ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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ホグズミード

 学期が終わる二週間前になると、ホグワーツは髪の毛まで凍り付くような冷気に包まれた。窓から見える校庭も、うっすらと霜で覆われてすっかり冬の様相を見せている。

 

 城内はどこもかしこもクリスマス・ムードで、いたるところにクリスマスツリーやらヒイラギの葉で作られたリース、触っても溶けることの無い魔法の雪などを見ることができた。

 

 地下にあるスリザリン寮は、一年を通して気温の変化が少ない。そのためこの時期でも比較的快適に過ごすことができたが、それでも寒いものは寒い。ほとんどの寮生は暖炉がある談話室に集まっていた。

 

 ダリア達4人も例にもれず、立派なクリスマスツリーが飾られた談話室で、炎に手をかざしながらぬくぬくと過ごしていた。

 

「もうすぐクリスマス休暇ね。今年は皆家に帰るんでしょう?」

 

 ダフネが主にダリアの方を見ながら確認するように言う。

 去年友人たちの反対を押し切ってホグワーツに残り、その結果石化してしまったダリアは、今年こそは確実にディゴリー家に帰省するよう厳しく監視されていた。

 

「帰るわよ!おじさん達とも絶対に帰るって約束したし、帰ってきてねっていうお手紙も来たし、セドリックにも連れて帰ってこいって言伝があったみたいだし。」

 

「――――――ならいいのだけれど。」

 

 相変わらず疑わし気な視線を向けてくる友人たちに、ダリアは憮然とした。

 

「なんでそんなに疑うのよ!ちょっとひどくない?私が何したっていうの。」

 

「あんたそれマジで言ってる?」

 

「無い胸に手を当てて考えてごらんなさいよ。」

 

 パンジーの心無い言葉にダリアは憤慨した。同じような胸部をしているくせによく言う。

 髪の毛を引っ張りあう大げんかに発展しかけたが、ミリセントの(物理的な)仲裁により、むなしい争いは終わりを告げた。

 

「バカなこと言ってないで、クリスマスの予定について話し合いましょうよ。」

 

「そうそう。それにどっちもそんな変わらないでしょ。」

 

「・・・・・・・。」「・・・・・・・・。」

 

 ダフネとミリセントが、余裕綽々の表情で諫める。

 ダリアとパンジーは忌々し気に二人の豊かな胸部を睨み、憮然とした表情でソファに座り込んだ。この件に関しては自分たちの分が悪いと判断したのだ。

 

 結局クリスマスは一昨年と同じようにマルフォイ邸のクリスマス・パーティーに一緒に参加することになった。マルフォイ邸のパーティーは魔法界の名家が開催するパーティーの中でも一番規模の大きいもので、毎年スリザリン生の多くが出席している。貴族のコネ作りの場としては最適なのだという。

 

 クリスマスの予定が決まり、満足気に欄が埋まったスケジュール帳を眺めていたダリアだったが、パンジーの仕切り直すような咳払いで現実に戻された。

 

「ところでダリア。クリスマス・パーティーよりも前にとっっっても大事なイベントがあるのを忘れてないかしら?」

 

「イベントって。」

 

「デートよデート!!クリスマスデート!!!何をぼんやりしてるのよ、次の週末が決行の日なのよ!?」

 

 これは面倒なことになったぞ。とダリアは思った。完全に肴としてロックオンされている。

 

「そうそう。何週間も先のパーティーの話なんてしてる場合じゃないよ。先にダリアのデートのことよね。」

 

「しっかり準備していかなきゃね。もう着ていく服は決まったの?」

 

「え、別にいつもと同じだけど。」

 

 ダリアの返答を聞いて、3人(主にダフネとパンジー)は一斉に反論した。

 

「何言ってるのよ!デートなのよ、デート!いつもよりちょっとくらいおしゃれしていくべきでしょ!?」

 

「えぇ――――――別に何着てようが、私は常にサイコーにカワイイし――――――ていうかそもそもデートじゃないし。」

 

