ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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クィディッチ・ワールドカップ②

 キャンプ場には、既に色とりどりのテントが立ち並んでいた。キャンプ場を訪れるのは初めてだったダリアは、興奮気味に個性的なテントを見て回った。

 

「ウワー、ねえ見てセドリック!あのテント煙突がついてるよ、おっかしー!あのテントはプール付きだし、―――――――あ!あの孔雀が繋がれてるお城みたいなテント、ドラコの家のじゃない?すぐわかるわ!」

 

「ダリア、まだ朝早いんだから、静かにしようね。――――――――――さぁ、ここが僕らの場所だよ。」

 

 ディゴリー家に与えられたのは、キャンプ場を流れる小川のほど近くだった。空地の隅に、「でぃごりー」と書かれた立て札が刺さっている。

 

「さてと。父さんが帰ってくるまでに、ちょっとでもテントを立てておこうか。」

 

 セドリックが大きなリュックサックを下ろして、中からテント設営の道具を取り出したのを見て、ダリアは目を輝かせた。今こそ夏休み中に調べた、テント立ての知識を披露する時だ。

 

 

 

 

 

 

 夏季休暇中のホグワーツ生は魔法を使うことを許可されていない。セドリックは勿論、ダリアも律儀にその決まりを守り、人力でテントの設営に取り組んでいた。

 

「じゃあ今から私が木槌で叩くから、セドリックは杭を支えててね?」

 

「あ、ああ。――――――――頼むから、手元をよく見てくれよ。―――――――ってあれ?父さんだ。」

 

「ん?――――――あ、おじさんお帰りなさい!」

 

 柱を立てたり、四隅に杭を打ち込んだりとしているうちに、ブラックとどこかへ消えていったエイモスが戻ってきた。難しい表情をしていたが、子どもたちと半分完成しているテントを見て、ぱっと笑顔になった。

 

「おお、随分出来上がっているじゃないか。」

 

「見て見て、この杭、私が打ち込んだんだよ!」

 

「すごいじゃないか、ダリア!セドもよく頑張ったな。」

 

 ダリアはブンブン木槌を振り回しながら、エイモスに自分の仕事ぶりをアピールした。エイモスはニコニコしながらダリアの頭を撫でたが、後ろでセドリックは苦笑いしている。

 ダリアは予習してきた「テントの立て方」を披露すると早速それを実践して見せたのだが、へっぴり腰で木槌を使うため杭が全く地面に埋まらず、ほとんどセドリックが設営していたのだ。

 

「お帰り、父さん。―――――――――それで、ブラックさんは」

 

「ああ。本人は誤解だと言い張るんだが、歯切れの悪い説明しかしない。最後にはアーサーが間に入ってとりなしてくれたのだが、いやはや―――――――リータの記事を信じたくは無いが、ああいう態度では疑われても仕方がないだろう。」

 

「そうなんだ――――――――――――ダリア、ブラックさんには気を付けるんだよ。」

 

「え、なんで?別に私、何もされてないよ?」

 

「―――――――あー、だから、その。」

 

 セドリックがどういえば良いものか悩んでいると、エイモスがさらりと引き継いだ。

 

「ダリアがとても可愛いから、心配しているんだ。今みたいな知らない場所で、一人で出歩くのは気を付けるんだぞ。―――――――――さぁ、テントを仕上げてしまおう。」

 

「なるほど、わかったわ。」

 

 実際良く分かっていなかったが、とりあえず自分が可愛いという事は理解できたのでダリアは納得した。

 

 

 

 

 

 エイモスが作業に加わってからは早かった。

 マグルのキャンプ場での魔法の使用は厳密には許可されないが、気付かれなければよいというグレーな部分もある。エイモスはうまい具合に魔法を使い、素早くテントの設営を終えた。

 

 ダリアはテントの中に入って歓声を上げた。

 内部は温かみのあるログハウス、と言った様相で、キッチンやテーブル、奥には寝室やバスルームなども備え付けられているようだ。

 

