ダンブルドアに名前を呼ばれたポッターが、グリフィンドールとハッフルパフのテーブルの合間を通って上座の方へ歩いていく。生徒達は信じられないといった調子でぽかんと口を開けながら、ノロノロと教職員席へ進み出るポッターを見た。
ホグワーツの代表は既にセドリックに決定されている。その上、彼は既定の年齢に達していない。なぜポッターの名前がゴブレットから出てきたのか。
生徒達は勿論の事、先生達も何が起きているのか分かっていない、という表情でポッターを見つめている。今や大広間中の視線がポッターに注がれていた。
ポッターが、次いでマクゴナガルとスネイプが隣の部屋の扉へ消えると、大広間に突如としてざわめきが戻った。どの寮の生徒達も、今起こった出来事について興奮気味に語り合っている。
しかし、その興奮の質は、寮によって全く違っていた。
ポッターが所属するグリフィンドールでは、生徒達の驚きの表情に喜びが入り混じっている。ポッターがまんまと年齢線を出し抜いたことを誇りに思うかのように、彼を褒め称える声が聞こえていた。
対してハッフルパフでは、自寮のヒーロー誕生に水を差されたことがよほど許せないのか、怒りで頬を紅潮させている生徒達が殆どだった。ハッフルパフは控えめで温厚な生徒達が多く所属しているため、普段目立った活躍をすることは少ない。セドリックの躍進に期待していただけに、落胆もひとしおなのだろう。
レイブンクローは冷静に状況を考察した結果、目立ちたがり屋のポッターが更に有名になろうと、ゴブレットに名前を入れたのだろう、という結論を出していた。
他2寮でこうなのだから、スリザリンで好意的な意見が出るはずも無い。どの学年の生徒も口々にポッターに対して文句を言い、特に反ポッター筆頭のドラコは、親の仇を見るような表情でポッターが消えていった扉を睨みつけていた。
「――――またポッター?ってのが正直なところよね。」
ミリセントが対岸でお祭り状態のグリフィンドールを、苦い表情で見ながら呟く。ポッターが入学して以来、騒動の発端はいつもポッターだ。いい事にせよ悪い事にせよ、彼と反目し合うスリザリン生的には全く面白くない。
「見てよ、グリフィンドールの連中。あんなにはしゃいじゃって。ポッターが代表選手になれば、優勝できるとでも思ってるんじゃないでしょうね。調子に乗りすぎじゃない?」
「ポッターがそう思って立候補したのなら、思い上がりすぎよ。何でもかんでも自分が特別だとでも思ってるのかしら。きっとすぐに追い返されて出てくるでしょ、ホグワーツの代表はもうディゴリーに決定してるんだし――――ね、ダリア。」
パンジーに急に話を振られたダリアは、少し考えた。
「うーん、どうかしら。ダンブルドアが言ってたでしょ、一度ゴブレットと契約したら、辞退することはできないって。魔法契約が既に交わされてるなら、ポッターも代表選手として参加するしかないと思う……。」
「ええっ、何よそれ……。」「そんなのアリ?」
パンジーとミリセントの文句を聞き流しながら、ダリアは代表選手たちが集う隣の部屋を不安げに見つめた。
ダンブルドアがハリー・ポッターの名前を読み上げた時、ダリアはセドリックが死ぬあの悪夢を真っ先に思い出した。
墓場のような場所に居るセドリックとポッター、そしてペティグリュー。悪夢の内容をセドリックに話した時、彼はポッターとの交友が薄い事を指摘してダリアの不安を宥めた。しかし、ポッターが代表選手になってしまえば、否応なしに二人の間に関係が出来てしまう。
ダリアが深刻な表情で黙りこくる中、ダフネが首を傾げた。
「確かに、昨日ダンブルドアがそんな事を言っていたわね。でも、後戻りができないからこそ、未成年が立候補することがないよう年齢線を引いたとも言っていたでしょ?ポッターは一体どうやって、ダンブルドアの魔法を破ったのかしら。」
「破る必要なんて無いさ――――初めから、ダンブルドアとポッターがグルなんだからな。」
ダフネの疑問に、ドラコが低く地を這うような声で答えた。いつもの気取った声色を取り繕う余裕も無いらしく、憎しみのあまり白目が血走っていた。
