ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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行間を読みすぎて設定をほぼ捏造しています。ご注意ください。


クリスマス予選

 ダリアが使っているトランクは元の世界から持ってきた特別製だ。空間拡張の呪文があらゆる箇所に仕込まれており、見た目よりもずっと多くの物が入る。

 

 ダリアはそのトランクの一番底から、大事にしまっていた手紙を取り出した。若葉色の封筒に、翼の生えた馬が描かれている。数通あるうちの一つをひっくり返し、黒いインクで記された宛名をゆっくりと指でなぞった。

 

 

 ――――親愛なるダリアへ

 

 

 世界Aに居た頃、実家であるモンターナ家から、クレストマンシー城に住んでいたダリアに送られた手紙だ。

 

 ダリアがクレストマンシー城に来て以来、両親は折に触れこうした手紙を送ってくれていた。手紙の内容は様々だったが、どれも最後はダリアの才能を誇りに思うという文章で締められており、ダリアはそれを読んでは辛い訓練に向かうための原動力としていた。

 

 しかしダリアが今手にしている手紙は、封を切られた形跡が無い。

 これらはダリアが後継者候補から外された後、モンターナ家から送られてきた手紙なのだ。

 

 両親やモンターナ家の親戚達は、ダリアが素晴らしい才能を持っているといつも言ってくれていた。遠く離れたイギリスの地で暮らすのは不安だったが、姉弟達はダリアならきっとやり遂げることができる、と太鼓判を押してくれた。

 

 

 

 でもダリアは結局、彼らの期待に応えることが出来なかった。

 

 

 

 両親を失望させてしまったかもしれない。姉弟達をがっかりさせてしまったかもしれない。

 

 ダリアは未だ、これらの手紙の封を開ける勇気を持つことが出来ていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ダリア、やっぱりなんだかおかしいよ。』

 

「え?」

 

 スリザリン寮の自室でぼんやりと手紙を眺めていたダリアは、突如として現実に引き戻された。驚いて顔を上げると、足元でトゥリリが鳴いている。

 ダリアは慌てて手紙の束をサイドボードの隙間に滑り込ませると、トゥリリを抱き上げた。

 

「おかしいって――――考え事してただけだよ。私だってぼんやりすることくらいあるもん。」

 

『いや、むしろダリアはよくぼんやりしてるけど――――そういう事じゃなくって。前にも言ったでしょ。最近情緒不安定っていうか、悲観的っていうか。』

 

「そりゃあ、悲観的にもなるでしょ。ドラゴンとか、ウィーズリーとか。嫌な事ばっかり起こるんだもん。」

 

『それにしたって、近頃のダリアは見てて不安になるよ……。』

 

 高飛車な振舞いの割に、ダリアには元々卑屈な所があるため、以前からこうして落ち込むことは度々あった。しかしこのところ、特にその頻度が多い。

 確信を持って聞くトゥリリに、ダリアは誤魔化しきれない事を悟った。流石のダリアも、ここ最近の自分が精神的にかなり不安定だという事を自覚し始めていた。

 

『赤毛のノッポに対する態度や、羽虫の呪いだってそうだ。頭に来ることがあったとしても、きっといつものダリアならあそこまではやらなかったよ。ダリアはグウェンドリンとは違って、ちゃんと限度は分かってたはずだもん。』

 

「――――。」

 

『――――でも今のダリアは、ブレーキが壊れた列車みたい。このままじゃ取り返しのつかないことをしちゃいそうで、怖いよ。』

 

 

 ヒトのルールに無頓着で、ダリアがどんなルール違反をしようがあまり気にしないトゥリリだが、命に対する価値観だけはヒトもネコも変わらない。ペティグリューを消そうとした際にも、ダリアの精神に与える悪影響を懸念して断固反対していた。

 

 そんなトゥリリが、フラーに呪いを掛けることなど許容するはずがない。ダリアが長年連れ添ってきた親友に隠し事をしたのは、きっとこれが初めてだ。

 そうまでしてフラーを排除することを考えるほど、ダリアは追い詰められていた。

 

「――――自分で自分をコントロールできてない自覚はあるよ。近頃妙にイライラして、余裕が持てないの。何かあっても悪い方にばかり考えちゃうの……。」

 

『ダリア……。』

 

 トゥリリは項垂れるダリアの頬をざりざりとなめた。

 

『夏休みが終わってから色々あったもんね、きっと疲れてるんだよ。心配なことは沢山あると思うけど、焦らないでゆっくりやって行こう。――――何があっても、味方だからさ。』

