5歳かそこらで家を出てクレストマンシー城へやって来たダリアにとって、生家であるカプローナで過ごした当時の記憶はひたすら遠いものだった。数年前にクレストマンシー城へ遊びに来た弟のトニーノを除き、10年以上も会っていないのだ。今では双子の兄の顔でさえ曖昧なものとなっている。
しかし最近、何故だか母の事をよく思い出す。
ダリアの母エリザベスは英国出身で、黒髪に褐色の目をした人間が多いカプローナでは珍しい、金髪碧眼の魔女だった。
エリザベスはクレストマンシーがまだ先代のゲイブリル・ド・ウィットだった頃、『才能ある子ども』としてクレストマンシー城に集められた、将来有望な若者の一人だったらしい。
彼女は魔法の才能だけではなく、音楽の才能についても素晴らしいものを持っていた。だから、英国に旅行に来ていたダリアの父アントニオと結婚して、モンターナ家に入ることを認められたのだ。モンターナ家では魔法の才能の他にも、音楽家としての才能をとても重んじている。
ダリアはエリザベスの事が大好きだった。すぐ下に弟のトニーノが居たので表立って甘えることはできなかったが、母から受け継いだ青い瞳と魔法の才能を誇りに思っていたし、クレストマンシー城へ行ったのだって、元々は母の期待に応えたいからだった。
だからだろうか。ダリアはエリザベスに似たところのあるサラを見ると、時々泣きたいような気持になる。
それが母を恋しがっての事なのか、サラに対する罪悪感からくるものなのか、ダリアには分からない。
「――――――――ダリア、起きて。もう出発する時間よ。」
「うぅ――――――――――」
ダリアは体を優しく揺さぶられて目を覚ました。目をしょぼしょぼと開けると、ベッドの横からサラが覗き込んでいた。
「いまなんじ・・・・・・?」
「朝の2時前よ。今日は早起きしてワールドカップの会場へ行くって言ってたでしょう?」
確かに聞いていたが、こんなに早く起きる必要があるとは思わなかった。ダリアは目をこすりながら身を起こした。
「2時は朝じゃないよ、まだ夜だよ―――――ふわぁあああ。」
「さぁ、顔を洗ってらっしゃい。エイモスとセドはもう起きて荷物の準備をしているわよ。」
「はぁい。」
ダリアがヨロヨロとバスルームへ向かったのを確認すると、サラは慌ただしくキッチンへ戻って行った。会場へ着いてから食べる簡単な食事をランチボックスに詰めるのに忙しかったからだ。
しばらくして身支度を整えたダリアが玄関に向かうと、既にディゴリー家の面々は準備を終えて待っていた。
「ああ、やっと来た。急がないとポートキーの時間に遅れるよ。―――――よし、鞄も持ってるね、トゥリリは?」
「リュックの中に入れてる――――――ふわぁ。」
夜行性のくせに眠りこけていたトゥリリは、いくらつついてもひげを引っ張っても絶対に起きなかったので、鞄にむりくり詰め込んでやった。中の空間が拡張されたカバンなので、苦しくはないはずだ。
「よし、そろそろ出発するとしよう。ポートキーは村はずれのストーツヘッド・ヒルにある。ここからだと2時間はくだらない。――――――――セド、ダリア、ちゃんと歩きやすい靴を履いているな?結構な距離だ。」
「大丈夫だよ、父さん。」
セドリックが大きなリュックを背負いながら答えた。ダリアの物よりも二回りも大きい。中には着替えや応援グッズの他にも、テントの設営道具などが詰まっている。
エイモスもセドリックと同じくらい大きいリュックを背負うと、サラにキスをした。サラはクィディッチの試合が終わった後に、キャンプで合流することになっていた。
「行ってらっしゃい、エイモス。セドも気を付けて――――――ダリア、どうしたの?」
「うん。―――――――――――おばさん、留守番でよかったの?ワールドカップ見たかったんじゃないの?」
