ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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守護霊ショック

 翌日からすぐに授業が始まった。

 

 ダリアは今年も、12科目の授業を全て受講するつもりだった。一日目から早速、占い学と数占い学、魔法生物飼育学とマグル学の『被り』がある。

 朝食を早めに済ませ、マクゴナガル教授の元へ向かって逆転時計を受け取ると(本物は夏休み中持ち帰っていたため、受け取ったのは偽物だが)、ダリアは急いで1限目の魔法史の教室へ向かった。

 

 

 

 

 教室へ向かうと、既に友人たちが席を確保してくれていた。暖かな日差しが差し込む、絶好のお昼寝スポットだ。

 魔法史の授業が割と好きなダリアは、少し不満だった。

 

「最初から居眠りする気満々じゃない。初日からそんな心構えでいいの?」

 

「初っ端から魔法史って、なーんかやる気が起きないのよねぇ。」

 

 ミリセントが頬杖をついてだるそうに言った。授業が始まる前にもかかわらず、既に眠気が襲ってきている様子だ。

 眠くなる理由は分からなくもない。ビンズ教授は眠気を誘うような抑揚の無い淡々とした話し方で教科書を読み上げる。生徒達の方をほとんど見もしないため、居眠りをしていても咎められることはほぼないのだ。

 

 実際本日の授業が始まると、生徒達は大半が居眠りを始めた。いつもなら内職をする生徒も多いのだが、新学期最初の授業なので取り組む課題すら無い。

 授業開始から数十分が経過すると、真面目に講義を聞いているのは、ダリアを含め数人だけになっていた。

 

 机に突っ伏している両隣を尻目に、ダリアは教科書を開いた。今日の授業は、17世紀の国際魔法使い機密保持法についてだった。

 

 この法律が施行された頃、ヨーロッパでは魔女狩りが非常に盛んだったらしい。マグル達の魔法使いに対する猜疑心が極限まで高まっていたため、全世界から魔法界の存在を隠す法律が作られたのだ。

 ダリアが元居た世界は魔女狩りなんてものが起こったという歴史などは無く、当然魔法が禁止されるという事も考えられなかったため、大変興味深く聞いていた。

 

 ―――――――こういうのがあるから、魔法史は面白いのよね。私が知ってる世界の歴史とは全く違うもの。きっと世界Aと世界Bは、気も遠くなるほどずっと昔に枝分かれしたんだわ。

 

 

 

 

 

 世界が12に分かれているという事実は、昔、城でソーンダース先生に習ったことがあるのでよく知っている。

 

 これらの関連世界は、元は一つの同じ世界だったと考えられているらしい。

 それが先史時代の大きな出来事のif(大規模な地殻変動があったか無かったか、あるいは大陸が一つ海に沈んだか沈まなかったかなど)の積み重ねにより、12の系列に分かれたのだという。

 

 そのため系列が違えば、文化や常識はかなり違ってくる。

 例えば第7系列の世界は、先史時代にかなり激しい地殻変動が起こったため、陸地のほとんどが激しい山脈に覆われている。また第5系列の世界は陸地という陸地がフランスより小さい島になってしまったため、人間よりも人魚の人口が多いほどだ。

 

 それぞれの系列の世界がさらに分かれたのは、文明が現れて以降である。大きな事件や戦争の勝敗のifにより、世界はA~Iまでの9つに分かれた。

 ダリアが元居た世界Aと世界Bも、そのようにして分かれたはずだ。第12系列の中では一番初めに枝分かれしているはずなので、辿ってきた歴史も全く違う。

 

 ――――――――一番の違いは、魔法が一般的かどうかだけど、それがきっかけで世界が分かれたわけじゃないわよね。だって魔法が隠され始めたのは17世紀らしいし、それより前には枝分かれしてるはずだもの。

 