「すごーい!ねぇねぇ、私の部屋は?」

 

「ダリアの部屋は左側だよ。セドは右の扉だ。―――――さぁ、荷ほどきをしたら食事にしようか。もう腹がペコペコだ!」

 

 ダリアは急いでリュックの中身を部屋に広げると、まだ暢気に眠りこけているトゥリリを抱えてダイニングへ向かった。

 3人はテーブルに、サラが早朝に持たせてくれたランチボックスの中身を広げる。中に入っていたのは具がたっぷり挟まれたサンドイッチだ。

 厳しい登山やテントの設営でくたくたになっていた面々は、結構な量の合ったそれをぺろりと平らげた。

 

 クィディッチの試合は夕方から始まるため、それまで随分と時間がある。

 食事を終えてようやく起きだしたトゥリリは、久々の大自然に野生の本能を刺激されたのか、『ちょっと散歩してくるね。』と言ってどこかへ出かけてしまった。

 

 食事後しばらくゆっくりすると、セドリックもエイモスに、少し外を見てくるという事を告げた。

 

「ちょっとキャンプ場を見て回ってくるよ、ダニーも来てるはずだから、探そうと思う。――――ダリアも外に行くかい?」

 

「行く!ダフネ達と会う約束してるの!」

 

「ああ、行ってきなさい。―――――セドリック、ダリアから目を離すんじゃないぞ。」

 

「分かってるよ、父さん。」

 

 先ほどキャンプ場の真ん中あたりで見た孔雀が繋がれたお城のテントを思い出し、ダリアはウキウキとディゴリー家のテントを出発した。待ち合わせ場所はドラコの家のテントの辺りだったのだ。ダフネ達がドラコのテントを「すぐ分かる。」と言っていたのだが、実際に見て見ると意味がよく理解できた。

 

「ダリアはドラコのテントで待ち合わせだっけ?先にそっちへ行こうか。」

 

「いいの?」

 

「ああ。ちょっと君の友達に頼みたいこともあるしね。」

 

 ドラコのテント(仮)は目立つので、すぐに見つけることができた。明らかに普通のテントでは無いのに運営側からとやかく言われないのは、権力のなせる業なのだろうか。

 兎にも角にも、城のようなテントの前へ行くと、案の定前庭に見覚えのある顔が数人立っていた。

 

「あ、ダフネとパンジーと、ノットだ。おーい!」

 

「――――ん?モンターナと、ディゴリーじゃないか。」

 

「あら、久しぶりね。」

 

 普段品の良いドレスやシャツのようなものしか着ているところを見ない三人だが、流石に今日は森の中で過ごすのに適した服装をしている。

 ダリアがダフネやパンジーと再会を喜び合っている間、セドリックはノットと軽く話をしていた。二言三言言葉を交わすと、セドリックはダリアに手を振ってキャンプ場の奥へ消えていった。

 

 ノットが困った顔をして戻ってくる。

 

「あ、ノット。セドリックと何話してたの?」

 

「いや、お前さぁ。変質者につけ狙われてるって本当かよ。」

 

「ええっ!?」「何よそれ!?」

 

 ダフネとパンジーが悲鳴を上げるが、ダリアにとっても寝耳に水だった。

 

「え、何それ、知らないんだけど。」

 

「今ディゴリーが言ってたぞ。さっきお前が、シリウス・ブラックに拉致されてイタズラされかけたって――――――。」

 

「―――――――――ええっ、そうだったの!?」

 

「いや、お前の事だろ・・・。」

 

 ダリアはようやく、先ほどエイモスとセドリックが深刻そうな顔で何やら話し合っていた理由を理解した。なるほど、確かに状況だけ聞けば、ブラックが二回り以上年下の未成年に興味をもって拉致した、という風に取れなくもない。

 

「なるほど、私可愛いから、変質者に狙われてもおかしくないもんね・・・。ブラックには悪い事しちゃったなぁ。」

 

「ダリア、あなたねぇ・・・・。」

 

