リドルの日記
ダリアには5人の姉弟姉妹が居た。ローザ、コリンナ、ルチアという姉達と、兄のパオロ、弟のトニーノ、両親を合わせると8人の大家族だった。
さらにその上、カプローナのカーサ・モンターナにはダリア達以外のモンターナ家の人々も住んでいて、総勢30名以上の親戚たちが暮らす館はいつも賑やかだったということを、ダリアは今でも覚えている。
ぼんやりとウィーズリー家の面々の写真を見ていたダリアは、もう何年も会っていない故郷の家族の事を思い出していた。
写真では、こちらも9人という大家族であるウィーズリー一家が、ピラミッドを背景に満面の笑みを浮かべている。横に付いている記事によると、彼らはガリオンくじグランプリに当選し、一か月のエジプト旅行へ行っているらしい。
「いいなぁ、エジプト。私も行きたい・・・」
『ダリアは昔行ったことあるでしょ。現地の水が合わなかったって言ってお腹壊して帰って来たけど。』
「だからもう一回リベンジしたいんじゃない!」
ダリアは何年か前、後見人の家族と一緒にエジプト旅行へ行ったことがあった。ファラオの寝室や広い運河を見るのを楽しみにしていたのだが、ダリアは初日で食あたりを起こしてしまい、旅行の間中ずっと宿で寝込むはめになってしまったのだ。
ミリーがつきっきりで看病してくれたので寂しくは無かったが、それでもダリアはずっと楽しみにしていた黄金のスカラベを見ることが出来なかったので、それがとても心残りだった。
トゥリリの指摘のせいで嫌なことを思い出してしまったダリアは、新聞記事をポイっと床に放り投げた。この話はもうおしまいだ。
「ふんだ、ウィーズリー達の話なんてどうでもいいのよ。今は他にやることがあるんだからね。そんなことに構ってる暇はないの。」
『ダリアが言いだしたんじゃん。―――――まあ、今はこっちに集中した方がいいのは確かだけどねぇ。』
夏季休暇が始まり、無事オッタリー・セント・キャッチポール村のディゴリー家に帰ってくることができたダリアは、自分に与えられた部屋に閉じこもり、怪しげな儀式を行おうと企んでいた。
部屋に防音魔法がかかっていることをしっかり確認したのち、ダリアはベッドの上に、くしゃくしゃに丸まった紙片を取り出す。
しわを丁寧にのばして広げていくと、それは2年生の終わりにジニー・ウィーズリーの部屋からこっそり持ち出した、怪しい日記の一ページだった。
『やあっとこいつの正体を調べることができるねぇ。どう?前はなんとなく見当がついてるって言ってたけど。』
「うん、まあね。だってこれ、知ってる魔法に似てるもん。ちょっと違う所はあるみたいだけど―――――きっとこの中に、ジニー・ウィーズリーを操ってたあいつが居ると思う。あの沸点低そうな自信家。」
『―――――あのディフィンド乱発してきた奴でしょ?あの日記本体ならともかく、こんな切れ端にも居るのかなぁ。』
トゥリリは『沸点低い自信家ってどっかの誰かみたい』と思いながらも、別の疑問を口にした。紙片の方にも本体に掛けられていた魔法の一部が残っているようだが、あの時の「人格」まで残っているとは思えなかった。
しかし、ダリアは何故かこの紙切れにも継承者の人格が残っていると確信しているらしい。
「居るわよ。だってこいつ、私が意識だけだった時、私の魔力を吸収したのよ!おかげで蘇生するまでの事をなーんにも覚えてないし―――――全部こいつのせいよ!」
去年のクリスマス、ダリアはバジリスクを探す過程で肉体が石化し、意識だけで漂うしかできない無力な存在となり果てたことがあった。
魔力はほとんどないはずだったが、それでもトゥリリと意思疎通できる程度には残っていた。無防備な意識が持っていたわずかな魔力を、この日記に吸い取られてしまったのだ。
「この私の魔力を吸ったんだもの。ちょっとの量だけでも、活動するには十分なはずよ――――えい!」
ダリアは日記を封印していた呪文を解くと、無理やり紙片の「中身」を引きずり出した。
ダリアの魔力を吸収したことで、かろうじて存在している状態なのだろう。ぐんにゃりとした感触は、以前見たことがある自分の「命」に似ていたが、こちらはそれよりも随分薄く、儚ささえ感じさせられた。
「継承者」は、ダリアより幾分か年上の、端正な容姿の男子生徒だった。向こう側が透けて見えるほど薄く消えかけているが、スリザリンカラーのネクタイとマントを身につけている。
彼は消耗した様子でぐったりしながらも、ダリアを鋭く睨みつけていた。
「―――――――――――っ。」
「そんなに睨んだって無駄よ。意識だけの私ならともかく、本来の私から勝手に魔力を吸い出すなんてできるわけないんだから。このまま消えたくなかったら、大人しく私の指示に従うことね。」