 後見人の話では、この世界Bは最近まで、魔法がある世界と、魔法が存在する世界の2つに人知れず分裂していたらしい。それは17世紀初頭のガイ・フォークスの国会議事堂爆破事件の成否のifを発端とする枝分かれで、それにより片方の世界に魔力が全て吸い取られてしまったのだという。

 

 後見人により分裂していた世界Bが一つに融合してからは、世界の歴史のつじつま合わせが行われたようだが、この世界には以前、400年ほど前に一夜にして世界から魔力が失われてしまったという歴史が存在していた。

 国際魔法使い機密保持法で魔法が世界から隠されたのは、そのつじつま合わせの一部なのかもしれない。

 

 ―――――――うーん、どんな大事件で世界が分かれちゃったのかしら。またこれからも、世界が分裂するような大事件が起きるようなことがあるのかしら。世界って不思議。

 

 ダリアは羊皮紙にビンズ教授が書いた魔法史の年表を書き写しながら、頭の片隅で様々な歴史のifを想像して楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しい時間は魔法史の時間が終わるまでだった。次の授業は魔法生物飼育学だ。

 去年は色々なことがあり、初回のヒッポグリフの授業の後はひたすらレタスワームの世話をやらされる退屈な時間だった。

 

「あの森番、今年はどんな生き物を扱う気かしら。まさか、キメラだとか言わないわよね?」

 

「まさか。去年あんなことがあったばかりだし。流石に今年はそんな危険な生物は持ってこないんじゃないの?―――――――まぁ、レタスワームはもうこりごりだけど。」

 

 

 

 そのまさかだった。ダリア達がハグリッドの小屋の前へ行くと、既にグリフィンドール生達が戦々恐々といった様子で大きな木箱の中を覗き込んでいた。時折木箱の中から、バンという大きな爆発音が聞こえる。

 生徒達の隙間から、青白いヌメヌメとした生物を目にしたダフネとパンジーが、悲鳴を上げた。

 

「キャーーーー!!何、あの気持ち悪いの!」

 

「しかも箱の中に沢山!!」

 

 

 

 

 

「尻尾爆発スクリュートだ。」

 

 ハグリッドが嬉しそうに答えた。生徒達の悲鳴など全く聞こえていないかのようだ。スリザリン生だけでなく、グリフィンドール生達も顔を青ざめさせているのだが。

 

 なんと、今日の授業は、この「尻尾爆発スクリュート」なる生物の世話をする事らしい。何でもハグリッド自身、この生物を飼ったことが無いため、好物も何も分からないのだという。

 ダリア達はぶつぶつ言いながら、火箸でヤマアラシの針を掴んで木箱の中のスクリュートの口元(らしき場所)へ押し付けた。

 

「ありえない、ありえない!普通、飼ったことが無い魔法生物の世話を生徒にさせる?しかもこんなに気持ち悪い生物!」

 

「流石に私も、これはねぇ―――――――ヒッポグリフみたいなカッコイイやつならまだいいんだけど。」

 

「まさかこの一年、ずっとこの生物の世話をしなきゃいけないのかしら――――――。」

 

 3人が絶えず文句を言う中、ダリアは恐る恐る木箱の中の生物を眺める。ハグリッドの教師としての資質の有無は別として、彼の魔法生物に関する知識が他の追随を許さない博識ぶりを見せているのは事実だ。そんな彼が飼い方を知らない生物など居るのだろうか。

 

 しかし実際、こんな生物はニュート・スキャマンダーの「幻の動物とその生息地」にも、もちろん「怪物的な怪物の本」にも記載が無い。ダリアは少し嫌な予感がした。

 

「まさか――――――――新種?」

 

「嘘、流石にそれは無いでしょう?だって飼い慣らすことのできない怪物の新種を作ることは禁止されてるって聞いたことがあるわ。」

 

「飼いならせたら問題ないんでしょ?だから今飼い方を探してるんじゃ―――――――。」

 

