ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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ダリア一言もしゃべりません。


決断

 人の口に戸は立てられない。ましてやこの年頃の少年少女らが最も好む話題とあっては尚更。

 

 ということで、ダリアが大広間でセドリックにうっかり告白してしまったという事実は、次の日にはほとんどの生徒が知る所となっていた。その場には数えるほどの生徒の姿しか見えていなかったにもかかわらず、凄まじい拡散速度だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばセド、おまえついにあのチビに大告白されたんだって?」

 

 翌朝の朝食時、隣に座ったダニーが思い出したようにそう言うのを聞き、セドリックはテーブル中央に並べられたクロワッサンに伸ばした手をビシリと止めた。

 

「――――君もか、ダニー。」

 

「あ?……何がだよ。」

 

「君も、“ついに”って言うんだ……。」

 

 昨夜から何度も同じ言葉を聞かされ続けていたセドリックは、げんなりした顔で肩を落とした。

 ついに、という事は、前々からその予兆に気付いていたという事に他ならない。声を掛けてきた友人達も面白がる雰囲気はあれど、全く驚いては居なかった。

 

「何が“ついに”だよ。僕がどれほど衝撃を受けたか分かってるのか?昨日なんか一睡もできなかったんだぞ……。」

 

「……それで妙に機嫌が悪いのか。」

 

 普段より随分と乱雑に、茹でたソーセージにナイフを突き立てるセドリックを見て、ダニーが呆れたようにため息をついた。

 

「まあ、セドが信じらんねぇくらい鈍いのは知ってたけどさ。――――お前、やっぱり本当に気付いてなかったんだな。」

 

「――――。」

 

 セドリックは無言のまま、隣に座る親友を睨みつけた。ダニーの言う通り、セドリックはダリアから向けられていた好意にこれっぽちも気付いていなかったのだ。

 

「どうして僕が気付いていないのに、周りが全員気付いているんだ。絶対におかしいよ。」

 

「……いや。だってあいつ、お前の前じゃめちゃくちゃ分かりやすく態度変わるし――――なぁ。」

 

 ダニーに話を振られたクィディッチチームの友人達がこぞって同意した。

 

「ああ。いっそ清々しいよな。セドが視界に入った瞬間の目の輝きようといったら。」

 

「俺、あの子にあんな満面の笑み向けられたこと無いぞ。」

 

「分かりやすいよなー。」

 

「――――。」

 

 言われてみれば、確かにそんな傾向もあったかもしれない。しかしセドリックはそれを、ただ単に人見知りのダリアがまだ友人たちに慣れていないだけだろうと考えていた。

 あの邪気の無い笑顔の裏に、そんな意図が含まれていたとは。セドリックは目を逸らして口ごもった。

 

「――――懐かれているとは、思っていたけど。」

 

「懐いてるだけで女子があんなモジモジするかよ……。」

 

「――――。」

 

 さも当然の如く言う友人達に、セドリックはどうやら自分が相当鈍かったらしいという事実を認めざるを得なかった。自分でも察しの良い方では無いのではないかという自覚は薄々あったが、これからは認識を改める必要があるかもしれない。

 

 完全に沈黙してしまったセドリックを見て、ダニーが話題を変えた。

 

「で。お前、どうするの?」

 

「――――どうするって。」

 

「おいおい、決まってるだろ。お前、あいつにどう返事するつもりなんだよ。」

 

 食事をするセドリックの手が、再び止まる。

 返事――――それは、昨夜のセドリックが悩みに悩んだ末に考えるのを放棄し、頭の隅に意識的に追いやっていた問題だった。

 

 

 

 

 

 

 出会った当初、得体のしれない少女を受け入れることなど出来るはずも無くダリアを拒絶していたセドリックだったが、お互いに妥協点を見つけてからはそれなりに気安い関係を築くことが出来ていた。

 

 彼女を受け入れることが出来たのは、ダリアの家出娘だという正体と、ダリアがディゴリー夫妻に彼女なりの愛情を持っている事を知れたというのが大きな理由だ。

 しかし一番大きな理由は、セドリックがつい世話を焼きたくなるような、ダリア自身の性格にあった。

 

 それまではなるべく関わらないようにしていたため、全く見えていなかったのだろう。しかし、一度ダリアの傲慢かつ幼稚な言動と、その裏にある諦観じみた卑屈さに気付いてしまえば、セドリックは見て見ぬふりなど出来ない人間だった。

