セドリックを無理やり丸め込み、やっと一息付くことが出来たダリアは、再びいそいそと呪文作りに取り組み始めた。
おそらく衣食住の問題にはこれで今度こそ片が付いたが、いつ後見人に発見されるか分からない。
認識阻害の呪文は山ほど用意しておかなければ。
『まだそれ作ってるの?さすがにもういいと思うんだけどなぁ。』
「なに言ってるの。相手はあの大魔法使いなんだから、念入りに対策しといて悪いことないわよ。絶対に連れ戻されたくないもの。」
『まぁ、ここまでしちゃって見つかったら、大目玉なんてものじゃすまないもんねぇ。』
「―――――。」
トゥリリの言葉に思わず手が止まる。
かつての大目玉を思い出しかけ、頭をふって追い払った。
あの後見人は、怒らせると本当に怖いのだ。絶対に見つかるわけにはいかない。
『いつかは絶対見つかっちゃうと思うけどなぁ。絶対血眼になって探してるよ。』
「―――――知らない。案外厄介払いできたってせいせいしてるんじゃない。もう必要ないなら、自由にさせてくれたっていいのに。」
『――――――。』
ふてくされたように言うダリアを一瞬見上げ、トゥリリは慰めるように体をこすりつけてきた。
自信過剰に見えるダリアだが、その実以外に卑屈な部分も多いことをこの猫はよく知っていた。
『そこまで薄情じゃないはずだよ、あの人達は。君が意地を張っているだけでね。―――まぁ、言葉足らずなのは否定しないけどさ。きっと探してくれているよ。』
「―――だからぁ、私は見つかりたくないんだってば。」
ぶすぶすとダリアが文句を言っていると、居間からエイモスが大きな声でダリアを呼ぶ声が聞こえた。
「ああダリア!お前にホグワーツから手紙が届いているぞ!」
「て、手紙!?」
ダリアは仰天してエイモスから手紙をひったくるように受け取った。
確かに、宛名は「オッタリー・セント・キャッチポール村 ディゴリー宅 ダリア・モンターナ様」となっている。
「なん、なんで私がここに居るって知ってるの!?この人たち!」
「うん?そりゃあ、そういう魔法がかかっているからさ!ホグワーツでは11歳になる魔法使いのもとに、自動でこの入学許可証が送られるようになっているのさ。」
―――よかった。私の事を調べたわけでは無いらしい。
とりあえず安心したダリアは、興味深く手紙の内容を読み進めた。
「ホグワーツ魔法魔術学校への入学を許可する――――ホグワーツ?」
「イギリスで最も有名な魔法学校だ!セドリックも今度ホグワーツの3年生になる。それにしてもよかったよかった、今度ダイアゴン横丁で必要なものを買いに行かねば――――。」
そうだ、確かセドリックはそのホグワーツが夏季休暇に入ったからディゴリー家に帰ってきたのだ。
魔法魔術学校―――――おそらく、名前の通り魔法の勉強をするための、それも全寮制の学校だろう。
うまくいけば、より見つかりにくくすることが出来るかもしれない。
「セドリック、ホグワーツってどんなところか教えて!!」
「――――――せめて、ノックはしてくれないかい?」
宿題に取り組んでいたらしいセドリックは、迷惑そうに顔を上げた。
ダリアの告発は諦めざるを得ず、当面の危機はないからと無理やり納得させられたセドリックだが、せめて異物であるダリアとなるべく顔を合わさずにすむよう、宿題を言い訳にここ数日ずっと部屋にこもっていた。
ディゴリー夫妻は「3年生にもなると宿題も多くなるのか。」とのんびりしていた。あまりの能天気さにダリアでさえ心配になるほどだった。
そんなセドリックのささやかな抵抗などお構いなしに、ダリアはずんずんとセドリックの部屋に押し入ると、遠慮なしにベッドの上を陣取った。
驚くほどのデリカシーの無さだ。
セドリックは無視しようと宿題に再度手を付け始めたが、キャンキャン五月蠅く話をせがむダリアに根負けしたのか、大きなため息をついて渋々ダリアに向き合った。
基本的にセドリックはお人よしだ。
「―――――――で、ホグワーツがなんだって?言っておくけど、ホグワーツには許可なしにはどんな魔法使いも入ることが出来ないよ。強力な魔法がかかってるからね。」
「やったぁ!!」
予想通りの答えが返ってきてダリアは歓喜の声を上げた。
ホグワーツの魔法とダリアの認識阻害の呪文を組み合わせることで、より彼女を見つけることは難しくなるだろう。
「ふふん―――残念でした!許可ならついさっき貰ったの。ほら見てよ。オッタリー・セント・キャッチポール村 ディゴリー宅 ダリア・モンターナ様 ホグワーツ魔法魔術学校への入学を許可する―――――これがあれば私もホグワーツに行けるんでしょ?」
ダリアがホグワーツからの手紙を顔面に押し付けられたセドリックは、顔を離してまじまじと手紙を見つめた。
見る限り、2年前セドリックが受け取ったものと同じ本物の手紙だ。
「―――――――君、11歳だったの?」
「なによ、私が赤ちゃんに見えるわけ?確かに背は低いけれど、これからどんどん伸びるはずなのよ。だってパパもママも背は高かったはずだし―――――――」
キャンキャン吠え続けるダリアを複雑な気持ちで見つめる。
正直彼女の年齢など考えたこともなかった。セドリックにとってダリアは得体のしれない怪物であって、自分たちと同じように年を取って成長するということを想像することが出来ない生き物だった。
――――確かにそういわれてみれば、見た目は1年生といってもおかしくない幼い少女だ。
怪物が突然人間に変身したような奇妙な感覚を覚えながら、セドリックはホグワーツについてぽつぽつと語りだした。
根掘り葉掘り聞いてくるダリアから解放されたのはそれから3時間後で、疲れ果てたセドリックはそのままベッドへ沈むことになったのだった。