ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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ドラゴン

 11月も半ばに入り、冬も間近に迫る今日この頃。ダリアは未だかつてないほど疲労していた。

 

 何しろ忙しすぎる。ただでさえダリアは、逆転時計を使用しなければならない程多くの授業を選択している。忙しい授業の合間を縫って他校へのスパイ活動に勤しみ、更に隙を見つけてはセドリックに集る女生徒達を威嚇し続けなければならないのだ。体がいくつあっても足りない。

 

 これらの中でも特にダリアをイラつかせているのが、あの手この手でセドリックに近づこうとする女子への対処だ。

 

 ダリアは数週間ほど前、大広間前に女子除けのための呪文を仕掛けていた。セドリックに近づこうとする女子を感知するとどこからともなく羽虫が現れ、邪魔者を追い立てるという呪いである。ダリアはこの呪いの効果により、セドリックのファンを8割方減らすことが出来るのではないかと見積もっていた。

 

 しかし、現実はそう甘くない、魔法界の女は強かった。最初の数日は虫を恐れて近づかなかった女子達も、しばらくするとある出来事をきっかけに、再びセドリックとの接触を試み始めたのだ。

 

 

 そのきっかけとなったのは、10日ほど前に日刊預言者新聞に掲載された、とある特集記事だ。三校対抗試合特集と銘打ってはいるものの、その内容はハリーポッター特集記事と言っても過言ではないものだった。

 数面に渡って組まれている特集は殆どがポッターへのインタビューで埋まり、他校の代表の名前はさらりと一度紹介されたきり。セドリックなど名前すら出てこない。

 

 悲劇のヒーローを気取るような鼻持ちならないインタビュー内容(信憑性は定かではないが)もあり、ポッターはますます孤立し、相対的にセドリックは同情を集め、ますます人気が上がってしまったのだ。

 

 呪文の強度を調節し、彼女達に更に多くの虫をけしかけることは可能ではある。しかし、流石にセドリックの目の前でそれをしてしまえば、本当は呪文を解除していないという事に気付かれてしまう。

 ダリアはセドリックと談笑する見知らぬ女生徒達を目の前にして、ギリギリと歯噛みすることしかできなかった。

 

 メインのスパイ活動の方も、成果は芳しいとは言えない。セドリックが正々堂々と戦うことが出来るようにするため、他校が抜け駆けするのを防ぐことが一番の目標ではある。しかしセドリックを心配するダリアとしては、事前にどのような課題が与えられるのか、自分でも知っておきたいという気持ちも当然あった。

 そのためスパイ活動の傍ら、第一の課題の内容についてもこっそり探りを入れているのだが、今の所全く手掛かりを掴むことが出来ていないのだ。

 

 第一の課題までもう幾日も無い。ダリアは進展しない状況への焦りと、いくら潰しても湧いてくるセドリックファンへの悋気でいっぱいいっぱいになり、課題が行われる一週間前、ついに限界に達してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もぉぉおおおおおお、全部ヤダ!何もかもヤダ!!すんごくヤダぁぁぁぁぁああ!!!」

 

「(ついに爆発したか……。)」

 

 数占い学と占い学両方の授業で同時に大量の課題を出された上、第一の課題に関する収穫もゼロ。その上更に夕食後、大広間の前でフラーと談笑するセドリックを目撃したダリアは、スリザリンの談話室に駆け込むや否や、頭を掻きむしりながら怒りの咆哮を上げた。

 

 ここ数日のダリアの苛立ちを見てきたダフネ達は予想通りの展開を見て、そっと温かいココアが入ったゴブレットをダリアの前に差し出した。

 

「まあ、これでも飲んで落ち着きなさい。イライラしてもいい事無いわ。」

 

「ホラ、あんたの好きなゲロ甘ココア。糖分が疲れた心と体に染みわたるわよ~。いらないの?」

 

「いる……。」

 

