ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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和解と休戦

 見知らぬ少年少女たちに一言謝った後、キャットは急いでベッドに駆け寄った。

 そこにはおよそ2年前に城を飛び出したきり行方が分からなくなっていたダリアが、全身を硬直させて横たわっていた。

 

「ああ、そんな、完全に石になってるじゃないか。一体何があったらこんなことになるの?」

 

『バジリスクだよ。バジリスクの石化の呪いで、こうなっちゃったんだ。』

 

「バジリスク!?」

 

 トゥリリが少し後ろめたそうに言った内容に、キャットはひっくり返りそうになった。

 バジリスクといえば、視線だけで人を殺すという恐ろしい怪物だ。まさかダリアが行方知れずの間にそんな危険な生物と関わっていたとは。

 キャット達の後見人が知れば、有無を言わさずダリアを連れ帰るだろう。彼は昔からダリアに対して過保護が過ぎる傾向にあった。

 

「なんでそんな危ない事をしたんだよ!いくらあの人の目が無いからって、羽目を外しすぎじゃない?死ななかったからよかったものの――――――」

 

『それはダリアに言ってよぉ。こっちがいくら止めても、聞きやしないんだもん。』

 

 確かに、トゥリリに言ってもどうしようもない。キャットは思い直した。

 暴走したダリアの事を止められる人物など、そうは居ない。

 

 キャットはまず、ダリアを蘇生させてから話を聞くことにした。

 しかし護りの呪文をどうにかしようにも、〈呪文作り〉出身のダリアの呪文は複雑かつ強力で、解除にはかなり時間がかかるであろう逸品だった。

 キャットは呪文の結び目に指をかけてほぐしながら、ふと疑問に思った。

 

「どうしてこんなに強力な呪文をかけてたのに、ダリアは石になったの?これだけ強力なら、直接バジリスクの目を見たところで、びくともしないと思うんだけど。」

 

『―――意識を飛ばしてバジリスクを探してたんだ。その先で、バジリスクと目が合ったみたいでさぁ。』

 

「―――――なんていうか、相変わらず詰めが甘いっていうか。あの人が過保護になるのもちょっとは分かるよ。危なっかしすぎて目が離せないもん。」

 

 ダリアの『抜け』は城に居る時からの悪癖で、優秀で完璧主義のわりに、どこか無鉄砲なところがあり、そのせいで危険な目に合うことが少なくなかった。

 むしろ完璧主義な分たちが悪く、今回のように事態が悪化する場合も多く、その度にフォローに走り回っていたクレストマンシーが過保護になるのも、無理のない事なのかもしれない。

 

 しかしこの様子だと、他にも危なっかしい事に手を出している可能性もある。

 キャットは呪文を解きつつ、これまでの経緯をトゥリリから聞き出すことにした。

 

 

 

 

『ダリア、起きて、早く起きてよぉ。』

 

 ダリアはふと気づくと、トゥリリが自分の頬を舐めて起こしにかかろうとしているのを感じた。いつの間に眠ってしまったのだろう。確かにあたりはもうずいぶんと明るいようだ。

 しかし、何故かとてつもなく眠たい。まだゆっくり眠っていたい。

 二度寝を決意したダリアは、シーツを頭の先まで引き上げながら、ムニャムニャと答えた。

 

「うーん、あと30分寝る――――ううん、やっぱ1時間寝る――――」

 

「―――早く起きた方がいいと思うよ。」

 

 聞き覚えのありすぎる声に、ダリアの意識は一気に覚醒した。

 シーツをはねのけて体を起こすと、やはり案の定、二年前までは嫌になるほど顔を突き合わせていた大魔法使いの少年が、パイプ椅子に腰かけて呆れたようにこちらを見ていた。

 

「な、な――――なんでキャットがここに居るのよーーーーー!!ちょっとトゥリリ!どういうこと!?何が起こったの!?なんで突然キャットが居るの!?ていうかどうして私医務室に居るの!?ってセドリック!ロミーリア!ノットまでいる!?なんで!?」

 

『とりあえず落ち着いたら?』

 

 一気に色んなことに気付いたダリアは、混乱の極みだった。

 そもそもダリアの記憶は、ジニー・ウィーズリーがさらわれる前までで途切れていたので、どうして自分の体に戻れているのかすら分かっていなかった。

 