ワールドカップのチケットはとても貴重である。エイモスも頑張ったのだが、なんとか3枚用意することが精いっぱいだった。
本来ならダリアのチケットはサラの物のはずだったのでは、と考えていたのだが、サラは笑って否定した。
「やだ、ダリアったらそんなことを心配していたの?――――――いいのよ。元々今までのワールドカップもエイモスとセドだけで行っていたし、クィディッチにそこまで熱中しているわけじゃないもの。どんな試合だったか、あなた達から話を聞くだけで十分。」
「―――――――――そうなの?」
「そうなのよ。ホラ、行ってらっしゃい。楽しんでくるのよ。」
ダリアがサラの頬にキスをすると、一行はディゴリー家を後にして、ストーツヘッド・ヒルに向けて出発した。外はまだ暗く、肌寒い。
ダリアは振り返ると、玄関口でこちらを見送っているサラに手を振って歩き出した。
空が白み始める頃には、ダリアはもうへとへとになっていた。
ストーツヘッド・ヒルは名前の通り小高い丘である。マグルに見つからないように、急な獣道を辿って登る必要があるのだが、これが思いの外つらい。ダリアは舗装された道のありがたさをこれでもかというほど思い知った。
毎日のジョギングで体力がついてきたとはいえ、まだモヤシっ子の域を出ないダリアは、すぐに音を上げた。
「ダリア、あと少しだから、頑張るんだ。」
「疲れた、もうムリ、歩けない―――――――こんなことなら、おばさんに付き添い姿くらましで連れて行ってもらえばよかったぁ。」
「ダリアがポートキーで一緒に行くって言い張ったんじゃないか。」
「だってもっと、ピクニックみたいな感じだと思ってたんだもん!」
ダリアの貧弱さを心配したサラに、付き添い姿くらましで会場まで送って行く提案もされていたのだが、エイモスやセドリックと一緒にポートキーで行ってみたかったダリアはそれをわざわざ断っていたのだ。
ヒィヒィ言うダリアに、エイモスが心配そうに声を掛けた。
「大丈夫か?ダリア。辛いようなら私が荷物を持つが――――」
「ダメだよ父さん、ダリアをそんなに甘やかしたら。自分で歩けるって言ったんだから―――――ほら、丘の頂上まであと少しだ。後ろから押してあげるから。」
「うぅ――――――分かってるし、自分で歩けるし――――――」
ダリアは這う這うの体で残りの山道を登り切った。
頂上に辿り着いたものの、辺りには誰も居なかった。予定ではディゴリー家以外の家族もここのポートキーを使うそうなのだが、どうやら早めに到着してしまったらしい。
「ポートキーが動く時間まではまだ余裕があるな―――――――セドとダリアはここで少し休憩していなさい。私はポートキーがどこにあるのか探してこよう。」
エイモスはそう言うと、ポートキーを探しに丘の向こうへ歩いて行った。ダリアはお言葉に甘えることにして、適当な木陰に座り込んだ。
うっすらと明るくなってきたとはいえ、辺りはまだ暗い。ちょっとでも気を抜くと眠り込んでしまいそうだ。
木にもたれかかったままうつらうつらするダリアに、セドリックが水筒を差し出した。
「よく頑張ったね。ホラ、冷たいお茶だよ。飲むだろう?」
「飲む――――――――。」
ダリアは気力を振り絞って目を開けると、冷たいお茶を喉に流し込んだ。
少しは目が覚めたかもしれない。先ほどよりはすっきりとした頭で、辺りを見渡した。
「ここのどこかにポートキーがあるんでしょ?どんなのか知ってる?」
「さぁ。きっとマグルの興味をひかないような、何でもないものだとは思うけれど。――――――少し休んだら、僕らも探しに行こう。」
「うん。」
汗が引くまでしばらく休憩すると、ダリアはポートキーを探し始めた。薄暗く足元が見えにくいので、とても探しにくい。