 ダリアはむんずとゴブレットに手を伸ばすと、ゴキュゴキュ音を立ててドロリと甘いココアを飲み干した。甘い物が苦手なミリセントが異星人を見るかのような目つきで、ダリアの豪快な飲みっぷりを見ていた。

 

「――――ぷはぁ。」

 

 糖の摂取により幾分か落ち着きを取り戻したダリアは、一息つくとゴブレットをテーブルに叩きつけた。木製のローテーブルがドスンと鈍い音を立てる。

 

「荒れてるわねぇ。」

 

「当たり前じゃない!」

 

 ダリアは憮然とした表情でダフネを睨みつけた。

 

「毎日毎日山のような課題を片付けながらスパイ活動までこなして、いくら追い払っても虫みたいに湧いてくる雑兵どもを蹴散らしてたら、その隙にセドリックはあのヴィーラ女と仲良くお話してるのよ?――――心が折れるでしょ!荒れるでしょ!」

 

 言っていてまた癇癪を起しそうになったダリアは、自分を鎮めるために両手で目を覆って大きく息を吐く。

 数回の深呼吸の後、重ねた掌の隙間から地を這うような声が聞こえてきた。

 

「――――やっぱりダメよ。こんな苦行、何か見返りが無いとやっていけないわ……。」

 

「あら、丁度お誂え向きのイベントがあるわよ。」

 

 パンジーが談話室の入り口近くの掲示板を指さす。

 

 そこには今度の週末のホグズミード行を許可する旨の知らせが張り出されていた。

 

「ね、丁度いいでしょ?気分転換も必要、だとか言ってディゴリーを誘ってみたらいいんじゃない?」

 

「そ――――それだわ!!」

 

 ダリアは目をきらりと光らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パンジーの提案に全力で乗ったダリアは、早速セドリックに約束を取り付けるために談話室を飛び出した。

 

 ――――とりあえず大広間に行けば、ハッフルパフ生が誰か居るでしょ。セドリックを呼んできてもらえるように頼んでみよう。

 

 以前はハッフルパフ寮の前に直接押しかけて諍いを起こしてしまったが、同じ失敗はもう繰り返さない。ダリアは生徒がまばらに残る大広間に足を踏み入れると、ハッフルパフのテーブルを目指して一直線に足を運んだ。

 

 

 

 ハッフルパフのテーブル周辺でキョロキョロ彷徨う不審なスリザリン生は、当然ながら人目を集めてしまう。ダリアはすぐに、知り合いに呼び止められた。

 

「ダリア、こっちよ、こっち。」

 

「あ、ロミ――――ジャネット。」

 

 ハッフルパフのテーブルの端で、ロミーリアがひらひらと手を振っている。友人たちと食後のおしゃべりを楽しんでいたらしい。

 ダリアはこれ幸いと、ロミーリアの隣のスペースに滑り込んだ。

 

「丁度良かった。誰か知ってる人が居ないか、探してたの。」

 

「そうなの?偶然ね。私もダリアの事、探してたのよ。」

 

「え、何か用事でもあった?」

 

 予想外の返答にダリアは首を傾げた。彼女とはよく話すが、こんな遅い時間に会ったことはあまりない。何か緊急の要件でもあるのだろうか。

 不思議に思っていると、ロミーリアがダリアの向こう側を見て、大きく手を振った。

 

「用事があるのは私じゃなくて――――セドリック、ダリアが居たわよ!」

 

「え、セドリックが?」

 

 ダリアが振り返ると、その先に居るのは確かにセドリックだった。手を振るロミーリアとダリアに気付いて、こちらに向かってくる。

 

「やあダリア。大広間に居たのか。スリザリンの談話室に居るものだとばかり……。」

 

「う、うん。さっきまで談話室に居たわよ。」

 

 ダリアはどぎまぎしながら答えた。セドリックの方からやって来るとは予想していなかった。一体何の用事なのだろうか。

 まさか何かしらの悪事が露見してしまい、その事を叱りに来たのだろうか。心当たりがありすぎる。しかし、セドリックの表情を見るとそれほど険しい表情では無いため、その線も薄い気がする。