 

 叱れば不貞腐れながらもしゅんと縮み、褒めれば嬉し気ににやける。存外素直だったダリアは徐々に自分の世界を広げていき、彼女の成長を感じるたびに、セドリックは居るはずの無い妹の成長を見守るかのような気になっていた。

 歪な関係ではあったが、セドリックはダリアを本当の家族のように感じ始めていたところだったのだ。

 

 

 そんなところに突如ぶち込まれたのが、今回の騒動である。

 

 

 

「――――妹みたいに思い始めてたんだ。なのに、急にダリアをそういう対象として見る事なんて……。」

 

 語尾がどんどん消えていく。

 ここ2年ほど、そういう視点でしかダリアを見ていなかったのだ。自分が今更、その見方を変えることが出来るような器用な人間だとも思えない。

 気まずい表情で黙り込むセドリックにむけ、ダニーが躊躇なく切り込んだ。

 

「なんだ。やっぱりあいつを女として見るのは難しいのか?」

 

「……やめろよ、そんな言い方。」

 

 ダニーの明け透けな言い方に、セドリックは思わず顔を顰めた。ダリアがそういう目で見られていると思うと、どことなく落ち着かない。

 しかし、セドリックから強めに拒否されたにもかかわらず、ダニーは平然としていた。

 

「怒るなって、大事なことだぞ。要は、可能性の問題だからな。」

 

「可能性……?」

 

 ダニーは妙にはっきりと言った。セドリックは彼の言っている意味が分からず、首を捻る。ダニーは真剣な表情で一つ頷くと、セドリックに言い聞かせるように口を開いた。

 

「今までお前があのチビを妹みたいな生き物としてしか考えていなかったのは、よーく分かった。――――だが重要なのは、お前がこれから先、あいつにそういう欲を持つ可能性が有るのか無いのかってことだろ。」

 

「よ、欲って……。」

 

 急に生生しい話になり、セドリックは赤くなった。慌ててダニーの頭を押さえ、机の陰に隠れるように身を伏せる。

 動揺の余り、喉から出てきた声は微かにかすれていた。

 

「――――だから、急に変な話をするなって言ってるだろ!」

 

「別に変な事は言ってないだろ。いくら綺麗な言葉で誤魔化したところで、行きつく先は結局そこなんだし。違うか?」

 

 ある意味間違いでは無いが、朝の大広間でするような話では絶対に無い。セドリックは赤面したまま、周囲に聞き耳を立てている人間が居ないかどうかを確かめた。顔色一つ変えない親友を、恨めしく睨みつける。

 

「ダニー、君さぁ……。」

 

「いいから、考えてみろよ。お前、あいつの事“いいな”って思った事一度も無いのか?」

 

「――――、それは。」

 

 セドリックの脳裏に、この4年間で見たダリアの姿が、走馬灯のように次々と浮かび上がってきた。

 プレゼントを受け取ってはしゃぎ回るダリア、自分のローブにしがみ付くダリア、苦悶の表情で慰めの言葉を探すダリア、性格が悪い事を気にして泣くダリア、満面の笑みでこちらに手を振るダリア。

 

「一つずつ確認するぞ。あいつの事可愛いと思った事は?」

 

「……まあ、あるよ。ダリアが可愛いのは事実だ。」

 

「守りたいと思ったことは?」

 

「――――それもまあ、ある。ダリアは危なっかしいし……。」

 

 

 

「じゃ、ムラっとしたことは?」

 

 

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――一回だけ、ある。」

 

 

 セドリックは先日の第一の課題後、医療テントでダリアに泣きながら馬乗りされた時の事を思い出していた。気の迷いだった。

 しかし、ダニー的にはそれでよかったらしい。ウンウン頷くと、ぐっと親指を立てていい笑顔をした。

 

「オッケー、十分だろ。いけるいける。ゴーだ。」

 

「いや――――そんな安直に決めていい問題じゃ無いだろ!?」

 

 余りに軽いダニーに、セドリックはつい大きな声を出してしまった。動揺するセドリックに、ダニーは冷静に切り返す。

 

「じゃあ逆に聞くけどさ、何が問題なんだよ。――――お互いに少なからず好意があるんだ。別にそこまでおかしなことじゃないだろ。」

 

 セドリックは咄嗟に言い返すことが出来ず、言葉を詰まらせた。ダニーの理論は強引だが、否定しきれない部分もあった。

 

