ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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期末試験

 次の日の朝、魔法界は上へ下への大騒ぎだった。

 アズカバンを脱獄した凶悪犯シリウス・ブラックの冤罪が証明され、逆に今まで英雄として死んだと信じられていたピーター・ペティグリューの生存、及びその裏切りが魔法省より発表されたのだ。

 

 新聞各誌はこぞってこのことを報じ、その日の朝食時にはヨーロッパ中の魔法使いが事件の顛末を知っていた。

 

 当然、ホグワーツも例外ではない。

 昨日のクィディッチ杯の興奮も吹っ飛び、ホグワーツのいたる所で生徒達が日刊預言者新聞の周りに群がる光景を見ることができた。

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、これでクラウチの失脚は決定的になったと言えるだろうな。」

 

 昨夜の憔悴ぶりもどこへやら、ドラコは談話室のソファに鷹揚と腰かけながら新聞を流し読みしていた。新聞の一面には『ブラック冤罪!問われる裁判の正当性』『ペティグリュー逮捕!12年間の謎』の見出しが躍っている。

 彼はどうやらペティグリュー逮捕よりも、クラウチ氏の失脚の方に興味があるらしい。

 

「クラウチって有名なの?私、聞いたことないんだけど。」

 

「まあ、左遷されて久しいからな。最近は表舞台に出ていないが、かつては魔法法執行部の部長として腕を振るっていたらしい。奴の裁判によって、何人もの闇の魔法使いがアズカバン送りにされたと聞くよ。――――――どのような裁判だったかは、この記事を見ればわかるだろうけど。」

 

「ふぅん。」

 

 ダリアは、ドラコが投げた新聞を受け取ると、一面に大きく取り上げられている記事を読んだ。当時の裁判の状況について、やけに詳しく書かれている。記事によると、ブラックの裁判は十分な証拠もないまま、かなり強引に判決が下されたのだという。

 

「奴がアズカバンに投獄した魔法使いの中には、罪の無い人間も含まれていた可能性があるわけだ。その事が公になってしまったわけだから、クラウチも今回ばかりは政治生命を絶つしかないだろうな。――――――奴は父上を何かと目の敵にしていたらしいし、いい気味だ。」

 

「なるほど。」

 

 クラウチ氏にとって、死喰い人であるという追及を逃れたルシウス氏はさぞかし目障りな存在だっただろう。

 実際ルシウス氏は死喰い人だったわけで、ダリアは「そうやってとぼける人が多かったから、クラウチ氏も強引に進めるしかなかったんだろうなー。」と思ったが、口にはしなかった。

 

 ダリアは納得すると、立ち上がった。

 

「新聞見せてくれてありがとう。じゃあ、私は部屋に戻るから。」

 

「なんだ、珍しいな。茶菓子は食べて行かないのかい?」

 

 ドラコがテーブルの上に広げた高級菓子を持ち上げて聞くが、ダリアは首を横に振った。

 

「いらない、我慢する。っていうかもう何個か食べたから糖分補給は十分だし、これ以上は集中できなくなるから。」

 

 ダリアが菓子を要らないと言った途端、横に座っていたクラッブとゴイルがサッと机の上に手を伸ばした。ダリアが狙っている菓子に手を出すとひどい目に合うとこれまでの経験から学んでいたため、ずっと我慢していたのだ。

 菓子を貪り食う二人を尻目に、ドラコは怪訝な顔をしている。

 

「集中って――――――一体何の話だ?これから何かあるのか?」

 

「え!?」

 

 ダリアは逆に驚いてしまった。まさか、ドラコは気付いていないのだろうか。

 いや、その可能性は十分にある。彼は昨日まで、頭の中にはクィディッチの事しか無かったのだから。

 

 

「ドラコ、何言っているの!期末テストまであと1週間と少ししかないのよ?クィディッチで忙しかったのは知ってるけど、試験勉強はちゃんとしてる?」

 

 ドラコは一気に青ざめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月も間近に迫り、生徒達は勉強モードに突入せざるを得なくなった。

