ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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主人公あんまりしゃべりません。


追憶と発覚

 リーマス・ルーピンは狼人間である。

 

 5歳の時フェンリール・グレイバックに噛まれた時以来、リーマスはその事実と向き合い続けてきた。魔法界は狼人間に対して非常に冷徹である。きっと自分は友人も恋人も家族を作ることもできず、孤独に死んでいくのだろうとずっと考えていた。

 

 しかしある時、状況は一変する。リーマスの元に、ホグワーツから入学許可証が届いたのだ。

 ダンブルドア校長は、人狼に不寛容な社会とは打って変わって、リーマスを温かく受け入れた。月に一度理性の無い獣に変身するリーマスのために、身を隠すことができる叫びの屋敷を用意し、誰も近づくことができないようにと暴れ柳を植え付けてくれた。

 

 リーマスはそこで、生涯の友と呼べるであろう少年たちと出会った。

 プロングス、パッドフット、ワームテール。「悪戯仕掛人」の仲間たち。

 彼らはアニメーガスになるという危険を冒してまで、狼人間に変身したリーマスに寄り添ってくれたのだ。

 一生友人などというものは望めないと思っていたリーマスにとっては、夢のような時間だった。

 

 ホグワーツを卒業する頃になると、世間はヴォルデモートの支配により、暗雲が立ち込めていた。リーマスたちは彼らに立ち向かうために、ダンブルドアの元「不死鳥の騎士団」に所属し、ヴォルデモートに抵抗する日々を送っていた。

 

 命の危険と隣り合わせの毎日だった。しかし、リーマスは彼らと一緒ならば、どんな険しい道でも歩いて行けると信じていた。

 

 あのハロウィーンの夜。シリウスが裏切り、ジェームズとリリーが死に、ピーターが殺されたあの時までは。

 

 

 その日、リーマスは一夜にして、全ての親友を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピーターが逮捕されてから一週間。期末試験の採点の最中ダンブルドアからの知らせを受けたリーマスは、着の身着のままで研究室を飛び出した。

 

 

 ――――――シリウスが、見つかった。森の入り口で倒れていたらしい。

 

 一週間前も、リーマスは両手に死んだはずの友人を抱えたまま走っていた。

 明らかになった12年越しの真実。ピーターの裏切りと、シリウスの目的。

 

 シリウスは一体どんな気持ちで、この12年間を冷たい牢獄の中で過ごしてきたのだろう。

 碌に話も聞こうとせずに彼を裏切り者と決めつけた世間に絶望していただろうか。彼を信じることができなかったリーマスを恨んでいただろうか。

 

 医務室のドアを開け放つ。

 マダム・ポンフリーの鋭い叱責が飛ぶが、リーマスはわき目も振らずに部屋の奥へと向かい、衝立の中に飛び込んだ。

 

 

 

 

 医務室の一番奥のベッドには、一人の男が横たわっていた。

 薄汚れた体躯、痩せた手足、落ちくぼんだ眼窩。見る影もないほど窶れ果てているが、リーマスはその風貌に、確かに12年前の親友の面影を感じた。

 

「――――――――――――シリウス。」

 

「リーマス、か?」

 

 シリウスはベッドに横たわったまま、リーマスをジロジロと眺めた。やがて奇妙なものを見るかのような表情で首を傾げた。

 

「―――――――――――――――――お前、老けたなぁ。」

 

 君ほどじゃない。

 リーマスは喉まで出かかった言葉をかろうじて飲み込み、親友を抱きしめた。

 

 かくしてリーマス・ルーピンは失ったはずの友人と、12年ぶりに再会することができたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく!あなたの気持ちはわかりますがね、ここは医務室ですよ!もういい年した大人なんですから、落ち着いた行動を取っていただかないと。生徒に示しが付きませんよ、リーマス!」

 

「は、はい。すみません、マダム・ポンフリー。」

 

 プリプリと怒りながら倒れた衝立を直すマダム・ポンフリーに、リーマスは平身低頭で謝った。彼女には学生時代から世話になりっぱなしなので、頭が上がらないのだ。

 その様子を見て、シリウスが面白そうにクツクツと笑った。

 

「なんだお前、相変わらずマダム・ポンフリーには頭が上がらないのか。」

 

「――――――――そりゃあ、まあね。」

 

「なんだよ、中身は変わらねえなぁ。」

 

 そう言って笑うシリウスを、リーマスは複雑な面持ちで見つめた。シリウスはそう言うが、この12年でリーマスは変わった。幸福な学生時代の記憶に蓋をしたリーマスは、社会に出て世間の人狼に対する冷徹さを思い知り、未来に対する希望というものを失っていた。

