ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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闇の印

 ダリア達3人は結局一睡もすることができず、ダイニングでエイモスの帰りを待ち続けた。夜が明けてしばらくたった頃、ディゴリー家の玄関先で物音がした。続く扉を開けるガチャガチャという音に、3人は飛び上がって玄関に殺到した。エイモスが帰ってきたのだ。

 

「ああ、エイモス!」

 

「おじさん!」

 

「父さん!よかった、無事で―――――」

 

 エイモスはゴワゴワの髭に覆われた顔に疲労を滲ませながらも、飛びついてきた3人を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

「――――――それじゃあ、結局犯人は見つからなかったんだね?」

 

「ああ。魔法省の職員総出で夜通し探したが、痕跡一つ見つけることができなかった。唯一、印が打ちあがる直前に、酔った魔法使い達が寄り集まって暴動を起こしかけていたことがわかったが、印が打ち上げられた位置とはまた別。手掛かりなしだ。―――――今日の朝刊は、魔法省の対応への非難一色だろう。」

 

「きっと捕まらないように、すぐ逃げちゃったのよ。おじさんが悪いわけじゃないわ!」

 

「ありがとう、ダリア。だがリータ・スキータは嬉々として書くだろうよ。あの魔女は火種が無い場所へ火をつけたくてたまらない性分なんだ――――――フゥ。」

 

 ダイニングのソファに座り込んだエイモスは、サラが手渡した濃い紅茶を飲み干すと、ぐったりと背中のクッションにもたれかかった。相当疲労がたまっているようだ。

 今にも眠り込みそうなエイモスに、サラはベッドへ入るよう促した。

 

「エイモス、一度眠った方がいいわ。昨日の朝から動き通しでしょう?ゆっくり休んでちょうだい。」

 

「そうだな―――――――ひと眠りさせてもらうことにしよう。また、いつ招集がかかるとも知れん。休める時に休んでおくよ。」

 

 エイモスが勤めるのは魔法生物規制管理部だ。本来ならば今回の事件は、魔法法執行部か、もしくは魔法ゲーム・スポーツ部が担当するはずなのだが、そうも言っていられない状況らしい。

 

 エイモスがサラに付き添われてフラフラと寝室へ向かうと、ようやく緊張の糸が切れたのか、セドリックが安心したように一つあくびをした。

 

「――――――父さんの無事が分かったら、なんだか急に眠くなってきたな。僕らも寝ようか。」

 

「うん―――――――ふわぁ。そうしようか。」

 

 先ほどまで目が冴えてしょうがなかったのだが、今は眠たくてしょうがない。少しでも寝ることができたダリアでさえこうなのだ。ほとんど寝ていないセドリックはもっと眠たいだろう。

 

 おやすみの挨拶もそこそこに、ダリアはフラフラと寝室へ向かった。ネグリジェに着替えると、もぞもぞとベッドに潜り込む。

 先にベッドの中で丸くなっていたトゥリリが、慌ててダリアの体を避けた。

 

『わわ、もう寝るの?リドルに闇の印の事、聞くんじゃないの?』

 

「今聞いても、頭に入る気しないし―――――――明日にするわ。明日って言うかもう『今日』なんだけど、とにかくひと眠りしてから考える―――――」

 

 ムニャムニャと枕に顔を埋めながら答えると、ダリアはすぐにまどろみ始め、数秒後には安らかな寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝刊は闇の印に関する記事と合わせて、魔法省の失態を中傷する内容の記事が大々的に掲載されていた。過激な記事は今更だが、身内が批判されるとやはりいい気はしない。ダリアがそれをむっつりと流し読みしていると、新聞を取り上げられた。

 

「ああっ!」

 

「――――――あまり見るものじゃないよ、そんなもの。はい、ミルク。」

 

「ありがと・・・・。」

 

 セドリックはダリアにコップに入ったミルクを渡すと、日刊預言者新聞をくず入れに放り投げた。彼は彼で頭に来ているらしい。

 エイモスは朝早くに魔法省へと出勤している。ダリアはミルクをちびちびと啜りながら、セドリックに話しかけた。

 

「お役所勤めって大変なのね。――――――おじさん、大丈夫かな?」

 

「魔法生物規制管理部は今回の事件にはあまり関係が無いから、きっと父さんは補助に回るんだと思う。犯人を捜す仕事じゃないから、危なくはないと思うけれど――――」

 

