クィディッチ杯の優勝戦の日がついにやって来た。
本日の対戦相手は宿敵グリフィンドール。ともに一勝一敗の成績ではあるが、初戦でハッフルパフに大敗を喫したグリフィンドールに比べ、同じくハッフルパフに負けたものの点差は僅か、その上レイブンクローに快勝したスリザリンは得点的にかなり有利な立場だった。
しかしだからと言って油断はできない。ここ2年間のスリザリンの対グリフィンドール戦の成績は0勝2敗である。
ギリギリのラフプレーで相手を逆上させるスタイルがスリザリンの持ち味であるはずなのだが、天敵グリフィンドールが相手となれば自分自身が冷静さを失ってしまうらしい。去年グリフィンドールにこてんぱんにされてしまったドラコは、朝からずっと青い顔で談話室をウロついていた。
寮全体に妙な緊張感が広がる中、ダリアはこの上なく機嫌がよかった。今日はセドリックと一緒にクィディッチの観戦をする約束を取り付けてあったからだ。
いつもより早く起きてソワソワするダリアを、ダフネ達が菩薩のような顔で見ている。余計な事を言って話をこじらせると、さらに面倒なことになると既に悟っていたからだ。
セドリックとの待ち合わせの時間が近づくと、ダリアは意気揚々と待ち合わせ場所へ向かった。
通りすがりに緊張で青白い顔を更に青白くさせていたドラコを励ましたが、ドラコは硬い表情のまま生返事を返すのみで、効果があったとは思えない。
どうやら相当のプレッシャーを感じているらしい。ダリアは少し心配になった。
待ち合わせ場所である正面玄関では、セドリックが既に待っていた。
―――――――――ほんとに居る、約束覚えてたんだわ!
ダリアはすっかり嬉しくなって、全速力でセドリックが居る場所まで駆け抜けた。途中でスネイプ先生に「またお前かモンターナ!廊下を走るな、スリザリン5点減点!!!」と叫ばれた気がしたが、きっと気のせいだろう。
ダリアはセドリックの腰のあたりに、ほとんどタックルするような勢いで突進すると、満面の笑みでセドリックの顔を見上げた。
「よかったセドリック、逃げずにちゃんと来たのね!!」
セドリックは最初面食らっていたが、ダリアの言葉を聞くと苦笑した。
「逃げるってそんな、約束したんだから―――――――――というかダリア、廊下を走ったらだめだよ、人にぶつかると危ないだろう?」
「今度から気を付ける!」
満面の笑みのまま謝罪するダリアを、セドリックは「本当に分かってるのか」と疑わし気に見ている。
嬉しいばかりのダリアだったが、セドリックの後ろで大爆笑する影に気付いて、笑顔をひっこめた。
「なんだ、あなた達居たのね。全然気付かなかったわ。」
ダニーとロミーリアだ。体を折り曲げて大笑いするダニーを、ロミーリアが困った顔で宥めている。ダニーはひとしきり笑うと、涙を拭いながら顔を上げた。
「いやぁ――――――――笑わせてもらったぜ。お前やっぱりわかりやすくて面白いなぁ。」
「ごめんね、邪魔する気はないのよ。ただ待ってる間セドリックが暇だろうからと思って。」
大爆笑するダニーとは対照的に、ロミーリアが苦笑しながらこっそりと耳打ちしてくれた。
ダリアはダニーの笑いっぷりが癪に障ったため、どうにかして笑えなくなるほどの痛みを与えてやろうと彼の脛をめがけて足をじたばたさせたが、運動神経の差故か全て避けられてしまった。
「こらダリア、またそうやってすぐ足が出る!一旦落ち着けって前にも言っただろう?」
「私もダニーに揶揄うのはやめてって何回も言ってるもん!」
「いやあ、悪い悪い。だってお前、揶揄うと面白れーんだもん。だからつい。」
「ダニー、ダリアがかわいそうだからほどほどにしてあげて。」
ダリアは恨みがましい目でダニーを見ていたが、ふとどこからか嫌な視線を感じ取って辺りを見渡した。なんとなく、悪意を感じるじっとりとした視線だ。
しばらく周囲をキョロキョロした結果、ダリアは視線を向けてきた集団を発見した。レイブンクローの女学生の集団だ。
その中に件のチョウ・チャンを発見したダリアは、瞬時に一計を案じた。大げさなほど驚いてセドリックの陰に身を隠すと、期待通りセドリックが疑問に思い声を掛けてくる。
「どうしたんだい?ダリア。」
「―――――なんか、睨んでくる人達が居るの。誰?あれ。」
「え?―――――――――あれは。」