「じゃあ、僕が教えてあげる。ダリア、自分の体に護りの呪文をかけたでしょ?その呪文が強力過ぎて、マンドレイク薬の解毒効果まで弾いちゃってたんだよ。ほんと、抜け目ないくせに肝心なところが抜けてるよね。」

 

「え。」

 

 キャットの説明に、ダリアは思わず固まってしまった。

 マンドレイク薬を飲まされた時にはすっかり意識も消えてしまっていたので、そんな事件があったことも今初めて知った。

 しかし、それが本当なら、恥の上塗りもいいところだ。

 

「それに、そもそも相手がバジリスクだって分かっていながら石化するって、ちょっとうっかりが過ぎない?今回は死ななかったからよかったけどさ、もし死んじゃってたら大目玉どころの話じゃないよ。今度こそ城に監禁されるんじゃないの。」

「う――――うるさいなぁ!自分の事を棚に上げて!私は結局死んでないんだから、いいじゃない!」

 

 全然よくはなかった。

『監禁される』というワードに、ダリアは思わず身震いした。

 数年前、ダリアが一度「死んで」しまった時、後見人がそのような計画を立てていることを察していたからだ。結局妻にたしなめられて断念していたのだが、また同じようなことがあればどうなるか分からない。

 

 お城の人たちのことは嫌いじゃないが(キャットのことは嫌いだが)、これ以上あのお城に縛り付けられるのはもうたくさんだ。

 

 

 

 小さくなってしまったダリアを、キャットは複雑な気持ちで見つめた。

 城に居る時は突っかかられてばかりで鬱陶しかったダリアだが、実のところキャットは彼女の境遇に同情していた。そんなことをダリアに言うとめちゃくちゃに怒り狂うので決して言わないが。

 小さい頃からずっと憧れていた職業を、自分みたいなぽっと出に横取りされるのは、さぞ悔しかっただろう。

 

 キャットはキャットなりに、ダリアが城で置かれていた状況には思う所があった。

「偉い人」たちの嫌な態度についてもだが、肝心のクレストマンシーにしても、ダリアに対しては過保護が過ぎる割に言葉が全く足りていないと感じていたからだ。

 

 キャットは少し悩むと、ダリアに巻き込まれるという決意を固めた。

 

 

 

 

「ダリア、相談なんだけど。よかったら家出に協力させてくれない?」

 

 ダリアはキャットの言葉が認識できず、きょとんとした。

 

「―――聞き間違え?今、家出に協力って聞こえたんだけど。」

 

「聞き間違えじゃあないよ。―――――つまり、ダリアの共犯者になってあげるってこと。―――まず、今回のことはあの人には伝えない。他にも、あの人がこっちの世界に来る用事があるときは、伝えてあげる。呪文で急に呼び出されたりするときは難しいけど、式典に参加する時とかなら前もってわかるでしょ?」

 

「それは――――――そうだけど。でもなんでキャットがそんなことするの?」

 

「――――まぁ、ダリアにはお姉ちゃんが色々迷惑かけたからさ。そのお詫びだよ。」

 

 実際はグウェンドリンがダリアにかけた「迷惑」より、ダリアがキャットにかけた「迷惑」の方が割合的にだいぶ多かったのだが、それには触れなかった。

「ダリアに同情しているから」など正直に伝えると、猛烈に反発するだろうという確信があったからだ。

 

 ダリアはキャットの言葉に眉を顰めて聞いていた。

 しばらく疑り深く魔法でキャットの真意を探っているようだったが、彼の言葉に嘘がなさそうだということが分かった途端、感心したような表情に早変わりした。

 

「キャット、あんたって実はすっごくいい奴だったんじゃないの?今初めてそう思ったんだけど、どうして今まで教えてくれなかったの?」

 

 調子がいいところも、ダリアは相変わらずだったので、キャットは思わず苦笑いした。

 

 

 

 

「そういえば。」ダリアは医務室の隅に目をやった。

「どうしてあんた達何もしゃべらないの?それにさっきからピクリとも動かないじゃない。」

 

