ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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ボガート

 ドラコの腕の傷は、腱まで達する深い傷だった。マダム・ポンフリーの治療により無事元通りに治りそうだが、それでもしばらくは安静にしていなければならないらしい。

 一日入院して様子を見ることになったと、目を腫らしたパンジーがスリザリンの談話室で涙ながらに語った。

 

「魔法生物の傷は治りが遅いから、しばらく右手は使えないんですって。」

 

「利き手だから、色々と不便でしょうね。荷物なんかはクラッブかゴイルが持つだろうから大丈夫として――――――ルシウス氏には連絡が行ってるの?」

 

「去年のこともあるし、学校から連絡が行っているとは思うんだが――――――俺からも一応、詳しい状況を書いた梟を出してみる。」

 

 消灯時間を過ぎ、医務室を出されたスリザリン生達は、人気のない談話室で声を潜めて話し合っていた。

 今日一日で色々なことがあったが、まだ新学期が始まって一日しか経っていない。夏季休暇の感覚が抜けていないのか、全員顔に疲労が隠せていなかった。

 特に逆転時計を使い合計10時間もの授業を受けたダリアは眠気のあまり、ソファに腰かけたままガクンガクン船を漕いでいた。

 

「ダリア、ここで寝ないでよ。もう少し頑張って―――――それにしても一昨年に引き続いて、ドラコはどうにもあの森番に因縁があるわね。きっとルシウス様はおかんむりよ。」

 

 今にも眠りそうなダリアの鼻をつまみながら、ダフネが気づかわしげに言った。

 ドラコは一昨年、罰則で禁じられた森へ行った際、ハグリッドに忘れられて森の中に置き去りにされてしまったことがある。

 

 その時もルシウス氏は相当なクレームをホグワーツに送っていたようだが、この度はその比ではないだろう。何と言っても今回は実際にドラコが大けがを負っている。

 親馬鹿なルシウス氏としては、何とかしてハグリッドに制裁を加えたいと思うはずだ。

 

 ハグリッドはダンブルドアのお気に入りである。前回は校長にのらりくらりと追及を躱され、責任を問うことはできなかったが、ルシウス氏は息子を傷つけた人物を決して許さない。どんな手を使っても彼を追い詰めるだろう。

 

 全員が深刻な顔で物思いにふける中、ダリアは別の意味で気が重かった。

 今回の事件は、元々の時間軸では起こらなかったはずの出来事だ。ダリアの不用意な行動が原因で歴史が変わったと言ってもいい。

 ダリアはドラコの怪我に、ちょっとした罪悪感を抱いていた。

 

「―――――ドラコの怪我、早く良くなるといいんだけど。」

 

 ダリアの小さな呟きは、静かなスリザリンの談話室に消えるように溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 皆の心配をよそに、ドラコは次の日の魔法薬学の授業中、腕を吊った状態で堂々と現れた。

 

 偉そうにふんぞり返って教室に入ってきたドラコは自分の怪我を大義名分に、ウィーズリーに自分の魔法薬の下準備を強制させて楽しんでいる。

 何ともたくましいことに、こんな状況下でもグリフィンドール生に嫌がらせをする腹積もりのようだった。

 

 ダリアはにやにやと厭らしい笑みを浮かべているドラコに、こっそりと話しかけた。

 

「ねぇ、そんなに動いて、もう大丈夫なの?」

 

「―――なんだ、妙にしおらしいじゃないか。珍しい。」

 

 ドラコが本当に驚いたように眉を上げるので、ダリアはムッとした。

 表情に出ていたのだろう。ドラコが慌てて取り繕った。

 

「ごめん、悪い意味で言ったんじゃないんだ。驚いただけで――――」

 

「フォローになってないんだけど。」

 

「悪かったって。――――――まぁ、それなりに痛いけれど、我慢できない程じゃない。それに、合法的に奴らに嫌がらせができるまたとないチャンスだぞ。僕が見逃すはずないじゃないか。」

 

 ドラコはヒナギクの根を仏頂面で刻んでいるウィーズリーに聞こえないよう、声を潜めて言った。小さな声だが、隠しきれない興奮が滲んでいる。

 