 自分の容姿(胸部を除く)に絶対の自信を持っていたダリアは、いまいちピンとこない様子で首を竦めた。

 そんなダリアの様子を見て、ダフネが薄ら笑いを浮かべながら「やれやれ」と首を振った。

 

「分かってないわねぇ。男の子って、ギャップに弱いの。いつもよりおしゃれした格好を見て、自分のために努力してくれる健気さにやられるのよ。」

 

「――――――――。」

 

 知ったような口を利くダフネを胡散臭い目つきで見る。

 いつも彼女達が熱心に読んでいる雑誌の先月号に、「クリスマスが勝負!意中のカレを落とす魔女テク10選」なる怪しい恋愛特集記事が組まれていたことを知っているダリアは、全く心を動かされなかった。

 

「いやよ。私わざわざおしゃれなんてしない。気合い入ってるみたいで恥ずかしいもん。」

 

「あのねぇ。どうしてそんなに意地を張るのよ。素直におめかししていけばいいじゃない。」

 

「別に意地なんて張ってないし。そもそもデートじゃないからおめかしする必要なんてないし。」

 

 

 

 

 

 

「――――――――揶揄いすぎたのがいけなかったんじゃないの?」

 

「そうかも。悪い事しちゃったかしら。」

 

「でも、ここまで意地張るなんて思わないじゃない!」

 

 何処までも頑ななダリアを見て、3人は少しだけ揶揄いすぎたことを後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグズミード行きの土曜日の朝、ダリアはいつもより早く目が覚めてしまった。しばらくシーツの中でもぞもぞと寝返りをうったが、どうにも目が冴えてしまい二度寝できそうにない。

 渋々ふかふかの布団から這い出ると、身を切るような寒さに思わず体を震わせた。雪が降っていてもおかしくない寒さである。

 

 ダリアはそっとベッドから降りると、クローゼットの前に立つ。

 寒い時、ダリアは服をベッドの中で温めてから袖を通す習慣があった。別に魔法で温めてもいいのだが、以前温度の調節を間違えてお気に入りの服を燃やしてしまってからはずっとそうしている。しわを伸ばす魔法の方がずっとお手軽だ。

 

「さむ、さむ、さむ―――――――。」

 

『――――うぎゃあ。冷たい!何するのさぁ。』

 

「ごめんって。えっとぉ―――――――――。」

 

 布団の隙間から入った冷気に、トゥリリが悲鳴を上げて奥の方へ潜り込んでいく。謝りながら衣装箱を開け、用意しておいた服を取り出しかけたが、ふとダリアの手が止まった。

 

 ―――――男の子って、ギャップに弱いの。いつもよりおしゃれした格好を見て、自分のために努力してくれる健気さにやられるのよ。

 

「――――――いやまさかそんな、あんな雑誌の記事、私が真に受けるわけないじゃない。まさかまさか――――――」

 

 鼻で笑いつつも、指先がクローゼットの中を彷徨い出す。

 

「そもそも私がギャップを狙う理由もないし。」

 

「――――――ていうか意地とかはってないし。」

 

「―――――――。」

 

「―――――――うーん。クリスマスだから赤の方がいいかしら・・・・。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「―――――――よし。」

 

 大きい独り言を口につつ、結局ダリアはいつもより大人っぽい服を選んで布団の中に放り込んだ。

 

「―――――――気付くのかしら。いや、別にいいんだけど。」

 

 あまりにブツブツ呟くダリアに、途中から目覚めていた隣のダフネは、「結局おめかしするんじゃない・・・・。」と寝たふりをしたまま苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食を食べたダリアは、先にホグズミードへ出かけるダフネ達を見送ってから(特に揶揄われることは無かったが妙に生暖かい視線を向けられた)、待ち合わせの時間になるまで寝室で今日の予定を確認して過ごしていた。細かいところまで計画しておかないと我慢ならない性分だ。