 キャットに集中していたのですっかり忘れていたが、この部屋には何故かセドリックとロミーリア、ノットも居たのだった。

 最初はキャットの登場に驚いて声が出せないのかとも思ったが、どうにも様子がおかしい。

 

 ダリアの疑問に、キャットが「しまった。」という顔をした。

 

「忘れてた。びっくりして騒がれたら困るから、石にしてたんだった。」

 

「なんで忘れてるのそんな大変なこと!」

 

 ダリアは慌ててベッドから駆け下り、3人の状態を確認した。確かに石化している。

 ノットの胸をコンコン叩き、金縛りなどではなく完全に全身が硬直してしまっていることを確認すると、ダリアはキャットを睨みつけた。

 

「ここまですることないでしょ?防音魔法かけるだけでよかったと思うんだけど。」

 

 キャットはバツの悪そうな顔で、魔法を解こうとしていた。

 

「ごめん、とっさのことだったから思わず。あれ?どうやったんだっけ?」

 

「ちゃんと魔法理論を理解せずに魔法を使うからそうなるのよ!だからあんたって嫌な奴!」

 

 そもそもどうして理論も無しにこんな高度な魔法を使えてしまうのかが、ダリアには理解できなかった。ダリアは理論から入る派だったので、直感派のキャットが昔からどうにも気に入らない。

 これだから天才は嫌いだ。

 

 魔法を解こうと四苦八苦しているキャットを放っておき、固まってしまった3人を観察する。全員驚いた表情で固まっている。バジリスクによって石化したと言われてもおかしくないほどだ。

 

 口を半開きにして、ちょっと面白い表情だった(ダリアは少し前まで自分が似たような表情で固まっていたことをすっかり忘れていた)ので、少しいたずら心がわいてきた。

 セドリックの前にやってきて、思いっきりあかんべぇをする。

 この一年、ダリアの自業自得とはいえ、セドリックには散々振り回されたので、これくらいしても罰は当たらないだろう。

 

「あー、ダリア、ちょっといい?」

 

「なによ、今いいところなんだから邪魔しないでよね!私をさんざん引っ掻き回したんだから、これくらいされても文句は言えないはずよ!見てなさい、今ジャネット直伝のとっておきの変顔をしてやるんだから!」

 

「ジャネットには、ダリアに変なことを教えないよう言っておくよ。じゃなくて、非常に言いにくいんだけど―――――――ごめん、彼ら、意識はあるんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 ようやくキャットが3人にかけた魔法を解き終わった時、ダリアは今まで寝ていたベッドに突っ伏して、この世の終わりのごとく泣きじゃくっていた。

 

 色々と聞きたいことがあった3人だったが、動けるようになって最初の行動は、喚いているダリアを慰めることになってしまった。

 

「確かに、僕が今年君を振り回してしまったことは事実だし。」

 セドリックが辛抱強くダリアに語り掛けている。変顔を向けられた彼が謝る必要性は全く無いはずだが、基本的に紳士なセドリックは、泣きじゃくっている女の子を放っておくことが出来ない性分だった。

「君が僕に怒るのもしょうがないってわかってるよ。だから、さっきの変な顔のことも、僕は全然気にしてないんだ。本当だよ。」

 

「変な顔!!」

 ダリアはセドリックの言葉に反応して、またビィビィ泣き出した。

「変な顔って言ったわ!固まってる顔を見られるのだって嫌だったのに!今度は変な顔を見られちゃった!!!」

「へ、変な顔っていうのは言葉の綾で―――――」

 

 何とかしてダリアが泣くのを止めようとしているセドリックを「よくやるよ。」と呆れた目で見て、ノットは自分に良く分からない魔法をかけた金髪の少年の方に向き直った。

 

「それで、結局あんた達は何なんだ?」

 

「えーーーーっと・・・・・」

 

 金髪の少年はどう誤魔化そうか考えているような顔で目を泳がせたが、ノットが「はぐらかしたら承知しないぞ」というような顔で睨むので、仕方がなく肩を落とした。

 

 しかしキャットは中々上手いように、関連世界などの話題に触れることなく、自分とダリアのことについて説明した。

 

 とても力の強い大魔法使いの元で、特別な魔法の訓練をしていたこと。城での生活に耐え切れなくなったダリアが家出をしたこと。

 