「初対面の男と、まだ暗い山奥で二人っきりだったんでしょ?流石に暢気すぎるわよ。今回ばかりはディゴリーに同情するわ。」

 

 女子二人に諭されても尚、危機感をもっていないダリアに、ノットがため息をついた。

 

「ディゴリーには、テントに帰る時に送ってやってくれって言われたよ。ブラックはお咎めなしでキャンプ場にまだ居るんだろ?警戒するに越したことは無いだろ。」

 

「――――――まぁ、うん。そうかなぁ。」

 

 完全に未成年に手を出した変質者扱いをされているブラックに、ダリアはちょっと同情した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはりこの豪華なテントはドラコの家のものだったらしい。しばらくしてミリセントが合流したため中に入ると、外観から想像する通りの立派な玄関ホールが現れた。

 

 本物のマルフォイ邸には劣るが、テントの中も本当のお屋敷のように広い作りになっているらしい。サロンのような部屋でマルフォイ夫妻に挨拶をすると、ノットに先導されてドラコの部屋へと向かった。勝手知ったる他人の家、と言った様子だ。

 

「夏休みに入ってから、ずっとマルフォイ家に世話になっているんだ。―――――――家が今、色々と大変でさ。」

 

「お母様が体調を崩されてるんだったかしら。お気の毒に。」

 

「お前、なんで知ってるんだよ、パーキンソン・・・。」

 

 パンジーの言葉に、ダリアは目を剥いた。ノットの母親と言えば、「あの」母親だ。彼女が体調を崩す事態とは、何かあったのだろうか。

 ノットを見ると、意味ありげに目配せをしてきた。やはりノット家に何か異変があったようだ。ダリアもダリアで、ノットに逆転時計の事について伝えることがあったので、後で話を聞いてみることにした。

 

 辿り着いた先の部屋では、ドラコが待っていた。いつものプラチナブロンドを後ろに撫でつける髪型ではなく、前髪が出来ていた。

 

「やぁ、久しぶり。元気にしてたかい?」

 

「ドラコ、久しぶりね!その髪型も似合ってるわ!」

 

 パンジーが黄色い声を上げてドラコに駆け寄って行く。

 先ほどマルフォイ夫妻に挨拶した時にも思ったが、マルフォイ家の人々は、こんな時でもマグルの格好はしないらしい。ドラコもいつもの貴族の子息のスタイルを崩すつもりはないようだった。

 

「世の中真夏なのに、相変わらず暑そうな格好してるのね。髪型と一緒に服装もイメチェンして見ればいいのに。」

 

「ダリア、君も相変わらず無遠慮だなぁ。元気そうで何よりだよ。」

 

「まあね。――――――――ドラコ達は、いつ会場に来たの?」

 

「ついさっきだよ。母上はこういう騒がしいところがお好きではなくってさ。今回はファッジに招待されたから、仕方なくおいでになったんだけどね。」

 

「ふーん。」

 

 ドラコはそういうが、その割に以前ロックハートのサイン会で出会った時には、儚げな外見からは想像もつかないアグレッシブさを見せていたような気がする。ダリアは深く聞かないことにした。

 

 

 

 

 

「そういえば君たち、今年のホグワーツで行われることを聞いているかい?」

 

 大きなソファに座って夏休みの出来事をつらつらと話していると、突然ドラコがもったいぶったように話し始めた。これは何か、ルシウス氏経由で知った情報を自慢するつもりだぞ、と全員が察することができた。

 パンジーがドラコの気分を上げるため、感心したような声を掛ける。

 

「なぁに?ドラコ。お父様から何か聞いているの?」

 

「ああ、これはまだ極秘なんだけどね―――――――今年、ホグワーツで『三大魔法学校対抗試合』が開催されるらしいんだ。」

 

 聞きなれない言葉に、女子4人は首を傾げた。ノットは既にドラコから聞いていたのか、呆れたような表情でドラコの得意げな様子を見ている。

 

「トライ―――――なんですって?」

 