 あり得ない、と言い切れないのが恐ろしいところだ。――――――――そう思ってスクリュートを見ると、ヌメヌメとした青白い体は、どことなく殻をむいた火蟹に似ている気がする。尻尾の爆発など、まさに火蟹の防衛行動そのものだ。しかし絶対に純粋な火蟹の幼体ではないと言い切れる。

 

 きっとこの生物は、火蟹と何か他の魔法生物を掛け合わせた新種だ。吸盤や針を持つ生物―――――沢山居るのでまだ絞れない。もう少し成長したら、似ている生物も割り出せるかもしれないが、ハグリッドの事だ、きっとそれなりに危険な生物なのではないだろうか。

 

 ドラコがこのスクリュートの事で、いつものようにハグリッドやクリフィンドールのポッター達に突っかかっていたが、今回ばかりはドラコの方が全面的に正しい事を言っている気がする。

 ダリアは急に尾を爆発させて飛び上がったスクリュートに、悲鳴を上げて後ずさった。

 

 

 

 

 魔法生物飼育学によりどっと疲労がたまったダリアは、ペコペコのお腹をさすりながら逆転時計を使い、今度はマグル学の授業に出席した。マグル学はいつものように、バーベッジ教授のマグル製品紹介だった。

 

 世界Bの科学技術は、世界Aの物より数段進んでいる。こちらの世界へ来てからもディゴリー家で過ごし、マグルの世界に触れる機会が少ないダリアは、「携帯電話」なるものを見て大いに驚いた。

 

 以前こっそりロンドンへ行った時、マグル達が小さな箱に向かって話しかける光景を見た時は何事かと思ったが、まさか電話をしていたとは。

 ダリアの世界の電話は、まだ据え置き型しか発明されていなかった。電話など無くても、魔法を使えば離れたところに居た人物とすぐに連絡が取れるからだ。

 

 

 

 

 

 

「魔法族には、マグルの携帯電話みたいに、離れたところに居てもすぐに連絡が取れる道具って無いの?」

 

「は?携帯電話?」

 

 昼食を食べ、数占い学の授業の教室で、ダリアはこっそりノットに聞いてみた。スリザリンの友人で、ダリアがこっそりマグルの町へ遊びに行っていることを知っているのはノットだけだ。

 ノットは面倒くさそうな顔を隠しもせずに、それでも答えた。

 

「その『携帯電話』とかいうのがどういうものなのかは全く知らないけどな――――――まぁ、両面鏡という魔法具なら聞いたことがあるぞ。俺も持っていないから詳しい事は分からないが、離れたところに居ても相手と話すことができるらしい。」

 

「へぇー、両面鏡かぁ。」

 

 魔法族も色々考えるものだ。しかし、魔法族全般にいきわたるほどの供給があるわけではないらしい。

 

「あとは―――――――――そうだな、守護霊を使って連絡を取り合うこともあるらしい。」

 

「守護霊?守護霊って、ディメンターを追い払う?」

 

 確か、いつだったかのクィディッチの試合で、ポッターが使っていたはずだ。ディメンターを追い払うだけなら、ダリアはそんな呪文を使わなくても可能なので、そこまで興味をもっていなかったのだが、そんな使い道があったとは知らなかった。

 

「元々、パトローナスのチャームはディメンターを追い払うためだけの用途じゃないぞ。あれは術者の危機となる物事全般に対して作用する防衛魔法だからな。部分的に実体があって、術者が吹き込んだ言葉を出すこともできるらしいから、その機能を使った伝言手段だな。」

 

「へぇー。ノット、よく知ってるわね。」

 

 ダリアが感心して言うと、ノットは少し照れた顔をした。

 

「まぁ、魔法族の間じゃ有名な防衛呪文だし―――――――むしろ、俺はお前が知らないことに驚いたぞ。」

 

「だってホグワーツの教科書には載ってないもん。」

 

 授業に関係ないので、覚える必要性も感じていなかったのだが、そんな便利な機能があるなら調べてみてもいいかもしれない。ダリアは夕食後、図書室で守護霊の呪文について書かれた本を探してみようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 占い学の授業も難なくやり過ごし、夕食を食べに大広間へ向かおうという時だった。玄関ホールで、何やら騒ぎが起こっているらしい。人だかりができている。