 これはスリザリン生にとっては幸運なことだった。クィディッチでグリフィンドールに負けた悔しさを、勉強に打ち込むことで忘れることができたからだ。

 

 ダリアも当然、寝る間も惜しんで試験勉強に打ち込んだ。

 忙しさは一昨年(去年は色々あって試験自体が無かった)の比では無い。何しろ、ダリアは12科目もの教科を受講しており、それら全ての試験を受ける必要があったのだ。

 

 やるからには、目指すは当然首席の座だ。普段から予習復習は欠かさないダリアだったが、100点満点の範囲に収まる気はない。

 鬼気迫る表情で教科書を睨みつけるダリアに、誰も話しかけることができなかった。

 

 というよりも、他人を気にする余裕がある者はほとんど居ないのが現実である。スリザリン生達は試験直前のクィディッチ杯に全力を注いでおり、ほとんどの生徒が試験勉強に手を付けていなかったのだ。

 普段は冷静なスリザリンだが、相手がグリフィンドールとなると熱くなりすぎ、周りが見えなくなりがちなのだ。

 

 談話室の一番広い机では、ドラコが頭を掻きむしりながら机にかじりついていた。いつもならばクラッブ・ゴイルの勉強を見てやる余裕さえある彼だったが、今回ばかりは自分の事で精一杯の様子である。先日の対グリフィンドール戦に向けて毎日夜遅くまでクィディッチの練習に明け暮れていたため、当然試験勉強には全く手を付けていなかった。

 

 流石のパンジーも、この状態のドラコに「一緒に勉強しましょう!」と甘えるのはためらわれたらしく、ダフネ達と大人しく勉強に励むことにした。

 

 実際、パンジーも本気で試験勉強に取り組まなければまずい状況だったため、スリザリンの談話室は1週間ほど、賑やかなおしゃべりが一切聞こえない期間が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 息の詰まるような一週間が過ぎ、ついに試験が始まった。

 

 試験は通常、午前と午後に一つずつ行われる。

 しかし、ダリアにとってはそうはいかない。試験初日の月曜日には、午前中に変身術とマグル学、午後に呪文学と古代ルーン文字学と、4科目も受験する必要があった。

 

 変身術の試験を受けた後、逆転時計を使って朝に戻り、盛大に鳴るお腹を押さえながらマグル学の試験を受ける。昼食を貪るように食べると、呪文学の試験を受け、またまた逆転時計を使って今度は古代ルーン文字学の試験を受ける。

 

 一日目が終わる頃になると、ダリアは精魂尽き果ててしまっていた。

 

「ねえちょっとダリア、大丈夫なの?顔色悪いわよ。」

 

「もうむり、しんじゃう、どうして1日目にたくさん詰め込むのよ。こんな時間割ひどいわ、私の人権を無視してる。ぜったいクレームつけてやるんだから・・・。」

 

「あんたね・・・・。ほどほどにしないと体調崩すわよ・・・・。」

 

 ダフネ達はしばらく前から、ダリアが何らかの方法を使って、人よりたくさんの科目を取っているという事に感づいていた。流石に毎回「ちょっとトイレ」をされて、気付かないわけがない。

 日々予習復習で忙しそうにしてはいるものの、それほど追い詰められた様子では無かったため好きにさせていたのだが、試験期間の憔悴っぷりを見る限り、来年の受講科目は考えさせた方がよさそうである。

 

 しかし一日目の4科目の試験を乗り越えてしまえば、後は最終日まで逆転時計を使う必要は無くなる。ダリアは火曜日、水曜日の試験を難なく終え、無事最終日を迎えることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 木曜の午前の試験は「闇の魔術に対する防衛術」である。

 これまで勉強してきた魔法生物を次々と撃退していく障害物競争の形をとった、ルーピン教授らしい実践を交えた試験内容だ。

 

