とある斜陽王国における勘違い戦線   作:himeneko

15 / 23
このSSにおける唯一の聖騎士ムーブ無効化能力者

アルシェ視点です


タグに一応残酷な表現を追加してます


別視点 とある少女の小さな幸福

 

繁栄の影には衰退があり、勝者の影には敗者がある

 

かつての栄光は沈み、斜陽の時代を迎えたバハルス帝国

 

これは運命に翻弄された、とある少女の物語

 

 

 

 

 

Side アルシェ

 

 

今日も雨は降り続ける。

 

ザーザー、ザーザー、どしゃ降りの雨。

 

こんな天気では誰もお花を買ってくれない。

待ちゆく人たちは、みな息苦しそうに俯いて家路を急ぐ。

 

ザーザー、ザーザー、ああ……雨はいつ降りやむのだろう?

 

 

 

私の名前はアルシェ・イーブ・リイル・フルト。

帝国貴族であるフルト家の長女だった。

 

そう、だった。

 

私が幼い子供の頃、帝国は王国との戦争で大敗を喫した。

大勢の兵士が死に騎士たちは捕虜にされ、それらを取り戻すために帝国の国庫は圧迫された。

責任の所在と国庫の補填を巡って、皇帝と貴族たちの間で政争の嵐が吹き荒れた。

誰でも良かった。

こいつのせいだ、そう指さされる生贄が必要だった。

そしてフルト家は皇帝の失政のツケを払わされ没落した。

父はそう信じている。

 

領地はすべて没収され、残されたのは屋敷と使用人と僅かな蓄えのみ。

帝都の名ばかり貴族と嘲笑され、父と母はとても苦労している。

悲しいことに父は貴族として全くの無能だった。

執事のジャイムスが支えてくれているけど、どうにもならない。

 

母も普通の貴族夫人で、節約などそもそも概念として持ち合わせていない。

平民なら働きに出るけれど母にその気は一切ない。

 

だから私が頑張らないといけない。

これといった取り柄は無いけれど、お花を摘んできて売るくらいはできる。

運のいい日はパンを三つ買えるくらいお金を稼げる。

本当はどこかに雇ってもらいたい。

だけど私は子供で、フルト家の娘だから誰も雇ってくれない。

 

 

ザーザー、ザーザー、今日も雨が降り続ける。

 

 

 

 

 

 

ある日、父の羽振りが良くなった。

 

ある日、母の浪費が酷くなった。

 

ある日、私はアルシェ・イーブ・リイル・フルトでいられなくなった。

 

 

ザーザー、ザーザー、今日も雨が降り続ける。

 

 

 

私は平民になり、ただの愛玩動物になった。

 

難しい事なんて一つもない。

両親はとある貴族から融資を受け、その対価に娘を差し出した。

たったそれだけのこと。

 

貴族や奴隷を愛玩するのは風聞が悪いから平民にされただけ。

 

ここでの暮らしは楽だ。

朝起きてから夜寝るまで、ただひたすらご主人様の暴力に耐えればいい。

手で打たれ、鞭で打たれ、棒で打たれ。

打たれたところは酷く腫れて痛いけれど、心はすぐに何も感じなくなった。

だからあまり辛くはない。

 

 

ザーザー、ザーザー、今日も雨が降り続ける。

 

 

ご主人様に買われて一年くらい経った。

時間感覚が曖昧だから、もしかしたらもっと経っているかもしれない。

 

今日は珍しく朝から穏やかな時間を過ごせている。

お金と暇と加虐心だけは持て余しているご主人様が不在なのは本当に稀だ。

でもどうでもいい。

明日になれば、また痛いのを我慢するだけの日常に戻るだけ。

辛くないしまだ頑張れる。

 

……がんばるってどういうことだったかな。

 

 

ザーザー、ザーザー、今日も雨が降り続ける。

 

 

ご主人様に捨てられた。

泣きもしない、悲鳴すら上げない愛玩動物はいらないそうだ。

どうでもいい。

今度は好色家の貴族に売り払われたそうだ。

どうでもいい。

そこで精々可愛がってもらえ、そう言い捨ててご主人様だった人は去っていった。

どうでもいい。

ニヤニヤした気持ち悪い中年貴族がにじり寄ってくる。

どうでもいい。

今日からこの人が私の飼い主になるらしい。

どうでもいい。

今日、私の純潔は奪われるらしい。

どうでも……

 

どうでも……

 

どうでも……よく……ないッ!!!

