ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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森での邂逅

 ブラックが侵入してからしばらくの間、ホグワーツ中がその話題で持ち切りだった。

 スリザリンも例外ではない。

 かの凶悪犯がどうやって、何の目的でホグワーツに侵入したのかを想像し、議論しあっていた。

 ブラックは例のあの人の腹心と言われている。スリザリンにはまさか手を出さないだろうという安心感からか、どこか非日常を楽しむかのような空気が漂っていた。

 

「――――――だからって、あんたは前みたいに犯人を捕まえよう!だとかするんじゃないわよ。」

 

「わかってるわよぉ―――――」

 

 ダリアは何度も繰り返される問答にうんざりしたような声を上げたが、ダフネ達は「ほんとうかしら?」というように、疑惑の目を緩めてくれなかった。

 去年のクリスマス、ダリアは調子に乗ってスリザリンの怪物に石化させられてしまったという前科があるため、こういうことではあまり信用してもらえていないのだ。

 

「お前の場合、ブラックを捕まえたらディメンターが居なくなる!くらいの理由で飛び出していきそうだからなぁ。」

 

「ノ、ノットまでそんなことを―――――なによみんなして、私がエルンペントだとでも思ってるんじゃないでしょうね?私そこまで猪突猛進じゃないわよ!」

 

『どうだかねぇ。結局封印も解けてないし、やっちゃわない保証はどこにもないよ。』

 

 トゥリリにまでダメ押しをされてコテンパンにされたダリアは、ショックのあまり談話室のソファに沈み込んだ。

 

「あんまりだわ。どうしてここまで言われなきゃいけないの。」

 

「前科があるからだろう。それに、ここだけの話――――――」

 

 ドラコが素早く周りを見て、声を潜めた。

 

「本当にここだけの話――――――シリウス・ブラックは、実は死喰い人ではないらしい。」

 

「ええっ!?」

 

「声が大きい!」

 

 ダリアは思わず大声を上げてしまい叱られた。

 しかし彼が死喰い人でないというなら、何故ブラックはアズカバンに投獄されていたというのか。

 ドラコはじっとりとダリアを睨んで、先ほどよりももっと落とした声で話を続けた。

 

「ブラックは例のあの人のスパイで、ダンブルドア軍団に潜り込んでいたとされているが、父上曰く、真相はそうではないらしい。本当のスパイは、ブラックに殺されたペティグリューだという話だ。」

 

「じゃ、じゃあ。ブラックはペティグリューに嵌められて、アズカバンに入れられたってこと?」

 

「そうなるな。―――――――つまり、実際にはグリフィンドールの連中より、僕たちの方が危険なんだ。」

 

「――――――――おっどろきぃ。」

 

 告げられた衝撃の事実に、ダリアは驚きのあまりふてくされていたことを忘れた。親が死喰い人ではない女子3人も目を丸くしていたが、ふとダフネが首を傾げた。

 

「でも、死喰い人でないのなら、ブラックはどうしてグリフィンドール寮へ侵入したのかしら。まさかポッターが目的ではないのでしょう?」

 

「さあな。ブラックが何を考えているかなんて僕にもわからない。―――――とにかくダリア、間違ってもブラックに関わるんじゃないぞ。学生時代から、スリザリンと見れば見境なく襲ってくる男だったらしい。一人で行動することはできるだけ避けるんだ。」

 

「何その典型的なグリフィンドール馬鹿――――――やっぱりアズカバンにぶち込んどいたほうがいいんじゃないの?」

 

 ダリアは若干引きながらも、ドラコの言葉に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

「要は見つからないように出歩けってことでしょ?人避けの魔法使えばヨユーヨユー。」

 

『ダリアさぁ・・・・・どうしてそう懲りないの・・・・』

 

「バレなきゃイカサマじゃないのと一緒よ。去年のバジリスクと違って相手は人間なんだから、どうにでもなるでしょ!」

 

『それが調子に乗ってるんだって、どうしてわかんないかなぁ!?』

 

 ブラックの危険性について説明されたものの、相手は所詮人間だ。十分対処できるとふんだダリアは、夜の禁じられた森にくり出していた。

 ここ最近ディメンターが森を巡回していたのだが、一週間たってもブラックを見つけることができなかったため、一度ダンブルドアに退去を命じられたらしい。そのためここへ来るのは久しぶりだった。

