ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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第一の課題①

「ノバラの実と、オオバノコギリソウ、ドクツルタケと――――あった、カノコソウ。」

 

 見回りの先生達もすっかり寝静まった深夜。ダリアはトゥリリにも気づかれないようにそっとベッドを抜け出すと、薬草学の温室に忍び込んだ。“不運の呪い”を作るためだ。

 

 栽培されている植物を物色して摘み取るダリアの手元を、リドルが横から覗き込む。

 

「それ、何してるんだい?君がいつも使ってる呪文や魔法とは、随分と勝手が違うようだけれど。」

 

「何って――――さっき言ったでしょ。不運の呪いを使うなら、犯人が私だって絶対に気付かれないようにしなきゃいけないって。」

 

 ダリアは視線を向けること無く、ぶっきらぼうにリドルの疑問に答えた。“不運の呪い”が重大な魔法の悪用に当たる案件だと知っているダリアは、自分が下手人だとバレないようにするために、普段使うやり方とは全く別の手段を取る必要があったのだ。

 

「これは地気術っていう、土着の魔法。私、こんな回りくどい方法を使う事無いから、丁度いい隠れ蓑になると思って。――――おかしいなぁ、ヘアリー・アンチモニーとボタンラビッジが見当たらないわ。大抵の薬草はここで揃うと思ったんだけど……。」

 

「――――ボタンラビッジ?聞いたことが無い薬草だ。こちらの世界には無い種類じゃないのか?」

 

「そうかも。……仕方ない、他の薬草で代用する。」

 

 魔法生物の生態系も少しずつ違うのだ。植物の生態系が違う可能性は十分ある。ダリアは探索に見切りをつけると、二つの薬草の代用品を探し、今来た通路を引き返した。

 

 

 

 

 

 材料を全て揃え終えたダリアは、痕跡を残さないよう厳重に張り巡らせた結界の中に座りこみ、摘み取った薬草を地面に並べた。一つ一つの状態を丁寧に確認しながら、小さなにおい袋の中に順番に詰め込んでいく。

 

 その様子を興味津々といった様子で見ていたリドルが、感心したようにため息をついた。

 

「こんなやり方も存在していたとはね……あちらの魔法は、本当に多種多様だな。これはどちらかというと、薬草学や魔法薬学のようなこちらのやり方に近いみたいだ。」

 

「んー……言われてみれば、そうかも。地気術を使う女の人たちって、箒に乗って空を飛ぶらしいし。」

 

「へぇ。――――その地気術とかいうのも、城で教えられたのかい?」

 

 リドルの問いに、ダリアは思わず手を止めた。機嫌悪そうに傍らの整った顔を睨み上げる。地気術に対して、ダリアはあまりいい思い出を持っていなかった。

 

「誰にも教えてもらってないわ、ほぼ独学よ。――――そもそも地気術ってつい最近まで、存在すら認知されて無かったんだから。」

 

 地気術とは、クレストマンシー城がある地域に昔から住んでいる、とある一族たちが代々伝えてきた土着の魔法だ。現代に伝えられていない古の魔法が大半を占めており、中にはクレストマンシーに『魔法の悪用』として取り締まられる類の呪いも多く含まれている。

 

 そのため彼らは地気術の力を気取られることが無いよう、随分長い間一族の秘密として隠してきた――――ダリアが世界Aを飛び出す丁度1年前、とある事件でその存在が明るみに出るまでは。

 

「失われてしまった昔の知識を知ることが出来る、とっても貴重な機会だもの。術の存在が知れてしまってからは、お城の人たちは随分熱心に調査してた。一族の人たちを城に招いて話を聞いてるのも見たことがあるわ。」

 

 ダリアの後見人もこの新しく発見された魔法に興味津々だった。一族の人間でありながら大魔法使い級の魔力を持っていたマリアン・ピンホーを城に招いてキャットと同じ教育を施す傍ら、彼女から熱心に地気術についての話を聞きだしていた。

 

 本来ならば、8つの命を持つ大魔法使いであるダリアも、キャットと共にマリアンの話を聞いていたはずなのだ。しかしダリアはその時期、キャットに対する嫉妬と彼を後継者に据えた後見人に対する恨みとで、荒み切っていた。

 

