待ちに待ったクリスマス・パーティー当日。今年はマルフォイ邸に泊まる予定も無いため、ダリアはダフネと待ち合わせてマルフォイ邸へ向かう手はずになっていた。
「―――――――やっぱりパーティーに行くのはやめた方がいいんじゃないか?ここ1週間でだいぶ痩せた気がするし、今日もこんなに顔色が悪いし・・・・・。言いにくいなら、僕から友達に言うけれど。」
「い、いや!言わなくていい!絶対行くから!楽しみ過ぎて寝れなかっただけだから!」
両親からダリアの引率を頼まれたセドリックが気を使って言うが、一刻も早く友人達に会って泣き言を言いたいダリアは慌てて止める。
ちょうどいいタイミングでダフネがやってくるのが目に入ったため、ダリアは必死で手を振った。
「ダフネ!こっちこっち!こっちだよー!」
「――――――――ちょっと、恥ずかしいから大きい声出さないで―――――――って、どうしたのよダリア。」
眉を顰めて近づいてきたダフネだったが、ダリアの尋常でない憔悴っぷりを見て驚愕の表情を浮かべた。元々の顔色が白いせいか、もはや紙のように血の気が無い。
「大丈夫大丈夫!いいから行きましょ!――――――――じゃ、じゃあ行ってくるね、セドリック。」
「うん―――――――あまり無理はしないように。」
ダリアはぎこちなくセドリックに手を振ると、戸惑うダフネを引っ張ってズンズン先へ走って行った。方向が違っていたらしく、途中で引き返す羽目になった。
「――――――――つまり、恋煩いでそうなってしまったと。そういうこと?」
「うん、そうなの。――――――――――もーどうすればいいのかわかんなくってずっと考えてたら眠れなくなっちゃって、お腹も減らないし緊張するし、もうダメなの・・・・。」
「―――――――いや、何を拗らせたらそんな面倒なことになるのよ。」
グリーングラス邸でダリアに泣きつかれたスリザリン女子3人は、事の経緯を聞いて顔を引き攣らせた。
帰省する前から様子が変ではあったが、まさかここまで重症化してしまうとは思っても居なかった。
「前も言ったけど、あんたは色々悩みすぎなのよ。好きなら好きでいいじゃない。どうしてそう難しく考えるのよ。」
恋煩い罹患者の先輩であるパンジーがあっけらかんと言うが、あいにくダリアは彼女のように割り切ることができる性格ではなかった。
「――――――私はわがままだから、好きな人には自分のことを好きになってもらいたいし、独占したいと思ってる。」
「そんなの別に普通よ。変なことじゃないわ。」
「――――――――でもその状況を実現するのは難しいということも分かっている。」
「そんなの分からないじゃない。これからの努力次第でしょ。」
「―――――――――更に言えば、セドリックみたいな聖人君子を、私みたいな後ろ暗いところがあるインチキ根暗地雷女子が汚してしまってはいけないとも思っている。もう自分がどうしたいのかすら分からない・・・・・。」
「なんで突然そんなに自虐的になるのよ・・・・・。」
「―――――――――まあ、今色々考えても仕方がないわ。結局どうしたいのかはダリアが自分で決めるしかないんだもの。――――――――今はディゴリーのことは忘れて、パーティーの準備を始めましょうよ。」
「そうね、ダリア、今年は聖歌隊に交じって歌う余興を頼まれてるんでしょ?そんなくたびれたままじゃ舞台に立たせられないわよ。」
一昨年のクリスマス・パーティーにて、事故で酔っ払って聖歌隊に飛び入り参加してしまったダリアは、今年は正式に聖歌隊に加わるようルシウス氏に打診されていた。普段なら目立つことは大好きなのだが、今はあまり気が進まない。
しかし、引き受けた仕事を放り投げないだけの責任感は持っている。ダリアは身支度をするべく、重い腰を上げた。
「まあダリア!よく来てくれたわね、待ってたのよ。」
「こんばんは、今日はよろしくお願いします。」
マルフォイ邸へ着くと、ナルシッサ夫人がにこやかに出迎えてくれた。以前本屋で出くわした時にダリアが旧知の間柄だった女性の娘(ということになっている)と知り、それ以来駅のホームなどで出くわした際には気軽に声を掛けてくれるようになっていた。