 

「何か用があったの?探してたって聞いたけど……。」

 

「ああ、うん。そうなんだ。ダリアに話があってね。その――――」

 

 セドリックは少し周りの視線を気にする素振りを見せた。

 

「――――ちょっとここじゃなんだから、場所を変えようか。」

 

「え、そんな人に聞かれたらまずい話をするの……?」

 

 ダリアは一気に不安になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――よし、この辺りなら大丈夫かな。」

 

 セドリックはダリアを引き連れたまま大広間を出ると、横道に逸れて人気の無い廊下で止まった。こちらに向き直ったセドリックに、ダリアはおどおどと話しかけた。

 

「な、なんで人気の無い場所に連れ出したの……そんなに深刻な話をするつもりなの?」

 

「ああ、いや。そういうつもりじゃないよ。――――ただ、最近人の目が気になるから。」

 

「……なるほど。」

 

 ダリアの頭を悩ませていたセドリックの人気ぶりだが、流石に本人も周囲の熱の高まりには気付いていたらしい。自衛意識が芽生えてきたのならば、ダリアの露骨な護衛も無駄では無かったのだろう。

 

 人に聞かれてはならない程の重い話を想定していたダリアは、安心してセドリックに笑いかけた。

 

「よかったぁ、何か怒られちゃうのかと思っちゃった。」

 

「怒られるような事の心当たりがあるんだね……僕もいくつか耳に挟んだ噂が無いわけじゃ無いけれど。」

 

「で?私に話って何なの?」

 

 墓穴を掘ってしまったダリアは、無理やり話を推し進めた。セドリックは疑わし気な目付きでダリアを見たが、短く息を吐くと、話を元に戻すために口を開いた。

 

 

 

「今度のホグズミード、一緒に行かないかい?」

 

 

 

「!?!?!?」

 

 ダリアは耳を疑った。聞き間違えたのかもしれない。

 

「――――えっと。ごめんね、よく聞こえなかったからもう一回言ってくれる?」

 

「今度の週末に、僕と、ホグズミードに行かない?」

 

「……ふわぁ。」

 

 ――――聞き間違いじゃなかった!!

 

 ダリアはぽかんと口を開けてセドリックを見上げた。まさか、セドリックの方から自分をホグズミードに誘う可能性があるだなんて、夢にも思っていなかったからだ。

 無言でまじまじと見つめてくるダリアに、セドリックは居心地悪そうに身じろぎした。

 

「もちろん、無理にとは言わないけど……。」

 

「む、無理じゃない!行く、セドリックと一緒にホグズミードに行くっ!」

 

 しばらくの間心ここにあらずの状態だったダリアだが、セドリックの言葉に慌てて返事をする。こんなまたとない機会を逃すはずがない。目を輝かせて頷くダリアに、セドリックはあからさまにホッとした顔をした。

 

 徐々に「セドリックにホグズミードに誘われた」という事実を実感してきたダリアだが、ふといくつか疑問が浮かんでくる。

 

 そもそも何故、セドリックは自分の事を誘ったのだろうか。いつもなら、彼はダニーを始めとするハッフルパフの友人たちとホグズミードへ行っているはずだ。ダリアとホグズミードへ行くのは去年のクリスマス以来である。

 

 ダリアがその疑問を口にすると、セドリックは少し言い淀んだ後、気恥ずかしそうに話し始めた。

 

「うん、去年のクリスマス以来だ。あの時はクィディッチで色々あって落ち込んでた時だったんだけど、その――――ダリアとホグズミードを回って、いい気分転換になったから。」

 

「あ――――。」

 

