選択科目の授業は合同授業の形式で開講されている。
人気の科目(占い学や魔法生物飼育学など、単位が取りやすいという噂があったもの)は寮ごとに分けられている場合もあるが、選択する生徒の数が少ない古代ルーン文字学やマグル学などは、複数の寮の生徒が同時に授業を受けることになる。
ダリアの新学期一番初めの授業は、変身術だった。
マクゴナガル教授が教卓の前で、眼鏡のような縞模様をもった虎猫に姿を変えると、スリザリン生達は感嘆の声を上げた。「動物もどき」というとても難しい魔法だという。
いたずらで他人をカエルやロバに変身させることは頻繁にあったものの、自分が変身するのはあまり好きではない。動物に変身してしまうと、思考も動物寄りになってしまうからだ。
以前猫に変身してトゥリリと散歩に行った際、自制心を忘れてつい明け方まで遊び呆けて帰ってしまい、大人達に大目玉を食らってからは試したことがなかった。
「いいわよね、アニメーガス!私もいつか鳥に変身して、空を飛んでみたいわ。」
授業が終わった後、パンジーがうっとりとした顔で窓の外を見上げながら言った。おそらく脳内で、鳥になってドラコの元へ飛んでいくシチュエーションを想像しているのだろう。目元がにやけていた。
「あら、でも動物もどきってかなり難しい魔法なのよ?中々難しいんじゃないの?」
「そうそう。ドラコに勉強教えてもらってるようじゃ無理無理。」
パンジーが勉強が苦手な振りをしてドラコに教えてもらっていることを知っていたダリアとダフネは、ここぞとばかりに揶揄った。
「もう!」パンジーが頬を赤く染めて小突いてくるのをきゃいきゃい避けて遊んでいると、ミリセントが呆れて口を出した。
「もう!はこっちの台詞だってば!早く占い学の教室に行かないと遅れるでしょ?」
占い学は北塔の一番てっぺんであるらしい。そのため生徒達は長い螺旋階段をヒィヒィ言いながら登らなければならなかった。
教室に辿り着くころには、ダリアは息も絶え絶えになっていた。夏休み中セドリックとの特訓をしていなければ、おそらく途中でダウンしてミリセントにおぶってもらうことになっていただろう。
占い学の教室は、ちょっと昔の紅茶専門店といった雰囲気の、およそ教室らしくない雰囲気の内装だった。
それは教授にも言えることで、「いかにも」な装飾品をこれでもかというほど身に纏ったトレローニー教授は、ホグワーツの教員の中でも異質な様相を呈していた。
小さな教室は、すぐにスリザリン生でいっぱいになってしまった。これほどの占い学人気には、実はとある理由がある。
占い学では、まず紅茶占いの練習が行われた。トレローニー教授が淹れた紅茶を飲み干してペアの相手に渡し、カップの底に残った茶葉の模様を読み取っていく。
丁度ダリアがダフネのカップの底を見ているとき、椅子の近くにトレローニー教授が現れた。
「さあ、あなたはこの模様が何に見えますの?」
「はい。これは――――――ナイフでしょうか。ダフネは近いうちにトラブルに巻き込まれるのかもしれません。」
「まぁ―――――ふむふむ、なるほどね。」
ダリアは教科書のシンボルについての解説の中から、出来るだけ不吉な結果の物を適当に選び、神妙な顔をして答えた。
ダリアの答えを聞いた教授は、満足気な顔をして去って行った。その後ろ姿を見て、ダリアは周りの友人たちと意味ありげに目配せをし合った。
占いとは、真に素質のある者以外が行ったところで、何の意味もない行為である。つまり大多数の者にとって、「占い学」の授業は役に立たない科目だ。
にもかかわらずこうして占い学を選択する生徒が多いのかというと――――――このようにでっちあげがきくからだった。
