とある斜陽王国における勘違い戦線   作:himeneko

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勘違い被害者その二
フールーダ・パラダイン視点です


別視点 逸脱者は魔導の深淵の夢を見るか

 

世界最高峰の魔術師フールーダは思考の海を揺蕩っていた。

 

進まぬ研究、一向に上がらぬ位階、現れぬ魔導の深淵への導き手。

魔導に身命を捧げた探究者は、ある種の諦めと倦怠に捕らわれている。

かの十三英雄の生き残りとも交流があり、情報も交換してきた。

高弟たちと日々研鑽を積み、正しく努力をしている実感もある。

 

だが進展はない。

 

故にふとした瞬間に思うのだ。

このまま第六位階で停滞し、何の成果も得られぬまま無為に時間だけを消費するだけではないか、と。

 

「詮無きことよ。私はただ魔導の深淵を求めるのみ」

 

ゆっくりと顔を振り邪念を散らす。

まだ諦めるには早い。まだ自分の限界はここではない。

 

そう己に活を入れた瞬間、――世界を揺るがすほどの魔力の迸りをフールーダは感知した。

 

 

 

 

そこから彼の行動は電光石火の如くだった。

 

皇帝に暇を請い、認められぬと返された瞬間フライで帝都から脱出。

あらかじめ用意していた馬車に乗り込み、一路魔力の発信源と思われる王国へと走った。

 

行動力が半端ではない。

 

一昼夜休みなく走らせた馬車馬を文字通り使い潰し、未だ魔力の残滓が濃厚にあるシアルフィ公爵領へ越境。

当然、不法入国である。

 

勢いを殺さず、アポなしで公爵邸へ吶喊。

 

幸運にも手すきだったシアルフィ公爵バイロンと緊急会談を開催。

好き勝手に弁舌を振るい、大いにバイロンを激させる。

 

すわ血の惨劇か、というところにバイロンの息子シグルドが乱入。

 

 

「王国と我がシアルフィ家に対する侮辱、そこまでにしてもらおうか!」

 

 

五歳児とは思えぬ、堂々たる口上だった。

 

しかしこのフールーダは極めて厄介な魔導狂いなのだ。

小僧、邪魔するでないわ! とばかりにフールーダの鋭い眼光がシグルドに向けられた。

 

 

 

 

「おっほおおおおおおぅ!!! なんだこれはぁぁーーー!?!?」

 

 

 

 

フールーダが吠えた。

 

むしろお前がなんだ、という未知の物体へ向ける眼差しをフールーダに向けるシアルフィ親子。

端的に言って収拾不能である。

 

 

「位階が測れぬ! そんな、まさか、十位階を超えた伝説の第十一位階の使い手……!?」

 

「落ち着かれよ、パラダイン殿」

 

「これが落ち着いていられるかァ!! 魔導の深淵がッ、いま、そこに、確かに存在しているのだぞ!?」

 

「……それは息子のことか?」

 

「ご子息!? 神や魔神ではなく只人だというのか!?」

 

 

言葉のドッジボールを数十分繰り広げた後、ようやく落ち着きを取り戻したフールーダ。

シグルドはすでに自室で夢の中である。

 

 

 

 

夜を徹してバイロンとフールーダの情報交換は行われた。

 

シグルドが逸脱者を超えた魔導の極みにあること。

そんな彼にフールーダは仕えたいこと。

その為ならシアルフィ家の一家臣にすらなる覚悟があること。

 

その覚悟に逸脱者の本気を見たバイロンは、いくつかの条件の下 フールーダの士官を認めた。

魔導を軽んじる王国では、息子の才覚を正しく導けないという思いもあったのだろう。

 

覚悟を決めたバイロンは、息子に現れた聖痕と聖剣の継承者である旨を包み隠さず話す。

 

逸脱者二度目の咆哮が深夜のシアルフィ公爵邸に轟いた。

 

 

「なんという僥倖、なんという幸運!」

 

「ど、どうしたのだパラダイン殿」

 

「わからぬか! シグルド様は聖戦士バルドの記憶や技、何より魔導のすべてを継承している可能性が高い!!」

 

