ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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嵐のクィディッチ

 ホグワーツの生徒達にとっての一大イベントを聞いて、まず挙げられる事といえば、それはクィディッチ杯である。

 スリザリン生達にとってもそれは例外ではない。今年の第一試合は、グリフィンドール対スリザリンだ。いきなりの因縁の対決である。

 

 例年通りならば、今ごろスリザリン寮内はクィディッチムード一色になり、グリフィンドール生に特に理由も無い嫌がらせを仕掛け始める時期なのだが、今年は少し様子が違った。

 

「―――――やはり、ドラコの腕はまだ治らないか。」

 

 スリザリンチームのキャプテンのマーカス・フリントが、ただでさえ厳つい顔を更に顰め、シーカーの腕の状態に言及した。

 今年7年生のフリントは、最後の年に優勝カップを手にして華々しく卒業しようと、去年以上にクィディッチに気合いが入っていた。

 

 対するドラコも神妙な顔で、未だ包帯の取れない自身の腕を撫で、頷いた。

 

「ああ。もうほとんど治っては居るんだが、マダム・ポンフリーからクィディッチの許可はまだ降りていない。少なく見積もっても、あと一週間は安静にしていなければならないとのことだ。」

 

「試合には間に合わない、か。」

 

 ドラコの前のシーカーだったヒッグスは既に卒業しており、更にドラコとシーカーの座を争おうとする生徒も居ないため、現在スリザリンには控えのシーカーが存在しない。

 新たにシーカーを探そうにも、試合までに選手を選抜し、その新人を実践で使えるまでに鍛え上げる時間は既に無い。

 

 一見絶体絶命の状況にも思えたが、フリントはそうは考えていないらしい。彼はドラコの返答を聞き、にやりと厭らしく笑った。スリザリンらしい陰湿な笑顔だ。

 何か策があるらしい。

 

「マダム・ポンフリーのお墨付きか。なら、寮監達への説得の手間も随分省けそうだ。」

 

「何か考えがあるのかい?マーカス。」

 

「まあな。こういうことなんだが、聞いてくれ。――――――――――――。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、スリザリンの試合、延期になったの?」

 

 夕食を食べ終わり一息ついたダリアは、スリザリンの談話室で天文学の宿題を広げていた。

 友人達と星座図を見比べながら、星の動きについてのレポートをまとめていると、妙に上機嫌なクィディッチチームのメンバーが一斉に寮内へ帰ってきて、予定の変更を告げたのだ。

 

 試合当日の天気が悪いという予報もあり、不穏な空気が漂っていた寮内は、たちまち歓喜の渦に包まれた。

 ドラコの怪我という尤もらしい理由を武器に、各チームのキャプテンと寮監達の合意をもぎ取ったマーカス・フリントに、スリザリン生から惜しみない称賛が送られた。

 

 一応自寮の試合なので観戦に行く予定だったダリアも、当然喜んだ。別に好きでも何でもないスポーツを、わざわざ悪天候の中応援したいと思えるような人間はそうそう居ない。

 

「ああ、よかった!ただでさえドラコは腕を怪我してるんだもの、嵐の中の試合でこれ以上悪化しないかってずっと心配だったの。」

 

 パンジーが胸に手を置いて安堵の息をつく。パンジーはドラコが腕を怪我して以来、彼に献身的に尽くしていた。ドラコがちょっとでもうめき声を上げるとすっ飛んでいき、やれ代わりにノートを取ってあげるだの、それ重い荷物は持ってあげるだの、それはもう屋敷しもべ妖精の如き入れ込みようだった。

 ドラコも分かっていて過剰に弱々しく振舞っている節があり、ダリアは秘かに苦々しく思い始めていた。

 

 それはダフネとミリセントも同じで、パンジーの様子に眉を顰めてはいたが、試合の延期は素直に嬉しいらしい。明らかに胸を撫で下ろしていた。

 

「――――まぁ、この悪天候でプレイしたんじゃ、勝ちは薄いものね。賢明な判断だわ。」

 

「そーね。――――――それで、スリザリンの代わりに嵐の中で試合をすることになった可哀そうなチームはどこなの?」

 

 クィディッチの試合はホグワーツの中でもかなりの一大イベントである。去年バジリスクによる被害の多発により試合がキャンセルされたことはあったが、基本的によっぽどのことが無い限り、試合が中止になることは無い。