真の予言者は中々いない。それはつまり、占いの結果の真偽を判断できる人間も中々いないということだ。スリザリン生はその後も、好き勝手にもっともらしく占いの結果(それもトレローニーが喜びそうな悲惨な運命)をでっち上げていった。
ガリ勉はガリ勉でも、ダリアはスリザリンのガリ勉なので、そういう抜け道は大歓迎なのだ。
「とってもお上手でした。スリザリン生は毎年、占い師の素質がありそうな子が多いんですのよ――――――」
授業が終わると、トレローニー教授は満足気にそう告げ、カーテンの奥へ消えていった。
「ふん、占い師なんて誰がなるのよ。先輩たちの話通り、占い学は楽勝ね。」
教室を出てしばらくすると、パンジーが蔑んだ目をして言った。確かに、あの調子では何の苦労もすることなく好成績を手に入れることができそうだった。
しかし、ミリセントは本当に参ったという表情をしていた。
「でも、あの変な香りに一年間耐えるのはねぇ。あの甘ったるい香り、どうにかならないのかしら?」
「きっと真夏はすごい暑さになるわよ。なんであの人、あれだけ厚着をして汗一つかいてないのかしら。」
「ほんとにね。あーあ、来年の試験期間が今から憂鬱だわ。」
夏の終わりの今日でさえ、教室の中はむっとした暑さに覆われていた。夏本番にこの部屋で試験を受けることなど、考えたくも無い。
4人はそのまま、昼食を食べに行くことになった。ダリアはその前にトイレに行くと一声かけて、人気のないところへ向かった。
「この辺りでいいかしら――――――――さて。」
ダリアは鞄の中から慎重に逆転時計を取り出した。今から、初めてこの逆転時計を使うのだ。
今から3限が始まる前に戻るには、2時間前に戻れば間に合うはずだ。ダリアは中心の砂時計を、2回ほどくるくると回転させた。
横に揺さぶられるような感覚がしたと思った瞬間、ダリアは床に横になっていた。いつの間に転んでしまったのだろう。
痛む腕をさすりながら近くの窓際に走りよると、まだ日が昇り切っていない。どうやら無事、2時間前に来ることができたようだ。
ダリアはそこから大急ぎで数占い学の教室へ向かった。
ようやく教室前に辿り着くと、丁度ドラコやノット達が入ろうとしているところだった。
荒く息をついているダリアを怪訝そうに見ながらも、ノットが荷物を持ってくれた。
「重っ!何が入ってるんだよ、この鞄。」
「何って、教科書に決まってるじゃない・・・・お腹減った・・・・。」
「腹が減ったって・・・・昼食はまだ先だぞ。」
数占い学の教室は、普通の講義室だった。ダリアは適当な席に座ると、机に突っ伏した。
昼食を食べてから、いや、せめて軽食を食べてから逆転時計を使うべきだった。お腹がへってしょうがない。
数占い学はレイブンクローとの合同授業だった。レイブンクロー生が大多数を占め、スリザリン生はドラコ(とクラッブとゴイル)やノットを含めれば、ほんの数人しか取っていなかった。
なんでも、魔法省などの就職に有利なのは、占い学よりも数占い学の方だという。将来親の後を継ぐ可能性のある名家の子息は、こちらを選択しなければならないらしい。
「最近じゃ珍しいよな。お前がグリーングラスたちと一緒に居ないの。」
「何よ。私が金魚のフンだとでも言いたいわけ?」
「いや、別にそんなことは一言も言ってないんだが。」
ようやく落ち着いたダリアはノットに適当に返事をすると、素知らぬ顔で鞄から教科書を取り出して授業の準備を始めた。
ダリアとグレンジャーの二人はマクゴナガルから、逆転時計の事を他の生徒に言わないよう、厳しく言い聞かされていたからだ。当然、「さっきダフネ達と一緒に占い学も受けてきたから!」などとは言えるはずも無かった。