 日々陰湿な嫌がらせを繰り返すダリアを持て余した後見人は、ダリアが地気術で悪辣な呪いなどの知識を身に着けることを許さなかったのだ。

 

「だから、自分で調べたのよ。――――ふん、禁止された程度で私が大人しく泣き寝入りするわけないじゃない。私の意地にかけて、絶対にあの人の鼻を明かしてやるって思ったの。」

 

「(クレストマンシーはさぞかし苦労したんだろうなぁ……。)」

 

 後見人の思い通りには絶対したくなかったダリアは、どうにか自分だけの力で地気術の知識を身に着けるため、自身の才能を思う存分活用した。城に持ち込まれた地気術由来の薬品をこっそりくすねては、どのような力の働きかけで作られているのかを研究したのだ。

 

 地気術が自然に宿る生命に働きかける魔法だという事を突き止めると、ダリアは知りうる限りの植物を、常人には真似できない精度と執念で隅々まで詳しく解析し、それらが持つ魔法的な力とその特性を頭に叩き込んだ。そのためダリアは薬草を使う地気術についてだけは、独学ではあるもののかなり深い知識量を持っていた。

 

 ダリアが一人でコソコソとそんなことをしていた事には、きっと城の人間は誰一人として気づいて居ない。だからこそ、ダリアは地気術を利用することを思いついたのだ。

 

「――――君ってほんと、色々とぶっ飛んでるよ。ほぼ独学でこんな強力な呪いを作るって……しかも、正規の材料を揃えることが出来たわけじゃないんだろう?」

 

「別に……薬草に含まれる魔力を解析して、魔素を掛け合わせた時の変化と効果の発現の理論を理解することが出来ていたら、レシピ通りの材料を揃える必要なんかないわ。トムが言った通り、魔法薬学と一緒よ。――――こんなの全然すごくない。私がいくら必死で調べたところで、キャットは感覚で、簡単に同じことができちゃうんだから。」

 

 ダリアにとって、キャットは決して超えることが出来ない大きな壁だ。今は一時休戦中だが、ダリアの血のにじむような努力を一瞬で飛び越していくキャットの事は、きっと一生好きになることが出来ないだろう。

 

「エリックがねぇ。……まあ、見たところ、彼は本物の天才型だ。直感の精度が異常なのは認めるけれど――――君はエリックの事を意識しすぎだと思う。君も十分な才能をもっているんじゃないか?」

 

「――――。」

 

 リドルが半ば呆れたように呟いたが、ダリアは無言のまま薬草を組み合わせる作業に没頭した。

 

 

 

 やがてほぼ全ての材料をにおい袋に詰め終えたダリアは、最後に一番重要な材料をポケットから取り出した。折りたたんだハンカチをそっと広げると、中から出てきたのは一本の長い髪の毛だった。温室のガラス越しの月あかりを浴びて、キラキラと銀色に輝いている。

 

「――――。」

 

「どうしたんだい、ダリア。それで完成なんだろう?早いところ作業を終わらせて、競技場に設置してしまおうよ。」

 

「――――分かってる、今からやるわ。」

 

 ダリアは震える指先で、フラーの髪をにおい袋の中に押し込むと、そっとにおい袋の口を縛り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからの数日間は飛ぶように過ぎ去り、あっという間に第一の課題当日になってしまった。

 課題は午後から行われるため授業は全て午前中で終わり、生徒達は特設会場へ移動するための時間が与えられることになっている。いよいよ始まる大イベントを前に、学校中の空気が緊張と興奮で朝から張り詰めていた。

 

 もちろんスリザリンのテーブルも例外ではない。(ポッターを笑いものにするという)陰湿な目的を持つ者も何人か居るには居たが、純粋に派手な催しに期待している生徒が殆どだ。

 

 ただ一人、この非日常を全く楽しめていない奇特なスリザリン生が居るとするならば、それはダリアだけだろう。この一週間で“色々な事”があったダリアは、頭の中がぐちゃぐちゃでよく眠れていなかった。

 

 目をしょぼしょぼさせて寝室から降りてきたダリアを見て、とっくの昔に起きて身支度を整えていたパンジー達がぎょっとして近づいてくる。ここ最近何やら思いつめているのには気付いていたが、今日は一段と顔色が悪い。

 

「ちょっとダリア――――あんた大丈夫?」

 

「え……。」

 