タイヤや自転車のチューブなど、いくつかそれらしきものは見つけたが、結果的にただのガラクタだった。中々見つけることが出来ない。
いっそのことバレないように魔法で探し出すべきか、そうダリアが思い始めたころ、遠くからエイモスの声が聞こえてきた。
「父さんが見つけたみたいだ。行こう。」
エイモスがポートキーを発見したらしい。ダリアとセドリックは急いで声の方へ走って行った。
二人がその場所へたどり着くと、エイモスは背がひょろりと高い男性と話していた。
赤毛なので、恐らくウィーズリー家の誰かだろう。男性は二人に気が付くと、ニッコリと笑いかけてきた。
「おやおや、セドリックじゃないか!久しぶりだね、随分と背が伸びたなぁ。エイモスからいつも話は聞いているよ。――――――――ということは、その子が例の姪っ子かね?」
「ああ、姪っ子のダリアだ。可愛いだろう。―――――――ダリア、会うのは初めてだね?隠れ穴のアーサー・ウィーズリーだよ。魔法省に勤めていらっしゃる。」
「――――――こんにちは、ダリア・モンターナです。よろしくお願いします。」
ダリアは礼儀正しくぺこりとお辞儀をした。アーサー・ウィーズリーはその様子をニコニコと笑って見ている。ひとまず良い第一印象を与えることには成功したらしい。
しかし、更に数人の人影が丘の頂上に現れた途端、ダリアは慌ててセドリックの背中に張り付いた。
アーサー・ウィーズリーは自分の家族の他にも、数人知り合いを連れてきたらしい。ダリアも見たことがある顔で、ロン・ウィーズリーが親しく付き合っているグリフィンドールのグレンジャーとポッターだ。
問題は、ポッターのそばに立っている背の高い男である。最近日刊預言者新聞で頻繁に名前を見る、シリウス・ブラックだった。
食事も満足に取れずに窶れ果てていた以前とは違い、きちんと身なりを整えた事により、驚くほどハンサムな大人の男性になっている。顔中に明るい笑顔を浮かべているということも、全く違う印象を受ける要因の一つだろう。
―――――――そういえば、ブラックってポッターの名付け親なんだっけ・・・。
ダリアはふと、森の中でブラックが語っていたことを思い出した。ポッターの父親は、学生時代のブラックの親友だったらしい。汚名が晴れた今ならば、名付け子に会うことに抵抗があるはずもないだろう。
別れ際に記憶をまるっと消したため、こちらのことなど覚えていないだろうが、ダリアとしてはそれなりに気まずい再会だ。
そんなダリアの心境など知る由もないアーサーが、彼らにディゴリー家の紹介を始めた。
「私の子たちは知っているだろうが――――――――同じ村にお住まいのエイモス・ディゴリーさんだよ。エイモスは『魔法生物規制管理部』にお勤めなんだ。――――――――セドリックとダリアのことは知っているね?」
紹介されたセドリックが、人の良い笑みを浮かべて「やあ。」と挨拶をした。ダリアも便乗してちょこっと頭を下げた。
ほとんどが真っ当に挨拶を返して来たのだが、フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーの双子だけはむっつりした顔で頭を動かしただけだったので、ダリアは自分の事を棚に上げてむっとした。
――――――なによあれ態度悪い。せっかくセドリックが挨拶してるのに!
頭に来たダリアがセドリックの陰からこっそりアカンベェをしたので、双子もますます頑なになっていく。自分を挟んで睨みあいが始まったセドリックは、大変居心地の悪い思いをすることになった。
セドリック自身、態度には出さないがフレッドとジョージの双子相手にはとっつきにくさを感じていたため、気まずさもひとしおだった。
その蟠りの根底に幼少期にクィディッチでコテンパンにされた嫌な思い出があるのは確かだが、そもそも優等生タイプのセドリックと自由気ままな双子の馬が合うはずも無い。