「他に気になってる女が居ないなら、応えてやってもいいんじゃないか?今はまだ、可愛いとか守りたいとか……そう思ってるだけで充分だろ。――――これから先、お前の中であいつが『そういう対象』に変わる可能性も、充分あるんだ。」

 

「――――。」

 

「『妹みたい』と思ってたのかもしれないけどな、お前に妹は居ないんだぞ。でもお前、あいつに懐かれて悪い気はしなかったんだろ?――――よく考えてみろよ。結論を出すのは、それからでも遅くないんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 ――――こんなもんか。これで去年のクリスマスの借りは返したからな。後は自分でどうにかしろよ、チビ。

 

 真剣な顔で何やら考え始めたセドリックを見て、ダニーはやれやれとため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ダリアが……ダリアと……ダリアを……?

 

 朝食を食べ終わったセドリックは、ダニーと別れて城の外へ出ていた。少し一人になってじっくりと考えてみたかったのだ。

 

 殆どの生徒は目覚めているだろうが、冬の早朝に外へ出る酔狂な生徒は殆ど存在しないらしい。人気の無い校庭を無心で進んでいくと、やがて目の前に大きな水たまりが見えてきた。どうやら、無意識の内にいつものジョギングコースを進んでいたようだ。

 セドリックは足を止めて大きめの木の根に腰かけると、ぼんやりと目の前の大きな湖を見つめた。

 

 ――――そういえば、この前ダリアとここで箒に乗る練習をしたな……。

 

 ダリアはとてつもなく渋い顔をしながらも、頑張ってセドリックの特訓に食らいついていた。泣き言はこれでもかというほど零してはいたが、結局毎回最後までやり通すのだ。

 

 あの時には、ダリアはもう自分の事が好きだったのだろうか。

 

 全く気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう!そんなところで何してるんだい?」

 

 セドリックが一人たそがれていると、背後から唐突に陽気な声が掛けられた。

 慌てて振り返ると、いつかのように、ルード・バグマンが片手を上げてこちらへ歩いてくる姿が目に入る。セドリックは、慌てて木の根から立ち上がった。

 

「バグマンさん!その――――随分と、早いんですね。」

 

 どう返事をしていいか、上手い言葉が見つからずしどろもどろのセドリックを見て、バグマン氏が快活に笑った。

 

「ははは!早いのはお互い様じゃないか。ここで会うのは、いつかのクィディッチの練習以来だな――――おや?あの時一緒に居た女の子は、今日は居ないのかい?」

 

「――――。」

 

 まさにその女の子の事で悩みに悩んでいたセドリックは、思わず顔をこわばらせた。タイミングが悪すぎる。

 頬を引き攣らせたセドリックの異変に、バグマン氏は目ざとく気が付いた。

 

「――――何かあったみたいだな。俺でよければ、相談に乗ろうか?」

 

「え……。」

 

 人の良い笑顔を向けるバグマン氏の顔を、セドリックは驚いたように見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人で考えるのにも行き詰っていたのだろうか。気付けばセドリックは湖畔に座りながら、昨日の出来事を逐一バグマン氏に話してしまっていた。

 

「――――なるほど、あの女の子がね。いやあ、青春だなぁ。学生ならではの悩みだね。」

 

 滑らかな芝生に寝転んで話を聞き終えたバグマン氏は、空を見上げながら楽し気に笑った。憧れの元プロ選手に話を聞いてもらったセドリックは、恐縮していた。

 

「すみません。お忙しいのに、こんな学生の悩みを聞いていただいて……。」

 

「いや、いや!そう謝らないでくれ。むしろ俺が礼を言いたいくらいなんだからな。若者の真剣な悩みを聞いて、若返った様な気分だよ。」

 

 バグマン氏はもう一度快活に笑うと、体を起こしてセドリックと向き合った。

 

「それに、前途洋々な若者の手助けができるなら、本望さ。」

 

「バグマンさん……。」

 

 

 

「そこまで真剣に悩むんだ。――――君はそれほど、あの女の子の事を大事にしてやりたいと思ってるんだな。」

 

「――――。」

 

 

 

 バグマン氏の言葉を、セドリックは無言で受け止めた。

 

 そうだ、セドリックはダリアを大事にしてやりたいのだ。

 出会った当初閉じた世界で生きていたダリアがその世界を広げ、恋まで出来るようになった。きっとそれは軽々しく扱っていいものでは無い。セドリックはそう考えていた。

 だからこそ、その恋心を向けられたセドリックは、いい加減な気持ちで応えるわけにはいかないと悩みに悩んでいるのだ。

 