「トライウィザード・トーナメント。ホグワーツと、ボーバトンと、ダームストラング―――――3つの魔法学校が代表者を選考して、選ばれた生徒の能力を競い合う魔法試合さ。あまりに危険な競技だからか、死者が何人も出たとかで数百年もの間開催されていなかったんだが、今年からなんと、復活するらしい。」

 

「ええっ、嘘でしょ!?」

 

 荒事が大好きなミリセントが大興奮で立ち上がった。

 ダリアはドラコの「あまりに危険な競技だから」という部分が引っかかっていた。ダリアにとってはクィディッチも「あまりに危険な競技」に入る部類なのだが、『三大魔法学校対抗試合』とやらはそれを上回る危険性なのだろうか。とんでもないことだ。

 

「もしかして、お父様が言っていた、クリスマスダンスパーティーも関係しているのかしら?」

 

「そうみたいだよ。今年のクリスマスは、きっと学校に残る生徒の方が多いだろうね。」

 

「あ、それなら私も知ってる。今年は注文が殺到するだろうからって、早めにダイアゴン横丁で見てきたわ。」

 

 ダリアはつい先日、サラとマダム・マルキンの洋装店でドレスローブを見てきたことを思い出して口を挟んだ。

 ダフネとパンジー、ミリセントも、クリスマスダンスパーティーの事は一足先に知っていたらしい。パーティー用のドレスローブを既に用意していたようだ。

 

「今年はボーバトンやダームストラングの人たちも、パーティーに参加するってことでしょ?普段のパーティーには流石に外国の子が来ることは無いから、ちょっと楽しみね。」

 

「ボーバトンはフランスにある学校よね?じゃあダームストラングってどこにあるの?」

 

「それなら僕が詳しいよ。何しろ僕は、本当ならダームストラングに――――――――」

 

 ドラコが自慢気に『三大魔法学校対抗試合』や『ダームストラング専門学校』についての知識を披露している最中、ノットがダリアの横に来てこっそりため息をついた。

 

「俺にとっては聞き飽きた話題だよ。夏休みに入って何回聞かされたと思う?ドラコの奴、顔を合わせるたびに『三大魔法学校対抗試合』の話を出すんだぜ。耳にタコができるよ。」

 

「付き合ってあげなよ。お家でお世話になってるんでしょ?」

 

 ダリアが他人事のように言うので、ノットは軽く睨みつけた。

 

「お前、自分が関係ないからってあっさり言うけどな。お前が俺の立場なら、10分で限界が来てると思うぞ。――――――その点、俺は夏休みが始まってから今の今まで耐えている。こんなのお前には無理だね。」

 

 ダリアはムッとしたが、すぐに別の事が気になった。

 

「夏休みが始まってからって――――――もしかして、休暇が始まってすぐにドラコの家に来たの?そんな急な――――――――まさか本当に、あの人が体調崩したわけじゃないんでしょ?」

 

 声を潜めて尋ねたダリアに、ノットが「まあな。」と吐き捨てた。

 

「大方、俺を体よく屋敷から追い出すためのでっち上げだろう。あの人、きっと家の中で何かするつもりだ。俺に見られたくないような何かをな。きっと俺が休暇に入る前から何か隠してるんだと思う。――――――――俺は今年、自分の家に帰ってないんだぞ。キングズクロスの時点でマルフォイ夫妻に預けられたんだからな。」

 

「それは―――――――。」

 

 随分と急な話だ。ダリアは顔を引き攣らせた。その家の息子を追い出してまで企むことなど、ロクでもないことに決まっている。

 

 この上ノットに、逆転時計の事を伝えるのは心苦しい。しかし、伝えないわけにもいかない。ダリアは声を潜めたまま、つい先日逆転時計を解析した結果、個人での作成が難しいという事実が分かったという事を告げた。

 

「まじかよ・・・・・。」

 

 案の定、ノットは衝撃を受けて口をあんぐりと開けた。作成するのが大変だという事は分かっていたが、流石に完成までに何十年もかかるというのは予想外だったらしい。

 

