ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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想定外の家族

 ダリアがディゴリー家に潜り込んで5日後、その日は朝から妙に家の中の空気が落ち着かなかった。

 客間だったという部屋をまんまと自分の物にしたダリアは、こっそりと呪文を作りながらも、やはり気になって居間を覗きに行った。

 

 台所では、サラがせっせと料理の支度をしていた。

 ダリアが療養から帰ってきた(潜り込んだ)時と同じくらいの気合いの入りようだ。

 

「おばさん、誰かお客さんが来るの?」

 

「ああ、ダリア!」

 

 ドアから除くダリアに気づいたサラが、嬉し気に顔を上げた。

 

「ダリアには言ってなかったかしら。今日は、セドが帰ってくるのよ。」

 

「ふーん。」

 

 サラに抱きしめられながら、ダリアは気のない返事をした。

 返事をしながらも、どんどん冷や汗が出てきているのを感じていた。

 

「―――――――――セド?帰ってくる??」

 

「もう、忘れちゃったの?でもしょうがないわね、久しぶりに会うんだもの。あなたの従兄の、セドリックがホグワーツから帰ってくるのよ。今日から夏季休暇が始まるもの。」

 

 ダリアはサラに抱きしめられながら、頭を抱えた。

 とんでもない大誤算だ。

 

「ふくろうでセドに知らせる暇もなかったから、あの子もダリアが帰ってきているのを知れば驚くと思うわ。」

 

 それは、そのセドとやらも驚くだろう。

 自分が留守の間に、何故か知らない子供が平然と家の中に上がり込み、いつの間にか家族になっているのだから。

 

 不自然にうつむいて黙り込んだダリアの様子を、サラは「緊張しているのね。」と誤解した。

 実際には自分の窮地を確信して、絶望していたのだが。

 

 ヒントはそこら中に転がっていた。

 スポーツ用品の転がる部屋や、玄関にあるエイモスのものより幾分か大きい靴。

 むしろどうして気付かなかったのかと自分に問いたい。

 

 

 

 

 

『だからダリアは子猫ちゃんなんだ。爪が甘いんだよ。』

 

「もう!うるさいわよ、いいから手伝って!」

 

 会話もそこそこ部屋に駆け込んだダリアは、今まで作っていた呪文を中断し、必要だと思われる呪文を突貫で作り始めた。

 記憶を植え付けるような複雑な呪文作りには時間と材料がとてもかかる。今日中に作ることなんて絶対に不可能だ。

 残された時間で作成可能な、この状況を乗り切る呪文―――――――

 

「もう、あまりやりたくなかったけど、これしかないわ――――」

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツが夏季休暇に入り、オッタリー・セント・キャッチポール村へ帰ってきたセドリックは、迎えに来てくれた父親にどことなく違和感を覚えた。

 

「ああ、イースター休暇ぶりだ、おかえりセド!いやぁ、また立派になったんじゃないか。さすがは私の息子、ますますハンサムに磨きがかかっている!」

 

「父さん、久しぶり。――――なんだか疲れてそうだけど、仕事忙しいの?」

 

「ん?ああ、最近何故か、レッドキャップがマグルの活動圏内で大量発生してしまってな。その対応で毎日遅いんだ。しかし、お前が気にすることでは全くない!今日はお前が帰ってくる日だから、何が何でも定時に帰ると決めていたからな!」

 

 相変わらずの親馬鹿ぶりに苦笑する。

 それにしてもいつにもまして楽し気な様子だ。

 気のせいかもしれないと思ったが、キングスクロス駅から家までの道すがら、やはりおかしいと思い尋ねてみた。

 

「父さん、何かいいことでもあったの?」

 

「ああ、さすがにわかってしまうか。ビックニュースだ!お前も家に帰ったら驚くぞ!」

 

 何かある、という予想は当たっていたものの、エイモスはここで伝える気はないようだ。

 家に帰ると、いったい何があるのだろう。

 一抹の不安を抱えながら、セドリックは父と共に久しぶりの我が家へ帰っていった。

 

 

 

 

 

 結果的に、セドリックの不安は的中した。

 

「なんと!ダリアだ!覚えているか?サラの姪っこの!病気が治って、我が家で暮らすことになったんだよ!」

 

 慣れ親しんだディゴリー邸の居間では、母がいつもと同じように豪勢な食事を用意していてくれたようだ。

 父も母もにこにこと嬉しそうに笑っている。

 だがセドリックは、両親の間で猫を抱えながら笑っている少女を知らなかった。

 

 ―――――――――――母方の親戚は、誰も居なかったはずだけど。

 

 疑問を抱いて、自分の従妹だという少女を見る。

 背の高いディゴリー家の面々の中でより小さく見える小柄な体、肩までの真っすぐの黒髪、驚くほど整った顔立ちの中、青い目が不思議な色をたたえてセドリックを射抜いた。

 

 しまった、と思った時には、口が勝手に動き出していた。

 

「ああ!久しぶりだね、会えて嬉しいよ、ダリア。」

 

 操られている――――――それだけはわかる。

 自分の体が、まったく自分の思い通りに動かない。混乱しているうちに、両親も少女も自分も再会を喜び合い、食卓に着いていた。

 食事を楽しむことを強制されながらも、セドリックの内心は得体のしれない少女に対する恐怖で満たされていた。

 

「セドリックと久しぶりにお話ししたい!私の部屋でホグワーツのことを教えてくれる?」

 

「ああ、もちろん。」

 

 食事が終わった後、従妹(と名乗る少女)が、甘えるように腕に絡んでくる。

 愛らしい仕草だが、セドリックには彼女が何か不吉な生き物としか思えなかった。

 もちろんセドリックの内心など関係なしに口は優しく返事をし、体が勝手に少女を伴って動き出す。両親は微笑まし気に見ているだけだ。

 まるで、妹が久しぶりに会う兄に甘えているのを見ているかのようだった。

 