 

「最初に郵便局でおじさん達に手紙を出して、次にロミーリアが行きたいって言ってたスクリベンシャフトで羽ペンを買って、その次くらいで三本の箒かしら。それで――――――」

 

『ダリア、そろそろ待ち合わせの時間なんじゃない?』

 

「―――はっ!ほ、ほんとだ――――――じゃあ、い、行ってきます―――――。」

 

『いってらっしゃーい。おみやげよろしくねぇ。』

 

 トゥリリがあくびをしながら尻尾を振った。今日はペット禁止の飲食店にも入る予定だったので、流石に留守番してもらう。

 

 慌てて談話室に駆け下りると、丁度男子部屋の方から出てきたノットと鉢合わせた。

 3年生以上は全員もうホグズミードへ行っているとばかり思っていたので、ダリアは面食らってしまった。

 

「あれ?ノット残ってたんだ。」

 

「―――――――――なんだモンターナか。グリーングラス達ならとっくの昔に出かけたぞ―――――――ん?」

 

 ノットが言葉の途中で、首を傾げた。そのままダリアの頭のてっぺんから足の先までじっくりと見て、ニヤリと笑う。

 

「―――――なんだよ、今日はいつもと雰囲気が違うんじゃないか?そういうのも中々似合ってるよ。」

 

「お――――――おお~~~~!!!」

 

 ダリアは思わず歓声を上げて拍手した。

 流石は貴族である。女性の扱い方についても英才教育をうけているのだろうか、あまりのスマートさに感動してしまう。

 

「すごいわノット!女の扱いなんて手慣れたものって感じ、さっすがぁ!」

 

「お前さぁ―――――――まぁいいや。ディゴリー辺りとどこかに行くんだろう?早く行けよ。」

 

「別にセドリックだけと行くんじゃないわよ。――――ノットは今日ホグズミードには行かないの?」

 

 基本的に単独行動を好むノットだが、ホグズミードには毎回出かけていたはずだ。比較的一緒に過ごしていることが多いドラコも、既にパンジー達と一緒にホグズミードへ行っている。

 

「ああ、まあ今日は色々あってさ。ホグズミードには行かない。」

 

「ええっ!クリスマスの週末なのに一人で過ごすの?寂しくない?一緒に来る?」

 

「―――――――――――いや、いいよ。大事な用事があるんだ。ほら、行って来いよ。」

 

「そぉ?じゃあ、行ってくるけど。―――――お土産要る?」

 

「別に要らん。早く行けって。」

 

 ノットは一瞬考えるそぶりを見せたが、結局ホグワーツに残るという意思は変わらなかったようだ。気にはなったが、待ち合わせの時刻が迫っていたため、ダリアは急いで談話室を飛び出した。

 

「――――――――――はぁ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 待ち合わせはホグワーツの玄関ホールと決めていた。

 ダリア以外は全員ハッフルパフ生である。おそらく寮から一緒に来たのだろう、既に揃っておしゃべりしながら待っていた。

 

「――――――あら、ダリアが来たわ。」

 

「お、ようやく来たか。おーいチビ、こっちだ!」

 

 ダニーが大きく手を振って呼んでいる。その大きな声に反応して周りがジロジロと見てくるのが嫌で、ダリアは口をへの字に曲げた。

 

「おっきい声でチビって言わないで。私がチビだと思われちゃうじゃない。」

 

「いや、実際どっからどう見てもチビだろ―――――いてっ!こいつ蹴ったぞ!しかも意外と痛い!いて、痛い!――――――セド、こいつどうにかしてくれよ!」

 

「――――――もとはと言えばダニーが揶揄うからじゃないか、まったく。ダリアも、すぐに暴力に訴えるのはいけないことだっていつも言ってるだろ。」

 

 セドリックはため息をつきながら、ダニーの向う脛辺りをがしがし蹴っているダリアの首根っこを掴んで引き離した。ダリアは不満気にむくれた。

 