 色々と省いた話ではあったが、それなりに長い話になったので、全て話し終わるころには、ダリアはすっかり泣き疲れて眠っていた。

 

 

 

 

「色々と破天荒な奴だとは思ってたが――――まさかの家出娘か。恐れ入ったよ。」

 

「性格悪そうに見えるけど、根はいい子のはずなんだ。嫌わないであげてくれると嬉しいな。」

 

 戸惑うようにダリアを見下ろしているノットにフォローを入れると、キャットはロミーリアの方へ顔を向けた。

 どうにも先ほどから、彼女は出来るだけ目立たないように気配を消す努力をしているようだった。

 

『ロミーリアは、ジャネットとして生きていきたいんだって。バレちゃわないか不安なんだよ。』

 

 別の世界でキャットの姉になるはずだったロミーリアは、顔はジャネットとそっくりだったが、やはり、自信と生命力に満ち溢れたグウェンドリンとは違い、どこか気弱で儚げな雰囲気の少女だった。

 

 彼女が知らないふりをしたいというのなら、キャットはそれを尊重しようと思う。彼女「達」の入れ替わりの原因の半分は、キャットでもあったからだ。

 キャットはロミーリアの目を見て言った。

 

「じゃあ、僕は帰るけど――――何かどうしても困ったことがあったらダリアに言ってよ。たいていのことは何とかできるはずだからさ。」

 

「――――わかったわ。そうする。」

 

 ロミーリアは、自分の弟として生まれてくるはずだったというキャットを、複雑な思いで見つめた。

 ロミーリアは孤児だったので、自分に弟が居たかどうかは分からないが、こうしてみると、確かに顔立ちは自分によく似ていた。

 

 キャットは来た時と同じように、パチンと音を立てて姿を消した。3人には言わなかったが、ここで話した記憶が誰にも漏れないよう、彼らの意識にはしっかりと鍵をかけていた。

 何の痕跡も無いので、3人は夢でも見ていたような心地がしたが、数時間前までと違い、今のダリアはしっかりと息をしていた。

 

 

 

 

 

「じゃあ俺はこれで。友人たちにモンターナが蘇生したことを伝えなきゃいけないんで。」

 

 まずノットが「用事は済んだ」とばかりに、颯爽と医務室を後にした。セドリック達を振り返りもしない、流石の切り替えの早さだった。

 

 ロミーリアもそれを見て、ダリアの蘇生を誰か教員に知らせなければならないということに思い至ったらしい。

 

「どうしよう、マダム・ポンフリーになんて説明すればいいのかしら。突然大魔法使いが現れてダリアの呪文を解いた、だなんて説明しても信じてもらえるわけないし・・・」

 

「―――――僕が伝えておくよ。ジャネットは先に談話室に戻ってくれ。みんなが君とジャスティンの蘇生祝いをするためにパーティーの準備をしてるはずだからさ。」

 

「そうだったわ!それじゃあ、お願いしてもいいのかしら?」

 

「ああ。僕はちょっと、ダリアと話すことがあるからさ。」

 

 セドリックの言葉にジャネットはちょっと驚いたような顔をしたが、色々と事情を聞いていたのだろう、不安げな顔をしつつも医務室を出て行った。その後をトゥリリも慌てて追いかけていく。どうやら、医務室にはあまり居たくないらしい。

 

 彼女にも色々と聞きたいことはあるが、今はそれより優先すべきことがある。

 

 セドリックはジャネットが去って行ったのを確認すると、ベッドで突っ伏しているダリアに声をかけた。

 

「起きてるんだろう?ダリア。話をしよう。」

 

 有無を言わさぬ口調だった。ダリアが狸寝入りしていることを確信しているらしい。

 誤魔化せそうにないと感じたダリアは、渋々顔を上げた。

 

「―――――なんで寝てないってわかったの?」

 

「―――――君、あの男の子が色々説明し始めた頃ぐらいから、聞き耳立て始めただろう。泣き声が段々小さくなっていったし――――自分で説明するのが面倒だと思ったんじゃないかい?」

 

 図星だった。キャットが色々説明し始めるのを聞いて、このまま面倒な役割は任せてしまえと思って狸寝入りを決め込んだのだ。

 