少年は暫くダリアの魔法の拘束から逃れようと頑張っていたが、完全に自分の行動を制限されていることに気付くと、悔し気に顔を歪めた。
「黒猫を連れたスリザリン生――――そうか、お前が例のスリザリン生か。」
「あら、知ってるの?―――――って当然か。あなた、ジニー・ウィーズリーに取りついてたんだものね。まあ、知ってるのは名前くらいだろうけど。――――私、あの子とそんなに話したことないし。」
『一応同じ村に住んでるのにねぇ。』
ダリアの言う通り、ジニーからは石化したスリザリン生の名前や見た目の特徴くらいしか情報を仕入れることができていなかった。
マグル生まれでもないスリザリン生を自分が襲った記憶などないし、襲うつもりも無かった。何者かが自分を捕えるために仕掛けた策略ではないかと疑い、スリザリン生の石化について調べてはいたものの、結局何も分からなかったのだ。
――――――しかし、ダンブルドアあたりが仕掛けた罠ではなく、女子生徒本人に問題があったとは、こうなるまで夢にも思っていなかった。
リドルは目の前で偉そうに腕組みしてこちらを見下ろす子どもを観察した。
黒髪に青い目の、可愛らしい顔立ちをした小柄な少女にしか見えないが、見た目通りの子どもではないということを彼は理解せざるを得なかった。
彼女が言うように、直近で吸い上げた魔力が本当にこの少女の物だとしたら。
ほんの子どもが持つ魔力としては異常な量だったことは確かだ。
「まあそんなことはどうでもいいのよ。それより私、あなたに聞きたいことがあるの。」
少女は可愛らしくにっこりと笑い、リドルに対する尋問を開始した。
少年はトム・マールヴォロ・リドルという名の、60年以上前にホグワーツに在籍していたスリザリン生だという。魔法で強制的に吐かせたので、おそらく嘘は言っていないはずだ。
「で、この紙――――っていうか、日記かしら。私の見立てでは、あなたの命の一部が封じられてるものだと思うんだけど。合ってる?」
「――――――そうだ。ホークラックスという。僕は不死性を獲得するため、魂を引き裂いていくつかの物に封じ込めた。この日記は僕が学生時代作成し、部下に保管させていたものだ。」
彼の説明を聞いて、ダリアはこの魔法になんとなく既視感を覚えていたことに合点がいった。
ダリアは生まれつき複数の命を持った大魔法使いである。
ダリアの後見人やキャット達も含めいくつかの命を持った大魔法使いは、その数ある命を他人に利用されることがないよう、物体に封じ込め保護することが多い。
例えば金の指輪だったり、はたまたただのブックマッチだったり、封じ込める物は様々だが、そのためには高度な魔法技術と魔力が必要になってくる。
ダリアも今よりずっと幼い頃、とある事件に巻き込まれて命の一つを失ってしまって以来、後見人に残りの命を宝箱の中身に封じ込めてもらい、何重にも保護の魔法をかけて護ってもらっていた。
日記に掛けられた魔法は、その時のものによく似ていたのだ。
しかしリドルの話を聞きながら、ダリアは内心呆れていた。
見たところ、元々はダンブルドアをも上回る可能性もあるほどの魔力の持ち主だっただろうことが予想できる。
魔力量自体は引き裂く前と変わっていないだろうが、魂を引き裂くことで人間性の大部分を失っているのがもったいない。
それに、そうまでして命のストックを増やしたところで魔力が増えるわけでもなし、意味がある行為だとはダリアには思えなかった。
生まれ持った魔力の容量は増やすことは出来ないし、いくつ命があったところで死ぬときは死ぬ。
そして変形した魂は、死んでしまえば最後、二度と輪廻の輪の中に戻ることはできないはずだ。
この少年の行く末を想像して、ダリアは身震いした。恐ろしい方法を使って生きながらえている代償を、彼はこの先支払うことになるのだろう。
「ええっと。その部下が、ドラコのお父さん――――ううん、年代的に考えるとお祖父さんってことかしら。ということはあなた、例のあの人っていう奴なんだ。死んだらしいって聞いてたけど、生きてたのね。」
マルフォイ家について、エイモスが「かつて例のあの人の一番の信望者だった」と語っていたのを思い出し、ダリアはリドルの正体に思い至った。
ハリー・ポッターによって斃されたとされているが、ホークラックスで命のストックを作っていたのならば、今も生きている可能性が高い。
結構大変なことを知ってしまった気がする。
それにしても、ルシウス氏は大丈夫なのだろうか。
今回の騒動で、日記の本体は破壊されてしまったらしい。このことが本人にばれたら、ただでは済まないような気もする。