 パンジーに声を掛けられたダリアは、ぼんやりした顔で目を瞬かせた。一瞬彼女の言っている意味が理解できなかったのだ。

 一拍置いて自分が心配されているという事に思い至ったダリアは、不思議そうに首を傾げた。

 

「そりゃあ、疲れてはいるけど――――何?私、そんなひどい顔してるの?」

 

「ひどいというよりも、なんていうか――――。」

 

 ダフネが言い辛そうに、途中で言葉を濁した。後を引き継いだミリセントが、すっぱりと言い切る。

 

「思いつめて何をしでかすか分からないって顔、してるわよ。丁度2年生の時に、スリザリンの継承者を探しに行った時みたいな顔。」

 

「そうそう。なんかあんた、最近情緒不安定だし……。」

 

「――――そうかなぁ、あの時ほどじゃないよ……。っていうか、情緒不安定なのはいつもの事だし。」

 

「自分で言わないで。まあ、それもそうなんだけど。近頃特にねぇ……。」

 

 ダリアは曖昧な笑みで誤魔化して、友人たちを大広間へ促した。――――しかし、ミリセントの指摘はある意味的を射ている。

 経緯や状況の違いはあれど、あの時と今現在の精神状態が似ているのは確かだった。

 

 いつもより少し遅い時間に訪れた大広間は、多くの生徒達で賑わっていた。どのテーブルも午後に行われるイベントに対する期待で浮足立っているような気がする。

 

 ダリアは充血してかすむ目を凝らして、ハッフルパフのテーブルの辺りを見やった。緊張した面持ちのセドリックが、それでも楽し気に友人たちと共に朝食を食べているのが良く見える。

 

 しばらくじっと見つめていたダリアだったが、ふとセドリックが顔を上げ、視線がかち合った。ダリアは咄嗟に気付かないふりをしてそっと目を逸らした。

 

 

 

 フラーに呪いを掛けて以降、ダリアは一度もセドリックと話していない。

 

 

 

 フラーに対する激情に駆られ、勢いのまま彼女に対して悪辣な呪いを仕掛けたダリアだったが、自分がモラルに反する行為に手を出しているという自覚は充分もっていた。それに、これはセドリックが最も嫌っている卑劣な行為だ。ダリアは、セドリックに対しても大きな後ろめたさを感じていた。

 

 自分の仕掛けた呪いが彼女にもたらす悲劇を思うと、今からでも呪いを取り消してしまいたくなる。しかし、あの時リドルに言われた言葉がダリアの耳の奥にずっとこびりついて離れない。

 

 ――――じゃあ、セドリックを彼女に取られてしまってもいいのかい?

 

「――――。」

 

 解除しようと思いかけるたびに彼の言葉が耳元で再生され、ダリアの逡巡を暗い感情でかき消すのだ。結局ダリアは呪いを据え置いたまま、課題の当日を迎えてしまった。

 

 最初の内は偶然を装って彼を避けていたが、それが何回も重なればセドリックも異変に気付く。幾度かもの言いたげな視線が送られるのに気付いていたが、ダリアはどうしてもセドリックの目をまともに見ることが出来なくなってしまっていた。

 

「――――ごちそうさま。」

 

「ちょっと、それだけしか食べないの?」

 

 ひとかけらのパンとベーコンを少しかじっただけで食器を置いたダリアを見て、ダフネが眉を顰める。しかし一刻も早くセドリックの視界に入らない場所へ行きたかったダリアは強引に席を立った。

 

「いいの、あんまりお腹減ってないのよね――――じゃあ私、先に談話室に戻って今日の予習でもしてるから。」

 

「そう?それならいいんだけど……。」

 

 実際に食欲は殆ど感じられなかった。ダリアはダフネを安心させるためにカボチャジュースを一杯だけ胃に流し込んで見せると、逃げるように大広間を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――。」

 

 足早に大広間を出て行くダリアの後ろ姿を、セドリックは無言で見つめていた。突然黙り込んだセドリックの視線を辿り、隣で食事をとっていたダニーは友人の沈黙の理由を察した。

 

「なんだよセド。お前、まだあのチビに避けられてんのか?」

 

「……ああ、そうみたいだ。」

 

「へぇ~、あいつも中々やるな。一日もすれば音を上げると思ってたんだが。」

 

