ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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自由へ

 無事ノットと和解したダリアは、清々しい気分で占い学の試験に臨んだ。

 

 先輩たちから聞いた通り、占い学の試験は水晶玉占いだった。トレローニー教授のこだわりなのか、何故か毎年試験内容はそう変わらない。

 

「水晶玉の中に―――――こ、これは、血です!血まみれの、何かが!」

 

「まぁまぁまぁまぁ!!それで、他には何が見えて!?」

 

「まさか、そんな、何てことでしょう―――――こんな運命ひどすぎる――――――」

 

 ダリアは適当に悲惨な運命を創作してトレローニー教授を満足させると、急いでハグリッドの小屋へ向かった。

 

 

 

 

 

 ハグリッドの小屋の横には、遠目に確認する限り、まだヒッポグリフがつながれていた。予想通り、まだ処刑はされていないようだ。

 

 ダリアは一息つくと、体を透明にしてさらに小屋に近づいた。予定通り、このままヒッポグリフを解放して、瞬間移動で彼らの生息地まで連れて行ってしまおう。

 しかし、ダリアがヒッポグリフの嘶きが聞こえる範囲まで辿り着いた時のことだ。ハグリッドの小屋の陰から、人影が3つ飛び出してきた。

 

 

 ――――――ポッターと、ウィーズリーと―――――グレンジャー?

 

 グリフィンドールの3人組だ。当然、透明になっているダリアには気づかない。

 彼らはわき目も振らず、柵に繋がれたヒッポグリフの元へ向かった。

 

 

 

 

 一体何をするつもりなのだろう。彼らの意図を図り切れなかったダリアは、少し離れた場所から様子を伺っていた。

 

「ロン、急いで!早くしないとマクネアが小屋から出てくるわ!」

 

「分かってるさ!――――――ウーン、この!結び目!なんだってんだ!こいつめ!」

 

「ロン、静かに、聞こえちゃうだろ!」

 

 ウィーズリーが必死で、ヒッポグリフを繋ぎとめている縄の結び目と格闘している。どうやら彼らは、ヒッポグリフを逃がそうとしているようだ。

 

 ダリアは以前、ヒッポグリフの生息地を調べている時、関連書籍が全てグレンジャーの名前で借りられていたことを思い出した。彼らもあの時から、ヒッポグリフを助けるために行動を起こしていたのかもしれない。ポッターはハグリッドとかなり親しく付き合っているようだから。

 

 

 

 どちらにしても、彼らが先にヒッポグリフに手を付けてしまった以上、ダリアにできることは何もない。ポッターとは数回言葉を交わしたことはあるが、その他の二人とは(同じ村に住んでいるウィーズリーとすら)ほとんど関わった事の無いダリアには、協力を呼びかける勇気が無かった。

 

 やきもきしながら様子を見守っていると、試行錯誤の末、ウィーズリーがやっとのことでヒッポグリフを繋いでいた縄を解いた。

 

 

「よし、解けたぞ!」

 

「早く、森に隠れなきゃ―――――バックビーク、こっちだよ!」

 

 ポッターが必死でヒッポグリフを森の方へ引っ張るが、ヒッポグリフは小屋の方を気にしてその場から動こうとしない。このまま見つかってしまえばすぐに殺されてしまう。

 ダリアはこっそりと、ヒッポグリフに話しかけた。

 

 ―――――早く森に隠れた方がいいよ。見つかったらひどい目に合うから。

 

 ヒッポグリフは突然どこからか聞こえてきた不思議な声に、驚いたようにあたりを見渡した。

 

『だれ?』

 

 ―――――突然ごめんね。でも、このままここに居たら、――――――うーん、ハグリッドが困ったことになるよ。早く森に隠れた方がいい。

 

 ヒッポグリフは良く分からなかったようだが、ハグリッドが困るという言葉を聞いて、とりあえずは言う通りにすることに決めたらしい。

 突然素直に森へ歩き出したヒッポグリフにポッター達は驚いたが、戸惑っている余裕は無い。足早に森の中へと進んで行った。

 

 

 

 

 ズンズンと森の中を進んで行くポッターの後を、姿を消したままついていく。彼らがヒッポグリフをホグワーツの外へ逃がしてくれるならそれでいいのだが、ダリアにはある心配事があった。

