ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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炎のゴブレット

リドルを世界Aへと送り出したダリアは、リドルの姿が完全に見えなくなるのを確認すると、脱力したようにソファに座り込んだ。

 

「――――はぁぁぁぁ。」

 

『お疲れ様?質問攻めだったもんねぇ。』

 

「お疲れってレベルじゃないよぉ。別に質問自体は苦にならなかったんだけどね。気迫っていうか、圧っていうか――――押しが強すぎて食傷気味……。」

 

いよいよ念願の魔法をおぼえることができるとあって、リドルの学習意欲は胸やけがするほど強かった。質問の嵐に晒されたダリアはどっと疲れていた。

 

『それで、今からどうするの?』

 

「うーん――――ちょっとこの部屋を調べてみようかなって。だってどういう仕組みか気にならない?誰が作ったのかとか、どうやって私たちの願いを読み取っているのかとか、どこから必要なものを用意してるのかとか……。」

 

ホグワーツ城に最初から備わっている機能だったとしたら、部屋を作ったのは創始者たちだろうか。だとしたら、組み分け帽子と同じように、開心術を利用した仕組みなのかもしれない。さらに言えば、帽子と同じように、城自体が知性を持っている可能性もある。

 

「ってことはよ。いつも大階段を動かして私たちを困らせているのも、この城のイジワルって事になるでしょ。この説が正しいなら、一言二言文句を言わなきゃ気が済まないわ。あの大階段に私達がどれほど迷惑を被っているか!」

 

ダリアは握りこぶしを突き上げて主張した。

まずは閉心術を使ったまま部屋の前を通り過ぎて、どんな反応があるかを調べる必要がある。それでもし部屋が現れなければ、次は……。

 

ダリアが頭の中でウキウキしながら計画を立てていると、トゥリリが口を挟んだ。

 

『調べるのは良いけど、また今度にした方がいいんじゃないかなぁ。』

 

「なんでよっ!今を逃せば次にいつ調べに来れるか分かんないじゃない!ただでさえ、ここには中々来れないのに……。」

 

『それは、そうだけどさぁ。いいの?もうすぐセドリックがゴブレットに名前を入れに行く時間だけど……。』

 

ダリアは時計を見て真っ青になった。

 

 

 

 

必要の部屋を飛び出たダリアは、慌てて階段を駆け下りた。魔法の練習の疲れからか、必要の部屋への好奇心からか、トゥリリに教えられるまで時間の事がすっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだ。

 

殆ど手すりを滑るように階段を降り、ようやく玄関ホールの前に辿り着くと、丁度ハッフルパフの上級生たちが炎のゴブレットの周りに集まっているのが見えた。

その中に見知った黒髪の少年の姿を見つけたダリアは、その背中に勢いよく飛びついた。

 

「――――セドリック!」

 

「うわ!――――ダ、ダリア。びっくりした……。」

 

「ま――――まだ名前入れてない?私、間に合った?」

 

ぜぇぜぇ息を荒げながら必死で言い募るダリアに、セドリックは苦笑した。

 

「大丈夫、まだ入れてないよ。――――ホラ、これ。」

 

セドリックがひらひらと右手に持った羊皮紙片を揺らす。なんとか間に合ったらしい。ダリアは安堵して、セドリックの背中にしがみ付いていた手を離した。

その様子を見ていたダニーが呆れたように言う。

 

「お前なあ……セドに感謝しろよ。先輩達は先に入れたのに、こいつ、お前が来てから入れるって言ってしばらく待ってたんだからな。」

 

「えっ。――――そ、そうだったの?ごめんなさい……。」

 

周りにいるハッフルパフの上級生たち(総じてニヤニヤしている)を見ると、羊皮紙片を持っている生徒はセドリック以外に居ない。ダニーの言う通り、セドリックは他の生徒がゴブレットに名前を入れてしまった後も待ってくれていたようだ。

 

「そうだぞー。お前が見たがってたから待っててやるんだって、昼飯も食べずに突っ立ってたんだ。」

 

「よかったなー、従妹ちゃん。」

 

「うう……。」

 

ハッフルパフの上級生達がここぞとばかりに揶揄ってくる。よく見ると全員ハッフルパフのクィディッチ・チームのメンバーで、ダリアがセドリックに引きずられて湖の周りを走っている時に見かけたことがある顔だ。