「―――――そういうのはとてもずるいことだから、やめた方がいいと思う。」

 

「あ、はい。」

 

 セドリックがとても真剣な顔で言うものだから、ダリアも思わず居住まいを正してしまった。

 ベッドの上に身を起こしたダリアにセドリックは真剣な表情のまま頷いた。

 

「そうだね。今からする話は真面目な話だから、きちんと座って話をするのがいいかもしれない。」

 

「うん。」

 

 ダリアもとりあえず神妙な顔をして頷いてはみたが、何の話が始まるのかは、全く分かっていなかった。以前二人で話した(怒鳴りあった)時ほど思いつめた様子ではないが、固い表情なのであまり愉快な話題ではないことが予想できた。

 一体何を言われるのかとビクビクしていたダリアだったが、続くセドリックの言葉に思わずずっこけてしまった。

 

「まず最初に、謝ろうと思う―――――以前、僕が君を犯人だと言ったことだけど。あれは全て、僕の間違いだった。思い込みで君を責め立ててしまって、すまない。」

 

「―――――うっそでしょ。」

 

 自分自身が石化した時には期待していた言葉のはずだが、いざ耳にするとあまりの人の好さに愕然としてしまう。

 しかしどこまでも真面目なセドリックは、ダリアが思わずこぼした否定の言葉にも律儀に反応した。

 

「嘘じゃないよ。―――――もちろん、君が両親の記憶を操作したということは、今でもやっぱり受け入れることはできそうにないし、躊躇無くそんなことが出来てしまう君の考えが僕には良く分からない。それでも、君が石化してしまった原因は、僕が君にひどい濡れ衣を着せて追い詰めてしまったせいだろう。」

 

「まあ、それは、疑われなかったらあんなことしなかったとは思うけど。」

 

 でもその疑いも、もとはと言えばダリアの怪しげな言動が引き起こしたものだ。それで勝手に相手が傷ついたからと言って、それを気に病むのはやはりお人よしが過ぎる気がした。

 ひねくれ者のダリアには遠く理解の及ばない思考回路だった。

 

「あなたは私のこと分からないって言うけど、私だってあなたのこと全然分からないわ――――――結局、何が言いたいわけ?」

 

 初めてセドリックが言葉に詰まった。

 しかし、あらかじめ言うことを決めていたのだろう。迷いなく言葉を発した。

 

 

 

「――――――夏季休暇には、家に帰ってきてくれ。」

 

 ダリアは一瞬、「帰ってこないでくれ」と言われたのかと錯覚した。

 しかし、魔法で繰り返し記憶を再生してみても、セドリックは「家に帰ってきてくれ」と言っている。

 

「なにそれ、わけわかんない。」

 

 今度こそ、ダリアはわけが分からなくなった。

 

「なんでそうなるわけ?―――――自分のせいで私が石になったから、お詫びに家に帰ってきていいよって?私が家出してきたから、帰るとことが無いって分かったから?かわいそうだから家に居ていいよって?そんな、そんなの―――――バッカじゃないの!?」

 

 ダリアは一気に爆発した。プライドの高いダリアは、昔から同情されることが大嫌いだった。

 かつてイタリアからやって来たばかりで「魔法」が上手く扱えなかった時、キャットの登場により後継者の立場を追われた時、今までさんざんそのような同情を向けられたことはあったが、ダリアは憐れまれるくらいなら、馬鹿にされた方がマシだとすら思っていた。

 

 馬鹿にされたなら、まだ見返してやろうと思える。でも可哀そうな子だと思われてしまえば、本当に自分が「可哀そうな子」になってしまう気がした。

 だからもしセドリックが同情心からそう言っているのだとしたら、そんなものは絶対にはねのけてやるつもりだった。

 

 しかしセドリックは、ダリアの剣幕に一歩も怯むことなく続けた。

 

「君に同情したわけじゃない、自分で考えた結果だよ。」

 

「そんなの嘘!私、あんたのお家とは何の関係も無い人間なのよ!帰ってこい、だなんてあんたの立場で言えるわけないじゃない!」

 納得いかずに睨みつけてくるダリアに、セドリックはため息をついた。

 

