ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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ダイアゴン横丁での遭遇

 

「ねぇちょっと!起きなさいよ!言いたいことがあるんだけど!」

 

 ダリアは自室に駆け込むなり、机に置いていたペンダントを引っ張って怒鳴りつけた。

 青いサファイアのついたペンダントは、去年のクリスマスにドラコから貰ったもので、中に小物を入れることができるスペースが付いている優れものだ。

 割と高価な贈り物だろうことが想像できたが、ダリアはそのお高いペンダントの中に、くしゃくしゃな紙切れを忍ばせていた。

 去年ジニー・ウィーズリーから手に入れた、魔法の日記の一ページだ。

 

 別の用途のために使おうと大事に保存しておいたのだが、さっそく想定外のことで中の人物を目覚めさせることになってしまった。

 

 無理やり魔力をぶち込んで、強制的にリドルを実体化させると、ベッドの上に半透明のぐんにゃりした青年が転がり落ちてくる。

 突然覚醒させられたせいか、目を白黒させているリドルに、ダリアは飛び掛かった。

 

「やっと起きたわね、スカポンタン!ちょっとそこに座りなさいよ!」

 

「ス、スカポンタンだと!?―――――おい、やめろ!!」

 

 生まれてこの方、周りの人間に畏れられて生きてきたリドルは、そんな幼稚な罵られ方をしたことが無かったため、思わず目を剥いてしまった。

 あまりの暴言に憤然とするリドルの腹の辺りでポンポン飛び跳ねながら、ダリアは喚き散らした。

 

「あんたの!部下の!シリウス・ブラックとかいう奴のせいで!旅行が取りやめになっちゃったんだけど!どうしてくれるのよ!?」

 

「は――――はぁ?」

 

 自分の腹をダリアの足が繰り返しすり抜ける奇妙な感覚に耐えつつも、あまりに脈絡のない訴えに、リドルは今度こそ言葉を失った。

 

 

 

 ディゴリー家では毎年夏季休暇に、家族旅行を計画しているらしい。

「らしい」というのは、ダリアがディゴリー家に来て以来、一度も旅行へ行っていないからだ。

 

 一昨年は突然ダリアがやって来たことで計画が流れ、去年はエイモスの仕事が忙しく予定を作れず、今年こそはとダリアはずっと楽しみにしていた。

 しかし今回、シリウス・ブラックがアズカバンを脱走したというニュースを受け、安全に配慮したエイモスはイタリア旅行の中止を決定してしまったのだ。

 

 そもそもダリアはウィーズリー家のエジプト旅行の記事を見た時から、秘かに彼らが羨ましくてしょうがなかった。ダフネ達と日帰りでパリには行ったものの、それとは別に「ホテルに泊まって家族でゆっくりする旅行」がしたくてたまらなかったのだ。

 だから、エイモスが夏休みの始めに「今年はイタリアにバカンスに行くか!」と言ってくれた時、ダリアは狂喜乱舞し、旅行に行く日を毎日指折り数え、いそいそと鞄に着替えを詰め込んで準備をしていた。

 

 その楽しみをよく知りもしない殺人鬼につぶされたダリアの嘆きようはすさまじかった。

 

 

 ダリアの勢いに圧倒されてされるがままだったリドルだが、訴えの内容を理解するにつれ、徐々に嘲るような顔つきに変わってきた。

 

「何を言い出すかと思えば――――馬鹿馬鹿しい。それが僕に何の関係があるんだ。」

 

「あんたの部下がやらかしたんだから、あんたが責任取るべきでしょ!」

 

「無茶苦茶だ!大体、学生時代の記憶しかもっていない僕が、未来の部下のことなんか知るはずないだろう!」

 

「えっそうなの?」

 

 ダリアは素で驚いてしまった。ポッターとヴォルデモートの顛末についてさも知った気に語っていたので、本体の日記を破壊される前は当然本物のヴォルデモートと記憶を共有しているものとばかり思いこんでいた。

 飛び跳ね続けて息が上がってきたのもあり、ダリアはようやくベッドの上から降りて椅子に腰かけた。ダリアは体力が無かった。

 

「なにそれ、聞いてないわよ――――無駄に体力使っちゃったじゃない!そんなの最初に言ってよね。」

 

「聞く耳も持たずに怒り狂っていたのは誰だ!」

 

「はぁー?私が悪いって言いたいわけ?言っておくけど、あんたが知っていようが知るまいがそこは大した問題じゃないんだから!あんたが居なかったらシリウス・ブラックも凶悪犯にならなかったし、そしたら今ごろ私も楽しく旅行に行けたはずだし――――――」

