ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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自覚

 ダリアは何とかホグズミードから帰ってくると、待ち構えていた友人たちに「ちょっと寝る。」とだけ言って寝室に籠り、死んだようにベッドに突っ伏していた。

 

 暗雲を背負ってピクリともしないダリアに、同室の友人たちは色々と勘繰って、腫物に触るように接した。

 

「ね――――ねぇ、ダリア。今談話室で、ドラコがお家から送られてきたおいしいお菓子を配ってるのよ。食べに行かない?」

 

「――――――――いかない。」

 

「じゃ、じゃあ持ってきてあげるわよ!何か欲しいものある?」

 

「――――――――お腹減ってないからいい。」

 

「うーん、これはかなりの重傷ね。」

 

 いつもならば何を置いても駆けつけるドラコの高級菓子ばらまきにも反応しないとなると、いよいよ事態は深刻だということだ。ホグズミードで何かショックなことがあったとしか考えられない。

 焚きつけた手前下手な慰めができず、重い沈黙が寝室に降りていた。

 

 どう慰めるか各々が頭を悩ませていた時、ダリアがかすかに呻き声を上げた。

 よく見ると枕に顔を埋めたまま泣いている。ダフネは思わずダリアのベッドに駆け寄り、震える背中を抱きしめた。

 

「泣かないで、ダリア!辛いことがあったのなら教えて。私たち、友達でしょう!?」

 

「ううっ――――――ダフネぇ。」

 

 ダリアはしゃくり上げながら顔を上げた。涙で顔がぐしゃぐしゃでひどい事になっている。

 

「どうしよう、私――――――――私、セドリックのことが好きなのかもしれない!」

 

 ダリアがこの世の終わりというように告げた言葉に、3人は固まった。

 

「――――――――え、今更?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――つまり、こういうことなのね。ホグズミードでディゴリーの王子様的言動を目の当たりにしてときめいて、自分の恋心を自覚した、と。」

 

「大体そんな感じ・・・・・・・。」

 

 ダリアはスンスン鼻をすすりながら頷いた。

 スリザリン女子3人はざわめいた。ダフネが咳払いをして恐る恐る尋ねる。

 

「え――――――っと。一応確認するんだけど。ダリア、あなた本当に、今の今まで気付いて無かったの?」

 

「うん。」

 

「うっそぉ――――――――――――あれって照れ隠しじゃなくて、マジだったの?」

 

 ミリセントが呆然と呟くが、パンジーとダフネも同じ気持ちだった。あれだけ分かりやすい態度を取っておいて、まさか今まで本当に自覚が無かったとは。

 

「あんた、あれだけセドリックセドリック言っておいて、鈍いどころの話じゃないわよ・・・・いや、本当の話。どうして今まで気付かなかったの。」

 

「―――――――そんなの気付くわけないじゃない!だって私、恋なんてしたことないもん!」

 

 ダリアはわめいた。元の世界に来る前はキャットに負けないよう魔法の勉強をするのに必死だったし、ホグワーツに来てからも男の子を意識する機会なんて無かった。

 創作の恋愛物や他人の恋愛話にときめくことはあっても、実際に自分にそんな機会が巡ってくるなんて思っても居なかったのだ。

 

 しかし、恋心を自覚した今なら分かる。ダリアはかなり昔から、セドリックのことを意識していた。少なくとも1年生の時、セドリックにクリスマスプレゼントを貰った時点から、割と特別に思っていた気がする。

 思い返せば思い返すだけ蘇る心当たりに、ダリアは頭を抱えて再びベッドに突っ伏した。自分の鈍さを認めたくない。

 

「――――――で、どうしてそんなに落ち込んでるの。これではっきり自覚できたんでしょ?よかったじゃない。別にそんなに悲しむこと無いと思うけれど。」

 

「――――――――――だって、色々考えちゃって。」

 

 ダリアは顔を枕に埋めたままぼやいた。

 以前、ロミーリアは「負い目」のせいでダニーに気持ちを返すことができないと言っていた。あの時はどういうことか良く分からなかったが、今なら少しだけ彼女がどういう気持ちだったのか分かる気がした。

 

 ダリアは口外することができない、大きな「秘密」を抱えている。自分が異世界からやって来たこと、8つの命を持った大魔法使いだということ。特に後者は、誰かに知られてしまえばそれだけで相手を危険に晒してしまうほどの秘密だった。

 

 以前石化してしまった時、やむを得ずキャットが事情をぼやかして説明したが、それだって

「秘密」には一切触れない、その場しのぎのごまかしに過ぎなかった。

 

