ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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禁じられた呪文

 ショックで寝込むことになってしまったダリアだが、翌日からの授業には意地でも参加しようとベッドを這い出した。

 心身ともに疲弊した体調が回復したとは言い難いが、それでも初回の講義を聞き逃すことを思えば何でもない。むしろ勉強に執着することで、不安を紛らわせている節もあった。

 

 しかし、今日の授業に限っては、逆に不安を煽り立てるものになりそうだった。今日はムーディによる『闇の魔術に対する防衛術』の初授業が行われるのだ。

 ダリアはホグワーツ特急で彼に詰問された時から、ずっとムーディの事を恐れていた。

 

 

 

 

 

 闇の魔術に対する防衛術は異様な緊張感の中で始まった。

 

 スリザリンといえば、闇の魔法使いを多く輩出することで知られている寮である。それは否定しようのない事実であり、親類が死喰い人だったという生徒も少なくない。腕利きの闇祓いだったムーディとは、圧倒的に相性が悪いのだ。

 実際に血縁関係者がムーディによってアズカバンに投獄されたスリザリン生の中には、あからさまな敵意を見せている者も居る。

 

 一方のムーディも淡々と出欠を取っているが、いくつかのファミリーネームを読み上げた際、声色は変わらないものの、魔法の目がぐりぐりとその生徒を注視していた。

 

「フム――――――――――。」

 

 出席を取り終わったムーディはしばらくの間片目を閉じると(もう片方の目はせわしなく辺りを警戒していた)、やがて憮然とした声で話し始めた。

 

「――――――わしはまだるっこしいのは好かん。最初に言っておこう。この中の何人かは、わしがこの手でアズカバンに放り込んた魔法使いの縁者だ。同様にこの中の何人かの縁者は、わしの体に深い傷跡を残した闇の魔法使いでもある。お互いにお互いを憎む理由があるわけだ。」

 

 ―――――――私は別に、憎んだりしてるわけじゃないんだけどなぁ。だからそんなに睨まないで欲しいなぁ。

 

 ダリアは入り口に一番近い席に浅く腰掛けながら、心の中で文句を言った。ムーディの魔法の目と頻繁に目が合うのは、決して気のせいではない。

 

「しかし、教職に就いた以上、わしは私怨で生徒の扱いを変えようとは思わん―――――――貴様らの係累や思想に関わらず、わしはおまえたちに、闇の魔法に対抗するための心構えを叩き込む。――――――――モンターナ!!」

 

「!?」

 

 突然大声で名前を呼ばれたダリアは飛び上がった。

 

「前任のルーピン先生からの手紙を読んだぞ。貴様はたいそう優秀な生徒らしいではないか。ええ?」

 

 ムーディの両方の目に見据えられたダリアは、壊れたおもちゃのようにガクガクと首を縦に振った。無意識の内に、両脚はいつでも逃げ出すことができる臨戦態勢になっていた。

 

「魔法法律により、最も厳しく使用を制限されている呪文を3つ挙げろ。」

 

「ヒャア・・・・・・。」

 

 事あるごとに睨まれたダリアはすっかりムーディに対して苦手意識が植え付けられていたため、恐怖で頭の中がぐるぐるしていた。

 隣のダフネに肘でつつかれて、ようやくおそるおそる口を開く。

 

「服従の呪文、磔の呪文、―――――――し、死の呪文です。」

 

「その通り。スリザリンに5点を与える。」

 

 ムーディは本当に、スリザリンの生徒相手だからといって扱いを変える気はないらしい。あっさりとダリアに得点を与えると、杖を一振りして教卓の上にガラスの大瓶を取り出した。

 中では3匹の大蜘蛛がゴソゴソ蠢いている。

 

「親から聞いて知っている者も当然居るだろう。しかし、この呪文の恐ろしさを真に理解している者は殆ど居ないはずだ―――――――――これらの呪文が何故『禁じられた呪文』『許されざる呪文』と呼ばれているのか、何故使用した者が厳しく罰せられるのか。その意味を実際に、お前たちの目で確かめてもらうぞ。」

 