 試験の最後にボガードが出てきた時は一瞬焦ったが、半ば予想していたことだったため、ダリアはすぐに「自分の死の記憶」に蓋をすることができた。

 ボガードは以前と同じように後見人に姿を変えたが、そのまま自分の死体に姿を変えることも無く、ダリアは今度こそ後見人にテロテロのパジャマを着せさせることができて大変ご満悦だった。

 

 溜まった鬱憤をぶつけるように大笑いしてやったダリアは、機嫌よく昼食の席に向かった。午後で試験が終わるという解放感からか、心なしか他の生徒達の表情も明るいように見える。

 

「あとは占い学の試験だけ―――――――ってことは、もう終わったも同然よね!ああ、やっと夏休みよ!」

 

「ううん、やっぱり昨日の天文学の試験、くじゃく座の位置を書き間違えちゃった気がするのよね・・・・ねぇ、どう思う?」

 

「ちょっと、試験の反省なんて後にして。嫌なこと思い出させないでよ!」

 

「そうだよ、まだ試験は終わってないんだからね・・・・。」

 

 皆は午後に占い学の試験を残すのみだが、ダリアはそれに加えて数占い学の試験も受けなければならなかった。

 

 占い学はどうとでもなるが、数占い学はそうもいかない。しっかりと公式が頭に入っていなければ問題を解くことさえできないため、この科目を選択した生徒達は昼食を食べながらも、必死で教科書を読んで追い込みをしていた。ダリアも昼食を食べ終わると、おしゃべりに興ずることなく黙々と教科書を読みこんでいた。

 

 一方占い学を選択したダフネ達は、お気楽に食事を楽しんでいた。ふと、パンジーが大広間の入り口から入ってきた人影に気付いた。

 

「――――――――ねえ、あれ、魔法大臣じゃない?ホラ、今扉から入ってきた人。」

 

「あら本当ね。一体どうしたのかしら。」

 

「ブラックの件で何か話でもあるんじゃないの?ホラ、だって――――――」

 

 魔法大臣と聞いて、ダリアは慌てて顔を上げた。魔法大臣が来ているならば、秘書も来ているはずだ。職員席の方へ顔を向けると、案の定、ノットの母親がファッジの後ろに控えていた。

 

 ダリアは思わずノットの方へ顔を向けた。ノットは数占いの教科書に集中しており、最初は気付いていない様子だったが、ドラコに肘で小突かれたことで自分の継母が来ていることを知ったようだ。職員席の方を見て、顔を顰めている。

 

 一体何の用事でホグワーツへやって来たのだろう。ダリアはなるべく見つからないように小さくなって魔法大臣とその秘書を観察していたが、続いて大広間へ入ってきた人影が背負っている物を見て、手にしていた教科書を取り落としそうになってしまった。

 

 ――――――――斧!!!ってことは、ヒッポグリフの処刑って今日なの!?

 

 ヒッポグリフを逃がす計画を立てていたダリアは大いに慌てた。こんなに早く処刑の判決が出るとは思ってもいなかったのだ。

 早くても夏休みに入る前かどうかの頃だろう、と目算を付けていたのだが、完全に読みが外れてしまったようだ。

 

 ―――――――処刑にはきっとハグリッドが付き添わなきゃいけないはずだから、きっと終業時間より後になるわよね。

 

 試験が終わってからすぐに向かえば、余裕で間に合うはずだ。ハグリッドの小屋に隔離されているはずなので、施錠が甘かったことにして何食わぬ顔で逃がしてしまえばいい。

 ハグリッドは管理不行き届きで叱責されるだろうが、実際本当の事なので別にまあいいだろう。罪の無い命が救われる方が絶対にいいはずだ。

 

 ダリアは前もって用意しておいたヒッポグリフの生息地の写真を魔法で部屋から呼び寄せて、ポケットの中にこっそり忍ばせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数占いの試験は滞りなく終わった。最後の魔方陣は大物だったが、ダリアは完璧に答案を埋められたという自信があった。

 

 これで残すところ試験は占い学のみ、もはや終わったも同然だ。

 とりあえず主席は間違いないだろう。あまりに成績が良すぎてホグワーツの歴史に名を刻んでしまうかもしれない。どうしよう。

 