「そうとしか考えられないだろう。耄碌していようが、ダンブルドアの実力は本物だ。ポッター如きに出し抜けるとは到底思えない。――――ダンブルドアのポッター贔屓は、今に始まったことじゃない。きっとダンブルドアがポッターに抜け道を教えて、代表選手になるように仕向けたんだ!」
ドラコがそう思い込むのも無理はない、とダリアは思った。
ダンブルドアはポッターが1年生の頃から、彼に様々な優遇措置を施してきた。最年少のクィディッチ選手抜擢に規則違反の見逃し、学期末の大量加点等、スリザリンは散々煮え湯を飲まされている。ダンブルドアがポッターを英雄に仕立て上げようとしているのではないか、というのがスリザリンでは定説だった。
セドリック選出に水を差されたハッフルパフだけでなく、関係の無いレイブンクローでさえ、ポッターが自分から代表選手に立候補したと考えているのだ。しばらくの間、ポッターは針の筵に違いない。
隣の部屋ではどんな話し合いが行われているのだろう。ポッターの扱いに対して、何らかの結論が出たのだろうか。
生徒達の関心が最高潮に達する頃、隣の部屋からマクゴナガルとスネイプが出てきた。マクゴナガルは毅然とした表情だが、スネイプのドラコそっくりの表情を見た瞬間、ダリアは隣の部屋でどんな話し合いがされたのかを理解した。
マクゴナガルがざわめく生徒達に向かって、拡声呪文を使い淡々と指示を出した。
「今日のパーティーはこれでお開きです。ホグワーツの生徒達は監督生の指示に従って、速やかに寮へ戻るように。ボーバトン、ダームストラングの生徒達も同様、各校の校長先生の指示に従い、各々の宿泊施設へ戻ってください。――――いいですか、明日は休日ですが、くれぐれも羽目を外しすぎることが無いように。くれぐれも、ですよ。」
マクゴナガルは最後の一言を、明らかにグリフィンドールの双子へ向けて付け加えた。双子たちは聞こえない振りをして、友人たちと何やら興奮して話し合っている。恐らく、今日はポッターの代表選手選出を祝い、夜通し宴会でも開く予定なのだろう。
対照的にグリフィンドール以外の寮は、不満や不信を顕わにして、低い声で囁き合っていた。
なんだかちぐはぐな光景だな、とダリアは大広間の様子を見て思った。他の寮から孤立するのは、いつもスリザリンの立ち位置だった。しかし今や、グリフィンドールの興奮は他3寮から完全に浮いてしまっている。ダリアは椅子に腰かけたまま、大広間の喧騒をぼんやりと眺めていた。
そうこうしているうちに、すぐに隣の小部屋から憮然とした表情のマダム・マクシームとフラー・デラクールが出てきた。周囲には目もくれずにボーバトンの生徒達を整列させると、颯爽と大広間を出て行った。校庭に停めてある巨大な馬車に戻るのだろう。
次いでカルカロフ校長が足取りも荒く小部屋から現れる。スリザリン席に座っていたダームストラング生達を怒鳴りつけると、肩を怒らせながら大広間を出て行った。ダームストラング生達があたふたと身支度を整え、慌ててカルカロフの後を追って大広間を出て行った。
カルカロフと同時に大広間に戻ってきたクラムが、座っていた席に置いていた外套を取りに来た。表情の乏しい顔からは感情を中々読み取ることができないが、明らかに先ほどよりも眉間に皺がよっている気がする。
ドラコが恐る恐るクラムに話しかけた。
「あー、ミスター・クラム。こんなことになってしまってすまない。学校の誇りを背負ってやってきた君たちにとって、とても侮辱的な出来事だという事は理解できる。だけど、どうかこれがホグワーツの総意だとは思わないで欲しい。」
「――――ああ、ヴぁかっているよ。ただ、今ヴぁ、頭を整理する時間が欲しい。」
クラムは感情を感じ取れない声でそう言うと、軽く頭を下げて大広間を出て行った。
様子を見守っていたノットが、ため息をついた。
「やっぱり、気に入らないよなぁ。無理もないが……。」
「それはそうでしょ。ホグワーツだけ代表選手が二人だなんて、不公平だわ。いくら片方が未熟なポッターでも、単純な計算ならホグワーツが優勝する可能性は他の二倍よ。」