「ダニー……。」

 

 感心したように言うダニーに、セドリックは咎めるような視線を向けてため息をついた。

 

 ――――数日前から、ダリアに避けられている。

 

 最初は偶然タイミングが合わないだけだと思っていた。しかし声を掛けようとする度にわざとらしく用事を思い出されては、いくら鈍いセドリックでも流石にダリアの意図に気付かされる。

 

「ま、大方お前の“手出し無用宣言”が今になってムカついてきたんだろ。前から言ってるけど、お前最近あいつに対して過保護が行き過ぎてる節があるし。――――自覚あるだろ?」

 

「――――まあ、多少はね。」

 

 ダニーの指摘に、セドリックは渋々頷いた。深夜に禁じられた森を練り歩くという危険極まりない行為を認めることは決してできないが、あんなに自分の事を心配していたダリアに対し、一切の手助けを禁止するというのはやりすぎだったかもしれない。半泣きでオロオロと許しを乞うてきたダリアを思い出し、セドリックは再び重いため息をついた。

 

「最近――――ハロウィンを過ぎた頃からかな。時々自分が不安定になっている自覚があるよ。ダニーが言うように、特にダリアと居る時に顕著というか……しばらく時間を置けば、頭が冷えるんだけどね。」

 

「ハロウィンを過ぎた頃って、お前が代表選手に選ばれた頃だろ。……それが原因か?」

 

「うーん……どうかな。自分でも良く分からない。」

 

 しかし原因が分からないとはいえ、時にセドリックが自分の感情を抑えきれなくなることがあるのは事実だった。それは苛立ちだったり焦りだったり様々だが、総じて言えるのは不快な感情だという事である。気にしないようにしようと努めたものの、行動の端々に影響は表れていた。

 

 何故かその場に居合わせることが多かったダリアには、正直割を食わせてしまっている。セドリックは埋め合わせのために何かと理由を付けてダリアに構おうとしたが、そのたびに妙な感情の振れ幅に翻弄されて同じことを繰り返していた。

 

 ダリアが何故自分を避けているのか、実際の所は分からない。しかし、今の状況がセドリックの本意でないことだけは確かだ。

 いよいよ目前に迫った大舞台を前にしても、セドリックは気がかりを振り払うことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中は瞬く間に過ぎ去った。食べ物を受け付けようとしない喉に無理やり昼食を流し込んだセドリックは、寮監のスプラウト教授に呼び出された。いよいよ競技場へ向かうのだ。

 

「頑張れよ、セド!」

 

「ディゴリー、ハッフルパフの底力を見せつけてやれ!」

 

 近くのテーブルに座っていたハッフルパフの生徒達から、口々に声援が投げかけられる。背中をバシバシ叩かれ、セドリックは苦笑しながらスプラウト教授の後に付いて大広間の間を抜けた。

 途中、スリザリンのテーブルを横目で見たが、ダリアは相変わらず顔を伏せ、表情を伺う事はできなかった。

 

 

 

 

 

 いつも温厚な笑顔を浮かべているスプラウト教授だが、流石に今日は不安げな表情を隠しきれていない。正面玄関を抜けて石段を降りながら、しきりにセドリックに心配そうな顔で話しかけた。

 

「大丈夫、落ち着いて取り組むんですよ。普段の冷静さを保つことが出来れば、あなたなら十分対処可能な課題ですからね。――――いいですか、あなたは時々、勝利の方法にこだわる場合がありますが、今日は自分自身の命を一番に考えるのですよ。」

 

「はい、分かってます。スプラウト先生。」

 

 セドリックは監督生なので、寮監のスプラウト教授とは関わる機会が多い。そのため、彼女もセドリックの負けず嫌いな性質をなんとなく理解していたのだろう。セドリックは返事をしながらも、自分の声が緊張で固くなっている事に気が付いた。

 

 ダリアがドラゴンを目撃したのは、禁じられた森を回り込んだ囲い地だったという。普段侵入を禁じられている森の外周をどんどん進んで行くと、開けた場所が現れた。周囲にクィディッチ競技場のような観客席が用意され、隅に小ぶりなテントが張られている。――――ドラゴンの姿は、まだ見えない。

 

「さあ、ディゴリー。このテントの中にお入りなさい。バグマン氏が中に居るので、代表選手が全員揃えば、そこで課題の説明を受けることになります。」

 