 きっとセドリックは、ダリアが全てを語ってはいないことに気付いている。それでも彼は秘密を秘密のまま、ダリアがディゴリー家に居座ることを許してくれた。

 この上、ダリアの恋心まで受け入れてもらうことを期待するのは、流石に虫が良すぎるのではないだろうか。

 

 

 

 

 それにダリアは、自分が誰かの「一番」になれるだなんて、欠片も思えなかった。

 

 

 ダリアの「一番」に対する執着の始まりは、カプローナの町で生まれた時にまで遡る。

 一族が寄り集まって暮らすカーサ・モンターナ。ダリアはその呪文作りの名門モンターナ家の次期頭領アントニオとエリザベスの5人目の子どもとして生を受けた。

 上三人は全て姉で、一緒に生まれたパオロは待望の長男。一年後弟のトニーノが生まれると、末っ子の地位も失ってしまったため、幼いダリアが愛情を独占できた期間はそう長いものではなかった。

 両親を同じくする姉弟達以外にも、いとこやはとこなど子どもが山ほど居るモンターナ家では、可愛いだけの女の子などすぐに埋もれてしまう。ダリアは得意な勉強で自分の価値を示すため、必死で努力していた。

 

 めきめき頭角を現したダリアは、モンターナ家でこれでもかというほどちやほやされたが、養子に出された先のクレストマンシー城でその自尊心もポッキリ折られてしまう。

 そんないきさつもあって、ダリアは根っこの部分での自己評価が意外なほど低かった。

 

 ホグワーツで優等生として再びちやほやされ、精神的な余裕を持つことができるようになって来てはいたが、性根に染み付いた根深いコンプレックスは簡単には消えてくれない。

 

 

「やっぱり無理。だって私なんてただ単に、めちゃくちゃ可愛くて頭がいいだけの、生意気で性格悪い自意識過剰な小娘だもん。誰かが好きになってくれるわけないわ・・・・。」

 

 

 

「――――あんたね、自信が有るのか無いのかはっきりしなさいよ。」

 

「そういうところなのよねぇ、ほんと・・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁ~~~~~~~~~~~~~。』

 

『なんだよ人の顔を見るなり。久々に顔見せたと思ったら辛気臭ぇな。――――いや、メシはありがたいんだがな。』

 

『じゃあ文句言わないで食べたらいいじゃない―――――――――はぁ~~~~~。』

 

 城に居ても気が滅入ってしょうがないダリアは、久々にブラックに食事を与えに、禁じられた森を訪れていた。

 本当に久々だったため、ブラックは前回よりさらにやせ細っていた。

 

 チキンを一心不乱に貪る大型犬をぼんやり眺めながら、ダリアは幾度目かになる長いため息を吐く。ブラックはやりにくそうに後ろ足で頭を掻いた。

 

『そんなあからさまにため息つかれたんじゃなぁ。食べにくいったらないぜ。』

 

『―――――別に、おじさんにため息ついてるんじゃないもん。悩みがあるだけだから気にしないでよね。』

 

『猫にも悩みってあるんだなぁ。』

 

『失礼な。』

 

 少し離れたところでトゥリリがムッとして言った。だいぶ大型犬の姿に慣れてきたようで、以前よりもいくらか近い場所で待機できるようになっていた

 ダリアはトゥリリにしどろもどろで弁解しているブラックを見て、ふと思いついた。

 

『ねーねーおじさん。おじさんって恋人居た事ある?』

 

『ぶほっっ!!!』

 

 ブラックは咳込んだ。変な所につかえてしまったらしく、しばらく苦しそうにゲホゴホした後、信じられないようなものを見るようにダリアに向き直った。

 

『は―――――はぁ?なんだって?恋人?それがお前の悩みなのか?』

 

『えっと―――――私の飼い主の悩みっていうか。男の子に恋して悩んでるから、何かアドバイスとかない?』

 

『つまり俺は今、恋愛相談を受けているのか―――――――。』

 

 ブラックは暫く呆然とした後、過去に思いを馳せるように目を閉じた。

 少しの沈黙の末、ブラックは頭を振った。

 

『恋人――――――というか、特定の人は居た事が無いな。これでも昔はそれなりに見れた容姿だったから、相手に困ったことも無かったが・・・・。』

 

『ええー。おじさん彼女とっかえひっかえしてたの?だめじゃん、フケツだー。女の敵!』

 

『ぐっ――――――――まぁ、否定はできない。』

 

 猫に罵られて、ブラックは耳を伏せてシュンとした。ブラックに相談しても、参考になるような話は聞けそうにない。ダリアは瞬時にブラックをダメな大人認定した。

 その胡乱気な視線を察して、ブラックは慌てた。

 