 

 

 

 そのままセドリックは前までは客間だった(今では少女の)部屋へ入り、動けなくなった。

 後ろで少女が扉を閉め、何やらぶつぶつと呟く気配がする。何かの呪文をかけているのだろうか。

 つぶやきが終わると、少女はため息をついてセドリックの前を横切り、椅子に深々と腰かけた。

 

「まぁ、座りなさいよ。部屋に人避けと防音の呪文をかけたの。あの人たちに聞こえないようにね。まだ呪文が完全に馴染んでるわけじゃないから、何をきっかけにほどけちゃうか分からないもの。―――――あなたにも、一応の説明はしてあげるわ。」

 

 先ほどまでの無邪気な様子と違い、高飛車に命令する少女に、より一層警戒心が高まった。

 言われるがまま椅子に腰かけると、首から上が自由に動くようになっていることに気が付いた。

 

「―――――――君は、何者だ?」

 

「ダリアよ。ダリア・モンターナ。あなたの従妹のね。」

 

「嘘だ。僕に同年代の親戚は居ないはずだ!」

 

 大きな声で否定した。家中に響くような声だったが、両親が見に来る気配はない。

 先ほどの言葉通り、防音の魔法がかけられているのだろう。

 

「なんで?あなたが知らないだけで居たかもしれないじゃない。ずいぶんと前に亡くなったお姉さんの忘れ形見―――――とか。どうしてそう言い切れるのよ。」

 

「ありえない。確かに母には姉が居たそうだが、もう何十年も前に亡くなっている。その彼女に幼い子供が居たなら、母は絶対に放っておくはずがない。」

 

 セドリックが確信をもって言うと、ダリアと名乗る少女はため息をついて「まぁ、そううまくはいかないかぁ。」とぼやいた。

 

 両親が天涯孤独の少女を放っておくような、そんな薄情な性格でないことは、セドリックが一番よく知っている。

 しかし、その両親は何故か、彼女が親類であると信じ切っているようだった。

 

「――――――両親に、何をした?まさか、服従の呪いをかけて。」

 

 彼女と目があった瞬間、自分の体の支配権を失った経験から、最悪の事態が想定された。

 杖もなしにどう呪文をかけたのかはわからないが、もし杖無しで服従の呪いをかけることが可能なのだとしたら、彼女は相当危険な存在である。

 精一杯の敵意を込めてダリアをにらむが、肝心の少女はあまりこたえた風でもなく首をかしげていた。

 

「その服従の呪いっていうのが何かはよくわかんないけど―――違うよ。あの人たちにかけた呪文は、記憶を植え付ける呪文だけ。別に何も犠牲にしてないし。私って記憶が新しく増えただけだよ。別に悪いことしてないでしょ?」

 

 何でもないように言う少女に、セドリックは絶句した。

 基本的に誠実で人の良い彼にとって、ダリアの割と身勝手な思考回路はそう簡単に理解できるものではない。

 ――――どうやら彼女には、偽の記憶を植え付けて人を騙すことに対する罪悪感は備わっていないようだった。

 実際、ダリアは自分の後見人が、魔法でホイホイ人の認識を書き換えているのをよく見ていたので、これがそれほど悪いことだとは思っていなかった。

 

「まぁ、さっき無理やりあなたを操ってここまで連れてきたのはちょっと悪かったかなと思うけれど。でも息子が居るだなんて知らなかったんだもの。用意してた呪文はもうあの二人に全部使いきってしまってたし。あそこであなたに騒がれないようにするためには仕方がなかったの。」

 

 まるでセドリックが悪いかのようにダリアが言うと、足元の猫があきれるように鳴いた。

 彼女はそちらをひとにらみすると、二の句が継げないセドリックに更に畳みかけた。

 

「悪いついでに、あなたにはもう一つ呪文をかけるわ。私の記憶に関する疑問を、誰にも言えなくする呪文よ。さっきも言ったけど、まだ何がきっかけで呪文が解けるか分かんないから。あなたもさっきみたいにずっと操られるのは嫌でしょう?じゃーかけるわよ。3.2.1.それー」

 

 抵抗できるはずもなく、セドリックはなすがままに呪文を浴びせられてしまった。

 

 

 

 

 

「――――――ねぇ、母さん、ダリアの事だけど―――――――まだこっちに慣れてないだろう?僕がこの辺りを案内してこようと思うんだ。」

 

「それはいい考えね!行くときは言ってちょうだい。外で食べれるようにサンドイッチを作ってあげるから。」

 

「――――――。」

 

 

 

 

 

「父さん!ダリアの――――――――部屋なんだけど、殺風景だから何か家具を増やしてあげようよ。」

 

「さすがセド!そういえばそうだな。女の子の部屋にしては飾り気が足りないと思っていたんだ。近々見繕いに行くか。」

 

「――――――――。」

 

 

 

 

 

「ふふ、セドったら、すっかりお兄ちゃんね。ダリアのことが気になってしょうがないみたい。」

 

「いいことだ!ダリアは病み上がりだし、しっかり面倒を見てあげなさい。」

 

「―――――わかったよ、父さん、母さん。」

 

 

 ダリアに関する疑問を口にしようとするたび、何故か思ってもいないこと(しかもダリアになんとなく都合がよいこと)をつらつらと話し出してしまう。

 ダリアの、恥ずかしそうに笑う振りをしながらも「いい加減諦めたらいいのに。」と物語る目を見て、セドリックはしぶしぶ告発をあきらめざるを得なかった。

 

 

 


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