ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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新学期

 結局闇の印を打ち上げた犯人は捕まらないまま、夏休みは終わった。

 事件が終わりしばらくの間、日刊預言者新聞には不安を煽るような記事ばかり掲載されていたが、数日も経つと記事は段々小さくなり、一週間も経つと別のセンセーショナルな記事に取って代わられることとなった。世間もあの夜の恐怖を忘れたかのように見える。

 

 ダリアも闇の印についてのごたごたを記憶の片隅に追いやり、数日前にこっそり訪れたロンドンで購入したペーパーバックを読みふけっていた。

 マグルの書店の店頭で平積みになっていたもので、新人賞だか何だかを取ったばかりの話題作らしい。ファンタジー小説なのだが、実際に魔法界を見てきたのではないかと思わせるほどの描写力で、思わず話に引き込まれてしまう。

 

 ダリアが夢中になって読み進めていると、階下から声がかかった。

 

「ダリア、荷物の準備は終わってる?もうすぐ出発するから降りてらっしゃい。」

 

「はぁい―――――――――トゥリリ、行こう。」

 

『うん、よっと―――――――。』

 

 ダリアはペーパーバックに栞を挟み、本棚にしまい込んだ。マグルの書籍なので、学校に持っていくのはためらわれるからだ。

 トゥリリが肩にしっかり掴まったのを確認すると、ダリアはガタゴトと底を引きずって階段を降りる。今日はホグワーツ特急で学校へ戻る日なのだ。

 

 居間ではディゴリー夫妻とセドリックが待っていた。

 

「よし、全員揃ったな。ではキングズクロス駅へ向かうとしよう。セドは私と、ダリアはサラと一緒に姿くらましをするぞ。」

 

「うん、わかった。」

 

「よろしく、父さん。」

 

 ダリアがサラにぎゅっとつかまると、一瞬ぎゅっと体がねじれるような感覚がした後、気付くと駅の喧騒の中に立っていた。9と4分の3番線だ。ホグワーツ特急はもう入線しており、既に何人かの生徒達が乗り込んでいる。

 

「じゃあ、行ってくるよ。次に帰るのはクリスマス――――――いや、ダンスパーティーがあるんだっけ?じゃあイースター休暇かな。」

 

「いやぁ。もしかすると、それよりも早く会えることになるかもしれんぞ。――――――いや、きっとお前なら選ばれるはずだ!何しろ私の自慢の息子だからな!」

 

「ちょっと、エイモス――――――」

 

 ニヤニヤしながら言うエイモスを、サラが苦い顔で窘めている。

 もしかしなくても、ドラコの言っていた三大魔法学校対抗試合のことだろうか。エイモスの言葉を聞いて、ダリアはとある可能性に気付いて愕然とした。

 

 各校から選ばれる代表選手。どういう方法で選ばれるのかは知らないが、その学校を代表するのだから完璧な模範生が選出されるはずだ。――――――そんなの、セドリックが選ばれるに決まっている。

 何人も死者が出るほど危険な競技に、セドリックが臨まなければならないかもしれない。どうしてその事に気付かなかったのだろうか。

 

 三大魔法学校対抗試合の事を知らないセドリックは、わけが分からない、と言った顔だ。穏やかに見えるが、これで居てセドリックはプライドが高く負けず嫌いな面をもっている。一旦代表選手に選ばれてしまえば、どんな危険な試験でも挑戦しようとするに違いない。

 

 急に青い顔で黙り込んだダリアにサラが気付いた。

 

「まあダリア、どうしたのそんな顔して。何か心配事でもあるの?」

 

「―――――クリスマスに学校なんか居たくない。家に帰れたらいいのに。」

 

 ダリアは三大魔法学校対抗試合が嫌でそんなことを言ったのだが、3人はダリアが早くもホームシックになったと勘違いしたらしく、苦笑した。

 

「まだホグワーツにも行ってないのに、何言ってるんだ。―――――それにクリスマスのダンスパーティーは僕と踊るって約束したじゃないか。あれはもういいの?」

 

「―――――――それは、楽しみだけど。」

 

 ダンスパーティーでセドリックと踊ることは本当に本当に楽しみだが、それとこれとは話が別だ。三大魔法学校対抗試合が行われてセドリックが危ない目に合うくらいなら、ダンスパーティーで一緒に踊れないことなんて何でもない。