 当然単なる悪天候では試合自体の延期はあるはずも無く、スリザリンが試合に出ないとなれば、代わりにグリフィンドールと対戦するチームが居るはずだ。

 

 ミリセントの疑問に、ドラコから詳しい話を聞いてきたノットが答えた。

 

「ああ、なんでもハッフルパフらしい。ついさっき、フリントがディゴリーと話をつけてきたそうだ。」

 

「――――――――――はぁ!?」

 

 ダリアは聞き捨てならない言葉に、裏返った声を出して勢いよく立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 ダリアは事の真相を確かめるべく、次の日早朝に起き出すと素早く身支度を整え、大広間に向かった。休日だったため、スリザリン寮ではまだ誰も起き出していない時間である。物音で隣のベッドで寝ていたダフネが一度目を覚ましたが、夢だと勘違いしたらしく二度寝をしていた。

 

 大広間では、予想通りハッフルパフチームが朝練のため早めの朝食を食べ終え、競技場へ向かおうとしているところだった。ダリアは今まさに大広間を出ようとしているセドリックを見つけると、一直線にすっ飛んで行った。

 

 わき目も振らずに駆けてくるダリアに、セドリックが気付いた。珍しく早起きしているダリアに、意外そうに眼を見開いている。

 

「―――ダリア?こんな朝早くに珍しい。どうしたんだ?」

 

「セドリック!試合順の変更を受け入れたってどういうことなの、説明してよ!」

 

「ああ、そういう―――――――。」

 

 ほとんど怒っているような剣幕でまくし立てるダリアを見て、即座に「これは面倒なことだな。」と判断したセドリックは、他のチームメイトに先に競技場へ向かうよう指示を出した。

 

「ダニー、先に行ってウォームアップの指示を出しておいてくれないか?すぐに行くから。」

 

「おう。―――――じゃあチビ、俺らの分までセドに言いたいこと言ってやってくれよな。」

 

「おいダニー。」

 

 ダニーが去り際に苦笑しながら残した言葉に、セドリックが顔を顰めた。

 他のチームメイトも、苦笑いしながら大広間を出て行く。それほど深刻そうな様子ではないが、ハッフルパフチームのメンバーも、少しばかり今回のことに思う所があるらしい。

 

 ハッフルパフチームのカナリア・イエローのユニフォームが見えなくなると、セドリックはようやくダリアに向き直った。

 

「それで、何の話だっけ?」

 

「さっき言ったじゃない!どうして、試合順の変更を、受け入れたのかって話!どうしてそんなことしたのよ!」

 

 ダリアはほとんど睨みつけるように、随分と上にあるセドリックの顔を見上げた。セドリックは形のいい眉を下げ、戸惑ったような表情をしている。

 

「それは、フリントに頼まれたからだけど。」

 

「頼まれたからって、フツーそのままハイハイ頷く!?どうして突っぱねないのよっ!」

 

「いや、だからそれは――――――ダリア、落ち着いてくれ。どうしてそんなに怒ってるんだ?君、クィディッチにそんなに思い入れは無いはずだろ?」

 

 地団太を踏んで悔しがっていたダリアだったが、セドリックの言葉にふと足を止めた。

 

 ――――――どうして私はこんなに怒っているんだろう?

 

 セドリックの言う通り、ダリアはクィディッチ自体には特別な思い入れというものは一切無い。時々付き合いでスリザリンの試合を観戦するくらいで、試合の勝敗にもそれほどこだわっていなかった。

 しばらく頭を捻って自問自答していたが、明確な答えは出ないまま、なんとか絞り出した言葉は曖昧なものだった。

 

「だって。――――――試合まであと一週間も無いじゃない。それまでにコンディションを整えるって、無茶なことなんでしょ?それに、嵐の中を箒で飛ぶのって、危ない、だろうし―――――。」

 

「――――――なんだ、つまり、心配してくれてたんだね。」

 

 ダリアのしどろもどろとした説明でも、セドリックはなんとか言いたいことを理解してくれたらしい。軽く返された言葉に逆にダリアの方がびっくりしてしまった。

 

「心配って―――――――私が?セドリックを?」

 

「そうじゃないのかい?そんな風に聞こえたけど。―――――別に変なことじゃないだろう?嬉しいよ。」

 

 別に変なことではない。それはその通りだ。ダリアだって他人を心配することはある。パンジーがドラコにいいように扱われるのは心配だし、ドラコの怪我だって心配している。

 セドリックを心配しても全くおかしくないはずだ。

 しかしその事を認めるのは、なんとなくためらわれた。

 

