メニュー88 炒飯
昨晩の攻防戦は予想通りの展開になっていた、強暴なモンスターに騎乗し襲ってきたのだ。だが結果は前夜と殆ど変わらなかった、こちら側の犠牲者はほぼ0と言う結果だった。それは何故か?と言うと非常に簡単な話だ。
「よくやってくれた、クレマンティーヌ、ニグン。この場にはいないが、リリオットにも感謝しよう」
ニグンが捕らえてきた洗脳されていると思わしきスレイン法国の人間、そしてリリオットの予知によってビーストマンが騎乗していたモンスターを操っていた男……クインティアをクレマンティーヌとシャドーデーモンが襲撃したことにより統率が乱れたのだ。
「ありがとうございます。ですが……仕留めそこないました」
むっちゃ獰猛な顔をしてるな、よっぽど兄貴が嫌いなんだなと内心苦笑する。
「それに関しては私の落ち度だ。気にする事は無い」
転移だけではなく、自分から攻撃できないというデメリットを付与する代わりに、相手の耐性を貫通して強制的に複数の状態異常にするアイテムを使われては流石のクレマンティーヌもトドメを刺す事は出来なかったのだろう。だが相手の統率を崩す事でモンスターがビーストマンを襲い始めたので、戦況は一気に有利になった。
「ガイウスだったか、お前の情報は役に立った」
「は、ありがとうございますッ!」
筋肉ムキムキの大男の笑顔って凄い威圧感あるな、本来笑顔とは威圧的なものであるって言うのを思い出した。
「罪深い私ですが、神と従属神様の為、粉骨砕身して尽くしたいと思います!」
ちょっとやばい人ですね。ニグンも苦笑しているから、これが本来の気質なのだろうが癖が強い。
「ご苦労だった、休んでくれて構わない」
とりあえずビーストマンの国……正しくは竜王国を襲っているビーストマンはスレインに洗脳されている事が判明した、それだけで私としては十分な成果だと思える。
「アインズ様、記録の方はいかがいたしましょう?」
「うむ、暫くはこのままにしておく。相手も動き出すだろうからな……アルベド、近くないか?」
「いえいえ、そんなことはありませんわ」
いや、絶対近い、目を離すたびに絶対近づいている。しかも瞳孔が開きっぱなしだからめっちゃ怖い。
「モモンガ様、ドラウディロン殿が会談を要請しております」
パンドラズ・アクター。私は今何よりも誰よりもお前に感謝しているよ、そう、カワサキさんの次くらいには……。
「そうか、では準備をしよう。アルベド、お前はパンドラズ・アクター達と昨日のクレマンティーヌとクインティアの戦闘記録の分析、それとシャドーデーモンが痕跡を絶った場所の調査を守護者から選んで派遣してくれ、ワールドアイテムの装備を忘れさせるなよ」
着いて来ると言い出したら困るのでアルベドに矢継ぎ早に指示を飛ばし、簡易の玉座の間を後にする。
「すまないな、デミウルゴス。人間の姿はやはり好かないだろう?」
尾と宝石の目が無くなっただけだが、人間嫌いのデミウルゴスだ。余り気が楽ではないだろうと思い謝罪の言葉を口にする。
「いえいえ、大丈夫ですよ。アインズ様、私達の喜びはアインズ様とカワサキ様のお役に立つことですから」
シモベの社畜思考が全く改善されません。俺とカワサキさんは何か間違えているのだろうか……?俺達に思いつく限りではベストの選択をしている筈なのだが……。
「ここからスレインをより追詰めて行くのですね」
「手札は揃ってきている、だがまだ決め手が足りない」
映像を記録しているが、それはこの世界でのアイテムや魔法では出来ない事だ。つまり今回の映像記録は証拠としてはまだ弱い、クインティアを捕える事が出来なかったのが大きく響いているが……それは俺達の想定が甘かったことが原因で、クレマンティーヌが悪い訳ではない。
「竜王国を帝国と王国の同盟に入れる、その後はアゼルリシア山脈に向かいドラゴンとドワーフを招き入れる」
「心得ております。では参りましょうか」
「うむ、行くぞ。デミウルゴス」
スレイン法国の国力は大きい、戦って制圧する事は簡単だがその後にその力ゆえに後にいらぬ疑いを掛けられては困る。俺達は表立ってスレインには何もしない、スレイン法国を滅ぼすのはあの国の暗躍で全てを失い、そして絶望した多くの民草だ。俺達はそれをほんの少しだけ手助けするだけなのだから……
モモンガがデミウルゴスとドラウディロンの元へ向かっている頃。カワサキとエントマはと言うと……。
「今日はエントマに新しい料理を教えます」
「ありがとうございますッ!」
わくわくお料理講座ととてものほほんかつ、ほのぼのとした空気で過ごしていた。
「シズにも教えた炒飯だけど、エントマには別の作り方を教えます」
俺の言葉に合わせて手を叩くエントマ、なんだろうな……昔のTVでこんなのを見た気がする。
「シズは細かい性格だからフライパンで教えたけど、エントマは俺の得意な方で教えようと思う」