 去年のクリスマス、ダリアはダニーに巻き込まれる形で、なし崩し的にセドリック達とホグズミードへ行くことになっていた。そのきっかけとなったのが、クィディッチ寮杯のグリフィンドール戦で起きた、不本意な勝利だ。意に沿わない形で勝利をもぎ取ったセドリックはすっかり意気消沈してしまい、気分転換にとダニーが無理やり連れだしたのだ。

 

 確かにあの時のセドリックは、はしゃぎ回るダリアに振り回されているうちに、すっかり元の調子を取り戻していた。

 

「じゃあ、今も落ち込んでるの?」

 

「――――いや、緊張してる。」

 

 ダリアの問いに、セドリックは落ち着いた声で答えた。しかしその口調はどことなく固く感じる。

 

「危険な試合だという事は承知していたし、それでも挑戦するという覚悟も決めていたはずなんだけど――――情けないことに、第一の課題まで日が近づけば近づくほど、他の事が何も手につかなくなってきてさ。」

 

「それは……しょうがないよ。だって、今まで何人も……し、死んでるんでしょ。」

 

 死への恐怖は生き物全てに備わっている防衛本能で、どんな賢者でも生きている限りその恐怖から逃れることはできない。それこそダリアの様に無理やり封じ込めでもしない限り、死ぬまで付き纏うはずのものだ。

 

「いくら安全対策が取られてるからって、危険には変わりないんだもの。不安に思うのは、別におかしい事じゃないわ。」

 

「うん、そうだね。どれだけ危険な課題なのか、考えれば考えるほど不安になる。でも、それだけじゃなくて……」

 

 セドリックは途中で言葉を切り、頭を振った。

 

「いや、これは不安とは言わないか。とにかく、今は気分転換がしたいというのが、正直な気持ちなんだ。――――僕の勝手な憂さ晴らしに巻き込んでしまって、ごめん。」

 

 セドリックが少しばかり申し訳なさそうに言うのを聞き、ダリアは首を横に振った。

 

「ううん、いいよ。私、応援するって言ったでしょ?何でも手伝うって。」

 

 ダリアはきっぱりとそう答えた。セドリックに立候補の決意を聞いた時からダリアはそう決めていた。彼が気分転換を必要としていると言うならば、全力でその求めに応じるだけだ。

 

「えーと、緊張を忘れるほど振り回せばいいのよね。――――まかせて、私そういうのすっごく得意だから!わけが分からなくなるくらい、全力でしっちゃかめっちゃかにしてあげるね!」

 

 自信満々に言い切るダリアを見て、セドリックは少し不安になってしまった。ダリアの全力とは如何ほどのものなのだろう。果たして自分は無事にホグワーツに帰ってくることが出来るのだろうか。

 

 だがすぐに、それはそれでいいのかもしれないと思い直し、苦笑した。人に気を遣って控えめにはしゃぐのはダリアらしくないし、今回は彼女のそういう傍若無人さこそを求めているのだから。

 

「じゃあ、今度の週末、玄関ホールで待ち合わせよう。出来るだけ温かい格好で来るんだよ。」

 

「はぁい。」

 

「それと――――」

 

 セドリックは一度言葉を切ると、ダリアの胸元を指さした。そこには『セドリックを応援しよう』バッジが燦然と輝いている。

 

「そのバッジは外してくること。それ、押すと変なメッセージに変わること、僕も知ってるんだからな。」

 

「……えへ。」

 

「誤魔化さない。――――ほら、今すぐ外すんだ。」

 

 ダリアはぺろりと舌を出して笑うと、素直にバッジを外してポケットに仕舞いこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指折り数えて待ち望んだ週末がようやくやって来た。

 

 相変わらず授業は忙しく、スパイ活動の成果も無く、セドリックにちょっかいを出そうとする女生徒達に睨みを効かせる日々ではあったが、ご褒美があると無いとでは気の持ちようが全く違ってくる。ダリアはこの数日間をかつてないほど生き生きとして過ごした。

 

『現金だなぁ。あんなにブーブー文句言ってたのに、ご褒美があるとわかったらすぐこれなんだもん。』

 