ダフネが名残惜し気にクラムの後ろ姿を見つめながら、悲しそうにため息をついた。
「この件には魔法省も関わっているから、下手をすると組織ぐるみの不正行為だとみなされかねないわ。――――国際問題にならなければいいけれど。」
「くそ、ポッターさえ選ばれなければ……。」
ドラコが悔しそうに歯噛みした。ポッターへの怒りが中々収まらないようだ。
監督生になって日の浅いスリザリンの5年生が、怒り心頭のドラコ達をあの手この手で宥めてテーブルから立たせた後、座り続けるダリアを見て声を掛けた。
「まったく、4年生の扱いづらさと言ったら――――モンターナ、君も早く整列したまえ。」
「――――私、寮にはまだ帰らないわ。ここに残る。」
「なんだと?」
監督生は困惑した。
スリザリンの4年生は他の学年に比べ、格段に聖28一族の子息子女が多い。その上グループの中心に居るのは、魔法貴族の名門中の名門、マルフォイ家の一人息子であるドラコだ。
ただでさえ神経をすり減らす連中が多いのに、こんな時にワガママを言って事態をややこしくしないで欲しい――――と人一倍神経質な監督生は一瞬考えたが、ふと、この少女が代表選手に選ばれたセドリック・ディゴリーの親戚だったという事を思い出した。
「そうか、君とディゴリーは親戚だったな。気持ちは分かるが――――。」
「――――何事だ。監督生は速やかに生徒達を連れて寮へ帰るよう、指示があったはずだが。」
中々列が整わない事にイライラしたスネイプが、様子を見に来た。監督生は機嫌の悪そうな寮監に肩をびくつかせた。
「ス、スネイプ先生。すみません。しかし、少々困ったことが……。」
「なんだと?」
「4年生のモンターナが、大広間に残りたい、と言っています。彼女は代表選手に選ばれたディゴリーの従妹なので、その――――。」
スネイプの鋭い眼光に、監督生は徐々に言葉を濁した。
スネイプは監督生の業務に慣れきっていない5年生にため息をつくと、横に座ったまま動こうとしないダリアに視線を移した。
「モンターナ、あまり監督生を困らせるな。明日は休日なのだから、ディゴリーと話す時間はたっぷりあるはずだろう。今日は大人しくスリザリン寮へ戻りたまえ。」
「嫌です。」
ダリアはきっぱり言い切った。
「当たり前じゃないですか。だって、不具合があるかもしれない怪しげな魔法道具と、従兄が魔法契約をしちゃったんですよ?無事かどうかを確かめるまで、安心できません!」
ダリアはそう言うと、座っていた長椅子にしっかりとしがみ付いた。
寮監に対しての大胆すぎる物言いを監督生はハラハラと見守っていたが、スネイプは比較的ダリアの性格を理解していた。優等生然としている彼女だが、人の話を全く聞かない所がある。本人が大広間に残ると決めた以上、決してその意見を変えないだろう。信じられないような手段を用いてでも残ろうとするはずだ。
「――――いいだろう、少しの間話すだけなら、許可しよう。ただし、私の目が届く範囲に居ることを約束しなさい。」
「!!す、する――――約束、します!先生の目の前で話します!」
「――――繰り返すが、目の届く範囲、だ。目の前である必要は無い。」
ダリアは目を輝かせた。
小躍りし始めそうなダリアの様子に、監督生がこっそりとスネイプに耳打ちした。
「いいんですか?彼女はなんというか、その――――扱いづらいというか。」
2年前の石化事件以来、ダリアの無茶苦茶ぶりは寮内でも有名だった。勉強に対しては真摯に取り組むが、それ以外ではまるで制御がきかないダリアにスネイプが頭を悩ませている事を、監督生は何となく感じ取っていた。
「止むをえまい。」
スネイプは苦々しくため息をついた。今無理に寮へ連れ帰っても、とんでもない手段を使って大広間へ戻ってくる可能性がある以上、せめて目の届く範囲に居てくれた方が安心できる。
スネイプは監督生達に寮へ戻るよう指示を出すと、ニコニコしながら従兄を待つダリアに付き添い、大広間に残ることを決めた。