 俯いて沈黙したダリアに、セドリックは視線の高さを合わせるように腰をかがめた。

 

「――――僕が試合順の変更を受け入れた理由も、ドラコが心配だったからなんだよ。スリザリンのシーカーは、まだ腕が完治していないんだろう?」

 

「―――――噂では、もうとっくに治ってるくせに、嫌がらせのためだけに腕を吊ってるっていうことになってるらしいけど。」

 

 主にグリフィンドールを中心に、学校全体に流れている誹謗中傷の類だ。パンジーが噂を聞きつけ、怒り心頭で管を巻いていたため、噂に疎いダリアの耳にも入ってきていた。

 実際、ドラコ自身がそう思われるように振舞っている節があるので、中々否定しにくいところもあるのだが。

 

 当然セドリックの耳にも噂は入ってきているはずだが、セドリックはきっぱりと切り捨てた。

 

「噂は噂だろう。マダム・ポンフリーの目を欺いて怪我の状態を偽るのが難しいという事なんて、誰でも知ってるさ。――――――それと、そう捻くれた言い方をするのはやめるんだ。ドラコは友達なんだろう?彼の怪我の真実が分かっているなら、きちんと噂を否定すべきだよ。」

 

「あ、はい――――――いや、そうじゃなくて!」

 

 セドリックのお叱りにダリアは思わず謝ってしまったが、話題が逸れてしまいそうになったため、我に返って話を元に戻した。

 

「確かに、ドラコの腕が治ってないのは本当だよ。でも、だからって、自分を犠牲にしてまで他人を思いやるのって、おかしいでしょ!」

 

「自分を犠牲になんてしていないよ。僕はただ、同じホグワーツ生として助け合いたいだけなんだ。―――――フリントがドラコの怪我を利用してスリザリンチームを有利にしたのは確かだよ。でも、怪我をしたドラコに無理をさせたくなかったのも本当だと思うんだ。僕はフリントの善意を信じたいと思う。」

 

「フリントの善意って―――――。」

 

 ダリアは耳を疑った。談話室で試合順の変更を自慢げに語っていたフリントが、悪意をもってセドリックの人の良さを利用したことは明らかだったからだ。

 レイブンクローのキャプテン、ロジャー・デイビーズはレイブンクローらしい個人主義者であり、自分たちが不利になるような取引には応じないと考えたのだろう。フリントは最初から、ハッフルパフにしか交渉をしていなかった。

 

 あまりに人の良いセドリックに、ダリアははっきりとした不安を抱いた。昨年度の終わり、ダリアがディゴリー家に居座ることを彼が受け入れた時にも感じた不安だ。

 穏やかな人間関係の中で生きてきたセドリックは、基本的に人の善意を信じすぎている。

 

 彼の誠実さは美点だが、周囲の人間が彼と同じように善人とは限らない。今回のように、その性質を利用される可能性は大いにある。

 そして周囲の人間に裏切られ続けた時、この悪意に触れずに生きてきた少年は、どれほど傷付くのだろうか。

 

 ダリアはあり得るかもしれない未来を想像してしまい、胸騒ぎを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッフルパフチームがクィディッチ杯の初戦に出ることが決まり、セドリックは毎日クィディッチの練習に追われるようになってしまったため、ダリアは日々のマラソン地獄から一時的に解放されていた。

 

 宿題や予習を早々に終わらせ、暇を持て余したダリアは、ブラックに食べ物を持っていくという約束をふと思い出した。

 あれから数週間ほど時間が経っている。そろそろ何かめぼしい情報を手に入れているかもしれない。

 

『まぁ、飢え死にしてなきゃいいけどねぇ。』

 

「大丈夫でしょ。ネズミでも何でも食べるらしいし――――――よし、こんなもんかしら。」

 

 ダリアはバスケットの中に、夕食のときにくすねたチキンやらビーフやらの肉類をしこたま詰め込んだ。

 

 前回とは違い、まだ日が昇っている時間帯である。誰かにバスケットを抱えた奇妙な猫2匹を見咎められないよう、ダリアは猫に変身した後、人目を避けながら森の入口へ素早く移動した。

 

 

 森の浅い場所でぐったりと横たわっていた大きな黒い犬は、ダリア達の気配を感じると、鼻をヒクヒクさせて勢いよく立ち上がった。

 