いつもニマニマと生暖かい目で見てくるので、完全にダリアの気持ちを察している連中だ。ダリアは肘で軽く小突かれながら、羞恥で顔を赤くさせた。

 

「あ、ありがとう、セドリック……。」

 

「そんなに気にする事じゃないよ。先輩達とのタイミングもあったから、元々正確な時間を約束していたわけじゃ無いし――――じゃあ、これからこれをゴブレットの中に入れるけど、良いね?」

 

「――――うん。」

 

ダリアが頷くと、セドリックはゴブレットに向き直った。深呼吸をして気持ちを落ち着けているようだ。

ダリア達が見守る中、覚悟を決めたセドリックが床に引かれた年齢線を越える。17歳を超えているセドリックに対しては、当然年齢線の保護機能は働かない。

めらめらと燃え上がる炎に羊皮紙の切れ端をそっとくべると、炎は一瞬大きく膨れ上がった。炎に舐められ、羊皮紙が次第に黒く縮まっていく。

 

セドリックが年齢線の外側へ戻ってきた瞬間、ハッフルパフの上級生たちがセドリックに組み付いた。

 

「よしっ、やったな、セド!」

 

「これで選ばれるのはお前だ。三校対抗試合、頑張ってくれよな!」

 

「気が早いって、みんな――――。」

 

セドリックは苦笑してるが、ダリアはそうは思わなかった。

 

――――気が早くなんてない。きっとゴブレットは今、セドリックをホグワーツの代表にすることに決めたんだわ。

 

セドリックの羊皮紙を飲み込んだゴブレットは、先ほどよりも幾分か炎の勢いが弱まっていた。恐らく3校全ての代表選手が決まり、役目を終えつつあるのだろう。

 

友人たちに激励されて笑うセドリックを見ながら、ダリアはこの後のパーティーに臨む覚悟を決めた。

きっとゴブレットはセドリック・ディゴリーの名前を吐き出す。ダリアはそれを喜ばなければならないのだ。

 

ダリアは不安を無理やり覆い隠し、笑顔でセドリックに「頑張ってね。」と声を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セドリック達と別れてスリザリン寮へ帰ってきたダリアは、クラムに貰ったサインを自慢しているドラコ達の横を通り過ぎて自分たちの寝室へ入った。

談話室にはダフネ達の姿が見えないので、きっとそこに集まっているのだろう。宴会が始まるまでもうしばらく時間があるので、彼女らとおしゃべりでもして時間を潰そう。

 

「ただいまぁ。」

 

「あら、お帰りなさい。ディゴリーが名前を入れる瞬間は見ることができたの?」

 

「うん。丁度今見てきたところで――――何やってるの?」

 

寝室へ帰ると、パンジーとダフネが鏡台の前に座り込み、念入りに身なりを整えていた。ただ一人ミリセントがつまらなそうにベッドに腰かけて足をブラブラさせている。

 

「何って――――お化粧したり、髪をセットしたり――――とにかくまあ色々よ。見て分からない?」

 

長い金髪を丁寧にとかしつけていたダフネが、「何を当たり前のことを」と言いたげな表情でダリアの疑問に答えた。パンジーはこちらを見ることも無く、真剣な表情でアイラインを引いている。

 

「いや、それは見たら分かるわ……私が言いたいのは、どうしてそんな突然気合い入れてるのってことなんだけど。」

 

「――――ハロウィン・パーティーでクラムが近くに座るから、だってさ。それでこの子たち、さっきからずっと鏡とにらめっこよ。」

 

「――――――――ははあ、なるほど……。」

 

ミリセントの言葉を聞いて、ダリアは事情を理解した。昨日と席順が同じなら、かのビクトール・クラムはきっとダリア達の近くに座るはずだ。二人はその時、彼に少しでも美しい自分を見せようと張り切っているらしい。

理解はできても、納得はできない。ダリアは首を傾げた。

 

「わざわざそんなに手間をかけなくっても……。別にクラムの事が好きなわけじゃないんでしょ?だったらそこまでしなくっても。」

 

「おバカ!」

 

どうにか納得のいくラインを引き終えたパンジーが、ダリアの戯言をピシャリと切り捨てた。この時点でいつもの1.5倍は目が大きくなっている。

パンジーは次にマスカラを手に取りながら、ダリアの発言に猛抗議した。

 

「好きかどうかなんて関係ないの!――――だってクラムなのよ?あわよくば『良いな』って思ってもらいたいのが女心でしょ!」

 