先に帰って行く友人たちに後で話を聞かせることを約束し、ダリアはチラリと隣に立つスネイプを見上げた。
まさか規律にうるさいスネイプが、これほどあっさりと許可を出すとは思っても居なかった。長期戦の交渉を前提に、セドリックが部屋から出てくるまでの時間を稼ぐ腹積もりだったのだが、良い方へ予想が裏切られた。
スネイプはむっつりと黙りこくっている。不安に苛まれている可愛い生徒を気遣って話題を振るつもりはないようだと判断すると、ダリアは自分からスネイプに話しかけた。
「スネイプ先生、あの小部屋から出てきてましたよね。セドリックはどうでしたか?」
「――――――――どうも何も。まだ試合についての話を聞く段階だというのに、何かが起ころうはずも無いだろう。多少緊張はしていたが、別段いつもと変わりない様子だ。」
「セドリック、すごい……流石、普段からクィディッチの試合で心臓を鍛えてるだけあるわ。スネイプ先生もそう思いませんか?」
「――――――――――――まあ、そう言えなくもないかもしれん。」
「ですよね!!」
スネイプの(相当投げやりな)同意を得て、ダリアは水を得た魚のようにセドリックの素晴らしさを語り始めた。
ダリアの止め処ないセドリックへの称賛を聞き流しながら、スネイプは先日のダンブルドアとの会話を思い返していた。
きっかけは先日の、ムーディによる闇の魔術に対する防衛術の授業での出来事だった。
ムーディ曰く、ダリアには服従の呪文が全く効かないのだという。ポッターのように精神力で抵抗したわけではない。精神に干渉する隙も無く、完全に呪文の効果を弾いてしまったのだ。
ムーディからこの報告を受けたダンブルドアは、二つの可能性を考えた。
一つ目は、ダリアが以前見せた強力な防護呪文で呪文を防いだという可能性。あれほど強固な呪文ならば、服従の呪文を防ぐことなど容易だろう。
二つ目の可能性。それは、ダリアが既に何者かによって服従の呪文を掛けられている、という可能性だ。
服従の呪文は二重にかけることができない呪文である。既に対象の支配権を何者かが完全に握っていた場合、新たに他者が施した服従の呪文は拒絶される。
無論、服従の呪文は時間を置けば効果が薄れる物であるため、長い間対象を操るためには頻繁に呪文を掛けなおす必要がある。となれば彼女がホグワーツで寮生活を送っている以上、呪文を施した人物はホグワーツ内に存在することになる。ダンブルドアはその人物として、とある名前を上げた。
「トム・リドル?つまり、闇の帝王がモンターナに服従の呪文を掛けている、という事ですか?」
「いいや、ヴォルデモート自身ではない。あやつの分身――――つまり、分霊箱としてのトムじゃ。2年前、日記の分霊箱がジニー・ウィーズリーを操ったように、別の分霊箱が彼女に取り憑いて操っている可能性がある。」
「そんな――――あの人がもう一つ分霊箱を用意していたとでも?モンターナが偶然落ちていた分霊箱に、偶然接触してしまったと、そう言うのですか?」
静かに語るダンブルドアを、スネイプは胡乱気に見つめた。あまりに突拍子もない話に、ダンブルドアの正気を疑ったのだ。
しかしダンブルドアはスネイプの疑いを気にも留めず、自分の考えた可能性についての説明を続けた。
「分からぬ。しかし、彼女は1年生の時、クリスマスにマルフォイの館を訪れておるな。」
確かにダリアは1年時の冬休み、マルフォイ家に宿泊し、クリスマスパーティーに参加している。その場で酒に酔って素晴らしい歌声を披露したという事を、スネイプはルシウス経由で耳にしていた。当時は彼女らしい、と頭を抱えたエピソードだ。
「その場でトムの日記と接触したのか、はたまた別の分霊箱と接触したか――――わしはそのどちらかではないかと考えておる。それ以前から彼女は優秀な生徒じゃったが、突出した才能を見せ始めたのは、クリスマス以降じゃろう。ドラコ・マルフォイの捜索、1年生のレベルを超えた期末試験の結果、強力な防護呪文――――」
「――――確かにその可能性を否定する材料は無い。ですが、あまりにも妄想に近い、飛躍した推論です。あなたらしくも無い。」