 

「あれ何かしら、喧嘩でもあった?」

 

「じゃない?ポッター達とマルフォイだもの。いつもの諍いでしょ。」

 

 野次馬のレイブンクローの上級生の立ち話が耳に入り、ダリア達は顔を見合わせた。どうやらこの人だかりの中心には、ドラコが居るようだ。

 パンジーが慌てて、人込みをかき分けて(もしくは押しのけて)中心へ飛び込んでいく。しばらくして上がる悲鳴に、ダリア達も慌てて後へ続いた。

 

 輪の中心では、先ほどのレイブンクローの女子の話通り、ドラコとポッター、ウィーズリーが居た。

 お互いに杖を構え、息を荒げている。あたりに魔法を使った痕跡があるが、決闘でもしたのだろうか。

 

「ドラコ、怪我してるわ!どうしましょう、血が――――――。」

 

「大丈夫だよ、かすり傷さ。」

 

 オロオロとするパンジーに、ドラコが宥めるように声を掛けるが、その目は逸れることなくひたとポッターの方を睨みつけている。

 

「――――――――今回のはまた、ひどい喧嘩ね。何があったのよ。」

 

 ダフネが冷静に声を掛けて、初めてポッター達はスリザリン女子4人の姿が目に入ったらしい。ダリアの姿を認めたウィーズリーが、憎々し気に叫んだ。

 

「お前のせいだぞ、モンターナ!」

 

「ええ?私?」

 

 ダリアは仰天して、ドラコに確認しようとした。ドラコは怒りで紅潮した顔でポッターを睨みつけたまま、とある新聞記事を突き出した。

 その新聞記事には、大きく次の見出しが書かれていた。

 

「『ブラック、万事休すか?今度の相手は未成年』――――――――あれ?これ私だわ。」

 

 素っ頓狂な声を上げたダリアに、周りで見ていたダフネ達が次々と記事を覗き込んだ。誰が何度見ても、確かに掲載されている名前はダリアのものだった。

 ミリセントが記事を読み上げる。

 

「えー、どれどれ―――――――――クィディッチ・ワールドカップの熱も収まり、平時の落ち着きを取り戻しかけたように見える今日この頃。私たちは再び、世間を騒がせるとある人物のスクープを手に入れた。」

 

『先日の二股騒動の疑惑も冷めやらぬなか、渦中のシリウス・ブラックが次に狙いを定めたのは、なんと未成年の少女だった。お相手はダリア・モンターナ、今年ホグワーツの4年生に進級する14歳の少女だ。事件はワールドカップが開催される早朝に起こった。偶然モンターナ嬢と出会ったブラック氏は、彼女の愛らしさに心を奪われたらしい。魔が差したのか、はたまた計画的な行動だったのか、ブラック氏は少女を拉致し――――――――』

 

「この人、どうして分かったのかしら。別に周りに記者っぽい人は居なかったと思うんだけど――――――」

 

「ダリア、この記事に書いてあることは本当か!?僕は聞いてないぞ!」

 

「だって言ってないし。」

 

 ドラコに言うと大変なことになりそうだったため、大事にしたくなかったダリアはわざわざ伝えなかったのだ。実際イタズラされたわけでも無い。しかし、こんな記事が出てしまえば、ダリアの気遣いも水の泡だ。

 怒り狂うドラコを尻目に、ダリアは記事を読み進めていった。捏造が多い日刊預言者新聞の事なので、事実を膨らませてある事ない事を書いているかもしれない。

 

 続きはダリアが救出された時(どういう事だろう?ブラックに連れられてワールドカップ会場に来た時の事だろうか)に居合わせた一般人のコメントだった。

 