「大事、なのは確かです。色々な事がありましたけど、ダリアは優しい子なんです。無茶苦茶だったけど、あの子のおかげで救われた事が何度もある。――――だからこそいい加減な、その場しのぎのような真似はしたくないんです。」

 

 自分の気持ちがあやふやだという点も、踏み切れない理由の一つではあった。しかし、ダニーの説得を経たことで、セドリックは自分が結構ダリアの事が好きなのではないかと思い始めていた。

 

 だが一方で、セドリックの心には、どうしても無視することが出来ないしこりが未だ存在した。

 

 

 

 

 自分自身の、両親の事である。

 

 

 

 

「詳細を言う事は出来ないんですけど。――――僕はダリアのことで、今でも消化出来ていない事があるんです。僕は、ダリアにその事を顧みて欲しいと思っている。」

 

 ダリアにも事情があったことは分かっている。悪意が無い事も分かっており、だからこそセドリックは妥協して現状を許容していた。しかし、ダリアが両親の記憶を操作している事に対する蟠りだけは、今でも頭の片隅にしっかりと存在しているのだ。

 今までは見て見ぬ振りが出来ていた。だが、ダリアと真剣に向き合うならば、避けては通れない問題だった。

 

 だが、それをダリアに要求しても良いのだろうか。両親にべったりのダリアはきっと、断固として拒否するはずだ。無理に追い詰めるのも、気が引ける。

 

 自分が我慢して飲み込めばいい話なのではないだろうか。

 セドリックはそう考えて、ずっと悶々としていた。

 

 

 

 

「――――君の気持は、良く分かった。」

 

 ずっと話を聞いていたバグマン氏が、静かに口を開いた。

 

「君が彼女の事を真剣に考えたいという事も、そのためには二人の間にある蟠りを解消したい、という事も良く分かった。その上で、俺の意見を言わせてもらうと――――――――君の考えは正しいと思うよ。」

 

 バグマン氏は意外な程きっぱりとそう言い切った。思いの外力強い肯定に、セドリックはほんの少し目を見開いた。

 バグマン氏は真摯な表情で、自分の考えをセドリックに告げていく。

 

「スポーツとも通じる部分があるぞ。いいチームを作るためには、チームメイトと心を通じ合わせる必要がある。心を通じ合わせるには、お互いの思いをぶつけあって普段から不満を溜め込まない事が重要だ。ほんの少しの雑念が、クアッフルの行方を数メートルずらすこともあるんだからな。」

 

 世界の強豪と競ったことがある、プロのプレイヤーらしい視点での例えだ。ハッフルパフのクィディッチチームを率いる身であるセドリックは、じっと聞き入ってしまっていた。

 

「お互いにお互いの事を信頼することが、クィディッチでもとても大切なんだ。――――分かるかい?双方からの信頼でなければ、どちらか片方の歩み寄りだけでは、全く意味が無いんだ。」

 

「――――はい、わかります。」

 

「君たち二人の場合はどうだい?君の場合は、彼女の思いを真剣に受け止め、必死で悩んで答えを出そうとしている。――――では、彼女の場合は?俺は、彼女も君の思いを真剣に受け止めて、答えを出す必要があるんじゃないかと思う。」

 

 

 

「相手の事を真剣に考えたいのなら、自分の事も真剣に考えなければ。でなければ、本当の意味で相手と向き合っているとは言えないんじゃないかな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼前に寮の自室に返ってきたセドリックを見て、ダニーはおや、と顔を上げた。

 

「なんだ、随分すっきりした顔してるじゃないか。夜まで数日はフラフラ悩むことになるかと思ってたんだけどな。」

 

「おかげさまでね。――――しなければならない事は沢山あるし、いつまでも悩んでるわけにもいかないからさ。とりあえず、自分がどうしたいのかは、決めたよ。」

 

 

 後は、ダリアがその決断を受け入れることが出来るかどうかだ。

 

 セドリックはそう決意すると、ひとまずトゥリリの行方を捜すため、暇を持て余しているらしい友人に協力を要請したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツでの一仕事を終えたルード・バグマンは、校門をくぐってすぐに『姿くらまし』でとある場所へと向かった。

 