火加減とか調味料の量とかにシズは凄く拘る、だけど炒飯は少し雑なくらいで丁度良いのだ。
「はい!頑張ります」
「じゃあまずは下拵えだ」
ネギはみじん切りにする。それだけだが、帝国、王国、竜王国の兵士と3カ国分になるのでとにかく量が多い。少なくとも1000本はみじん切りにする必要がある、俺でも少し大変な量だがエントマの成長が著しい。
「えいえいえいえいえい」
掛け声こそ可愛いが、その手は残像が見える勢いだ。料理の才能が開眼してくれて俺としては教えた甲斐があると言うものだ。
「ネギを切り終わったらにんじんも同じくみじん切りにする」
「はぁーい」
軽やかな包丁の音が簡易キッチンに響き渡る。本当なら肉を入れるのだが、昨日は昼はスペアリブ、夜もハンバーガーと肉系が続いたので、今回はさっぱりと具材はネギとにんじんの2種類だけにする。
「味付けに使うのは、塩、胡椒、香り付けに醤油と酒。使うのはこれだけだ」
出汁も使わない、本当にさっぱりとした味付けの炒飯であり、使うのはフライパンではなく――鉄板。以前クレマンティーヌにも作ったが、俺の中での炒飯と言えばこの鉄板で作る炒飯にある。
「鉄板の上に油を引いて過熱する。熱しすぎと思うくらいで丁度良い」
炒飯は米がぱらぱらになってなければべっとりとした物になってしまう。それを避ける為にも十分に鉄板を加熱する。
「卵は1人前に対して3個、少し多目に使う」
ヘラの縁で卵を割って鉄板の上に落とすと同時にヘラでかき混ぜる。そして卵が半熟になったと同時に冷や飯を鉄板の上に落とすと同時にヘラで切るように混ぜ合わせる。
「切るように混ぜ合わせる訳だが、この時半熟卵が米全体に絡むように全体を良く見ながら混ぜ合わせる」
エントマに料理の流れを説明しながら鉄板の上にネギとにんじんをぶちまける。みじん切りにしたのは熱の入りをよくする為でもある、米が卵でコーティングされているので、ネギとにんじんに卵が絡まることは無く鉄板の火力で一気に熱が入るので焦げ付かないように注意する。
「ネギとにんじんに火が通ったら塩、胡椒」
片手でヘラを動かし続け、焦げ付かないようにしながら塩、胡椒を全体的に混ぜ合わせる。
「醤油は香り付け、米と卵に色が付かないように本当に少しだけだ」
米の周りにほんの少しだけ醤油をたらし、醤油の焦げた香りを炒飯の中に混ぜ合わせる、量を入れすぎると醤油の味が強くなってしまうのと、色が付いてしまい。折角の黄金炒飯がただの醤油炒飯になってしまうので、醤油を入れる量には細心の注意を払う。
「最後に酒を加えて、全体を混ぜ合わせる」
この酒は香り付けと米と卵をふっくらさせる効果がある。そして具材と米に火が入り過ぎないタイミングで皿に盛り付ければ完成だ。
「これが俺の黄金炒飯だ」
「はわあ……」
米の一粒一粒に完全に卵が絡み炒飯全体が黄金色、そしてそこににんじんの赤、ネギの緑が彩りを与える。自分で言うのもなんだが完璧な仕上がりだと言える。
「食べていいぞ」
「良いんですか?」
「食べないと味が判らないだろう?」
料理人の基本は味を覚える事だ、それも正確な味を覚え、そしてそこから食べた料理の味を覚えて自分の舌と経験からその味付けを覚え、自分の味としていく。まずは食べる事、料理を作る上で食べてその味を覚える事が何よりも俺は大事な事だと思っている。
「おいひいでふ」
「良かった良かった、ここまでやれとは言わないが、今のが基本的な炒飯の作り方だ。食べ終わったら早速始めるからな」
判りましたと元気よく返事を返すエントマを見ながら、俺はアイテムボックスから足りない食材を取り出すのだった……。
ビーストマンの近衛兵によって私達はビーストマンの城まで案内されていた。
「良く来てくれたと言っておきましょう」
王座に腰掛けるのは穏やかな風貌のビーストマンだ。牙や爪が少ない事から草食動物なのは見た目で判る、ゼロ達との打ち合わせ通り私だけが一歩前に出る。
「アインズ様配下のエド・ストレームと申します。この度は主君の命令で密書の受け渡しに参りました」
「ああ、手紙だね。読ませて貰ったよ……まさかこんな事になっているなんてね」
ふうっと深くビーストマンの王は溜め息を吐いた、周りにいる近衛兵も皆草食動物を基にしたビーストマンらしく、肉食のビーストマンの姿は無い。
(噂は本当だった見たいね)
今のビーストマンの君主は人間との和睦を望んでいる。その事前情報があってこその5人でのビーストマンの領地への侵入だった、無論それがガセネタだった場合にも備え転移のアイテムを預けられているので逃亡することだって可能だ。
「私達の親書が1通も届いていないとは悲しいよ、私は人間との和解を望んでいるのに」
「お言葉ですが、今の状況で和解は難しいと思います。王よ」
「ああ、判ってる」