セドリックはダリアが示す方向を見て、かすかに目を見開いた。彼女たちはセドリックが見ていることに気が付くと、慌てて目を逸らして去って行った。
ダリアは内心ガッツポーズをした。実際こちらを睨んでいたのはチャンではなくその取り巻き(リドルの調査によると、マリエッタ・エッジコムとか何とかいう奴ら)だったのだが、これで彼女らに対してまとめてよくない印象を植え付けることができたはずだ。
自分のとっさの機転の素晴らしさが恐ろしい。
そう思っていた矢先、意外なところから援護射撃があった。
「ああ、あいつらか。―――――――気にすんなよ、あいつら、セドリックに近づく女にはいっつもああなんだ。前はよくジャネットもやられてた。」
ダニーは恋人が嫌がらせを受けていたのが気に入らないからか、いつになく厳しい口調で彼女たちを批判した。ロミーリアもその時の事を思い出したのか、不愉快そうに顔を顰めている。
初めてその事実を知ったセドリックは、少なからず動揺した。
「そんな、ジャネットはただの友達で――――――――」
「そんなの関係ねぇんだ、あいつらには。お前、いい加減自分の人気を自覚しろって。」
マリエッタ・エッジコムはチョウの親友で、いささか気の強い女生徒だ。
寮内でのいじめが蔓延するレイブンクローでは、外に共通の敵を作った方が色々と都合がいいのだろう。エッジコムが「チャンの応援をする」という名目で、仲間を引き連れてセドリックの周りにいる女生徒に圧を掛けているらしいという事は、リドルの調査で既に確認している。
チョウ・チャンの目を他に向ける作戦は、中々実行に移すことができていない。そうなると早い内に出来るだけ彼女を遠ざけておきたいダリアだったが、リドルの調査の結果からは、チャン自体は至って普通のよくいる女生徒だという事しかわからなかった。
このライバルを蹴落とすためにはエッジコムを突くしかないとは思っていたため、都合よく彼女の悪事が露見したのは非常に運が良かったと言えるだろう。
ダリアは内心「いいぞもっと言ってやれ!」と思っていたのだが、セドリックが思いの外ショックを受けていたので、そちらの方が心配になってしまった。
「別に、セドリックが悪いわけじゃないんだから、気にしなくっていいんじゃないの?」
「でも――――――――」
セドリックには、自分が原因で周囲の人間が傷付けられていたという事実がかなり衝撃的だったらしい。しばらく悩んでいたが、やがて思いつめたようにダリアに告げた。
「ダリア、もし彼女たちに何かされたら、僕に言ってくれ。―――――――彼女たちに直接、話をつけに行くから。」
「え、いいよ別に。あれくらい私一人でどうとでもできるし。」
「お前、そこは嘘でも弱弱しいフリしとけよ・・・・。」
後ろでダニーが呆れたようにボソッと言った。
思わぬ出来事でセドリックが落ち込みかけたが、ダニーとロミーリアの慰め(ダリアは戦力外だった)でなんとか持ち直した。
二人と別れると、ダリアはセドリックを引っ張ってスリザリンの観戦席へ急いだ。早くしないといい席が無くなってしまう。
観客席まで近づくと、ダリアはふとあることを思い出した。
「あ、そうだ。セドリック、ちょっとこっち来て。」
「え?うん。―――――――――――――うわ!」
ダリアはセドリックをしゃがませると、顔が隠れるほどフードを深く被せ、ローブの留め具を一番上まで引き上げてネクタイが見えないようにした。最後にセドリックの手首に細い紐をくくりつけると、満足そうに鼻を鳴らす。
セドリックはダリアの突然の行動に目を白黒させていたが、ダリアが手首に紐を括り付けているのに気付くと、不思議そうにそれをまじまじと見つめた。
「なんだい?それ。」
「付けてる間は姿が目につきにくくなる呪文。―――――変装だよ変装。セドリックもスリザリンの人たちにジロジロみられるのはイヤでしょ?」
「ああ、うん、なるほど。」
スリザリンは排他的な集団だ。対戦相手ではないとはいえ、他寮生がスリザリンの観客席に居るのに気付くと、いい顔をしないはずである。
「これで、セドリックが居ても誰も気づかないはずだよ。だから安心して観戦してね。」
「――――――――うん、ありがとう。」
セドリックは横を通り過ぎていくスリザリン生がチラリともこちらを見ないのに気付き、感心して手首の呪文をつついた。