 薄暗く煤けた石畳、掃除の行き届いていないショーウィンドウ。遠くに聞こえる大通りの喧騒が、まるで別世界のようだ。軒先にかかった木の看板には、古ぼけた字で『夜の闇横丁』と書かれている。

 バグマン氏はサッと帽子を目深にかぶると、人目を忍ぶようにすぐ近くの古ぼけた商館へ体を滑り込ませた。

 

 歴史ある調度品が並ぶ中を颯爽と歩き、部屋をいくつか通り抜ける。奥まった場所の扉を開くと、中では暖炉の炎だけが煌々と燃えていた。

 バグマン氏は暖炉の横にあった粉末を一掴み握りしめると、炎の中に投げ込み、足を踏み入れてはっきりと口にした。

 

「――――ノット邸。」

 

 そのままバグマン氏の姿は炎に飲まれ、後には火の消えた冷たい暖炉だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノット家は聖28一族に名を連ねる、由緒正しい魔法族の名家である。

 当然その邸宅も堂々としたものであり、華美では無いが威厳を感じさせる様相を呈している。

 

 その屋敷の一室、ちょっとした応接間のような場所にて、バグマン氏はこの屋敷の女主人と向き合っていた。

 

「へぇ。じゃあ、セドリック・ディゴリーは随分とあの子に入れ込むようになっているのね。」

 

「ええ、そんな風に見えますよ。」

 

「――――まあ、“予定通り”ね。そろそろ、次の段階に進んでもいい頃なのかしら。」

 

 デルフィーニは気怠くソファにもたれかかりながら、豊かな銀髪をかきあげた。

 予定通り事が進んでいることに、特に感慨は無い。あの『異世界から来た』であろう少女が“ちゃんと”セドリック・ディゴリーに執着している事を確認した時点で、この展開を予想していたからだ。

 

 

「それで、ディゴリーの様子は?死喰い人に引き込めそう?」

 

「……一応、それとなくダンブルドアへの疑惑を植え付けたり、ディゴリーとポッターが親しくならないよう気を付けたりしてはいますよ。」

 

 ルード・バクマンは普段の陽気な一面を見せることの無く、事務的な口調でそう報告した。

 

 

 

 

 彼が死喰い人であるという事実をデルフィーニが知ったのは、今年の初夏の事だ。

 

 シリウス・ブラックの冤罪の責任を取りクラウチ氏が失脚すると、デルフィーニはすぐさまクラウチ家に向かい、幽閉されているバーティミウス・クラウチJrを解放した。彼が熱狂的な闇の帝王の支持者であるという事を知っていたからだ。

 

 父親の支配から抜け出し逆に父親を支配したジュニアは、自分と同じくアズカバンへの収監を逃れ、闇の帝王が復活する可能性を探しているという死喰い人の名をデルフィーニに教えた。

 それが元プロのクィディッチ選手である、ルード・バグマンだったのだ。

 

 デルフィーニが経験してきた未来の歴史でも、バグマン氏が死喰い人だという記録は何処にも残っていなかった。誰にも正体に気付かれることなく死喰い人としての活動をこなしていたのだとしたら、バグマン氏はクラウチJrにも匹敵するスパイの才能の持ち主である。

 

 その上、彼は魔法ゲーム・スポーツ部の部長を務めているため、三校対抗試合で怪しまれることなくホグワーツに居座ることができる。ポッターが『忍びの地図』というアイテムを持っているという事を知識として知っていたデルフィーニは、姿を変える必要なくホグワーツに忍び込むことが出来る魔法使いを欲していたのだ。

 

 旧友であるクラウチJrとデルフィーニの訪問を受けたバグマン氏は、あっさりと彼らの計画に賛同し、スパイの役を買って出た。

 

 

 

 

 

 バグマン氏には、セドリック・ディゴリーの周囲を探るよう命じていた。デルフィーニの計画は一応伝えているものの、報告していたバグマン氏は、腑に落ちないといった表情でデルフィーニに問いかけた。

 

「確認なのですが。――――本当に、彼を死喰い人に引き込む必要があるんですか?」

 

「あるわよ。セドリック・ディゴリーは将来、闇の帝王の勝利に重要な役割を果たすことになっているわ。」

 

 デルフィーニはきっぱりその疑問に答える。一切迷う様子はなく、バグマン氏は余計に首を傾げたくなった。この数か月、セドリックをそれとなく観察してきたが、死喰い人として大成するであろう雰囲気を感じた事は一度も無いのだ。