「ふふん、何とでも言うがいいわ。――――これで良しと。どう?かわいい?」

 

『はいはい、かわいいかわいい。』

 

 ダリアは鏡を見ながらポニーテールの位置を確認すると、壁にかけておいたコートをしっかりと羽織った。今からセドリックとの待ち合わせ場所へ向かうのだ。

 

「じゃあ、行ってきまぁす。お土産買ってくるから楽しみにしててね。」

 

『はいはい、行ってらっしゃい。』

 

 ダリアはトゥリリに手を振ると、弾むような足取りで談話室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セドリックと玄関ホールで待ち合わせるのは、これが初めてではない。いつも校庭を走りに行くときは、同じ場所で待ち合わせることになっているからだ。

 しかし、今日向かうのはいつもの湖の周りではない。ホグズミードだ。しかも前回は4人だったのに、今回は二人だけなのだ。

 

 いつもの運動用の動きやすい服ではなく温かい普段着で(奇跡的に)一人で待っているセドリックを見て、ダリアは胸を弾ませた。

 

 ――――普段着のセドリック、かっこいい……。

 

 長期休み期間で見慣れているはずだが、学校で見るのはまた違う気がする。しばらくポーっと見蕩れていると、セドリックが横のダリアに気付いた。

 

「ダリア、いつの間に――――来てたなら、声を掛けてくれればよかったのに。」

 

「はっ――――え、えーと、その……。そう、見て!今日はちゃんと温かい格好してきたんだよ!どう?」

 

「うん、かわいいかわいい。」

 

「でしょ!」

 

 見蕩れていたことを誤魔化すためとっさに出てきた言葉だったが、「かわいい」と褒められたダリアは大変満足し、満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人で適当におしゃべり(「尻尾爆発スクリュートの世話、大変過ぎない?」「うん、あれは流石に……。」等々)しながら歩いていると、あっという間にホグズミードに辿り着いた。ここからが今日のメインイベントだ。ダリアは早速、最初の行先をセドリックに告げた。

 

「じゃーまず、マダム・パディフットの店に行くわよ!そうしたら店で一番大きいパフェを食べるの!勿論、一人一つね!」

 

「――――いきなりそう来たか。」

 

 自信満々でダリアが宣言した店の名前を聞いて、セドリックは頬を引き攣らせた。

 

 マダム・パディフットの店――――ピンクとフリルをこれでもかというほど多用した可愛らしい雰囲気で、女子生徒達に大人気の喫茶店である。当然、男子生徒達にとっては居心地の悪い場所の頂点に座する鬼門だった。

 

 何故かカップル御用達の店として周知されており、ダニーもよくジャネットに連れられて行くらしいのだが、出てくるたびにクィディッチを一試合終えた後のような顔になって帰ってくるため、まだ入店したことが無いセドリックもなんとなくこの店の事を恐れていた。

 

 まさか一番最初にこの店を持ってくるとは。ダリアは本気でセドリックを『わけが分からなくなるくらい、全力でしっちゃかめっちゃかに』するつもりのようだ。

 しかしそれが望むところでもある。セドリックは覚悟を決めた。

 

 

 

 全身が痒くなるようなピンクとフリルとハートの店内で、これまた胸焼けするように甘いパフェを食べ切ることができたセドリックだったが、ダリアの全力はここからが本番だった。

 

「次は郵便局!おじさん達にお手紙出すわよ!」

 

「次は雑貨屋さん!新しい羽ペン買うんだ!」

 

「次は本屋さん!」

 

「叫びの屋敷見てみたーい!」

 

「ゾンコ!」

 

「あ、ハニーデュークス忘れてた。」

 

「今度はあっち!」

 

「やっぱりこっち!」

 

「もう一回ゾンコ!」

 

「次は――――」

 

 

 

 

「――――ちょ、ちょっと待ってくれダリア。流石にこれはペースが早すぎる、一度どこかで休憩しよう!」

 