余計な茶々が入るのを嫌ったダリアは自分にも同じ紐を括り付け、お揃いにしてこっそり悦に浸った。
基本的に観戦席の構造は何処の寮でも変わらない。セドリックはスリザリン・カラーに染まった生徒達や横断幕を物珍しそうに見ていたが、迷いない歩調で歩いていた。
「あ、ここにしましょうよ。一番前だからよく見えるよ!」
「―――――ええ、いいのかな、そんないい場所。僕スリザリン生じゃないのに。」
「いいでしょ。ここはスリザリン・チームを応援する場所なんだから、別に関係ないんじゃない?」
ダリアは戸惑うセドリックを椅子に押し込むと、いそいそとローブのポケットからダフネに貰った万眼鏡を取り出し、観戦の準備を始めた。
実際、寮ごとに観戦席を設けられてはいるが、生徒がどこで観戦するかは自由だった。アウェーで観戦するメリットが特にないだけである。
観戦席はすぐにスリザリン生達で埋まってしまった。なんと最前列の中央には、いつもの黒衣を脱ぎ捨てスリザリン・カラーを身に着けたスネイプ先生が、気合十分といった様子でスタンバイしている。
対グリフィンドール戦だからだろうか、やはり今日は全員いつもの数倍気合が入っており、目に殺気を漲らせたスリザリン生達を前にしてセドリックは若干引いていた。
「なんて言うか――――やっぱりすごいね。いつも試合の時はこんな感じ?」
「相手がグリフィンドールの時は特別だよ。試合が始まったらもっとすごいことになるから。―――――――あ、選手が入ってきたわ!」
競技場が俄かに沸き立った。ダリアも急いで万眼鏡を覗き込み、ドラコに照準を合わせた。やはり先ほどと変わらず青白い顔をしている。
「ドラコ、大丈夫かしら。すごく緊張してるみたい。」
「―――――――そうだね、クィディッチはシーカーが勝敗を決めると言ってもいいスポーツだから、プレッシャーはかなりのものだと思うよ。こういう優勝決定戦なんかは特にね。」
セドリックが経験を伴ってドラコの今の心理状態を推測した。図太く見えて以外なほど繊細なドラコである。感じるプレッシャーはセドリックよりよほど大きいはずだ。
試合が始まっても、ドラコの緊張は解けない様子だった。スニッチを捕りさえすれば、スリザリンの優勝は決まる。その状況下に置かれ、ドラコの飛び方はいつもよりぎこちなく見えた。
必死でスニッチを探すドラコ同様、その他のチーム・メンバーもいつもより力が入りすぎているのか、細かいミスが目立っていた。相手にペナルティ・ゴールを許し、あっという間に70点のリードを取られてしまった。
鬼の首を取ったかのように、解説者がグリフィンドールを称え、スリザリンをけなしている。すぐにマクゴナガル教授に諫められていたが、あの解説者はグリフィンドール贔屓の常習犯なので、すぐにまた繰り返すはずだ。
狂喜乱舞するグリフィンドールの応援席に対し、スリザリンの応援席は怒りと不安とで混沌としていた。スネイプ教授など、本当にポッターを呪い殺しかねないような形相で睨んでいる。
ダリアも公然と贔屓をする解説者に怒り心頭で、コブシを振りまわして抗議した。
「あの解説者本当頭に来る!ファイアボルトファイアボルトって、箒がそんなに偉いワケ!?去年はあんなにスリザリンのニンバス2001に文句言ってたくせに!」
「ダリア、落ち着いてくれ!確かにリーの解説は贔屓がひどいけど、今に始まったことじゃないだろう?」
「それにしてもよ!去年あれだけ金に物を言わせたー、とか罵っておいて、いざ自分たちのチームに高級箒が来たらあれって、結局相手チームがいい箒を使ってたのが気に入らなかっただけじゃないむかつく!」
「うん、そうだね、僕もそう思う。そう思うから、落ち着いて座って観戦してくれ!地面に落っこちるぞ!」
セドリックに必死で椅子に押し戻されながら怒り狂っていたダリアだったが、ポッターが箒を駆ってある一点めがけて突進を始めた時には、息を呑んで目を覆った。スニッチを見つけてしまったのだ。
凍り付いたスリザリンの応援席だったが、一瞬後、歓声が爆発した。ドラコが捨て身でポッターの箒の尾を掴み、妨害したのだ。
「ドラコ、さいっこー!素敵!カッコイイ!!抱いて!!」