 

 むしろ、変わっていないのはシリウスの方だ。リーマスはそう思う。見た目こそ見る影もないほど窶れてはいたが、その笑い方は12年前の青年時代のまま変わらない。

 

 気を利かせたマダム・ポンフリーがブツブツ言いながらベッドを離れると、リーマスはベッドの横の椅子に腰かけた。改めてシリウスに向き直る。

 

「――――――こうして再び、友人と語り合うことができるなんて、思ってもいなかった。この12年間、本当に苦しかっただろう。―――――――君の無実を信じ切れなかったことを、悔やんでも悔やみきれない。」

 

「俺もお前を信じ切れなかった。だから秘密の守り人の事をお前に打ち明けなかったんだ。―――――――――――お互いさまだよ、リーマス。」

 

 二人はどちらからともなく、顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 

 

 

「栄養失調で気絶していた所を発見されたんだって?」

 

「らしいな。――――――まあ俺も、気を失う前後の記憶がはっきりしてないから何とも言えないんだが。食うものに困って常に腹が減っていたのは間違いない。」

 

「君は昔から、大食漢だったからね。―――――――ダンブルドアとはもう話をしたんだろう?」

 

「ああ。さっきまでそこの椅子に座ってた。今頃は魔法省まで足を運んで、俺の事を報告しているはずだ。曰く、お前と落ち着いて話ができるくらいの時間なら、稼いでおいてくれるらしい。――――――――ありがたいことにな。」

 

「ああ。まったくだね。」

 

 リーマスとシリウスは、この12年間の事を取り留めも無く語り合った。

 とはいえ、シリウスの12年間はアズカバンでの単調な日々の繰り返しだったため、語り手は主にリーマスだったが。

 

 ピーターの事は、意識して口に出さなかった。今はただ、かつての輝かしい青春時代の思い出だけに浸りたかった。そう思っていたのは、きっとシリウスも同じだろう。

 

「そうか、ハリーはシーカーになったのか。父親の血だな。」

 

「ああ、見た目はまさにジェームズの生き写しだ。少々向こう見ずな性格も同じだよ。まあ、ジェームズの自意識過剰っぷりには遠く及ばないけれどね。」

 

「ははは!そりゃあよかった。リリーは安心だろうな。」

 

「きっとね。―――――――――ハリーには、会っていかないのかい?」

 

 親友の忘れ形見について嬉しそうに話すシリウスに問いかけると、彼は息を呑んだ。しばらく沈黙した後、くぐもった声で呻いた。

 

「―――――――――会いたいのは山々だが、今は何を話せばいいのか分からない。長年両親の仇とされていた俺が突然会いに行ったところで、ハリーを戸惑わせるだけだろうしな。――――――もう少し自分の頭の整理をしてから、改めて会いに行くつもりだ。」

 

「なんだ、要するに怖気づいてるのか。君らしくもないな、パッドフット。」

 

 かつての自信に満ち溢れたシリウスからは想像もつかない殊勝さに、リーマスは思わず笑ってしまった。シリウスも自覚はあったのか、照れたように顔をそむけた。

 

「色々なことがあったからな、俺にも時間が必要なんだ。ダンブルドアにも、気になることを言われた――――――――――――――そうだ、リーマス。お前、今ホグワーツで教員をしてるんだよな?確かあの、呪われた『闇の魔術に対する防衛術』の。」

 

「ああ。」

 

 闇の魔術に対する防衛術の科目は、リーマスたちが学生の頃から、担当する教授が一年しか続かないことで有名だった。病気になったり、事故にあったり―――――様々な理由で任期が途切れてしまう。

 一部の噂では、かつてこの教科を教えることを望み、ダンブルドアに断られた『例のあの人』の呪いだとも言われていた。

 

 かくいうリーマスも、とある理由から今年度限りで教職を辞することが既に決まっている。

 元々長続きはしないだろうと考えてはいたのだが、実際に辞令を受けた際は、呪いの存在を肌で感じた。

 

「確かにその呪われた教科を担当しているよ。それがどうかしたのかい?」

 

「いや、ある生徒について、聞きたくてな。名前は確か、あー――――――――ダリア、とか言ったか。」

 

「ダリア?――――――――ダリア・モンターナかい?」

 

 予想外の名前に、リーマスは目をしばたたかせた。

 

 ダリア・モンターナ。ハリーと同学年の女生徒で、スリザリンきっての優等生だ。

 ディメンターに過剰な反応を示した生徒の一人でもあり、偶然にもホグワーツ特急で彼女の容態を診ることになった際、スリザリンの生徒にしては珍しくハッフルパフの生徒と親し気につるんでいたため、よく覚えていた。