 

 ポッター達がヒッポグリフを、禁じられた森の奥深くに隠そうとしている場合、大変まずいことになる。何故なら今、森の奥にはマンティコアの結界が存在するからだ。

 

 禁じられた森は複雑に入り組んだ深い森である。全貌を把握することが難しく、生き物を隠すにはもってこいの場所なので、結界の存在が無ければダリアもヒッポグリフをそこへ隠すことを考えたかもしれない。

 しかしヒッポグリフは魔法生物であるため、もし結界の中に迷い込んでしまえば、逃げることもできずマンティコアの餌になる運命が待っている。

 

 ポッター達はマンティコアの事を知らないはずだ。誰かがヒッポグリフの背に乗ってホグワーツの外へ逃亡するというのならば問題ないが、彼らもお尋ね者になるつもりはないだろう。やはり禁じられた森の奥深くに隠す計画を考えているのではないだろうか。

 

 ダリアの不安を肯定するかのように、彼らは森の奥へ奥へと進んで行く。

 

 

「ウワー、やっちまったな、僕ら。バレたら完全に退学コースだぞ。」

 

「やめてくれよ、ロン。縁起でもない・・・・。」

 

「でも本当の事よ。絶対に誰にも姿を見られないようにしなきゃ。」

 

 

 コソコソと話す3人の後をつけてしばらく歩くと、少し開けた場所に出た。

 

「よし、この辺りでいいかな―――――――――バックビーク、さあ、行くんだ。」

 

 ―――――――やっぱり、そうなるわよね・・・。

 

 ダリアの不安は的中してしまった。やはり、ポッター達はヒッポグリフを禁じられた森に隠すつもりだったらしい。

 

 ――――――――マンティコアさえ居なければなぁ。このままポッター達に任せてよかったのに。

 

 どうやら、当初の計画通り、ヒッポグリフの生息地へ送って行った方がよさそうだ。

 

 そう考えたダリアは、戸惑ったように動かないヒッポグリフの背によじ登った。突然見えない何かにのしかかられたバックビークが、驚いて空へと羽ばたいた。

 馬は好きだが乗馬はできないダリアは、必死でヒッポグリフの首根っこにかじりついた。

 

「うわ、ちょ、ムリ―――――――お、落ち着いて!何もしないから!」

 

『痛い!羽を引っ張るな!!』

 

「ごめんなさい!あなたが大人しくしてくれたら引っ張らないから!」

 

 見る間に高度がぐんぐんと上がっていく。

 ようやくバックビークが落ち着いた時には、すっかり空高くまで舞い上がっていた。もうすっかり地上の様子は見えなくなってしまっている。

 落ちても魔法で何とかなるとは思うが、こんなに高い場所まで来た事がないダリアは震え上がった。

 

 ヒッポグリフの胴体に生まれたてのコアラのようにへばりつきながら、ダリアは必死で下を見ないようにしてバックビークに語り掛けた。

 

「こ、このまま落ち着いて聞いてね。もう知ってるかもしれないけど、あなたはこのままホグワーツに居たら殺されちゃう。だから、不安だとは思うんだけど、遠いところに逃げなきゃいけないの。―――――――わあ!!」

 

 動揺したヒッポグリフが、再び激しく身を震わせた。当然ダリアも上下に激しく振り回される。

 

「うわぁん『死』んじゃう!たすけてたすけてクレスト――――――ああダメ呼んじゃダメ、でももうムリ!!お願い落ち着いてぇ!」

 

 ほとんど泣きながらヒッポグリフの背にしがみ付いていると、ようやく揺れが収まった。バックビークはとりあえず落ち着いたようだ。すかさずダリアは畳みかける。

 

「お、落ち着いて!!このままだとあなたの大好きなハグリッドも困ったことになるんだよ(逃げても困ったことになるけど)!私が安全な場所まで連れて行ってあげるから―――――!!」

 

『みんなにあいたい!』

 

 バックビークが鳴いた。その叫びを聞いて、ダリアはハッとした。

 

「みんなって――――――他のヒッポグリフの事?」

 

『みんなにあいたい。フィニアンや、ローレルや、マーレン―――――ひとりはさびしいよ!』

 