すぐにドラコもやって来た。主催の家の息子らしく、ぴっしりと正装で着飾っている。一昨年より背も伸びて体格もがっしりしてきたため、大変様になっていた。
プラチナブロンドと薄い青の瞳のドラコは絵本に出てくる王子様そのもので、周りの女性たちはうっとりとしていた。パンジーは言わずもがな、今年初めてマルフォイ邸のクリスマス・パーティーに参加するアステリアも頬を染めて見蕩れている。
「よく来てくれたな。もうすぐパーティーが始まる、ぜひ楽しんで行ってくれ。――――――――ん?ダリア、どうしたんだ。少し痩せたんじゃないか?」
「ドラコ、女性の容姿について、みだりに口にするものではありません。」
「は、はい、母上。申し訳ありません。」
ナルシッサのピシャリとした叱責に、ドラコは背筋をピンと伸ばした。やはりマルフォイ家はナルシッサ夫人の天下らしい。
「―――――でも、顔色が良くないのも本当よ。ダリア、無理をしないでね。」
「だ、大丈夫です。緊張してるだけなので。」
「そう?それなのに申し訳ないのだけれど、今日の余興の打ち合わせがあるの。少し時間を頂けるかしら?」
「はい。わかりました。」
組まれていた聖歌のリストは、幸いにもメジャーなクリスマス・ソングばかりだった。こちらへ来て2年間の間にそれなりに耳にする機会があったため、少しの練習ですぐに本番OKの太鼓判を押してもらうことができた。
「お嬢ちゃん上手ねぇ。どう?ホグワーツを卒業したら私たちの楽団に入らない?」
「え?えへへ。そうですか?考えてみます。」
歌で呪文を唱える国で生まれ、周囲に歌が上手い人がたくさんいる環境で育ったダリアからしてみれば、自分の歌声がそれほど特別な物だとは思っていなかった。そこそこ上手い方だとは思うが、歌に関しては弟のトニーノの方がずっと素晴らしい才能を持っている。
しかし褒められて悪い気はしない。ダリアは照れて「そんなのもいいかも。」と久々に気分が良くなった。
余興でのダリアの出番は、ルシウス氏の紹介があってからの手筈となっている。それまでは普通にパーティーに参加していて構わないらしい。
ダリアは前回と同じ失敗をしないよう、飲み物に関してはアルコールの有無をしっかり確認してから口にするよう気を付けていた。
「ダリア、よかった。パーティーは一緒に回れるのね。」
「そうみたい。ルシウスさんの合図があるまでは、お料理食べてていいんですって。」
ダリアはダフネ達とテーブルを回りながら、好物のラムチョップを探し歩いた。今日は白いドレスを着ているので、ソースをこぼさないようよく気を付けなければならない。
ダリアが四苦八苦しながら赤ワインソースがたっぷりかかったラムチョップと格闘していると、ふとどこからか視線を感じた。
「――――――――?」
「どうしたの?ダリア。」
「――――――ううん、誰かから見られてる気がして。」
辺りを軽く見渡すが、それらしき人影は見つけることができない。
ダリアが首をひねっていると、ルシウス氏が妻と息子を伴って壇上に現れた。杖をマイク代わりにして挨拶をしている。
ということは、そろそろダリアの出番なのかもしれない。ダリアは慌てて手に持っていた食べかけの皿をミリセントに押し付け、ちょっと嫌な顔をされた。
『――――――――今日はちょっとしたサプライズも用意している。私の息子、ドラコの学友で、以前この場で素晴らしい歌声を披露してくれた、モンターナ嬢だ。』
ルシウス氏が目で合図を投げてきたため、ダリアはすまし顔を作ってしずしずと壇上に足を運んだ。始めてダリアを見る人間の目には、儚げな深窓の美少女としか映らないはずだ。
ダリアは優雅に膝を折って一礼すると、音楽に合わせて歌い出した。
ナルシッサには「緊張している」などと言ったものの、ダリアは割と気持ちよく歌っていた。あたりを見渡す余裕もある。
歌いながら会場の様子をうかがっていたダリアは、こちらをじっと見るひとりの女性に気が付いた。黒のドレスを身に纏い、豊かな銀髪を背に流した美女。近くにはドラコと同じように正装したノットが控えている――――――――彼の母親だ。
――――――――――ノットのお母さんが、私を見てた?どうして?