「そうだとも。わしとてこのような荒唐無稽な話、別の誰かから聞いたところで一笑に付したじゃろう。――――ハリーからとある話を聞くまではのう。」
ダンブルドアはそう言うと、ローブの内側から古ぼけた羊皮紙を取り出した。スネイプはそれを見て、露骨に顔を歪めた。
「それは――――ポッターの。」
「おや、見覚えがあるのかね?」
「――――いえ、そういうわけでは。」
実際見覚えがあったのだが、スネイプにとってその古ぼけた羊皮紙は、自分に侮辱的な文句を浴びせかけてきた下品なおもちゃでしかない。
ダンブルドアは言葉を濁したスネイプに首を傾げたが、そのまま羊皮紙の中身をスネイプに見せた。羊皮紙の内容は、以前見た物とは全く違っていた。
「これは、――――城の構造と、内部に居る人間の居場所ですか?」
「左様、忍びの地図と言う。わしが少しの間、ハリーから借り受けた。」
スネイプは羊皮紙を見て、見れば見るほど血の気が引いていった。
「あなたは――――あなたはこれの存在を知っていたのですか?こんな危険な物の存在を、知っていてポッターに?」
「――――学校生活にちょっとした冒険は必要じゃよ。」
「去年一年間ずっと持っていたのですよ!?自分を殺そうとする存在がホグワーツをうろついている間も、ずっとあの子はこれを使って、夜の学校をうろついたり、ホグズミードを散策したりしていた――――ブラックに殺されてしまう可能性もあったのに!」
「シリウスはハリーを殺すことなど考えておらんよ。」
「それは結果論でしょう!そういう問題ではない、勇気と蛮勇は別物だ――――これはポッターに返さず、あなたがずっと持っているべきです!」
スネイプの怒りは、頭の中でルーピンにも飛び火した。スネイプがこの羊皮紙を没収しようとしたとき、ルーピンは不自然にこの羊皮紙の使い方について「ただの悪戯グッズだ」という事を決めつけていた。
今思えば、彼はこの羊皮紙の使い方を知っていたのだろう。ブラックが裏切り者ではないとまだ誰も知らない時点で、ポッターがこの羊皮紙を使って学校を徘徊することを容認していたのだ。
実際にはルーピンはその後ハリーから地図を回収していたのだが、そんなことを知る由も無いスネイプは、脳内でルーピンにあらん限りの罵倒をぶつけていた。
「――――この地図の処遇については、また後程考えるとしよう。」
激高するスネイプを、ダンブルドアは手で制した。怒りのあまり本筋から逸れていた自覚の合ったスネイプは、不満を燻らせつつも言葉を飲み込んだ。
スネイプが冷静さを取り戻したのを確認すると、ダンブルドアは話を再開した。
「ハリーから何の話を聞いたかじゃったな。――――見ての通り、これはホグワーツ内に存在する人物の居場所を示す機能も付いておるが、何もそれは生きている者に限った話では無い。ホレ、このように――――」
ダンブルドアは節くれだった人差し指で、大階段の辺りを指さした。指の先では、『太った修道士』と『アーニー・マクラミン』が向かい合って居る。
「フム、太った修道士殿は、大階段でアーニーとおしゃべりに興じているようじゃな。」
「――――ゴーストの居場所も示すことができると?」
「それどころか、動物もどきなど人間が姿を変えたものの居場所も示すことができる優れものじゃよ。わしが製作者に直接聞いたのでのう、間違いはないぞ。――――ハリーはのう、セブルス。この地図で、ダリアの名前のすぐそばに、トム・リドルの名前を見つけたらしいのじゃ。」
ダンブルドアがそれを知ったきっかけは、ハリーがシリウスに忍びの地図に付いて相談したことだった。忍びの地図の機能が故障していると思っていたハリーは、製作者であるシリウスに修繕を依頼した。当然「故障している」というのはダリアの口から出まかせだったため、機能をチェックしたシリウスとハリーは首を傾げることになる。
地図が壊れていないのならば、やはりあの時見た「トム・リドル」の名前は間違いなどでは無かったのではないか――――そう考えたハリーが、慌ててダンブルドアに相談したのだ。