『すごいなぁ、グリフィンドールに嫌がらせすることに命かけてますってカンジ。ここまで一貫してると逆に尊敬しちゃうよねぇ。』

 

 ―――――うーん、自分の健康を後回しにするのって、本末転倒のような気もするけど。

 

 トゥリリが鞄の中で感心したように言ったが、ダリアは手放しで同意はできなかった。

 ダリアが逆転時計を使い始めてから、トゥリリはダリアと一緒に行動するようになっていた。

 逆転時計で実際に時間を遡らずに、ただただ「可能性の糸」が引っ張られた影響を受けるのは、相当な違和感らしい。混乱しないためにも、トゥリリはダリアと一緒に逆転時計で時間旅行をすることに決めていた。

 

 

 

 

 

 その日の昼食時、ホグワーツ中をとんでもない噂が駆け巡っていた。

 

「聞いた?『闇の魔術に対する防衛術』の授業で、とんでもないことが起こったらしいわよ。」

 

 噂好きのパンジーが早速聞きつけてきた。周りを気にしながらも、しかし興奮を抑えきれない様子だ。

 

「闇の魔術って―――――あの萎びたかんじのルーピンでしょう?そんな大それたことができるようなタイプには見えないけれど。」

 

「それが、とんだ爆弾を落としてくれたみたいなのよ!いい?―――――――――。」

 

 みすぼらしくくたびれたルーピンと「とんでもないこと」が結びつかず、半信半疑だったダリア達に、パンジーは更に声を潜めた。

 

「―――――ええ!?スネイプ先生に女装!?なにそれすっごい「ちょ、ちょっとダリア声が大きいわよ!!」」

 

 驚いて思わず大声を上げたダリアの口を、ミリセントが慌てて塞いだ。こっそり教職員席のスネイプを見ると、見るからに「私は不機嫌です。」といった表情でこちらを睨んでいる。

 

 ダリアの叫びを聞いた周りも、次第にざわざわと噂をし始めた。どうやら噂の流布に一役買ってしまったらしい。後で罰則が無ければいいのだが。

 

 しかし、パンジーが聞きつけた噂は、ダリアが驚くのも無理はない内容だった。

 午前中のグリフィンドールが受けた「闇の魔術に対する防衛術」の授業では、ボガートを使った実地訓練が行われたという。そこでロングボトムが対峙したボガートが、ドレスを着たスネイプに変身したともっぱらの噂なのだ。

 

「なにそれやばい。超クールじゃん――――――。」

 

 話を聞いたミリセントが、感動したように言った。

 ミリセントだけではない。話を聞いたスリザリン生全員が感動(もしくは動揺)に打ち震えていた。

 スネイプは誰が見てもスリザリン贔屓の寮監である。しかし、寮監として見れば甘いだけでは決してなかった。

 スリザリンに相応しくない行動をすれば容赦なく罰則を科せられる。スリザリン生にとっても、スネイプは恐るべき存在であったのだ。

 

 そのスネイプを、ここまで笑いのネタにできる人物が存在しうるとは。

 自寮の寮監が嫌いなわけでは無いが、ダリア達は予想すらしていなかった意外性に、妙に興奮していた。

 それに、「ボガートを使う」という授業内容が本当ならば、ホグワーツに入学して以来初めての実践的な闇の魔術に対する防衛術の授業だ。去年のロックハートの授業(演劇)は言わずもがな、一年生の時のクィレルの授業も教科書を読み上げるだけのつまらないものだった。

 スネイプを尊敬しているドラコは、この噂を耳にしてからルーピンに対して敵愾心を持ったようだが、ダリア達は午後にある「闇の魔術に対する防衛術」の授業が俄然楽しみになってしまった。

 

 

 

 昼食を食べてすぐ後、今年初めての「闇の魔術に対する防衛術」の授業では、やはりボガートを退治するという実地訓練が行われた。

 継ぎはぎだらけのローブを着たルーピン教授は、ドラコとその取り巻きを除いたスリザリン生の妙に期待の籠った視線に戸惑った様子だったが、穏やかな語り口で授業を開始した。

 

「この中の何人かは、今日の授業内容を知っているようだね。では先に言っておこう。今日は、ボガートについての勉強をしようと思う。授業用のボガートを確保しているから、ついておいで。」

 

