ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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クィディッチ・ワールドカップ④

 クィディッチ・スタジアムはとんでもなく巨大な建造物だった。入り口の前からは黄金の壁の一部しか見えないが、きっと全体はホグワーツの競技場よりずっと広いのではないだろうか。

 

 ディゴリー家の席は、丁度スタンドの中央あたりの高さにあるようだった。ダリア達は観客席の階段を他の魔法使いたちと一緒にぞろぞろと昇って行き、中ほど辺りで横道に逸れた。

 エイモスがドアの表示の前で、チケットの番号を確認している。

 

「―――――よし、ここで間違いないはずだ。セド、ダリア、先に行きなさい。詰めて座ってくれ。」

 

 重厚なドアを開けると、そこには驚くような光景が広がっていた。

 スタジアムは楕円形で、外側に向かって階段状にせり上がっている。マグルのスタジアムのように電気の明かりは存在せず、会場全体がほのかに光ることで辺りを明るく照らし出しているらしい。向かい側では、巨大な黒板の上を金色の文字が流れては消えていく。どうやらスポンサーの広告のようだ。

 

「うわぁ――――――――――。」

 

 十万人もの魔法使いの熱気で、会場全体が生きているかのように蠢いて見えた。こんなにたくさんの魔法使いを見たことが無いダリアは、思わずぽかんとしてしまった。

 

「ほら、ダリア。進まないと父さんが椅子に座れないだろ。早くこっちに来なよ。」

 

「うん―――――――。」

 

 ダリアは促されるままに、会場を見渡しながらセドリックの後について椅子にちょこんと座った。3つ並んだ席は、この階の最前列だ。競技場が良く見えるので、ダリアは万眼鏡を覗き込んで会場を隅から隅まで観察し始めた。

 隣ではセドリックがパンフレットを取り出して、熱心に目を通している。

 

「やっぱり試合の前に、魔法生物を使ったマスゲームがあるんだね。――――――父さん、どんな生き物が来るのか聞いてるかい?」

 

「ああ、アイルランドはレプラコーンを連れてくるらしいが、ブルガリアはヴィーラを連れてくるというから、気を付けた方がいいかもしれん。耳をふさいでおくんだぞ。」

 

 魔法省の魔法生物規制管理部に所属するエイモスは、少しばかり内情に詳しかった。ヴィーラはセイレーンやドライアドのように異性を引き付ける性質を持つ魔法生物だ。気を抜けば彼女らに魅了され、彼女らの気を引くために恥ずかしい行動を取ってしまう恐れがあった。

 

 それから30分の間、ダリアは両隣の二人から今回の試合の見どころを聞いて試合開始の時間を待っていた。やはり今回の目玉は、ブルガリアのクラムという選手だという。

 

「前からクラムはすごいって言ってるよね。ドラコもさっき言ってたわ。そんなにすごいの?」

 

「そうさ!まだ18歳くらいなんだけど、箒乗りとしての才能は勿論、判断力や決断力もピカイチなんだ。きっとダリアも試合も見れば、すぐにクラムの素晴らしさが分かると思うよ。」

 

「ふーん。」

 

 ダリアはパンフレットのクラムの紹介を探した。浅黒い肌をした黒髪の選手で、長身と鋭い目つきのせいで10代に見えない貫禄がある。

 

『育ちすぎた鷲みたいな奴だね。』

 

 横から覗き込んだトゥリリがそう言ったが、ダリアも概ね同意だった。確かに獲物(スニッチ)を探す目が、猛禽類のそれと酷似している。

 

 

 

 

 

≪レディーズ・アンド・ジェントルメン――――――お待たせしました!試合開始の時刻が近づいてまいりました!≫

 

 会場に男性の声のアナウンス響き渡った。ワールドカップ決勝戦がついに始まるのだ。

 観客たちの興奮は最高潮に達した。割れんばかりの拍手が鳴り響き、耳がビリビリ来るほどで、トゥリリが慌てて鞄の中に逃げ込む。

 

 まずはお互いのチームマスコットのマスゲームが行われる。最初はブルガリアのヴィーラ達の踊りだ。

 ピッチにヴィーラがスルスルと出てくると、エイモスとセドリックはサッと両方の耳に指を突っ込んだ。輝く肌に銀色の髪を持つヴィーラは確かに美しいが、どこか人外じみた雰囲気を醸し出している。

 