 

 完全に沈んだまま黙り込んだダリアに、セドリックは困ったように頬を掻いた。

 思い返すと、去年もダリアは新学期の別れ際に「行きたくない」と駄々をこねていた気がする。その時は友人の姿を見かけるとコロッと態度を変えていたので、今回も誰かスリザリンの友人の顔を見れば気分が変わるかもしれない。

 

 セドリックはそう結論付けると、ダリアのトランクをひょいと持ち上げた。とりあえず列車に乗って、ダリアの友人を探し出し、コンパートメントに放り込んでしまおうと考えたのだ。

 

「じゃあ、行ってくるよ。父さん、母さん。―――――――――ほら、ダリアも。」

 

「―――――――――行ってきます・・・・。」

 

「ああ、行ってらっしゃい。セドのいう事をよく聞いて、危ない事はしないんだぞ。」

 

「ドレスローブが届いたら、すぐに学校に送りますからね。体に気を付けて。」

 

 ダリアは力なくディゴリー夫妻と別れの挨拶をすると、そのままセドリックに半ば引きずられるようにしてホグワーツ特急に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――つまり、三大魔法学校対抗試合のホグワーツ代表にディゴリーが選ばれて、危険な目に合ってしまうという妄想に取りつかれて、そんなに落ち込んでるのね?」

 

「うん、そうなの――――――。」

 

「バッカじゃないの?」

 

 パンジーはダリアの泣き言を容赦なくバッサリと切り捨てた。

 彼女は良くも悪くも物言いに遠慮が無い。普段その率直な物言いに助けられることもあるのだが、今のダリアはもう少し優しい言葉を求めていた。

 ダフネとミリセントはまだ来ていないので、フォローする友人も居なかった。

 

「全く、ディゴリーに連れられてトボトボコンパートメントに入って来るから、どうしたのかと思って聞いてみれば。」

 

「そんなぁ。だって、セドリックが死んじゃうかもしれないんだもの。心配になってもしょうがないじゃない・・・・。」

 

「そもそもディゴリーが選ばれるかどうかすらまだ分からないじゃない。」

 

「え?だってホグワーツの代表なのよ?セドリックよりふさわしい人って居たっけ?――――――――――――ちょっと考えてみたけどやっぱり居ないわ、やっぱりセドリックが代表に選ばれて、それでもって危ない目に合っちゃうんだわ!あんまりよ―――――――」

 

「あんた、ディゴリーが絡むと途端に面倒くさくなるわよね・・・・。」

 

 再びめそめそし始めたダリアを見て、パンジーは呆れたように呟いた。それを聞いたダリアは「ドラコが絡んだパンジーほどじゃない。」と思った。

 

 しばらくしてダフネが、次いで発車時刻ギリギリにミリセントがコンパートメントに入って来ると、ようやくホグワーツ特急が発車した。

 

「遅かったじゃない、ミリセント。何かトラブルでもあったの?」

 

「いやぁ、教科書の買い忘れに今朝気付いて。急いでダイアゴン横丁に調達しに行ってたのよね。間に合ってよかったわ。――――――――――っていうか、そこの隅っこのはなんでまた、そんなにジメジメしてるわけ?」

 

「気にしなくっていいわよ、いつもの『セドリック病』だから。」

 

「ひどすぎる―――――――どうしてそんな冷たいことが言えるの。もう少し私の事ちやほやしてくれたって罰は当たらないと思う。パンジーには人の心ってものが無いんだわ。」

 

 ダリアはまだブツブツ言っていたが、ミリセントが入り口側のシートに腰かけると、話題はクィディッチ・ワールドカップの夜に移っていった。話を聞くと、全員真夜中に叩き起こされて、自宅へ送り返されたのだという。

 

「びっくりよね。あんなに人が集まる場所で、そんな大胆な事する人が居るだなんて。」

 

「結局、あの印を打ち上げた犯人って分かってないんでしょ?どこに逃げたのかしらね。」

 

「相当頭の切れる奴ってことでしょ、だって魔法省の血眼の捜索でも見つからないんだし。」

 

「あ、闇の印といえば!」

 

 ダリアは先日考えたばかりの新生・闇の印を思い出し、鞄の中から取り出した。途端に元気になったダリアに、ダフネ達は何事かと注目したが、ダリアが自信たっぷりに突き出したものを見て目が点になった。