『肉の匂い!―――――――って、お前ら――――本当に食べ物を持ってきてくれたのか?』

 

『約束したでしょ?はい、食べ物だよ。』

 

『おお、チキン!―――――俺はチキンが大好物なんだ!』

 

 ダリアが口に咥えて引きずってきたバスケットを地面に置くと、ブラックは犬の姿のまま鼻先をバスケットの中に突っ込み、チキンを貪り始めた。

 よほど空腹だったのだろう。わき目も振らずにチキンだけに集中して無言で味わっている。

 

 トゥリリは犬の正体が人間だと分かっていてもやはり恐ろしいのか、少し離れた場所で隠れていることにしたらしい。茂みの中から「あのキバが苦手なんだよね・・・」とぼやく声が聞こえていた。

 

 バスケットの中身を食べつくすと、ブラックはようやく満足して頭を上げ、再び地面に寝そべった。久々にしっかりした物を食べたのか、犬の毛並みも先ほどよりも艶やかになった気がする。

 

『ふぅ、食った食った――――――。12年ぶりのまともな食事だったよ。』

 

『まともって―――――アズカバンって、そんなにひどいところなの?固いパンに具の無いスープが出てくるの?』

 

『スープなんか出たことは無いね。一日2回、石みたいに固いパンが出るだけさ。』

 

『うわぁ――――』

 

 ダリアは「何があっても絶対にアズカバンなんかにはいかない。」と決意した。

 ブラックは横たわって久々に物を入れた胃を休めていたが、しばらくすると、申し訳なさそうに切り出した。

 

『あー、それと――――――怪しい人影はここ最近見かけていないぞ。せっかく食べ物を持ってきてもらったのに悪いんだが。』

 

『あれ、そうなの?――――頻繁に様子を見に来てるわけじゃないのね。まぁ別にいいよ、見かけたら教えてねって約束だったわけだし。』

 

『悪いな。』

 

 去年から調べているダリアが一度も怪しい人影を目撃しなかったのだ。ブラックが目撃したのは本当に運が良かったのかもしれない。

 

『そうだ、ホグワーツでは何か変わったことはなかったか?例えばあのクソネズミについて。』

 

『ええ~。だから、グリフィンドールのことなんかわかんないよぉ。他にはそうだなぁ――――ルーピン先生が体調崩したことくらいかなぁ。』

 

 数日ほど前から、闇の魔術に対する防衛術のルーピン教授が、体調不良で休んでいるのだ。元々顔色がいい方ではないが、ここ一週間は突然の病休も納得がいくほどにやつれた様子だった。

 

『――――――ルーピン?リーマス・ルーピンか?そうか、あいつ、ホグワーツに―――――。』

 

 ブラックはルーピンの名を聞いて目を細めた。ブラックは学生時代、ルーピンと友人だったという。

 今では勿論交流などは無いそうだが、懐かしい名前を聞き、過ぎ去りし日々を思い出したらしい。当時の思い出をポツポツと語りだした。

 当然ダリアにとっては知らない人ばかりで全く興味のない内容だったが、ブラックがあまりに懐かし気に語るので、つい最後まで聞いてしまった。

 

 話を聞いているうちに、ダリアはなんとなく、ブラックが年齢に見合わぬ子供っぽい言動を取る理由が分かった気がした。この人の時間は、12年前アズカバンに入れられる前で止まっているのだ。

 以前、ダリアに「おじさん」呼ばわりされてショックを受けたのも、外で12年もの年月が流れていることを意識していなかったからだろう。ある意味望まぬ時間旅行を強いられた人間と言えるかもしれない。

 

 日も沈み、暗くなってくると、ダリアは城に帰るべく空のバスケットを咥えた。

 

『じゃあ、私帰るね。バイバイおじさん。』

 

『ああ、もうそんな時間か。すまないな、誰かと話すのは久しぶりでついしゃべりすぎてしまった。気を付けて帰れよ、荒れそうな天気だ。』

 

 数日前から怪しかった空模様はいよいよ悪くなり、今にも空から大粒の雨が落ちてきそうな気配がした。おそらく、明日のクィディッチの試合は大荒れになるだろう。

 ダリア達が城へ戻るころには、雨粒がポツポツと窓を叩き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ダリア、起きて。今日はクィディッチの試合を観に行くんでしょう?」

 

「――――――うん、起きる・・・・。」

 