 

 両者ともプライドが高く、挑発を聞き流せるタイプではなかったため、言い合いは段々ヒートアップしていったが、部屋の扉がノックされたことにより争いは唐突に終わりを告げた。

 

「ダリア、さっきからドンドンうるさいけど、一体何をしてるんだ?開けるぞ!」

 

「ひッ、セドリック!」

 

 騒ぎを聞きつけたセドリックが、様子を見に来たらしい。怒りのあまり防音の呪文を使うことをすっかり忘れていた。

 ダリアは慌ててリドルを消すと、暴れていた痕跡も消そうと急いで立ち上がったが、飛び跳ね続けて疲れていた足がもつれてこけた。やはりダリアは体力が無かった。

 

 部屋の扉を開けて入ってきたセドリックは、乱れたベッドと、息も絶え絶えに床に転がるダリアをみて、何となくの事情を理解したらしい。

 ダリアを床から引っ張り上げて椅子に座らせると、神妙な顔で話し始めた。

 

「―――――ダリアが旅行の中止をとても悲しんでいるのは知ってるよ。でも、父さん達が僕たちの事を思って決めたことは分かるだろう?物にあたっちゃいけないよ。」

 

「――――――――。」

 

 別に旅行が中止になったことに腹を立てて暴れていたわけでは無い。

 シリウス・ブラック、ひいてはリドルに腹をたてて暴れていたのだが、そう言い訳するにもいかず、その上どちらにしても暴れていたという事実は変わりないので、ダリアは仏頂面でセドリックの説教を聞いていた。

 

「だいたい君は、ちょっと子供っぽいところがあると思う。今みたいに物にあたるところもそうだけど、人見知りなところとか、他人の都合はお構いなしなところとか、そのくせ自分の嫌いなことは避けるところとか。―――――前も言ったけど、直した方がいいと思うよ。」

 

「――――――うう。」

 

 ここぞとばかりに次々と欠点を指摘してくるセドリックに、ダリアは呻いた。

 

 最近のダリアの悩みといえば、セドリックが全く遠慮しなくなったことだった。

 前から気になってはいたのだろう。生来責任感が強く面倒見のいいセドリックは、どうにかしてダリアを真人間に戻そうと日々努力していた。

 そのとっかかりとして、なんとかダリアの子どもっぽい性格を矯正しようと、事あるごとにダリアの言動に口出ししてくるようになったのだ。

 

 ダリアはセドリックにあまり強く出ることができなかったので、彼の小言には全面的に従うしかなかった。

 パンジー達はダリアがセドリックに恋をしていると声高に主張しているが、小姑もかくやというこの様子を見れば意見も変わるのではないかとダリアは秘かに考えた。

 

 ダリアは神妙な顔をしてセドリックが説く道徳観(ダリアには小言にしか聞こえなかった)を聞き流していたが、説教が終わり一息ついた後、続いたセドリックの言葉に顔色を変えた。

 

「――――――よし、じゃあ今日も体力づくりのためにジョギングしに行こうか。」

 

「今から!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の発端はダリアがフランス旅行へ出発する前、セドリックにクィディッチチームのキャプテン決定の知らせが届いた時のことだった。

 狂喜乱舞するエイモスを適当にあしらいながら朝食を進めているうちに、ダリアのクィディッチ嫌いが何かの拍子に明らかになってしまったのだ。

 

「クィディッチが嫌いって――――――冗談だろう!?」

 

 唐突に声を荒げたセドリックに、ダリアはびくついた。

 去年疑われた時以来久しく見ていない剣幕だったので驚いたものの、クィディッチが嫌いだということは事実だったので、セドリックの言葉に果敢に反論した。

 

「だ、だってそうじゃない。あんな堅そうなボールを人間めがけて投げつけるんでしょ?骨折なんてざらにあるらしいし!すっごく危険だと思うし――――」

 

「それは、打ちどころが悪ければ た ま に そういうことはあるけど!だけどそれ以上にクィディッチは素晴らしいスポーツなんだよ!」

 

 ハッフルパフチームのシーカー、そしてキャプテンを務める者として、その誤解を見過ごすわけにはいかないと、セドリックはクィディッチの魅力を熱弁した。

 

 ダリアはセドリックのクィディッチに対する情熱に唖然として、全く口を挟めないでいた。

 まさかこんな身近なところにも、ダフネやノット達のようなクィディッチ狂が潜んでいたとは夢にも思っていなかったからだ。

 ダリアが思っているより、イギリス魔法界におけるクィディッチは、かなりメジャーな存在なのかもしれない。

 

