魔法大臣の職務は多忙を極める。他国との外交に国内の諸問題への対処、他種族との話し合いなど、日々ゆっくり休む間も無い。
ここ最近の忙しさは特に顕著だ。
凶悪犯シリウス・ブラックがアズカバンを脱獄してからというものの、魔法省を見る世間の目は大変厳しく、日刊預言者新聞には毎日のように魔法省の無能を詰る記事が掲載されていた。
アズカバンの警備の見直しや闇払いの増員、逃亡中の凶悪犯を発見した際速やかに刑を執行するための法律の制定など、すべきことは山ほどある。ようやく仕事に区切りがつき、一息つこうと冷めたお茶に手を伸ばした時だった。
「大臣!たった今、ホグワーツから梟が――――――!!」
ファッジの元に、信じられないニュースが飛び込んできた。
「ダンブルドア!ペティグリューが見つかったというのは本当か!?」
知らせを受け取ったファッジは血相を変え、その後の仕事を全てキャンセルしてホグワーツへ飛んできた。
正式な手順も踏まぬままの訪問だが、やむをえまい。挨拶もそこそこに校長室に飛び込んだファッジを批判する者は誰も居なかった。
「おお、コーネリウス、よく来てくれたのぅ。急な話ですまなんだが、こちらもそれどころではなくてな。」
「かまわんよ、ダンブルドア。」
校長室にはダンブルドア以外にも複数の教員が控えていた。顔見知りであるグリフィンドールの寮監ミネルバ・マクゴナガル、黒づくめの陰気臭い男、顔にたくさんの傷跡を持つ男。全員がこわばった表情を顔に張り付けている。
彼らが見つめる先に、一人の男が居た。意識の無いまま、椅子に拘束されてぐったりとしている。
ファッジは恐る恐るその男の人相を確かめ、うめき声を上げた。
「まさか―――――――本当に!信じられない――――――」
頭髪は薄くなり、随分やつれているが、確かに写真で見たかつてのペティグリューの面影を有している。背後で秘書が資料と見比べながら、男がペティグリュー本人かどうかを確認している。
「――――――特徴は10年前の資料とほぼ一致します。ペティグリュー本人で間違いないかと。――――――ポリジュース薬等の検査はされているのですよね?」
「左様。ありとあらゆる可能性を考慮して調べ上げたが、魔法薬等による姿の変化の痕跡は見当たらなかった。正真正銘、ペティグリュー本人でしょう。」
黒づくめの男が青白い顔のまま、抑揚のない声で答えた。落ち着いた声だが、視線はしっかりと椅子に座る男を見据えている。その冷たい視線には憎悪めいたものまで感じられた。
一体なぜ、死んだはずの男がホグワーツで発見されたのか。絶句するファッジに、今度は傷だらけの顔色の悪い男が経緯を説明する。
「―――――――つい先ほど、私の研究室に生徒が訪ねてきたのです。自分のペットがネズミを捕まえてしまった、誰かのペットかもしれないと。私はそのネズミを見て目を疑いました。学生時代何度も見たことがある、ピーターが変身した姿そのものだったからです。―――――――申し訳ありません。私は、彼が無許可の動物もどきだという事を、知っていたのです。」
「変身――――――アニメ―ガスか!」
それは盲点だった。しかし、辻褄は合う。
当時の魔法省の資料には、ペティグリューは指一本を残して他の遺体は残らなかったと記載されている。もし彼が自分で指を切断した後、ネズミに姿を変えて身を隠したのだとしたら。
「―――――――――――ペティグリューに話を聞く必要があるな。ダンブルドア、ここで尋問をしてもかまわんかね?今は時間が惜しい。」
「うむ。我々が想像していることが真実ならば、一刻も早くそれを証明せねばならん。――――――――セブルス、真実薬の用意を。」
黒衣の男は目礼すると、静かに部屋を出て行った。おそらく、彼が魔法薬学の教授なのだろう。ファッジはそうあたりをつけて、自らの秘書を振り返った。
「急いで真実薬の使用許可を取ってくれ。いくら緊急事態とはいえ、無許可で真実薬を使ったとマスコミに知られては何を書かれるかわかったもんじゃないからな。」
「はい、かしこまりました。」
「それと――――――君も。また後で、ペティグリュー発見の状況について詳しく聞かせてもらう事になるだろう。―――――残念ながら、動物もどきの事についてもな。」
「――――――はい、わかっています。」
ペティグリューの友人だったという男は、青ざめながらもしっかりと頷いた。
現在の技術では、動物もどきを人間の姿に戻す魔法はあれど、彼らを見分ける手段までは確立されていない。習得にまつわる危険性もさながら、今回のように犯罪に利用されかねないため、動物もどきは厳しく管理されていた。