 そうは言ったものの、セドリックは言葉を濁した。仕事内容はあくまで想像でしかないので、実際エイモスが何をしに魔法省へ行ったのかは分からない。

 不安気に黙り込む子供たちに、サラがとりなすように声を掛けた。

 

「安心しなさい、エイモスは今日の昼頃には帰ってくるはずよ。――――――さぁ、二人とも、早く食べてしまいましょう。せっかくの朝食が冷めてしまうわ。」

 

 

 

 

 

 

 サラの作る朝食はいつもおいしいのだが、今日はいつものようにすんなり喉を通らなかった。

 それでもダリアはトーストやベーコンエッグを無理やり胃に流し込むと、「勉強して気を紛らわせる。」と宣言して自室へ駆けこんだ。リドルを呼び出して闇の印の事を聞かなければならない。

 

 ダリアは部屋の鍵を閉めると、自分からつながる魔力の糸を辿った。

 リドルは定期的に世界Aと世界Bを行き来しているが、ダリアかキャットが後押ししてやらなければ自力で世界間の移動をすることができない。

 前回キャットに送り出されてこちらの世界へ戻ってきてからは、世界Bで調べたいことがあるというので、まだこちらの世界をうろついているはずだ。

 

『確か、ノットの家を調べに行ってるんだっけ?』

 

「そのはずだけど――――――――あ、いたいた。ねぇトム、今こっちに来れる?ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」

 

 ダリアは恋愛大師匠としてリドルを崇めていたので、以前のように不躾に呼び出すようなことはせず、丁寧に呼びかけた。しばらくすると、頭の中にリドルの声が聞こえてきた。

 

 ―――――君か。丁度いい、僕も報告したいことがあったんだ。そちらまで引っ張ってくれないか?

 

「そう?じゃあ今から引っ張るから―――――――――よっと。」

 

 ダリアは一本釣りをするように、リドルへとつながる魔力の糸を思い切り引っ張り上げた。ちなみにダリアは一本釣りなど一度もしたことが無いので、イメージでしかない。

 案の定、勢い余ったリドルがもんどりうって部屋の中に転がり込んできた。

 

「ぐわっ――――――く、こ、この―――――いい加減、君は力加減というものを覚えてもいいと思うんだが!?」

 

「え、ごめんなさい―――――そんなになるとは思ってなくって。」

 

 床に転がったまま文句を言うリドルに、ダリアは素直に謝った。

 リドルは悪態をつきながらもどうにか立ち上がると、体のホコリを払って(実体はないので恐らく気分の問題だろう)適当な椅子に腰かけた。

 

「まったく―――――――それで、聞きたいことって?」

 

「あ、うん。実はこんなことが昨日あったの。えっとね――――――」

 

 ダリアは屑籠からこっそり回収した日刊預言者新聞を取り出すと、クィディッチ・ワールドカップの夜に起きた出来事を説明した。

 

 

 

 

 

 

 

「――――――闇の印ねぇ。まさか今更これを目にすることになるとは思わなかったな。」

 

 話を聞き終えたリドルは、新聞に掲載された闇の印を見ながら感慨深く呟いた。どことなく感心するような口ぶりに、ダリアは口をへの字に曲げる。

 

「なに浸ってるのよ。この印のせいで、私キャンプできなかったんだけど。ずっと楽しみにしてたんだけど。あなた関連のトラブルで楽しい予定がつぶれるのはもうこりごりなんだけど。」

 

「去年も今年も、僕がしようと思ってしたことじゃないぞ。」

 

 学生時代の記憶であるリドルにとって、ヴォルデモート卿の活動は伝聞した知識でしか知ることが無いものである。やってもいないことを責められるのは心外だ。

 しかしダリアは不満気に口を尖らせたまま続けた。

 

「学生時代の活動が実を結んで、色々しでかすことになるんだから、トムにも責任があるでしょ。――――――――――――で、あの印を作った人に心当たりは無いの?」

 

 随分と無茶なことを聞く、とリドルは顔を顰めた。未来の自分の部下のことなど、日記が保管されていたマルフォイ邸に出入りする人物くらいしか知らない。

 

 それでもリドルは思考を巡らせて、犯人像を絞っていく。

 

「―――――まあ、まず元死喰い人の仕業ではないだろうな。」

 

「え、闇の印って死喰い人しか作れないんでしょう?」

 