「こんなに時間がかかるんじゃ、ムリして作る意味も無いと思うんだけど、どう?」

 

「あー・・・・確かに、何十年もかけて作るんじゃ、父さんがポックリ逝くのが先だよなぁ。どうしたものか・・・・。」

 

 父親の身を案じ、ダリアに逆転時計作成の補助を頼み込んできたノットは、頭を抱えた。ノットの父親は高齢なので、きっと寿命の方が先に来てしまうはずだ。

 

 ノットは「しばらく考えさせてくれ。」とダリアに告げた。

 家に帰って継母と顔を合わせる必要が無いからだろうか。残してきた父親の事は心配だが、精神的に少し余裕があるらしい。いったん持ち帰って色々と考えてみるらしい。

 

「―――――――――――まぁ、なんにせよ、今年のホグワーツも、きっと色々なことが起こるぞ。それなりに覚悟しておいた方がいい。」

 

「――――――――そうだね。」

 

 大はしゃぎのドラコ達を見て、ノットが遠い目をして言った。ダリアもそれには同意する。

 

 ダリアが入学してからというものの、ホグワーツでは毎年のように大きな事件が起きている。賢者の石が盗まれそうになったり、秘密の部屋のバジリスクが大暴れをしたり、脱獄犯に侵入されたりと、色々な出来事があった。

 今年は既に、命の危険が危ぶまれるほどの大イベントが行われるという事が分かっている。何も起こらないはずがないだろう。

 

 命の危険―――――――その言葉に、ダリアは今までにない胸騒ぎを感じた。ノットの言う通り、今年は色々なことを覚悟しておいた方が良いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――シリウス、これは一体どういうことだい?」

 

 魔法省のテントで迎えを待っていたシリウスは、やって来たリーマスを見て顔を引き攣らせた。既に事情を聞いているのだろう、リーマスは笑顔を浮かべてはいたが、内心怒っているのが透けて見える。

 

 教職は辞したとはいえ、今回シリウスがトラブルを起こした相手はリーマスの元教え子である。特別目にかけていた生徒というわけではないが、度重なるトラブルにリーマスの堪忍袋はそろそろはち切れそうだった。

 

 

 

 

「――――――――――君が10年以上もアズカバンに居て、世間一般と感覚がズレているというのは重々承知だけどね。普通、未成年を保護者の許可なく連れ出すのは、誘拐と思われてもおかしくないからね?分かってるかい?」

 

「――――――――分かった。もう十分理解した。今度からもうしない。」

 

 だから勘弁してくれ。とシリウスは思った。

 自分のテントに戻ってきたシリウスは、リーマスのネチネチとした小言をかれこれ1時間は受け続けていた。反省はしているが、そろそろやめて欲しい。

 

 冤罪が証明されたシリウスは、一躍時の人となった。

 シリウスは自由になったのち、かねてより希望していた闇祓いに就職してその高い能力を存分に発揮し、その上名付け子であるハリーとも夏休みの半ばを過ぎたころから一緒に暮らし始めていた。

 この世の春を実感していたシリウスだったが、彼には一つ、おおきな問題があった。

 

 青年時代を社会人として過ごすことなく、孤独な牢獄で消費したシリウスは、世間知らずにもほどがあったのだ。

 

 愛想が良いとはとても言えないシリウスは、たちまち質の悪いパパラッチに目を付けられた。

 すっかり往時の容貌を取り戻したシリウスの周囲には、交友関係を持とうとする女性も多い。元々視野が広い方では無かったこともあり、ちょっとした不用意な言動をこれでもかというほど誇張されたスキャンダルを連発することとなってしまったのだ。

 

 シリウス本人は誹謗中傷など慣れっこなので全く気にしていないのだが、周囲はそうもいかない。名付け子のハリーは、新聞にシリウスのスキャンダルが出るたびに、不快な表情で日刊預言者新聞をゴミ箱に放り込んでいる。