 宣言通り全力でダリアにブン回されたセドリックは、二回目のゾンコ訪問を終えた後、とうとう音を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セドリックの要望を聞き入れ、二人は『三本の箒』で休息を取ることを決めた。ずっと飛ぶように動き回っていたため体は冷えていなかったが、同じ場所に留まるには外は寒すぎる。

 

「だって、セドリックが言ったんだよ?気分転換したいから、ワガママ言えって。」

 

「それはそうなんだけど、物事には限度というものがあってね……。」

 

「私、限度を超えてた?」

 

「――――ぎりぎりのところだよ。」

 

 ダリアが本気で知りたそうに聞いてきたので、セドリックは呆れた顔で返事をした。予想はしていたが、予想以上のやりたい放題だった。

 これが全力ならば、普段の気儘っぷりは随分と頑張って自分を抑えているのではないだろうか。今度何か我慢している所を見たら、もっと褒めてやろう。

 

 ダリアはセドリックがそんなことを考えているとは露ほども考えず、待ちきれないという風に口を開いた。

 

「で、どう?緊張はとれた?」

 

「――――不本意ながら、目的は達成できてるんだよなぁ。」

 

「ええーっ。なによぅ、不本意って。――――そのつもりで来たんでしょ?」

 

 ダリアは不満げに言うが、その通りだった。

 当初の狙い通り、息をつく間もなくホグズミードを縦横無尽に引き回されたことで、緊張やら不安やらは吹き飛んでいた。しかしその代わり、全身にどっと疲労感がのしかかっている。

 

「僕、一日でこんなにたくさんの店を見て回ったの、初めてだ。ダニー達と来る時は、いくつか店に入ったらすぐに帰るからさ。」

 

「ええ、うっそだぁ!私、ダフネ達と来る時も、今日ほどじゃないけど沢山見て回ってるよ。」

 

「――――女の子ってすごいね。」

 

 セドリックは女の子の生態に感服した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 計画していた行程の半分を過ぎたあたりで、セドリックは疲れてしまったらしい。クィディッチの運動量に比べたらどうという事は無いはずなのだが、不思議なものだ。

 しかし、疲労はあるものの、緊張は解けたというセドリックに、ダリアは満足気にバタービールをすすった。頑張って振り回した甲斐があるというものだ。

 

 軽く食事をとりながら、騒がしい店内をなんとなく観察する。明るく賑やかな雰囲気のパブなので、昼間でもホグワーツの学生の姿が多く見られる。

 時折通りすがりの女生徒が話しかけたそうにセドリックをちらちら見るので、ダリアがこっそりにらみを効かせていると、ふと、店の奥に珍しい顔があることに気付いた。

 

「あれ、あそこに居るのって、もしかして……。」

 

「ん?――――ルーピン先生じゃないか。」

 

 三本の箒の奥まったボックス席に、去年「闇の魔術に対する防衛術」を教えていたリーマス・ルーピン元教授が座っていたのだ。姿を見るのは、去年の学期末に彼がホグワーツを辞めて以来だ。

 よく見るとそのテーブルには、ルーピン先生以外にも珍しい顔ぶれが集まっていた。ハグリッド、ムーディ教授(ダリアは「あの人ってパブとか行くんだ。」と妙に感動した)、そして何故かグレンジャーと、シリウス・ブラックだった。

 

「珍しい組み合わせ――――でも無いのか。ムーディ教授は別にして、皆ハリーの関係者だしね。ハリー本人が居ないのは違和感があるけれど。」

 

「そうだね。」

 

 セドリックが首を傾げているが、ダリアは気付いていた。目に魔力を込めてそのあたりを見つめると、うっすらとポッターの姿が透けて見える。何らかの方法を使い、姿を隠しているのだ。

 

 ――――まあ、今の状況じゃあ、隠れたくもなるわよね。針の筵だし。

 