 

 小柄で可愛らしい印象の少女だが、その実中々に強烈な性格をしているらしく、その上親しい友人意外とは口も利かないため、(スリザリンの生徒全般に言えることだが)他寮生からは遠巻きにされがちな生徒でもある。

 

「そうだ、確かそんな名前だったはずだ。―――――――いや、さっきダンブルドアからその名前を聞いたんだが、妙に気になってしまって。」

 

「ああ、なるほど。」

 

 リーマスがホグワーツに来た当初から、何故かダンブルドアは彼女の事を気にしていた節があった。

 

 ボガートと対峙する授業を行った時の事である。授業内容を知ったダンブルドアは、スリザリンの生徒達のボガートが何に変身するのかを報告するよう、リーマスに依頼した。

 リーマスは当初、闇の帝王の影響下にある純血貴族を炙り出すための作戦だろうと考えていたため、ダンブルドアがいの一番に彼女について聞いてきた時、意外に思ったのだ。

 

 確かに、彼女の『死』に対する拒絶は相当なものだった。ダンブルドアはそれを知り、さらに疑惑を深めてしまったようである。

 

「私もよく分からないんだがね。何でもダンブルドアは、彼女に学生時代のヴォルデモート郷の面影を感じるらしいよ。疑心暗鬼になっているとは、本人も言ってはいたが――――――――。」

 

「君はどう思うんだ?ムーニー。」

 

 シリウスの問いに、リーマスはしばらく考え込んだ。

 

「――――――正直なところ、良く分からないというのが本音かな。それほど彼女について知っているわけでもないし。」

 

 基本的にスリザリン生には、自寮以外の人間に淡泊な生徒が多い。ダリア・モンターナもその例に漏れず、授業に関すること以外で関わったことがほとんどない。

 実際噂では色々と問題のある性格をしていると聞くものの、授業を受ける態度は優等生そのものであり、リーマスの目にはそう問題のある生徒として映ったことは無かった。

 

「ダンブルドアの事だ。他にも色々と疑わしく思う理由があるのだと思うが、目に見えて怪しい生徒というわけではないよ。――――――――まあ確かに、猫被りの傾向はあるけれどね。」

 

「ネコを――――――かぶる―――――――」

 

 シリウスがぼんやりと、リーマスの言葉を復唱した。気になることがあるのだろうか、視線が何かを思い出そうとするかのように宙を彷徨っている。

 

「人の目を気にして生きてきた人生だからね、そういうのには鋭いんだよ。まあスリザリン生にはよくあることじゃないか。―――――どうかしたのかい?」

 

「ネコ――――――ダリア――――――――ううむ。何故かそれらの言葉を聞くと、こう、無性に腹が立ってくるというか、文句を言いたくなってくるというか。いや、理由は分からないんだが。」

 

「なんだいそれ。」

 

「だから、自分でも分からないんだよ。ただこう、妙に違和感があるというか。」

 

「―――――――――昔火遊びした女の子に同じ名前の子が居たんじゃないのかい?あの頃は君、いつ刺されてもおかしくない生活を送っていたし。」

 

「いや、流石にそれはないはずだ―――――――――――――――たぶん。」

 

 かつて女の敵だったシリウスは、自信なさげに付け足した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝刊の一面は、ブラック氏保護の記事で埋め尽くされていた。

 

 大きく引き伸ばされた写真では、伸び放題だった髭や髪を小綺麗に整えたブラックが、フラッシュの嵐を煩わしそうに避けながら、仏頂面で画面を睨みつけている。社会的地位を回復しても、柄の悪さは相変わらずらしい。

 

 写真に添えられた文章では、ブラックがアズカバンをどのように脱出したか、どうやってディメンターの追跡を逃れたかという事にはほとんど触れられておらず、今後ブラックの生活や魔法省からの補償についての記事ばかりが書かれていた。

 

 自分が無登録の動物もどきだという事を隠し通すことができたのだろうか。それとも、違法行為を見逃す代わりに、何らかの取引をしたのだろうか。

 

 ――――――――どっちにしても、監獄の脱出方法なんか新聞には載せないか。真似されたら困るもんね。

 

 兎にも角にも記事を読む限り、ブラックは魔法省の全面的なバックアップの元、社会復帰を目指すのだという。しばらく療養をした後は、本人たっての希望で闇祓いの試験を受ける予定らしい。

 