「僕だって、これが正しい判断だなんて思ってないよ。君の言うように、結局のところ、君は僕の家族とは何の関係も無い赤の他人だ。」

 

「じゃあ、なんで!」

 

「―――――――でも君は、父さんと母さんのことが、好きだろう?」

 

 セドリックは2年前、自分の両親に抱きしめられて真っ赤になったダリアを見て、戸惑ったことを思い出していた。

 

 今までを振り返ってみても、ダリアは両親の前では決して傍若無人な一面を見せたことが無い。休暇中遊びに行った友人の家での思い出を興奮気味に語ったり、クリスマスパーティーではしゃぎまわったりといったあの時の様子が演技だとはどうしても思えなかった。

 

 今年のクリスマス休暇に家に帰らないことを伝えた時も、ダリアが両親に心配をかけさせまいと、たくさん手紙のやり取りをしていたことを知っている。

 

「君は何故か、赤の他人であるはずの父さん達に、心底懐いてるみたいだ。危害を加えそうな様子も無かったし―――――家に居るだけなら、問題ないと思って。」

 

「問題だらけよ!ちょっといい顔見せたくらいで、チョロ過ぎない!?」

 

 自分に都合のいい展開にもかかわらず、ダリアはどうしても素直に喜ぶことが出来なかった。実際、懐いているという理由だけで害意が無いと判断するおめでたさは理解しがたかったし、こんな「いい人」が存在するだなんて信じられなかった。

 

「僕の言葉が信じられないのなら、それでもいいよ。――――――――でも、君が帰ってこなければ、父さんと母さんは心配する。」

 

「――――――。」

 

「君が石になっている間、僕のところにどれだけ手紙が来たか知らないんだろ。あとで見せてあげてもいいけど、毎日毎日君の安否を確かめる手紙を送ってきていたんだ。マンドレイクが収穫されるまで目覚めないのは分かってるはずなのに、まだ目覚めないのか、寂しい思いはしてないだろうかって。」

 

「――――――そんなの、私の事を可愛い姪っ子だと思ってるからで。私が記憶を植え付けなければ、そんなこと。」

 

「そうだ。父さんと母さんは、存在しないはずの姪の事を、夜も十分眠れないほど心配している。これまでのことでも、どうして両親を亡くしたという君をもっと早く迎えに行けなかったのかと悔んでいたのを知っているかい?――――――君は、自分の魔法がもたらした結果の責任を取らなきゃいけない。」

 

 責任。今まで考えたことも無かった言葉だ。

 ダリアは今まで好き勝手に魔法や呪文を使ってきたし、それが許される(勿論あんまりにもひどい事をすればクレストマンシーが飛んできて大目玉をくらった)環境に居た。

 人に魔法をかけることなんて、これまでなんとも思っていなかった。

 

「君が帰ってきたくないというなら、僕は無理強いできない。でも、君は帰ってくるべきだと思う。」

 

 ―――――帰りたくないわけがない。

 

 ダリアは小さい頃に生家を出て、それからずっとクレストマンシー城で暮らしていたので、本当の両親と過ごした記憶は薄らしたものだった。

 ダリアの両親が冷たかったのではなく、大きな目標を持って旅立った娘の邪魔にならないようにという配慮だったのだが、ダリアは親の愛情に飢えていた。

 それ故、ディゴリー家に潜り込んで久々に「家族の愛情」というものに触れたダリアは、疑いを晴らすためにバジリスクを捕まえるという無茶な決心をする程、ディゴリー夫妻に執着していた。

 

 記憶を操作して手に入れた家族に愛情を求めるなんて、あまりに不毛だ。自分でもどうかしていると思う。

 

 それでもダリアは俯いたまま、小さく呟いた。

 

「―――――――――――――私、帰ってもいいの。」

 

「むしろ、君が帰ってこなかったら、僕は今度こそ父さん達を失望させてしまうと思う。」

 

「――――――それじゃあ、帰ってもいいよ。―――ううん、帰りたい。」

 

 

 ダリアがこの世界へやってきておよそ二年。色々と問題を抱えたままだが、少なくともディゴリー家でのいざこざには、とりあえずの決着をつけることができたのだった。

 


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