 尚もぶちぶちと文句を言うトゥリリに、ダリアは楽観的に声を掛けた。

 

「大丈夫だって!ブラックもまさか、禁じられた森には居ないでしょ。森の奥には結界で人間は入れないし、入り口辺りは森番がいつも巡回してるし。」

 

『最近は酒浸りでサボり気味だけどね。』

 

 ハグリッドは初めての授業で失敗してからずっと、ウォッカ漬けの毎日を送っているらしい。

 

「―――――まぁ、校内に入って来ることができるなら、出て行くこともできるだろうし。今ごろはホグズミードとかに潜伏してるんじゃないの?ディメンターがうじゃうじゃ居るホグワーツにはもう居ないって。」

 

 ダリアはそう言うと、首をコキコキ鳴らして体をほぐすと、ぐるりと猫に姿を変えた。真っ黒な毛並みに青い瞳の、トゥリリにそっくりなペルシャ猫だ。

 変身するのはあまり好きではないが、今日はマンティコアの結界の中を調べようと思っていたため、結界にはじかれないよう動物に姿を変える必要があった。

 

『―――――よし、行きましょ。私が暴走したらちゃんと止めてよ、トゥリリ。』

 

『――――――もぉ。わかったよぅ。ほんとに無茶苦茶するんだから。怒られても知らないよ?』

 

 止めても無駄だということは長い付き合いの中でもうすっかり分かっていた。

 

 暗い森の中を、トゥリリと並んでどんどん奥へ進んで行く。やはりこの姿になると思考も動物寄りになるのか、気になるものを見つけては意識がそちらへ向かってしまい、何度も足止めをする羽目になってしまった。

 

『あっダリア、またぼーっとして!ボウトラックルは食べちゃダメだって言ってるでしょ!』

 

『―――――――ハッ!?あ、危なかったわ。野生の本能に支配されかけてたみたい。――――――ん?』

 

 チョロチョロ動くボウトラックルに気を取られ、飛び掛かりかけていたダリアは、トゥリリの静止に正気を取り戻した。

 頭を振って進行方向へ向き直ると、行き先で何か大きな黒い影が蠢いていることに気が付いた。

 

『トゥリリ、あれ。』

 

『うげぇ―――――――犬だ。』

 

 トゥリリが顔を顰めた。トゥリリは昔、カタヤックの魔犬に全身舐めまわされ丸のみにされかけて以来、大の犬嫌いになってしまっていた。ダリアもその影響を受けて、犬(特によく吠えるやつ)があまり得意ではない。

 生徒の誰かのペットというわけではなさそうだ。あまりにやせ細り、薄汚れている。

 まさか禁じられた森に野良犬が居るとは思っても居なかった。

 

 二匹が遠巻きにしていると、黒い犬はどんどん森の奥へ進んで行く。このままではマンティコアが居る結界の中まで入ってしまうかもしれない。

 犬は苦手だが、みすみすと化物に食い殺されてしまうのをスルーするほど、ダリアは非情になれなかった。

 

『――――ねえちょっと!そこの犬!そっちは危ないよ!』

 

『――――――ああん?』

 

 汚らしい黒い犬は、かなりガラが悪かった。ただでさえ恐ろしい見た目の大型犬に睨みつけられたダリアとトゥリリは、縮み上がって一歩後ろに下がった。

 

『だ、だからぁ!そっちは危ないって言ったの!えーと、危ない生き物がいっぱい居るんだよ!』

 

『――――――チッ。なんだ、ただの猫か。』

 

 犬は舌打ちをすると、そのまま振り返りもせず、のしのしと結界の方へ向かって歩いていく。

 ダリアは犬のその態度に、思わずカチンと来てしまった。急ぎ足で犬の後ろをついていく。

 

『た――――ただの猫って何よ!そっちだってただの犬じゃない!しかもすごくばっちい!』

 

『げ、着いてくるなよ――――――こっちは危ないんだろう?首輪付きペットの腰抜け猫ちゃんは、とっとと散歩を終わらせてベッドで寝てな。』

 