『幸いにも少女は、数分後に同氏とクィディッチ会場に居るところを発見された。「可哀そうに、保護者に助け出された時、彼女は怯えきっていました。」現場に居合わせたアビントン氏は痛まし気な表情で記者にそう語った。「私も自分の娘が同じ状況に置かれたら、冷静で居られる自信が有りません。もう二度とこんなことが無いよう、気を付けて欲しいですね。」この問題に関し、ブラック氏本人からの釈明はまだ無い。氏をホグワーツの教員にという噂も一時期出ていたが、すぐに立ち消えになった理由が判明した――――――』

 

「私、そんなに怯えきってたかなぁ。っていうか、あの人がホグワーツの教員になるって噂あったんだ。」

 

「そういう問題じゃないだろう!ここに書いてあることは事実なんだな!?」

 

「まぁ、物は言い様というか、書き様というか。まあ事実だけを並べるとそう取れなくも無いのよね。」

 

「嘘だ!シリウスがそんなことするはずがない!」

 

 ポッターが悲痛な表情で叫んだ。気持ちは分かるが、ダリアは冷静に告げる。

 

「―――――あんた達その場に居たじゃない。だったら私とブラックがストーツヘッド・ヒルに取り残された事知ってるでしょ。」

 

「ふざけるなよ、シリウスがお前みたいなちんちくりん相手にするわけないだろ!」

 

「ち、ちんちくりん!?」

 

 ウィーズリーがポッターに加勢して言い放った言葉に、ダリアは沸騰した。名付け親が立て続けにパパラッチの毒牙にかかったポッターには同情するが、ウィーズリーにちんちくりん呼ばわりされるいわれは無い。

 前からこの赤毛のノッポは事あるごとに睨んでくるので気に食わなかったのだ。そろそろどちらが上か思い知らせてやるべきなのかもしれない。

 飛び掛かろうとしたダリアを、後ろからミリセントが羽交い絞めにして、パンジーが口を塞いだ。

 

「む、むぐー、むがー!」

 

「あんたまで入って行ったら収集が付かなくなるでしょ、ちょっと大人しくしてて。――――――それで、ダリアの事件がきっかけで、ドラコとあいつらは喧嘩してたの?」

 

 ダフネの問いに、顔を顰めたままのドラコが答えた。

 

「―――――――いや、その後、ポッターが僕の母上の事を侮辱したから。」

 

「その前に、お前が僕のママの事を侮辱したんじゃないか!」

 

 

 

 ―――――――――それって結局、私関係ないじゃない!巻き込まないでよ!

 

 

 

 ダリアが手足をじたばたさせて怒りを表現していた時、生徒達の人込みがざっと二つに分かれ、間からコツコツという硬い音と共に巨大な人影が現れた。

 

 ムーディだ。生徒達が呼んだのか、騒ぎを聞きつけたのか。野次を飛ばしていた生徒達が水を打ったように静まり返った。

 ダリアもすぐさま暴れるのをやめ、石のように存在感を消すことに専念した。

 

「――――――――――これは何の騒ぎだ?」

 

 威圧感たっぷりの声に、誰も言葉を発することができない。ムーディは返事が無い事を気にするでもなく、中心に居たドラコとポッターにズンズン近づくと、ドラコが手にしていた新聞記事をむんずと奪い取った。

 

 ムーディはサッと新聞の内容に目を走らせると、ちらりと魔法の目でダリアの方を見て(目が合ったダリアは縮み上がった)、唸り声を上げた。

 

「―――――――なるほど、どうやらこの記事が騒ぎの原因らしい。」

 

 ダリアは「濡れ衣だ!」と叫びたかった。諍いのきっかけはその記事かもしれないが、ここまでの喧嘩に発展したのは、ドラコとウィーズリーの口の悪さが原因だ。

 別に何も悪い事をしていないにもかかわらず、恐ろしい視線を向けられるのは納得がいかない。

 

「ポッターとウィーズリー、そしてマルフォイ。友人のために怒りを爆発させるとは、感心なことだ。しかし、廊下での魔法を使った決闘が禁止されている事は知っているな?―――――来い。罰則を与えねばならん。」