 

私は気持ち悪い貴族を突き飛ばし、脇目もふらず逃げ出した。

 

 

 

ザーザー、ザーザー、今日も雨が降り続ける。

 

 

 

走って、走って、転んで、走った先はフルト家だった。

 

ふらふらと明かりがこぼれる屋敷へと引き寄せらうに近づく。

帰ってきた。

私の家、私の両親。

頑張るから……

前よりもっともっともっと頑張るから……

また家族として受け入れてくれないかな。

 

窓から覗くなつかしい光景に涙がこぼれる。

 

傲慢なくせに頼りにならない父。

 

普通だけど優しくしてくれた母。

 

母に抱かれる赤ちゃん…………え……あ、かちゃん?

 

 

わたしのかわりのこども? すてたからあたらしいのをつくったの?

 

 

 

ザーザー、ザーザー、今日も雨が降り続ける。

 

 

 

ぼんやりした意識が覚醒したらスラム街にいた。

 

いつの間にか夜も明け、薄暗いスラムにも人々の喧騒が飛び交う。

急速に冷える心と、そこへ濁流のように叩きつけられる黒い感情に頭が割れるように痛い。

私はその場にへたり込んだ。

あんな光景を見るくらいなら、いっそあのまま逃げずにいた方がマシだった。

カラダは汚されても心はキレイなままでいられたのに。

こんな

こんな

こんな!

 

こんな醜い感情に心を埋め尽くされずにすんだのに!

 

許せない! 絶対に許さない!

 

私を売ったお金でのうのうと幸せを享受している両親が許せない!

 

私の居場所をかすめ取った二人の赤ちゃんが許せない!

 

私をこんな惨めな境遇に追いやった帝国が許せない!

 

いっぱい、いっぱいいっぱい頑張ってきたのに!

 

必死に心を殺してまで我慢してきたのに!

 

こんなのあんまりだ! どうして私ばかりがこんな目に遭わなければいけないの!?

 

許せない許せない許せない許せない許せない!!!

 

理不尽な世界も、私を助けてくれない人たちも、絶対に許さない!!

 

 

 

ザーザー、ザーザー、今日も雨が降り続ける。

 

 

 

あれから私は必死に生き抜いた。

 

生きるためなら何でもした。

嘘をついた

他人を騙した

食料を盗んだ

暴力だって時には振るった。

 

スラムで生きていくのは容易ではなかったから。

私のような取り柄のない子供が生きるには手段を選ぶ余裕なんてなかった。

そうして一年ほど経てば、荒みきったストリートチルドレンの出来上がりだ。

 

果たして才能があったのだろうか、猿のような俊敏さで街行く人から財布を盗む。

もう罪悪感すらないのか。

そう自嘲しながら戦果を確認する。

これなら一週間は食いつなげるかな、などと考えていると不意に声をかけられた。

 

「ほう、これはこれは。なかなかの逸材と見た」

 

この街で私に声をかける人間はいない。

咄嗟に声の主から距離を取る。

 

「身のこなしも悪くない。ああ、悪くないとも」

 

ブツブツとしわがれた声で独り言ちる老人を視界に捉えた瞬間、耐え難い吐き気を催した。

 

「その反応、さては看破の魔眼だな」

 

「魔眼……?」

 

「有用なタレントに類稀な魔導の才も感じる。どうだ、私の下で魔導の深淵を目指してみぬか?」

 

何を言っているのだろうか?

私に魔法の才能がある?

今更そんなことが分かってなんになる?

 

「ふむ、なるほどな。お前は魔導の徒にはなり得ぬか」

 

「そんなものに興味はない……」

 

「ではこうしよう、私と共に来るならお前が心底欲しておるものを与えてやろう」

 

「私の望んでいるもの……?」

 

ザーザー、ザーザー、今日も雨が降り続ける。

 

馬鹿にしている。

私が欲しいのは毎日を生きる糧であり、雨露を凌げる寝床だ。

 

「私は酷い人間でな、人の情動など魔力を増幅しうるエッセンス程度にしか思っておらん」

 

「…………」

 

「だが我が主は何よりその情動を重視するのだ。私から見れば無価値なゴミであってもシグルド様にはアダマンタイトに見えるらしい」

 

「意味がわからない……」

 

「貧すれば鈍する。まずは人間らしい生活をするがいい」

 

「なにを……ッ!?」

 

油断した……老人のくせになんて……動きを……

 

 

ザーザー、ザーザー、今日も雨が降り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆめ――夢をみている

 

温かいスープにやわらかいパン

 

暖かい部屋にふかふかのベッド

 