数占い学は名前の字数や生年月日などを使って運勢を占う学問で、元の世界(やマグルの学問)でいうところの数学のような科目だ。最初はまだ単純な計算を使った占術しか習わないようだが、これから先は魔方陣などより複雑な算術を使わなければならないらしい。
ダリアは元々理系的な科目は好きだったし、ドラコとノットも苦も無く計算をしているが、クラッブとゴイルはそうではなかった。
「だから、公式通りに計算しろと何度も言っているだろう!おいクラッブ、お前の計算式は下一桁じゃなくて上一桁になってるぞ!ゴイル!一桁の計算くらい暗算でできないのか!?」
ドラコが必死になって激を飛ばしているが、クラッブとゴイルは焦った様子も無く、指を一本ずつ折り曲げながらとろとろと計算問題を解いていた。
その様子を見ていたダリアは、ついクラッブとゴイルの行く末を案じてしまった。
一日中何かを食べているので誤解されやすいが、クラッブとゴイルはただの肥満児ではない。肉体派のミリセント曰く、彼らの分厚い皮下脂肪の下には、極東の島国のスモウ・レスラーのように、鋼のような筋肉が潜んでいる。らしい。
ダリアはミリセントが熱く語っていたのを聞いただけだったが、確かにドラコにちょっかいをかけてくる生徒を二人が一瞬で捻り潰している場面を見かけたことがある。その時の動きは今の様子からは想像できない程早かった。
ドラコの腰巾着兼子分の役割を全うすべく、日々鍛えているそうだが、流石に脳みそまで筋肉になりすぎなのではないかと思う。
ドラコは意外と面倒見が良いので必死になって教えているが、流石にこれが一年間続くとなると、気の毒になってきた。
2回目の3,4限を終えたダリアは、這う這うの体で大広間に向かった。
丁度大広間の前でダフネ達に合流すると、彼女たちはダリアの憔悴具合に目を剥いた。
「ちょっとダリア、トイレに行った先で何があったのよ!どうしてそんなに疲れてるの?」
「色々あったの。ほんと色々―――――ねぇ、もう食べていいでしょ?私お腹ペコペコなの!」
待ちに待った食事にようやくありつくことができたダリアは、周囲の間で「トイレで長い闘い(意訳)をしてきたせいで疲れてしまった」と勘違いされていることには気づかなかった。
この一年、度々同じことが起こるせいか、ダリアはスリザリン女子に度々「もっと野菜を食べなきゃ。」「運動も大事よ。」と気遣われることが多くなる。
「それにしても、いよいよね。午後の授業は魔法生物飼育学よ。」
肉のスープをすくいながら、パンジーが眉を顰めて切り出した。午後からは、件の森番が教鞭を取るという、魔法生物飼育学の予定だった。
しかもグリフィンドールと合同授業だ。考えうる限り最悪のシチュエーションだ。
「占い学より最悪の授業があるとか、信じられないわ。」
「ダリアが紅茶占いで言った『物事が良からぬ結果に終わるでしょう』って、このことなんじゃないの?」
「ええ、そんな占いしてないわよ。『トラブルに巻き込まれる』じゃなかった?」
「そうだった?あんまり覚えてないわ。」
ダリアの講義に、ミリセントはあっけらかんと答えた。
しかし、結果的にミリセントの言った「物事が良からぬ結果に終わるでしょう」は現実のものとなってしまうことになる。
魔法生物飼育学は、屋外で行われるという。スリザリン生達はそれぞれ紐やベルトでぐるぐる巻きにした噛みつく教科書を手に、ハグリッドの小屋を目指した。
小屋の前では、ハグリッドが待ちきれないという様子で立っていた。横には黒い大きなボアハウンド犬を連れている。ダリアは犬が苦手だったので、そっと距離を取った。
「よーし、みんなよくきたな。こっちゃこいや。今日はみんなにいいもんがあるぞ!」
ハグリッドはそのまま、禁じられた森に沿って歩いていく。森にあまりいい思い出が無いドラコが一瞬身震いするのに、ダリアは気が付いた。