無登録の動物もどきの存在を知りながら放置していた場合も、何らかの罪に問われることになるだろう。
―――――――もしも12年前の事件の真相が予想通りなら、これはとんでもないことだ。魔法省の勢力図が大きく動く可能性もある。
ファッジは真実薬が来るのを待ちながら、この事件をどう扱うか、自分の地位を守るためにはどのように振舞えばいいかを目まぐるしく考えていた。
「エネルベート!」
ファッジは椅子に拘束されたペティグリューに気付け呪文を掛け、意識を覚醒させた。真実薬を口に垂らされたペティグリューは、ゆっくりと瞼を開き、焦点の合わない視線を宙に彷徨わせている。
「よし、起きたな。―――――――――聞こえるかね?君の名前を教えてくれ。」
「―――――――――ピーター・ペティグリュー。」
ペティグリューが抑揚のない声でぼそぼそと呟いた。ファッジはダンブルドアと顔を合わせて頷きあうと、先ほどよりも威圧的な声で続けた。
「これより、簡易ではあるが、尋問を始める。これ以降の発言は公式に記録されるものとなる。分かったな?」
理解しているのかしていないのか、ペティグリューは夢見心地の表情のままかすかに頷いた。
「まず最初に、何が起こったのかを話すのだ。12年前、ポッター家を例のあの人が襲撃した時、お前は何をしていたのだ?」
厳しい口調でのファッジの問いに、ペティグリューはぱちぱちと小さな目を瞬かせた後、深く息を吸って感情の無い声で話し出した。
「12年前、あのハロウィーンの夜の直前、シリウスが私を訪ねてきた。そして、秘密の守り人を私に変えるよう、頼んできた―――――――――」
ペティグリューの語る真実は、信じられないものだった。
ジェームズ・ポッターの無二の親友であるシリウス・ブラック。世間はポッター家の場所を隠す秘密の守り人は当然彼だと考えていた。シリウスはその考えを逆手に取り、ピーターを守り人にすることを提案したのだという。
「――――――私は、一も二も無くその話に飛びついた。そのころにはもう、私は闇の帝王の配下となっていたからだ。私はポッター家の秘密の守り人になると、すぐに帝王の元に向かい、秘密を明け渡した。帝王はすぐさまポッター家に向かい、ジェームズとリリーを殺した―――――――。」
何人かの人間が息を呑む音が聞こえた気がした。誰もが言葉を発することもできず、ペティグリューの独白を聞いている。部屋の中には記録を取る魔法のタイプライターの音だけが響いていた。
ファッジはからからになった喉を唾を飲んで潤すと、また口を開く。
「しかし、ハリー・ポッターを殺すことはできなかった。それどころか、君が忠誠を誓っていた例のあの人は死んでしまった。それも、君がもたらした情報のせいで。――――――――それで、拠り所を失った君はどんな行動をとったのかね?」
「―――――――シリウスは私が裏切ったことにすぐに気が付いた。私は逃げたが、彼はすぐに私に追いついた。私は追い詰められた。帝王の庇護を失い、死喰い人達からも恨みを買い、どうにもならないことを理解していた。私は身を隠す必要があった。逃げ伸びるための計画を考えなければならなかった。」
ペティグリューのおぞましい独白は続く。彼は一息にそれだけ話すと、また深く息を吸った。
「私はシリウスが裏切り者だと、周りに聞こえるように大声で詰った。死んだと見せかけるために指を一本切断し、周囲を爆破させた。煙が辺りに充満している間に、私は排水溝に隠れ、無事逃げ切ることができた。」
「――――――――――恥を知りなさい!!ペティグリュー!!!!」
今まで口元を覆って聞いていたマクゴナガルが、悲鳴を上げるように叫んだ。
「よくも――――――よくものうのうと、恥ずかしげも無くそのようなことを!!ポッター達はあなたを信用していた!勿論私たちも、臆病で気の弱いあなたの事を信じていました―――――――それを、あなたは考えうる限り最も残酷な方法で裏切ったのです!!ああ、なんてこと―――――――」
マクゴナガルは顔を覆って泣き出してしまった。ダンブルドアがそっと彼女を腰かけに座らせる。しかし彼の眼鏡の奥の瞳も、今は怒りの炎が揺らめいているように見えた。
「――――――それで、逃げ伸びた君は一体どこへ?どうやって12年間も隠れていることができたのかね?」
「―――――――私はネズミの姿のまま逃げ続けた。家々で食料を盗みながら食いつないでいたが、ついにとある魔法族の家で力尽きてしまった。しかし幸運なことに、私はその一家の子どもに拾われ、その子供のペットとして飼われることになった。」
「その一家とは?」