『そ、そんなことよりもだ!―――――見たぞ、禁じられた森に入っていく奴!』

 

『えっ―――――――――ほんとに!?』

 

 ダリアは一瞬鬱屈とした気分を忘れた。本当ならば、およそ2か月ぶりの目撃情報だ。

 

『いついつ?どんな人だった!?』

 

『あー、――――――生徒達がホグズミードに行くのが見えたから、この前の週末のいつかだな。人相は分からなかったが・・・・・。』

 

『週末――――――――――前も週末だったわよね。ハロウィーンの日。』

 

『じゃあ、次もまた週末かもねぇ。』

 

 両日とも週末に目撃されたという収穫はあったが、犯人像については依然として分からないままだ。なんとなくやる気が出ないダリアは、ポリポリと頭を掻くと、だるそうに立ち上がった。

 

『まあ、気長にやればいいかしら。――――――――じゃあおじさん、私たちクリスマス休暇だからしばらく来れないけど、元気でね。』

 

 明日からホグワーツはクリスマス休暇に入る。楽しみにしていたクリスマスだが、ディゴリー家で毎日セドリックと顔を合わせなければいけないと考えると、ダリアはますます気が重くなってきた。

 

『ああ、もうそんな時期か。お前たちの飼い主は実家に帰るんだな。――――――スリザリン生ならほとんどそうだろうが。―――――――メリー・クリスマス。』

 

『メリー・クリスマス。じゃあね。―――――――――はあ。』

 

 結局気は晴れないまま、ダリアはとぼとぼとホグワーツ城に帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツへ戻ってきたダリアは、スリザリンの談話室に這うように滑り込んだ。

 そのまま暖炉前のソファに倒れ込むように腰かけ、ぐったりともたれかかる。いつもなら授業の復習など行うのだが、今は何もする気が起きない。これは由々しき事態だった。

 

 

「だめ―――――――私から勉強をとったらますますいいところが無くなっちゃう――――――――。」

 

 そうは思うのだが、どうしても意欲が湧いてこない。人生で初めての経験に、ダリアはすっかり参ってしまっていた。

 

「―――――なんだよモンターナ、どうしてそんなに疲れてるんだ?」

 

 丁度談話室で読書をしていたノットが、あまりにも憔悴したダリアの様子を見て声を掛けた。

 ダリアは答える気力も無く、ぼんやりとノットに目をやった。

 

「―――――――――――?」

 

 ダリアはノットの顔を見て、何かが記憶の片隅に引っかかるのを感じた。しばらくの熟考の末、靄が晴れるように線がつながった。

 

「――――――――――――――そうだ、ノットのボガードだわ。」

 

「―――――――はぁ?」

 

 三本の箒でファッジと共に居た、秘書らしき女性。どこかで見たことがあると感じてはいたものの、まさかノットの関係者だったとは。

 怪訝な顔をするノットに、ダリアは事の経緯を簡単に語った。

 

「え―――――――――お前、あの人に会ったの?」

 

 ダリアの説明に、ノットがいつになく焦った表情で反応した。その様子が今までに見たことが無いほど差し迫っていたため、ダリアはきょとんと眼を見開いた。

 

「え、いや、遠くから見ただけなんだけど――――――何かまずかった?」

 

「――――――――――会ってないならいいんだ。気にしないでくれ。」

 

 ダリアがあの銀髪の女性と会話していないと知り、ノットは明らかにホッとしていた。彼はあからさまに、あの女性を恐れている。

 いつも落ち着いている彼がここまで誰かを恐れるのは、正直意外だ。ダリアはついノットに尋ねてしまった。

 

「ノット、あの女の人って誰?ものすごく怖いの?知り合い?」

 

 ダリアの好奇心を抑えきれない、という表情をノットは呆れた顔で見たが、すぐにふっと目を逸らした。

 

「いや―――――――――あの人は俺の母親だよ。」

 

「ふーん。」

 

 あんまり似てない親子だな、とダリアは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、これで荷物は全部かな。―――――――さあダリア、早く乗ってくれ。」

 

「―――――――うん。」

 

 帰省する当日、ディゴリー夫妻から確実にダリアを連れ帰るよう指令を受けたセドリックは、コンパートメントに乗る段階からダリアを回収した。

 渋ったダリアだったが、友人たちから「いいから行け」という無言の圧力を受け、ずこずこと連行されていった。

 

