汽車からホグズミード駅へ降り立つと、降りしきる氷のような雨で冷えた空気がブワッと全身を包んだ。。
聞けばディメンターはダリア達の車両だけでなく、ホグワーツ特急を全て見て回ったらしい。生徒達は皆口数も少なく、黙々と隊列をなしてホグワーツ城へ向かった。
『ダリア、大丈夫だった?』
「あ!トゥリリ、どこ行ってたのよ!探したんだからね!」
帰ってこないトゥリリを探してウロウロしていたダリアは、足元にすり寄ってきた黒猫に気付くとすぐさま抱き上げた。雨に濡れてびしょびしょになってしまっている。
ローブでゴシゴシ拭いてやると、トゥリリは気持ちよさそうに喉を鳴らした。
『ごめんごめん。ディメンターを追い払った後、面白そうなヤツを見つけてさぁ。』
「ええ、何よそれ―――――もうちょっと遅れたら、置いて行っちゃうところだったんだから!」
ダリアはプリプリしながら、ダフネ達のところへ急いだ。
アステリアは既にハグリッドに連れられ、湖の方へ向かったようで、残っていたのはダフネとパンジー、ミリセントだけだった。
「ダリア、トゥリリは見つかったの?」
「うん。どっかで遊んでたみたいで、びちゃびちゃになってた。」
「見つかってよかったじゃない。早く馬車に乗るわよ!馬車こそドラコと一緒に乗るんだから!」
「こんなに馬車に入る?ただでさえでかいのが二人いるのにさ。」
ディメンターを追い払う時、神殿の猫の真の姿を見てしまったらしいミリセントが、ダリアの腕の中で丸まっているトゥリリをチラチラ見ながら言った。今はどこからどう見ても普通の猫なので、きっと見間違いだと思っているだろう。
4人が急いでぬかるんだ馬車道へ向かうと、馬車はもう数台しか居なかったが、幸いなことにパンジーの目当てのドラコはまだ乗っていなかった。
「よかった!ドラコ、やっと会えたわね!」
「ああ、パンジーか。久しぶりだな。」
パンジーが歓声を上げてドラコの腕にまとわりついたが、いまいちドラコの反応が芳しくない。見れば、いつも青白い顔色が更に白くなっており、まるで病人のようだった。
「ドラコ、体調悪いの?なんだかすっごく顔色悪いけど。」
「ああ、いや。うん。雨が冷たくて体が冷えただけだと思う。君こそ、ディメンターに襲われて体調を崩したって聞いたけど――――――すっかり元気そうだな。」
「チョコレート食べたら元気になったわよ。」
「ふーん。」
ドラコは何でもない風を装って言ったが、ダリアは彼がこっそりとチョコレートを口にしているところを見てしまった。
きっとディメンターに会って恐ろしい思いをしたのだろう。闇の魔術に関連深いマルフォイ家で暮らしているのだ。人よりも「恐ろしい記憶」が多くてもおかしくはない。
結局馬車には、8人で乗ることになった。中に拡張魔法が掛けられていたので、見た目よりもだいぶ広々と使うことができたのだ。
「二年生以上はこうやってホグワーツに行ってたのね。あの馬?って何なの?」
ダリアは去年汽車の中で気絶して、そのまま医務室送りになってしまっていたので、ホグワーツの馬車に乗るのはこれが初めてだった。
馬車を引いている、ドラゴンとも天馬とも取れない不思議な生物を、ダリアは知らなかった。
「――――あれが見えることは、あまり口外しない方がいいぞ。」
「え、なんで?」
「あれがセストラルだからだ。死を目の当たりにしたものだけが姿を見ることができる生き物だ――――――聞いたことがないか?」
「―――――なるほど。本で読んだ事あるわ。」
元の世界には存在しなかった生物だが、ダリアは何かの本で読んだことがあった。
著者は伝聞で姿を想像したのだろうか、挿絵に描いてあったセストラルは「コウモリの翼の生えた馬」といった様相で、実物とは似ても似つかなかった。
ダリアは勿論死を目の当たりにしたことがあった。なにしろ自分自身が死んだことがある。