 

 ムーディは片手で反抗的な目つきをしたドラコの腕を掴むと、ポッターとウィーズリーを引き連れて、廊下の向こうへ消えていった。

 

「ああっ、ドラコまで行っちゃったわ、どうしましょう!」

 

「しかもムーディの罰則って、何されるんだろ―――――――大丈夫かな?」

 

「危険なものでなければいいのだけど――――――。」

 

「ねぇ、それより私、睨まれてなかった?最後にムーディが私の事睨んで行かなかった?ねぇねぇ。」

 

 まるでダリアが喧嘩を引き起こしたかのような目つきだった。列車の中での一件以来、ムーディはどうもダリアに向ける視線が厳しい気がする。

 

 

 それに加え、冷静になったダリアはもう一つ気がかりなことがあった。

 新聞記事に名前が載ってしまったことだ。せっかく論文を発表するのを諦めるなど、目立たないよう努力をしていたのに、今回しっかりとフルネームが載ってしまった。

 

 シリウスに比べると扱いは小さいが、それでも見つける人間は見つけてしまうだろう。

 ダリアは後見人が今日の日刊預言者新聞をじっくり読んだりしないよう、心の底から祈った。後見人は系列世界の情勢を知るために、よく異世界の新聞を取り寄せて目を通しているのだ。

 

 ―――――――もし見つかったとして、同姓同名の人間だと思ってくれたらいいんだけど。でもあんまり期待できない―――――ああもう、どうしよう!

 

 心配になったダリアはすぐさま寮の自室へ戻り、自分の居場所を分りにくくする呪文を引っ張り出してありったけ使った。今日発行された新聞ならば、まだ目を通してない可能性はある。すでに後見人が気付いていたらもう手の施しようが無いのだが。

 

 何かあればキャットがリドルを通して異変を知らせてくれる手筈になっている。それが無い限り大丈夫だとは思うのだが、本気になった後見人はキャットの目でさえやすやすと欺けるはずだ。

 

 不安でしょうがなかったものの、空腹には耐えられない。ダリアはソワソワと落ち着かない足取りで大広間へ戻ると、不安を紛らわすように夕食をかき込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 夕食の後、やはり落ち着かなかったダリアは、気を紛らわすために予定通り図書館へ向かった。守護霊の呪文について説明された本を探すためだ。

 まだ新学期で宿題もほとんど出されていないため、図書館で勉強している生徒は少ない。魔法生物の書架近くの机で、グリフィンドールのグレンジャーが、一心不乱に積み上げた大量の本を読んでいるくらいだろう。

 

 屋敷しもべ妖精についての本だろうか、ちらりとタイトルが見える。授業で扱うような題材でもないのになぜだろう。しかしグレンジャーが狂ったように本を読んでいるのはいつもの事なので、ダリアはあまり気にしないことにした。

 

 

 闇の魔術に対する防衛術の書架を探すと、有名な呪文だけあって、すぐに守護霊の呪文に関する本を見つけることができた。

 

「えーっと、何々、『パトローナスは正のエネルギーの集合体で、負のエネルギーを跳ね返すことができる―――――――』なるほど。だからディメンターが追い払えるのね。」

 

 ダリアは、守護霊の呪文の方法についてメモを取ると、早速実践してみることにした。しかし、流石にマダム・ピンスが目を光らせている図書室で杖を振る勇気は無い。

 スリザリンの談話室へ戻ると、おしゃべりしているダフネ達に「疲れたから寝る。」と声を掛け、一人で寝室に上がる。

 

 寝室では、トゥリリがベッドの上でゴロゴロと寛いでいた。

 

『あ、ダリアお帰りぃ。授業初日はどうだった?顔が死んでるけど。』

 

「ただいま、トゥリリ。何よ、私の顔が死んでるわけないじゃない。いつもと同じで可愛いさ大爆発よ。」

 