「そうそう。――――それに、別にクラムに限った話じゃないわよ。せっかく素敵なお客様がたくさん居るんだもの、ホグワーツに居る間だけでも仲良くできたら素敵じゃない?私、ボーバトンに素敵な人見つけたのよね。」

 

「え、ウソ!後でどの人か教えてよ、私も見て見たい!」

 

ダフネの言葉にパンジーが喰いついた。

そのままキャイキャイと海外の男の子品評会を始めた二人に、ダリアとミリセントはぽつんと取り残された。どちらともなく顔を見合わせ、お互いに探りを入れる。

 

「――――どうする?あんたも今から化粧とかしたりするの?」

 

「いや、私は別に……ミリセントはしないの?」

 

「ドレス着るのでも無いのに、するわけないじゃん……。」

 

ダリアとミリセントは頷きあうと、そっと寝室を後にした。ミリセントは恋愛にあまり興味を持てず、ダリアもセドリック以外眼中に無かったので、パンジーとダフネの情熱はあまり理解できなかったのだ。

 

手持無沙汰になった二人は仕方なく、ハロウィン・パーティーが始まるまで談話室で延々と爆発スナップをして時間を潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方になり、いよいよハロウィン・パーティーが始まった。予想通りクラムは昨日と同じ席に座ったため、スリザリンの4年生達はこぞって彼に話しかけた。

 

「ハイ、ミスター・クラム。昨日はよく眠れたかしら?」

 

「はい。ホグワーツの風ヴぁ、ダームストラングよりとても穏やかです。おかげでいつもより、安眠が出来た気がする。」

 

「よかった。ダームストラングの代表が寝不足じゃあ、大変だもの!」

 

「まだ誰が代表になるか、決まったヴぁけじゃないよ。」

 

長い金髪を優雅に結い上げたダフネはともかく、昨日の倍は目が大きくなったパンジーに、最初クラムは相手が誰だか分からなかったようだが、話しているうちに押しの強さからか、彼女が昨夜話したスリザリン生の一人だと判断したらしい。少々驚いている様子だったが、できるだけ態度に出さないよう気を配っていた。意外と気が使えるようだ。

 

――――ダームストラングの代表は、やっぱりクラムかなぁ。クラム自身は卑怯な手は好みそうにないけど、やっぱり問題はカルカロフの方かしら。どうみてもずるい事を考えてそうな顔してるし……。

 

ダリアが横目で上座の方に目をやると、丁度カルカロフがダンブルドアに話しかけていた。人の良い笑顔を浮かべてはいるが、その目は全く笑っていない。

しかも顎がとても貧相だ。ダリアは『顎が貧相な人間はどうしようもないヤツだ』という、後見人譲りの独特の偏見を持っていた。

 

デザートのパンプキン・パイを頬張りながらカルカロフの方をねめつけていると、不審に思ったクラムが話しかけてきた。

 

「アー……ヴぉく達の校長が、何かした?」

 

「これからするかもしれないのよ。セドリックが代表になった時に、あの人が変な裏工作を企てたりしないよう観察してるの。」

 

「お、おい。ダリア――――。」

 

ダームストラングの生徒の前での大胆な物言いに、ドラコが慌ててダリアの口を塞いだ。

 

「ごめんよ、ミスター・クラム。彼女はちょっと、アー――――最近神経が参ってしまっていて。時々心にもない事を口にしてしまうんだ。」

 

「ああいや、気にする事ヴぁ、無い。カルカロフがそういう風に見えるのヴぁ、しょうがないから。」

 

冷や汗をかきながら取り繕うドラコに、クラムは苦笑して見せた。その口ぶりから、クラム自身カルカロフの事をあまり信用できていないという事をなんとなく理解した。

カルカロフ自身はクラムを寵愛しているようだが、その他の生徒に対する扱いはぞんざいだ。カルカロフの裏表を間近で見てきたクラムだからこそ、何か思う所があるのかもしれない。

 

「それより――――セドリックというのヴぁ、ホグワーツの代表選手と目されている生徒か?」

 

「!う、うん、そうなの!私の――――従兄、なんだけどね!」

 

気を使ったクラムが、空気を換えようと出したのは、偶然にもセドリックの話題だった。

クィディッチに関しての知識ならば初心者レベルだが、セドリックに関してならば専門家気取りである。途端にダリアの口がくるくると回り出した。

 