その当時のことは何故かほとんど覚えていないのだが、セストラルを見ることができる条件を満たしていた。
ノットも誰かの死を見たことがあるのだろうか。
表情の薄いノットの横顔を盗み見ながらちょっと考えてみたダリアは、ノットの家族についてあまり知らないということに気が付いた。
ドラコと幼馴染だということはなんとなく聞いてはいるが、それ以外についてノットは家のことをあまり話したがらない。
ドラコと幼馴染ということは、ノットの家もヴォルデモートの信望者だった可能性が高いが、ノット自身はドラコのように過激な純血主義を持っているわけではない。
―――――もしかすると、あまり家族仲は良好と言えないのかもしれない。
ダリアがジロジロと横目で見てくるので、ノットは馬車に乗った間中、ずっとなんとなく居心地が悪かった。
ディメンターはホグワーツの門の前にも立っていた。
ダリアはまた頭の中で、誰かが自分の名前を呼ぶ声が聞こえ始めたような気がして、急いでチョコレートを口の中に詰め込んだ。
ホグワーツに到着するや否や、ダリアはグリフィンドールの寮監、マクゴナガル教授に呼び止められた。
「モンターナ!あなたにお話があります。事務室へおいでなさい!」
「はぁ。」
思わず気の抜けた返事をしてしまったが、ダリアはとりあえず荷物を預けると、マクゴナガル教授の元へ向かった。一緒にポッターとグレンジャーも呼ばれたようだが、ますます何の用だか見当がつかない。
あちらも用件が何か分かっていない様子で、怪訝にこちらを見ていた。
マクゴナガルに連れられて事務室にやって来たダリアは、同じようにディメンターに過敏に反応したというハリー・ポッターと一緒に、校医のマダム・ポンフリーの診察を受けた。
汽車で出会ったルーピン教授から、事前に連絡が入っていたらしい。ディメンターの雇用に元々反対していたマダム・ポンフリーはプリプリしながら二人の体調を確認した。
「それでポッピー、二人にはどのような処置が必要ですか?絶対安静でしょうか?入院が必要でしょうか?」
「必要ありません!僕、大丈夫です!」
マクゴナガルの提案を、ポッターは勢いよく立ち上がって拒絶した。先ほどからどうも、自分が繊細でない丈夫な人間だということを繰り返し主張したいらしかった。
「まぁ、チョコレートを食べたなら大丈夫でしょう。さて、モンターナの方は――――――――あら、あなたはどこからどう見てもすっかり元気そうですね。逆に血の気が多すぎるほどです。さてはチョコレートを食べすぎたでしょう。食べすぎには気を付けないといけませんよ。」
「えっ。」
健康的になってしまった体格を誤魔化すための薄幸の美少女キャンペーン真っ最中だったダリアは、自分がポッターより図太いという事実にちょっぴりショックを受けた。
二人とも無事入院する必要は無いと判断され、ポッターとマダム・ポンフリーが事務室から出て行った。部屋の中にはグレンジャーとダリア、マクゴナガル教授だけになる。
きちんとドアが閉まっていることを確認したマクゴナガルは、厳格な声色で話を切り出した。
「さて、ここからが本題です。用件は、お二人の今年度の時間割についてです。」
待ち望んでいた話題に、ダリアとグレンジャーの背筋がピンと伸びた。
「今年からホグワーツのカリキュラムが変わった影響で選択科目の時間同士が重なってしまい、全ての科目を受けることができなくなったということは、もうご存知ですね?」
「はい。2年生の終わりにマクゴナガル先生からお話を伺いました。同時に、成績優秀な生徒には、全ての授業を受けることができる特別措置を考えているということもおっしゃっていました。」
マクゴナガルの確認に、グレンジャーがはきはきと答えた。ダリアも当然覚えていたのでこくこくと頷いた。
グレンジャーの言うように、ホグワーツのカリキュラムは今年から大きく変わる。
理由の一つは3年次から始まる選択科目の問題だった。