「私、あんまり悪くないのに。ダニーの方がもっと悪いのに。」

 

「足が出たんだから、それなりに悪いと思うよ。君って臆病な割に、意外と頭より先に手が出ることが多いっていうか――――――――ん?」

 

 説教モードに入りかけたセドリックが、ふと言葉を止めた。目の前でむくれるダリアの印象が、いつもと違う気がした。違和感の正体を探ろうとするが、中々原因が分からない。

 まじまじと見つめられたダリアは、妙な緊張を感じて表情をこわばらせた。

 

 しばらく見つめていたセドリックだったが、ようやくダリアの服装の系統がいつもと少し違うことに気が付いた。いつもはクラシックな落ち着いた印象の服を好んで着ていたはずだが、今日は何やら明るめで浮かれた感じの服を着ている。

 セドリックは眉を顰めた。

 

「だめじゃないかダリア、こんな寒い日にそんな薄着をして、風邪をひいたらどうするんだ。」

 

「――――――――――――。」

 

「コートのボタンも開けっ放しで。首元もこんなに寒そうだし―――――」

 

「―――――――――――――――――――。」

 

 上着のボタンを上から下まで全て留めてやり、首元も頼りなげだったので自分のマフラーをぐるぐる巻きにしてやる。ダリアは見る間にもこもこに着ぶくれした。

 すっかり温かそうになったダリアを見て、セドリックは満足気に頷いた。

 

「よし。これで雪がひどくなっても大丈夫だと思うよ。」

 

「―――――――――――――――――――ふん!!」

 

「いて!」

 

 されるがままだったダリアが、突然セドリックの鳩尾に頭突きをした。そのままズンズンと肩を怒らせて正面玄関へ向かって歩いていく。

 いきなりの攻撃に目を白黒させるセドリックに、ダニーとロミーリアが声を掛けた。

 

「セド、俺でも分かるぞ。――――――今のはお前が悪い。」

 

「え――――――な、なんで?」

 

「うーん、ちょっと子ども扱いしすぎだったんじゃない?せっかく張り切っておしゃれしてきたんだもの、褒めてあげた方が良かったと思うわ。」

 

「え。」

 

 セドリックは目をしばたたかせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくプリプリしていたダリアだったが、ホグズミードへたどり着くとすっかり機嫌は良くなっていた。村はクリスマス・ムード一色で、ヒイラギやキラキラ光るクリスマスツリーやらできらびやかに飾り付けられていた。

 

 ホグズミード郵便局では、200羽ほどの梟が止まり木で羽を休めていた。ひっきりなしに行き交う様は圧巻で、ダリアは群れ成して飛んでいく梟を見て大興奮ではしゃぎまわった。

 

「これだけ数が居たら、やっぱり圧倒されるわね。」

 

「すっごいすごい!ねぇ今の見た?あの白い梟、宙返りして曲芸飛行してたわ!―――――ここって餌やりとかできないの?」

 

「勝手にはできないはずだよ、餌は手紙を運んだ後の報酬だからね。―――――ほら、父さん達に手紙を出すんだろう?こっちの梟だよ。」

 

 どうやら梟は、配達速度によって色分けされているらしい。ダリアがディゴリー夫妻に出すつもりの手紙はそう急ぐ内容では無かったので、普通速度の梟に頼むことにした。

 指を甘噛みして颯爽と飛んでいく梟を見て、ダリアは「梟ってちょっといいかも。」と思ったが、トゥリリが嫉妬しそうなのでペットとしては飼えないだろう。

 

 

 

 文房具屋でロミーリアの羽ペンを揃えた後は、4人で三本の箒に来て食事を取った。

 ここもクリスマスの飾りつけでいっぱいで、そこかしこに小さなクリスマスツリーが飾られていたし、クリスマス・ソングと軽やかなベルの音がひっきりなしに聞こえていた。

 