 

 リーマスは最初シリウスに同情的だったが、トンクスとの熱愛疑惑が出たあたりから、叱責に容赦がない。

 

「ダンブルドアからあの子の名前を聞いてから、どうしても気になってしまって。不用意な行動だった。反省しているよ。」

 

「―――――幸い、今回の事はリータには嗅ぎ付けられていないみたいだ。ハリーのためにも、本当に気を付けてくれ。」

 

 リーマスはため息をついて、一旦小言をひっこめた。学期末、ダリアの話を聞いた時から、シリウスが妙に彼女の事を気にしていたという事を知っていたからだ。

 シリウスの不用意な行動で恐ろしい思いをした彼女には申し訳ないが、その報いは後々シリウス自身に受けてもらうことにしよう。

 リーマスは気を取り直して、シリウスに元教え子の事を聞いた。

 

「―――――――それで、ダリアについて何かわかったかいのかい?」

 

「いや、見る限りでは、お前の言う通りただの生意気な子どもだな。どんくさそうだし、ダンブルドアの言うような脅威には全く見えないが―――――――やはり、どうにも気になる。」

 

「――――――――君、本当にそういう意味で気になってるんじゃないよね。流石にそれは私も擁護できないよ。」

 

「おい、やめてくれ。全く違う。本当に違和感があるだけなんだ。」

 

 シリウスは親友の疑うような目線に、慌てて弁解した。その疑惑はシャレにならない。

 その時、テントのドアが開き、ハリーが入ってきた。事の顛末を聞かされていないハリーは言い争う二人をみて首を傾げたが、それでも仁王立ちするリーマスと焦った表情のシリウスを見て、何かを察したらしい。

 心配そうに眉を顰めると、シリウスに向かって問いかけた。

 

「どうしたの?シリウス。まさかまた、日刊預言者新聞に何か書かれたんじゃ―――――。」

 

「いや、違うぞ、ハリー。安心してくれ、今回の事は新聞には全く関係ない。私を信じてくれ。―――――――それより、何かあったのか?ロン達と一緒に屋台を観に行ったはずだろう?」

 

 シリウスのわざとらしい話題転換に、ハリーはますます眉を顰めたが、リーマスが何も言わない所を見るとそれほど急を要する問題でもないらしい。ハリーは気を取り直して、名付け親に預かった伝言を口にした。

 

「ルード・バグマンさんが呼んでるよ。会場の警備の事で話があるんだって。」

 

「ルードが?分かった。すぐ行くと伝えてくれ。」

 

 ルード・バグマンは魔法省の魔法ゲーム・スポーツ部長を勤めている男だ。元ウィムボーン・ワスプスのビーターで、今回のクィディッチ・ワールドカップの運営責任者でもある。

 

 人が良いが少しずれたところがあり、以前は賭け事などにも手を出す浮ついた性格をしていたのだが、最近では以前より真摯に仕事に取り組むようになったと評判だった。噂では、部下であるバーサ・ジョーキンズの突然の事故死が、彼の人生観に大きな影響を与えたらしい。

 

 シリウスは今回のワールドカップで、彼に警備の助言をしていた。その縁で特等席のチケットを友人たちの分も手に入れることができたので、彼には感謝していた。

 ハリーが再びロン達の元へ向かうと、シリウスこれ幸いと立ち上がる。

 

「よし、私はルードの所へ行ってくる。リーマスもハリー達と一緒に屋台を回ってくるといい。」

 

「―――――――――――くれぐれも、行動には気を付けてくれよ。巻き込まれた方はたまったもんじゃないんだからね。」

 

「――――――――なぁ、本当にトンクスとは何もなかったんだ。仲の良かった従妹の娘に食事を奢っただけなんだよ。気にしないでくれ。」

 

「―――――――――――。」

 

 リーマスは無言でシリウスの背中を押し、テントから追い出した。

 




9/30  次話の収まりが悪かったので、最後に2000字ほど付け足しました。すみません。

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