「『12年の獄中生活で、ブラック氏の腕が鈍っていないことを祈ろうではないか。』―――――すごい嫌みな書き方ねぇ。ちょっと前から思ってたけど、日刊預言者新聞ってこういうの多くない?」

 

「ああ、リータ・スキータのこと?まぁ典型的なゴシップ記者よね。いったん目を付けられたら最後、骨までしゃぶりつくされるから気を付けた方がいいわよ。」

 

 パンジーが何でもないように言った。どうやら魔法界では、それなりに名の知れた人物であるらしい。勿論あまり良くない意味でだが。

 パパラッチにあまりいい思い出が無いダリアは、眉を顰めて新聞を流し読みした。

 

「だいたいブラック関係の記事ばっかりね。『名門貴族の元御曹司、ブラック氏の素顔に迫る』『ペティグリューの大きなウソ、家族は今何を語る』『クラウチ氏、ついに辞職か』―――――――げ、『ヒッポグリフ集団脱走。未だ行方は掴めず。』」

 

 ヒッポグリフの群れがマグルの居住地に現れる可能性も危惧されているらしく、魔法省は必死の捜索を行っているようだが、消えたヒッポグリフの行方は依然として不明のままであるのだという。

 まさかヒッポグリフが瞬間移動で遠く離れた地へ逃走したとは誰も思っていないため、捜索はホグワーツ近辺を中心に行われているらしい。

 

 ヒッポグリフの行方を追っているのは魔法生物規制管理部――――――セドリックの父、エイモスが勤めている部署だ。

 

 ―――――――――どうしよう、これは、ちょっと、出頭した方がいいのかしら。いや、絶対しないけど。でも、おじさんが大変になるのは本意じゃないっていうか。

 

 ここ数年、事あるごとに何故か大量発生する魔法生物の対応に呼び出され、家族旅行にも行けなくなるほど忙しくしているエイモスを知っていたダリアは、彼の余計な仕事を増やしてしまったという事実に落ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィフィ・フィスビー。」

 

 今までの人生で一度も口にしたことが無い菓子の名を口にする。この瞬間はいつも憂鬱だ。

 スネイプはせり上がっていくガーゴイル像を睨みつけると、重々しい足取りで現れた螺旋階段を上った。

 

 扉を開けると、ダンブルドアが机に向かい、書類仕事に勤しんでいるのが見える。時折舐めている羽ペンは、おそらくハニーデュークスの砂糖羽ペンだろう。この老人は甘いものに目が無いのだ。

 

 スネイプの訪問に気付いていないのか、それとも気付いていながらわざと気付いていないふりをしているのか。ダンブルドアは時たま、こちらを試すかのような態度を取る時がある。

 スネイプはため息をつくと、校長室に足を踏み入れ、少々乱暴な口調でダンブルドアに声を掛けた。

 

「――――――――――失礼、セブルス・スネイプです。頼まれていた件で報告に参りました。」

 

「おお、セブルス。よく来てくれたのう。すぐに終わらせるから、そこにかけて待っていておくれ。」

 

 顔も上げずにそう告げたダンブルドアに、スネイプは再度ため息をついた。おそらく、これは気付いていたパターンだろう。その上で、スネイプより書類仕事を優先させたに違いない。

 

 スネイプは仕方なしに、指示された通り校長室のソファに腰かけた。

 目の前の机には、今朝の日刊預言者新聞が放り出されていた。スネイプはそれに素早く目を走らせると、不快なものを見たかのように鼻を鳴らし、それを視界の隅に追いやった。

 

 シリウス・ブラック。―――――――スネイプの大事な人を裏切り、死に至らしめた存在として10年以上も憎んできた人物だ。

 この度のペティグリュー逮捕でブラックの冤罪は証明されたが、そもそもペティグリューの裏切りはブラック自身が撒いた種でもある。スネイプのブラックに対する恨みは決して晴れては居なかった。

 

 そうでなくても、かつて自分をどん底まで虐げ、破滅するよう仕向けた男の姿など、できる限り目に入れたくない。

 スネイプは新聞記事を見なかったことにして、ようやく書類仕事を終えて顔を上げたダンブルドアに向き直った。

 

「すまぬ、待たせたのう。シリウスやヒッポグリフの件で、魔法省に色々と提出せねばならん書類がたまっておったのじゃ。」

 

「いえ。お気になさらず。」

 

 本当は文句を言いたかったが、社交辞令として一応そう言っておいた。そんなスネイプの気持ちを知ってか知らずか、ダンブルドアは悠々と歩いて向かいのソファに腰かけると、キラキラした目でスネイプを見つめた。

 