 どことなくイライラとした様子の犬に、強い口調で罵られダリアは愕然とした。

 基本的にダリアは育ちがいい。生家はカプローナでも名のある名家だったし、養子に出された先も立派なお城で、皆お行儀の良いしゃべり方をするのが普通だった。

 こちらに来てからも、ミリセントやノットのようにざっくりした口調で話す人はいるものの、スリザリンは基本全員名家出身なので、ここまで強い口調を耳にすることは少なかった。

 

 それはトゥリリも同じだったため、後ろからコソコソとダリアに近づき、耳打ちした。

 

『ダリア、こいつやばいよ。マフィアってやつだよ、犬マフィア。関わってもいい事無いから、ほうっておこうよぉ。』

 

『――――――頭に来たわ。絶対に連れ戻してやるんだから。』

 

『えっ―――――――ああっ!どうして一直線に犬マフィアの方に行くの!』

 

 ダリアは馬鹿にされればそれだけ、反骨心で燃え上がる質だった。

 ダリアは随分と先へ行ってしまった大型犬の後を追いかけ、追いつくや否や、大きな尻尾にがぶりと噛みついた。

 

『いってぇ!こ、こいつ――――――何しやがる!』

 

『うぎぎぎぎ~~~~~』

 

『いてぇって、引っ張るな!―――――くそ、何だっていうんだ!』

 

『あわわわわ、ダ、ダリアぁ~、落ち着いて!冷静になって!』

 

 熊のような大型犬に、片手で抱えられるほどの大きさしかない仔猫が立ち向かうのは、いささか無謀に思えた。しかし思考が動物寄りになり、頭に血が上って理性が吹き飛んだダリアの頭の中は、どうにかしてこの無礼な黒い犬を連れ戻すことで埋め尽くされていた。

 

『いいから、こっちに、来なさいよぉ!』

 

『だから、離せって!尻尾を引っ張るな!』

 

 キャンキャンギャーギャー騒いで居る2匹は、いつの間にか結界の中に入って、奥へ奥へと進んでいることに気が付かなかった。

 最初に気が付いたのは、ヒヤヒヤしながら2匹を見守っていたトゥリリだった。いつか聞いたことのある小さな嘆きの歌が、かすかに耳に届いた。

 

『―――――!!ダリア、ここ、もうマンティコアの結界の中だ!すぐ近くに居るよ、すぐ逃げて!』

 

『えっ―――――――ああ、うそ、そんな。』

 

『―――――――はぁ!?』

 

 

 トゥリリの忠告は、幾分か遅すぎた。

 騒ぎを聞きつけたのか、茂みをかき分け、口元を血で真っ赤に染め上げたマンティコアが、かすかな笑みを浮かべて3匹をのぞき込んでいた。

 

 

『――――――――走れ!!』

 

 一瞬の膠着状態は、大型犬の鋭い一言で終わりを迎えた。

 3匹が3匹とも、死に物狂いで元来た道を引き返す。前回追われた時よりも奥深くまで来ていないので、逃げ切ることは不可能ではないはずだ。

 

 

 

 結果的に、何度か危ない場面もあったが無事にマンティコアが追ってくることができない結界の外まで逃げ切ることができた。

 実際に逃げていたのは、数十秒にも及ばない短い時間だったのかもしれない。しかしダリアは何時間も走った後のように、激しい動悸を感じていた。

 以前のようにモヤシのままだったなら、途中で失速して捕まっていたかもしれない。セドリックとの体力増強計画がまさに生きた瞬間だった。

 

『ああ、セドリック様様だわ。今度何かお礼しよっと。』

 

『―――おい、今のあれは、一体何だ?禁じられた森にはマンティコアは生息していないはずだろう?それとも、ケトルバーンがまた、授業で使う動物を逃がしたのか?ついにマンティコアを授業で使うほどイカレちまったのか?』

 

 隣で同じように息を切らしている大型犬が、切れ切れにダリアを問い詰めた。

 元々やせ細った体をしており、体力もほとんどなかったはずだろう。にもかかわらず、マンティコア相手によく逃げ切ることができたものだ。

 やけに道を把握している風だったので、ここで長く暮らしていて地の利があるのかもしれない。

 