「はい。分かりました。」

 

「――――頑張るのですよ。」

 

 スプラウト教授は厚い掌でセドリックの肩を優しくたたくと、ホグワーツ城へと戻って行った。セドリックは一瞬目を閉じると、覚悟を決めてテントの中に入った。

 

 

 

 

 テントの中では、既にクラムとフラーが待機していた。クラムはいつにも増してむっつりとした表情で黙り込み、フラーは美しい顔を青ざめさせている。いつもならば、顔を合わせればそれなりに会話も弾むのだが、今日は両者とも張り詰めた表情のまま微動だにしない。

 

 ――――確かに、軽口を叩く気分にはなれそうにないな。

 

 セドリックはどくどく脈打つ心臓を抑えつけながら、彼らに倣って無言のままテントの中央に進み出る。メモ帳のようなものに目を通していたバグマン氏が、セドリックの登場に気付いて顔を上げた。

 

「おや?――――やあ、よく来た、ディゴリー君!さあさあ、遠慮しないで椅子に座りたまえ!」

 

「あ――――いえ、大丈夫です。体を動かしたい気分なので。」

 

「そうかい?代表選手が全員揃うまで、説明はできないんだが――――まあいい、もう少しすれば、ハリーも来るはずだ。……それまでの間に、心を落ち着かせるんだぞ。」

 

 バグマン氏は最後セドリックにだけ聞こえるような声でそう囁くと、スタッフらしき魔法使いとの打ち合わせに戻って行った。――――箒の飛びっぷりを見てセドリックを気に入ったと言っていたが、本当だったのだろうか。

 面食らったセドリックがバグマン氏を見ていると、ふと、彼が話している魔法使いに見覚えがあることに気付いた。

 

「――――チャーリー?」

 

 筋肉質でがっしりした体つきに、顔に散らばる無数のそばかす。何より目を引く燃えるような赤毛は、間違いなくセドリックの知るチャーリー・ウィーズリーのものだった。年の近いウィーズリー家の子供達とは上手くいっていないセドリックだが、彼とはクィディッチや監督生という共通点があったため、ウィーズリー兄弟たちの中で一番馬が合うのだ。

 

 セドリックが気付いた事に気付いたのだろう。チャーリーはバグマン氏との打ち合わせを終えると、小走りで近づいてきた。ルーマニアに居るはずの彼が、どうしてここに居るのだろう。ワールドカップで帰ってきていたのは知っているが、まさかそのままイギリスに留まっていたのだろうか。

 

 そう思ったセドリックだったが、彼がドラゴンの研究を職業としていることを思い出すと、途端に鳩尾の辺りが痛みだした。――――チャーリーが居るという事は、課題でドラゴンを相手にするという事はもう確定だ。

 

「セドリック!ワールドカップぶりだな。元気だったか?」

 

「やあ、チャーリー。元気……だと言いたいんだけど、今言ったら嘘になりそうだよ。」

 

 力ない笑みを浮かべるセドリックを見て、チャーリーは思わず手を伸ばしてセドリックの背中を励ますように叩いた。双子の弟達と同じ年の幼馴染がこれから立ち向かわなければならない試練を思うと、何とかして元気づけてやりたかった。

 

「――――頑張れよ、セドリック。僕はスタッフだから、課題の内容を言う事はできないけど、いつものお前なら絶対にクリアできる。もし何かがあっても、僕らが横で控えてるんだ。安心してくれ。」

 

「――――うん。ありがとう、チャーリー。少し元気が出た気がする。」

 

 ドラゴン使いのチャーリーがすぐ横で控えているのなら、最悪の事態にはならないかもしれない。チャーリーへの信頼からか、セドリックは不安が少し薄れるのを感じた。

 セドリックの顔つきが変わったのを確認したチャーリーは、手を振りながらテントの外へ出て行った。横でフラーが「あの筋肉ダルマは何?」とでも言いたげな表情でチャーリーの後ろ姿をジロジロ見ていた。

 

 

 

 その時、テントの扉が小さな音を立てて開いた。テントの中の全員が、ハッとして入り口を振り返る。扉から中に入って来たのは、14歳の代表選手、ハリー・ポッターだ。

 