 

「じゃじゃーん!どう?コレ。かっこよくない?」

 

「――――――――――一応聞くけど?これ、なに?」

 

「え?私が考えた闇の印。こっちの方がずっとセンスいいでしょ?」

 

「あんた、怖いもの知らずにもほどがあるって――――――――」

 

 ミリセントがドン引きして言った。

 子ども世代の多くは、闇の印の恐怖を肌で知らない。しかし先日の事件で、大勢の大人たちが闇の印一つで右往左往していたのは知っている。

 その印を昨日の今日でオモチャにするとは、少々図太すぎやしないだろうか。

 

「どうしてそんなもの考えようと思ったのよ。」

 

「私の方がもっとカッコイイ印を考えられると思って・・・・。」

 

「あんたねぇ。そんな、どの陣営に聞かれてもまずい事を、よく平気で言えるわね・・・。」

 

「えぇ、そんなにまずかったかしら――――――――。」

 

 流石にここまでボロクソに言われると、「ちょっと不謹慎だったかな?」という気になってくる。ダリアが渋々印を鞄に戻しかけた時だった。突如、コンパートメントのドアが勢いよく開いた。

 

 あまりに突然の事に、4人は一斉に入り口の方に顔を向け、ドアの前に立っている人物を見て凍り付いた。

 

 そこに立っていたのは、世にも恐ろしい風貌をした男だった。

 

 シートに腰かけている女子生徒からすれば、見上げるほどに背が高く、逆光で表情を判別することは難しい。しかし、その顔は暗がりの中でさえ分かるほど、ひどい傷跡に覆われていた。鼻は大きく削がれ、目は片方しかない。失われた目を補うのは、不揃いに大きなギョロギョロとした魔法の目だった。

 

 あまりに異様な容貌に驚き、文句を言うことも忘れて固まっている4人の様子など気にも留めず、男が大きく裂けた口を開いた。

 

「抜き打ち調査だ。入れてもらおう。」

 

 男は返事を待つこともせず、コンパートメントの中に入ってきた。ダリアはその時初めて、男の片脚が義足だという事に気が付いた。

 誰も言葉を発することができない中、男の義足が立てるコツコツという音だけが響いている。ぐるぐると周囲を激しく睨みつける魔法の目が、ダリアの手元に留まった。

 

「おい、そこのお前!それはなんだ!!」

 

「ひゃい!?」

 

 完全に委縮していたダリアは、シートから飛び上がった。男はシートの上に立ち上がったダリアに向かって、大声で怒鳴りつけた。

 

「手の中にある紙切れの事だ、広げて見せろ!」

 

 この見るからに危ない男が誰なのかは分からないが、この印を見られたらまずい事になるという事は流石に理解できた。ダリアは魔力を総動員して、全力で闇の印を描き替える。

 

 ぎこちない手つきで紙切れを広げると、コンパートメントの中に緊張が走った。ダフネ達は不安気に様子を見守っていたが、紙に描かれた絵が先ほどと変わっているのに気付くと、明らかに表情が和らいだ。

 厳しい目で紙を睨みつけていた男が首をひねる。

 

「――――――――――――それはなんだ?」

 

「――――――――――――――へ、ヘビを食べているマングース・・・・」

 

 ダリアはしどろもどろになりながらも、なんとか答えた。とっさのことで図面を思いつかず、髑髏をマングースに変えただけだが、先ほどよりはマシだろう。

 

「――――――見間違いか。いや、しかし先ほどは確かに――――――――。」

 

 男は納得いかない様子で紙切れを睨みつけている。まるでじっと見つめていれば図柄が変わるとでも言いたげな様子だった。

 しかし当然、描き替えてしまった絵は元に戻らない。男は渋々、ダリアに「戻してよろしい。」と許可を出した。

 

 男はしばらくコンパートメントを物色すると(ダリアの周りを特に入念に調べた。トゥリリまでひっくり返して調べだしたので、驚いたトゥリリが黒板を引っ掻いたような凄まじい鳴き声を上げた。)、来た時と同じように周りを見ることも無く扉を開けて出て行った。

 

 

 

 

 

 

 しばらくの間、無言の時間が続いた。耳を澄ませると、今度は隣のコンパートメントから悲鳴らしきものが聞こえてくる。どうやら全ての車両を抜き打ち検査して回っているらしい。