「『元』死喰い人ではないと言ったんだ。あの印は作るだけで罪に問われるほど忌まわしいものとされているんだろう。きっとあれを作ったのは、今でもヴォルデモートを崇拝している死喰い人だよ。」

 

 アズカバンに収容されていない、死喰い人だった疑いがある者は、ヴォルデモートとの関係を完全に否定して罪を逃れた者たちばかりだ。ヴォルデモートや彼の崇拝者からしてみれば裏切り者でしかない。ヴォルデモートが戻ってきたら困る連中が、闇の印を打ち上げるとは思えなかった。

 

「つまりヴォルデモートの思想に心酔している死喰い人が、今も魔法界のどこかに潜伏しているんだ。魔法省が躍起になって調査するわけだよ。」

 

「――――――『ヴォルデモート』って、他人事みたいに言うけどさぁ。」

 

「実際、ヴォルデモートは他人だろう。僕は彼の分霊箱としての機能を失っているし、例え分霊箱としての機能が復活したとしても、僕はもうヴォルデモートとして生きるつもりはない。」

 

「えっ、そうなの?」

 

 ダリアは目を瞬かせた。リドルが新たな命を得ようとして自分に従っていることは知っていたが、最終的な目標は分霊箱としての機能を回復するという事だとばかり思っていた。

 驚くダリアに、リドルは何でもない風に続けた。

 

「――――――まぁいろんな世界を知ったからね、ヴォルデモートとしての限界は見えた。僕は僕として復活して、ヴォルデモートをも超える強大な存在になることにした。」

 

『―――――なんだか変な方向に吹っ切れたなぁ。大丈夫なのコレ?』

 

「たぶん――――――。」

 

 トゥリリの呆れたような言葉に、ダリアも曖昧に返した。

 リドルは色々な世界を見て回るうちに、より自分が高みに上る事ができる可能性に気付いたようだ。探求心の強いリドルらしいといえばらしいかもしれない。

 まだ学生なので若く、伸びしろも才能もたっぷりなので、復活して順当に修行を積めばヴォルデモートよりもずっと強力な魔法使いになる可能性は十分ある。

 

 それが良い事なのか悪い事なのかは分からないが、ダリアがそのきっかけを作ってしまったことだけは確かだ。リドルが悪の大魔法使いとして覚醒してしまったらどうしよう。もし後見人にばれたら拳骨では済まないだろう。

 

 リドルに命を与えた後のことなど深く考えてなかったが、今後は悪だくみの兆しが無いか、気を付けて見ておいた方がいいのだろうか。今の所そんな様子は見られないのだが。

 

 ダリアは恐ろしい妄想を慌てて振り払うと、気を取り直してリドルに向き直った。

 

 

「じゃああと一つだけ聞きたいことがあるんだけどさ。この闇の印を考えたのって、誰?」

 

「は?勿論僕だけど。――――――――――それがどうかした?」

 

 リドルはなんとなく嫌な予感がした。今までの経験則から、ダリアに意味が分からない質問をされた時には碌なことにならない。

 リドルの警戒するような視線には気づかず、ダリアは今朝から思っていたことをさらりと言った。

 

「あ、大したことじゃないんだけど。なんていうか―――――――トムって美的センスは微妙だったのね。」

 

「―――――――――――――なんだって?」

 

 ダリアの暴言をリドルは聞き逃さなかった。

 

『あーあ、言っちゃった。』とトゥリリは呆れた。自分の言動が他人にどう思われるか考える、とは何だったのだろうか。去年の夏休み前にそんな宣言をしたばかりだった気がするのだが。

 ダリアはそんなことには全く気付かず、新聞をつまんでピラピラ振りながら憂鬱そうにため息をついている。

 

「まあなんて言うか、正直このマーク、すっごくダサい。私ならもっと洗練されたデザインの紋章を考えるわ。そもそも骸骨と蛇を組み合わせただけって、安直すぎると思う。」

 

「なんだと!?」

 

 リドルは渾身のデザインの印をけなされ、激怒した。闇の印は学生時代、彼がスリザリン寮のベッドの中で夜なべして考案した自信作だったからだ。

 

「安直で何が悪い!分かりやすいのが一番だろう―――――見ろ、この本能に直接訴えるおぞましさを!」

 

「確かに分かりやすいけどさぁ。もっとカッコイイ方が絶対人気出ていろんな人が使ってたわよ。こんなのイタリア人は絶対身に着けないから。」

 