 彼女らの踊りを見てもダリアは何も感じなかったが、観客席の何人かはヴィーラの踊りに魅了され、決めポーズを取ったり競技場に飛び込もうとしたり、醜態をさらしている。ダリアは万眼鏡を使って、上半身の服を脱ぎ捨ててコマのようにくるくると回転する男性の姿を繰り返し再生した。とても面白い。

 

「ねえねえおじさん、セドリック、これ見て、面白いよ!」

 

 ダリアは興奮して呼びかけたが、耳をふさいだ二人には全く聞こえていなかった。彼女らの踊りが終わると、男性も我に返って曲芸を辞めてしまったので、ダリアも諦めて万眼鏡を目から離した。

 

 ブルガリアの次はアイルランドのマスコット、レプラコーンのパフォーマンスだ。

 レプラコーンはヴィーラとは対照的に髭の小男の集団だった。一糸乱れぬ動きで空中を飛び回り、アイルランドのマークであるシャムロックを形作っている。

 レプラコーンはいくつかの輝く巨大なサインを作ると、最後に偽物の金貨の雨を降らせて消えた。

 

 

 両チームのマスゲームが終われば、ついに試合開始だ。エイモスが興奮した声で、周囲の喧騒に負けじと叫んだ。

 

「ついに始まるぞ!二人とも、応援の準備は良いか?」

 

「うん、もちろん!」

 

 セドリックが応援メガホンのようなものを握りしめ、競技場を今か今かと見つめている。ダリアも一旦降ろしていた万眼鏡をもう一度握りしめた。

 

 実況のアナウンスに合わせて、各チームの選手たちがビュンビュン競技場へ飛び込んでくる。クラムの名が呼ばれた瞬間、会場の歓声がひときわ大きくなった。クィディッチ界隈に置いて、クラムの評判は本当に高いようだ。

 

 審判のホイッスルと共に試合開始が宣言され、ワールドカップ決勝戦の火ぶたがついに切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリアがホグワーツでいつもクィディッチの試合を見る時は、万眼鏡のダイヤルをセドリック一人に固定して観戦している。それは勿論、セドリックの活躍を見ることが目的だからだ。

 今回の試合では特に目当ての選手はいないため、クアッフルに焦点を当てて試合を見ようとしたのだが、パスのスピードが速すぎて追いきれない。

 

 しばらく頑張ってはみたが、激しく揺れる視界に耐え切れず、車酔いのような症状に見舞われたダリアは万眼鏡から目を離した。

 

「うぇ――――――きもちわるい。早すぎて全然分かんない・・・・。」

 

「普通に拡大だけして観戦した方がいいと思うよ――――――――よし、上手い!トロイがまたゴールを決めたぞ!」

 

 セドリックが小さくガッツポーズをした。試合はアイルランド優勢で進んでいるらしい。

 実況や解説を聞く限り、選手一人一人の実力が高いのはアイルランドチームのようだ。チェイサーの3人が素晴らしい連携で、次々とゴールを決めている。

 

 ダリアはセドリックの助言に従い、万眼鏡のダイヤルをいじって競技場全体が大きく見える程度に拡大した。確かにこれなら、選手たちの動きが分かるので試合の流れも見やすいかもしれない。

 

 丁度ダリアが再び万眼鏡を覗き込んだ時、両チームのシーカーが地面に向けて一直線に突っ込んでいくところだった。

 

「スニッチを見つけたの?もう?」

 

「そうかもしれん。―――――――まずいな、このままでは地面にぶつかるぞ。」

 

 まさにそのように見えた。シーカー二人は自然落下よりも速く地面に向けて突っ込んでいく。地面に激突するまさにその直前、クラムが箒をプルアップした。

 

「フェイントだったんだ―――――――。」

 

 ダリアは茫然と口にすると、恐ろしさのあまり思わず遠ざけていた万眼鏡をもう一度覗き込んだ。クラムはどこかへ飛び去ってしまったようだが、アイルランドのシーカーであるリンチは、エイモスの予言通り地面にぶつかってめり込んでいた。

 

 リンチの周りに魔法医が集まり、魔法薬を何杯も飲ませて蘇生している様子を、ダリアはこわごわ見た。既に回復しつつあるようだが、死んでしまっていてもおかしくない。やっぱりクィディッチのこういう危険なところは好きじゃない。

 

 

 

 リンチが回復すると、アイルランドの士気がぐんと持ち直した。ダリアが追いきれないスピードでクアッフルを回していき、次々にゴールを決めていく。

 ブルガリアも合間合間で得点を入れていくが、それでもアイルランドの勢いには追い付けない。

 