 ややあって、ミリセントが慄いたように震える声を出した。

 

「マッドアイ・ムーディだ―――――――初めて本物を見た。」

 

「マ―――――マッドアイ?あの?」

 

「嘘、どうしてマッドマイがホグワーツ特急に居るのよ!」

 

 あのマッドアイってどのマッドアイよ。3人が途端に姦しく騒ぎだす中、ダリアは完全に緊張の糸が切れ、虚脱状態でシートにもたれかかっていた。

 同じく脱力していたトゥリリだが、マッドアイの名前を聞いた瞬間、飛び跳ねた。

 

『あ、マッドアイ!それだよ、この前聞いたのは!』

 

「何、どうしたのよ急に。」

 

『言ったでしょ?クィディッチ・ワールドカップの時、面白い話を聞いたって。色々あって言いそびれてたんだけど、クルックシャンクスからマッドアイの話を聞いたんだよ!』

 

 クルックシャンクスといえば、トゥリリが去年から仲良くしているらしい猫の名前である。そういえばクィディッチ・ワールドカップの夜にそんなことを言っていた。眠気が勝って後回しにしていたら、色々あって聞くのを忘れていたのだ。

 遅ればせながら聞いたトゥリリの話は、衝撃的な内容だった。

 

「――――――――えええ!?あの人が闇の魔術に対する防衛術の先生になるの!?嘘でしょ、ていうかルーピン先生は!?」

 

「きゃあ!何よダリア、突然大きな声出して。どうしたの?」

 

 思わず叫んだダリアに、興奮しきってマッドアイについて話し合っていたダフネ達も驚いて振り返った。しかしダリアはそれどころでは無かった。

 

 ――――――――今までで一番良い闇の魔術に対する防衛術の先生が、どうしてたった一年で変わってしまうのだろう。というか、今度はあの恐ろしい人に毎日顔を合わせる可能性があるだなんて、一年間やって行けるのだろうか。

 

 先ほどの一件がすっかり苦手意識を植え付けられたダリアは気が遠くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼を過ぎたころになると、徐々に空模様が怪しくなってきた。そのまま列車がホグワーツへ近づくにつれ天気はどんどん悪くなり、ホグズミードに到着するころになるとバケツをひっくり返したように激しい雷雨が降り注ぐようになっていた。

 

 去年に引き続き、新入生は悪天候の中湖を渡るはめになるようだ。ハグリッドの大きな背中について、1年生達の小さな背中が頼りげなく歩いていくのを見送ると、ダリアはセストラルが引く馬車に乗り込んだ。

 

 あの中の何人がスリザリンに入るのだろう。様々な事情が重なり、ダリアは自分が1年生だった時以来、組み分けの儀式に居合わせたことが無かったので、今日の儀式をそれなりに楽しみにしていた。

 

 

 

 

 

 ダリア達が乗り込んだ馬車は、後発の物だったらしい。大広間に入ると、スリザリンのテーブルには既にドラコやノットといった同級生達が座っていた。

 

「あら、あなた達先に来てたの。いいなぁ、私たちは雨の中待たされてビショビショになっちゃった。」

 

「よぉ。先発組はピーブスに水風船を投げつけられた。どっちにしてもずぶ濡れだぞ。」

 

「そんなことがあったの?だからドラコがあんなに不機嫌な顔してるのね。」

 

 腕を組んでむっつりと黙り込んでいるドラコを見て、ダリアは声を潜めた。しかし、ノットは首を横に振った。

 

「いや、あれは――――――――お前の所にも来なかったか?ムーディの抜き打ち検査。」

 

「来たけど。それがどうかしたの?」

 

「あいつ、こっそり持ち込み禁止の魔法具を持ってきてたみたいでさ。ムーディの魔法の目に見つかって、散々絞られたんだ。」

 

 ダリア以外にも、手荷物検査で吊るしあげられた生徒がいたらしい。仲間を見つけたダリアは喰いついた。

 

「えっ、ドラコもあのめちゃくちゃ怖い取り調べ受けたの?あの人すっごく怖かったよね!私、ちびるかと思っちゃったもん。ドラコは大丈夫だった?」

 

「大丈夫に決まってるだろう!―――――――家から持ってきていた魔法具を、いくつか没収されただけさ。」

 