 食事時だからか、店内にはホグワーツ生の姿がちらちらしていた。奥の方では同学年のウィーズリーとグレンジャーがバタービールを飲んでいるし、入り口の辺りでは、つい先ほど来たらしいホグワーツの教授たちが座っている。

 

「先生達だわ。」

 

「ああ―――――今年最後の週末だからね。先生達にだって息抜きしたいんだよ。」

 

「ん?―――――――――おいおい、魔法大臣も居るじゃないか!ブラックの件で視察に来たのか?」

 

 ダニーが言うように、教授たちのテーブルには身なりのよい魔法使いの姿があった。秘書らしき女性を連れて、教授たちと乾杯して何やら話し合っている様子である。

 日刊預言者新聞で何度か目にした、現職魔法大臣のファッジだ。

 

 ダニーの予想通り、ハロウィーンのブラック襲撃の件で調査に来たのだという。ハグリッドがブラックに対する怒りのあまり、雷のような大声でブラックの罪を怒鳴り散らしたため、店内にいた客全員に内容が筒抜けだった。

 

 ブラックのしでかした(とされる)非道に店内がざわつく中、ダリアは大臣の横に立っている秘書らしき銀髪の女性に見覚えがあるような気がして頭を捻っていた。

 

 ―――――あの女の人、最近どこかで見たんだけどなぁ。

 

 しばらく考えたが、結局思い出すことは出来なかった。

 

 テーブルにつくと、料理のメニューにクリスマスらしいものがいくつかあったので、4人は大きなローストチキンを切り分けて食べることにした。

 

「―――――――――――おい、チビちゃん。ちょっと相談なんだが。」

 

 ダリアがチキンの添え物の皮つきコーンにかぶりついていると、ダニーがコソコソと話しかけてくる。

 

「もぐ―――――――何よ。あとチビって言わないで。」

 

「そいつは失礼。―――――それで相談なんだが、お前がショッピングをしながらきゃいきゃい騒ぎまくってくれたおかげか、セドリックも随分と気分がほぐれてきたらしい。本来の目的はこれで達成することができたと見ていいだろう。」

 

「――――――――うん。」

 

 正直なところ、セドリックはこの前競技場で話した時から割と立ち直っていた様子だった。その上ホグズミードでダリアの無茶苦茶を叱ったり諫めたりするうちに、すっかりいつもの調子を取り戻したらしい。今はローストチキンを食べながら、次のクィディッチの試合についてロミーリアと話し合っている。

 

「そこで、だ。―――――――――裏の目的を開始する時が来た。食事が終わったら、俺はジャネットと一緒に別行動をとろうと思う。」

 

 ダニーは勝負に出るらしい。確かに今のロミーリアは、以前ダニーとの関係で悩んでいた時のように暗い表情をしていない。押すなら今だと思ったのだろう。

 

「いいけど、どうやって二人組に分かれるの?」

 

「うむ、作戦はこうだ。まずお前が、セドリックと二人きりになりたいから俺たちが邪魔だというオーラを出す。」

 

「ちょっとちょっとちょっと!!」

 

 のっけから聞き捨てならない作戦に、ダリアは猛烈に抗議した。何事かとこちらを見るセドリックとロミーリアに曖昧な笑みを投げて誤魔化し、声を潜めて文句を言う。

 

「なにそれ、意味わかんないんだけど!どうして私がそんなことしなきゃいけないの!」

 

「いやだって、ストレートにジャネットを誘っても乗ってこないだろ。お前らに気を遣うって体なら、あいつも乗ってくれると思うんだけど。」

 

「だからって、なんで私がそんなこと―――――――――」

 

 尚も反論するダリアに、ダニーがため息をついた。

 

「仕方ない、これはなるべく使いたくなかった手なんだが。」

 

 ダニーは口を動かさずに、「レイブンクロー爆破。」とごにょごにょ呟いた。ダリアは凍り付いた。

 

「――――――な、な、お、脅そうって言うの・・・・何を証拠に・・・・」

 