「ごめん、父さん達から絶対に一緒のコンパートメントに乗って帰れって言われてるんだ。友達と一緒に居たかったのは分かるけど―――――。」

 

「別に、そういうわけじゃないけど。」

 

 俯いたままのダリアをどう解釈したのか、罰が悪そうに言うセドリックに、ダリアはもごもごと弁解した。意識しすぎてどうしようもなくなってしまう。

 

 挙動不審なダリアに、コンパートメント内になんとなく気まずい空気が流れた。雰囲気を変えようと気を使ったセドリックが口を開いた時、唐突にドアが開け放たれた。

 

「いようセド!!!遊びに来たぜ!!!!!」

 

 顔中に満面の笑みを浮かべたダニーだった。傍らに恥ずかし気なロミーリアも伴っている。

 さり気なくロミーリアの腰に腕を回しているダニーを見て、ダリアは「調子に乗りやがって」と内心で毒を吐いた。ダリアがこんなに悩んでいるにもかかわらず、いい気なもんだ。

 

「お!!!チビも居たのか!!いやぁ、この間はサンキューな!!!お前らのおかげで、無事俺たち付き合うことになったぜ!!!!!」

 

「ちょ、ちょっとダニー、声が大きいわ。」

 

「はは、よかったじゃないか。協力した甲斐があったよ。」

 

「――――――――――(ケッ)」

 

 この世の全てが素晴らしい、と言わんばかりに幸せそうな表情でいちゃつくカップルを直視できず、ダリアは顔を逸らした。

 今のやさぐれたダリアには眩しすぎる光景だ。思わず浄化されそうになってしまう。

 

 ロミーリアは「負い目」を吹っ切れたようだ。ダニーと身を寄せ合って幸せそうに笑っている。そこには先日のような苦悩の影は見えない。

 

 ――――――そういうものだと割り切れたら楽になるんだけどなぁ。

 

 以前ダリアはロミーリアに対して同じことを思ったが、いざ自分が同じ立場に立ってみると、そう簡単なことではないと気付かされた。

 

 ロンドンへの長旅の間、ダリアは幸せいっぱいの惚気を聞き流しながら、自覚させられた自分の恋心を持て余して悶々と考え込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ディゴリー家に帰り、熱烈な歓迎を受けても尚、ダリアの鬱屈とした気分は晴れることが無かった。

 

「ダリアは一体どうしたのかしら。セド、何か心当たりはない?」

 

「うーん、それが全く無くって―――――――少なくとも、ホグズミードに一緒に行った時はいつも通りだったんだけど。その急に会った時にはもう・・・・。」

 

「ふーむ。ディメンターの影響を受けたのかもしれないな。既に何回か倒れているんだろう?疲れがたまっているのかもしれないぞ。」

 

 今までなら小躍りしながら飛びついていたサラの焼きたてクッキーにも鈍い反応しか返さず、もそもそと頬張るダリアに、ディゴリー家の面々は不安げにコソコソと話し合っている。

 全て聞こえていたダリアは小さくため息をついた。紅茶を飲み干し「ごちそうさま・・・・。」とだけ言うとフラフラと自室へ戻る。

 今や与えられた自室のみが、ダリアが心穏やかに過ごすことができる場所だった。

 

 ベッドに倒れ込んだダリアに、様子を見ていたトゥリリがトコトコと歩み寄ってくる。

 

『ダリアさぁ、もう少し何でもないふりできないのかな。それじゃ気にしてくれって言ってるようなものだよぉ。』

 

「――――――分かってる。分かってはいるんだけど、簡単に出来たら苦労はしないっていうか――――――――――そもそもこういう時どうすればいいのかわかんない・・・・。」

 

『キャロル・オニールの夢枕集は?何か見本になるような話は無かったの?』

 

「流石に妄想と現実の区別はつくわよぉ・・・・。」

 

 基本的に教科書人間のダリアは、未知の感情に向き合う術を知らなかった。

 顔を合わせるたびにセドリックのことを意識して挙動不審になってしまう。そもそも自分がどうしたいのか分からなかったダリアは、自分が取るべき行動の指針も見つからず、途方に暮れる毎日を送っていた。

 

 日々憔悴していくダリアを気遣ってか、セドリックがクィディッチごっこに誘ってくれたが、あらゆる意味で逆効果だった。セドリックの気づかいを無下にしてしまった自己嫌悪でダリアはますます縮こまった。

 

 もはや逃げ道はマルフォイ家のクリスマス・パーティーしかない。数か月前まであんなに待ち遠しかったディゴリー家だが、心から楽しむことのできない現状にダリアは泣きたくなった。

 

 

 

 

 


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