 しばらく「クィディッチの素晴らしいところ」を熱く語っていたセドリックだったが、ダリアにあまり響いていないことに気が付き、いったん口を止めた。

 

「―――――――よし、分かった。ダリア、君がクィディッチの魅力を理解できないのは、君が運動音痴だからだ。」

 

「―――――ええ!?」

 

 突然自分の運動能力を酷評されたダリアは思わず声を荒げた。だがしかし、続いたセドリックの言葉に二の句が継げなくなった。

 

「だから、今日から僕と毎日運動しよう。まずは体力をつけるためにジョギングからかな。―――――クィディッチを語るのは、それからだ。」

 

「―――――――(呆然)」

 

 

 幸運なことに、それからすぐにダフネ達とのフランス旅行へ出発したため、ダリアは本気にせず気楽にショッピングを楽しんでいたのだが、帰ってくるとすぐにジョギング地獄に苦しめられることになってしまった。

 

 セドリックはスポーツに関して、とりわけクィディッチに関しては、自分にも他人にも厳しいストイックさをもっていた。ダリアにとっては鬼教官以外の何者でもなかった。

 

 ジョギング自体はこまめな休憩有り、励ましの言葉有り、セドリックによるクィディッチ解説有り、ジョギングの最後にはセドリックによるクィディッチの実演有りという、セドリックファン垂涎の充実コースだったのだが、筋金入りインドア派のダリアはそんなものを楽しむ余裕など全く無かった。

 

 ダリアは正直目くらましの呪文でも何でもつかってジョギングを回避したかったのだが、騒動を見守っていたディゴリー夫妻が、以前よりも壁を感じさせなくなった二人の様子に安心しきっていたので何もできず、毎日ヘロヘロになる運命を受け入れざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 夏休みも終わるころになると、ダリアはだいぶクィディッチについて詳しく、そして幾分か体力がつきモヤシらしくなくなっていた。

 この結果にセドリックは大変満足していたが、ダリアは大変不満だった。

 セドリックのクィディッチ蘊蓄のおかげでルールや歴史に無駄に詳しくなったものの、やっぱりクィディッチに対してそこまで情熱を持つに至ることはなかったし、「こんなにたくましくなっちゃったら、私の儚げな美少女ってイメージが崩れちゃうんじゃない?」と心配してもいた。

 

 そんなわけでダイアゴン横丁に新学期の学用品を買いにやって来た時も、ダリアはムスっと不機嫌な顔で漏れ鍋に現れた。

 

 ディゴリー家が煙突飛行でやって来た漏れ鍋は、何となく去年よりも人が少ない気がした。以前はもっと、子ども同士の客が多かった気がする。

 おそらくシリウス・ブラックの脱獄が原因だろう。店のいたるところに、薄汚れた風貌の男の写真がべたべたと貼られている。

 

 ふてくされたまま手配書を睨みつけるダリアにサラが気付き、優しく声を掛けた。

 

「もうダリアったら、またそんな顔をして!せっかくの可愛い顔が台無しよ?」

 

「だってセドリックが私にひどいことするんだもん・・・・」

 

 頬を挟んで撫でくり回してくるサラに、ダリアはセドリックの横暴を訴えるが、サラ自身「セドリックのおかげでダリアが健康的になった」と嬉しく思っていたので、あまり本気で受け取ってはもらえなかった。

 ちなみにセドリックは、キャプテンになったお祝いとしてエイモスに新しいクィディッチ用品を買ってもらえる手筈になっていたので浮足立っており、全く聞いちゃいなかった。

 

『ひどいっていうか、ダリアが不健康だったのは事実なんだし、セドリックに鍛えてもらってよかったんじゃないの?ほんとに。このままじゃ生活習慣病で死んじゃう将来が見えてたもん。』

 

 ――――――そこまで不摂生な生活してたわけじゃないわよ!

 

 ダリアは声を大にして反論したかったが、人目もあったので頭の中で念じるだけで済ませた。

 

 

 

 

「よーし、子どもたち、早速新学期の買い出しに行くぞ!まずはダリアの教科書からだ。3年生からは選択科目が増えるからな――――先に書店に行って家に送ろう。セドの買い物はその後だ!」

 

 エイモスが張り切って宣言した。ホグワーツでは3年生から選択科目の受講が可能となる。

 通常は5科目の内2,3科目しか履修できないのだが、ダリアは「全部」受講することになっていた。どのような時間割になるのかは分からないが、詳しくは新学期が始まってから話があるらしい。

 