 リータ・スキーターに悲劇的な特集記事を組まれた事により、ポッターへの風当たりはますます強くなっていた。今ではグリフィンドール以外の寮の生徒達のほとんどが『汚いぞ、ポッター』のバッジを身に着けるほどである。

 

 課題を一週間後に控え、きっとポッターも気分転換をするつもりだったのだろう。親馬鹿なブラックとその友人であるルーピン元教授、ハグリッドやムーディ教授も交え、彼の激励会でもしているのかもしれない。

 

 

 

 ダリアはさり気なくそのあたりをチラチラ観察してウィーズリーの姿が無いことを確認すると、ホッと胸を撫で下ろした。彼とポッターの仲が未だ修復されていないという事実に、何故だか安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セドリックとのホグズミード巡りは本当に楽しかった。思う存分に連れまわし、満足してホグワーツ城に帰ったはずなのだが、三本の箒でポッターとウィーズリーの事を考えた辺りから、何となく気持ちが落ち着かない。

 

 ソワソワするダリアを見て、ダフネ達は「デートがそんなに楽しかった?」とからかったが、ダリアは文句を言いながらもそうであったらよかったのに、と心の中で思っていた。

 

 結局ダリアはその日、皆がベッドで寝静まる頃になっても落ち付かず、中々寝付くことが出来ないでいた。

 

「――――ダメだわ、寝れない。」

 

 いくら目を瞑っても、瞼の裏には見たくも無い赤毛と黒髪の二人組が浮かんでくる。ダリアは眠ることを諦めて体を起こすと、隣で腹ばいになって眠っていたトゥリリをゆすり起こした。

 

『う~ん。なんだよぉ、さっきからゴソゴソして。』

 

「トゥリリ、眠れないから、ペガサス見に行こう、ペガサス。」

 

『――――はぁ!?』

 

 寝ぼけ眼でダリアを見上げていたトゥリリは、一気に意識が覚醒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜中にベッドを抜け出すのはいつ以来だろうか。

 姿を消したままホグワーツ城を抜け出し、ボーバトンの馬車の隣へやって来たダリアだったが、目当てのペガサスが全て眠っているのに気づき、思わず落胆の声を上げた。

 

「そんなぁ、皆寝ちゃってるじゃない。」

 

『だから言ったでしょ?ペガサスも所詮は馬なんだから、昼行性だってさ。』

 

「そうだけどさぁ。一匹くらい起きてるのが居ないかと思って……。」

 

『こいつら、昼間っからウィスキーぐびぐび飲んでるんだよ?皆ぐっすりに決まってるじゃん。』

 

 馬に夢中のダリアを見て、嫉妬したトゥリリがぶすっとしてそう言った。確かにペガサスは昼間、水の代わりにウィスキーを飲んでいた。しかしペガサスにアルコールが回るのかどうかは定かでは無かった。

 

 物珍しいペガサスは、昼間は常に周りに生徒の姿がある。人目を気にして中々近くに行って話しかけることが出来ないので、どうせなら人の居ない今、話し相手になってもらおうと思ってやって来たのだが、すっかり当てが外れてしまった。

 

『どうする?もう城に戻る?』

 

「――――ううん。戻ってもどうせ寝れないし、もう少し歩いてから戻る。」

 

 ダリアは再び姿を消すと、禁じられた森の外周に沿ってゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

『ダリア、ホグズミードから帰ってきてから、なんだか変だね。セドリックと何かあったの?』

 

「ううん、そういうわけじゃ無いの。セドリックと色んな所に行くのは、とっても楽しかった。楽しかったのに――――」

 

 楽しい気分のまま眠れるはずだったのに、ウィーズリーとポッターの事を考えたせいで台無しになってしまった。ダリアは段々二人に対してむかむかという気持ちが沸き上がってきた。

 

 ――――なんで私が、ウィーズリー達のせいで、こんなにイライラしなきゃいけないのよ。

 