 

「トゥリリ――――うん、ありがとう。」

 

 気儘な所もあるが、トゥリリはいつもダリアの事を心配してくれている。いつも一緒に居たため有難みは薄いが、しばらくの間トゥリリに隠れて行動することが多かったダリアは、久しぶりのその温かさにふっと力が抜けた。

 

 ――――そうだ、私にはトゥリリが居る。トゥリリは私がどんなにポンコツでも見捨てたりしないし、大変な事をしようとしても止めてくれる。トゥリリが居れば大丈夫……。

 

 幼い頃からずっと寄り添ってくれている小さな親友の存在に、ダリアは心の中にずっと立ち込めていた暗雲が少しだけ晴れた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリアが談話室へ上がると、入り口近くの掲示板の前に人だかりが出来ていた。

 

 ――――ホグズミードに行ける日程のお知らせかな。それにしては皆やけに嬉しそう……。

 

 特に女生徒達は異様な興奮状態だ。チラチラと周りを盗み見ながら、キャアキャアと黄色い声を上げている。

 ダリアは疑問に思いつつも、暖炉そばのソファに友人たちの姿を見つけ、駆け寄った。ローテーブルの上で額を突き合わせ、真剣な表情で話し合っている。

 

「ねぇ、何の話してるの?ホグズミードの話だったら、私も混ぜて――――」

 

「――――来たわね。」

 

「へ?」

 

 ギラリとダフネの目が鋭く光り、ダリアはあっという間に3人の輪の中に引きずり込まれた。無理やりソファに押し込まれたダリアは、目を白黒させた。

 

「ちょ、な、なに……」

 

「――――ついに、この時がやって来てしまったわ。私たちの運命を決める、クリスマスが!」

 

 厳かな口調でそう告げたパンジーの瞳からは、並々ならぬ決意が見て取れる。ダフネとミリセントが神妙な顔で頷く中、ダリアはマヌケにぽかんと口を開けていた。

 

「えっと――――なんのこと?」

 

「クリスマス・ダンスパーティーの、パートナー選びよ!!」

 

 パンジーが吠えた。ダリアは思わず姿勢を正した。

 それと同時に、あの掲示板に何が書かれていたのかという事を察した。

 

 ――――クリスマス・ダンスパーティーのお知らせだったんだ……。

 

 今年のクリスマスは例年とは違い、ホグワーツでダンスパーティーが開催される。三校対抗試合の伝統でもあり、他校の生徒との交流を深める場でもあるため、4年生以上の生徒は参加を推奨されていた。

 

「びっくりしたぁ。血走った目してるんだもん、決闘でもするのかと思っちゃった。」

 

「まあ、当たらずも遠からずって所ね。」

 

 重々しい口調で語るダフネを、ダリアは思わず凝視した。

 

 ダンスパーティーで、決闘?

 

 疑問符を浮かべるダリアを他所に、ダフネは依然として厳しい表情で腕を組みながら、辺りを憚るように声を潜めた。

 

「分からない?この談話室の中の、張り詰めた空気……。」

 

「――――言われてみれば、どことなく空気がピリピリしているような。」

 

 スリザリンの談話室をぐるりと見回すと、確かにダフネの言うように、普段とは一線を画した異様な雰囲気に包まれている気がする。

 

「誰が誰を誘うのか、全員相手の出方を伺っているのよ。狙っている相手は誰を誘うつもりなのか、自分が誘った場合勝機はあるのか、同じ相手を狙っているライバルは居ないか……。」

 

「――――(ごくり)」

 

 ダリアは緊張して唾を飲み込み、今度は彼女達と同じように、横目でこっそりと周囲の様子を伺った。

 女子達は塊になり、コソコソと話し合いながら時折男子生徒の方を値踏みしては黄色い声を上げている。男子の方も気にしていない風を装ってはいるが、目線がちらちらと女生徒達の方へ向くのを隠しきれていない。

 

「それぞれ状況を見定めるまでは、この均衡状態が続くでしょうね。私たちもさっさと見極めないと。あんまり慎重になりすぎると、出遅れちゃうわ。」

 

「あ、私はもうセドリックと踊るって――――」

 

「夏休みにもう約束してるんでしょ、あれだけ何回も自慢されたんだから知ってるわよそんな事!!いいから私たちに協力しなさいって言ってんの!!」

 

「はい……。」

 

 キレ気味のパンジーに鬼のような剣幕で怒鳴られ、ダリアは大人しく彼女たちのパートナー獲得大作戦に組み込まれることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず、誰が誰を狙うつもりなのか確認しましょう。」