 噂通りの内容に、教室内はにわかに色めきだった。

 ルーピンについて廊下を移動している間中、ドラコがずっとブツブツと文句を言っていたが、そんなことも気にならなかった。初めてのまともそうな「闇の魔術に対する防衛術」の授業に、誰もが期待を高めていた。

 

 やがてルーピンは2階の空き教室の前に辿り着き、生徒達を中へ誘導した。

 

「私が学生だった時代から、何故かホグワーツにはボガートがいたるところに潜んでいてね。何年か前にもボガートが大量発生したと聞いているよ。今回も授業クラス分のボガートを用意することはそう難しくは無かった。―――――このロッカーの中に居るボガートも、そのうちの一つだ。」

 

 ルーピンが古びたロッカーを示した途端、ロッカーが大きな音を立ててガタガタと揺れた。中に入っているというボガートが、人の気配を察知して興奮しているらしい。

 何人かは大きな音に思わず身を竦ませていた。

 

「さて、最初の質問だ。真似妖怪のボガートとは何か、説明できる子は居るかい?」

 

 ダリアは真っ先に手を上げた。昼食時に噂になっていたため、他にも何人か手を上げている生徒は居たが、ルーピンはダリアを指名した。

 

「ボガートは形態模写妖怪です。相手の記憶を読み取って、その人が最も恐れるものに姿を変えることができます。」

 

「――――とても分かりやすい解説をありがとう。スリザリンに5点。」

 

 ルーピンはダリアの答えに満足気に頷くと、更に詳しい注釈を付け加え始めた。

 

 ルーピンのボガートに関する詳しい説明を聞きながら、ダリアは自分が恐れるものが何かということに思いを馳せていた。

 

 ――――――やっぱり、「あの人」なのかしら。それともキャット?

 

 ダリアにとっての人生最悪の記憶と言えば、あの後継者候補から外された日が真っ先に思い浮かぶ。それに加え、現在のダリアが最も恐れていることも、「あの人」に見つかって元の世界に連れ戻されることだった。

 

 ダリアが思考を巡らせていると、鞄の中のトゥリリが不安げに言った。

 

『ダリアはやめといた方がいいんじゃない?きっとあんまりよくないものになっちゃうよ。』

 

 ――――ええ、なんでよ!今せっかく、「あの人」が愉快なことになるような妄想を考えてたのに!

 

『御大にぃ?いや、でもダリアが一番恐れてることって―――――』

 

 トゥリリが何かを言いかけたが、ルーピンの合図によりボガートとの対峙が始まってしまったため、ダリアは意識をそちらに集中させた。

 

 

「ミリセント!」

 

 一番にボガートと対決したのは、ミリセントだった。

 ルーピンに呼ばれ一歩前に出たミリセントの前に、グラマラスな金髪の魔女が現れた。突然の見知らぬ美女の登場に教室がざわめくが、ダリアは彼女が誰なのか知っていた。

 彼女はオリヴィア・オースティン。イギリス魔法界でも名の知れた服飾ブランドのモデルだ。ミリセント曰く「見た目だけで中身がすっからかんのバカ女」らしい。

 先日、ミリセントが追っかけをしている妖女シスターズのギターとの熱愛をすっぱ抜かれた相手だった。

 

 彼女の登場にミリセントは一瞬怯んだが、すぐに目を据わらせると、力いっぱい呪文を唱えた。

 

「リディクラス!!!」

 

「――――――ひぇ。」

 

 ミリセントが呪文を唱えた瞬間、ブロンドの美女が青あざだらけになって横たわっていたため、ダリアは思わず小さく息を呑んだ。ミリセントらしい問題解決方法だが、全く笑えない。周りの生徒も若干引いている。

 

 横で見ていたルーピンは、ミリセントがコブシではなく呪文を使った事を褒めるべきなのか一瞬迷った様子だったが、気を取り直して次の生徒の名前を呼んだ。

 

 次に指名されたザビニからは、それなりにまっとうなやり方で「リディクラス」を唱える流れができた。

 