『ケトルバーン先生は退職して、今はハグリッドが飼育学の先生をしているのよ。いくらあの人が危険な生物好きと言っても、流石にマンティコアを授業で使おうとは思っていないんじゃないかしら。―――――あれは少なくとも去年のクリスマスにはここに居たの。それからずっとトゥリリと一緒に調べてるんだ。おじさん、何か変な物とか人とか見てない?』

 

『おじさん――――――』

 

 犬は、「おじさん」という言葉に衝撃を受けたらしい。ショックを隠し切れない様子で尾を震わせた。

 

『そうか―――――もう、俺はおじさんなんだよな。外ではそれだけの時間が経ってるんだよな。』

 

 犬の年齢など見分けがつかないダリアは、適当に言った言葉が相手を深く傷つけたらしいと知り、動揺した。

 

『えぇっと―――――あの、ごめんね?もしかしてまだまだ若かった?別に老けてるって言いたいわけじゃなくって―――――――。』

 

『いや、長い間ずっと一人で居たから、今の今まで自分の年齢を意識することが無かったんだ。確かに俺はおじさんだよ。』

 

 そう言って犬は、先ほどよりも幾分か落ち着いた口調で静かに話し始めた。

 

『一週間くらい前か。深夜に森の奥に向かう怪しい人影を見かけてな。すぐに後をつけたかったんだが、その時は森の中をディメンターがウロウロしていたもんだから―――――――ようやく奴らが今日引き上げたんで、調べようとしてたんだよ。』

 

『怪しい人影!』

 

 やっと手に入れた情報に、ダリアは歓喜の声を上げた。今まで幾度となく禁じられた森を調査していたが、有力な情報を手にしたのはこれが初めてだった。

 ダリアは興奮して飛び跳ねながら、トゥリリを振り返った。

 

『ね、聞いた?トゥリリ。人影だって!犯人かもしれないよ!―――――ってあれ?』

 

『――――犯人かどうかなんてわかんないよ。だって一週間前っていったら、シリウス・ブラックが侵入した日でしょ?ディメンターから逃げたブラックが森の奥に隠れようとしてただけかもしれないじゃん。』

 

『えぇー。―――――――まぁ、そういう可能性も無くはないのかしら。』

 

 しかしトゥリリはこの情報に懐疑的なようだった。犬が怖いのか、木の陰に隠れながらボソボソと呟いていた。

 確かに、あり得そうな話ではある。禁じられた森は、長年森番を務めるハグリッドでさえ未踏の地が存在するほどの、広大かつ入り組んだ原生林だ。ブラックがホグワーツの中に潜んでいるとしたら、隠れることができる場所は禁じられた森くらいだろう。

 

 納得しかけたダリアだったが、犬は静かに首を振って否定した。

 

『ああ、いや。それはないだろう。確実に別人だと断言できる。』

 

『?―――なんで?だってブラックがホグワーツの中にまだ居るなら、森の中しかないでしょ?』

 

『まぁ、それはその通りなんだが―――――ああもう、まだるっこしいな!』

 

 犬は苛立ったように吠えると、伸びをするように体を伸ばし始めた。

 なんとなく体が一回り大きくなったような気がする、と思った途端、あれよあれよという間に犬はどんどん縦に伸びていく。次の瞬間、犬が居た場所には薄汚れてみすぼらしく目つきの悪い、亡霊のような男が立っていた。

 

『ぎゃー!!おばけ!!!』『わー!!こっち来ないで!!』

 

 ダリアは悲鳴を上げてトゥリリが隠れている木陰まですっ飛んでいった。

 ブルブル震えながらも茂みの隙間から薄目で見ると、その痩せ細った骸骨のような顔はどこかで見た覚えがある気がする。

 

 ―――――すっごく最近見た気がするんだけど。―――――あ!!