 次の日、ダリアはダフネに揺り動かされて目を覚ました。体と頭が重い。

 スリザリンは地下なので外の天気は分からないが、気圧の低さから外は大荒れの天気だろう。

 

 ダリアは痛む頭を押さえながら、トロトロと身支度をした。今日はスリザリンの試合では無いが、セドリックが気になったダリアは珍しく自分から観戦することを決めていた。

 

 オートミールを胃に流し込み、競技場へ向かうため外へ出ると、案の定天気は大荒れだった。

 11月の冷たい雨が、強い風を伴い横殴りに吹き付けている。

 

「なんでこんな天気でクィディッチをするのよ、おかしいでしょ・・・。」

 

「ダリア、何か言った!?いいから観客席まで走るよ―――――!!」

 

 隣のミリセントの声も、吹きすさぶ風の音で聞き取りにくい。傘もほとんど役に立たない中、ダリア達は風で飛ばされそうになりながらもなんとか競技場へたどり着いた。

 競技場へたどり着いたはいいものの、観客席も雨ざらしの状態だ。マントに防水呪文をかけてはいるが、叩きつけるような雨風が服の隙間から入り込み、ほとんど意味を成していなかった。

 

 試合が始まる頃になると、生徒達は全身ビショビショになってしまっていた。

 それでもフィールドへ選手が入場すると、それぞれ競技場に身を乗り出して応援を始める。

 

 ダリアも目を凝らしてセドリックの姿を探す。キャプテン同士が挨拶をする時、片方のカナリア・イエローがセドリックだということはかろうじて分かったが、試合が始まってしまうと、誰がどこに居るのか全く分からなくなってしまった。

 

「あ、あれかしら?―――――違った、あれはチェイサー。あっちが、たぶんビーター―――――ねえ、シーカーは何処!?」

 

 普段から試合の展開について行けていないダリアにとって、この嵐の中で特定の人間を見つけるのは至難の業だった。選手たちにとってもそれは同じようで、どちらのチームのシーカーも中々スニッチを見つけることができないでいた。

 

 試合は当然のように長引いた。あたりはすっかり暗くなり、ますますスニッチを見つけにくくなるのではないかという時になって、グリフィンドールのキャプテン、オリバー・ウッドがタイム・アウトを要求し、束の間の休息が訪れた。

 

 それぞれのチームの選手がスクラムを組んで作戦を練っている間、ダリアはすっかりやる気を失っていた。

 

「もう帰ろうかな。こんな雨だし、何にも見えないし。試合終わらないし。」

 

「もう、ダリアったら!珍しく自分から応援すると思ったらこれなんだから。」

 

「でもまぁ、この天気じゃねぇ。選手もそうだけど、私たちだって何も見えないし。」

 

「しょうがないわねぇ―――――ホラ、これを貸してあげるわ。はい。」

 

 ダフネがバックから、双眼鏡のようなものを取り出した。ダフネが試合中のぞき込んでいるものとよく似ている。

 

「これ、何?」

 

「万眼鏡よ。予備だからこの試合中貸してあげるわ。――――――いい?使い方はこうやって―――――」

 

 しばらくして試合が再開した。ダリアはダフネに聞いた操作方法に従って、万眼鏡を覗いて「自動追尾機能」を選択すると、視界に突然グリフィンドールのキーパーが現れた。

 

「おおっ!」

 

 更にダイヤルを回して選手を切り替えていくと、ようやく目当てのセドリックが視界いっぱいに映し出された。

 まるで至近距離から見ているかのようにはっきりとしている。しかもセドリックが高速で動いても、自動で動きを追ってくれるのだ。

 ダリアは今年一番の感動を味わった。

 

「これすごい!ねぇ、今度のクリスマスこれ欲しい!頂戴!ねぇ!!」

 

「あーはいはい、わかったから今は試合に集中して!」

 

「はーい。――――――あっすごい見た今の!?セドリックがヒュンって!」

 

「わかったから!」

 

 初めて試合の流れを理解できるようになったダリアは、大興奮で万眼鏡に夢中になっていた。

 

 天気はますます荒れ、雨はいつの間にか雷雨に変わっていた。何回目かの稲妻が轟いたあと、セドリックが突然箒の向きを変え、猛スピードで一点を目指して突進し始めた。

 スニッチを見つけたのだ。ダリアは思わず息を呑んだ。

 

 観客もスニッチを見つけたセドリックに気付き、固唾を飲んで試合の行方を見守っている。

 セドリックの様子に気付いたポッターが猛スピードで箒を駆って追いすがるが、距離が空きすぎている。

 

 ――――――大丈夫、追いつけっこない。セドリックの勝ちだわ!

