御手洗数馬は、舞台上で公演されている演劇を観覧して自分でもよく分からない複雑な心境になっていた。
舞台の内容から言えば、大分アレンジされオリジナルからはかけ離れ過ぎたシンデレラであったが、ある少女が登場した時に彼は僅かだが何故だが心臓を掴まれたような痛みを感じたのだ。
この痛みが何なのか、この手の経験が無い数馬は理解出来なかった。
だが確かに、不快感に似た感情を感じている己が居る事に嫌悪していた。
『一体何だと言うんだ、セシリアさんが出会ってから可笑しいぞ俺…!』
夏休みにセシリアと出会ってから、時偶に彼女の事を思い浮かべては意味の分からない幸福感を覚えていた彼には、自分の心中を把握できずヤキモキしていた。
今日この日も、送られて来た招待状の送り主の署名の所に彼女の名前を見た時から必要以上に浮足立っていたのである。
まぁ、普段から感情を表情や行動に出さない様に訓練されて来た数馬だったからか傍目には分からなかったが、それなりに付き合いの長い弾だけは何となく察しいていた。
「落ち着けよ数馬、あの劇の内容からすれば一夏とセシリアさんが親密になる事は無いって。」
「…何を言っている、俺は落ち着いているぞ…。」
「あのなぁ…だったら、その潰れたパンフレットは何だってんだよ。」
「む?」
弾に指摘されるまで、自分の手の中でグチャグチャに潰れた校内案内のパンフレットの存在に気付かなかった、いつの間にか手に力が篭ってしまっていた事に気付けない程、数馬の心中は穏やかではなかった。
その後、王子に挑むシンデレラの人数が増え、戦いの場が広場に移ろうとした時突如照明が落ち会場全体が暗くなった。
辺りが少し騒がしくなるが直ぐに明かりが戻った、だが移動していた筈の王子役の一夏が忽然と姿を消していた。
何が起きたか分からず、騒然とする会場内の様相。
そして、数馬も突然一夏が消失した事に不穏なものを感じていた。
暫くの沈黙後、ナレーションの声を演じていた声の主から現状報告が告げられた。
「えぇっと、現在王子役の男子生徒の行方が分からなくなっております。所在が分かり次第、演劇は再開しますのでそれまでは現在のお座席からなるべく移動しない様にしていて下さい。」
王子役の行方不明の報に、会場全体に落胆の声が上がる。
「落ち着いて下さい。今、本公演の関係者が鋭意捜索中でございます。必ず見つけますので、それまではお座席を動かないようにお願いします。」
再三の座席での待機を促す言葉に、数馬は益々不信感を募らせた。
『まるで観客に、外は危険だから移動は控えろと言ってる様だ…。』
気付けば舞台上に居たシンデレラの殆どが退散していた、普通に考えれば王子役の一夏の捜索に向かったと考える所だが数馬は言い様の無い違和感を感じていた。
「……そうか!誰も、舞台のセットを調べようとしてなかったんだ!」
「え?」
「普通は、行方が分からない人間を探す時は失踪する前に居た場所を中心にして捜索網を形成するんだ、だが誰一人として舞台の上どころかセットにも捜査を行った形跡が無い…。」
「なっ!それって…。」
「恐らく、一夏はただ消えたんじゃない。誰かの手よって、何処かに連れ去られたんだ。」
「数馬⁉」
「そして、今はその人物と交戦状態にあるんだろう…俺が一夏なら、そうしてる。」
「じゃあ、シンデレラが全員舞台上に居ないのは…。」
「陽動か何かで襲撃戦になるのを警戒して待機してるんだろ…恐らくな。」
数馬が自身の推察を口にしていると、外から大きな音が響いてきた、その後に続いたのは逃げ惑う人の悲鳴と激しい戦闘音だった。
会場の中は少しずつ不安感が広がっていった、その時さっきの声とは別の人物の声が会場全体に諭すように語り掛けて来た。
「落ち着いて下さい。現在、会場の外で謎の勢力による攻撃を受けていますが、学園側も防衛措置を取っています。この場所は普段アリーナとして機能している施設ですので、セキュリティーのレベルもこの学園でも最高水準の物を使用されています。ここで安静にして下されば当面の安全は保障できます。」
このアナウンスの効果は定かではないが、先程よりか観客も落ち着きを取り戻していた。
しかし、数馬は席を立って通路に向かって歩き出した。
「お、おい数馬!」
「済まん。少し用を足してくる。」
「…そうか、ゆっくり済ませろよ。」
「あぁ、そうさせて貰おう。」
弾が何かを悟った様に数馬を送り出すと、彼は通路に出て脇目も振らずに通用口に直行した。
「まさか…な。」
今も感じている焦燥感、思い浮かべるのはセシリアの顔だった。
彼女の身に何か起きようとしている、そう思えてならないから数馬が焦っていた。
今の自分にできる事は無いだろう、だがそれを理解できていても彼の体は彼女を探して外に出ていた。
悲鳴が飛び交い人々が我先に逃げ場を求めて走り回る騒乱の中を、彼は目的の人物を求めて走り出した。
何時間も探し回り、時に危うい場面にも遭遇したが如何にか切り抜けセシリアを探す、そんな時である上空に傷ついた仲間を何処かに運ぶISを纏った彼女を見つけたのは。