 ムーディは瓶の中から蜘蛛を一匹取り出すと、頭上に掲げて杖を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ムーディは3匹の蜘蛛に、順繰りに「禁じられた呪文」を施していった。

 

 服従の呪文により操られ、曲芸師さながらの軽快な踊りを見せた蜘蛛。磔の呪文により、地獄のような苦しみを与えられ悶え苦しむ蜘蛛。死の呪文により、強制的に死を与えられた蜘蛛――――――――授業が終わり、ムーディが教室を出て行っても、スリザリン生達はしばらくの間無言で席に座り続けていた。

 

 この世代の生徒達は、例のあの人と死喰い人達が猛威を振るっていた時代、ほんの赤ん坊だった子供達である。物心ついた頃には既に世間は平和になり、闇の勢力に属していた家々も、その影を払拭すべく慎重に行動していた。

 

 ムーディの指摘通り、実際に禁じられた呪文を目にしたことがある生徒は殆ど居なかったのだ。

 

 

 しばらくして、ドラコが無言で立ち上がり、教室を出て行った。顔色が悪く、眉間に皺を寄せて何かしら考え込んでいる。

 先ほどの授業を受け、彼なりに何かしら思うことがあったらしい。後から慌ててクラッブとゴイルがドラコを追って出て行った。

 

 次いでノットが軽くため息をついて教室を出て行くと、他の生徒達もまばらに教室を後にし始めた。

 

「――――――――私たちも行きましょう、次の授業が始まっちゃうわ。」

 

「うん――――――――――。」

 

 ダフネからの呼びかけに、ダリアは青い顔のまま頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アバダ・ケダブラ』―――――――――防御不能の死の呪文。

「死の恐怖」を無理やり封印しているダリアにとって、先ほどの蜘蛛に対する死の呪文の行使は、本来なら毛ほども気にならないはずの出来事のはずである。

 

 しかしダフネ達と共に廊下を歩きながらも、ダリアは確かに自分が心の底からの恐怖に駆られている事を実感していた。

 理由は分かっている。ダリアが今感じているのは「死」に対する恐怖などではないからだ。

 

 ―――――――――あの夢の中で、セドリックは緑色に光る魔法で殺されていた。あれは『アバダ・ケダブラ』だったんだわ――――――

 

 去年のクリスマスの夜に見た悪夢。デルフィーニによって植え付けられた『未来の記憶』。その光景はダリアの脳裏に未だしっかりと焼き付いている。

 

 彼女の意図が介入している以上、あの悪夢が本物の『未来の記憶』だという保証も無いのだが、今日のムーディの講義で『アバダ・ケダブラ』を見たことで、ダリアの中であの悪夢が一気に現実味を増した。

 

 緑色の閃光に貫かれ、目を見開いたまま地面に倒れ伏しているセドリック。ダリアはセドリックを失うかもしれないという未来に、改めて恐怖を感じた。

 

 

 

 

 

 

 ―――――そもそもあの人は、私にあの記憶を見せて、何を確かめようとしていたんだろう。わざわざセドリックが死ぬ場面を見せたのはどうして?

 

 ノットの継母、デルフィーニ・ノット。

 ダリアは今の所デルフィーニの正体について、『本来世界Bで起こるはずだった未来』を予知する能力を持った魔法使いであるという予測を立てている。ノットの話を聞く限り、彼女が「ダリアが介入しなかった場合の未来」を知っているのはほぼ確実だからだ。

 

 彼女がダリアにあの記憶を見せた目的は、ダリアが何者かを見定めるため。ダリアは一旦そう結論づけた。

 偶然にも上手い事誤魔化すことができたため、そのまま放置していたのだが、今考えてみるとどうもそれだけではない気がしてくる。

 

 

 

 ダリアは改めて、デルフィーニの思惑を一つずつ考察してみた。

 

 記憶を見たダリアが何も行動を起こさないならば、きっと彼女はダリアの事を危険視しなかったはずだ。問題に対処する能力が無いか、もしくは罪の無い少年の死を事も無げに見過ごす、彼女と同じ「闇」側の人間だと判断するだろう。

 