 数占いで長い試験のフィニッシュを飾ったドラコは、晴れやかな笑顔で教室を出て行く。その後から悲し気な顔をしたクラッブとゴイルがついて出て行ったのを確認すると、ダリアはそっと荷物をまとめ、逆転時計を使うために人気の無い場所へ向かおうとした。

 

 

 

 

 

 

「――――――――――おい、モンターナ。ちょっと待てよ。」

 

 聞き覚えのある声に、勢いよく振り返ると、ノットが立っていた。

 直接顔を合わせるのは実に6か月ぶりである。心構えが出来ていなかったダリアは、露骨に動揺してしまった。

 

「な、なん。なに―――――――――」

 

 ノットが話しかけてきたら言ってやる文句を山ほど用意していたはずなのだが、とっさのことで言葉が出てこない。挙動不審なダリアを、ノットは気にした風も無く、――――――というよりも、気にする余裕も無い様子で、焦っている。

 

「お前、かなり悪い状況になってるぞ。一体何をやらかしたんだ?」

 

「へ?何って――――――――何のこと?」

 

 やらかしたことの心当たりが多すぎるダリアは、本気で彼がどのことを言っているのか分からなかった。ノットは苛立ったように舌打ちすると、周囲を憚るように声を低めた。

 

「一週間前だよ。お前、ペティグリューの件、何か関わってるのか?」

 

 ダリアは一瞬どきっとした。

 

「―――――久々に話しかけてきたと思ったら、藪から棒になに?そんなの別にノットに関係ないでしょ。」

 

 動揺を悟られないよう、わざと冷たく言い放ったダリアに、ノットは表情をこわばらせた。ショックを受けたように唇をわななかせている。

 

「お前――――――お前、俺が何のために、今まで気を使ってきたと―――――――お前って本当、無い――――――――」

 

 ノットは脱力して大きく息を吐いて座り込んだ。しばらく微動だにせずに俯いていたが、再び顔を上げたノットは、やけになったかのように据わった目をしていたので、ダリアは思わず怖気づいてしまった。

 

「な、なによぅ。だって、本当じゃない。今までずっと目も合わせなかったくせに!」

 

「うるさい、いいから聞け。―――――――――さっき昼に、うちの母親がお前の事を聞きに来た。ペティグリューの件にお前が関わっているかどうか、それが知りたくてたまらないらしい。」

 

「え――――――――――。」

 

 どうしてあの人が、ペティグリューの件を知りたがっているのだろうか。

 そしてやはり、ノットはあの人の手先として動いているのだろうか。それにしては、こうしてそれをダリアに伝える意味が分からない。

 

 ノットが何をしたいのか、そろそろ白黒つけてもいい頃かもしれない。

 ダリアは思い切ってノットと向き合った。にらみつけると、彼はひるんだように後退しかけたが、逃げられないようダリアはその両腕をしっかりと掴んだ。

 

「ノット、はっきりさせてよ。あの人って一体なんなの?どうしてあの人、私のこと探ってるの?ノットは何がしたいの?」

 

 ノットはしばらく逡巡していたが、ダリアの「逃がさないぞ。」という強い意志を感じ、やがて意を決したように口を開いた。

 

 

 

「あの人は、父さんの再婚相手だ。――――――――世間では、そういうことになってる。でも、俺はそれが本当は違う事を知っている。あの人は何年か前に突然現れて、いつの間にか俺の『母親』になっていたんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 セオドール・ノットは幼い頃から頭の良い子どもだった。まだほんの小さい頃から、他の同年代の子どもたちに比べてもしっかりしていたし、自分の母親の死もなんとなく理解できていた。

 

 だから、自分たちの屋敷に突然見知らぬ女が現れ、父親におかしな魔法をかけた時のこともしっかりと覚えていた。

 今思えば、あれは錯乱魔法だったのだろう。気付けば何故か、父親は初対面の女を当然のように妻として扱い、屋敷しもべ妖精たちも彼女をそのように扱っていた。

 