ノットの母親は、授業でノットのボガードが変化した恐ろしい表情とは似ても似つかぬ微笑を浮かべ、静かにダリアを見つめている。穏やかな表情をしてはいるものの、感情を読むことができない類の人だ。
見ていることに気付かれないよう、ダリアはすぐに視線を逸らしたが、彼女はずっとダリアから視線を外さない。ダリアは内心混乱しながらも聖歌を歌い上げ、一礼した。
女性のことが気になりつつも、観客から大きな拍手を貰ってナルシッサ達にも礼を言われたダリアは、満足してダフネ達の所へ戻った。
「よかったわよ、ダリア!やるじゃない!」
「とっても素敵でした!」
アステリアがキラキラした目で見上げてくるので、ダリアは一気に鼻高々になった。
「ふふん、まぁね。まあ私にかかればこんなものチョチョイのチョイよ。」
「相変わらずびっくりするほど歌が上手いわよね。音痴っぽいキャラしてるのに。」
「なんですって、喧嘩なら買うわよ。私のどこが音痴っぽいの!」
ダリアのへっぽこを知っているミリセントが感心して言った言葉に、ダリアは凄まじい反応速度を見せた。「音痴っぽいキャラ」というのは聞き流せない。
「どこからどう見ても深窓の令嬢でしょ!むしろ見た目通り歌が上手そうでしょ!」
「確かに見た目にはマッチした歌声なんだけど、中身とマッチしてないっていうか。」
ダリアがキャンキャン吠えていると、クスクス笑う声が聞こえた。慌てて振り向くと、先ほどの女性が口元を隠して笑っている。
「あ―――――――――ノットの。」
「あら、ごめんなさいね。可愛らしくて思わず。―――――先ほどは素晴らしい歌をありがとう。」
「こ、こちらこそ、ありがとうございます。」
「お見苦しいところをすみません。」
ダリア達はおどおどと頭を下げた。今更ながら、人目のある場所で騒いでしまった恥ずかしさがこみ上げて来てダリアは赤面した。
女性の傍らには、いつにも増して無口な様子のノットと、その父親らしきノットによく似た年嵩の男性が立っている。父親らしき男性が随分と高齢なので、彼女の若々しさが際立っていた。
「初めまして。あなた達のことは、セオドールからいつも話を聞いているわ。息子と仲良くしてくれてありがとう。」
「あ――――――は、はい。どういたしまして?えっと、私は――――――」
「知ってるわ。ダリア・モンターナさんよね。セオドールがよく話してくれるのよ、とっても優秀で可愛らしい女の子が居るって。」
ダリアは耳を疑った。ノットが家で学校の友人の話を母親にするタイプだとは思えなかったし、ダリアのことをそんな風に説明するとも思えなかった。ノットがダリアのことを説明するとしたら、絶対に「頭は良いが抜けててそそっかしい」などと言うに違いないと思っていた。
横目でノットを見るが、彼は表情を全く変えずに突っ立ったままだ。いつもならもっと軽口を叩いてきそうなものだが、今日は不自然なほど大人しく、目も合わせようとしない。
「うふふ、この子、きっと照れてるのよ。まだまだ子どもだから。―――――――それより、あなたにちょっと聞いてみたいことがあって。」
「え?は、はい。なんでしょうか?」
「――――――セドリック・ディゴリーの従妹さんなんですって?」
ダリアは一瞬、言葉に詰まった。
「そ―――――――そうですけど。どうしてですか?」
「エイモスの姪っ子さん?それとも奥様の方?」
表情は穏やかなのに、何故か逆らう気が起きない。ダリアは唾を飲み込むと、慎重に答えた。
「サラおばさんの、姪っ子です。」
次の瞬間、ダリアは叫び声を上げなかった自分を褒めてやりたいと思った。
巧妙に隠されてはいるが、頭の隅にかすかな違和感がある―――――――開心術を掛けられている。ダリアはとっさに頭の中の一部に鍵をかけた。
優秀な閉心術士は相手に心を閉じていることを悟らせないと、以前閉心術についての本で読んだことがある。本当に秘密にしたい記憶にだけ蓋をして、心のどうでもいいところは曝け出すのだ。ダリアはお腹が減ってしょうがない子に見えるよう、一心不乱にラムチョップのことを考え続けた。
ダリアの努力が功を成したのかそうでないのか。顔色一つ変えずにひとしきりダリアの記憶を探ったノットの母親は、とりあえず何かに納得したように一つ頷き、ダリアを開心術から解放した。