 ザビニと対峙したボガートは、派手な格好をした女性に変身したが、彼は女性が身に着けている眼鏡を巨大化させてこけさせていた。

 パンジーは大イカの足を結ばせて身動きが取れないようにし、ダフネは苦しそうに咳込むアステリアを箒に跨らせ、ビーターの棍棒をぶん回させた。

 ノットは恐ろしい表情の銀髪の美女に似合わない幼稚なドレスを着せて大笑いし、ドラコは蛇のような顔をした男にピエロメイクを施してひょうきんな踊りを踊らせていた。ダリアは爆笑してしまったのだが、何故か誰も笑っていなかった。

 

 どういうわけかこの蛇男は、他のスリザリン生の「恐ろしいもの」にも高い確率で現れていた。どんなに面白おかしく「リディクラス」しても誰も笑わず、むしろ気まずい空気が漂う。

 

 ―――――実在の人物?それとも有名なコミックか何かの悪役なのだろうか。

 考えているうちに、ついにダリアの番がやって来た。

 

「―――――さあ次だ、ダリア!」

 

 ダリアが意を決して一歩前に踏み出すと、何本もある足全てを縛られて転がっていた巨大な芋虫が、影を渦巻いて姿を変えた。

 

「わぁ――――――――――」

 

 姿を変えたボガートを見て、パンジーがほっと溜息をついた。何故なら、黒く渦巻く陰から現れた人影は、この世の物とは思えないほどハンサムな男性だったからだ。

 

 驚くほどに背が高く、驚くほど髪が黒く、驚くほど美しい目をした大魔法使い―――――――ダリアの後見人だ。

 

 後見人は今まで見たことが無いほど怒った表情をしており、そのままの表情でダリアにゆっくりと手を伸ばしてきた。

 

 猫に変身して朝帰りをした時にくらった大目玉を髣髴とさせる怒りの形相にダリアは一瞬怯んだが、予想していた通りの相手だったため、すぐに気を取り直した。

 

 ――――――偽物だと分かっているなら、怖いはずないじゃない!この際本物には絶対できないようなすごい事をしてやるわ!

 

 彼が流感に罹って寝込んでいた時、渋々着ていたテロテロのパジャマに着替えさせてやろうと考え、ダリアは杖を振り上げた。

 

「リディクラ――――――あれ?」

 

 呪文を唱え終わるか終わらないかのうちに、何故かボガートは姿を変え始めた。

 何か手違いでもあったのだろうか。でも呪文は間違えていないし、杖の振り方も正しいはずだ。

 

 ダリアが戸惑っているうちにボガートはくるくると姿を変えていく。次第に全貌が顕わになっていくにつれ、ダリアは自分の心臓がどくどくと激しく脈打っていることに気付いた。

 

「あ―――――――」

 

 ボガートが姿を変えたものは、ダリアの死体だった。

 今よりずっと幼い頃のダリアが、胸の中心から大量の血を流し、虚ろな目を見開いたまま死んでいる。

 

 生徒たちの悲鳴を聞きながら、ダリアは意識が急速に遠のくのを感じた。

 ダリアは黒く塗りつぶされる意識の中で、やっぱり誰かが必死で自分の名前を呼ぶ声を聴いていた。

 

 

 

 

 

「―――――――――はっっ!」

 

 ダリアは気付くと、見知らぬ部屋のソファに横たわっていた。体に掛けられていたブランケットをどかしながら、あたりをキョロキョロと見渡した。

 

『あ、目が覚めたんだね、ダリア。』

 

「トゥリリ!」

 

 トコトコと歩いてきたトゥリリが、上半身を起こしたダリアの膝の上に勢いよく飛び乗ってきた。見知らぬ場所で知った顔を見つけたダリアは、安心してほっと息をついた。

 

「ねぇ、ここ何処?私、どうしちゃったの?」

 

『ここはルーピン教授の研究室だよ。今はちょっと出てるけどね。――――――ダリア、何があったか覚えてないの?』

 

 トゥリリが探るように見てくる。ダリアは気絶する前のことをよく思い出してみた。

 

「――――――――うーん。ボガートがあの人に変身して、パジャマに変えてやろうとしたことは覚えてるんだけど。どうして気絶しちゃったの?」

 

『―――――――やっぱりかぁ。』

 

 ダリアの返答を聞いて、トゥリリは大きなため息をついた。

 トゥリリは何かに合点がいったようだが、ダリアは何が何だかさっぱり分からない。

 疑問符を浮かべているダリアに、トゥリリが呆れたように言った。

 