 何故か彼女は、セオドールには錯乱魔法を掛けなかった。信じられないことに、彼女がノット家に潜り込んできた目的は、セオドールにあるのだという。

 

「あんた、何なんだよ。一体何が目的なんだ?」

 

 怯えるセオドールに、彼女は冷たい笑みを浮かべた。

 

「あなたは将来、とっても大事な役割を果たすのよ。でも記憶を書き換えた影響で未来が変わってしまってはいけないし――――――いっそのこと、あなたはこのまま、私の監視下に置くことにするわ。」

 

 その後、ノット家は完全に彼女の支配下に置かれた。ノットがいくら彼女の異常性を訴えたところで、周囲の人間は後妻を気に入らないが故の我儘として扱った。

 

 最初の頃は毎日怯えて過ごした。家に居るのが嫌で、当時それほど親しく無かったドラコの家に入り浸りになったこともある。それ故ドラコとはそれなりに親しい間柄になったのだが、彼にも『母親』の事を打ち明けることはできなかった。

 

 

 

 

「なんで?」

 

「そりゃあ、そのころにはすっかり抵抗する気力も無くなってたからな。とんでもない開心術の使い手だから、隠し事なんてほとんどできなかったし、逆らうとひどい目に合うってことも分かってきてた。」

 

「――――――――なるほど。」

 

 クリスマス・パーティーでの様子から、彼女の人となりをなんとなく想像しては居たのだが、予想以上に倫理観の壊れた人物のようだった。ダリアも似たようなことをやっているので、あまり大きな声では言えないのだが。

 

 しかしますます、彼女の謎は深まるばかりだ。目的が分からない、というのが一番気持ち悪い。

 ―――――セドリックも最初の頃、こんな気持ちだったのだろうか。ダリアは重ね重ね申し訳なく思った。

 

 

 

「それで?あの人がクリスマス・パーティーで私を見て興味を持ったから、最近わざと私を遠ざけようとして無視したってこと?」

 

「ようやく気付いたか、この恩知らずめ。―――――――――でもまぁ、あの人は、クリスマスより前からお前に目をつけてたよ。セドリック・ディゴリーに従妹は居ないはずだってな。」

 

「――――――前も思ったけど、なんでそこなの?」

 

 クリスマスにマルフォイ邸で出会った時にもその事を問い詰められた。どうして彼女はディゴリー家の血縁だということにこだわるのだろうか。

 

 そもそも、ノットの母親がディゴリー家の親戚関係について知る機会などないはずである。魔法界に戸籍のようなものは無い。純血貴族の家には、古くから伝わる家系図のようなものもあるらしいが、それもほぼ門外不出の品のはず。

 

「わけわかんない。あの人、おじさん達と親しい関係だったわけでもないでしょ?どうして知ってるのよ。」

 

「俺にもわからん。だが、あの人は何故か確信していたぞ――――――――あの人は前から、未来予知めいたことをすることがあったから。」

 

「未来予知?」

 

「俺が勝手にそう呼んでるだけだけどな。だが、そうとしか思えないことを言うんだ。」

 

「予知」という言葉を聞いて、ダリアはなんだか嫌な予感がした。

 

「全てが当たるわけじゃない。でもホグワーツで起こる大きな事件を、あの人は事前に知っていた。1年生の時、ポッターが賢者の石を守ることも知っていたみたいだった。去年、スリザリンの継承者が暴れた事件も、あの人は知っていたけれど―――――――『予知』によると、スリザリン生は襲われないはずだったらしい。」

 

「―――――――。」

 

「予知から外れたお前を調べるうちに、お前の存在自体がおかしいってことに気付いたんじゃないか?」

 

 

 ノットの言う「未来予知」がどんな物なのか、実際の所は分からない。しかし、2つの騒動を言い当てながら、スリザリン生襲撃の事を予知できなかったというのは不自然だ。

 

 なぜ彼女はダリアに関することを予知できなかったのか。それなのになぜ、セドリックに従妹が居ないという事を知っているのか。ダリアはある仮説を立てた。

 