それに加え、ハグリッドの言う「いいもの」が、自分たちにとっての「いいもの」であるかどうかわからない。先ほどから嫌な予感しかしなかった。
「いいもの」の正体は、すぐに判明した。
生徒達が禁じられた森の近くの放牧場のようなところへたどり着くと、教科書の正しい開き方がやっとわかり(背表紙を撫でる!)、ハグリッドが森の中からその生き物を数頭引き連れてきたのだ。
その生き物を目にした時、ダリアは呻いた。
「ヒッポグリフって――――――嘘でしょう?」
ダリアは馬が好きだった。城に居た時もよく馬小屋に入り浸ってそこの馬たちとおしゃべりをしていたし、以前禁じられた森で見かけたケンタウロスも大好きだ。
半鳥半馬であるヒッポグリフのことも当然好きだったが、それとこれとは話が別だ。
ヒッポグリフはグリフィンと雌馬の間に生まれたとされる魔法生物で、とても気位が高く凶暴だということで有名だ。あの鋭い嘴と鍵爪で突かれでもしたら、3年生の子どもなんてきっとひとたまりもない。
そんな上級者向けの生物を3年生の一番初めの授業に扱うなんて、飛ばしすぎだ。
まず一番に、ハリー・ポッターがヒッポグリフと触れ合うことになった。
誰も自分の目の前で殺傷事件が起こる場面なんて見たくはない。スリザリン生を含め、全員が固唾を飲んでハリーを見つめ、無事お互いにお辞儀が終わると、長いため息をついた。
ハリーはその後、灰色の毛並みのヒッポグリフに跨り、空へ飛んで行ってしまった。
「今から私たちも、あのケダモノに触らなきゃいけないのよね・・・」
ハリーの姿が見えなくなる頃、ダフネが心底嫌そうに言った。あの嘴と鍵爪を見て、すっかり怖気づいてしまったらしい。
ミリセントとダリアは割と乗り気だったが、パンジーもダフネと同意見の様子で、放牧場の隅にそろそろと移動していった。
その様子を見て、ミリセントは鼻を鳴らした。
「まったく、これだからお嬢様ってやつは――――――あんたはいいの?ダリア。真っ先に逃げそうなもんだと思ってたけど。」
「うん。私馬好きだもん。触ってみたいわ。」
「へぇ、それは意外ね―――――じゃあ、早速行ってみましょうよ。」
ミリセントとダリアは、フンフン意気込んでヒッポグリフの近くへ向かった。
近くで見ると、なおさら美しい。
ダリアはパロミノのヒッポグリフとお辞儀を交わすと、前半分の羽から後ろの毛に滑らかに変わっていく部分をそっと撫でた。
「わあ、素敵―――――グリフィンとはまた違う手触りなのね。」
ダリアは城に居たクラーチという名のグリフィンを思い出した。
クラーチはグリフィンの子どもで魔法の才能があり、ダリアやキャットといった城の子どもたちと一緒にソーンダース先生の授業を受けるほど頭が良かった。
ヒッポグリフはグリフィンと雌馬の間に生まれたとされているため、クラーチと似ている部分もあるが、こちらの方が幾分か馬に近い艶やかな手触りをしている。
ダリアの言葉を聞いて、ヒッポグリフは大きなオレンジの目をパチパチとさせた。
『グリフィン、みたこと、ある?』
「あるわよ。グリフィンの子どもだけど、一緒のところに住んでたの。」
『ふうん。』
ダリアはパロミノのヒッポグリフとこそこそとおしゃべりした。まだ若いメスのヒッポグリフで、名前はフィニアンというらしい。
ミリセントも無事栗毛のヒッポグリフとお辞儀を交わすことができたようだ。
嘴を撫でてネズミをあげた二人は、意気揚々とスリザリン生達が固まっている場所へ帰って行った。
「お辞儀した後は結構大人しかったよ。梟みたいに額を撫でると喜んでたわ。」
「そうそう。それに、毛並みがすごく気持ちよかったわ――――――ドラコ!余計なことしちゃダメだよ!怒らせたらきっとひどい目見るんだからね!」