 実際ダリアが直接彼らに何かをされたわけでは無い。ダリアが勝手に考えを巡らせてイライラしているだけなのだが、そんなことは関係なかった。

 

 何故自分がソワソワしているのかも考えず、ダリアがズンズンと森の周辺を進んでいると、突然何か見えないものと正面衝突してしまった。

 

 

「きゃあっ!!」「うわぁ!!」

 

 

 ダリアは尻もちをつき、思わず姿を隠していた呪文を解除してしまった。

 

「いたた、なによう。ちゃんと前見て歩きなさいよ!――――ん?」

 

「ご、ごめん。今度から気を付ける――――え?」

 

 咄嗟に目の前の人物への文句を口にした後で、ダリアははたと動きを止めた。何故目の前にポッターが居るのだろう。

 どうやらポッターはマントのような道具で体を覆い、姿を消していたらしい。ダリアとぶつかった拍子にそのマントが脱げてしまったのか、中途半端に半身が透けて見えている。

 

 しばらくの間、驚きで目を丸くして見つめ合っていた二人だが、遠くから微かに咆哮のようなものが聞こえた瞬間、ポッターがハッと我に返った。

 

「そうか、君も第一の課題を――――。」

 

「はぁ?」

 

 何が何だか分からない。ダリアがぽかんとしているうちに、ポッターはダリアをキッと睨みつけ、足早に去って行ってしまった。

 

 ダリアもわけが分からないなりに、ポッターの後ろ姿に向かって思い切りの変顔を送り付けてやる。以前はお互いそれほど眼中に無かったのだが、魔法薬学での一件以来、ダリアとポッターの関係は急激に悪化していた。

 

 ポッターの姿が見えなくなると、ダリアはぶつくさ文句を言いながら立ち上がった。

 

「なによあれ、わけわかんない。第一の課題がなんだって言うのよ。ぶつかっておいて一言も謝らないなんて、どういうこと?」

 

『相手がダリアだって気付く前に謝ってたし、そもそも謝ってないのはダリアの方じゃない。――――それよりダリア。この音、なんだと思う?』

 

 トゥリリがソワソワと辺りを歩き回りながら言う。ダリアはそれを聞いて初めて、遠くの方から複数の物音が響いてくるのに気が付いた。

 先ほども微かに聞こえた咆哮のようなものに加え、重たい物を打ち付けるような鈍い音、花火が弾けるかのような炸裂音が聞こえてくる。

 

 ダリアは先ほどのポッターの言葉を思い出した。

 

「もしかして、向こうに第一の課題に関係しているものがあるんじゃないの?きっとポッターはそれを見てきたから、私も同じ目的だと思ったのよ。」

 

『可能性はあるね。――――どうする?見に行く?』

 

「当たり前じゃない!ポッターだけが課題の内容知ってて、セドリックが知らないなんて不公平だもの!」

 

 ダリアは音が聞こえてくる方角を睨みつけて再び姿を消し、そちらへ向かって歩き始めた。

 最初は腹立ち紛れの荒い歩調だったが、音源が近づくにつれ、どんどん歩幅は狭くなっていく。

 

 ついに咆哮の正体を目にした時、ダリアの足は完全に止まってしまっていた。

 

 

 

 

 

 巨大な翼に巨大な爪、鋭い牙が杭の様に並ぶ口からは、時折煮えたぎる溶岩のような炎が噴き出している。

 発達した筋肉で盛り上がった体は並みの小屋なら体当たりだけで崩してしまえそうな力強さで、その体を覆う硬い鱗は全ての魔法を跳ね返すのだという。

 

 

 

 そこに居たのはドラゴンだった。威風堂々とした体躯を揺らし、夜空に向かって雄たけびを上げている。

 

 

 ダリアは茫然として、暗闇に煌々と浮かび上がるその威容を、ただ見上げるしかできなかった。

 




ずっとギスギス書くのは疲れるので、お休み回です。

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