「へぇえー、大変だったわね。」

 

 一体何を持ってきていたのだろう。ドラコの持ち込む魔法具なんて、きっとロクな物じゃないんじゃないかな。ダリアは自分の事を棚に上げてそう思った。

 しきりに感心するダリアに、話を聞いていたノットが口を挟んだ。

 

「――――その話しぶりじゃ、モンターナも取り調べを受けたのか。お前は一体何を見つかったんだ?」

 

「えっ。」

 

 ダリアは答えに窮した。先ほど女子3人に酷評をいただいた「改造した闇の印」を衆知するのは、少し恥ずかしい気がする。それに、他寮生の耳に入ろうものなら、顰蹙ものだ。

 ダリアは誤魔化すことにした。

 

「それは、まあ――――――――――――ちょっとした落書きよ。まぁ大したことを書いてたわけじゃないんだけど、あの人ピリピリしちゃってさぁ。」

 

「ふーん。」

 

「それより、あの人どうして抜き打ち検査なんかしたんだと思う?誰かから依頼されたのかしら、それとも―――――」

 

 途端にペラペラ話し出したダリアの様子にどことなく違和感を覚えたノットは、横に座っている女子3人の何とも言えない表情を見て、色々と察した。きっとロクなものじゃなかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 そうこうしているうちに組み分けの儀式の準備が整った。大広間の扉が開き、マクゴナガル先生に連れられ、小さな一年生達がぞろぞろと入場を始める。この天気の中湖を渡ってきただけあって、どの生徒も濡れネズミだ。

 一年生達が寒さと緊張で震えながら教職員席の前に整列すると、ようやく組み分けの儀式が始まった。ダリアはわくわくしながら様子を見守った。

 

 帽子が歌う歌は、ダリアが一年生の時に聞いた者とは全く別の曲調だった。

 あの時は自分がどこに組み分けされるかという事にはさして興味が無かったため(スリザリンだと確信していた)、あまり真剣に聞いていなかったのだ。内容をよく聞いてみると寮の特色を分りやすく説明していてなかなか面白い。

 

 歌が終わると、いよいよ新入生の組み分けが行われる。

 アルファベット順に名前を呼ばれてた新入生が小さな椅子に腰かけると、被せられた帽子が次々に寮を振り分けていく。

 ダリアは自分が組み分けされた時の事を思い出して、何となく懐かしい気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

「スリザリンってやっぱり、他の寮に比べたら組み分けされる人数が少ないのね。毎年そうだけど、今年も4寮の中で一番新入生が少なかったわ。」

 

 組み分けが終わり、待ちに待った夕食の時間。ダリアは好物のラムチョップをいち早く皿に取り分けながら、隣に座っていたダフネに話しかけた。

 ダフネは澄ました表情で肉を切り分けながら、「そうね。」と答えた。

 

「ただ単に、スリザリンが定めた選考基準をクリアできる新入生が少ないんだと思うわ。サラザール・スリザリンは4人の創設者の中で最も自寮の生徒に求めるものが多かったらしいし。」

 

「あ、ホグワーツの歴史で読んだことがあるわ。確かスリザリンが寮生を選ぶ基準は、蛇語、機知に富む才知、断固たる決意、やや規則を無視する傾向、だったかしら。――――――――蛇語は別として、他の寮に比べて要求するものが多いわよね。」

 

 ダリアは納得して切り分けたラムチョップを口に運んだ。

 ドラコはスリザリンには純血の者しか居ないと時々嘯いているが、スリザリンが帽子に込めたルールの中に「純血でなければならない」という決まりは残って無い。伝え聞く彼の思想とは乖離しているが、帽子を作った時はそんな強硬派では無かったのかもしれない。

 実際少数派だが、マグル生まれのスリザリン生も在籍している。とても肩身狭そうにしては居るが。

 

 昼食を取ってから何時間も経過し、極限の空腹状態だった生徒達は、次々と料理に手を付けて行った。ホグワーツの食事は毎日おいしいのだが、こういう特別な日の料理は殊更気合いが入っているのだ。

 

 生徒達が存分に御馳走を食べて満足した頃、ダンブルドアが立ち上がった。いつものように新学期についての話が始まるのだろう、広間のおしゃべりが一斉に静まる。

 きっと新しい「闇の魔術に対する防衛術」の教師であるムーディや、三大魔法学校対抗試合のことについてもこの場で発表があるはずだ。ダリアはどちらの話題に関する話も聞きたくなかったので、胃がズンと落ち込んだ。