「なっ―――――――――――そこまで言うなら、さぞかし君が考えたデザインは素晴らしいんだろうな!?ぜひ見て見たいものだね!」

 

「別にいいわよ。」

 

 ダリアは机に向かうと、紙にさらさらとペンを走らせた。絶対にリドルが考えた印よりおしゃれなものを考えることができるという自信があった。

 

「まぁ、骸骨と蛇っていうモチーフ自体は悪くないと思うのよね、スリザリンっぽいし。だからここをこうして、こんな感じにして――――――それで―――――――」

 

「ふん、こんなもの―――――――いや、まさか―――――――なるほどそうやって――――――」

 

『――――――――。』

 

 

 

 

「これがああで――――――だからこのモチーフを――――――」

 

「いや、だがあまりにも―――――――とすればここは――――――」

 

「だから、これで――――」「じゃあそれは―――――」

 

『――――――――――。』

 

 

 

 

「「できた!!」」

 

 二人で試行錯誤する事かれこれ数時間、ついに新生・闇の印が完成した。自分たちで言うのもなんだが、ほれぼれするほどの出来栄えだ。

 

 ダリアは勿論、リドルもしばらく満足気にその印を眺めていたが、ふと我に返った。つい夢中になってしまったが、本題から逸れ過ぎている。一体何をしていたのだろう。トゥリリの『何やってるのさ。』という生暖かい視線が突き刺さる。

 

「くそ、つい君のペースに巻き込まれてしまった―――――こんなことをしている場合じゃない、さっさとそれを片付けろ!」

 

「えぇー、結構いい感じにできたじゃない。取っておいて何かに使おうよ、捨てちゃうのはもったいなくない?」

 

「まあ、それは―――――――――いや、いいからしまうんだ!」

 

 リドルは「確かにもったいないかもしれない。」と思ったが、浮かんだ考えを振り払った。

 ダリアの魔力で活動しているからだろうか、前から感じてはいたのだが、最近妙に彼女に同化して気の抜けた言動を取ってしまう気がする。

 

 リドルの言葉を受け、ダリアが渋々完成した闇の印を鞄の中にしまった。どうやら捨てる気はないらしいが、リドルはもう何も言わなかった。

 

「あ、トムも報告したいことがあるんだったっけ?早く教えてよ。」

 

 ようやく本題に戻る気になったダリアに、リドルはこめかみをヒクつかせた。しかし自分も一緒になって脱線していたため強くは言えない。

 リドルは頭を振ると、この数週間で調べた事をまとめた。

 

 

 

 

 

 

「ノットの家に入れない?」

 

「ああ。何度か試してみたが全滅だった。いつの間にか迷わされて、気付けば入り口に戻って来てしまうんだ。」

 

 ノットの継母がスリザリンの末裔だというのことを聞いたリドルは、しばらく前から彼女の周辺を色々と調べていた。

 ただの記憶であるリドルは、壁など物理的な障害は無視することができる。魔法の障壁なども大抵の場合すり抜けることができるはずなのだが、中には相性が悪いものもあるらしい。禁じられた森のマンティコアの結界なども、同じように抜けることができなかった。

 

「おそらくマンティコアの結界とノット邸の結界を張ったのは同一人物だろうね。侵入者を迷わせるという性質が同じだ。」

 

「――――――――――――そういえば、ブラックおじさんが怪しい人影を見たっていう日、ホグズミードであの人のこと見かけたんだったわ。マンティコアもあの人かぁ、今更驚かないけど・・・・・。」

 

 大掛かりな迷いの結界を2つも張ることができるとは、彼女は大魔法使い級の魔力の持ち主なのだろうか。それとも彼女に協力する大魔法使いが居るのだろうか。

 

「どっちにしても、ノットを追い出して屋敷で何かしら企んでいるのは確かね。――――――――目的がさっぱり分からないのが嫌だなぁ。」

 

『マンティコアを繁殖してみたり、ダリアにペティグリューを捕まえさせたり、無茶苦茶だよね。』

 

 ベッドに倒れ込んでぶつぶつ言うダリアに、リドルが忠告した。

 

「とにかく、あのデルフィーニとかいう女には気を付けろ。あの女は得体が知れない上に、僕の所感では恐ろしく狡猾だ。君が死ぬと僕も復活できなくなるんだから、しっかり自覚を持って行動してくれ。」

 