傲慢だけどたまに優しい時もあった■■

 

普通だけど私にも優しかった■■

 

物心ついた時から貧乏で、それでも■■が大好きだったわたし

 

ずっと続くと思っていた当たり前のしあわせ

 

こんなのはまやかしだと、夢に過ぎないと分かっていても

 

それでも……

 

ザーザー、ザーザー、今日も雨が降り続ける。

 

 

「ッ!」

 

「目が覚めたかね?」

 

状況が呑み込めず目の前の老人に剣呑な視線を送る。

 

「まずは朝食からだ。テーブルに用意してあるから食べなさい」

 

「…………」

 

「警戒せずとも毒など入っておらん」

 

周囲を見渡せば、ここは簡素な部屋であり私はベッドの上で寝ていたようだ。

近くのテーブルの上には、ここ数年食べてない人間らしい食事がのせられている。

これを食べろと言っているのだろうか?

 

「冷めては折角の食事が不味くなる。遠慮はいらんから食べなさい」

 

警戒しながら一口スープを飲んでみる。

おいしい……。

も、もう一口だけ……

 

「昨日から何も食してないのだ。腹も減っていよう」

 

老人が何か言っているが耳に入らない。

私は夢中でスープを飲み、パンを噛みちぎり、果実水で喉を潤した。

おいしい……

これは生きるための補給ではない

人間らしい温かな料理で、心を満たす食事だった。

 

「食事が終わったら身を清めてくるといい」

 

老人の言葉に室外からメイドらしき女性が入室し、ふわりとほほ笑むと一礼した。

 

「貴女様のお世話をさせて頂きます、メイドのツアレニーニャと申します」

 

「…………」

 

「ツアレとお呼びください。それでは浴室にご案内させていただきます」

 

ツアレと名乗るメイドに促されるまま浴室へ向かう。

そのまま湯浴みをさせられ清潔な服を着せられ髪を整えられた。

 

 

 

ザーザー、ザーザー、今日も雨が降り続ける。

 

 

 

数日が経過して、私はここでの生活に慣れ始めた。

メイドのツアレは様々なことを教えてくれた。

ここは大賢者フールーダの研究施設らしい。

無学な私でも知っている王国屈指の実力者であり帝国の忌むべき裏切者の名だ。

 

「アルシェ様、御髪のお手入れをさせていただきますね」

 

「うん……」

 

「ふふっ、今日はどんな髪型がよろしいですか?」

 

「ツアレに、任せる……」

 

「では結い上げてみましょう。せっかく長くて綺麗な御髪ですから」

 

何が楽しいのか、ツアレはいつも微笑みを絶やさず接してくる。

 

「綺麗に結えたと思うのですがアルシェ様、いかがでしょうか?」

 

それはまるで……

 

「お綺麗ですよ。まるでお姫様みたいです」

 

まるで

 

ザーザー、ザーザー、今日も雨が降り続ける。

 

 

 

ツアレは優しい。

でもどこか遠慮している。

聞きたいことがあるなら普通に聞けばいいのに。

 

 

「もう魔法を使えるようになったのですか!?」

 

「うん、でも簡単な生活魔法、だから……」

 

「それでも十分すごいです!」

 

「……ありがと」

 

暇だから魔法の勉強を始めた。

たいした苦労もなく、生活魔法を修めることに成功。

忌々しいけどあの老人の評価は妥当だったようだ。

 

「私の妹も魔法詠唱者なんですよ。あの子は生活魔法の習得にも四苦八苦していました」

 

「妹さん、いるの……?」

 

「はい、私には勿体ない自慢の妹なんですよ」

 

「そう……」

 

「そのうち紹介しますね。年も近そうですしきっと仲良くなれます」

 

「うん……」

 

妹……姉妹……あの双子の赤ちゃんは……

 

ザーザー、ザーザー、今日も雨が降り続ける。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「ツアレ……?」

 

「はっ、はい! なんでしょうか!?」

 

「何かあった……?」

 

「……はい、今ごろ遠くの地でシグルド様が戦っていると思うと心配で」

 

王国聖騎士シグルド。

人類最強の騎士にして聖剣の担い手。

常勝不敗の指揮官で、帝国の黄昏を招いた帝国人の怨敵。

 

ツアレの主は竜王国の救援に出陣しているそうだ。

 

「でもシグルド様ならきっと、困っている人々を助けて無事に帰ってきます」

 

「困っている人を、助ける……?」

 

「はい、救いを求める人がいるなら地の果てだって助けに行っちゃう。そんな御方なんです」

 

私のところには来なかったよ……?