 

 ダンブルドアは杖を自分の喉元に当てると、拡大された声で大広間に向けて語り始めた。

 

「最初は残念なお知らせと嬉しいお知らせからじゃ。まことに残念ながら、昨年度まで闇の魔術に対する防衛術の先生を勤められていたルーピン先生が、一身上の都合で職を辞すこととなった。」

 

 ここでほとんどのテーブルから驚きの声が上がった。ルーピン先生はここ数年の闇の魔術に対する防衛術の教師の中では、ダントツに人気のある先生だったからだ。

 スリザリンのテーブルでも、他の寮と比べれば少ないものの、落胆した表情をしている生徒はそれなりに居る。改めて聞いたダリアも、がっくしと肩を落とした。

 

 トゥリリ経由で聞いていた話ではあるのだが、正式に発表されるとやはり落ち込む。どうして辞めてしまったのだろう。

 

 ダンブルドアは生徒達のざわめきがある程度収まるのを待ち、続けて新任の教師の紹介に移った。仏頂面で座っていたムーディが立ち上がる。

 

「そして嬉しいお知らせじゃが、既に後任の先生は決まっておる。皆も気になっていたことじゃろう―――――――新しく闇の魔術に対する防衛術の先生を勤めてくださる、アラスター・ムーディ先生じゃ。」

 

 ムーディはダンブルドアの紹介を受けても、微動だにすることなく大広間を睨みつけていた。その威圧を受けてか、いつもなら新任の先生に贈られるはずの拍手はまばらだ。

 

「最初に言っておこう。ムーディ先生がホグワーツで教鞭を取られる期間は、1年のみじゃ。元闇祓いとして活躍したムーディ先生の技術を、この機会にしっかりと学んでほしいと思っておる。」

 

 ダンブルドアがそう締めくくると、ムーディはようやく大広間を睨みつけるのをやめてぎこちなく椅子に腰かけた。

 闇の魔術に対する防衛術の教授は1年しか続かないことで有名だが、なるほど、ムーディの場合は最初から1年という期限が定められているらしい。ダリアは少しだけ安心した。

 

 広間のざわめきが落ち着きかけた頃合いを見計らって、ダンブルドアはさらに続けた。

 

「そして、最も重要なお知らせの前に、もう一つ残念な知らせをせねばならん。毎年皆が楽しみにして居る寮対抗クィディッチ対抗戦は、今年は取りやめじゃ。」

 

 今度の反応は劇的だった。悲壮な叫びが大広間のあちこちから上がる。クィディッチチームの選手も、試合を見るのを楽しみにしていた選手も、「信じられない。」という表情で固まっている。

 しかし、ショックを受けた生徒達に、ダンブルドアが安心させるように説明を付け加えた。

 

「これは、今年行われるとある一大イベントのための仕方ない処置じゃ。先生方も生徒諸君も、ほとんどの情熱をこの行事に注ぎ込むことになるじゃろう。――――――――――なんとも喜ばしい事に、今年ホグワーツで、数百年ぶりに『三大魔法学校対抗試合』が開催されることが決定した。」

 

 生徒達は最初、三大魔法学校対抗試合が何のことか分からず戸惑っていたが、説明が進むにつれ、ざわめきが興奮した囁きに変わってきた。皆概ね好意的に受け止めているらしい。数百年前に夥しい数の死者を出したという情報を聞いても、気に留めていない様子だ。

 

 しかし、ダリアは説明を聞けば聞くほど憂鬱になって行った。

 ダンブルドアの話では、競技の危険性を考慮して、出場者に年齢制限を定めたらしい。ダリアは一瞬期待で目を輝かせたが、その制限が17歳だと聞くと、再び沈み込んだ。セドリックは今年、17歳だ。参加条件を満たしている。

 

 ダリアはセドリックの方へチラリと視線を向けた。ハッフルパフのテーブルでは、セドリックがダニーと一緒に何やら話をしている。

 

 いつものように穏やかな表情をしているが、ダリアは何故かその顔を見た時、セドリックがきっと代表選手に立候補するだろう、という事を確信した。

 

 

 

 


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