「いやぁ、あてずっぽうだったんだけど、マジだったとは逆に驚いた。」

 

「!?!?」

 

 鎌をかけられてしまったらしい。ダリアはまんまと引っかかってしまったようだ。

 

「特に証拠はないけど、これを聞いたらセドリックもちょっとは疑っちゃうだろうな~。それでもって、疑ってしまった自分にショックを受けるんだろうな~~~~~。」

 

「ぐ――――――ハッフルパフのくせに、スリザリンみたいな卑怯な手を――――」

 

「それだけ必死なんだよ、今日決めたいんだ。―――――なあ頼むよ、脅しとかじゃなく、協力してほしいだけなんだ。」

 

「ぐぐ―――――綺麗ごとを――――――これって明確な脅しだわ―――――」

 

 選択の余地は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ダニーがセドリックを誘ってトイレに立った時、ダリアは意を決してロミーリアに話しかけた。

 

「ロミーリア、話があるの・・・・・・・。」

 

「――――な、なに?深刻な話なの?それとも調子が悪いの?」

 

 あまりに思いつめた表情のダリアに、ロミーリアは尻込みした。思わず身構えたロミーリアだったが、ダリアの話を聞いて拍子抜けをしてしまった。

 

「三本の箒を出たら、――――――――別行動にしたいの。その――――――――――――セ、セドリックと、一緒に、まわり、たいから・・・・・・・・・・・・。」

 

「いいわよ。」

 

「え。」

 

 ダリアが耳を真っ赤にしながら、いかにも「羞恥・屈辱の極み」といった表情で絞り出した言葉に、ロミーリアはあっさり返した。

 

「え、いいの。そんなあっさり。」

 

「いいわよ。というか―――――――ダニーにそう言うように頼まれたんでしょ?ごめんなさいね、あの人、結構強引に話を勧めたがるから。」

 

「な、なんだ知ってたの――――――――。」

 

 ダニーの裏計画はすっかりバレていたらしい。ダリアは脱力して座りこんだ。決死の覚悟を返して欲しい。

 

「――――――――ダニーと二人でいいの?」

 

「―――――――ええ、いいの。私も、色々はっきりさせた方がいいと思ってたから。」

 

 ダニーと同じく、ロミーリアも今日色々なことに決着をつけたいと思っていたようだ。青々とした意志の強い目から、決意のほどが伺えた。

 

 ロミーリアがどんな決断をしたのかは聞かなかった。でも、後悔が残らないような選択であってくれればいいとだけ、三本の箒から去って行く二人を見送りながら思った。

 

「―――――ジャネットには、ダリアと同じように秘密があるよね。それはダニーも、何となく気付いているんだ。その秘密が原因で悩んでいるんだろうってことも。」

 

 隣で見送っているセドリックが、ポツリと呟いた。ロミーリアはずっと、自分がジャネットの居た位置にのうのうと居座り、周囲を騙しているということを気に病んでいた。

 ダニーがその悩みの内容を知る由も無いが、それでもロミーリアが何かしら秘密を抱えていることには勘付いていたらしい。

 

「ジャネットが何を隠しているのかは分からないけれど、ダニーはそんなこと関係なしにジャネットを好きになったんだってことを、分かってくれたらいいんだけど。」

 

「―――――――――うん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダニー達と別れたダリアとセドリックは、クィディッチ用品店へ向かった。

 セドリックはクィディッチ選手に選抜された2年生の時から度々この店を利用しているらしく、勝手知ったる様子で店の中に入っていく。

 

 ダイアゴン横丁にあった店の支店のようで、そこまで規模が大きい店ではない。その上メイン通りから外れているせいか、店内は他の店程は込み合っておらず、数人の客がちらほら居るだけだった。

 

「箒はあんまり売ってないのね、ここ。」

 

「ああ。メインの客層はホグワーツの生徒だし、ファイアボルトみたいな高級箒はそれこそダイアゴン横丁みたいな大きい店舗にしか置いてないよ。」

 