 

「とてもお強いので心配するのは不敬かなぁって思ったりするんですけどね」

 

帝国人は敵だから……?

 

「私は信じてるんです。シグルド様が争いや差別のない、みんなが幸せでいられる国へ導いてくれるって」

 

みんなが……しあわせ……家■が?

 

ザーザー、ザーザー、今日も雨があめ■■降り■いつか■■

 

ザーザー、ザーザー、今日も雨■■■■■■やまな■■■■

 

ザーザー、ザーザー、今■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

「アルシェちゃん!!!」

 

「~~~~~ッ!!」

 

「アルシェちゃんに何があったのか私は何も知らない!」

 

私も知らない、あたまのナカがグチャグチャで何もワカラナイ

 

「でも、アルシェちゃんの心が悲鳴を上げてるのは分かるよ!!」

 

ひめい? ひめいを上げないから捨てられた……?

 

「私にできることなら何でもするから! シグルド様みたいに絶対に諦めないから!」

 

ツアレ……シグルド様ならわたしを助けてくれる……?

 

「アルシェちゃん!?」

 

ザーザー、ザーザー、今日も雨が降り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日ここのどこかで大規模な演習を行うらしい。

フールーダに見学に来いと誘われたけど、そんな気分になれない。

 

私のこころは病気だそうだ。

あのいけ好かない老人、フールーダが教えてくれた。

日常の些細なきっかけで、なにも考えられなくなり手当たり次第暴れるらしい。

なんとなく察してはいた。

これは決して幸せになれない呪いなのだ。

 

私の後ろにもう一人のわたしが居て、いつだって警告する。

 

『お前だって同じ穴の貉だ。汚らわしいフルト家の血がお前にも流れているのを忘れるな』

 

こころが凍てつくのがわかる。

そうしないと壊れてしまうからだ。

優しくされると余計に自分の醜さを自覚してしまうんだ。

 

汚れてしまった心は二度と元には戻らない。

 

これ以上余計なことを考えないように、新しい生活魔法の習得に集中する。

やはり集中するのに魔法はうってつけだ。

 

 

どのくらいの時間が経っただろう。

ふと作業を止め、顔を上げた先にフールーダの時を凌駕する吐き気を催した。

 

 

 

 

 

 

「気分はどうだい?」

 

「もう平気、です……」

 

目の前にいる男の人がしきりに私の心配をしている。

この容姿、ツアレに毎日聞かされていたシグルド様だろう。

 

「迷惑をかけてすまない。フールーダに強引に連れてこられたのだろう?」

 

「平気です……あのままでは遅かれ早かれ野垂れ死にでした……」

 

「そ、そうか」

 

「はい……」

 

シグルド様は普通の人だった。

ツアレのいう完璧超人にはとても見えない。

 

「森の賢王なんて大層な名前だけど、実際は大きなハムスターなんだ。こう、目がクリっとして可愛い感じの」

 

「そう、なんですか……」

 

「今度見せてあげよう。君もきっと笑っちゃうさ」

 

 

穏やかな陽だまりの様な笑顔で、ゆっくりと語り聞かせてくれる。

 

 

「ツアレはああ見えて意外と頑固でね」

 

「本当……?」

 

「本当だとも。私が野菜を残すと食べ終わるまで席を立たせてくれないんだ」

 

「それは、シグルド様が悪い……」

 

「ははっ、確かにそうだ。……君は好き嫌いしない?」

 

 

その少し低くて心地いい声が、何かと重なる。

遠い遠い記憶の彼方に捨て去ったはずのなにか。

 

 

「今度は君の話を聞かせてほしいな」

 

「わたしの……?」

 

「帝国はあまり詳しくなくてね。どんな国なのか聞かせてくれないかな?」

 

「帝国は……」

 

 

普通に会話をすることがこんなに楽しいなんて知らなかった。

帝国なんて大嫌いなのに、言葉が次々と出てくる。

私は夢中で色んなことを話した。

 

 

「凄いな! 君はそんなに小さなころから働いていたのか」

 

「お花を摘んできて、売るだけだから……」

 

「お金を稼ぐのは容易じゃない。私は君を尊敬するよ」

 

「あ、ありがとう……」

 

 

初めて頑張りを褒められて、頭を撫でてもらって。

初めて……?