去年までは全ての科目が重ならないよう、全てばらばらの時間に開講されていたという。しかし全ての科目を受講する生徒は稀で、ほとんどの生徒は2、3科目のみを受講し、残りは空きコマになっていたらしい。
これでは効率が悪すぎるということで、今年度からは空き時間を作らないような時間割を組むことになったのだ。当然、一つの授業を受けると、同じ時間に開講されている他の授業には参加することができなくなる。
話の内容をちゃんと覚えていた二人にマクゴナガルは満足気に目を細めると、机の中から厳重に梱包されたあるものを取り出した。
金の鎖のついたそれは、小さな砂時計のような見た目をしていた。
「これは、もしかして、逆転時計ですか?」
グレンジャーが囁くように口にした言葉に、マクゴナガルは頷いた。
「大変貴重な、そして大変危険な魔法具です。扱いには非常に繊細な注意が必要なので、成績優秀者にしか貸し出すことができないと判断しました。」
「―――――これが逆転時計。」
ダリアは逆転時計を受け取り、恐る恐る細部を観察した。
時間を操る魔法というものは、未来へ向かう場合を除き、ひどく安定性に欠けることが多い。
なぜなら時間は不可逆なものだからだ。遠い未来へ時間旅行に出発することができたとしても、帰ってくることができる保証はどこにもない。
しかし、この逆転時計は過去への時間旅行を可能にするものだという。
魔法省の神秘部が管理しているというこの逆転時計の詳しい製造方法は明らかにされてはいない。ロストテクノロジーが一部使用されており、新しい逆転時計を作成することは不可能だという噂もあるほどだ。
「――――過去への時間旅行のリスクは、説明するまでも無いでしょう。かつてミンダブル女史が、500年ほど過去の時代に五日間滞在したことで、どれほどの被害が出たかはご存知でしょう。ミンダブル女史の肉体が5世紀分年を取っただけでなく、結果25人もの人間が『生まれなかったこと』になり、時の法則を著しく乱したことで火曜日が二日間も続いたと言われています。――――神秘部の研究によれば、リスクを冒さずに遡ることが可能な時間は、最長5時間ほどだということです。もちろんあなた達に貸し出す逆転時計は、その程度の時間しか遡ることができないものです。」
いくら成績優秀だとはいえ、所詮13歳の子供に貸し与えるものだ。大事には至らないよう
配慮されていたらしい。事の重大さに顔を青ざめさせていた二人は、ほっと息をついた。
クレストマンシー城ですら、時を操る魔法については「最も難解な魔法」として扱われていた。うっかり遠い過去に飛んでしまうことを考えるのはとても恐ろしい。
二人は最後に、マクゴナガル教授からいくつか注意点(過去の自分に会わないこと、逆転時計に強い衝撃を与えないことなど)を受け、ようやく解放された。
珍しい魔法具を与えられたことで、グレンジャーはうきうきしていたが、ダリアはポケットに爆弾を入れられたかのような気持ちになって、少しだけ落ち着かなかった。
大広間に戻ると、組み分けは既に終わってしまっていた。
ダリアはアステリアの組み分けがどうなったのかとても気がかりだったので、慌ててスリザリンのテーブルに駆け寄った。
アステリアは、ダフネのすぐ横に座っていた。
「アステリア!スリザリンになったのね!」
「あ、ダリアさん!はい、これからよろしくお願いしますね。」
アステリアは無事スリザリンに組み分けされたことで、安心したようにニコニコ笑っていた。
ダリアはその近くに取ってもらっていた席にするりと滑り込んだ。
「随分と遅かったじゃない。しかもポッターやグレンジャーと一緒だなんて何事だったの?」
「マクゴナガルは何の用だったわけ?」
「今年度の時間割についてだって。あと、マダム・ポンフリーに体調を看てもらったわ。」
ダリアはあたりを見渡しながら答えた。