 逆にダリアが行動を起こした場合―――――今回においては、ダリアがペティグリューを排除したと判明していた場合、彼女はダリアの事をどう認識していたのだろうか。

 ノットの話では、デルフィーニはこちらの場合をより警戒していたらしい。つまり、敵対する立場と判断するつもりだった。

 

 セドリックを助けるか、助けないかの二つの内、「セドリックを助ける」場合を警戒するという事は、「セドリックを助けようとする存在」は彼女にとって都合が悪いという事なのだろうか。

 

 ――――――だから、どうしてセドリックなの。闇の魔法使いには一切かかわったことが無いはずでしょ。――――――でも、あの人は何故か、本当はセドリックに従妹が居ないという事を知っていたわ。

 

 理由は分からないが、デルフィーニはセドリックに対して、妙にこだわっている。そもそも彼女がダリアに興味を持ったきっかけは、ダリアが存在しないはずのセドリックの従妹だと名乗っていたからだ。

 

 ――――――確かにセドリックはとても優秀な魔法使いだけど、今はただの学生でしかない。でもあの人に未来予知の能力がある。つまり、セドリックは未来で何か重要な役割を果たすってこと?――――――でも、それってどんなこと?

 

 

 彼女はその未来を実現させたいのか、それとも阻止したいのか。

 セドリックを敵対視しているのかとも考えたが、セドリックを殺すペティグリューが排除されるのを黙認しているのを考えると、違和感がある。

 

 考えれば考えるほど分からない事だらけだが、一つだけはっきりしていることがある。

 

 倫理観がおかしい闇の魔法使いが、セドリックに目を付けている。それだけことでも、ダリアの不安を煽り立てるには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリアはムーディの授業から数日間を気もそぞろで過ごした。気になることが多すぎて勉強にも集中できず、罪悪感に駆られるという悪循環である。

 常に土気色の顔をしているスネイプ教授にまで体調を心配され始めた頃、とりあえず一つの心配事に片が付いた。

 

「あの人に見つかったかもしれないって?――――――別に、エリックは何も言っていなかったし、僕が見る限りもいつもと違った様子はなかったけど。」

 

 こちらの世界へ帰ってきたリドルは、顔色の悪いダリアを見て少し驚いた様子だったが、日刊預言者新聞の件を聞くと事も無げにそう告げた。

 その答えを聞いて、ダリアは脱力してベッドに仰向けに倒れ込んだ。リドルはその様子を訝し気に見た。

 

「―――――――気にしすぎじゃないか?写真が載ったわけでもない。大きな事件の記事ならともかく、ただのゴシップ記事なんて、彼がじっくり読むとは思わないけど。」

 

「―――――――――まぁ、そうなんだけど。もしもってこともあるから。」

 

 実は新聞が出た日の翌日に後見人が現れなかった時点で、今回は杞憂で終わりそうだという事を心のどこかで理解しては居たのだが、それでも実際に様子を聞くまでは安心できなかったのだ。

 

 そのまま黙り込むダリアを、リドルが上から覗き込んだ。赤とも黒ともつかない不思議な色の瞳が、探るように見つめてくる。

 ダリアがその目を見返しながら、やっぱり彼とデルフィーニは似ている気がする、とぼんやり考えこんでいると、リドルが口を開いた。

 

「――――――何、不満気だけど、まだ何か気になることでもあるの?」

 

「えっ―――――――。」

 

 リドルに言われて、ダリアは初めて胃の奥にモヤモヤしたものがあるという事に気が付いた。後見人に気付かれていないという事に安心した半面、どこか納得がいかない自分が居る。

 

 その理由を考えてみた。当然、心配事はこの件以外にも山積みだ。しかしこのモヤモヤは、それらの心配事が原因では無い気がする。

 

 しばらく考えた結果、ダリアはある結論を出した。

 

「――――――――――なんか、私が家出してから何年も経つのに、こんなことがあっても全然気付かないって、私の事本気で探してないんじゃないのかなぁって・・・・・・。」

 

 ぼんやりとベッドの天蓋を見つめながら呟いたダリアに、リドルは数秒黙ると、大きくため息をついた。

 