「はいはい。」

 

 ダリアは適当に相槌を打つと、丁度いいタイミングだったので、リドルを世界Aへ送り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナン・ピルグリムは二つの世界の記憶をもっている。

 

 一つは作家を目指していた自分が生きている世界。

 ナンは小さい頃からお話を考えたり文章を書いたりするのが好きだった。凝った文章を考えたり、同じ学校に通う友人に書いた小説を読んでもらったりしながら、いつか作家としてデビューすることを夢見ていた。

 

 もう一つは魔女として生きていた自分が居た世界。

 その世界は何故か魔力が溢れ、それなのになぜか魔法が違法として扱われている世界だった。大魔女ドルシネアの子孫であり、自身も強大な魔力を持ち生まれてきたナンは、いつも息を潜めて生きていた。

 

 何故二つの世界の記憶が同時に存在するのか。ナンは学生時代のとある出来事を思い出していた。

 

 元々ナンの知る二つの世界は、『世界B』という一つの世界だったらしい。

 それがあるきっかけで2つに裂けてしまい、魔法が存在する世界と存在しない世界に分かれてしまったのだという。

 

 魔女だったナンが居た世界は、本来ならば存在してはならないはずの世界だった。

 文明化された世界で魔女の火あぶりを合法とするなど、ありえない。世界の軋みが社会の仕組みを歪めていたのだ。

 ナンや数人の同級生は魔法使いとして告発されかけたところを、大魔法使いクレストマンシーにより救われた。

 

 クレストマンシーはナンたちに、世界を正常にするために二つの方法を提案してくれた。

 

 一つは、2つの世界を完全に分離させてしまう事。中途半端につながっていることで軋みが生じているのならば、いっそのこと完全に切り離して別物にしてしまえばお互いに影響を与え合うことは無くなる。

 もっともこの方法ではナンたちが火あぶりになる運命は避けられないので、すぐさま却下された。

 

 もう一つが、もう一つの魔法が存在しない世界に、この魔法が溢れている世界を融合させるという方法だった。

 ナンたちはクレストマンシーの助けを借りながら、二つの世界を分離させた原因を解消し、『世界B』を元の一つの世界に戻したのだった。

 

 世界が融合した後、魔女だった自分は作家を目指していた自分にすんなりと溶け込んだ。魔力を失い、ナンはただの作家を目指す女の子になったのだ。

 クレストマンシーが言うには、もう一つの世界の記憶は徐々に薄れていくらしいが、それは少しもったいないと思ったナンは得意の文章にもう一つの世界の記憶を書き残した。

 

 

 

 それでも記憶はどんどん薄れ、この文章の内容も月日が経つにつれ、夢だったのではないかと思うようになっていった。

 大人になった今は、子どもの頃の念願が叶いファンタジー作家として生計を立てている。

 数年前にデビューしたばかりだが、繊細で丁寧な描写が評価され、今やイギリスでもそれなりに名の知れた作家である。忙しさにかまけ記憶の存在すら長い事忘れていたほどだ。

 

 しかし最近、唐突に当時の記憶が鮮明になって来た。

 思い出すきっかけは数か月前、へとへとになって帰宅した時、いつの間にか化粧を落としてパジャマに着替え、ベッドの中に入っていたことだ。

 その時は疲労のあまり覚えていないだけだろうと思ったのだが、数回似たようなことが続くと、何かがおかしいと気付き始める。

 

 出版社との打ち合わせに遅刻しそうになったある日、一瞬で目的地のすぐそばに移動してしまい、その時ナンは自分に何が起きているのかという事をようやく理解した。

 

 

 

 自分に魔力が戻ってきている。

 

 

 これが何を意味するのかは分からない。世界Bにまた何か異変があったのだろうか。

 

 ―――――――――クレストマンシーに聞いた方がいいのかしら。たしか用があるときはオールド・ゲート・ハウスにことづけてって言ってたはず―――――――

 

 ナンはかつて住んでいた町へのアクセスを調べかけ、手を止めた。

 友人にも話を聞いてみるべきかもしれない。ポートウェイ・オークス総合中等学校の2年Y組だった同級生たちは、ほとんどがもう一つの世界で魔法使いだったはずだ。

 

 ナンは手始めに、今でも交流のある当時からの親友、エステル・グリーンに電話を掛けることにした。

 

 

 

 




4章は結構クレストマンシー要素も入って来る予定です。

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