ダリアは何も気づいていないふりをして、彼女に尋ねた。
「あの、どうして、セドリック達のことを―――――――」
「あらやだ、ごめんなさいね。エイモスにこんな可愛らしい姪っ子が居ただなんて知らなかったから。私、魔法省で働いているから、彼とは顔見知りなのよ。」
「―――――そうなんですね。おじさんがいつもお世話になってます。」
――――――確かに、三本の箒では、魔法大臣と一緒に行動している様子だった。しかしだからと言って、初対面の少女の記憶を覗く理由にはならないはずだ。
にこやかに会話を続けながらもダリアは注意深くノットの母親の様子を観察した。彼女の目的が全く分からない。ただ単に、息子に悪い虫がつかないか警戒しているというのならばそれはそれでいいのだが、そういう手合いにも見えない。
彼女のにこやかな表情を見ているうちに、ダリアはあることに気付いた。――――――誰かに似ている。
当然ノットではない。むしろ彼とは血のつながりがあるのかどうかも疑わしいほど似たところが無かった。ノット以外の誰か、それもここ最近見たことがある誰かの面影を、かすかに感じる。
人の顔を覚えるのがあまり得意ではないダリアが、どうしてもその誰かを思い出せないで居ると、唐突にノットの母親がハッと驚いた顔をした。
「あらやだ、随分と話し込んでしまったわ。ごめんなさいね。――――――――じゃあ私は挨拶回りに行かなくてはいけないから失礼します。これからもセオドールと仲良くしてもらえると嬉しいわ。」
彼女はにこやかにまくし立てると、年上の夫を伴って颯爽と去って行った。口を挟む隙も無い。
後にはあっけに取られたダリア達と、安堵のため息を漏らすノットが残された。
ダリアはノットの横ににじり寄って、ボソッと呟いた。
「――――――――あんたのママ、めちゃくちゃ怖いんだけど。」
「―――――――――だろ。分かってもらえて嬉しいよ。」
ノットに軽口も交えて「怖い」と言ったダリアだが、目的が分からない彼女のことは、実際差し迫った恐ろしさを感じていた。
許可なく使用すれば罪に問われることもある開心術を使用しているのだ。彼女がダリアに疑いを持っていたのは明らかなはずだが、一体何を疑っていたのだろうか。
夭折したというサラの姉(つまりダリアの母親ということになっている人)の知り合いかとも思ったが、「誰の姪か」と聞く辺り、そういうわけでもなさそうだ。
彼女への警戒を高めると同時に、ノットへの警戒も持たなければいけなくなってしまった。
思い返せば一年生の頃から、ノットはことあるごとにダリアに絡んできた。その頃から彼女が息子を使ってダリアを探っていた可能性も捨てきれない。そうでなくてもあれほどの開心術の使い手ならば、ノット本人が望む望まないにかかわらず、ホグワーツでの行動は筒抜けになってしまうだろう。
疑い始めたらきりがない。ダリアはすっかり疑心暗鬼に追い込まれていた。
更に付け加え、衝撃の出来事がありすっかり頭の片隅に追いやられていたが、クリスマス・パーティーが終わってディゴリー家に帰ると、ダリアは再び慢性的な動悸・眩暈に悩まされることになる。これがダメ押しになった。
ノット、ノットの母親、自覚した恋心、負い目、セドリック、マンティコア。様々な問題が立て続けに降りかかり、積み重なったストレスが限界に達したダリアは、クリスマスの前日、ついに体調を崩してしまった。
「―――――熱がまだ少し高いわねぇ。ダリア、気分はどう?」
「―――――――――――あたまいたい。」
ダリアはがんがん痛む頭を押さえながら、サラに作ってもらった温かいエッグノッグをちびちびとすすった。本来なら甘くておいしいはずなのだが、熱で味覚がおかしいのか、あまり味がしない。
せっかくの楽しいクリスマスをベッドの上で過ごすことになるとは、ついてないにもほどがある。しかも去年に引き続き連続で。踏んだり蹴ったりのダリアは悲しくなってしまった。
サラはてきぱきと汗を拭いたり薬を飲ませたり世話を済ませると、ダリアをしっかりとベッドの中に押し込んで毛布を厳重に巻き付けた。
「これでよし、と――――きっと疲れが出たのね。今日はちゃんと温かくして、ゆっくり休むのよ。」