「ハリーからの相談を受けて、わしもこの地図を拝見させてもらった。わしの目で見ても、機能は万全に働いておる、ハリーが見た光景は真実じゃ。――――という事は、ダリアのすぐそばにトムが居た、という状況も本当じゃという事になるのう。」
「――――。」
だとすれば、先ほどダンブルドアが述べた突拍子もない話が、突如として現実味のある話になってくる。
例のあの人が数年の間、ホグワーツで暮らしていた?想像したスネイプは、背筋に寒気が走るのを感じた。
「本当に、例のあの人の分身が、彼女を操っていると?――――そうお考えなのですね?」
「――――結局のところ、真相は霧の中じゃ。今はもう、ダリアのそばにトムの名前は出てこぬが、ハリーはこの地図の機能を彼女に知られた、と言っておる。その上で一瞬じゃが、彼女に地図を奪われたとものう――――名前が現れぬよう細工するには、十分な時間じゃ。」
ダンブルドアはそう言うと、そっと忍びの地図を閉じた。黙り込むスネイプを見て、静かに告げる。
「じゃが、彼女が操られていようと、そうでなかろうと、ダリアのそばにトムの影があるのは確かなのじゃ。十分に警戒する必要があるのは間違いない。ダリアが本当に操られているのならば、早急に支配から解放してやる必要がある。そして、操られていないのならば――――。」
ダンブルドアは一度言葉を切った。
「引き続き、警戒する必要がある。」
「――――何故、それほどモンターナを警戒するのですか。私はこの4年間、彼女の事を見てきました。確かに多少の傲慢さはありますが、スリザリンでは特筆すべきものではありません。素晴らしい才能を持った、普通の――――いえ、少し変わってはいますが、私の生徒だ!あなたは彼女を知らないから――――」
尚も言いつのろうとするスネイプを、ダンブルドアは目で制した。
「セブルス、君はダリアの寮監じゃ。わしなんかよりもずっと彼女の事を見てきたじゃろう。わしの疑いが的外れな物である可能性も否定せんよ――――じゃがのう、セブルス。以前も言ったが、わしはどうしても、ダリアを見ていると、トムを思い出してしまうのじゃ。」
ダンブルドアはダリアが操られているという可能性に至る以前から、彼女の事をそう言って警戒していた。
両親が居らず、飛びぬけた才能を持ち、純血主義に傾倒する友人が居り、にもかかわらず他寮にも友人が居る。そしてその実、他人への興味が薄い。
「じゃがな、わしが一番トムを彷彿とさせるのは彼女の根底に存在するものじゃ。」
ダンブルドアとてこの4年間、何もせずに彼女を疑っていたわけでは無い。疑いを向ける以上は彼女の事を知ろうと、折に触れダリア・モンターナを観察してきた。
「わしの目から見て、ダリアは徐々に人間的に成長しておるよ。友人への気づかい、他者への興味……彼女はセドリック・ディゴリーとの交流を通して、自分を変えようとしている。――――じゃが、彼女の根底にある孤独は消えておらぬ。」
ダンブルドアは組み分けの儀式で初めてダリアを見た時の事を、今でも覚えている。
小さな一年生たちの中でも一際小柄な、艶やかな黒髪を持つ可愛らしい少女。組み分け帽子を被る彼女と目が合った瞬間、ダンブルドアは確かにかつてのトムを思い出したのだ。
「新しい生活への期待を浮かべつつも、根深い孤独を沈ませた瞳――――彼女が今までどんな人生を歩んで来たのかをわしは知らぬ。しかし身に沁みついた深い孤独は、乗り越えぬ限り決して癒えることは無い。」
ヴォルデモートは自身の孤独を決して認めない。目を逸らして別の物で埋める道を選んだ。グリフィンドールのダンブルドアとは相いれない道ではあるが、それも一つの方法だろう。
しかし、その方法は根底にある孤独を消しはしない。孤独を埋める物を見つけると、どんな手段を使ってでもそれを手に入れようと執着するようになるのだ。そしてトムとダリアは、それを手に入れるだけの強大な力を持っている。
