これぞ、嵐呼びせし雷雲の如し!
ラウラはじっと前方を睨み付け、この場に招かざる客人を待っていた。
緊張はすぐ後ろに控えていたヴィシュヌに伝播していた。
「緊張しているのか?」
「へ!は、はい。」
ラウラが後方に居るヴィシュヌに問いかけると、彼女は驚いて吃りながら答えた。
初めて感じる張り詰めた空気に流されしまっている彼女は、落ち着き堂の入った彼女の佇まいに敬服していた。
「流石は、軍神の配下と呼ばれる一人ですね。」
「軍神か…確かに、他者から見ればそう映るのかもしれない…。」
称えたつもりで口にした言葉に、ラウラは前を見据えたままゆっくりと語りだした。
「それでも、あの方も苦悩を抱えておられる…。」
「?如何いう意味ですか?」
「それは…!如何やら、続きはまた今度になりそうだ。」
ラウラが見やった方向、自分達か見て丁度対峙する方角から一つの影が見える。
その正体はサイレント・ゼフィロス、イギリスがブルー・ティアーズで得られたデータを基に製作されたBT搭載型IS二号機である。
蝶の羽の様なブースターにソードライフル形状の実弾併用レーザーライフル、正式名称はスターブレイカーだったか、他にブルーティアーズと同じビットが六基に実験兵装としてシールドビットが搭載されているらしい。
「遠い所を遥々よく来られた。不肖ながら、私ラウラ・ボーデヴィッヒと此方のヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーが心ばかりの出迎えをさせて貰う。」
高速で此方に近づいて来る相手に向けて、剣呑な雰囲気に似合わない語調で言葉を並べる。
台詞だけ聞けば、彼女の来園を歓迎している様にとらえる事が出来るが実際は真逆である。
彼女達は、招かざる客人に対して相応の対応を取ろうとしていた。
「先ずは、お引き取り願いた意味も込めて砲撃を送ろう。」
言うや否や、レールカノンが火を噴き対象を含めた前方空域が赤く染まる。
些か、物騒な出迎えの挨拶を向かい来る敵に見舞うラウラ。
初っ端から飛ばすラウラに、暫く茫然と見ていたがヴィシュヌは我に返り自身も砲撃に加わる。
視界が爆炎で遮られ、相手の姿が正確に見れない程の火力である、いかに機動力に優れた機体を装着していても無傷で抜け出す事は難しい。
しかし、止まない爆撃の中を搔い潜って近づいて来るサイレント・ゼフィロスの姿を二人は確認した。
「そんな…!」
ヴィシュヌの驚愕した声が漏れる傍で、ラウラは無言で構えた。
無論、ラウラとてあの程度で落とせる相手でない事は察していた。
だからこそ、心を落ち着かせ静かに相手に集中する。
急に動かなくなったラウラに、警戒を強めて接近する速度を落とす。
「?ラウラさん…?」
ヴィシュヌは状況が飲み込めず困惑気味にラウラを見つめる。
謎の静寂と肌を刺すような殺気そして、張り詰めた緊張感が入り交じり逆にこの場を冷やしていく。
一方のラウラの精神は極限の高まりを見せていた、あの夏の終わりに体験した己と言う意識の存在を忘れた忘我の境、あらゆる感情の波が静まり返り無と成った無我の極、精神と肉体が一体化した無心の頂き、ただ一度の経験は彼女の中で確かな感覚と成って残った。
そして、その精神状態は彼女のIS、シュヴァルツェア・レーゲンにも影響を与えた。
「驚いたな、自力で此処に来れる人間が居たのか…。」
そう囁く声が、黒い雲が隙間なく覆う空が直接見れる天井の無い手狭な部屋の中に居る黒い兎の耳を付けた軍服の少女の口から零れた。
「貴様は…?」
虚ろな瞳でその人物を見つめるラウラは静かに問うた。
「おや?気付いて無いのか?これまで、共に過ごして来たのに。」