「わ、わかってるさ!」
ポッターが丁度空の旅から帰ってきたのを見計らい、ニヤニヤしながら向かっていくドラコを見つけたダリアは、念を押しておいた。
ハグリッドの授業を無茶苦茶にしようとするのはどうでもいいが、流石に今回はリスクが高過ぎる。
まさに余計なことをしようとしていたドラコは、ぎくりと身を竦ませた。
その後、ドラコも無事灰色のヒッポグリフとお辞儀を交わした。
仏頂面で戻ってパンジーの喝采を浴びていたが、ヒッポグリフの毛並みはそう悪いものではなかったらしく、それなりに満足気な顔つきだった。
結局ダフネやパンジーなど、一部の生徒はヒッポグリフを恐れて近づくことができなかったが、大多数の生徒がお辞儀を交わして触れ合うことを許され、なんとか魔法生物飼育学の授業は終了時刻を迎えることができたのだった。
ハグリッドの教員としての資質はともかく、ヒッポグリフと触れ合えたことには大満足していたダリアは、ホクホク顔で次の授業へ向かうべく、人気のない場所へ向かっていた。
次、というか魔法生物飼育学と同時に受ける予定の授業は、マグル学だ。
先ほどと同じように逆転時計を取り出して2回転させると、やはり横に揺さぶられるような感覚に襲われ、気付けばダリアはまた床に放り出されていた。
「ぐっ―――――もしかして私、毎回転ばなきゃいけないのかしら。」
「――――――――ダリア!?」
ダリアが起き上がろうと床でもたもたしているうちに、人が通りかかってしまった。
その上偶然にも、通りかかったのはダリアのよく知る人物だった。
「げぇっ!セ、セドリック。」
「どうしたんだダリア。まさかまた、ディメンターに。」
面倒なヤツに見つかったぞ。とダリアは思った。セドリックは昨日ダリアが特急の中で倒れてからというものの、事あるごとに様子を伺ってきていたのだ。
床に転がっている場面を見られて、ただで済むはずがない。
「こ、校舎の中にディメンターが居るわけないじゃない。ちょっと転んだだけだし。」
「―――――つまり、立ち眩みをしたってことかい?」
「いやそうじゃなくて。えっとぉ――――――ぎゃん!」
ダリアは言い訳しながら立ち上がろうとしたが、ローブの裾を踏んでまた転げてしまった。
床に顔面を強かに打ち付けて涙目になるダリアを見て、セドリックは「これはただ事ではなさそうだぞ。」と判断したらしい。ダリアをひょいっと小脇に抱えると、医務室へ向かい始めた。
「ハッ―――――や、やめてー!!ちがうの、ほんとになんでもないんだってば!医務室はダメ、医務室はダメ!」
「何言ってるんだ。昨日あんなことがあったのに・・・念のため看てもらうだけだから暴れないでくれ。」
元気すぎることを指摘された昨日の今日で、なんともないのに医務室の世話になることだけは避けたかった。流石に恥ずかしくてマダム・ポンフリーに合わせる顔が無い。
しかしセドリックは足を止めてくれない。じたばた暴れるダリアを抱え直し、ズンズンと医務室へ向かっていく。
人通りのある廊下に出ると暴れる方が恥ずかしくなってきたのか、ダリアはようやく抵抗を諦めて足をプラプラさせだした。
どうか知り合いにはこんな死んだフェレットみたいなマヌケな場面を見られませんように、と真剣に祈っていたダリアだったが、無情にも大広間の近くで知った顔に声を掛けられた。
「――――――――ダリア?一体どうしたんだ?」
「ぐっ・・・・」
丁度大広間で昼食を食べ終えて出てきた、ドラコとクラッブ、ゴイルだった。セドリックの小脇に抱えられたダリアに気付き、怪訝な表情をしている。
同寮の友人に恥ずかしいところを見られてしまったダリアは、思わず赤面してしまった。