 ―――――――つまり、『本来世界Bで起こるはずだった未来』を予知してるってこと?私は本当なら、世界Bには存在しないはずの人間だから―――――――

 

 それなら、色々な事に説明がついてしまう。

 ダリアはクリスマスの夜に見た悪夢を思い出し、思わず唇を噛んだ。

 

「―――――――――――やられた。あの予知夢、そういう事だったのね。」

 

 

 優れた閉心術士が心を閉じていることを悟らせないのと同じように、優れた開心術士も心を読んでいることを悟らせない。マルフォイ邸で彼女に出会った時、ダリアは心を探られていることに気が付いたので、付け焼刃の閉心術で必死に自分の記憶を守った。

 しかし、彼女の開心術の目的がダリアの記憶を読み取ることでは無く、こじ開けた心の隙間に『記憶』を植え付けることだったとしたら。

 

 あまり知られては居ないが、開心術で心に侵入した場合、術者は相手に何かしらのビジョンを見せることができるのだとリドルが語っていた。彼は日記だった時、自分の過去の記憶をポッターに見せるために、開心術を使用したこともあるという。

 

「あの人、『未来』の記憶を見せて、どんな行動を取るかを調べて、私が何者なのか見極めようとしたんだわ。そうよ、突然私が予知夢の能力に目覚めるはずなんかないって分かってたのに!ああもうしてやられた!!」

 

 彼女の記憶を見せられた結果、ダリアはまんまとペティグリューを捕まえてしまった。それができる能力を持った人間だという事が露見してしまったのだ。

 

 悔しさで身もだえするほどだった。ダリアがこれほどの屈辱を味わったのは、キャットに喧嘩を吹っ掛けて相手にされず、さらに食い下がった末コテンパンにのされてしまった時以来だ。

 

 ノットがダリアの腕を掴み、口元から引き離した。いつの間にか噛んでいた爪先に血が滲み始めていた。ノットは眉を顰めると、杖を出して「エピスキー」を唱えた。

 

「良く分からんが落ち着けよ。――――――それに言っただろ?あの人は、お前が何か行動を起こしたのか知りたがっているって。つまり、お前が何かしたことはまだ知られてないんだよ。」

 

「はぁ?――――――でも、そんなのルーピン先生が経緯を説明してるだろうから、もう分かってるんじゃ―――――――――あ。」

 

 ―――――――――――そういえば私、認識妨害の呪文をつけたまま、ルーピン先生の所にペティグリューを届けたんだった!!

 

 

 だからルーピン教授も、ネズミを届けた女生徒が誰か分からなかったに違いない。どうりでペティグリュー確保から1週間経っても、何の事情も聴かれないはずだ。

 

 

 ペティグリュー逮捕とダリアとの間の因果関係は、まだ露見していない。

 

「そうだ、まだ私、バレてないんだわ!このまま知らんぷりしていれば、まだ誤魔化せる――――――!!」

 

「お前、本当に何やらかしたんだよ―――――――――まあいいや。そこで、だ。お前と取引がしたい。」

 

「え?取引?」

 

 ダリアは目をぱちぱちさせた後、嫌な顔をした。この場面で持ちかけられる取引など、良いものであるはずがない。

 

「まだあの人は、お前がペティグリュー関連で何かしでかしたことに気付いていない。しかし、俺はこうして、知ってしまったわけだ。つまり、あの人が俺に開心術を掛ければ、一発でばれてしまう。」

 

「――――――――うん。」

 

「記憶を封じてもらっても構わない。前、お前を石から蘇生させた金髪の奴―――――――キャットとか言ったか。あいつの記憶は、何故かあの人には漏れなかった。あいつが何か特殊な魔法を使ったんだと思う。―――――――お前も同じことができないか?」

 

「―――――――多分、出来ると思う。」

 

 確かにキャットはあの時、その場に居合わせた3人の意識に鍵をかけていた。彼はいとも簡単にやってのけていたが、それなりに難しい魔法である。

 しかし、ダリアも大魔法使いの端くれだ。似たようなことは当然できる。ダリアはノットのこめかみに指で触れ、今の記憶に鍵をかけた。かつてセドリックにかけていた魔法と同じ系統のものだ。