『君は自分の記憶を封印してるんだよ。封印したことすら忘れるように厳重にね。―――――――ううん、記憶というよりかは、恐怖を、と言った方が正しいかな?』

 

「―――――――恐怖?」

 

『そう、「死」に対する恐怖ってやつ。―――――どうして今まで気付かなかったんだろう!』

 

 死に対する恐怖。

 そう言われてもなお、ダリアはあまりピンとこなかった。

 確かにダリアは昔、クレストマンシーを狙った事件に巻き込まれて、一度死んだことがある。しかし、その事が気絶するほど恐ろしい記憶だとはどうしても思えなかった。

 

『そんなはずないよ!だってダリア、あの時しばらく部屋に閉じこもって、一歩も外に出れなくなっちゃったんだから。っていうかビビりのダリアが、死ぬことが怖くないはずないじゃん!』

 

「えぇ、そうかなぁ。」

 

 トゥリリの主張を聞いても、やはりダリアは当時の記憶を思い出すことができないでいた。

 でも、そんなに恐ろしい記憶を思い出さなくていいのなら、それはそれでいい気もする。

 あまり深刻そうな様子ではないダリアをみて、トゥリリはイライラと尻尾を床に叩きつけている。

 

『もう!暢気な顔しちゃってさぁ。やぁっとダリアの無鉄砲に納得いったよ!「死の恐怖」が無いから、あんなに危ないことを平気でしちゃうんだ!』

 

「う・・・。」

 

『きっと小さい頃のダリアは、御大の後を継ぐために無理やり死の恐怖を封印したんだと思う。でもこのままにしておくべきじゃない。いつか絶対、無茶なことをしでかして、もっと危険な目にあっちゃうよ。』

 

 トゥリリの言うことも一理ある、とダリアは思った。

 しかし、ダリアには現状の打破に同意することができなかった。

 

「でも私、どうすることもできないわ―――――だって、かけたことすら覚えていない封印の解き方なんて、わかんないもの!」

 

『――――――――またそのパターン!?』

 

 トゥリリは愕然とした。

 ダリアの「完璧主義なわりにどこか抜けており、それ故に事態が悪化する」という性質は、幼い頃からの変わらぬ悪癖だった。

 

 ダリアは暫くトゥリリと封印を解く術を探して四苦八苦したが、どういうことか封印の痕跡すら見つからない。

 幼い頃のダリアは、未来の自分が違和感を持つことが無いよう、徹底的に隠蔽したのだろう。

 状況から考えて封印が施されていることは確かなのだが、どうしても見つけることができなかった。

 

「――――さすがは私。あんなに小さい頃からこんなすごいことができていたのね。」

 

『感心してる場合じゃないでしょ!石化した時といい、結局自分の魔法に一番苦しめられてるじゃんか!どうなってるのさ―――――――――あ、誰かが帰ってきた!』

 

 足音を聞きつけ、トゥリリが慌てて鞄の中に戻って行った。

 しばらくすると、話し声と共に二人分の足音が近づいてきて、部屋の前まで来ると勢いよくドアが開いた。

 

「―――――私の寮の生徒に何かあってみろ。すぐにでも貴様の秘密をばらまくからな。覚悟しておけ。」

 

「―――――わかっているよ。今回は私の配慮不足だった。ダンブルドアにもこのことは報告するつもりだ。」

 

 言い争いをしつつ扉を開けたのは、見るからに機嫌の悪いスネイプと、困ったような顔をしたルーピンだった。

 スネイプは鼻息荒く部屋の中に入ってくると、体を起こしていたダリアに気付き、怒らせていた肩を下ろした。

 

「―――――――起きていたか、モンターナ。」

 

「ああダリア!目が覚めたんだね、調子はどうだい?」

 

 ルーピンが慌てて駆け寄ってきて、ダリアの体調を確認した。どうやらダリアの寮監であるスネイプを呼びに行っていたらしい。

 当然ながら体は健康そのものであるダリアは、健康には異常なしと判断された。ルーピンは安心したように微笑んだ。

 