「セドリックはね、ハッフルパフの監督生で、しかも首席なのよ。しかもクィディッチ・チームのキャプテンで、シーカーなんだよ!優しいし、背も高いし、カッコイイし――――ホラ、あそこに座ってる人!おーい、セドリックー!!」

 

ダリアは大声でハッフルパフのテーブルに向って手を振った。セドリックは気付いたが、すぐに口元で小さなバッテンを作った。公共の場で大声を出すなと言いたいらしい。

ダリアは全く気にせずに、満面の笑みでクラムの方を振り返った。

 

「今さっき、顔を赤くしたのがセドリックだよ。カッコイイでしょ?」

 

「あ、ああ――――もし、ヴぉくと彼が代表に選ばれたら、話してみたいと思う。」

 

クラムは今まで積極的に話しかけてこなかったダリアが、突如として別人のように饒舌になったことに驚いていたが、礼儀正しく返事をしてくれた。遠目で様子を見ていたセドリックは、どう考えてもダリアとクラムが自分の話をしているという事が分かり、気が気では無かった。

 

 

 

 

 

 

 

生徒達が食事を終え、全ての金の皿が元のまっさらな状態になると、ダンブルドアが立ち上がった。いよいよ各校の代表選手が決まる時がやって来たのだ。

 

「時は来た。」

 

ダンブルドアが厳かに告げると、大広間のざわめきが一瞬で静まり返った。両脇に座っている2校の校長たちも、その隣のシックネス氏とバグマン氏も、緊張と期待が入り混じった表情でダンブルドアを見つめている。

 

「わしの見込みでは、あと一分ほどでゴブレットが代表選手の名前を吐き出すはずじゃ。名を呼ばれた者は大広間の一番前に来るがよい。そして横の扉から隣の部屋へ入り、そこで最初の指示が与えられる。――――心の準備はできたかの。」

 

ダンブルドアは大広間を見渡すと、杖を一振りした。途端に大広間の明かりがすべて消え、部屋は殆ど真っ暗になる。上座の中心に置かれた炎のゴブレットだけが辺りを煌々と照らし出していた。何千という視線がゴブレットに注がれているのをダリアは感じた。

 

 

 

突然ゴブレットの炎が、激しく燃え上がり始めた。火柱はどんどん高くなり、火花をまき散らしながら膨れ上がる。熱で空気が揺らぐ中、陽炎の先から焦げた羊皮紙が一枚、ハラリとダンブルドアの方へ飛び出してきた。

 

全員が固唾を呑む中、ダンブルドアは羊皮紙を拾い、炎の明かりに翳す。

 

「ダームストラングの代表は――――」

 

ダンブルドアがはっきりとした声で読み上げた。

 

「ビクトール・クラム!」

 

「やっぱり!そうでなきゃ!!」

 

大広間から歓声が上がった。ドラコが興奮の余り、ゴブレットを机の上に叩きつけている。

名前を呼ばれたクラムは安堵したように一瞬微笑むと、スリザリンのテーブルから立ち上がった。

 

「今からダームストラングとはライバル同士だけど、応援してるよ。」

 

「頑張ってね、ミスター・クラム!」

 

「ああ、ありがとう。――――でヴぁ、行ってくるよ。」

 

クラムは軽く周りの生徒達と言葉を交わすと、上座へ向かう。そのまま教職員のテーブルに沿って歩くと、横の扉から隣の部屋へと消えていった。

 

歓声と拍手はしばらく続いたが、数秒後には炎のゴブレットが再び大きく燃え上がり、大広間に再び沈黙が訪れた。

火花と共に、二枚目の羊皮紙がゴブレットから飛び出してきた。

 

「ボーバトンの代表は――――フラー・デラクール!」

 

またもや大きな拍手が巻き起こると、レイブンクローのテーブルから一人の女生徒がスッと立ち上がった。彼女の顔を見た瞬間、ダリアは脳天に雷が落ちたかのような衝撃が走った。

 

「あ、あ、あの人――――――――。」

 

「――――あら。あの女、ずっと頭にマフラーを巻いてたいけ好かないボーバトン生じゃない。あれが代表選手、ねぇ……。」

 

ダリアの指さす方を見て、パンジーが顔を顰めるが、ダリアが言いたいのはそんなことでは無かった。

 

――――あ、あの人。もしかして、もしかして――――私よりも美少女じゃない!?