『いや、そういう事言ってるんじゃなくってさぁ。』

 

 実際かなり疲れていたが、何かしていないと冷静さを保つことができない。トゥリリの言葉は聞こえない振りをして、先ほどメモした羊皮紙を取り出した。

 

「今までの人生で最も幸せだった時の記憶を思い出しながら、呪文を唱える――――――よし、やってみましょ。幸せだった時の記憶、記憶――――」

 

 ダリアは自分の人生を振り返ってみた。

 

 カプローナで過ごした幼少期――――――たくさんの家族に囲まれて、天才だとちやほやされて確かに幸せだったかもしれない。しかしクレストマンシー城へ養子に出てからは、弟のトニーノ以外と一度も顔を合わせていない。

 ――――――――もしかして、忘れられちゃったのかも。

 そんな考えが頭をもたげたダリアは、慌てて別の記憶を探した。

 

 

 クレストマンシー城へ来てからの思い出――――――――慣れない魔法で四苦八苦していた。ミリーやお城の人たちは優しかったけど、偉い人達は嫌な目で見てきたし、クレストマンシーは厳しいし。魔法が上手く使えた時は褒めてくれて、ダリアはとても嬉しかったけどそれでも結局、クレストマンシーは後継者にキャットを選んだ。

 ―――――――――うん、あんまり幸せいっぱいの記憶じゃないかも。

 

 それなら、世界Bへ来てからの思い出だ。ここへ来てからの事なら、楽しいことを沢山思い出せる。初めて人間の友達ができた。初めて好きな人ができた。魔法の勉強も頑張って首席を二度も取ったし、頑張れば皆褒めてくれる。おじさんとおばさんにもたっぷり甘えられる。

 ――――――――でも、見つかってしまったら全部失ってしまうかもしれない。

 

 

 嫌な考えばかりが纏わりついてきて、中々純粋な『幸せな記憶』というものが浮かび上がってこない。それでもダリアは、なんとか呪文を唱えた。

 

「エ――――エクスペクト・パトローナム!」

 

 ダリアの杖は、何の現象も起こさなかった。セドリックの事や新聞記事の事など、心配事が山積みだったダリアは強力な幸福の記憶を思い浮かべることができず、呪文に失敗してしまったのだ。

 

「う―――――――うそぉ―――――――。」

 

『ありゃ、珍しい。』

 

 ダリアは青ざめた顔で杖を取り落とした。こちらへ来てからこの方、ダリアはどんなに難しい呪文でも、一度たりとも失敗したことが無かったのに。

 

『まぁ、そうがっかりすることじゃないよ。今日はすっごく疲れてそうだし。また明日元気になってから挑戦してみなよ。』

 

「――――――――うん。」

 

 今日は調子が悪かった、今度挑戦すれば成功するかもしれない。そう頭では考えるのだが、守護霊呪文を失敗したという事実は、ダリアを予想以上に打ちのめした。

 失敗したこと自体も勿論ショックだったが、ダリアはそれ以上にある事実に気付いて衝撃を受けていた。

 

 ――――――私、無意識の内にこの世界の魔法を下に見てたんだわ。だって私、この世界の事なら魔法でどうにでもできるって、今まで何回も思ったことがあるもの。だから守護霊の呪文が失敗して、こんなにショックを受けてるんだわ。

 

 それは、この世界で生きている人たちをとても馬鹿にした、とても失礼な考え方なのではないだろうか。

 

 自分の一面に気付いてしまったダリアはその事が余計にショックで、新学期2日目の夜にして早速寝込むことになってしまった。

 

「うう――――――セドリック―――――ムーディこわい――――――新聞―――――――守護霊できなかった――――――性悪女――――――――うぐぐ―――――。」

 

『今日はやけに、訳の分かんない寝言言うなぁ。もぉ~。』

 

「むぐ―――――――。」

 

 安眠を邪魔されたトゥリリの猫パンチで、ダリアは更に苦しそうな唸り声を上げた。

 


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