 

 万眼鏡の中でセドリックがスニッチを掴んだ事を確認した瞬間、ダリアは歓声をあげて飛び上がった。

 万眼鏡から顔を離し、競技場全部を目に収めた途端、何故か競技場を黒い影が埋め尽くしているのに気が付いた。

 百人はくだらないだろう。生徒達が生活する範囲内への侵入を厳しく禁じられているはずのディメンター達だ。彼らの姿を認識したダリアは、全身の力が抜けていくのを感じた。

 

 競技場に悲鳴が飛び交っている。教員たちが怒声を上げながら、杖をディメンター達に向けている。

 稲光が辺りを明るく照らし、選手の一人が箒から落ちていくシルエットを見た瞬間、そのままぐるりと視界が暗転し、ダリアはもう何も分からなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日も同じように冷たい雨が降っていた。

 

『ダリア、ダリア!ああ、何てことだ。どうして君が――――――』

 

『クリストファー、どうにか血を止められない?出血が多すぎるわ、このままじゃ――――。』

 

『さっきからやっているさ!だがどうにもうまく魔力が流れない。奴ら銀の銃弾を使ったな―――――マイケル!マイケルは居ないのか!?』

 

 頭上で大人たちが慌ただしく動いているのを聞きながら、ダリアは虚ろな目で降りしきる雨を見つめていた。

 体の中心からどんどん熱が漏れていくのを感じる。手足の先は既に氷のように冷え切っていた。

 

 肺に空いた穴から溢れた血が喉までせり上がり、反射的に咳込もうとするが、そんな力はもう残っていなかった。

 

 視界の端が徐々に黒く滲んでいく。後見人たちが必死で自分の名前を呼ぶ声を聴きながら、ダリアは死んでいった。

 

 

 

 

 

 

 ダリアが目を覚ますと、もはやすっかりおなじみになってしまった医務室の天井が視界に入ってきた。あたりはすっかり暗くなっている。

 

 今年に入って何回目だろう、後でマダム・ポンフリーにお小言を頂戴することを考えると、今から気が重い。

 ダリアは自分の胸に手を置いて、穴が開いていないことを確認してから、シーツの中に再び潜り込んだ。

 

「――――――そうだ。私、ああやって死んだんだったわ。」

 

 口にしてみると恐ろしくなった。今回のダリアは、自分がディメンターによって気絶したことと、気絶している間どの様な幻覚を見たのかということをはっきりと覚えていた。

 

 ダリアは幼い頃、後見人を狙う事件に巻き込まれたことがある。

 犯人に人質に取られたダリアは何もできず泣くことしかできなかった。それでも後見人が銃で撃たれそうになった時、無理やり拘束から抜け出して射線上に飛び出し、胸を撃たれたのだ。

 

 あの後が大変だった。すぐに次の命に入れ替わったはいいものの、初めて死の恐怖を味わったダリアはすっかりそれがトラウマになってしまい、部屋から一歩も出ることができなくなってしまったのだ。

 後見人家族や家庭教師、メイド達が声を掛けても、何も返すことができずにただシーツにくるまって震えていたことを覚えている。いや、たった今思い出した。

 

 ――――――これが封印していた、死の恐怖。

 

 恐ろしい喪失感を思い出し、ダリアは身震いをした。ディメンターにより死の瞬間を強制的に思い出すことで、封印が解けてきているのかもしれない。

 

 封印を解くには、ディメンターでもボガードでも使い、死の瞬間を思い出すことが鍵になってくる。そのためには何度もあの喪失感を味わわなければいけない。

 

 ――――――どうしよう、めちゃくちゃ気が進まないわ。

 

 正直自分の中の「死のイメージ」が強烈過ぎて、思い出す度に気絶して医務室に運び込まれる流れが予想できてしまう。ダリアが理想とする薄幸の美少女のイメージにはあっているかもしれないが、そのたびに周りの人達に心配をかけるのは心苦しかった。

 

 ダリアはまず明日友人たちに対面した時、どのような言い訳をすればいいか考えながら、襲ってくる睡魔に逆らえず、再び眠りの世界へ旅立った。

 


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