 

 こういう話題になると人一倍張り切るダフネが、まず最初に切り出した。

 

「ダリアは置いておくとして。――――私はクラムを狙うつもりよ。」

 

「おお……。」

 

「かなりの大物狙いじゃない。」

 

「そうかしら。結構いけると思うんだけど。」

 

 ダフネはさらりと言うが、クラムは代表選手の一人で、プロのクィディッチ選手だ。校内での人気はセドリックと二分されるほどで、間違いなく競争率はトップになる。

 

「勝算はあるの?」

 

「だって彼、食事中はずっと私たちの近くの席に座ってるじゃない。それなりに会話も弾むようになってきたし――――他の有象無象の女子よりかは可能性がありそうじゃない?」

 

「――――まあ、そう言われてみれば確かに。」

 

 人付き合いが苦手なのだろう。例え同じダームストラングの生徒相手でも、クラムが女子と話している場面は殆ど見たことが無い。校内で見かけるのは、大抵が一人図書室で本を読んでいる姿だ。

 それを考えると、クラムと接点がある数少ない女子として、ダフネがパートナーになる可能性は十分あるかもしれない。パンジーが感心したようにフンフン鼻を鳴らした。

 

「なんだ、じゃあダフネは決まりね。――――ミリセントは?誰を狙うつもり?」

 

「んー……。」

 

 ミリセントは難しい顔で腕を組んでいた。彼女にしては珍しく、歯切れが悪い。

 

「――――もうちょっと悩んでから決めるわ。クラムみたいに人気がある人じゃないし、ゆっくり決めても遅くないと思うんだよね。」

 

「えっ、ミリセント、好きな人居たの?」

 

 ダリアは素で驚いてしまった。ミリセントは色恋沙汰の話題になると、いつも一歩引いてしまうので、てっきり興味が無いものと思っていた。話を振ったパンジーも、意外そうな顔でミリセントを見た。

 

「何よ、初耳なんだけど。ミリセントはどーせ適当な男子の名前言うものと思ってたのに。――――誰なのよ、言いなさいよ。」

 

「あー、その……――――――――」

 

 ダリア達は頭を寄せて、ミリセントがぽしょぽしょ呟いた名前を聞いた。

 

 

 

 耳を疑った。

 

 

 

「本当に?」

「冗談でしょ?」

「正気じゃないよ……!!」

 

 

 一斉に顔を青ざめさせた友人たちの反応を見て、ミリセントは困ったで頭をガリガリ掻いた。

 

「予想はしてたけどさぁ。そこまで言う?」

 

「言うわよ。だってそんな、それは――――ナシでしょ。悪いけど気が狂ったとしか思えないわ。」

 

 パンジーがきっぱりと断言した。ダフネとダリアも全面的に同意する。ミリセントが普通の人間を好きになるとは思っていなかったが、流石にその相手は予想外にもほどがある。

 

「悪いけど、私には良さが全く分からない――――というか、本当に本気なの?」

 

「吊り橋効果って知ってる?死の危機に瀕したドキドキとトキメキを勘違いしてるんじゃないの?」

 

「絶対にそれよ。考え直した方がいいと思う――――っていうか、成就する可能性ゼロでしょ。というより私たちが許さないわよ……。」

 

 友人たちに立て続けに考え直すよう要求されたミリセントは、がっくしと肩を落とした。

 

「やっぱり無理かぁ……。もう少しよく考えてみるよ。」

 

「本当によく考えてね……」

 

 そしてでできれば考え直して欲しい、とダリアは秘かに思った。ある意味ミリセントらしい人選だが、色んな意味で障害が多すぎる。これならまだ「妖女シスターズのギターと踊る!!」と宣言してくれた方がまだマシだ。

 

 一波乱起きたが、気を取り直してダフネが一つ咳払いした。

 

「じゃあ最後にパンジー……は、ドラコよね。」

 

「聞くまでも無いでしょ。」

 

 パンジーは「何を当たり前の事を」と眉を顰めた。ミーハー魂を持ってはいるが、一年生の頃から基本的にブレない女だ。当然、ダンスパーティーはドラコと行くものと考えているらしい。

 こちらは予想通りの相手だったので、ダリアは安心してソファの背もたれに寄り掛かった。

 

「ドラコかぁ。――――まあ、それなりに競争率は高いよね。」

 

