようやくこちらへ向き直った。3人の様子を見て、困ったような顔で口を開いた。
「ごめんなさい、大きな声出して騒ぎになったら困ると思って、思わず石にしちゃったみたい。用事が済んだらすぐ戻すから、ちょっと待っててくれると助かるんだけど。」
エリック・チャント―――――通称キャットは「9つの命」を持った大魔法使いである。
もっとも、キャット自身がその事を知ったのはほんの数年前で、それまでキャットは自分の命と有り余る魔力を、気付かないまま姉のグウェンドリンに利用されて生きてきた。
両親を事故で失い、引き取られたこの城でその事実が判明してからは、キャットはこの城の主であるクレストマンシーの後継者として、日々魔法の訓練をしながら生活していた。
今まで全く触れた事の無かった魔法の訓練にてこずりながらも、楽しく暮らしていたキャットだったが、今からおよそ2年前、この城ではある大事件が起こっていた。
なんと、キャットと同じように強い魔力を持つ大魔法使いで、同じようにクレストマンシー城で暮らしていたダリアという女の子が、城から忽然と姿を消してしまったのだ。
ダリア・モンターナはキャットと同い年のとても可愛らしい女の子で、キャットがこの城に来るずっと前からここで魔法の訓練をしていたらしい。
性格は中々強烈で、色々あって嫌われていたキャットは散々面倒な絡まれ方をしたので、正直少し苦手だった。
しかし彼らの後見人であるクレストマンシーは、幼い頃からつきっきりで魔法を教え込んできたダリアのことが可愛くてしょうがないらしく、本人の前では決して態度に出さないものの、目に入れても痛くないほどに溺愛していた。
そんな後見人がダリアの失踪に平気な顔をしていられるはずも無く、しばらく出ずっぱりでダリアの行方を捜して様々な世界を渡り歩いていたが、最強の大魔法使いである彼の力を以てしても、何故かダリアを見つけることは出来なかった。
しばらくの間、仕事の合間を縫ってダリアを探し続けたクレストマンシーだったが、後回しにした仕事が滞りすぎて、あえなく捜索は打ち切られることになってしまった。
苦渋の決断だったようだが、ダリアの残りの命を封じ込めた宝箱が手元に残っていたのが、せめてもの良かった点なのかもしれない。
命の無事を確認する手段を持っていたクレストマンシーは、定期的に宝箱を確認しつつも、ひとまずの捜索の中断を決意することができたのだった。
ダリアが居なくなっても、キャットの勉強が中止になることは無かった。むしろ、将来キャットを補佐する存在になることを期待されていた(らしい)ダリアが消えたことで、より厳しく訓練させられるようになっていた。
キャットは高度な魔法が勘でなんとなくできてしまう癖に、どうしてそうなったのかという理論が全く分からない。
そのため無意識の内に魔法を使ってしまうことの無いよう、訓練は魔法理論の講義が主な内容だった。キャットは魔法理論があまり得意でなかった。
ダリアの突然の失踪からおよそ2年が過ぎたこの日、キャットは久々の休日だったので、気を休めるため一人でゆっくりして過ごすことに決めていた。
キャットが何者かに呼ばれていることに気が付いたのは、丁度ゆっくりするのにも飽きてきた頃合いだった。
突如部屋に響き渡る謎の声に身を固くしたキャットだったが、しばらく聞いているうちに、この声に覚えがあることに気付いた。
「――――――トゥリリの声、かなぁ。」
あまり確信は無かったが、よくよく聞いてみると、やはりダリアとつるんでいたあの黒猫の声に聞こえる。
しかし、ダリアの家出についていったトゥリリがキャットを呼ぶなど、普通に考えたらありえない。
―――――――何か、ダリアによくないことが起きたのかもしれない。
クレストマンシーでなくキャットを呼ぶのは、彼に見つかると連れ戻されてしまうと分かっているからだろう。しかしダリアの性格的に、例え死んでもキャットには助けを求めないはずだ。
トゥリリの判断でキャットを呼び寄せていると考えると、ダリアは今、トゥリリを止めることが出来ない状況に居るのかもしれない。
あれこれ考えた末、緊急事態かもしれないと判断したキャットは、ほんの少しの逡巡の後、思い切って呼び声に答えてみることにした。
世界を移動するやり方は知っている。クレストマンシーの手伝いで何度か別の世界へ行ったことがあったからだ。
不在で怪しまれないよう魔法で身代わりを作ったキャットは、トゥリリが居るであろう位置へ見当をつけ、一気に体を飛ばす。
途中、何故かたくさん張ってあった妨害の魔法をいくつかバリバリと破ったような気もしたが、無事に隣の世界Bに来ることが出来た。
そこでキャットが見たものは、満足気な顔をして寝そべっているトゥリリと、何故かベッドの上で固まっているダリアと、こちらを驚いた表情で見つめる3人の子どもだった。
しかもそのうち一人は、キャットの姉と同じ顔をしていた。
予想外に混沌とした場に、キャットは「これは面倒なことになりそうだぞ。」と瞬時に理解した。