「―――――――一応確認するけど、君、あの人に見つかりたくないんだよね?だから僕に伝令役をさせたり、山ほど強力な呪文を使ったりして、彼から隠れてるんだよね?」

 

「当たり前じゃない。私、絶対に帰りたくないもん。」

 

「でも、今の君の言い分を聞いていると、見つけて欲しいと思っているように聞こえるぞ。」

 

「―――――――見つけて欲しく無いのは本当だもん。」

 

「分かってはいたけど、君、面倒くさいにもほどがあるぞ・・・・。」

 

 リドルが呆れた顔で言うが、自分でもそう思う。しかし、「ずっとこの世界に居たい。」という確固たる思いが存在する反面、「どうして見つけられないんだ。」という怒りにも似た気持ちが心のどこかに存在するのも事実だった。

 

 今までなら「見つからなくて運が良かった」と思う程度だったかもしれない。

 しかし守護霊の呪文の失敗と、それを発端とする自分の性格の悪さの露呈、セドリックの未来への不安苛まれていたダリアは、全ての物事を悪い方にしか考えられなくなっていた。

 

「――――だってあの人が本気になったら、私の居場所何てすぐ分かりそうなものじゃない?それでも見つけられないってことは、探そうと思ってないのよ。―――――やっぱり私は要らない子だったんだわ。性格も悪いし、キャットより魔法できないし、きっと厄介払い出来てよかったと思ってるんだ。だから本気で探してないんだ―――――――――。」

 

「―――――どうして今日はそんなに情緒不安定なんだ。急に困るんだけど・・・・。」

 

 リドルは前回キャイキャイと新生・闇の印を作っていた時とは正反対のダリアのテンションの落差に戸惑った。割と頻繁に落ち込むことがあるダリアだが、リドルの前でこの状態になったのは初めてだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ダリアはリドルに、守護霊の呪文の失敗が自分にどれほど精神的苦痛を与えたのか、デルフィーニの行動がどれほど自分を不安にさせているのかという愚痴を、ひたすらウジウジと垂れ流した。

 全てを吐き出した後、律儀にもそれなりに真面目にダリアの泣き言に耳を傾けていたリドルが、冷静に自分の見解を口にした。

 

「デルフィーニの事は、今は何とも言えないから置いておくよ。――――まぁ、守護霊の呪文は特殊な呪文ではあるからね。自分の幸福の記憶に集中しなければ、どんな魔法使いでも完全な状態のパトローナスを出すことはできない。」

 

「――――――だって、こんなぐちゃぐちゃの精神状態で、幸せな記憶に集中できるわけないじゃない・・・・。」

 

「甘い。」

 

 ブツブツ言い訳するダリアを、リドルはバッサリと切って捨てた。いつの間にかスパルタモードになっている。

 

「守護霊の呪文が使用される場面を想定しろ。ディメンターに囲まれたり、差し迫った伝言が必要だったり―――――――むしろそういった不安定な精神状態の中にあってこそ、自分の幸福な記憶を思い浮かべなければならないんだぞ。」

 

「ううっ―――――。」

 

 リドルの言いたいことは分かる。守護霊の呪文を平時に使用したところで、ちょっと便利な伝言役としてしか活用の場は無い。実戦で使う事を考えたならば、リドルの言うようにどんな精神状態でも常に同じ効果が出せなければ意味が無いのだ。

 

 しかし今のダリアはそんな正論を求めているわけでは無かった。

「そんなことないよ。」「次頑張れば行けるって!」「ダリアはできる子だもんね!」等の励ましの言葉(リドルが言うわけないが)を期待していたダリアは、痛いところを突かれて逆切れした。

 

「―――――――――そんなこと分かってるもんー!トムのバカ!正論が時には人を傷つけるってこと知らないのかしら!冷血漢!だから肝心な所で部下に裏切られるのよ、ざまーみろバーカバーカ!」

 

「君は子どもか・・・・・子どもだったか。それにしても、君、もう14歳なんだからさぁ。」

 

「うるさーーーーーい!!わーん!」

 

 癇癪を起してベッドの上でのたうち回るダリアに、リドルはほとほと呆れた。「トムの将来つるっぱげー!」と失礼極まりない事を叫びながら泣き喚くダリアは、まぁ14歳には見えない。