「やはりアイルランドのチェイサーが上手いな。なんといってもチームワークが素晴らしい。早く試合を決めなければ、点差は開く一方だぞ。」

 

 エイモスが冷静に戦況を判断して言う。試合ぶりを見る限り、確かにアイルランドの勢いは止まりそうにない。反対にブルガリアは悪い流れに嵌ってしまい、中々抜け出せそうになかった。ダリアがそう思った瞬間、またアイルランド側のチェイサーがゴールを決めた。

 

 ブルガリア側の観客席に暗雲が立ち込める中、更に悪いことが重なった。ブルガリアのシーカー、クラムの顔面にブラッジャーが直撃したのだ。その瞬間を目撃してしまったダリアは、思わず身を竦めた。見てるだけで痛そうだ。しかし、試合中断のホイッスルは鳴らない。

 

「まずいぞ、審判はクラムの怪我に気付いていない。あの怪我じゃまっすぐ飛ぶのだって難しいじゃないか!」

 

「父さん、リンチが動いた!スニッチを見つけたんだ!」

 

 万眼鏡を覗き込んで真剣に試合を見ていたセドリックが、鋭く叫んだ。

 ダリアも慌てて万眼鏡をリンチに合わせると、確かにアイルランドのシーカーが地面に向かってダイブしている。先ほどのクラムのフェイントを見ていたのでまたフリではないかとも思ったが、セドリックには確信があるらしい。

 

 クラムもリンチの動きに気付いたのだろうか。信じられないことに怪我の治療もしないまま、クラムが血の糸を引きながら万眼鏡の視界に滑り込んできた。

 

「ああっ!危ない、危ないって―――――また地面にぶつかっちゃう!!」

 

 血が嫌いなダリアは喘ぐように悲鳴を上げた。しかしもちろん、二人のシーカーのスピードが緩むはずも無い。

 会場中が息を呑んで見守る中、ついにクラムとリンチが横に並んだ。そして一瞬ののち、リンチがまたもや地面に激突する。クラムの姿は見えない。

 

「ねぇ、クラムは何処に行ったの?ぶつかっちゃった?」

 

「上だ!クラムがスニッチを捕って急上昇したんだ!―――――ホラ、あそこ!」

 

 セドリックの指す方に目を向けると、いつの間にかクラムははるか上空を飛んでいた。割れるような歓声の中、折れたらしい鼻からは相変わらず血が流れているが、片手にしっかりとスニッチを握りしめて突き出している。

 

 興奮に包まれた会場だったが、徐々に困惑の声が大きくなっていく。はじめ何事かと思ったダリアだったが、スコアボードの数字を見てそのざわめきの理由を理解した。

 

「うそ!クラムがスニッチを捕ったのに、アイルランドが勝ってるじゃない。そんなに点差開いてた!?」

 

「クラムとリンチがダイビングしている間に、アイルランドがまた追加点を入れたんだよ。―――――――クラムも分かってたんだろうな。せめて自分が納得いく方法で試合を終わらせようとしたんだ。」

 

 セドリックが拍手をしながら、感じ入ったように呟いた。

 セドリックも去年、スリザリンを相手に試合をした時、優勝争いから脱落すると知りながら、試合に勝つためにスニッチを捕えたことがある。同じシーカーとして、クラムの気持ちに共感できたのだろうか。

 

 試合の流れは完全にアイルランドのものだった。このままワールドカップの決勝で無様なプレーを見せるくらいならば、せめて自分の手で試合を終わらせる。確かに並大抵の決断力ではできない選択だ。

 

 青あざだらけになりながらも、表彰台で熱烈な歓声を受けるクラムを見て、ダリアはドラコやセドリックがクラムに夢中になる理由が分かった気がした。

 凄まじいプレーを見せたクラムに、ダリアも手がしびれるほどの拍手を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合の興奮も冷めやらぬまま、3人はキャンプ場へ向かう集団の流れに乗ってスタジアムを後にした。特にセドリックの興奮ぶりはすさまじく、いつになく目を輝かせて先ほどのクラムの行為について二人に語っていた。

 

 周りの観客たちも似たり寄ったりで、優勝したアイルランドのサポーター達などは酒瓶片手に、陽気に肩を組んで国歌を歌っている。もうすぐ日付を跨ぐ時間にもかかわらず、これから夜通し宴会でもするのかもしれない。