 

 ダリアは、ホグズミード村で見た手配書を思い出した。昼間の大通りをたった一つの魔法で吹き飛ばし、13人を一度に殺害した殺人鬼―――――シリウス・ブラック。

 あの黒い大きな犬は、今ホグワーツで最もホットな話題である、アズカバンを脱獄した囚人だったのだ。

 犬の正体が人間であると全く気付かなかったダリアは、ショックを受けた。

 

 

 

 見られることを警戒したのか、一瞬で犬の姿へ戻ったブラックに、ショックから回復したダリアは恐る恐る話しかけた。

 

『お、おじさん、――――シリウス・ブラックだったの?この前、ホグワーツに侵入したっていう?』

 

『そうだ。シリウス・ブラックは俺だ。故に、あの人影が私であるはずがない。――――分かってくれたか?』

 

『それは、そうなるだろうけど。』

 

 ブラックはおそらく、マクゴナガル教授と同じ「動物もどき」だったのだろう。集中して犬をよく見てみると、魔法の痕跡と共にうっすらと男の姿を見ることができる。禁じられた森では珍しい、魔法生物ではない普通の犬という時点で、怪しむべきだった。

 

 しかし相手がブラックと判明したからといって、警戒を解くわけにはいかなかった。

 頭を低くして警戒する姿勢を見せるダリア達に、ブラックは幾分か焦った様に声を掛けた。

 

『待て。俺は殺人鬼ではないということをまず知ってもらいたい。12年前、俺は13人を殺した罪でアズカバンに入れられたが、本当の犯人は――――』

 

『それは知ってる。ピーター・ペティグリューが真犯人なんでしょ?ドラコが言ってたよ。』

 

『―――――何!?』

 

 ブラックは目を剥いて吠えた。

 

『何故知っている!?当時、ピーターが秘密の守人だということを知っていた人間は、俺達以外にはいなかったはずだ!それを何故―――――』

 

『ひ、秘密の守人とかは良く分かんないけど、ドラコはお父さんに聞いたって言ってたわ。本当のスパイはペティグリューだって―――。』

 

 ブラックは歯茎をむき出しにして唸っていたが、そこまで聞くと何かに思い至ったかのように下を向いて吐き捨てた。

 

『父親―――――そうか、死喰い人だった連中は知っていたのか!くそ、胸糞悪い!―――――ということは、君たちはスリザリン生の飼い猫なのか?』

 

『うん。まあ、そんな感じだけど。』

 

 ブラックはダリア達がただの飼い猫だと勘違いしてくれているらしい。お茶を濁したダリアの答えに、ブラックは当てが外れたように後ろ足で頭を掻いた。

 ノミがぴょんと跳ねたため、ダリアは思わずもう30センチほど犬から遠ざかった。

 

『そうか。ならグリフィンドールの寮内に入るのは難しいな。君たちに少し協力してほしいことがあったのだが。』

 

『あ!それ、それよ私が知りたいのは!どうしてグリフィンドールの寮に侵入しようとしたの?本当はスパイじゃないのなら、噂通りポッターが目当てってわけじゃないんでしょう?』

 

 ダリアが警戒していたのは、ブラックの目的だった。

 ホグワーツ生達の一部では、ブラックは闇の帝王を倒したポッターを狙っているという噂がまことしやかに囁かれていた。しかし、ブラックの真実を知っている身としては、その噂が当てにならないことが分かってしまう。

 ブラックがグリフィンドール寮を狙う理由など、本当は全くないはずなのだ。目的の見えない相手ほど恐ろしいものはない。

 

 ダリアの問いに、ブラックは激高した。そして帰ってきた答えは、信じられないものだった。

 

『当たり前だ!俺の目的はハリーを殺すことではない。俺が殺したいのは、ピーター・ペティグリュー、ウィーズリー一家のペットとして10年以上過ごしてきた、あのネズミ野郎だ!』

 

 

 

 

 話は夏休みの始め、ウィーズリー一家がガリオンくじで大賞を引き当て、エジプト旅行へ行ったという新聞記事が発行されたころに遡る。

 ダリアがディゴリー家で羨ましいと思いながら読んでいた記事を、ブラックも偶然、アズカバンの牢獄の中で目にしたらしい。

 その新聞に掲載されていたウィーズリー家の集合写真に、ブラックは仇敵の姿を見つけたのだという。

 

『男の子の肩に乗っている、指の一本かけた禿ネズミ――――――奴は俺から逃げる際、自分で自分の指を一本引きちぎって姿をくらませた。それに、俺は学生時代、あいつが変身したところを何度も見ている。―――――見間違えるはずがない、あれはピーターだ。裏切り者のピーターだ!』