去年は医務室に入院していたので、新学期の宴に参加するのは久しぶりだった。スリザリンには、今年も20人程度の一年生が入ってきたようだ。
今年は純血の生徒は少なめらしい。テーブルの中央に近い位置に座っている新入生はアステリアの他にはほんの数名で、後はテーブルの端っこで俯いている。
相変わらずのスリザリン的選民思想に、ダリアは苦笑した。
長旅を終えた生徒達は全員お腹がペコペコだったが、楽しい宴の前には校長の挨拶がある。ダンブルドアが立ち上がったのを見て、生徒達はおしゃべりをやめて教員席の方を見た。
生徒たちを震え上がらせたディメンターについて、何らかの説明があるに違いない。
予想通り、最初の話題はディメンターについてだった。
凶悪犯であるシリウス・ブラックの脱獄を受け、魔法省から派遣されてきたらしい。
「ってことは、あいつらずっとここに居るってこと?」
パンジーがショックを受けたように呟いたが、ダリアも同じ気持ちだった。
あんな気持ち悪くて縁起も悪く、子どもの健全な精神の発達に著しく悪影響を与えそうな生物を教育機関に置いておくなんて、普通に考えてありえない。誰も反対しなかったのだろうか。
こればかりはダンブルドアも不服な様子で、ディメンターに関わらないことを生徒達に厳しく言い含めていた。
次の話題は、ホグワーツの新任の教職員の紹介だった。
新任と言っても、若い教師ではない。新しく「闇の魔術に対する防衛術」の教師をすることになったというルーピン教授を見て、ダリアは声を上げた。
「あの人、監督生のコンパートメントに居た人だわ!ディメンターに対する指示を出してたの。」
「へぇ、あの人が?」
ダリアの言葉に、スリザリン生はルーピンの姿をジロジロと観察した。継ぎはぎだらけのローブを身に纏ったルーピンは、一見頼れる教師には見えなかった。
「人は見た目によらないのかしら―――――それにしても、少しは身なりに気を遣うべきだと思うんだけど。」
「っていうか見てみなよ。スネイプの顔!ルーピンのこと目だけでノックアウトできそうなくらいじゃない。」
「そりゃあ、スネイプ先生は毎年闇の魔術に対する防衛術のポストを狙ってるんだもの。相手が憎くてしょうがないのよ。」
「ぜったいあの人、魔法薬学の教授のままでいた方がいいと思うんだけど。どう考えても一番向いてるじゃない・・・・。」
ダリア達は好き勝手ルーピン(とスネイプ)について話していたが、続いての新任教員の紹介を聞いて、ひっくり返りそうになった。
ケトルバーン教授の退職した穴を埋めるため、森番のルビウス・ハグリッドが魔法生物飼育学の教授に就任したのだ。
「あの森番が教師だなんて――――嘘でしょう!?」
パンジーが呆然と口にした言葉に、ダリアは心底同意した。
ハグリッドと親しいグリフィンドールの生徒達は大きく拍手していたが、実際驚いていたのはダリア達だけではない。
スリザリンを含めた4寮の生徒全員が、少なからず衝撃を受けているようだった。
ハグリッドが嫌われているというわけでは無い。今年の魔法生物飼育学で指定された教科書の事情に合点がいったためだ。
ミリセントもこの知らせに、ある意味納得したらしい。
「だって考えてもみなよ。あんな教科書選ぶ人間なんて、あいつ以外居ないでしょ?」
「ああ、なるほど。」
「そんな納得したくなかったわよ!」
確かにあの「怪物的な怪物本」を教科書として指定する人間は、ハグリッドくらいしか思いつかない。
魔法でむりやり大人しくさせて読んだ教科書の内容は怪物好きのハグリッドらしく、題名の通り「怪物」に偏った内容だった。読み手に危害を加える教科書も相まって、恐ろしい予感しかしない。
ユニコーンやニフラー、ニーズルといった可愛らしい魔法生物と触れ合うことを楽しみにしていたのだが、それはあまり期待できそうにない。
ダリアは少しがっかりした。