 

 ダリアも試合の結果に興奮していたが、別の理由でずっとワクワクしていた。軽い足取りでディゴリー家のテントへ向かうと、テントの前には既にほっそりとした人影が佇んでいる。ダリアはその人物に向かって弾むように駆けていった。

 

「サラおばさん!」

 

「あらダリア。お帰りなさい。―――――ふふ、その様子じゃ、十分楽しめたみたいね。」

 

 ダリアがサラの背中に抱き着くと、サラはニッコリと笑って乱れたダリアの髪を直した。当初の予定通り、サラは試合後にキャンプ場へ姿現ししたのだ。遅れてやって来たエイモスとセドリックも、ニコニコと笑って談笑し始めた。

 

「母さん!もう来てたんだね。」

 

「すまないサラ。待たせてしまったか?寄り道はしなかったんだが――――――」

 

「私が早めに来てしまったのよ、エイモス。―――――――もう夕食は終わっている?軽い軽食は持ってきたのだけれど。」

 

「屋台で軽くつまみはしたが――――――うん、だいぶ腹が空いてきた気がするな。軽く食べようか。」

 

 試合で興奮したからか、確かにエネルギーをたくさん消費した気がする。そう考えると、途端にダリアの腹が鳴り始めた。やはりお腹が減っていたらしい。

 早速テントの中に入ると、サラはテーブルの上にランチボックスの中身と温かい飲み物を用意してくれた。こんがり焼いたトーストのいい匂いが食欲を刺激する。

 

 ダリアはトーストにかぶりつきながら、先ほど見た試合のすさまじさについて、興奮気味に説明した。普段ゆったりと落ち着いた口調で話すことが多いセドリックも、今夜は別人のように弾んだ口調で口を挟むので、サラとエイモスは嬉しそうにその様子を見守っていた。

 

 クラムの「やばさ」について存分に語り終えたダリアは、満足してトゥリリを抱えてソファに寝転がった。セドリックはエイモスと何やら難しいクィディッチ用語について話し合っているが、ルールに明るくないダリアにとっては良く分からない会話内容だ。

 

『今日は疲れたねぇ。』

 

 トゥリリが膝の上で大きなあくびをしながら言った。

 

『朝早くから起きて山登りして、ブラックに拉致されかけて、テントを立てて、屋台に行って、試合を見て――――――――もう眠たいよ。』

 

「トゥリリは何にもしてないじゃない。朝はほとんど鞄の中で寝てたし――――――――ふわぁ。」

 

『失礼な。ただ寝てただけじゃないよぉ。ダリアがドラコのテントでおしゃべりしてる最中、色々見て回ったって言ったでしょ?その時面白い話を聞いたんだ。知りたい?』

 

「うん――――――――。」

 

 頷いたものの、トゥリリのぽかぽかとした体温をお腹に感じるからか、どんどん瞼がおりてくる。グラグラと船を漕ぎ始めたダリアに気付いたサラが、優しく声を掛けた。

 

「ダリア、朝早くから起きて疲れたのね。今日はもう寝なさい。」

 

「んー・・・・でも、まだ起きてたい・・・。」

 

 外からは、まだ何人もの魔法使いが浮かれて騒ぐ音が聞こえてくる。まだこのお祭り気分の余韻を味わっていたい。

 それにせっかく人生で初めてキャンプ場へ来たのだ。まだ皆起きているのに、自分だけ眠ってしまうのはとてももったいない気がする。

 目をこすりながら言うダリアに、サラはホットミルクを差し出して続けた。

 

「明日は朝から釣りに行くらしいわよ――――――――寝不足でフラフラしながら釣りに行くのは嫌でしょう?」

 

「―――――――――うん。」

 

「じゃあ、これを飲んだらもう寝なさい。明日はお昼にバーベキューもするのよ、ダリアの好きなラム肉も用意してるから――――――――ね?」

 

「――――――――――はぁい。」

 

 ダリアはよいしょとソファから立ち上がった。明日の釣りに惹かれたのは間違いないが、やっぱり眠気には勝てなかったのだ。

 トゥリリを抱えたままバスルームに入り、今日一日の汗を流すと、すっきりして余計に眠たくなる。ダリアはネグリジェに着替えるとドアから少し顔を覗かせて、テーブルで何やら話し合っている3人に声を掛けた。

 

「おやすみなさい――――――明日釣りに行くとき、私がまだ寝るって言っても絶対に起こしてね?絶対だからね?」

 