 バックビークは長い事、群れから離れてハグリッドの小屋に隔離されていた。今までずっと一緒だった群れの仲間たちとも長い事顔を合わせていないはずだ。

 確かに、これから見知らぬ場所にたった一匹で向かうのは、不安に決まっている。しかし、群れ全体が一気にホグワーツから消えてしまうのはどうなのだろう。

 

 

 

 ―――――――――まあ別にいいか。今の禁じられた森はマンティコアが居て危ないし。ほとぼりが冷めるまで避難してた方が安全かも。

 

 いつ結界が解かれるか全く分からない以上、森に安息の地は無い。

 それに今なら、万が一バレたとしてもまるっと全部ポッター達のせいにできるかもしれない。ダリアはそう結論を出すと、バックビークに話しかけた。

 

「いいよ、じゃあ、群れのみんなと一緒に行きましょう。皆の所へ連れて行ってくれる?」

 

『―――――――うん!』

 

 バックビークは元気よく鳴くと、地上をめがけて一気に急降下した。

 

 ダリアは気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと、ダリアは森の開けた空間に居た。幸いなことに、気を失ってもバックビークの羽は握りしめたままだったらしい。「死ぬ」ことも無く無事地上に降下できたようだ。

 

 ダリアはバックビークの背中からずり落ちると、あたりに人が居ないことを確かめて姿を現した。突然姿を現した魔法使いに、ヒッポグリフ達がなんだなんだと集まってきた。

 

「う、ちょっと待って今腰抜けてるから――――――んむぅ。」

 

 以前授業で対峙したフィニアンという若い雌に顔を舐められ、唾液まみれになったダリアはげんなりして顔を顰めた。

 こういう時、自分が大魔法使いでよかったと思う。動物は高い魔力をもつ存在に本能的に敬意を抱くため、敵意を持たれにくいのだ。本来ならば目を合わせてお辞儀をしなければならないはずだが、それは免除で構わないらしい。

 

『どうしたの?バックビークとあそびにきたの?』

 

「ハッ―――――――ち、違うの。私、あなた達を助けに来たのよ。」

 

 ダリアは急いで、これまでの経緯をかいつまんで説明した。早くしなければ、バックビークを探しに魔法省の役人がここへやって来るかもしれない。

 難しい裁判の事はさらっと説明し、マンティコアの脅威について主に強調すると、ヒッポグリフ達はざわめいた。

 

「ハグリッドや住み慣れた土地と離れるのは寂しいかもしれないけど、今の禁じられた森よりかは安全だと思う。いつかは帰ることもできるし、仲間もたくさんいるから、きっと楽しく過ごせるわ。」

 

 ヒッポグリフ達は突然の話に戸惑っていたが、最終的にダリアの提案に同意した。どうやら本能で、森の奥に何か危険な生き物が居ることを察していたらしい。

 

 同意を得ることができたため、ダリアは早速大移動の準備に取り掛かった。

 とはいっても、ポケットからヒッポグリフの生息地の写真を取り出しただけである。こちらの世界の姿現しと同じで、行き先の具体的なイメージが魔法の要なのだ。

 

 ダリアは写真を見つめ、その場所へ自分とヒッポグリフ達が居るイメージを強く持った。ホグワーツの守りの魔法に触れないよう、細心の注意を払って外へ向かって魔力を練り上げる。

 

 次の瞬間、禁じられた森からダリアとヒッポグリフの姿が忽然と消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、成功!全員到着してるわよね――――――ハックシュン!うう、寒い・・・・」

 

 ヒッポグリフは高原地域に生息しているらしく、6月の始めだというのにまだ肌寒い。ダリアは素早くヒッポグリフの数を数え、全員が居ることを確認した。

 

「さあ、あそこの森だよ。餌も水もたくさんあるはずだから、きっと大丈夫。元気でね。」

 

 ヒッポグリフ達が森をめがけ、次々と飛んでいく。新たな仲間に気付いたのか、森の中からも鳥の鳴き声のようなものが聞こえてきた。

 最後に、パロミノのヒッポグリフ――――フィニアンが、ダリアの所へやって来た。

 

『―――――じゃあね、ばいばい。ハグリッドによろしくね。』

 

「あー―――――――――うん、(ちょっとだけ)気にしてみるわ。ばいばい。」

 