嫌いなわけでは無いが、一般的な幼馴染のように親しく付き合うこともできない。あちらもきっと同じことを思っているはずだ。
子どもたちが険悪な雰囲気になりかけていることなど気にも留めず、父親たちは和気藹々と近況について語り合っている。
エイモスがハリーの存在に気付き、去年のクィディッチの試合を引き合いに出していつもの息子自慢を始めたため、場の空気が余計にギスギスし始め、ますますセドリックはいたたまれなくなってきた。
「父さん、前も説明しただろう?あの試合結果は事故だったんだって―――――僕が上手かったわけでも、ハリーがミスをしたわけでもないんだ。」
「でも、セドリックがスニッチを捕ったのは、ポッターが箒から落ちる前だもん。勝ちは勝ちだよ。」
延々と続くエイモスの息子自慢に、セドリックがたまらず口を挟んだが、すかさずダリアが横やりを入れた。
「ちょっ――――ダリア!余計なことを―――――――」
「そうだ、まったくもってその通りだ。流石、ダリアはよくわかっている!うちのセドはいつだって謙虚で、ジェントルマンで―――――――」
ダリアは「どうして怒ってるの?」とでも言いたげな邪気の無い表情でセドリックを見上げ、首を傾げている。無垢な可愛い女の子を装おうとしているが、絶対に確信犯だ。
ダリアの煽りを受けますます勢いづく父親の弁舌に、セドリックはとうとう匙を投げた。
「そろそろ時間だ。準備をしよう。」
セドリックにとって幸いな事に、アーサー・ウィーズリーの一言によって話題が変えられた。
そろそろポートキーが発動する時間になるようだ。その時間に全員がキーに触れているようにしなければ、触れていない者はこの場に取り残されてしまう。
しかし、この場には大の大人を含めて11人もの人間が居る。全員が同時にブーツに触れるためには、極限まで間を詰めなければならない。
小柄なダリアは押し潰されながらも、必死で腕を伸ばして古いブーツに触れようとしていた。すぐ前のエイモスが、首を精一杯真後ろへ捻ってダリアの様子を確認しようとしている。
「ダリア、ちゃんとブーツに触れているか?」
「な、なんとか―――――――――」
ピンと伸ばした中指の先だけだが、かろうじてポートキーと接触するという条件を満たしている。
背伸びした足が攣りそうになり、両脚のプルプルとした震えに耐えていたダリアは、ふと背後から視線を感じた。すし詰め状態で身動きが取れないため、振り返って確かめることもできないが、体格からすぐ後ろが大人の男性だという事は判断できる。
エイモスはすぐ前で、アーサーは向かいに居るのが確認できる。となれば、残りの大人は一人しかいない。
―――――――すごく見られてる・・・・なんでよ・・・・
ジロジロと見つめられたつむじの辺りがムズムズしてくる。なんだかとても落ち着かない。
「そろそろ時間だ。数えるぞ――――5、4、3―――――」
アーサー・ウィーズリーが懐中時計を見たままカウントダウンを始めた。なんだか嫌な予感がしたダリアは、すぐ前でポートキーを掲げているエイモスにしがみ付こうとした。
「2、1―――――――」
「ねぇ、おじさん―――――――うわぁ!?」
「おっと手が滑った。」
突然の事だった。カウントダウンが終わる寸前、ダリアは首根っこを掴まれてポートキーから引きはがされた。背後からいかにもわざとらしい呟きが聞こえる。
目を白黒とさせるダリアの前で、ポートキーに触れていた9人が、古ブーツを中心に捩れる様に空間を歪ませて姿を消した。
ダリアはぽかんとして、9人が居た場所を見つめた。たった今起こったことに、じわじわと理解が追い付いてくる。
――――――――え、私、置いて行かれちゃったの?