恥ずかしさのあまり、つい口調が荒くなった。
「う、うるさーい!なんだっていいでしょ!?」
「お、おい。いきなりどうしたんだ。」
「もうっ!いいからさっさと次の授業に行きなさいよッッ!」
「な、なんなんだよ!こっちは心配してやってるのに!――――――行くぞ!」
ドラコはプリプリ怒りながら、クラッブとゴイルを連れて去って行った。今から魔法生物飼育学の授業へ向かうのだろう。
ぐったり脱力しているダリアを、セドリックが厳しめの口調で叱った。
「ダリア、友達にあんな風にあたるのはよくないよ。あとでちゃんと謝るんだ。」
「もう、わかったわよ、わかりました・・・・・」
結局医務室で看てもらったものの、当然ながら何の異常も見つからず、ダリアは恥かき損で終わってしまった。
マグル学はマグル界の事情に疎い魔法族の生徒たちを対象とした授業で、マグルが生み出した独自の文化を知ることができる科目だ。
しかしマグルの事情に全く詳しくないはずのスリザリンの生徒は一人もこの授業を選択していない。「マグルの知識など知ったところで何の役にも立たない」と決めつけているのだ。
なのでダリアは「あいつ同時に二つの授業に参加してるんじゃないの?」という目を気にすることなく、悠々とバーベッジ教授の講話をノートに書き写すことができた。
初回の今日は、マグルが生み出した便利な電化製品の紹介だった。基本的にホグワーツではマグルの電化製品は正常に作動しないらしいが、この空間だけはその魔法の効果を打ち消されているという。
ダリアが居た世界Aは、この世界Bほど科学力が発展していなかったため、電子レンジや電話などの電化製品はダリアにとっても目新しいものばかりで、正直とても興奮してしまった。
マグル学でようやく今日一日の授業を全て終えたダリアは、疲れからフラフラしてスリザリンの談話室へ戻った。一日が30時間に増えるようなものだ。これが一年続くと思えば、気が遠くなる。
「ただいまぁ・・・」
スリザリン寮へ入ったダリアだが、何やら寮内の様子がおかしい。生徒達はこそこそと何かを噂しあっている様子だ。ダフネ達に聞こうにも、誰の姿も見つけることが出来なかった。
ダリアが戸惑っていると、一年生同士で話していたアステリアがこちらに気付き、駆け寄ってきた。
「ダリアさん!マルフォイ先輩が、魔法生物飼育学の授業で大けがをしたって、本当なんですか!?」
「――――――――――――ええ!?」
予想外のアステリアの言葉に、ダリアは目をぱちくりとさせた。
「ちょ、ちょっとドラコどうしたの!?なにがあったの!?」
アステリアや一年生たちの要領の得ないバラバラな話をつなぎ合わせると、ドラコは魔法生物飼育学の授業中、ヒッポグリフに腕を切り裂かれて大量に出血してしまったらしい。
しかしそんな事件はダリアの記憶には無い。ダリアの記憶では、ドラコは無事にヒッポグリフとお辞儀を交わし、嘴を撫でてご満悦だったはずだ。
記憶と事実の齟齬に混乱したダリアは、すぐさまドラコが入院しているという医務室へ押しかけた。
医務室には、談話室に居なかった友人たちが全員集まっていた。ドラコはベッドに横たわったまま蒼白な顔色で腕の包帯を撫で、パンジーはドラコのベッドに突っ伏して泣いており、ダフネとミリセントがパンジーを慰めている。
「ダリア、もうお腹の調子はいいの?」
「あ、うん。大丈夫・・・・」
今回も逆転時計を使うため「ちょっとトイレ」作戦で抜け出していたダリアは、思いのほか響いた声にビクビクして声を潜めた。マダム・ポンフリーが「またあなたですか。」という顔でダリアを睨んでいた。
ダリアはコソコソとドラコの近くまで行くと、まじまじとドラコの腕を見つめた。