「分かった、分かった。約束するよ。お休みダリア。」

 

 念を押すダリアに3人は苦笑した。ひとまず安心したダリアはドアから頭をひっこめると、すぐにベッドに潜り込んだ。そしてテントの外の喧騒を聞く内に、いつの間にか眠り込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ダリア、起きて、起きるのよ!!」

 

「!?」

 

 突然シーツをはぎ取られたダリアは、目を白黒させて飛び起きた。ベッドの横ではネグリジェ姿のサラが、いつになく厳しい表情でシーツを手に持っている。

 外はまだ暗く、奇妙に緑がかった月明かりが窓から差し込んでいた。

 

「え、何?何があったの?もう釣りに行くの?」

 

「ダリア、残念だけど、釣りに行くことはできないみたい。今すぐに帰る準備をするのよ。」

 

 声に焦りを滲ませてサラが告げ、慌ただしく部屋を出て行った。ダリアはサラの言葉にショックを受け、夢うつつだった意識がすっかり覚醒してしまった。

 部屋の外では、複数の人間がゴソゴソと動き回る音がする。きっとセドリック達だろう。声を潜めてはいるが、焦った声で何事かを囁きあっている。

 

 さっぱり状況が読めないが、ただ事では無いという事だけは理解できた。ダリアは茫然としながらも、サラに言われた通り荷物をまとめ始めた。

 

 

 

 

「ダリア、用意はできたかい?テントを解体するから、すぐに外に出るんだ。」

 

 ダリアがネグリジェから着替え、荷物をまとめ終わった頃、既に普段着に着替えたセドリックが様子を見に来た。こちらも額に汗を浮かべ、いつになく切迫した表情をしている。

 ダリアが慌ててリュックを背負ってテントの外へ出ると、寝入る前の騒がしさが嘘のように、キャンプ場は静まり返っていた。

 

 深夜にもかかわらず、キャンプ場は薄緑色に不気味に照らし出されており、異様な明るさだった。何人もの魔法使い達がテントの外で不安気に立ち尽くしている。

 キャンプ場は昨日のまま、ランタンやペナントの飾りつけさえ取り去られては居ないのに、辺りを包む異常な雰囲気だけが何もかもを変えていた。どうやら緊急事態はディゴリー家だけに起きた事ではないらしい。

 

 一体何が起きたのだろう。

 ダリアは辺りをキョロキョロと見渡し、魔法使い達が不安げに空を見つめている事に気付いた。空を振り仰ぐと、視界に目を疑うようなものが飛び込んできた。

 

「――――――――――――何、あれ――――――。」

 

 空に浮かんでいたのは、口から大蛇を吐き出す巨大な髑髏だった。

 おそらく何者かが魔法で作りだしたのだろう、髑髏全体がエメラルドのように不気味に発光している。

 キャンプ場を照らして出していたのは月明かりではなく、この髑髏だったようだ。

 

「――――――闇の印さ。僕たちがベッドに入ろうとした頃、何の前触れもなく突然打ち上げられたんだ。父さん達が犯人を捜しているけれど、まだ見つかっていない。」

 

 セドリックがサラと一緒に手早くテントを解体しながら、ダリアの疑問に簡潔に答えた。エイモスの姿が見えないと思ったら、そういう事らしい。

 

 闇の印―――――――以前、図書室で読んだことがある文献に載っていた。ヴォルデモートの配下である死喰い人が、誰かを殺害した際に打ち上げる、忌まわしい魔法の印だ。

 背後でテントを解体し終えたセドリックが、ぼうっと空を見上げるダリアに焦れたように声を掛けた。

 

「ダリア、あんまり見るものじゃない。早く母さんに掴まるんだ。姿くらましで帰ろう。」

 

「うん―――――――。」

 

 あの印の作り方は死喰い人しか知らない。犯人が見つかっていないという事は、死喰い人が未だこのキャンプ場に潜んでいる可能性があるという事だ。だから皆、急いでこの場を去ろうとしているのだろう。

 

 誰かが殺されてしまったのだろうか、それともヴォルデモートの配下が何か事を起こそうとしているのだろうか。何も分からない状況でダリアにできることは、エイモスの無事を祈ることだけだ。

 

 帰ったらリドルに何か知らないか聞いてみる必要がある。サラの手に縋りつき、キャンプ場を後にする直前まで、ダリアは空に浮かぶ髑髏を睨みつけていた。

 


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