 ついに、代表選手が4人そろってしまった。選手が全員居ることを確認したバグマン氏がスタッフに二言三言告げると、スタッフが慌ててテントの外へ駆けだしていく。恐らく観客たちを受け入れ始めたのだろう。すぐにがやがやとした生徒達のざわめきがテントの前を通り過ぎていった。

 

 バグマン氏は一つ咳払いをすると、テントの中央に進み出て、陽気な声で話し始めた。

 

「よし、よし。ようやく全員揃ったな。――――いよいよ、諸君らに課題の内容を話す時が来た!」

 

 代表選手たちの目の前に、紫色の小さな絹の袋が差し出された。中に生き物でも入っているのか、滑らかな袋の表面がもぞもぞと蠢いている。

 

「君たちにはこの袋の中から、これから直面するものの小さな模型を選び取ってもらう。君たちはその模型に書かれた順番通りに課題に挑戦し……“金の卵”を手にしなければならない!」

 

 ドラゴンと直面し、金の卵を手に入れる。となれば、相手にするドラゴンはほぼ確実に営巣中の雌のドラゴンだろう。ドラゴンには様々な性質のものが居るが、営巣中の母親は総じて、卵を守るために凶暴になっている。直接ドラゴンと対峙するわけでは無いとはいえ、危険な課題には変わりない。

 

「さて、では選択の時だ。レディー・ファーストといこうじゃないか。」

 

 バグマン氏が紫色の袋をフラーに差し出す。フラーは震える手を袋の取り出し口に差し込み、中から精巧なドラゴンのミニチュア模型を取り出した。

 

「ハンガリー・ホーンテール種――――4番だ。」

 

 フラーの手の中でミニチュアのドラゴンが両翼を広げ、小さな牙をむく。フラーは驚いた素振りも見せずに、青い顔でその模型を見つめていた。

 フラーだけでは無い。相手がドラゴンという事を知っても、代表選手たちは誰も驚いていなかった。バグマン氏の言う通り、全員が事前にこのことを知っていたのだろう。

 

 フラーに引き続いて、クラムが袋の中からミニチュアを引き出す。彼が袋から中国火の玉種を取り出すと、次はもうセドリックの番だった。

 

「さあ、ディゴリー君。君の番だ。」

 

 残るドラゴンは二つだ。セドリックは袋の中に腕を差し込むと、最初に手に触れたものを思い切って取り出した。青みがかったグレーの鱗を持つドラゴンの首元には、「1」の番号札がかかっていた。

 

「スウェーデン・ショートスナウト種――――1番だな。」

 

 セドリックは無言で、手の中のミニチュアドラゴンを見た。スウェーデン・ショートスナウト種は動きが素早く、高温の炎を吐く。触れてしまえば軽い怪我では済まない。やはり作戦通りドラゴンには近づかず、別の物に興味を引き付けて遠ざけるのが一番いいだろう。

 

 最後にハリーが残ったドラゴンを取り出して、それぞれが対峙するドラゴンが決定した。ハリーはウェールズ・グリーン種のミニチュアを青ざめた表情で見つめている。

 セドリックの視線に気づいたハリーは、気まずげな表情を浮かべた。逡巡したように視線を彷徨わせたハリーが、何かを決意したように口を開きかけた時、バグマン氏が二人の間に割って入った。

 

「さあ、ディゴリー君。君がトップバッターだ。心の準備はいいかい?」

 

「は、はい……。」

 

「それは良かった。――――さあ、もうすぐ開始のホイッスルが鳴る。私と一緒にテントを出て、競技場へ向かおうじゃないか。」

 

 バグマン氏はセドリックの肩に腕を回すと、その流れでセドリックをテントから連れ出そうと出入口に向かって歩き始めた。

 バグマン氏に誘導されながら、セドリックはハリーに目を向けた。先ほどは確かに何かを言いかけていたのだが、今はもう俯いてじっとミニチュアのドラゴンを見つめている。

 

 

 ――――いや、気にするな。今は課題の事だけ考えよう。まずは無事、第一の課題を終わらせることを優先しなければならない。ハリーの事はその後でもいいじゃないか。

 

 セドリックは迷いを振り払うと、観衆とドラゴンが待つ競技場を目指してゆっくりと足を踏み出した。

 

 

 

 




長くなりそうだったので、分けました。
②は近日中に投稿できると思います。

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