「トムが自身の孤独を埋めるために求めたものは「不死」じゃった。ダリアは孤独を乗り越えるのか、それとも孤独を埋める道を選ぶのか。埋める物を見つけたとして、どのようにそれを求めるのか――――わしらは彼女が道を踏み外さぬよう、警戒せねばならぬ。」
「かつて、わしはトムを止めることができなかった。じゃから今度こそ、同じような目を持つダリアが道を踏み外さないよう、トムと同じ闇に落ちることが無いよう、見守ってやりたいのじゃ……。」
「あのー、スネイプ先生、聞いてます?」
スネイプは下から覗き込んでくるダリアの声で現実に引き戻された。
不満げに口を尖らせている。どうやらスネイプが過去に思いを馳せ、彼女の惚気を全く聞いて居ないという事に気付いたようだ。
――――これがもし操られての行動だとしたら、一体ヴォルデモートは何を考えているのだろうか。それとも、単に彼女に操られているという自覚が無いだけなのだろうか。
スネイプは一瞬の逡巡を誤魔化すかのように咳払いをすると、いつもの冷たい口調を取り繕った。
「――――私が聞いていようが聞いていまいが、君には関係なかったのではないかね?よくもまあ、それほどまでにまくし立てられるものだ。私ではなく相手が銅像でも、君は満足しただろう。」
「ええー、そんな事ない――――と思うんですけどぉ。」
ダリアは自信なさげに首を捻った。自分でもそうかもしれないと考えたのだろう。
しばらくの間思案していたダリアだが、がらんとした大広間に小さな扉の音が響くと、ぱっと表情を変えた。
「セドリック!」
「――――ダリア。待ってたのかい?」
隣の小部屋から、セドリック・ディゴリーとハリー・ポッターが出てきた。人の居ない大広間に残っているダリアを見て、驚いたように目を見開いている。ダリアはスネイプに「目の前で話します!」と宣言したことを忘れ、セドリックの元へすっ飛んでいった。
「スネイプ先生に頼んで、一緒に待ってて貰ったの。」
「先生に迷惑をかけたらだめじゃないか――――それと、クラムに散々変な事を吹き込んだだろう?さっきあっちの部屋で彼に教えられて、顔から火が出るかと思ったよ……。」
「別に変な事なんて言ってないわよ。スネイプ先生にも同じ事を言ったけど、別に笑ったりしてなかったもの。」
「スネイプ先生にも言ったのか!?あれを!?」
セドリックは愕然とした。基本的に臆病なくせに、自寮の寮監は怖くないのだろうか。
「そんなことより!!――――大丈夫だった?ゴブレット、壊れてたの?変な契約しちゃってない?」
セドリックは『そんな事』ではないと言いたげな表情をしていたが、矢継ぎ早に繰り出されるダリアの問いに押され、それどころではなくなった。
――――この様子を見る限り、彼女の執着は間違いなくディゴリーに向けられている。ディゴリーに関することには手段を選ばない様子も見られる。しかし、この態度も操られての物だったとしたら……。
スネイプは疑心暗鬼になりかける思考を慌てて打ち切った。疑い出したらきりが無くなってしまう。彼女の正体が何にしろ、怪しまれないよう今までと同じ態度で見守るという事を決めたのだ。
ふと隣のポッターを見ると、不信感をいっぱいに浮かべてダリアを見ていた。
ハリー自身がダンブルドアにリドルの事を告げたのだ。当然、ダンブルドアが持つ疑問の事を彼自身も知っている。もしかすると今回のゴブレットの件のことも、彼女の仕業だと疑っているのかもしれない。
余計な小競り合いが増えなければいいのだが。スネイプは山積みの問題を前に、頭がキリキリ痛むのを感じて眉間を揉んだ。
展開が遅い言い訳をします。今後の展開について少し言及するので、ネタバレ等目に入れたくない方は、お気を付けください。
4章で地獄みたいな展開(当社比)を予定してしまっているため、気が重くてチマチマと地獄までの道のりを消化しています。
当社比なので一般的にはそれほど重くは無いかもしれないのですが、ハピエン好きなのでちょっとした鬱展開でも気が重く…
次の展開を楽しみに読んでくださっている方々には申し訳ないのですが、しばらくの間ゆったりと話が進みます。すみません。