「な……なん、だと……」

 

「法国の神人など比べるのも烏滸がましい! まさに神そのものの再誕ぞ!!」

 

「馬鹿な……いや、しかし」

 

「わたし達も腹を括らねばなりますまい。伝説の聖戦士の再誕、それが意味するところはひとつ」

 

「人間種の危機……人類世界の崩壊を招く何かが起こるというのか!?」

 

「さよう。八欲王の再来か、六大神降臨以前の地獄のような世界への誘いか。このままでは世界の崩壊は避けられまい」

 

 

バイロンは妄言と切って捨てることなど出来なかった。

だがこれほどの規模だとは想定外だった。

斜陽の王国を立て直す、リ・エスティーゼ王国の英雄になる宿命の下、シグルドは生を受けたのだと誇らしく思っていた。

 

しかし逸脱者は更に先まで見えていた。

 

大いなる力には、大いなる責任が宿る。

幼い身で神域の魔法を操る意味、それは大いなる脅威の足音に他ならない。

 

暴虐なる八欲王の前に、かの十三英雄が現れたように。

 

シグルドの前にも現れるだろう。八欲王すら霞む真なる魔王とその軍勢が。

 

 

最早フールーダに倦怠や傍観は微塵もなかった。

代わりに逸脱者として相応しい気力と覇気が満ち満ちている。

 

 

「シアルフィ公爵、いや、お館様と呼ばせていただこう」

 

「ああ、構わぬ」

 

「我らは備えねばならない。やがて来る暴虐の嵐に立ち向かう術を見出さねばなりません」

 

「騎士団を精強ならしめるだけでは足りぬか?」

 

「ええ、足りませぬ。確かに群としての強化も必須ですが、優先すべきは個としての強さでしょう」

 

「特化戦力による一点突破か」

 

「はい、シグルド様の負担を軽減し背中すら預けられる無双の英雄が複数必要です」

 

「……あの子が戦場に立つ時、私は衰えているだろう」

 

「心配召されるな。人材発掘と育成は私の得意とするところ。必ずや万夫不当の精鋭を揃えてご覧に入れましょう」

 

 

 

こうして王国の筆頭貴族と元帝国最強の魔術師の共闘が始まった。

 

これはきっかけに過ぎない。

世界の行く末を決めるかつてない動乱へのカウンター。

 

聖騎士シグルドとその仲間たちの物語のプロローグである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side フールーダ・パラダイン

 

 

素晴らしい! シグルド様の魔法のなんと素晴らしきことよ!

 

天を衝く魔法の威力!

圧倒的性能の強化魔法!

上位蘇生魔法に完全回復魔法!

 

挙句の果てには超位魔法だと!?

 

フヒヒヒヒ!! 魔導の深淵はここにある! 我が主が導いてくださる!!

 

あの高位天使の輝きときたらどうだ!?

一体一体が古の魔神を大きく上回るだろう魔力量なのだぞ!

それを研究し放題! 魔導の楽園はシアルフィ公爵邸だったのだな!?

 

運命の邂逅から数年

 

すでに第八位階までは基礎理論から応用理論まで解析済みよ。

シグルド様の話によると、神話の戦いでは最低でも第八位階を使えなければ参戦すら厳しいそうだ。

ならば私の使命は第十位階魔法の理論解析と再現だろう。

 

更にシグルド様はレベルなる概念を授けてくださった。

私が第六位階止まりなのは、レベルが足りていないからだと。

なんという盲点!

塔に籠っていたから不可能だったのだな!

これから毎日魔獣やアンデッドを狩らねばなるまい。

 

やるべきことが多すぎて嬉しい悲鳴が止まらぬわ!

シグルド様との出会いは魔導の深化を500年は早めるぞ。

その偉業を私の手で成せるとは、なんという光栄!

 

すまぬなジル坊。

 

私はこの甘美な誘いに抗えぬ。

魔導の極みへ至る方法を授けてくださったシグルド様こそ、我が生涯を捧げるにふさわしい主なのだ。

 

 

 


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