 

「全校生徒の前で恥をかかせたり、世の中に失望したりするような経験があれば、また違うのかもしれません。ですが今の状況で、あなたが期待するような死喰い人になるかどうか……。」

 

「あら、随分ディゴリーを買っているのね。」

 

「――――私と違って、彼は真っ当なスポーツマンなようなので。」

 

 バグマンは自嘲するようにそう言って笑う。それが、この数か月セドリックを観察した彼が出した結論だった。バグマン氏の言い分を聞いたデルフィーニは、それでも焦った様子無く、気の無い表情で頬杖をついていた。

 

「あなたが言うようなディゴリー自身を害する画策は、契約で禁じられているの。」

 

「契約――――というと、例の『協力者』ですか?」

 

「ええ。数少ない条件の一つだもの。守らなければどうなるか分からないわ。」

 

 デルフィーニからその名を聞くのみで、実際に見た事も会った事も無いのだが、彼女が『協力者』と呼ぶ人物が存在することは知っている。

 彼女に契約と引き換えに強力な予言の力(と本人が説明しており、事実彼女の予言通りに事は進んでいる)を与えた張本人であるということしか知らされていない、謎の多い人物だ。

 

「あの人との契約は、『ディゴリーを安全な状況に置いて死なせない』事。私の目的とも一致するから、死喰い人にするのがベストだと思ったのだけど――――まあ、いいわ。闇の帝王の時代を築く本命の作戦はまた別だし。」

 

 デルフィーニはあっさりと、セドリックを死喰い人にするという計画を捨て去った。そもそも、デルフィーニは一度過去――――もしくは未来で彼を死喰い人にしようとして失敗していたため、その計画にさほど未練を感じていなかった。

 

「少なくともダンブルドア側に付かなければ、ディゴリーの命が危険に脅かされる可能性は少なくなる。――――そっちは上手くいきそうなんでしょう?」

 

「おそらくは。ダンブルドアやポッターに対する不信の種は撒いていますから。この状況で、ダンブルドアがあの女の子を無理に排除すれば、対立は決定的な物になるとは思いますよ。」

 

「そう――――じゃあ、丁度いいタイミングだから、あの子にはそろそろ退場してもらいましょう。」

 

 デルフィーニは、この数か月の間で部下に調べさせた調査書をめくりながらそう言った。

 ダンブルドアがダリア・モンターナに警戒心を持っているであろうことは、事前に聞いていたため知っている。彼のダリアへの警戒を決定的な物にする事実が何かという事も、知らされていた。

 

 本来ならば、ダンブルドアがこの事実に辿り着くまでもう少し時間がかかるはずなのかもしれない。しかし、帝王復活の時が迫っている今、あの少女の存在を一刻も早く排除する必要がある。

 

 

 あの少女がこの世界に存在する限り、デルフィーニの協力者はこの世界に存在することが出来ないのだから。

 

 

「私はこの資料を、それとなくダンブルドアに流すわ。多少不自然かもしれないけれど、いずれダンブルドア自身が気付くはずの事だもの。情報が間違いでは無い事はすぐ分かるはずよ。――――あなたは引き続き、ディゴリーがポッターやダンブルドアと近づきすぎないよう、気を配っていて。」

 

「了解です。」

 

 バグマン氏が頷いた直後、どこからともなくシュルシュルという音が聞こえてきた。

 蛇が這いずるような、すすり泣くような、おぞましいがどこか弱弱しく感じられる泣き声だ。バグマン氏はその音を聞き、眉を顰めた。

 彼には全く意味を成す言葉に聞こえ無いが、デルフィーニには理解できるらしい。彼女はニヤリと笑うと、資料を机の上に置いてサッと立ち上がった。

 

「我が君の食事の時間だわ――――あなたも来る?機嫌が良ければ、お目もじかなうかもしれないわよ。」

 

「いや――――遠慮しておこう。明日も仕事が早いのでね。」

 

 バグマン氏は肩を竦めると、机の上に放り出された調査書にチラリと目を走らせた。

 

 数枚の資料の一番上に添えられた写真には、『ダリア・モンターナ』と刻まれた小さな墓が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




昔から、ルード・バグマン死喰い人説が好きでして。

詳しく知りたい方は、私が提唱したわけじゃ無いので大きな声で言えないのですが、ググれば割とすぐ出て来るはずです。

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