「――――――――ウィーズリー家だ。彼らの家は貧しかったが、丁寧に世話をしてくれた。ウィーズリー家で過ごすうちに、私は次第に自分が人間だったことを忘れていった。気付けば12年が過ぎていた。」
ウィーズリー家。魔法族でも有名な大家族である。
父親のアーサーは魔法省に勤めており、ファッジも何度か言葉を交わしたことがあった。家族全員がグリフィンドール寮出身で、ハリー・ポッターとも親しく付き合いがあるのだという。
「よりによってウィーズリー家とは。―――――――――――なるほど、そういう事か!!だからブラックはグリフィンドール寮に何度も忍び込もうとしたんだな!」
仮にも魔法大臣になるほどの人間である。頭が固いところもあるが、平時のファッジの頭の回転は凄まじく早い。
アズカバンを視察した際、ブラックに差し入れた新聞にはウィーズリー家の写真が載っていたはずだ。ブラックはそれを見て、ネズミに変身したペティグリューに気付いたのだろう。
ペットのネズミを狙っていたというならば、中に生徒が居ない時を狙って寮に侵入しようとしていたことにも説明がつく。
「ウィーズリー家でシリウスの脱獄を知った私は、自分がピーター・ペティグリューであるという事を思い出した。奴の狙いは考えるまでも無い。私は憔悴した。シリウスはやると決めたら徹底的にやる男だ。このままウィーズリー家の子どものそばに居たならば、いつかは捕まってしまう。―――――――私はネコに食べられてしまったふりをして、姿を消した。」
「ホグワーツ城を出た私は、ハグリッドの森小屋へ忍び込んだ。あそこなら冬でも温かく、食べ物がたくさんあることを知っていた。私はずっと小屋に潜んでいたが、今日、小屋に突然猫が侵入してきた。私は逃げ惑ったが、結局捕まってしまった。私はそのまま気を失った――――――」
「――――――――小屋で捕まった?」
青白い顔で立ち尽くしていたルーピンが、ふと首を傾げた。
「どうかしたのかね?」
「―――――いえ、私の所へ来た生徒は、校内で捕まえたと言っていたような気がするので。だから、誰かのペットだと思ったと。」
「ふむ。――――――その生徒の名前は分かるかね?」
ルーピンはしばらく考えていたが、首を振った。どこか納得いかないような顔をしている。
「申し訳ありません。見たことがある生徒のはずなのですが、何故か記憶に残っていないのです。――――――確実に、知っている生徒だったのですが。」
「―――――まあ、生徒に関してはそこまで突き詰めることは無いだろう。猫が校内まで獲物を運んできた可能性もある。――――――――――――さてと、これで尋問は終わりだ。ステューピファイ!」
ファッジはペティグリューを気絶させ、一息ついた。疲れが一気に出てきたのか、体がとても重たく感じる。
椅子に座り込んだファッジに、ダンブルドアが穏やかな調子で語り掛けた。
「―――――大変なことになってしまったのう。コーネリウス、魔法省はどのように対処するつもりじゃ?」
「無論、明日の朝一番に、ブラックの無実とペティグリューの真実を公表するつもりだ。早いところ手を打たなければ、批判は増すばかりだからな。」
ファッジにはとある算段があった。
今回の件で、魔法省はすさまじい批判に晒されるはずだ。無実の人間を12年間もアズカバンに放り込んでいたのだから当然だろう。
しかし、ファッジは既に、世間の批判を一手に引き受けるスケープゴートを想定していた。かつてブラックの裁判を受け持ったクラウチだ。
当時、彼は碌な裁判もせずにブラックを有罪と決めつけた。その情報をリークしてやれば、マスコミは嬉々としてクラウチを責める記事を書くだろう。
クラウチはかつて息子が死喰い人として逮捕されたことで失脚し、国際魔法協力部部長の地位に左遷されていたのだが、非常に厳格で公正な姿勢を評価されており、未だに一部の層から熱い支持を得ている。
猜疑心の強いファッジは、民衆が彼を次期魔法大臣にと担ぎ出す可能性を恐れていた。この件がうまくいけばライバルを完全に失脚させることができ、その上自分は無実の人間を救った大臣として歴史に名を残すことができるかもしれない。
ダンブルドアはファッジのそんな思惑を知ってか知らずか、静かに頷いた。
ファッジは彼の見透かすような視線を避け、準備を整えた秘書を連れて魔法省へ戻ろうとした。それを、ダンブルドアが呼び止める。
「コーネリウス、ピーターはどうするつもりじゃ?」
「?――――裁判にかけた後には、アズカバン送りになるとは思うが――――――何か問題でも?」
「いや―――――――地に落ちたとは言え、かつての教え子じゃ。この子の行く末が気になってしまっただけじゃよ。」