「はぁい。」
熱で意識がもうろうとしていたダリアは、夢うつつで返事を返した。明かりを消された部屋の中、ダリアは気付けばぐっすりと眠り込んでいた。
その夜、ダリアは奇妙な夢を見た。
重い霧の合間から、石造りの十字架が何本も見え隠れしている。どうやらここはお墓のようだ。ダリアは霧が立ち込める湿っぽい空間を、どこからともなく見ていた。
その場所へ、セドリックと、何故かハリー・ポッターが現れる。何やら話しているようだが、ダリアの方には何も聞こえてこない。
二人の背後に薄汚い小男が近づいている。杖を構えている。二人は気付いていない。
男が杖を向けた先には、セドリックが居た。
ダリアが夢の中で叫ぶのと、その杖の先から緑の閃光が迸ったのは、ほぼ同時だった。
「―――――ダリア、ダリア!落ち着くんだ、しっかりしろ!」
気付けばダリアは、現実世界でも同じように叫んでいた。気付いた時にはエイモスに抱きかかえられながら揺さぶられていた。
全身がぐっしょりと汗で濡れている。ダリアは荒い息をつきながら、ここがディゴリー家の自室だということを認識した。
クリスマスの朝だ。既に部屋の隅にプレゼントが山積みされているが、まだ日が昇る時刻ではなく、窓の外は暗かった。
部屋の中には、家中の人間が集まっていた。ダリアの叫び声を聞いて慌てて飛び起きたのだろう、全員寝巻姿に裸足のままだ。トゥリリが足元で不安そうにぐるぐると回っている。
ダリアはベッドの横にセドリックの姿をみとめると、火が付いたように泣き出した。
「―――――――――――セドリック!!!!!!」
ダリアは転がり落ちるようにベッドから降りると、泣きじゃくりながらセドリックの腰のあたりにしがみ付いた。よかった。温かい、生きている。死んでいない。
「―――――――ダリア?」
「セドリック、セドリック、生きてる、うう、うわーん!」
突然のことにセドリックは困惑したが、ダリアはお構いなしに、彼の腰に回す腕に力を込めた。セドリックは戸惑いながらも、しゃくりあげるダリアの肩を宥めるようにトントン叩いた。
しばらく泣き続けたダリアは一周回ってふと冷静になり、セドリックに抱き着いている現状に気付くと、今度は別の意味で悲鳴を上げた。
「――――――こわいゆめをみました。起こしちゃってごめんなさい・・・・。」
13歳にもなって夜泣きしてしまった羞恥心と、家族全員を夜中に叩き起こしてしまった申し訳なさで、ダリアは耳まで赤く染めてベッドのうえで縮こまっていた。
とりあえず落ち着いたダリアに、ディゴリー家の面々は安堵の息を吐いた。
「いや、とりあえず無事でなによりだ。病気の時は夢見が悪くなるというからなぁ。」
「たくさん汗をかいたのね。そのおかげか、熱もだいぶ下がってきているわ。もう少し休んだら、きっとすっかり良くなるはずよ。――――――スコージファイ!」
サラはダリアの額の汗を拭いてやると、汗でぐっしょり濡れた寝巻を魔法で清潔にした。ダリアが再び首までしっかりと毛布にくるまったのを確認すると、夫妻は心配そうにしながらも自分たちの寝室へ戻って行った。
「じゃあ、僕も自分の部屋に戻るけど―――――――――もう大丈夫?」
「うん。―――――――――――――あ、のさ。セドリック。」
ダリアは自室に戻ろうとするセドリックに声を掛けた。先ほど見た夢の内容が、どうしても引っかかってしまう。
「どうしたんだい?」
「――――――――その、もしなんだけど。もしポッターと一緒に、お墓に行くことになったときには、私も連れて行ってほしいなって・・・・・・・。」
「―――――――――。」
セドリックは「そんな状況にはなるとは思えないけど。」というような顔をしていたが、不安気に様子を伺ってくるダリアを見て、表情を改めた。
セドリックはベッドの端に腰かけると、ダリアに目線を合わせて静かに問いかける。
「――――――――怖い夢を見たと言っていたけれど、どんな内容だったんだい?思い出したくなかったら言わなくてもいいけれど。」
「―――――――――セドリックが男の人に殺される夢。」
ダリアは彼から目を逸らし、ボソッと呟いた。早くも夢の内容はぼんやりとしたものになり始めたが、緑の閃光が迸った時の恐怖は未だに鮮烈に焼き付いていた。