確かにこの傷跡からは、ヒッポグリフの魔力が感じられる。相当に深い怪我である。
魔法生物による怪我は魔法での治療が効きにくく、ある程度まで治したら後は自然治癒に任せる他ない。ドラコの腕も、しばらくは包帯を巻き続けなければならないだろう。
「それで、どうしてこんなことになったの?」
ダリアは純粋に事の経緯を聞いたつもりだったのだが、ドラコはそう捕えなかったようだ。いつにもまして青白い顔色だったが、それでもムスッとして答えた。
「そうさ。君の忠告を無視して、ヒッポグリフを侮辱した。だからこんな怪我をする羽目になったって言いたいんだろう?セオドールにも散々言われたよ――――――反省はしてるさ!」
「おい、大声上げるなよ。傷に触るぞ。―――――とまぁこいつも本当に反省してるんだ。今回はこれ以上責めないでやってくれ。」
「え。―――――――う、うん。わかったわ。」
ダリアは事情がまだ何も分かっていなかったが、ノットの言葉にとりあえず頷いておいた。
ドラコの話を聞いたダリアは、足取りも重く寝室に戻り、ベッドの上に寝転がって今回の事について考え始めた。
話をまとめると、授業前ダリアに理不尽な癇癪をおこされ、そのイライラが残っていたためダリアの忠告を素直に聞くことが出来ず、結果ヒッポグリフをひどく侮辱してしまったという経緯らしい。
部屋では、トゥリリがぐったりとした様子でベッドの上に転がっていた。
『あ、お帰りダリアぁ。ねえ、なんだか今日、すごく変な気分。バチバチ世界が切り替わるっていうか、無理やり平行世界に切り替わる感覚がずっとするんだよぅ。』
「トゥリリ――――――そっか、やっぱりそうなんだ。」
――――――今回のことは、やはり逆転時計が原因だったのだ。
本来ならば怪我も無く無事に終わるはずだった授業が、このような結果に変化してしまった。しかし、誰もこの変化には気づいていないらしい。
マクゴナガルからは、たった数時間時間を遡るだけなら、未来には何の影響も与えないとは教わっていたが、なんてことはない。いくら短い時間でも、時間遡行の影響は確実に出ていた。
人間の方がその変化に気付くことが出来ていなかっただけなのだ。
ダリアはこの現象をなんと言うのか、聞いたことがあった。
「――――私があの時大広間の前で『可能性の糸』を引っ張って、未来を変えてしまったのね。」
可能性の糸とは、世界情勢などをほんの少し自分に都合の良いものにしたいときに使う、ダリア達の世界に存在した金融魔法の一つだ。
起こるかもしれないいくつかのできごとを新しいものに変えると、他のすべてのこともほんの少しずつ変わってしまう。普段の生活に馴染みが深い人間ほど、その変化に気付くことは無い。
おそらく、ダリアはこの世界へ来てまだ3年しかたっていなかったので、世界による辻褄合わせの影響を受けにくいのだろう。他の時間旅行者が気付かないような変化が目に付いてしまった。
『うげぇ、やっぱり時間操作の魔法なんて、ロクなもんじゃないや。この先ずっとこんな気持ち悪い感じに耐えなきゃいけないんだ・・・』
トゥリリがげんなりしていった。時間移動していない分、「世界の変化」はダリア以上に目に付くのだろう。
実際、今日は食事中に皿の上でツナだったものがニシンにいつの間にか変わる、といった現象が目の前で起きていた。
やはり、逆転時計はとても危険な魔法具だ。どんな些細な変化も、未来に何かしら影響を及ぼしてしまうらしい。
今回のドラコは怪我だけで済んだが、それでもかなり深い傷を負ってしまった。もし次同じようなことが起こった場合、友人たちの命が無事だという保証はどこにもない。
ダリアは次の日から、どんな些細な変化も未来に残さないよう、細心の注意を払って逆転時計を使うようになった。