 

 ブラックは吠えるようにペティグリューを罵った。

 ダリアも、ペティグリューがスパイと聞いた時から、死んではいないだろうと思ってはいたのだが、まさかそんな風に生き延びているとは想像もしていなかったため驚いていた。

 10年以上もネズミの状態で過ごすだなんて、ダリアには考えられないことだ。もしかすると自分が人間だったことすら忘れているのではないだろうか。

 

 ダリアは自分がもし猫のまま10年以上過ごすことになったらという事を考えてゾっとしたが、頭をブンブン振ってその恐ろしい想像を振り払うと、ブラックに話しかけた。

 

『――――とにかく、おじさんはあのネズミを捕まえようと思ってグリフィンドールに入ろうとしてたんだね。とりあえずおじさんの目的は分かったけど―――――それならやっぱり、私たちはあんまり力になれないと思うな。グリフィンドール寮には入れないし。』

 

『だろうな。ハァ――――――しばらく、クルックシャンクスに頼るしかなさそうだ。』

 

 以前、リドルの日記を確認する際一度潜り込んだことはあったのだが、そのことはしれっと無視をした。面倒ごとにはあまり巻き込まれたくない。

 ブラックは予想していたのか、がっかりしていたがそう落ち込んでは居なかった。一応、他にも協力者が居るらしい。

 

 ダリアは落ち着かない様子で尻尾を揺らすブラックを見ながら、あることを思いついた。

 

『―――――ねぇおじさん。私からもお願いがあるんだけど、いい?』

 

『ああ?――――そりゃあ内容によるぞ。知っての通り俺はお尋ね者だから、目立ったことは出来ないし。』

 

『ううん、簡単なことだよ。森でまた怪しい人影を見たら、私たちに教えて欲しいんだ。その代わり、時々食べ物持ってきてあげるからさぁ。』

 

 食べ物、という言葉に、ブラックは過敏に反応した。

 

『食べ物とくれば、願ったり叶ったりだ。それくらいならお安い御用だよ。見かけたら教えるだけでいいんだろう?―――――言っておくが深追いはしないぞ?今の俺は杖も何も無い状態だからな。マンティコアなぞ相手にできん。』

 

『うん、それでいいよ。―――――それじゃあ、今度食べ物を持ってくるから、その時何かあったら教えてよ。』

 

『ああ、わかった。―――――なるべく早めに頼むよ。ここじゃ食うものなんて、それこそネズミくらいしかないんだ。』

 

 ダリアはブラックと約束を交わして別れると、トゥリリが隠れている木陰へ弾んだ足取りで歩いて行った。

 苦手な犬の存在を近くに感じながら、しばらく放っておかれたトゥリリは、むくれた顔で睨んできた。

 

『やぁっとおしまい?待ちくたびれたんだけど!』

 

『ごめんってば。』

 

 ダリアは軽く謝ると、トゥリリと連れ立ってホグワーツの城への道を戻り始めた。

 帰る道すがら、トゥリリがダリアに聞いた。

 

『それで、どうしてマンティコアを調べるのを、ブラックに頼んだのさ?』

 

『なんだ、聞いてたんだ。―――――それはまぁ、ブラックは隠れてる間中森に居るだろうし。犯人を目撃する可能性も高いでしょ?』

 

 日中はどうしても、授業があって森の中には入れない。

 逆転時計を使って調べることも不可能ではないが、ダリアは既に一日10時間以上も授業を受けている。これ以上時間を遡るのは、流石に勉強に支障が出る可能性があったため、出来るだけ避けたかった。

 

『―――――それに、やっぱりみんなに心配かけるのは良くないと思ったし。』

 

 ブラックの正体を見破れなかったという事実は、ダリアに去年の失敗を嫌でも思い起こさせた。自分が石になった時の友人達のショックを受けた様子や、ディゴリー夫妻の悲嘆が脳裏に蘇ってくる。

 今更ながら、友人たちの忠告を無視して危険な行動をとるのは、彼らに申し訳ない気がしてきたのだ。

 

 ダリアは今度こそ本当に、暫くの間は危険なことを控えようと決意した。

 


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