ダンブルドアはそう言うと、悲し気に目を伏せ、未だ意識を失ったままの小男を見つめた。
なんだか良く分からないことになってしまったが、ルーピンはペティグリューの正体が分かっていた様子だった。目的は果たせたので、良しとしよう。
「結果オーライよね。暗示を使わないですんでよかった。」
『なんで?』
「え―――――――だってああいう洗脳系の魔法使ったのばれたら、セドリックめちゃくちゃ怒りそうだし――――――――まぁ、バレないとは思うけど。」
夕食時になったからか、廊下では生徒がちらほらと姿を見せだした。
ダリアは大広間の方へ向かおうとしたが、そちらの方角から何やら陽気な大合唱が聞こえてくる。――――――――――グリフィンドールの健闘を称える歌だ。
「ふん、どうして大広間でバカ騒ぎするのよ、嫌な人達!――――――――きっと皆、今日の夕食は談話室だわ。帰りましょ。」
きっとスリザリン生達はあの屈辱的な空気には耐えられないはずだ。ダリアは踵を返して談話室へと向かった。
しかし、進行方向を変えた途端、嫌なものが目に入る。双子のウィーズリーだ。
―――――――げぇ。なんでこんなところに居るのよ・・・・。
恐らくこれから大広間の祝賀会へ向かうのだろう。肩を組んだまま弾むように歩いている。
見るからに上機嫌だが、どんな時でも奴らに関わると碌なことにならないのということを、スリザリン生ならば誰でも知っていた。
きっと今日の試合について、鼻持ちならない態度で何か言われるに違いない。ダリアは半ば覚悟しながらも、なんともない振りをしてすれ違おうとした。
―――――――私に何か変なことでもしてみなさい、O.W.L.(ふくろう)試験中に居眠りする呪いをかけてやるんだから・・・就職難に喘いで最終的に路頭に迷うがいいわ・・・。
しかし、信じられないことに、なんとウィーズリーの双子はダリアを素通りしてしまったのだ。
身構えていたダリアは、拍子抜けして目をぱちぱちさせた。
「―――――――――あれ?なんで?」
いくらグリフィンドールの優勝で浮かれポンチになっているからと言って、あの双子の悪魔がスリザリン生を見逃すなんてことはあり得ない。どんなに忙しい時でも、奴らはスリザリン生への嫌がらせに余念がないのだ。
戸惑うダリアに、トゥリリがハッとして言った。
『あ、ダリア!呪文まだ付けたままだよ、ホラ、さっきクィディッチの時につけた「付けてる間は姿が目につきにくくなる呪文」!』
「あ、ほんとだ。」
すっかり失念していた。ダリアはクィディッチの試合が終わってから今の今まで、認識を阻害する呪文を身に着けたままになっていたのだ。あの双子が気付かないはずである。
「ふふん、命拾いしたわね、ウィーズリー。O.W.L.試験は見逃してやるわ。」
『何の話?』
とはいえ、この呪文はもう必要ないものだ。ダリアはウィーズリーズの姿が見えなくなったのを確認すると、手首に巻いていた呪文を解いた。
呪文が刻まれた紐をなくさないようにポケットにしまうと、ダリアは今度こそスリザリンの談話室へ向かうのだった。
「せっかくあの役立たずを排除したのよ。アズカバン送りにしただけじゃ生ぬるいわ。」
ホグワーツから自分の執務室へ戻り、随分と長い時間が経った気がする。ファッジは明日の会見の準備のために、夜遅くまで書類と向き合っていた。
疲れているからだろうか、少しの間うとうとしてしまっていたようだ。目の前では秘書が、ファッジから受け取った書類を持って部屋を出ようとしているところだった。
「では大臣、ご命令の通りにいたしますので。失礼します。」
「ああ。よろしく頼むよ、デルフィー。」
自分は一体何の命令をしたのだっただろうか。やはり疲れているからか、ここ数分間の記憶が曖昧だ。今日はもうこのくらいにして、帰ってゆっくり休むとしよう。ファッジはなんとなくふわふわとした多幸感の残り香を感じながら、大きなあくびをした。
逃亡中の凶悪犯を発見した際速やかに刑を執行するための法律。ファッジが対ブラックを想定して制定したばかりの新しい法律だ。この法律の対象には、ピーター・ペティグリューも当てはまる。
その日の夜遅く、アズカバンへと連行されたピーター・ペティグリューは、吸魂鬼のキスを執行された。
吸魂鬼にとっては既に魂の入っていない空の体など見慣れたものであるし、訪問者が居たとしても、ペティグリューは恐怖のあまり精神崩壊したと考えるだろう。
そのまま獄中に打ち捨てられたペティグリューの異変に気付く者は、誰も居なかった。
多分ここら辺から原作と大きくズレが出てくると思います。