 フローリシュ・アンド・ブロッツ書店の前へ近づくにつれ、ダリア達は店の前に何やら見慣れないものがあることに気が付いた。どうやらそれは檻のようだった。

 

『なんでペットショップでもないのに、檻があるのかなぁ。』

 

 トゥリリが首を傾げたが、理由はすぐに分かった。檻の中には、本が入っていたのだ。

 勿論ただの本ではない。「噛みつく本」だった。わけが分からない。

 

 ディゴリー一家は唖然として檻を眺めた。檻の正面にはこの本の名前が書いてある。「怪物的な怪物の本」――――――ダリアとセドリックが新しく買わなければならない、魔法生物飼育学の教科書だ。

 

 檻の中では、何故か牙が生えている本同士が、お互いに齧りあって大立ち回りを演じている。

 一冊の本が別の本にノックアウトされ、凄まじい断末魔を上げてビリビリに破られるのを見たダリアは、慌ててセドリックの陰に隠れた。ダリアは吠える生き物が大の苦手だった。

 

「―――――お客さんたち、新しい教科書ですかね。」

 

 店の奥から、満身創痍の店員がうっそりと現れた。見るからに憔悴しきっている。

 

「あ、ああ。3年生と5年生の教科書が欲しいんだが。」

 

 檻にあっけに取られていたエイモスがなんとか答えると、店員は「2冊も・・・・」と悲壮な声を上げた。

 店員は一度店の奥に引っ込むと、分厚い手袋と杖を装備して、また戻ってきた。

 

「お客さん下がって。こいつら見境がないんで、逃げだしたら大変危険なんです。」

 

「なんだってそんな危険な本を教科書にするんだ!?」

 

「それはこっちが聞きたいことですよ!」

 

 若い店員はほとんど泣きそうになりながらも、怪物本を二冊捕え(捕え!)、スペロテープでぐるぐる巻きに縛り上げた。

 それでも本たちは拘束を破ろうと暴れるので、途中でスペロテープを抜け出してしまう可能性を恐れたダリアは、完全に及び腰になりながらも本をポコンポコンと一発ずつ殴りつけた。これでとりあえずは大人しくなるはずだ。

 セドリックはひきつった顔で礼を言い、教科書を受け取った。流石のセドリックも、この教科書には思う所がありそうだ。

 

 

 

「こんな危険な本を教科書に指定するなんて、何を考えているんだ!?」

 

 その他必要な教科書を用意し、書店を出た途端、エイモスは憤然と抗議を始めた。

 サラも不安気に本が入ったカバンを見つめている。

 しばらく難しい顔で考えこんでいたセドリックがポツリと呟いた。

 

「今までのケトルバーン先生は『幻の動物とその生息地』を指定教科書にしていらっしゃったけど―――――もしかしたら、今年から先生が変わるのかもしれないな。」

 

「もう結構なお歳だものね―――――」

 

「ええっ、そんなぁ!」

 

 スリザリンの先輩から、ケトルバーン教授の授業が面白いと聞いていたダリアは落胆の声を上げた。

 ケトルバーン先生は魔法生物をこよなく愛する年配の教授で、若い頃はかなりやんちゃな授業をして62回も停職処分を受けたことがあるという噂を聞いたこともあるが、長年の経験故教え方が非常に上手く、珍しい魔法生物と触れ合えると評判だったのだ。

 

 がっくりしながらダイアゴン横丁を進むと、いつの間にか次の目的地の高級クディッチ用具店に辿り着いていた。セドリックはここで、新しい防具などの購入と、箒のメンテナンスをする予定だった。

 

 セドリックとエイモスが店の奥へ行ってしまったので、ダリアはサラと店内をブラブラ見て回ることにした。

 高級箒磨きセットや練習用ボールなどが陳列されている店内で、とある一角に人だかりができていた。ダリアは気になったので、人込みの間をすり抜けて最前列に割り込んだ。

 

「―――――なんだ、箒か。」

 

 人込みの中心にあったのは、最新式の箒だった。何やらすごい機能が付いているらしい。

 

 ダリアがクィディッチで一番理解できないのは、この箒に関することだった。

 飛行速度や旋回の精度は、箒の性能によって大きく違ってくるという。だからこそドラコが2年生の時シーカーになれたのだが、箒の性能によってチームの戦力が変わってくるのは、あまりスポーツらしくない気がしていた。

 

 いっそのこと全員同じ箒に乗ればいいのに。とダリアは常々考えていた。箒の銘柄の違いなんてものは良く分からないし、その方が練習や作戦の成果が見えやすいと思うのだけど。

 