違う、誰かが私の名前を呼んで……

 

 

「そんな頑張り屋な君に、何か一つお願いを聞いてあげよう」

 

「なんでも、いいの……?」

 

「いいとも」

 

「じゃ、じゃあ、名前を……呼んでほしい……」

 

 

嬉しくて、憎くて、誇らしくて、妬ましい、色んな感情がぐちゃぐちゃになって。

 

 

「アルシェ」

 

「あ」

 

 

それは遠い記憶、気難しい父がくれた数少ないしあわせの記憶。

 

 

「よく頑張ったな、アルシェ。偉いぞ」

 

『よくやったぞアルシェ。特別に誉めてやろう』

 

 

怒りと憎しみだけではない、確かにあった幸せな思い出が冷え切った私のこころを温めるのを感じた。

 

それが嬉しくて悲しくて、私は幼子のように泣き喚いた。

とっくに枯れたと思っていた涙が流れることに、また嬉しくなって涙を流す。

必死に慰めてくれるシグルド様が少しおかしくて。

背中をさすってくれる手のひらの温もりを、こころの奥深くに刻み込んだ。

 

この日、私はただのアルシェに戻ることができた。

 

 

もう十分だった。

シグルド様に本当に大切なことを思い出させてもらった。

これからはアルシェとして真っ当に生きていこう。

そう決意した矢先

 

「家族や頼れる親戚はいないのかい?」

 

「いない、もう家族だった人たちのことは思い出したくもないので」

 

素直な所感だった。

別に怒りや憎しみが消えたわけでは断じてない。

 

「す、すまない。悪いことを聞いてしまった」

 

「平気、気にしてませんから」

 

「しかしそうか、頼れるものがいないのか……」

 

「あの、シグルド様……?」

 

「だったらうちの養子にならないか?」

 

「は?」

 

「父も母も娘が欲しいと常々言っていてね。アルシェさえ良ければと思ったんだ」

 

この人は何を言ってるんだろう?

出会って間もないわたしを公爵家の養子に?

おかしい。

心が軋みすぎたせいで耳までおかしくなったのかな?

 

でも

 

この優しい人の家族になれたら幸せだろうな。

意外とだらしないシグルド様を毎朝起こして。

好き嫌いしないように野菜も食べさせて。

つらい時は、あの優しい手のひらで撫でてくれて。

頑張ったらいっぱい褒めてくれる。

 

泣けるほど、痛いほどしあわせになれるかもしれない。

 

「どうだろうアルシェ?」

 

「うっ、ぐすっ、うえっ……」

 

「また涙が!? 困らせてしまったのか……いや、しかし」

 

「ふぐぅ、うぅ、うあぁ~~……」

 

「脱水症状になったりしないよな!? ああ、拭っても拭っても涙が止まらない!?」

 

 

幻聴でなければ是非養子になりたい、そう素直に思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日からは怒涛の毎日だった。

 

私に家族ができた。

立派なお髭が自慢で威厳たっぷりの父様。

いつも微笑んで構ってくれる優しい母様。

普段はだらしないくせに、色んな人から慕われてる自慢の兄様。

 

こんな薄汚れた私を温かく家族に迎え入れてくれた。

汚れていてもいい。

悪いことをしたなら償って、またやり直せばいい。

怖くて動けないのなら、手を繋いで怖くなくなるまで一緒にいよう。

 

私の家族は、私を泣かせるのが大好きみたいだ。

私も大好き……絶対に口にはしないけど。

 

 

ツアレとも仲良くしてもらっている。

アルシェお嬢様なんて呼ぶ困ったメイドさんだ。

アルシェちゃんでいいのに……。

 

妹さんとはライバル関係。

圧倒的な魔法の才能に反則なタレントを持つずるっ子。

兄様に相談したらこっそり信仰系魔法のコツを教えてくれた。

絶対に負けられない。

 

あとフールーダは死んだほうが良いと思う。

 

 

兄様の婚約者のラナー殿下とも仲良しだ。

初対面の時、良かったねと涙目で抱き着かれて驚かされた。

なんて心優しい王女様なんだろう。

でも兄様を猛禽類の目で見るのはやめてほしい。

 

兄様は私の兄様で、まだラナー様のものじゃない。

 

 

 

 

王国での日々はとても暖かい。

 

人々の顔には笑顔が溢れ、みんな前を向いて生きている。

 

しあわせがそこかしこに満ちている。

 

ツアレは贅沢。

 

自分が暮らしている国の素晴らしさを理解していないのかな。

 

空はこんなに蒼く澄み渡っている。

 

 

もう、雨はあがっている。

 

 

 




ここの花を売るは隠語ではない(重要

帝国は原作の王国より酷いことになってたり

聖騎士でも最終話まで救えないレベル(白目

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。