 

「よし、鍵をかけたわ。これで、開心術を掛けられたって何もわからないし、誰かに伝えようとしても無意識の内に別の事を話し出すわ。これそういう魔法だから。―――――――――それで、私は代わりに何をすればいいの?」

 

「―――――――逆転時計を作る手伝いをしてくれ。」

 

「逆転時計を?」

 

 

 

 

 まさか、ノットからその言葉が出てくるとは思わなかった。まさに今、ダリアのポケットの中に入っている魔法道具である。

 

「どういうこと?ノットのママなら、逆転時計くらい、魔法省に申請して借りれるんじゃないの?」

 

「そうだとは思うんだがな―――――――――あの人の予知では、俺は将来、魔法省に登録されていない自作の逆転時計を手にしているらしいんだ。あの人はその逆転時計が目的で、ノット家に入り込んだと言っている。」

 

「――――――。」

 

「俺はどうしても、逆転時計を作成しなければいけない。お前、逆転時計持っているだろう?今年の様子を見てたら、そうとしか思えない。――――――頼む、協力してくれ。もし俺があの人の期待に沿えなかったら、父さんが危ないんだ。」

 

 ノットは必死だった。

 当然かもしれない。父親が錯乱の呪文を掛けられて得体のしれない女と再婚し、彼女を「母親」と呼びながら一緒に暮らしている。どこかで似たようなシチュエーションを耳にしたことがあるだけに、少々罪悪感もある。

 

 ダリアはノットに同情した。確かにここ6か月無視されたことは頭に来ていたが、それは一応ダリアをかばおうとしてやったことでもあるというし。

 

 考えた末、ダリアは承諾した。

 

「こんな危ないもの作るなんて、ノットだけじゃできそうに無いもんね―――――――いいわよ、時間はかかると思うけど、協力してあげる。」

 

 逆転時計を作ったとして、実際にあの人に渡すかどうかはその時考えればいい。

 

「本当か!?」

 

 ノットの顔が輝いた。

 

「助かる。お前の言う通り、俺一人だけじゃどうしようも無かった。本当に―――――」

 

「ただし!!!!!!」

 

 ダリアは大声でノットの言葉を遮ると、鼻先に人差し指を突き付けた。

 目に突き刺さりそうになる指先に、ひるむノットを気にも留めず、ダリアは怒りの滲んだ声で続けた。

 

 

 

「―――――もう二度と私の事無視するんじゃないわよ。今度同じことしたら、あんたのママよりひどい目に合わせてやるんだから。きっと本気で怒ったら私の方が怖いわよ。」

 

「―――――――。」

 

「悲しかったんだから、友達に無視されるの。―――――――分かった!?」

 

「―――――――――。」

 

「何びっくりしたような顔してるのよ。」

 

「いや、お前が俺の事を友達と認識していたことに驚いた。」

 

「はぁああああああー!?」

 

 ダリアは今度こそ怒り狂った。

 

「なにそれ、なにそれなにそれ!!!信じられない、どうしてそういうこと言うわけ!?一緒に勉強したりお話したりしたじゃない!そういうことしたらフツー友達でしょ!?どうなのよ!ええ!?」

 

「いや、せいぜい同じ寮の良く話す奴としか思われてないかと―――――――――――まあ、お前友達少ないもんな。」

 

 ノットの何気ない一言がダリアの繊細な心に突き刺さった。ダリアの交友関係は、狭い。

 

「――――今の発言はパンジーに伝えるわ。見てなさい、明日にはホグワーツ中にあんたの根も葉もない恥ずかしい噂が広まって居場所が無くなってるんだから!孤独に震えるがいいわ!」

 

「お前友達に対して、よくそんなひどい事しようと思えるな・・・・・。」

 

 ノットは久々に、脱力したような笑顔を浮かべて笑った。

 

 

 

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