「―――――まあいいか。どっちにしろ肉体が無いなら大したことは出来ないだろうし。それより、他にもあんたには色々聞きたいことがあるの。どんどん答えてもらうわよ。」
無理やり秘密を暴露させられているリドルは、今にも憤死しそうな形相でダリアを睨みつけながらも、つらつらと話す口を止められないでいた。
聞きたい事を全て聞き終えたダリアは、紙片に奪われていた魔力を吸い上げ、強制的にリドルを眠らせた。
いくら無力化したとはいえ、もとは危険な魔法の産物である。
しっかりと保存の魔法をかけて、手ごろなペンダントの中――――去年のクリスマスにドラコに貰ったなんだか高そうな品―――――にしまい込んだ。
また何かの機会に使うことができるよう、大事に保管しておこう。ダリアは既に、この「記憶」の活用方法を一つ思いついていた。
ペンダントに保護呪文を掛けると、ダリアはベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「うーん。」
『どうしたの?なんだか不満そうだけど。』
「不満っていうか。期待外れだったというか、消化不良というか。――――余計に謎が深まったわ。」
ダリアが一番聞きたかった、禁じられた森の迷いの結界とマンティコアについてだが、結果的にリドルは全く関与していなかった。
学年末にもう一度マンティコアの様子を見に行った時、未だに結界が張られたままだったことから「術者は別に居る」と予想してはいたが、何かしら関与はしていると思っていたので、拍子抜けもいいところだった。
「結局あの結界は、誰が何のために作ったのかしら・・・」
マンティコアが解き放たれてしまえば、ホグワーツは大混乱に陥るだろう。早めに対処してしまいたいが、目的も分からない内に犯人を刺激して、事態を悪化させたくはない。
あれほどの大掛かりな魔法を使える人間は、それこそ大魔法使いと言っていい力量の持ち主だという確信がダリアにはあった。決して油断して対峙していい相手ではない。
あの結界はいつからあるのだろうか。どうやって管理しているのだろうか。ダンブルドアはこのことに気付いているのだろうか。
ダリアの疑問は解決することなく、モヤモヤした気分が晴れることはなかった。
8月も中盤に差し掛かり、ダリアとスリザリンの女子3人はホグワーツ特急での約束通り、パリに小旅行に来ていた。
「それで、最近ディゴリーはどうなの?」
「へ?」
ショッピングを一通り楽しんだ後、おしゃれなカフェ(魔法族専用らしく、夏休みのボーバトン生らしき女子生徒達がたくさん居た)で一息ついていたところ、パンジーが唐突に切り出した。
ジメジメした森のことなど記憶の彼方へうっちゃり、山盛りのマカロンとケーキに夢中になっていたダリアは、目をぱちくりさせた。
「どうって――――――別に普通だよ。一応仲直りしたから普通にしゃべるし。―――――あ、そういえばセドリック、監督生になったんだって。クディッチのキャプテンにも。」
フランスに旅立つ直前に来たホグワーツからの手紙が来たが、セドリックの手紙には新学期で必要な学用品のリストの他に、監督生とキャプテンのバッジも同封されていた。
セドリックは驚いていたようだったが、ダリアは妥当な判断だと学校側の人選に納得していた。
セドリックはダリアの二つ上の学年で常にトップの成績を誇っていたし、今まで一度も校則違反で注意を受けたことが無いほど品行方正な生徒だった。
クディッチでも花形のシーカーを務めているらしいので、順当な役職だ。
この知らせを聞いたエイモスの喜びようは凄まじく、ご近所中にこのことを触れ回ろうとしたので、セドリックが必死に止めていた。
胸に二つのバッジを付けたセドリックを思い返してニヤニヤしているダリアに、パンジーが苛立ったように続けた。
「ちっがうわよ!そういう事じゃなくて!―――――――何か進展はあったのかって聞いてんの!」
「―――――進展!?」
予想外の言葉に、ダリアはびっくりして思わず手に持っていたマカロンを取り落としてしまった。
「な―――――何言ってるのよ!べ、べべ別にそういうのじゃないって前から何回も言ってるじゃない私!」
「いやそういうのいいから。」
ダリアの動揺をミリセントがバッサリ切り捨てた。ダリアの言い分など端から信用していない、とでも言いたげな表情だった。
彼女たちはどうやら、ダリアがセドリックに懸想していると思い込んでいるらしい。以前からそんな風に揶揄われることはあっても、こうして直接尋ねられるのは初めてだった。
「ほ、ほんとだもん!だ、だいたい何を根拠にそんな突拍子もないことを―――――」