 何せ、マルフォイ家の嫡男だ。クィディッチの選手になってから体格もしっかりしてきた上に、「王子様みたい!」と下級生が騒ぐほど整った顔をしている。

 さぞ申し込む生徒も多かろう、とダリアは思ったのだが、ダフネ達の反応は微妙にズレていた。

 

「だろうね。でも、主なライバルは婚約者候補達かな。」

 

「そうね。――――悪いけど、今回はアステリアには手を引いてもらうからね、ダフネ。」

 

「好きにしなさいよ。あの子、体弱いから長期休暇は家に帰らなきゃいけないし、文句は言わないでしょ。」

 

 

 

 

 

 

 

 婚約者。

 

 

 

 

 

 

 

 当たり前のようにどんどん進んでいく会話に、ダリアは大いに待ったをかけた。

 

 

「え、ちょ、ちょっと待って待って。――――――――婚約者?」

 

 ダリアは慌てて会話を遮った。思わず立ち上がったダリアに胡乱気な視線が寄せられるが、それすらも気にならないほど、ダリアは狼狽えていた。

 

「ちょっと、あまり騒がないでよ。周りに作戦が漏れちゃうでしょ。」

 

「いや、それよりそれよりっ。――――い、今、婚約者って言った?ドラコとアステリアが?」

 

 

 

「候補よ、婚約者“候補”。アステリアの他にも何人か居るわ。」

 

 聞き間違いの可能性を託して訪ねたところに再び「何を当たり前のことを」という視線が向けられ、ダリアは固まった。

 

 

 

「そんなに驚くこと?――――確かに、とっくに知ってるものと思っていたから、特に口にしたことはなかったけど。」

 

「そういえば、あんたイタリア出身だっけ。イギリスの魔法界の事情については詳しくないか。」

 

 ミリセントが思い出したようにそう言って納得したが、ダリアは全く納得できていない。

 しかもイタリア出身と言っても人生の大半はイギリスで過ごしている上に、そのイギリスは異世界のイギリスなので慣習も何も分かったものじゃない。

 

 混乱するダリアに、パンジーが興味津々で尋ねた。

 

「イタリアの魔法族って、婚約とかしないの?」

 

「無くは無いけど……。」

 

 ダリアの両親は恋愛結婚だった。イギリスに旅行に来た父親が母親に出会って惚れこみ、イタリアに連れ帰ったのだという。最初は外国人の嫁に難色を示していた長老だったが、母エリザベスが確かな実力を持つ魔法使いだったため、二人の結婚を許したらしい。

 

 どうしても相手が見つからない場合は親が見つけてくるが、その他のモンターナ家の人間も、大抵が自力でモンターナ家に相応しい相手を見つけてくる方が多かったと記憶している。数年前再会した弟のトニーノが言うには、ダリアの姉ローザも、自力で結婚相手を見つけて結婚しているのだという。

 

「情熱的ねぇ。いいな、自由で。」

 

 ダリアの話を聞いたパンジーが、羨むようにため息をついた。

 

「こっちじゃそうもいかないわ。純血の魔法族は減り続けているから、大抵は生まれた時から相手がほぼ決まってるの。マルフォイ家は力があるから、何人かの候補から選べるみたいだけど。――――パーキンソン家程度じゃ、選り好みはできないわ。」

 

「え、じゃあ、パンジーも……。」

 

「居るわよ、もうホグワーツは卒業してる人だけどね。――――卒業したらその人と結婚しなきゃいけないから、せめて学生の間は好きな人と過ごしたいの。」

 

「――――。」

 

 “純血主義”という言葉は知っていたものの、ダリアは本当の意味では理解できていなかった。

 魔法族の人口が減少し少子化の一途を辿る中、純血主義者の親が子どもの将来の相手を心配するのは当たり前だ。相手を見つけることが出来なければ、純血の血を後世に残すことが出来なくなってしまうのだから。

 

 だから純血主義者の親たちは、子どもが生まれるとすぐに婚約者を決めるのだ。それはまさに血を残すためだけの義務的な物で、子ども自身の意思は関係ない。パンジーは既にその運命を当然の物として受け入れているらしい。

 

 ――――だからパンジーは、ドラコに対して異様なほど入れ込んでたんだ。学生の間だけしか自由な恋愛が出来ないから……。

 

 それが当然のように許されるあたり、『学生の間の恋愛は自由』という暗黙の了解がスリザリンでは出来上がっているのかもしれない。つまりこの談話室の中にも、当然のように婚約者を持つ生徒が多く居るという事だ。

 