何処からかパンジーが泣きながら叫ぶ声が聞こえる。セドリックの手前、おおっぴらに喜ぶことは無かったが、ダリアも概ね同意だった。最高にスリザリンらしい、勝利だけを見据えた手口である。
当然ペナルティは受けたが、ドラコは完全にプレッシャーを吹っ切ることができたらしい。目を爛々と輝かせて、スニッチを探して競技場をぐるぐる飛び回っている。
スリザリン・チームもドラコの捨て身の妨害を受けて完全に調子を取り戻し、相手を翻弄させるような(ラフ)プレースタイルが勢いを増した。
一方怒りで集中力を欠いたグリフィンドールは、まんまと策に嵌って次々にミスを連発していた。
着々とスリザリンが追い上げるさなか、ドラコがスニッチらしきものを見つけて箒を駆り出し、応援席の興奮は最高潮になった。スネイプ教授ですら、手を振り上げて身を乗り出している。
この時、スリザリン生の多くが優勝を確信していた。
しかし、その後すぐにポッターがドラコの様子に気付き、慌ててファイアボルトを駆ってドラコに追いすがってきた。
数十メートルほどもあったドラコとポッターの距離が、見る見るうちに縮まっていく。ドラコも必死でニンバス2001を駆るが、差は縮まるばかりだ。
結局、ポッターがスニッチを獲得し、その場でグリフィンドールの優勝が決まってしまった。
会場中がグリフィンドールの勝利に酔いしれる中、スリザリンの応援席は誰も言葉を発することができなかった。一度は勝利を確信したことが、余計に負けたショックを際立たせた。
ひとり、ひとりと力なく観戦席を去る中、ダリアもまた同じように、言葉を発することもできずに沈んでいた。クィディッチの勝敗でここまで気持ちが落ち込んだのは、初めてかもしれない。
横でセドリックが気づかうようにそっと声を掛けてきた。
「―――――ドラコは頑張ったよ。会場中を敵に回しながらでも、勝ちにこだわった姿勢はスリザリン生らしいものだったし、最後はハリーよりも早くスニッチを見つけていたじゃないか。」
「うん――――――――」
セドリックの言うとおり、ドラコはよく頑張っていた、と思う。技量の劣るところはあるとはいえ、最後の追い上げで競り負けたのは、箒の性能の差によるところが大きいはずだ。
「別に、スリザリンが負けたから機嫌が悪いわけじゃないんだよ。ただ、自分でも意外なくらいがっかりしてることに驚いてるっていうか。―――――――いつの間にクィディッチにこんなに入れ込んじゃったんだろうと思って。」
セドリックはダリアの言葉に意表を突かれ、目をしばたたいたが、言葉の意味を理解するとすぐに破顔した。
「ははは!―――――なら、僕のクィディッチ談義も無駄じゃなかったってことかな。僕もダリアがあんなに一生懸命にクィディッチを応援するなんて、思ってもいなかったよ。」
「うーん、―――――――まぁ、そうかも。」
体力増強計画は全く関係ないと思うが、その合間合間に挟まれるセドリックのクィディッチ蘊蓄には、それなりに興味をそそられたことを認めざるを得ない。
それ以外にも、ダフネに万眼鏡を貰って試合の流れが分かるようになったことも大きな要因の一つだろう。
いつも図書館の中に引きこもっていたダリアがスポーツに興味を持ったことを元の世界の人たちが知れば、きっと驚くに違いない。
ダリアは元の世界に戻るつもりはない。だからそんな機会は無いと思いつつも、ダリアは彼らの驚いた顔を想像し、少しだけ笑った。
セドリックと大広間の前で分かれたダリアは、スリザリンの談話室には戻らず、その足で正面玄関の方へ引き返した。今日はあと一つ、大きな仕事を残している。
今日の試合はほとんどの生徒が観戦しに来ていた。今は疲れ果ててそれぞれの寮で休んでいるか、どんちゃん騒ぎをしているか、もしくは落ち込んでいるかのどれかだろう、校内はいつもに比べ人気が無かった。計画を実行するのには丁度いい。
正面玄関でトゥリリと落ち合うと、ダリアは早速ペティグリューを捕えるための準備に移った。
『どうやって探すの?まさかまた、意識を飛ばして探し回るわけじゃないよね?』
「流石にアレはしばらくやらないわよ。――――――ハイこれ、失せ物探しの呪文。頭の中で探すものを思い浮かべれば、呪文が引っ張ってくれるはずだよ。」
ダリアは呪文をトゥリリの首輪に括り付けた。むず痒いようだが、少々我慢してもらうしかない。