これは意外と言わんばかりの大仰な反応である。
それでもラウラは、我を掴ませぬ対応を見せる。
「そうなのか…?普段の私であれば、何らかの反応を返せていたかもしれん。しかし…。」
「今は、そうでは無いと…ふむ、まぁ良いだろう。そんな事より、以前から聞いてみたかったんだ。」
「何をだ…?」
ラウラの問いに、一白置いてから残りを続けた。
「私は常に君を見て来た。ドイツで織斑千冬の下に居た時から、その弟の一夏の下で教えを受けてる今までをずっとね。だからこそ以前の君からは感じる事が出来なかったこの感情の事を知りたい。」
「以前の私には無かった感情…感謝の情の事か…?」
「感謝…それが今の君の中に生まれた想い…。」
「あぁ…人に作られ、常に競争の中に居た過去ならば決して気付くことは出来なかった。あの日、あの場で負けたからこそ学べた心根だ…。」
敗北は何も生まない。
そう考えていた過去の自分が見れば、何を世迷い言を吐き掛けられるだろう今の変化した己を思い浮かべ自嘲気味な笑みが浮かぶ。
「敗北こそ、己の見つめ直すのに良き切っ掛けに成る。負けた時こそ、真価が試される。足りない物に気付き糧にするか、そのまま腐っていくか…私は、前に進んだ。」
「成る程。じゃあ、今の君は一体どんな強さを求めるの?」
一応の納得を示した彼女は、話題を変えて質問した。
「私が、今望む力の在り方は…。」
質問の答えに窮した時、一夏との修行の中で交わされた何気ない会話が脳裏に浮かぶ。
【前から思っていたが、ラウラの戦い方はまるで雷雲だな。】
何時もと変わらぬ組手の中で、ふと一夏が呟いたセリフであった。
【雷雲ですか?】
【うむ。ラウラよ人は何故、雷を強く恐れると思う。】
【何故と言われましても。】
突然、投げ掛けられた質問に困惑する。
そんな、ラウラの様子を眺めながら続きを口にした。
【太古から人は、自分達の手に負えない物に畏怖の念を持って暮らしてきた。特に、火を噴く火山や大地を大きく揺らす地震やうねりを持って全てを飲み込む濁流そして、手が届かぬ程の高所から大きな音と強い光を伴って訪れる雷をな。】
無言で、師から教えに耳を傾けるラウラ。
【だが時として、その強大さ故に強き者を喩える言葉として使われる事がある。ラウラよ、お前の最大の持ち味は躊躇いの無さだと私は思う。】
【躊躇いの無さ…ですか?】
【攻める時は、怒涛の勢いで攻め。守る時は、素早い動きで攻撃を躱す。攻防の切り替えが素早く、時に大胆に動く。思いっ切りの良さが、お前の戦闘スタイルと良いシナジーに成っている。】
そこまで思い出し、静かに口を開く。
「だからこそ、そんな雷を運ぶ雷雲の様に速く激しい戦い方こそが私の目指すべき力の在り方。」
「成る程、理解したよ。そして、了解した。君がそれを望むならば、私はその為の力添えをさせて貰おう。」
空が唸り出して彼方此方で放電の光が漏れる。
「そうか、ならば共に行こうシュヴァルツェア・レーゲン。」
「気付いてたのかい?」
「あぁ。」
「やれやれ、とんだマスターだ。」
したり顔のラウラとお道化た様な仕草を見せるレーゲンの下に雷光が落ちた。
そして、現実世界のラウラにも変化が起きていた。
「これ…は…?」
ヴィシュヌの困惑した声だけが唯一、この場を包む静寂を乱した。
その少し後方に居た、セシリアと鈴音にもその光景を見る事が出来た。
「二次移行…。」
何方が零した声だったのだろう、小さくだが確かにラウラの機体が進化した事を告げていた。
シュヴァルツェア・レーゲン ゲヴィッターヴォルケ、黒い雨は雷雲と成り敵を討つ雷を宿した。
ラウラ「ここからが、本番だ…!」
ラウラの覚醒は、もう一人の少女に影響を与える。