 ダリアがそんなことを考えながらぼんやりショーケースを眺めていると、ふと視線を感じた。胡乱気に顔を上げると、黒髪の少年が驚いたような顔でこちらを見ていた。

 

「モンターナ?」

 

「?――――――――あ、ポッターじゃない。」

 

 ダリアは最初相手が誰だか全く分からなかったが、少年の額の傷を見て、それがハリー・ポッターだということを思い出した。しばらく見ていなかったので、顔を忘れかけていた。

 

 そのことを感じたのだろう。ポッターは口元を引き攣らせていたが、ダリアは構わず話しかけた。

 直接話したことはほとんどないが、ドラコやパンジーがいつも絡んでいることで何となく知った人間のような気がしていたので、特に人見知りをすることは無かった。

 

「なんかしばらくあんたの顔見てなかったから忘れちゃってたわ。最近全然会わないけど、引っ越したの?」

 

「?――――――確かに、最近は漏れ鍋に泊まってるけど。なんで?」

 

「え?あんたってオッタリー・セント・キャッチポール村に住んでるんじゃないの?」

 

「なんで?」

 

 ダリアは去年の夏季休暇、散歩中にウィーズリー兄弟と歩いていたポッターと出くわして以来、何となくそう思い込んでいた。

 巷ではハリー・ポッターはマグルの親戚の家で暮らしているというのは有名なことなのだが、ダリアは興味が無かったので全く知らなかった。

 

「だって去年、ウィーズリーと一緒に歩いてたじゃない。」

 

「―――――あー、あれはロンの家に泊まってただけだよ。」

 

「へー。」

 

 ダリアが特に明確な敵意を見せなかったので、ハリーは普通に会話をしていたが、明らかに彼女が興味を持っていないということが分かり、少しイラっとした。

 自分で聞いておいてこの生返事はあんまりなのではないだろうか。

 

 そんなハリーの様子には全く気付かず、ダリアは再びショーケースの中の箒に視線を戻した。ファイアボルトとかいう名前の箒は試作品らしく、値段は書いていないが、きっととても高いのだろう。今自分の手元にある小遣いでは買えそうにない。

 

 ―――――今年のクリスマスプレゼントには無理かな。

 

 旅行だなんだで、元の世界から持ってきた貯金はだいぶ使ってしまった。まだまだ余裕はあるとはいえ、ダリアは早急にお金を手に入れる方法を探していた。

 

「ダリアー、帰るわよー。」

 

「はぁい。」

 

 様々な小遣い稼ぎの手段を考えながら箒を睨みつけていたダリアだったが、サラに声を掛けられて思考を中断した。どうやらセドリック達の買い物が終わったようだ。

 ダリアは来た時と同じように、スルスルと人込みを抜け、サラたちのところへ合流した。

 

 

 

 

 

 あっさりと去って行くダリアを、ハリーは何とも言えない気持ちで見送った。

 直接会話したのは(といっても向こうは認識していないだろうが)クリスマスの夜にスリザリン寮に侵入した時以来だ。相変わらず我が道を行く生き方をしているらしい。

 

 しかしハリーは、ダリア・モンターナに対して少なからず思うところがあった。

 

 2年生の終わり、ハリーは日記に宿った若き日のヴォルデモートと死闘を繰り広げた。

 日記に宿ったヴォルデモートの記憶、リドルとはその時少しだけ言葉を交わしたのだが、彼が気になることを言っていたのだ。

 

 リドルには、スリザリン生を襲った記憶が無いのだという。

 

 ハリー達はダリアが石化した原因を、事件に首を突っ込んだ事だと考えていたが、リドルにとって、彼女の石化は寝耳に水だったらしい。

 自身の犯行をハリーに対して自慢する際、ダリアの事件に関してだけは不満げにぼやいていた。

 

 彼が嘘を言っている可能性もあるが、ヴォルデモートの主義からして、スリザリン生を狙う理由が無いことは確かだ。おそらく、本当に身に覚えが無かったのだろう。

 

 リドルの言っていることが本当だったとしたら、一体なぜ彼女は石化したのだろうか。

 

 もう一つハリーが気になっているのは、ダンブルドアの態度だった。

 ハリーがリドルの言葉を告げた時、ダンブルドアは一瞬動揺した表情を見せたのだ。

 いつも落ち着いた印象の教師が見せた取り乱した様子に、ハリーの方も動揺してしまった。

 

 あのダンブルドアが、ダリアに対して、何かしら疑いを持っているらしい。

 ダンブルドアを信頼するハリーにとってしてみれば、彼女を疑惑の目で見る理由はそれだけで十分だった。

 


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