「よかった、体調は悪くなさそうだ―――――すまなかったね。君もディメンターに遭遇して気絶してしまった一人だというのに、不用意にボガートと対面させてしまった。」

 

「いえ、それは別にいいんですけど。」

 

 ダリアはあっけらかんと答えた。本当にそんなことは特には気にしていなかった。

 それよりも、今は自分にかけられた封印のことが気になってしょうがない。

 

 どこか上の空のダリアを見て、スネイプは額を抑えた。

 

「まったく―――――それではルーピン、我々は失礼させていただこう。モンターナはまだ本調子ではないようだ。」

 

「ああ、わかったよセブルス。――――それじゃあダリア、気を付けて帰ってくれ。」

 

 ルーピンは気づかわし気な表情で、スネイプに腕を引かれてフラフラと歩いていくダリアを見送った。

 

 

 

 

「初授業でボガートを扱うなど悪趣味な―――――これだからグリフィンドールは!大体やつらは―――――」

 

 スネイプはダリアをスリザリン寮へ送って行く間中、ずっとブツブツとルーピンに対する文句を垂れ流していた。「グリフィンドールは」「グリフィンドールめ」など、いつもと同じことを口にしているだけではあるが、明らかに常にない憎しみが感じられる。

 

「―――――聞いているのか、モンターナ!」

 

「はぁ。聞こえています。」

 

 ドラコ(の父上)曰く、スネイプとルーピンはホグワーツ生時代に同級生だったという。スリザリンとグリフィンドールなので、当然仲は良くは無かっただろうことが想像できるが、それだけではないような嫌い方である。

 

 ―――――この人も色々と根が深いというか、生き辛そうな人だなぁ。

 

 時々グリフィンドール憎しのあまり、自分でも感情をコントロールできなくなってしまっている節がある。ダリアはスネイプの愚痴に適当に相槌を打ちながら、普段の様子を思い浮かべた。

 

「―――――――さあ、着いたぞ。今日は夕食を食べるとすぐに寝たまえ。」

 

「はい、ありがとうございます。―――――――あ、そうだ。」

 

 ダリアは寮の入り口でペコリと頭を下げた後、ふと思い出したことがあった。

 

「さっきのボガートで、私以外のスリザリン生に対峙したボガートが、蛇みたいな顔をした男に変身したんです。あれって有名人なんですか?私、ここに入学するまで海外の療養施設に居たので、世間に疎くて。」

 

 ダリアの質問に、スネイプは絶句している様子だった。

 しばらくして、絞り出すように声を出した。

 

「ボガートが、『例のあの人』に変身したというのかね?」

 

「――――ああ!あれが例のあの人なんですか?へぇー、思ったより若いんですね。なんとなくダンブルドアと同じ年くらいのイメージでした。どの本にも肖像画みたいなのは載ってないから知りませんでしたよ。」

 

「――――これだから、ボガートは悪趣味だというのだ――――!!」

 

 ダリアの暢気な発言など気にも留めずに、スネイプは頭を抱えた。

 ボガートはありふれた魔法生物で軽視されがちだが、凄まじい開心術の使い手でもある。「各人の最も恐れているもの」といった限定的なことにしか作用することは無いが、その精度はピカ一である。

 

 スリザリン生は闇の魔術に関連深い家系の子女が多い。親が死喰い人だという生徒も多々いるだろう。実家に「例のあの人」の肖像画などが残っており、あの人の姿を幼い頃から知っているという事例も少なくなかった。

 

 ボガートが「あの人」に変身した生徒は、口では「純血主義」を歌いマグルの排斥を訴えつつも、その実心の底ではかの人の所業を恐れ、忌んでいたのだろう。

 今まで本人が気付かなかった恐怖まで明らかにしてしまうのが、ボガートの悪趣味なところだった。

 

 ――――――もしくはこのボガート騒ぎはもともと、生徒が本当に恐れているものを知ることを目的としたものだったのではないだろうか。

 

「―――――モンターナ、今日見たものは個人のプライバシーに大きく関わる繊細な事情だ。みだりに口外することは避けたまえ。――――さっさと寮に入りなさい。私は校長と話をしてこなければならない。―――――いいな?」

 

「はあい。」

 

 すっかりお腹が減っていたダリアは、寄り道することも無く寮に帰っていった。

 


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