「ちょっと待って。婚約の事はいいとして――――いや、よくないけど。置いとくとして――――なんでアステリアなの?婚約者ならフツー、同い年のダフネじゃ……。」

 

 そこまで言ってダリアはある可能性に思い至り、おそるおそる口を開いた。

 

「ま、まさかダフネにももう婚約者が……。」

 

「――――居るわよ、当たり前じゃない。」

 

「ミリセントにも!?」

 

「――――まあ、一応。」

 

 

「そ、そんな……!!」

 

 

 ダリアは泣きたくなった。

 そんな過酷な恋愛観を持つ彼女たちの前で、今までお気楽にセドリックに対する悩みをぶちまけていたのか。罪悪感で消えたい。

 

「――――ち、ちなみに、誰?私の知ってる人?」

 

「……私の相手はホグワーツに居るけど――――っていうか、よく知ってる奴よ。」

 

「――――相手が誰か聞いてもいいんでしょうか……」

 

「別にいいけど……。」

 

 なんかやりにくいわね、と居心地悪そうに体をゆすった後、ダフネは続けた。

 

 

 

 

 

「――――ノットよ。セオドール・ノット。あそこでドラコ達とチェスして遊んでる。」

 

 

 

 

 

 

 

「!?!?!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ数年で一番の衝撃を受けたダリアは、一時的に意識が世界Bを飛び出して、世界と世界の隙間にある『あいだんとこ』まで吹き飛ばされたような気がした。

 白目を剥いて固まったダリアに、ダフネが恐る恐る声を掛けた。

 

「ダ、ダリア。大丈夫――――きゃっ。」

 

 突如現実世界に戻ってきたダリアが勢いよく飛び上がったため、ダフネは悲鳴を上げて仰け反った。ダリアは何故か身構えながら、口をパクパクと開閉させている。

 

「い――――いいの?」

 

「いいって――――何が?」

 

「だって、その――――だから――――。」

 

 ダリアはほんの刹那の間、口にすべきかどうかをためらった。一応、ためらったのだ。

 

 しかし、結局我慢することが出来ず、殊の外大きな声で叫んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、だって――――ノットって私の事、好きじゃん!?!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリアの叫びは、談話室中に響き渡った。

 

 

 

「――――――――。」

 

「――――――――。」

 

「――――――――。」

 

「――――――――。」

 

「――――――――よっし、寝室に行こうか。」

 

 いち早く我に返ったミリセントがむんずとダリアの首根っこを掴み、ソファを蹴散らすようなスピードで寝室へ続く階段を駆け下りて行った。ダフネとパンジーも一拍遅れて後に続き、談話室には気まずい沈黙のみが残されていた。

 

 

 

 

 

 走り去るダリア達を呆れたような顔で見ていたザビニが、少し離れたソファで頭を抱えているノットに声を掛けた。

 

「あのさ、純粋に疑問なんだけど。――――お前、あいつのどこが良かったワケ?」

 

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――主に、顔。」

 

 

「顔かぁ――――顔ならしょうがないな。」

 

「ああ、顔ならしょうがない。あの顔は卑怯だ。というかあの顔であんなエルンペントみたいな性格、ほぼ詐欺だ。気持ちは分かるぞ、セオ……。」

 

 一年生の頃、可愛らしいダリアを見て「ちょっと良いな」と思っていた黒歴史があるドラコは、大きく頷いた。隣でクラッブとゴイルもガクガクと頭を上下に振っている。それどころか聞き耳を立てていた男子生徒の大半が、内心で同意していた。

 

「あれで中々いいところもあるんだぞ……?」

 

「――――お前、あんな仕打ちを受けてよくフォローできるな……。」

 

「文句でも言ってきたらどうだ?一度はっきり怒らないとダリアは懲りないかもしれないぞ。」

 

「――――ははは……。」

 

 散々な言われようのダリアに、ノットは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんったねぇ――――ホントバカ、馬鹿、大馬鹿、バカバカバカバカバカ!!!」

 

「返す言葉も無い……私はバカよ……。」

 

 ベッドに放り投げられたダリアは、パンジーの罵倒を無抵抗で受け止めていた。流石のダリアも、今回は自分の大失言を後悔していた。

 

「どーすんのよ!あんな、誰もが気付いて居ながらあえて口にしていなかったことを、談話室中に大声で暴露して!」

 

「だってぇぇ。びっくりしちゃったんだもんんん……。」

 

「こっちがびっくりよ!!――――あああああ、もう!おかげで談話室の様子が全く分からなくなっちゃったじゃない!今この瞬間にもドラコにパートナーが決まっちゃってたら、どうするのよ!」」