「ふーん。」

 

 箒が置いてあるコーナーの説明書きを見てみると、確かに「高級箒はお取り寄せになります。」との但し書きが置いてあった。

 

 ダリアが応援グッズのコーナーで、色々とおかしな機能(何故か魚眼レンズになったり画面が勝手に回転したりする)のついた万眼鏡をのぞき込んで遊んでいるとき、セドリックはグローブが置いてある棚を漁っていた。

 しかし、どうにも思うものが見つからないようだ。

 

「おかしいな。ここには売ってないのか――――――」

 

「お店の人に聞いてみたら?」

 

「うん、そうだね――――――――――あ、すみません、探しているグローブがあるんですけれど。」

 

「ん?―――――おお、ディゴリー君じゃないか!久しぶりだなぁ。」

 

 セドリックはちょうど通りかかった店員に声を掛けた。顔見知りだったらしく、何やら親し気に現況を報告しあっている。

 人見知りのダリアは会話に混ざらなくて済むよう、そっと離れて様子を見ていた。

 

「―――――――それで、何か探していたのかい?」

 

「ええ。グローブが小さくなってきて。前のと同じものを探していたんですが、棚の中には無いみたいなんです。―――――――これなんですけど。」

 

「―――――ああ!これか、お目が高いね。あまり数は出てないけど、信頼できる職人の手作りだから手に馴染みやすいって評判なんだよう。たしか在庫があったはずだから、見てこよう。」

 

「お願いします。」

 

 セドリックが店主に差し出した使い古しのグローブは、何やら見覚えがあるものだった。

 ダリアは暫くそのすり切れたグローブを見て、それが一昨年のクリスマス、セドリックに贈ったものだと気がついた。

 

「え、それ、使ってたの!?」

 

 ダリアはびっくりして素っ頓狂な声を上げた。てっきり捨てられているものだとばかり思っていた。

 

「――――――ああ、今年から使ってるんだ。ずっと仕舞ってはいたんだけど、これの前に使っていたグローブがボロボロになってから引っ張り出して―――――とても使いやすくて助かった。ありがとう。」

 

「――――――ど、どうしてそんな――――――さらっとそんなことを――――――」

 

 ダリアはすっかり動揺してしまった。

 時限式の爆弾が炸裂したような気分だ。気が動転しすぎて言葉が出てこない。

「嬉しい。」だの「今更!?」だの、言いたいことは沢山あったが、上手く表現する言葉が見つからずダリアは口をパクパクさせ、最終的に耳を赤くして黙り込んだ。

 

 

 

 店主が持ってきた新品のグローブを購入すると、二人はディゴリー夫妻へのクリスマスプレゼントを選ぶため、今度は雑貨屋へやってきた。

 

「父さんは帽子好きだから、新しいのを買ってあげたら喜ぶと思うよ。母さんは、そうだな―――――控えめな感じのアクセサリーがいいかも。」

 

「んー・・・・・・・こんなの?」

 

「うん、そんな感じの物が好きだと思う。」

 

 小さな花飾りがついた華奢なネックレスだ。確かにサラは似たようなデザインのアクセサリーを度々身に着けていた。可愛らしいデザインでダリアの好みにも合っている。

 

 雑貨屋にはその他にも、クリスマスプレゼントに丁度いい小物類が沢山売られていた。スリザリンの友人たちが気に入りそうなものもあったため、ダリアはいくつか見繕い、クリスマスプレゼント用の配送の手続きまで済ませてしまった。

 

 

 

 クリスマスの買い物の大部分を終わらせることができたダリアは、ホクホク顔で店を後にした。

 

「これで今日の買い物は全部終わりかな?他にどこか行きたいところはある?」

 

「ううん、無いよ。」

 

「じゃあ、ハニーデュークス辺りで何か軽く甘いものでも食べて帰ろうか。――――――――――あ、そうだ。ダリア、これ。」

 