いや、置いて行かれたのではない。ポートキーが発動する直前に引きはがされたことで、意図的にこの場に取り残されたのだ。
遅れてその事に気付いたダリアは、自分の首根っこを掴んでいるシリウス・ブラックを睨みつけた。しかしブラックは全く意にも介さず、無言で視線をダリアに向けている。
相手にされていないように感じたダリアは、ふつふつと怒りが込み上げてきた。ブラックの腕を振り払うとその場で仁王立ちして、正面から噛みついた。
「ちょっと、一体どういうつもりなの?ワールドカップに行けなくなっちゃったじゃない!!」
「―――――――――。」
「な、なによ、私に何か用でもあるわけ?私、あなたとは初対面のはずなんだけど!――――――はずよね!?」
もしかして記憶を消せていなかったのでは?ダリアは少し心配になって確認したが、ブラックからの反応は無い。ダリアの事を覚えているわけではなさそうだが、そうなるとますますこうして隔離される理由が分からない。
「こんな風にされる謂れなんて無いわ!おじさんたちが私をおいてキャンプを始めちゃったら、責任とれるわけ!?」
「――――――――――。」
「あなたに私の夏休みを妨害する権利なんてないんだからね!本当なら今ごろワールドカップの会場について、おばさんのサンドイッチ食べてから、キャンプの準備始めてるはずなのに!テント立てる予習もしてきたのに!!あなたのせいで計画が台無しよ!!」
「――――――――――。」
「ていうか返事くらいしなさいよーーーーーー!!!!」
全く反応を返さないブラックに、ダリアはプッツンして両足をダンダン踏み鳴らした。
ブラックはダリアの罵声を歯牙にもかけず、顔を真っ赤にして暴れる小さい女の子をまじまじと観察していたが、やがてポツリと呟いた。
「―――――確かに先ほどとは全く態度が違うな。話に聞く通り、猫かぶりというのは間違いないようだが―――――――しかし見れば見るほど、ただの生意気なお子様だ。やはり杞憂だったか。」
「はあ!?」
ただでさえ機嫌を損ねていたダリアは、ブラックの呟きを聞いて更に怒り狂った。大魔法使いの卵である自分の事を「ただのお子様」と評すなど、喧嘩を売っている。
不満たらたらなダリアを他所に、ブラックは勝手に何かに納得したらしい。先ほどとは打って変わって快活に笑うと、誤魔化すようにダリアの肩をバシバシ叩いた。
「いやぁ、悪いな。ハリー達から、スリザリンに可愛らしいお嬢さんが居ると聞いていたもので、話をしてみたくなったんだ。」
「いたいいたい!」
本人は軽くやっているつもりだろうが、力が強いのでかなり痛い。
そして誤魔化し方が雑すぎる。というか誤魔化す気があるのかないのか、疑われたってかまわないような言い草だ。
ブラックはダリアの事を無害な少女と判断したようなので油断しているのだろうが、色々と隠し事をしている自覚があったダリアは内心焦っていた。
――――――どういうこと?ブラックは誰かに私が怪しいと聞いて、それを確かめようとしたってこと?――――――それってやっぱり、ノットのママ?
ダリアを疑っている人物と言えば、真っ先に思い浮かぶのは彼女だ。彼女には去年からずっと探りを入れられていた。
しかしダリアはすぐさまそれを否定した。闇の魔術に対してある意味潔癖と言えるブラックが、純血貴族(それも死喰い人だったという噂のあるノット家)の彼女の言葉を真に受ける可能性は低い。
ブラックがただの学生でしかない少女を疑うとなれば、きっとそれは信頼できる筋からの話だろう。ブラックが信用している人物というと――――――ダンブルドアか、それとも闇祓いの上司か。
まさか自分が「例のあの人の再来」とダンブルドアに疑われているとは露ほども思っていないダリアは、頭を抱えた。疑惑を持たれることの心当たりは山ほどある(最近ではヒッポグリフ拉致事件とか)。
自分が何を疑われているのか悶々と考え込むダリアに、ブラックが軽く声を掛けた。
「私が今から、付き添い姿くらましで会場近くのポイントまで送ろう。そうしたら、あー、キャンプの準備だったか?をするといい。心配しないでくれ。」
「――――――どうも。すぐにそうして欲しいわ。」
いい気なもんだな、とダリアは思った。過酷な運命から解放されたブラックは、人生を目いっぱい楽しんでいるように見える。
そのきっかけをダリアが作ったのに、こうしてダリアを悩ませる原因を作るとは、(本人は全くそのつもりはないにせよ)恩を仇で返された気分だ。
ブラックに腕を掴まれると、一瞬息が詰まるような感覚がした後で、ダリアは見知らぬ森の中にいつの間にか立っていた。あたりにはちらほらと人影が見える。