 ダリアは曖昧に言葉を濁し、ヒッポグリフ達を見送った。

 

 無事全員が森の中へ入ったのを確認すると、ダリアはため息をついた。今日はとっても疲れた。早くベッドで休みたい。

 

 寮の寝室のベッドなど、写真が無くても細かに思い出せる。ダリアは来た時と同じように守りの魔法の隙間を縫い、ホグワーツの自分のベッドの上に瞬間移動した。

 ダリアはそのまま、ぐっすりと眠り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『消えたヒッポグリフの群れ!!ダンブルドアの陰謀か!?』『処刑を逃れたヒッポグリフ!集団脱走にはハリー・ポッターが関与との噂も?』

 

 予想していた数倍も大事になってしまった。

 

 ダリアは次の日の朝食時、日刊預言者新聞を読みながら冷や汗をかいていた。どうやら日刊預言者新聞には、物事を大げさかつ穿って書くことが得意な記者が存在するらしい。根も葉もないダンブルドアの陰謀論をでっち上げたり、匿名の生徒(恐らくはスリザリン生)が語る言いがかりに近い「ポッター犯人説」をさも事実であるかのように書いたりしている。

 

「ダリア、どうしたの?なんだか顔色が悪いけれど。」

 

「まだ試験の疲れが取れてないんじゃない?昨日もいつの間にかベッドで爆睡してたしさ。」

 

「えっ―――あ、うん。平気平気!またドラコが不機嫌になって面倒だなって思ってただけだから!」

 

「うるさいな!」

 

 ヒッポグリフがまんまと逃げおおせた上に、またもやポッターが注目の的となってしまったドラコがイライラして怒鳴った。

 ダリアはカッカするドラコにお構いなしに、誤魔化すように新聞をめくった。

 

「えーと今日のニュースは他に何かあるかしら。」

 

 絶対に自分が犯人だとバレてはいけない。こんな大変な事になってしまっては、ノットの母親にばれるどころの騒ぎではなくなってしまう。ポッター犯人説を補強する根拠をでっち上げるしかないかもしれない。

 

 誤魔化すために新聞の別の記事に目を走らせたダリアだったが、とある一つの記事に目が止まった。

 

 

 

 

『ブラック氏、未だ発見されず!逃亡中に力尽きた可能性も』

 

「―――――――え、あの人まだ見つかってなかったの!?」

 

 一週間試験勉強でいっぱいいっぱいだったので、全く知らなかった。

 記事によると、ブラックは冤罪が晴れたにもかかわらず、全く姿を見せていないらしい。あまりに音沙汰が無いため、のたれ死んでいる可能性も示唆されている。ダリアはハッと、とある可能性に思い至った。

 

 ―――――もしかしておじさん気付いてないんじゃない?人の気配を感じたら隠れるって前言ってたし。

 

 冷や汗を流したり大声を上げてその後考え込んだり、百面相をしているダリアを、周囲に座っているスリザリン生達が不審な顔で見始めた。視線を感じたパンジーが、肘でこっそりとダリアをつついた。

 

「ダリア、あんたさっきからやっぱりおかしいわよ。突然叫んだり黙ったり―――――何か気になる記事でもあったわけ?」

 

「あ、ううん。なんでもない。ぼーっとしてただけ――――――」

 

 

 

「まだ寝ぼけてるんだろ。いつもならこの時間はまだ夢の中じゃないのか?」

 

「―――――――はぁ!?失礼ね、最近は割と早起きできてるもん!」

 

「そうだったか?三日坊主にならなきゃいいけどな。」

 

「確実に三日以上は続いてるわよっ!」

 

 以前のように軽口を叩きあうノットとダリアを見て、向かいに座っていたダフネが驚いたように目を見開いた。

 

「あら、あなた達、いつの間に仲直りしたの?」

 

「――――――昨日。ノットが今までの態度を反省している様子だったから、許してあげたの。また今喧嘩しそうだけどね!」

 

「おい、なに適当言ってんだよ。誰が反省したって?」

 

「なによ、反省してないっていうの?私にあんなに寂しい思いをさせておいて!?」

 

「いや、まあ。それは――――――――――――悪かった。」

 

「あんた意外と単純だよね・・・・。」

 