「呆れた、ダリア、貴方自分のことになると鈍いのね。」
「鈍くない!ほんとにそういうのじゃなくってぇ―――――」
ダフネの言葉に必死に反論するが、あんまり信じている様子はない。
ダリアは他人の色恋沙汰について騒ぐのは大好きだったが、まさか自分が勘ぐられる側になるとは思っても居なかったので、途端に困り顔になってしまった。
「た、確かに去年はセドリックセドリックって言ってたけど。それは従兄だからよく話題に出てただけで!ほんとに深い意味は無いっていうかぁ。」
「なぁーに寝ぼけた事言ってんのよッッ!私が聞きたいのはそんな生ぬるい言い訳じゃないの!もっとこう、内から溢れ出るような心の叫びなの!」
「ヒェッ――――」
パンジーの剣幕に、ダリアは身をすくめた。明らかに尋常ならざる様子だ。
ダリアは知る由も無かったが、ルシウス氏はホグワーツの理事を退任させられたことを詮索されるのを嫌い、マルフォイ家は今年の夏、全ての社交を断っていた。
勿論ドラコも人前に姿を見せることは無く、熱烈に彼に片思いしているパンジーは失意のどん底に居た。
その悲しみを紛らわすために、彼女は今猛烈に他人の恋愛沙汰の話題に飢えていたのだ。
鼻息荒くダリアに詰め寄るパンジーを落ち着かせながら、ここぞとばかりにミリセントとダフネも加勢してくる。
二人とも、あたふたするダリアが面白くてしょうがないという顔をしていた。
「私もパンジーみたいに叫びが聞きたいってわけじゃないけどさぁ。でも、去年のダリアの様子見てたら、従兄だからって理由だけであんなに必死になってたんじゃないと思うわけよ。」
「そうねぇ。さっきだって、ディゴリーが監督生になった、キャプテンになったってほんっとうに嬉しそうだったし。あなたの性格からして、他人の成功を羨むことはあっても、純粋に称えるなんてあんまり無いと思うんだけど―――――そのあたりどうなの?」
「そ、それは、それはその―――――――そ、そうだ!私が人間的に成長したんじゃないかしら?私も大人になったっていうか。」
「自分でそういうこと言うもんじゃないの!そういうのはいいから、とっとと吐きなさいよぉ!」
上手い事言い訳を思いつかず、しどろもどろ要領を得ないまま説明するダリアにしびれを切らすパンジーに、ダリアもたまらず悲鳴を上げた。
「――――もう、さっきから何なの!どーしても私がセドリックのこと好きって言わせたいみたいじゃない!あなた達、あんなにセドリックの事気に入らないって言ってたのに!」
「それはそれ、これはこれよ!」
去年セドリックがダリアを疑った件を受け、この3人は彼のことをあまり良く思っていなかったはずだ。
ダリアがセドリックの話題を出すたびに眉を顰めていたのだが、この話題に関しては話が別のようだった。
結局ダリアは友人たちの考えを変えることは出来ず、パリでの小旅行が終わるまで、ネチネチとからかわれ続けたのだった。
アズカバンからシリウス・ブラックが脱獄したというニュースが魔法界に激震を走らせたのは、丁度ダリアが小旅行を終え、オッタリー・セント・キャットポール村に帰ってきてすぐのことだった。
今週は私生活か忙しく一話しか書けなかったので、あとがきを書いてみました。
ただの性癖語りなので、読み飛ばしてもらって全然かまいません。
クレストマンシーシリーズをご存知の方が意外と多くて嬉しかったので言ってみるんですが、私はジョーンズ氏の作品に登場する、情緒不安定だったりヒステリックだったりする思春期の女子が大好きです。
クレストマンシーシリーズでは、グウェンドリンとか、キャロル・オニールとか好きです。
見栄っ張りで自尊心の高い面と、裏に隠れている焦りや子どもっぽさの対比がたまりません。性格が悪い女の子が裏に抱えているものを想像するのが、とても好きです。
女の子以外でも、作者であるダイアナ・ウィン・ジョーンズさんの作品の登場人物は欠点や癖のある描写がてんこ盛りで、妙に人間臭いところがとても魅力的です。
個人的に欠点が無い完璧なキャラクターよりも、そういう抜けているところがあるキャラクターの方が好きです。
そこらへんに関しては、ハリポタ側についてもかなりこじらせているので、4巻沿い辺りまで辿り着けたらまた色々語るかもしれません。
また、クレストマンシーシリーズの作者であるダイアナ・ウィン・ジョーンズさんは、ジブリで映画化された「ハウルの動く城」の原作者でもあります。クレストマンシー以外にも作品をたくさん執筆されているので、ファンタジー好きな方はぜひ色々読んでみてください。
あと全然関係ないんですが、佐竹美保さんが挿絵を担当されている作品にほとんどハズレが無いと思います。