「ここどこ?」
「ワールドカップの会場近くの姿現しポイントだ。君の保護者も、私が同じようにポートキーで来ていないと気付いたなら、ここへ探しに来ているはずだ。」
ブラックがそう告げた矢先、森の向こうからダリアを呼ぶ声が聞こえた。エイモスとセドリックだ。
「エイモスおじさーん!セドリックー!こっちだよー!!!」
ダリアは大声を上げて手を振った。ダリアに気付いた二人が慌てて走ってきた。
「――――――ダリア!よかった、無事だったか。シリウスと一緒なら、ここへ来ると思っていたんだ。」
エイモスが息を切らせながらそう言った。
ポートキーで移動した後、ダリアとシリウスが居ないと気付いてから、すぐにこの森へ来てダリアの事を探していたらしい。額にかいた汗を拭っていた。
「シリウス、君が居てくれて助かったよ。あんな場所にダリアを一人で置くことになっていたかもしれないと考えると、ゾッとする。」
「いや、礼には及ばないさ、エイモス。」
ダリアを挟んで和気藹々と話し始める大人二人を尻目に、セドリックがこそっと話しかけてきた。
「ポートキーに手が届かなかったのかい?随分と探したんだよ。ここに来ても中々見つからないし――――――――一体何があったんだ?」
「私のせいじゃないよ。」
自分の過失と思われてはたまらない。ダリアは慌てて訂正した。
「あのブラックって人が、私の事ポートキーから引きはがしたの。私のことカワイイと思ったから、話をしてみようと思ったんだって。」
ブラックの先ほどの誤魔化しを信じているわけでは無いが、ダリアはそのまま彼の言い分を流用した。ダリアが何の気なしに放った言葉だが、それを聞いた途端、辺りが一瞬で静まり返った。
セドリックが青い顔で、おそるおそる聞き返した。
「え―――――――っと。聞き間違えたのかな。ブラックさんが、ダリアをわざとポートキーから引きはがしたって?」
「うん。」
「―――――――――ダリアの事を可愛いと思って、話してみたかったから?」
「うん。―――――――さっきからそう言ってるじゃない。何?」
「ま、待ってくれお嬢さん。誤解があるようだ。」
ブラックが焦った様子でダリアの言葉を止めた。いぶかし気に見上げると、ブラックの顔に先ほどまでの余裕が無い。何故だろうか。
「誤解も何も、おじさんがそう言ったんじゃない。ハリーから可愛い女の子が居るっていう事を聞いて、気になってたって。」
「確かにそう言ったが、それは、その―――――――。」
ブラックはどうにか否定しようとしたが、言葉に詰まった。ダンブルドアのダリアに対する疑惑は内々の物なので、人に説明することはできないのだ。
何と説明すればよいかブラックが悩んでいると、ふと周りに人だかりができているのに気が付いた。
有名人に気付いた魔法族がいつの間にか集まっていたらしい。少女の訴えを聞き、ヒソヒソとざわめいている。
このままでは明日の朝刊の見出しが『ブラック、今度の相手は未成年か!?』になってしまう可能性があると気が付いたブラックは青ざめた。
「――――――――――――父さん。」
セドリックが、こわばった表情でエイモスに顔を向けると、話を聞いていたエイモスが同じようにこわばった表情で頷いた。
「シリウス、向こうで話を聞かせてくれないか?」
「ま、待ってくれエイモス。誤解なんだ。」
「いいから、向こうで話を聞かせてくれ―――――――セド、キャンプ場へダリアを連れて行ってやってくれ。」
「分かった。」
そのままエイモスとブラックは、森の奥へと消えていった。先ほどまであんなに和気藹々と話していたにも関わらず、今度は硬い表情で去って行く二人に、ダリアは首を傾げた。
わけが分かっていないのはダリアだけだった。
「―――――――ねぇセドリック、おじさん達何しに行ったの?」
「ダリアは気にしなくていいよ。――――――それよりダリア、ストーツヘッド・ヒルでブラックさんと何をしてたんだい?――――というか、何もされなかった?」
「えー、別に、ひたすらジロジロ見られただけだよ。――――――あ、あとお子様って言われた!それに肩をバシバシ叩かれたの、痛かった!」
「そうか―――――――それは怖かったね、キャンプ場でゆっくり休もうか。」
「?――――――――――うん。」
あんまり怖くは無かったかな、とダリアは思ったが、セドリックが優しく心配してくれるのが嬉しかったので、特に否定せずに大人しくキャンプ場へと手を引かれて行った。
4章だいぶ長くなりそうです。プロットではクィディッチワールドカップも1話分でサクッと終わるはずだったんですが、3話分になってしまいました。