「―――――――――――して、早速じゃが、調査の結果を聞きたい。禁じられた森の奥はどうなっておった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 先日ホグワーツで保護されたシリウス・ブラック。ダンブルドアは医務室でシリウスと話をした際、彼から気がかりな情報を得ていた。

 

 ――――――――禁じられた森の奥で不審な人物に出会った。その人物はどうやら、森の奥でマンティコアを飼いならしているらしい。

 動物もどきになり、犬の姿で森に隠れていたシリウスは、幾度となくその姿を目にしたのだという。

 

 マンティコアは魔法省の分類で危険度XXXXXに属する魔法生物である。当然、禁じられた森には本来生息するはずもない生き物だ。強力な毒を持ち、人語を話すことができるほど知能が高く、その皮膚は魔法を通さないため、今まで何人もの熟練の魔法使いがマンティコアに殺されている。

 多数の生徒達が暮らすホグワーツの敷地内にもし本当に存在するならば、それはとんでもない話である。早急に手を打たなければならない案件だった。

 

 そしてそのマンティコアを飼いならしているという不審な人物。その人物の目的が分からない以上、大々的に調査するのは憚られる。

 そこでダンブルドアは、腹心の部下であるスネイプにすぐさま、単身禁じられた森の調査を命じていた。

 

 禁じられた森は古代の魔力が色濃く残る原生林である。入り口近くの浅い場所はともかく、森の奥は森番のハグリッドですら躊躇する危険地帯だ。

 スネイプとてできる限り訪れたくない場所ではあったが、ダンブルドアの命令には逆らえない。渋々ながらも昨夜遅く、森の奥深くへと足を踏み入れたのだった。

 

 とはいえスネイプも学生時代、魔法薬の材料を採取するため、幾度となく禁じられた森には侵入した経験があった。それなりに慣れた足取りで分け入ったその先で、スネイプは森にとある異変が起きていることに気がついた。

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――――――魔法生物の大量発生、じゃと?」

 

「ええ。残念ながら、不審な人物もマンティコアも見つけることはできませんでしたが、その他の異変は一目瞭然でした。レッドキャップやヒンキーパンク、その他にも禁じられた森に生息していないはずの生物の姿が数多く見られました。」

 

「――――――どれもここ数年、各地で大量発生した魔法生物じゃな。まさか、ホグワーツの敷地内で繁殖しておったとは。――――ハグリッドは気付かなんだか?」

 

「吾輩も疑問に思い、調べてみたところ、巨人除けのまじないがいたるところに施されておりました。巨人の生息地近くの地域でよく使用されるもので、巨人が近づくと精神に変調をきたし、前後の記憶が曖昧になる類のまじないです。―――――――人間には全く害が無いため、今まで誰も気付かなかったものかと。」

 

「なんと。―――――――――なるほど、それで2年前、ハグリッドはドラコを禁じられた森に置き去りにしたのじゃな。」

 

「おそらくは。」

 

 2年前、ハリー達が一年生だった時のことだ。ハグリッドを引率者とした禁じられた森での罰則で、ドラコが森に置き去りにされるという事件が起きていた。

 

 当時からダンブルドアは、事件に対して疑問を抱いていた。確かにハグリッドはスリザリンに対して良くない感情を持っているものの、一年生の生徒を森に置き去りにして平気な顔をできる人間では決してない。

 

 おそらくそのまじないは、森を常に巡回するハグリッドに異変を察知されないための物であると考えられる。ドラコが偶然その近くへ迷い込んでしまい、探しに来たハグリッドはまじないの影響で前後不覚に陥ってしまったのだとすれば、疑問は解消される。

 

「あの時詳しく調べておくべきじゃったのう。まさかホグワーツ内でそのような大胆な行動を起こす者がおるとは―――――――」

 

「灯台下暗し、という奴ですな。――――――ヒッポグリフを連れ去ったのも、ブラックが見たという不審な人物の仕業なのでしょうか?」

 

「可能性は大いにある。―――――――――ふむ。」

 

 ダンブルドアは難しい顔をして黙り込んだ。

 

 各地で被害をもたらしている魔法生物の大量発生、それらの生物のホグワーツの敷地内での繁殖。更に今回のヒッポグリフの事件で、ホグワーツ内から魔法生物が逃げるという前例が出来てしまった。

 シリウスの言う通り、マンティコアなどの危険生物までもが繁殖されているというのならば、その目的とは。

 

「――――――――――これは、ちとまずいことになるやもしれんのう。」

 

 なんとしても、不審者の正体とその目的を暴かなければならない。ダンブルドアの背を冷や汗が伝った。

 

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