 

「ごめんなさいいいいい。」

 

 気まずい雰囲気に耐えかねて寝室に逃げ帰ってしまったが、誰かが抜け駆けしてドラコのパートナーに名乗り出ていないかどうかを考えるだけで、パンジーは気が気でなかった。

 ダリアはますますベッドの上で縮こまった。

 

「まあ、あの気まずい雰囲気で名乗りを上げることが出来る猛者は中々いないと思うから、安心しなよ。――――しかしまあ、ダリアが気付いていたとはね。」

 

 パンジーを宥めつつ、ミリセントが意外そうな顔をダリアに向ける。ダリアはベッドにうつ伏せになったまま、もごもごと口を開いた。

 

「私、そこまで鈍いつもりはないし――――それに、分かるでしょ、あれは。」

 

「まあ、あれはねぇ……。」

 

 ノットは非常に、分かりやすかった。

 1年生の頃からちょくちょくダリアにちょっかいをかけ、学年が上がると今度は妙にダリアの言動を気に掛けるようになった。

 その頃から「こいつは私に気があるのではなかろうか」と思っていたダリアだったが、最近のノットの好意は特に顕著だったため、自意識過剰とも言えなくなっていたのだ。

 

 余りに分かりやすすぎるので、むしろノットは隠す気が無いのではないかとすら思っていた。

 

「気付いていながら放置するとは――――分かっちゃいたけどあんた中々ワルね。」

 

「だって、ノットは友達だし……私、セドリック好きだし……。ノット別に何も言ってこないから、触れない方がいいかなって……。」

 

「だったらずっと気付かないフリしときなさいよ。」

 

「うぅ……。」

 

 ダリアはベッドに転がったまま枕に顔を埋めた。

 3年生の時、ノットとはちょっとした冷戦を経験したことがある。その時ですら辛かったのだ。またノットと気まずくなるのは耐えられない。

 パンジー達と打ち解ける前、一人ぼっちで過ごしているダリアにも臆さず話しかけてきてくれたノットは、ダリアの中で割と特別な友達だった。

 

 だからこそ余計な事をして今の友情を崩したくなかったのだが、それもダリアの自業自得で台無しにしてしまった。

 

 

 

 

「――――多分ノットは何も言ってこないでしょ。放っておいていいと思うわよ。」

 

 落ち込むダリアに、ダフネがあっさりと言った。

 

「ノットもダリアとどうにかなりたいとは思ってないわよ。あんたがディゴリーに首ったけだって事は百も承知だろうし。――――何かあるなら、あっちの方から言ってくるでしょ。」

 

「でも、ダフネ……。」

 

「それに、私の事を気にする必要は全くないから。」

 

 ダフネはベッドに腰かけたまま、組んだ足をブラブラとさせていた。ダリアがのろのろ顔を上げると、呆れたような顔をしているものの、確かに全く気にしていない様子だったので、ダリアは少し安心した。

 

「所詮親同士が決めた婚約だもの。ノットは友人だけど、恋愛感情は無いわ。――――それに、さっきも言ったけど、私はクラムを狙うつもりだし。」

 

「でも……。」

 

「――――あんたも中々しつこいわね。私は気にしてないって言ってるんだから、いいじゃない。」

 

「そうだけど……。」

 

 煮え切らないダリアに、ダフネが苛立った様に頭を振った。

 

「じゃあ悪いと思ってるなら、ちょっと付き合ってよ。私、今からクラムにパートナーになってくれるか頼みに行くから、一緒に来て。」

 

「えっ、もう行くの?早くない?お触れが出たのついさっきじゃん。」

 

 横で話を聞いていたミリセントが、素っ頓狂な声を上げた。思い切りが良すぎる。友人の逡巡を他所に、ダフネはサッと立ち上がった。

 

「そうよ。いくら勝算があるとは言っても、クラムは人気だもの。誰かに先を越される前に行動を起こさなきゃ。――――ホラ、早く行くわよ。」

 

「えっ、うーん、でも……。それはちょっとめんどくさい……。」

 

「あんた何なのよ!!いいから行く!!!!」

 

「ええー……流石に気まずいよ……。」

 

 ダリアはダフネに引きずられながら、半ば強引にクラム探しに出かけることになった。

 

 

 




クリスマス予選(シードあり)

2018年のクリスマスは終わりましたが、多分ダリアは年明けてもクリスマスしてると思います。クリスマスは楽しいなぁ。

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