最初は安堵した、しかし傷付いた人物を目にした時彼は目を疑った。
「あの人は……ラウラさん⁉」
彼女の事は一夏や鈴音から聞いていた、これまで出会った人間の誰よりも伸びしろの有る人物だと一夏から教えられ、鈴音からは一夏を除いたら今居る仲間の誰よりも強い猛者だと聞いていた、そんな彼女が見るも痛ましい姿で運ばれている、その光景が彼の心の冷やさせた。
もしあそこで運ばれていたのがセシリアだったらと、最悪な方向に思考が向かう。
『寒い…恐ろしい…俺は…俺は、何もできないのか⁉気高い彼女を、それでも何処か儚いセシリアさんを守れないのか⁉』
彼の心に失う恐怖が過ぎった時、何処からか特攻野郎的な音楽が聞こえて来た。
「何なんだ、こんな時に…?」
場違いに明るくある意味で現状とマッチしてなくもない少々不謹慎な音楽、しかし自己嫌悪と力不足の己に嘆き憾みかけていた彼の意識を良い方向に引き戻してくれた。
「何処から流れて来たんだ?」
冷静になった彼は、先程から聞こえているこの音楽が何処から放送されたものなのか疑問に思った。
何故なら、周りは錯乱状態なのである。
もし他にも、これを聞いていた人間が居たらその人物も彼の様に立ち止まって落ち着きを取り戻していただろう、故に彼は恐らく自分にしか聞こえていないであろうこの音楽の出所を探り始めた。
聞こえて来る音を頼りに、人込みを外れ学園防衛に駆り出されて全く人の居ない関係者以外進入禁止エリアにまで足を進ませた。
「此処か…この中から、この音が出ているのか?」
彼が辿り着いた場所は、何かの研究施設の様な出で立ちの建造物だった。
「なっ!ドアが勝手に…!」
彼が建物の入り口に近づくと、独りでに自動ドアが開き招き入れる。
訝しげにドアを潜ると、また音を頼りに通路を進む。
「この部屋からだ、音が大きく聞こえるのは…。」
そこには、もう既に開かれていた入り口が在った。
ここ迄くると彼はもう迷わなかった、音の発生源を突き止めるこの一点のみが彼を突き動かした。
そして、遂に埃避け様の布に覆われた何かを見つけ出した。
「これだ…。」
その存在を隠している布に手を掛け、一気に剥がした。
「なっ!これは、赤い…ボン太くん…!」
露になったその姿に数馬は息を呑む、朱の色をした鮮烈なる姿に男女両方いや人類の願望の体現者である愛らしく勇ましい出で立ちに自分達を魅了し引き付ける容姿にそれら全てを語ったとしてもまだ語り足りぬ程の魅力あるボン太くんが燦然と安置されていた。
「君が…君が、俺を呼んだのか?」
まるで神仏に触れるかのように恭しく、恐る恐る手を伸ばし赤いボン太くんに触れた。
「うっ!」
一瞬、目の前が眩く光その後で様々な情報が頭に流れ込んでくる。
行き成りの事で、目を瞑っていた彼だったが感覚が戻って来たのでゆっくりと目を開く。
「ふも?」『これは?』
『ブレイブボン太くん補助AI【ガンマ】起動します。』
「ふっふも⁉」『な、何だ⁉』
『パイロットネームを登録して下さい。』
「ふもも?ふーふもっふもふー。」『パイロットネーム?御手洗数馬だ。』
『了解。【御手洗数馬】を本機のパイロットとして登録します。』
驚き過ぎて一周回って冷静になった数馬は、淡々と現状を把握していった。
『私はガンマ、本機男性対応型ISコアテストタイプ及びアルビノ型三号機ブレイブボン太くんの補助AIです。これからよろしくお願いします。』
「ふもふーふももっふ。」『ガンマか、よろしく頼む。』
『早速ですが、動作テストを始めたいので指定の地点まで移動して下さい。』
「ふもっふ。」『承った。』
ガンマの指示で部屋を出たBボン太くんは、歩調を確かめながら指定された場所まで移動した。
「ふもっふ?」『カタパルト?』
『発進準備は完了している様です。そのまま、スタート位置でスタンバイして下さい。」
「ふもっふ。」『了解。』
指示通りカタパルトのスタート地点に移動すると、体が浮き上がり浮遊状態になった。
『出撃します、コールを。』
「ふもふーふもっふふるるっふ!」『御手洗数馬、ブレイブボン太くん発進する!』
カタパルトから射出され外に飛び出したBボン太くん、そして視界を確認しているとセシリアが飛び去って行くのを視認した。
「ふもっふ…ふもふももふーっも!」『セシリアさん…ガンマ、彼女を追いかけるぞ!』
『了解です。追跡を開始します。』
Bボン太くんが、彼女を追い掛け如何にか追いつくと正に鬼気迫る状況だった。
「ふも!ふっもふ!」『ガンマ!武器を!』
『了解。武装を展開します。』
展開された戦斧を振るい、セシリアとの間に入ってレーザーをかき消した。
攻撃を防ぐと、Bボン太くんは振り返り彼女と向き合った。
「ふぇ?」
閉じられていた瞳が開き、Bボン太くんをその双眸で視認した時彼はゆっくりと語り掛けた。
「ふもっふ?」『ケガは、ございませんか?』
Bボン太くんから見たセシリアの瞳は、青く揺れていた。
セシリア「貴方様は、一体…?」
あと一話で締められそうです。