セドリックは少し驚いた様子だったが、すぐにまた言葉を続けた。
「それは、さっきダリアが言ったような場所でってこと?ハリーと一緒に墓地に居る時に。」
「うん。――――――――――ま、まぁ、ただの夢だから。そんなに真剣に考えること無いと思う。忘れていいよ。」
冷静に考えると、セドリックがポッターと一緒にお墓参りに行く状況など、あり得ないだろう。彼らはクィディッチのシーカーという点でしか共通点は無かったはずだ。
ダリアは慌てて前言を撤回したが、セドリックは暫く考えると、「ちょっと待ってて。」といったん自室に引き返していった。再び戻ってきた彼の手には、何故か占い学の教科書があった。
「――――――――――なんで占い学?」
「いや、君は根拠があった方が納得できると思って。―――――――――ほら、ここを読んで。」
そう言ってセドリックは、予知夢のページを指し示した。
「予知夢の成り立ち?」
「うん。この教科書によると予知夢は元々、『起こるかもしれない未来』を脳みそが無意識の内に予測演算した結果なんだって。だから占いの中では、的中する確率が最も高いらしいよ。」
「―――――それ、あの先生が授業で教えたの?」
あの占いの神秘性を何より尊んでいるトレローニー教授が、マグルの科学的視点から占いを解明するようなこの内容を好んで教えるとは思えない。案の定、セドリックは『ふくろう試験』のために自主学習したのだという。
「話を戻すよ。――――――予知夢が的中する確率が高いということは、事前に内容が分かっていれば、その未来を避けられるということでもあるんだ。」
「――――――――――。」
「オーケー。僕はもう、ハリーとは墓参りに行かない。これですべて解決だ。僕は死なない。――――――――――――これでいいかな?」
「そ――――――――――――それは、そうかもしれないけど。」
そういうことではないような気がする。
ダリア自身、自分が見た夢が予知夢だなんて大それたものだとは思ってはいない。実現するとも思っていなかったが、それでも何故か不安がぬぐい切れない。
俯いたままのダリアを見て、セドリックは小さく息を吐いた。立ち上がるとそのまま部屋の片隅に行き、プレゼントの山をガサゴソと探っている。
セドリックは一つの包みを見つけると、それをダリアに差し出した。
「まだ夜は明けていないけれど――――――――はい、メリー・クリスマス。僕からのプレゼントだ。」
「え。」
「せっかくのクリスマスなんだ。楽しい事を考えよう。――――――ほら、開けてみてよ。」
「ええー・・・・もっと明るくなってから開けたい・・・・・。」
「いいから。そんな不安な気持ちのままじゃ眠れないだろう?――――――開けないなら僕が開けるけど。」
「わ、わかった。開けるってば―――――――」
いつになく押しが強いセドリックに根負けして、ダリアは渋々リボンを解いて包み紙をガサゴソと開いた。
「――――――――――――これ。」
マフラーだった。青いチェック柄で、ふわふわしていて温かそうだ。セドリックはにこにこしながら包み紙からマフラーを取り出した。
「うん。前ホグズミードに行った時、寒そうだったから丁度いいと思って。」
「そ、そうなんだ。ありがとう・・・・・・・。」
――――――――いや、どうして私がマフラーを持っていないと思うかなぁ。
あの時はおしゃれのためにわざとマフラーをしていかなかったのだ。ダリアのクローゼットの中にはそれなりにマフラーがあるし、何ならこれと似たデザインのマフラーも既に持っている。
しかし100%善意で選んでくれたセドリックにそんなことは言えなかった。
「欲しかったから嬉しい。今度からこのマフラー使うね。」
「――――――気に入ってもらえたみたいでよかったよ。」
自分が贈ったプレゼントを気に入って貰えたことに安心したように笑うセドリックを見て、この笑顔をずっと見ていることができたらいいのになぁ、と思う。
結局のところ色々難しい事を考えてみても、欲しいものがあったなら、ダリアはそれを我慢することなどできないのだ。ダリアはようやく、自分がどうしたいのかを決めることができた。