 横でやり取りを聞いていたミリセントが、呆れたようにボソッと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験が終わった後の授業は、ほとんどが自習だった。先生達も採点で忙しいのだろう。

 ディメンターも姿を消し、試験勉強からも解き放たれた生徒達は、芝生の上でボール遊びをしたり湖に足を浸して大イカと遊んだりしながら、久々の悠々自適な時間を過ごしていた。

 

 そんな中、ダリアとトゥリリは連れ立って禁じられた森に来ていた。未だ自分の冤罪が晴れた事を知らず、森の中に潜伏しているであろうシリウス・ブラックを探すためだ。

 

『おーい、おじさーん。居るー?かわいいネコちゃん達が会いに来たよー!』

 

『―――――かわいいネコちゃんであることは紛れもない事実だけどさぁ、自分で言うのはちょっとどうかと思うな。』

 

『でも事実なんだからもっと主張していくべきだと思うわ。おーい、ブラックおじさーん!』

 

 いつもブラックが居る辺りで声を張り上げる。しばらくすると近くの茂みがガサゴソと動き、隙間から黒い大きな犬が頭を覗かせた。

 

『あ、おじさんそんなところに居たんだ。』

 

『――――――なんで隠れてるのさ。』

 

『シッ!声が大きい!この辺りは最近、ディメンターではなくて闇祓いがよく巡回しているんだ。普通の犬が禁じられた森に居たら不自然だろう。だからこうしてずっと身を隠していたんだ。』

 

 予想通り、ブラックは自分の冤罪が晴れた事を知らないらしい。ダリアはトゥリリの首輪の隙間に挟んでいた新聞記事を引っ張り出した。

 

『やっぱりおじさん、新聞読んでないから知らないんだね。――――――ハイ、これ今日の新聞記事。』

 

『―――――――――――これは。』

 

 適当に破り取った新聞記事には、『ブラック氏、未だ発見されず!逃亡中に力尽きた可能性も』の見出しが躍っている。ブラックはそれを信じられないという目で茫然と見つめた。

 

『ピーターが――――――――あいつが、捕まったのか!?そんな馬鹿な、一体誰が――――――』

 

『さあ、よくわかんないけど。――――――――これでおじさん、隠れなくて済むんでしょ?闇祓いの人に会いに行ったら?』

 

『――――――――――。』

 

 ブラックは長年憎んできた相手が自分の知らない所で破滅していたということを知り、茫然自失状態だ。

 ダリアはトゥリリと顔を見合わせた。どうしよう。

 

『おーい、おじさん、大丈夫?ショック死してない?』

 

『――――――あ、ああ。大丈夫だ。ただ、現実を受け止めきれなくて。』

 

『――――――――――やっぱり、自分の手で殺したかった?』

 

 ブラックの12年間の盲執は相当のものだったはずだ。それはここ数か月のやり取りの中でも理解できた。

 ホグワーツ城内に侵入するという危険をおかすほどに、彼はペティグリューに対する憎しみを募らせていた。

 

 最初のショック状態から徐々に回復してきたブラックは、それでもまだ現実を受け止めきれないように震えていた。

 

『そのはず、だったんだがな―――――――――――いや、この手で殺してやりたいと思っていたのは、確かなんだ。――――――ハリーを守らなければという思いも勿論あった。だがそれよりも何よりも、あいつを殺さなければ、俺は死んでも死にきれないとずっと思ってたんだ。』

 

『でも、ペティグリューを殺してたら、おじさんの冤罪はずっと晴れなかったと思うよ?それでもやっぱり殺したかったの?』

 

『―――――――――アズカバンに入った時から、俺は自分の人生に対する期待なんかは全部捨てていた。だから、ピーターを生かしておいて証言させようなんて考えは、端から頭に無かったよ。』

 

 シリウスの中で自分の人生は、ジェームズ達が死んだ12年前で止まっている。その後の亡霊のような自分など、どうなっても構わないはずだった。日の光の当たる場所へ出ることなど二度とないと思っていた。

 しかし現実に、ピーターはシリウスの知らない所で捉えられ、結果いつの間にか自分の無実が証明されてしまった。

 死んで埋葬されていたはずなのに、ある日突然墓を掘り起こされて、棺桶の蓋を開けられたような気分だった。

 