 しかし、ダリアがこの世界の魔法の事でこれほどまでに苦戦しているのを見るのは初めてだ。さめざめと泣きながら暴れるダリアを見て、リドルはふとした思い付きを口にした。

 

「いいもん――――――別にディメンターを追い払うだけなら別の魔法でできるし―――――――別に守護霊の呪文一つができないくらい、できないくらい――――――うう、私にできないことなんて。きっとキャットなら片手間で出来ちゃうんだわ、これだから天才は嫌いなのよ。あいつ、何でもなんとなく出来ちゃうんだもん、やっぱり嫌い――――――――。」

 

「――――――別に、君がもう諦めたなら無理強いはしないんだけどさ。良かったら僕が教えようか?」

 

「え?」

 

 予想外の言葉に、ダリアはびっくりして涙が引っ込んだ。リドルの方からそんな提案をするとは思っても居なかったからだ。

 しかし口にしたリドル自身、自分の思い付きに戸惑っているのか、妙に言い方が回りくどい。ダリアにまじまじと見つめられたリドルは、気まずげに目を逸らした。

 

「別に、大した事を教えるわけじゃないよ。ちょっとしたコツを覚えれば、君ならすぐにできるようになるだろうし。」

 

「コツでもなんでも、教えてくれるのなら、助かるけど。――――――――え?ほんとにいいの?無償で?急に奉仕の精神に芽生えちゃったの?何か企んでる?」

 

 リドル自身らしくないとは思いつつ、そうまで疑われては腹立たしくなるものだ。リドルは額に青筋を立てたが、ダリアが失礼なのは今に始まったことでは無い。

 

「だから、そう大したことを教えるわけじゃ無いって言っているだろう。別に勉強を教えるくらいなら、学生時代いくらでもやっていたし―――――」

 

「ああ、優等生キャンペーンしてたんだっけ?先生達に対するポーズで。」

 

「一々言い方が失礼な奴だな。」

 

 リドルはイライラしながら言ったが、ダリアの言うことは事実ではある。リドルは「誰にでも分け隔てなく接する優等生」の仮面を盾に教員たちの目を欺き、学生時代からシンパを増やしたり、闇の魔術に関する知識を深めたりしていた。

 しかし、今その事は関係ない。今のリドルの目的は、別にある。

 

「それに、別に無償奉仕というわけでは無いよ。――――――――その――――」

 

 リドルは珍しく、言葉を詰まらせた。しばらく口をぱくぱくと開閉していたが、迷った末に、結局口にすることを選んだらしい。目を合わせないまま、やや口早に告げた。

 

「守護霊の呪文のコツを教える。それで君が守護霊の呪文が出来るようになったら、その――――――なんでもいい。君の世界の魔法を教えて欲しいんだ。」

 

「私の世界の魔法を?」

 

 ダリアは思わず聞き返した。リドルは目を合わせないままだが、本気で言っているという事は何となくわかった。

 リドルが以前から世界Aの魔法に興味を抱いていた事は知っている。暇さえあればあちらの世界を見て回って喜んでいたし、「城で学んでみたかった。」というようなことも言っていた。

 

 向こうの世界を見て回る際、いくらでも魔法を見る機会はあっただろうが、城で使われる魔法は明確な呪文が存在しないので、見様見真似では習得することができない。探求心の強いリドルにしてみれば生殺しもいいところだったはずだ。

 

 ―――――――最近魔法を使う所をやけに見られてる気がしてたけど、魔法、使ってみたかったんだ。それは、そうだよね。

 

 ダリアがぽかんと考え込んでいるのを、悩んでいると勘違いしたのだろう。リドルが焦った様に取り繕う。

 

「何でもいいんだ、本当に、どんな単純な物でも――――――――というか、魔法の体系が全く違うのは知っているから、いきなり複雑な魔法が使えるとは思っていない。初歩的な物でいいから、君やキャットが使っているような魔法を、僕も使ってみたいと、思って。」

 

 記憶の再現でしか無いリドルは、他人から魔力を吸い上げなければ魔法を使うことができない。しかし現在のリドルはダリアに大量の魔力を渡されているため、魔法を十分に使える状況ではある。