図書室で日刊預言者新聞のバックナンバーを探して、今日のために持ち出しておいたウィーズリー家のエジプト旅行の写真を、トゥリリに見せる。
「ホラ、このネズミだよ。足が一本欠けてるやつ。」
『うん。―――――――――――あ、反応したよ。結構近くに居るみたい。』
括り付けた紐の裾がそよそよと靡いている。すぐに反応したという事は、ブラックの予想通りホグワーツの中にまだ居るという事だろう。
「じゃあ、トゥリリよろしくね。ルーピン先生の部屋の近くでまた落ち合いましょ。」
『おっけー。それじゃ、ぴゅぴゅっと行ってくるねー。』
軽い調子で言うと、トゥリリはいつもと変わない様子でトコトコと校舎を出て行った。
トゥリリは高い魔力を持つ神殿のネコの子孫で、そんじょそこらの魔法使いよりずっと強い力を持っている。ブラックの話を聞く限り、ペティグリューが強力な魔法使いだとは思えないが、万が一の時には「頭が三つ、手足が七本」の本当の姿になって戦うだろう。
ダリアはトゥリリを見送ると、こちらも急いでルーピン教授の研究室へ向かった。夕食の時間が迫っている。校内を生徒達がうろつき始める前までにことを終わらせなければならない。
ダリアがルーピン教授の研究室がある廊下に辿り着き、しばらくウロウロしていると、トゥリリが戻って来た。口元にぐったりした大きなネズミをくわえている。じっくり見てみると、うっすらとはげかけた小男の姿が透けて見えた。――――――――ペティグリューだ。
「うわぁ、ほんとにネズミになってたのね――――――ねぇ、どこに居たの?」
『ハグリッドの小屋の中に居たよ。ファング―――――ハグリッドの犬に、小屋の中に入れてもらって捕まえたんだ。――――――こいつ、自分がホントは人間だってこと忘れてるかもよ。だって全然人間に戻って逃げようとしなかったもん。』
「まあ、10年以上もネズミの姿のままならそういうこともあるかもね。――――――あ!ちょ、ちょっと近づけないでよ!ネズミきらい・・・・。」
『ダリアって何故か、昔からネズミダメだよねぇ。犬が嫌いなのは分かるけど、ネズミなんて、こんなにおいしそうなのにさぁ。』
「おいしそうに見えるのはネコだからだと思うけど・・・。」
しかしダリアはネコになった時でも、ネズミが苦手なままだった。何故か本能がネズミを恐れているのだ。
ダリアはネズミに決して触れないようにトゥリリの胴体を抱え上げると、深呼吸をしてルーピン教授の研究室のドアを叩いた。
「すみません、ルーピン先生いらっしゃいますか?ちょっとお話があるのでドアを開けていただけないでしょうか!」
ダリアの半ば本気の焦り声を聞き、ルーピン教授が何事かと慌てて部屋から飛び出してきた。扉の前でネズミをくわえたネコを抱いたスリザリンの生徒を見て、状況が分からなかったのだろう。戸惑ったような顔をしている。
「ええっと、君は――――――――まあいいや、どうしたんだい?何か困っているようだけれど・・・。」
「あの、私のペットがこの近くでネズミを捕まえちゃって。ホグワーツのネズミだから、誰かのペットかもしれないと思ったんですけど、先生ご存知ないでしょうか?」
「ふむ。―――――――私も生徒のペットについてはあまり詳しくないのだけれどね。どれ、見せて―――――――――――――」
ダリアがルーピンに「例の地図を見たくなる」暗示を掛けようと、ポケットに忍ばせた呪文に手を伸ばした矢先、異変に気付いた。
ルーピン教授がネズミを見つめて硬直している。信じられないものを見るかのように目を見開いている。
予想外の反応に、今度はダリアの方が戸惑ってしまった。
ひりつくような沈黙の末、ルーピンが喘ぐように言った。
「それは―――――――その、ネズミは。か、貸してくれ!」
「わっ!」
ルーピンはダリアからひったくるようにして、気絶して意識がないネズミをもぎ取った。そのまま何かにとりつかれたかのような鬼気迫る表情で、小さなネズミの体を念入りに調べ上げている。
最後にルーピンは、茫然と呟いた。
「――――――――ピーター。」
そのままルーピンはダリアに目もくれず、ネズミを手にしたまま研究室を飛び出していった。
「―――――――――――え、どういうこと?」
『さぁ――――――――さっぱり。』
後に取り残されたダリアとトゥリリは、そのまま立ち尽くすしかなかった。