 セドリックがポケットの中から小さな包みを取り出した。先ほどの雑貨屋の包装紙だ。

 ダリアは手渡されたそれに首を傾げた。重さや音から判断するに、中に何か小さいものが入っているらしい。

 

「なにこれ?」

 

「開けてみて。」

 

 わけのわからないままスペロテープをピリピリと剥がし、中身を掌の上に出してみる。

 中に入っていたのは、小さな可愛らしい花飾りがついたネックレスだった。

 

「―――――――――――――これ、さっきおばさんに選んだ奴。」

 

「うん。色違いだけどね。君、自分でも気に入ったみたいだったから、母さんとお揃いにすればいいんじゃないかと思って。」

 

 確かに、可愛らしいデザインだとは思っていた。

 

 今の状況と似たような展開を、ダリアは元の世界の「キャロル・オニールの夢枕名作集」の中の一つで見たことがあった。ヒロインが秘かに欲しがっていたアクセサリーを、ヒーローが察してこっそり購入してプレゼントするのだ。キャロル・オニールの主なファン層である少女たちが憧れる、理想のヒーロー像だ。

 

 まさか現実にそんな人がいるとは思っても居なかった。ダリアはセドリックのあまりの王子様っぷりに眩暈がしそうになった。今朝の朴念仁ぶりからは想像もできない気の回しようだ。

 

「な―――――――――なんで。どうして、急に。」

 

「――――――去年のクリスマス、僕、君に何も贈らなかっただろう?君からは贈られてきていたのに。」

 

 一年前の今頃、ダリアとセドリックの関係は最悪と言っていいほどだった。ホグワーツを騒がせる石化事件の犯人の容疑者として、ダリアはセドリックに猛烈な疑いを持たれていたからだ。

 だからクリスマスプレゼントが贈られてこないのも当然だとダリアは思っていたのだが、セドリックにとってはそうでもないことらしい。

 

「そのことがずっと引っかかっていて。――――――――――今更とも思うかもしれないけど、これ、去年のクリスマスプレゼントの分だ。貰ってくれるかい?」

 

 ―――――やはりセドリックは人が良すぎる。ダリア自身でさえ忘れかけていた昔のことでそんな風に悩んでいただなんて。

 

「――――――別に、よかったのに。―――――――――――でも、ありがとう。これ、可愛いと思ってたから、嬉しいよ。」

 

「なら、よかった。今度母さんにもお揃いだって言って見せてあげてくれ。きっと大喜びすると思うから。」

 

「――――――うん。」

 

 ダリアはネックレスを包装紙に包み、ポケットの中に大事に仕舞い込んだ。耳の後ろの辺りがふわふわしてとても暑い。

 最後にセドリックは、思い出したように言った。

 

「あ、あと――――――――――――――今日の服、すごく似合ってる。―――――まぁ、ちょっと寒そうなのはいただけないけれど、そういうのもいいと思うよ。」

 

「―――――――――――――。」

 

 

 

 ずるい。ダリアはそう思った。

 たった一言でダリアの気分をこんなに簡単に上げ下げすることができるなんて、セドリックはずるい。そのくせ本人はその事に少しも気付いていない。不公平だ。

 

 ――――セドリックは私に振り回されてると皆言うけれど、私だって同じくらい振り回されている。

 

 去年も一昨年も、思い返せばずっとセドリックを中心に、ダリアは一人で勝手に右往左往していたような気がする。

 

 今まで必死で目を逸らし続けてきたその事実に、ダリアは正面から向き合わざるを得なくなってしまった。流石にもう、気付かないふりはできないのではないだろうか。

 

 

 

 私はセドリックに恋しているのかもしれない。

 

「―――――――――――――褒めるのが遅すぎる。紳士ポイント30点減点。」

 

「なんだい、それ。」

 

 ダリアは八つ当たり気味にぷいっと吐き捨てた。

 

 

 

 


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