『こういう事になって、正直――――――――戸惑っているというのが、本音かもしれない。』

 

『うーん――――――――めんどくさい人なんだね、おじさん。』

 

『しょうがないだろう――――――――人生何があるか分からんと言っても、俺の人生は波乱万丈が過ぎるぞ。めんどくさい人間になるに決まってる。』

 

『開き直られてもねぇ。』

 

 確かに、急に気持ちを切り替えろと言われても難しいのかもしれない。しかしそのあたりはブラックが自分で乗り越えていくしかない問題だ。

 

 ダリアは深くは追及しないことに決めた。

 

『とりあえず、早いところ出頭しなよ。野垂れ死にしたと思われて、お墓とか作られちゃうかも。』

 

『―――――――それは困るな。無いとは思うが、勝手にブラック家所縁の墓に入れられても嫌だし。』

 

『じゃあ、とっとと名乗り出なよ。私がシリウス・ブラックです!って。』

 

『――――――――――――――――――――ま、待ってくれ。』

 

 尻尾で急かすように胴体をペシペシ叩くダリアに、ブラックは焦った様に吠えた。ダリアとトゥリリはきょとんとした。

 

『何?まずい事でもあるの?』

 

 

 

 

『いや、その――――――――――――どうやって出て行けばいいと思う?』

 

『―――――――――――えぇー。』

 

 本当に面倒な問いに、思わず顔を顰めた。ブラックは落ち着かない様子で、尻尾を下げている。

 

『いや、考えても見てくれ。今まで散々闇祓いから逃げてきた私が、今更どの面下げて会いに行けばいいのか。―――――――ちょっと一緒に考えてくれないか?』

 

『知らないよぉ!大人なんだから、自分で考えたら?』

 

『大人と言っても、俺の内面は20代で止まっているから――――――』

 

『十分大人だよ!』

 

『だが――――――――――』

 

 しつこく食い下がるブラックに、ダリアは段々いらいらして来た。丁度いい、ここへ来た『目的』を達してしまおう。

 

『もう、面倒くさいなぁ!――――――――――えい!』

 

 ダリアは自分にかけていた魔法を解いて、人間の姿に戻った。突然の変身に、ブラックは理解が追い付いていない。

 

『なぁ!?お前、まさか――――――――ぐわっ!?』

 

 ブラックが驚愕している隙に、魔法をかけて昏倒させてやった。猫の姿のままだと、魔法が使いにくいのだ。

 トゥリリが前足でブラックをツンツンとつつき、気を失っていることを確認すると、こちらを見て頷いた。

 

『よし、完全に気絶してるよ。――――――――――で、どうするの?』

 

「私たちの記憶を消してから、森の入り口辺りに放置しときましょ。そしたら闇祓いの人が見つけてくれるんじゃない?」

 

 ブラックがまだ禁じられた森に潜伏していたのは、ダリアにとっては運が良かった。

 ノットの母親が危険だという事が分かったため、ブラックの記憶からダリア達につながる部分を消す必要があったのだ。

 ブラックの前ではずっと猫の姿で過ごしていたため、人間と結びつける可能性は低いかもしれないが、それでも念には念を入れておいた方がいいはずだ。おそらくブラックは、事情聴取などの過程で彼女に接触する機会がある。

 

 ダリアはブラックの記憶から、自分とトゥリリの記憶を抜き取った。

 

「――――――――――。」

 

『―――――――ダリア?』

 

 少し名残惜しい気もする。何かの弾みでまた言葉を交わす機会が訪れる場合もあるかもしれないが、可能性は低いだろう。数か月の付き合いだが、それなりに愛着はあった。

 

 ダリアはブラックを森の入り口までズリズリと引きずって放り投げると、魔法で彼を人間の姿へ戻す。

 やつれてみすぼらしい、しかし元は整っていただろうブラックの横顔を見下ろして、ダリアは別れの言葉を告げた。

 

「元気でね、おじさん。色々と愚痴を聞いてくれてありがとう。――――――――――ルーピン先生と、また仲良く話せたらいいね。」

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、ブラックは森の入り口で倒れていた所を、捜索中の闇払いに発見された。

 栄養失調からか前後の記憶が混濁しており、しきりに「スリザリンはやっぱりクソ」等の譫言を繰り返していたという。

 


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