 

 ――――――簡単な魔法教えるくらいなら、別にどうってことないのよね。もし危ないことしようとしてたら、魔力を引っこ抜けばいいだけだし・・・・。

 

 ダリアはそう結論を出した。悪用の算段があるわけでもなし、単純に知的好奇心からの欲求だろう。彼には色々と助けてもらっているので、ささやかな希望くらいならば聞いてあげたい。

 

「――――――別にいいよ。トムに魔法を教えてあげても。」

 

「っ、いいのかい?」

 

 リドルがパッと顔を輝かせた。

 

「うん。そんな大した手間でもないし、守護霊の呪文を教えてくれるんだったら、トントンだし。まぁ私はトムみたいに、魔法の使い方を教えるのが得意なわけじゃ無いから、上手く教えることができるかどうかは分からないけど。――――――――それでいいなら。」

 

「ああ、それで構わない。――――――――――――ありがとう。」

 

 リドルは嬉しそうに顔を綻ばせた。世界Aに行く度に興奮している姿を目にしてきたが、これ程までに嬉しそうな表情を見るのは初めてかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、どんな魔法を教えて欲しいの?私のおすすめは、うーん――――――――卵の魔法とかどう?モンターナ家に先祖代々伝わる呪文の一つを、私がお城式の魔法で再現してみたものなんだけど!」

 

「へぇ、それってどんな魔法なの?」

 

「油でギトギトの目玉焼きやぐちゃぐちゃのポーチドエッグとか、味が濃すぎる炒り卵、茹ですぎた卵や腐った生卵を作り出して、敵に投げつけまくる魔法よ!ペトロッキ家の奴らと喧嘩する時用の、実践的な呪文集に書いてあったの。」

 

 昔キャットに意地悪で使用して、後見人にしこたま叱られたことがある。

 ダリアは胸を張って言い放ったが、リドルは内心「マグルの抗議活動レベルの喧嘩か。」「でも地味に嫌だな。」「どうしてそんな呪文を先祖代々伝えてるんだろうか。」など考えていた。

 しかし、次の瞬間ハッと考え直した。ガンプの元素変容の法則はどうしたんだ。

 

「ガンプの元素変容の法則」で知られているように、「無から有を生み出すことはできない」というルールはこの世界では絶対だ。

 ダリアの言う「卵の呪文」は一見クソくだらないもののように思えるが、よくよく考えてみればこの世界の魔法のルールから大きく逸脱したものである。世界Aと世界Bの魔法の違いを理解するために大きく役立つかもしれない。

 

「とても興味深い魔法だ――――――うん、その『卵の魔法』とかいう魔法を、僕に教えて欲しい。」

 

「えっ―――――――ほ、ほんと?私の作った魔法でいいの?キャットが考えた『手鏡コースターの魔法』とかじゃなくても大丈夫?」

 

「て、手鏡コースター?―――――まぁ、エリックが作ったという魔法に興味が無いわけでは無いけれど、僕には卵の魔法の方が魅力的に思える。ぜひこちらの方を教えてもらいたい。」

 

「お、おお――――――!!」

 

 ダリアは鬱屈とした気分を一時的に忘れるほど感激していた。

 後見人や家庭教師のソーンダース先生、義兄姉のロジャーとジュリア達に「どうしてこの子は間違った方向に全力を尽くすのか。」「才能の使い方を間違えている。」「ウケる。」等散々酷評されてきた魔法を、こんなに称賛されたのは初めてだったからだ。

 

 しかも「キャットの魔法よりも魅力的」だとも言われた。ダリアのやる気が急激に上がった。

 

 

 

 後々ダリアから興奮気味にこのことを聞かされたトゥリリは、『あのわけの分からない魔法を使う人間が、この世にもう一人増えるのか―――――。』と遠い目をした。

 

 

 




クレストマンシー世界の魔法は、なんじゃそりゃ、ってものが多いです。

トニーノの歌う魔法に出てくるものは特に。
モンターナ家とペトロッキ家の全員が、大通りで変な呪文を使って大げんかするシーンが大好きです。

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