 

フラー・デラクールは豊かなシルバー・ブロンドの髪を靡かせて、颯爽と歩いている。チラリと見えた横顔は、遠目に見ても分かるほど完璧に整っていることが分かるほどだ。

自分の可愛さに自信を持っていたダリアは、フラーの人外めいた美貌に人知れずショックを受けていた。

 

フラー・デラクールが隣の部屋に消えると、再び大広間が静まり返る。次はいよいよ、ホグワーツの代表選手が選ばれる番だ。

今度の沈黙は、今までの比では無く張り詰めたものだった。4寮の生徒全員が、食い入るように燃え盛るゴブレットの炎を見つめている。

 

全員が見守る中、ゴブレットはついに一枚の羊皮紙を吐き出した。ダンブルドアが炎の舌先から、ひらひらと舞う紙切れをつまみ上げた。

 

「ホグワーツの代表選手は――――」

 

ダリアは無意識の内に、息を止めていた。ダンブルドアが力強い声で、羊皮紙に描かれた名前を読み上げる。

 

 

 

「――――セドリック・ディゴリー!」

 

 

 

一瞬間を置いた後、二つ隣のハッフルパフのテーブルから爆発的な歓声が沸き起こった。寮生全員が立ち上がり、足を踏み鳴らし、三角帽子を放り投げている。きっと寮杯で優勝したとしても、これほどの喜びは見せないだろう。

 

ダリアはその中から、セドリックがニッコリ笑いながら立ち上がるのを見つけた。隣のダニーが満面の笑みでセドリックの肩をバシバシ叩いている。その横ではロミーリアが、こちらも顔中に笑顔を浮かべ拍手している。

 

ふと、セドリックがこちらを向いた。テーブル一つ分を隔てて視線が噛み合う。

ダリアは小さく手を振ったが、セドリックはダリアの様子を見て、何故か困った様に苦笑した。

 

セドリックが隣の部屋へ消えた後、ダリアはようやく息を吐き出した。心臓がドクドクと脈打ち、耳元で血が流れる音がゴウゴウと響いている。

向かいに座っていたノットが、声を潜めて話しかけてきた。

 

「おい、モンターナ。お前、大丈夫か?」

 

「え、何が?」

 

「何がって――――顔色悪いぞ。気付いてないのか?」

 

「顔色が……。」

 

ダリアは慌てて、近くにある銀の皿を、触れることが無いよう慎重に覗き込んだ。確かに今の自分の顔は、血の気が引いて青ざめている。

 

――――そっか、だからセドリック、あんな困った顔してたんだ。

 

ノットの指摘を受け、ダリアはようやくセドリックの苦笑の意味に気付いた。きっとダリアがあんまりにも悲壮な表情をしていたので、心配したのだろう。

 

――――嬉しそうな顔をするはずだったのに……やっぱり無理かぁ。

 

イメージトレーニングは完璧だったはずだが、現実は上手くいかないものだ。

 

3校全ての代表選手が決まり、大広間ではそれぞれの学校の代表選手について好き勝手に囁き合っていた。誰が優勝候補だろうか、彼らは今隣の部屋でどんな話をしているのだろうか……。

 

ダリアが話にも加わらず、机につっぷして反省していると、大広間の前方に座っている生徒達が大きくざわめいた。

 

「――――何あれ、なんだかゴブレットの様子がおかしくない?」

 

「ホント。どうしてまた炎が大きくなってるのかしら。」

 

「もうゴブレットの役目は終わったはずだろう?」

 

ゴブレットの異変はすぐに全体に知れ渡った。先ほど選手の名前を吐き出した時のように、ゴブレットから立ち上る炎が膨れ上がり、炎の先が宙を舐め始めたのだ。

異様な雰囲気に、ダリアも腰を浮かせて燃え上がる炎に目をやった。

 

全員が見守る中、やがてゴブレットは、炎の先から焦げ付いた羊皮紙をひらりと吐き出した。

螺旋を描きながら舞い落ちる紙切れを、ダンブルドアが反射的につまみ上げる。ダンブルドアはそれを炎の明かりに翳し、そして沈黙した。

 

常に飄々とした態度を崩さないダンブルドアが、全校生徒の目の前で黙り込むことなどそうそう無い。一体何があったのだろうか。

 

生徒達が抱いた疑問は、すぐに解決された。

ダンブルドアは咳ばらいをすると、羊皮紙に記入されていた名前を読み上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハリー・ポッター」

 


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