肉食のビーストマンは既に首都から各地の村に移動していると君主は言っていた。ある時期から人間を主食と思えないビーストマンが出てきたが、それでも今までの文化を崩さないと言い張ってた少数部族が竜王国周辺に出没している。そしてそれを取り締まるビーストマンの近衛兵がその軍勢に加わっていると言うのも確認された。
「ここまで来ると操られている可能性を考慮しなければならない、ドラウディロン殿の要求。その全てを飲みましょう」
「では単独で竜王国に来てくれるのですね?」
「それが信用を得る一歩ならば」
周りの制止の声も振り切って返事を返す君主。だが私達は本当に単独で君主を竜王国に向かわせるわけにはいかないのだ。
「ですが、この周辺に洗脳が可能な魔法詠唱者が潜んでいることも判っていただけたと言う事でよろしいですか?」
「信じざるをえないだろう、私の願いに共感した者が人食いをしている。それだけで証拠となるよ」
肉食であっても人食いをしないビーストマンは国に多い、だがその中でも精鋭と言える近衛兵が人食いを犯している。それが洗脳されていると言う証拠になったと君主は告げた。
「ではアインズ様よりお預かりしているマジックアイテムで竜王国へと向かいます」
「馬車を用意しても良いのだよ?エド殿」
「いえ、それでは洗脳されるリスクが高まるだけです」
恐らく法国の人間は既にこの周辺に潜んでいる。今か今かと国から出るのを待ち構えているに違いない、それが判っていて馬車で出発する馬鹿はいない。
「出来るのならば馬車を囮として放つことは出来ますか?」
「なるほど、スレインの民を捕らえると……良いだろう。大臣、兵士長準備を」
「「はっ!」」
私達に命じられている命令でビーストマンの国にはいる事ができれば、そこから更に指令が降りていた。それはビーストマンの君主を竜王国に連れて行くこと……それは転移のアイテムで全員まとめて戻って来いと言う命令だった。
「捕えたら私達も竜王国へ向かいます」
「ああ、そうしてくれるといい。ビーストマンの国にスレイン法国の人間がいる、これほどおかしい事はないし、何よりも証拠は必要だからね」
穏やかではある、だがその目に激しい怒りの色を浮かべる君主。スレイン法国は踏んではいけない虎の尾を踏んでしまったのだ、最早スレイン法国の発言力は地に落ちる。
「ではエド殿、出発の準備をするから少しばかり時間をいただくよ?」
「はい、お待ちしております」
何にせよ、私達に下された命令はこれで全てクリアした、その事に私を含めゼロ達も深く安堵の溜め息を吐くのだった……
エド達がビーストマンの君主との話し合いを終えている頃、竜王国では――
「お代わりをくれ!」
「はいよー、すぐ準備をするからなあ」
巨大な鉄板で炒飯を作り続けるカワサキとその隣でお皿に炒飯を盛り付けているエントマとクレマンティーヌ、更に人数不足と言う事で借り出されたミルファも伴って炒飯を配っていた。
「んー美味しいですね。卵の味が凄くいいです」
「お酒の香りがするって言うのも珍しいですな」
「……美味です。カワサキさーーん」
後ろでのほほんと食事をしているアインズ様達に正直すこし……いや、かなり苛っとした。
「こうですか?」
「おお、上手い上手い。センスあるぜ、デミウルゴス」
「お褒めに預かり光栄です」
あの人なんでも出来すぎだろ……しかも額に巻いているタオルが似合いすぎである。とりあえず困ったらデミウルゴスに頼めば良いと言っていたカワサキの言葉の意味を初めて理解した……デミウルゴス様は色んな意味で万能すぎる。
「そうそう、そんな風に切るんだけど、米を潰さないようにな」
「はい、判りました」
「「「すげーーッ!!」」」
残像が見えるような動きで2人で炒飯を作っているから回りからは歓声が上がっている。パフォーマンスとしての効果が強すぎる、そしてその抜群のコンビネーションが人を呼んで、行列が途切れる気配が無い。
「うむ、具材は殆ど何もないのに素晴らしく美味」
「肉がないのはなんだかなあって思ったけど美味いッ!」
「……田舎の母の味に似ている」
炒飯が凄い好評なのはいいんだけどさッ!少しは私達も休ませてくれないかなッ!?
「はい、どうぞー」
「どうぞぉ~」
愛想笑いも限界ってあるんだよ!ほっぺたとかめちゃくちゃ痛いんだよッ!愛想笑いに限界があるなんて事知りたくなかったよッ!
「美味い」
「美味しい」
「おじちゃん、美味しいよー」
あちこちから聞こえてくる美味しいという声とカワサキを讃える声。それ自体は気分が良いし、嬉しい事だ。だけど私とエントマ様の疲労とかももう少し考えて欲しい。
「エントマさん、今度是非よければ」
「死ねえ、ロリコン」
「んぐふっ、その冷酷な言葉も素敵だ」
やべえ、変態が1人いたぞ。人ごみに紛れて見えなくなったけどロリコンの変態がいるってカワサキに伝えるべきだと思う。エントマ様が1人の時に襲い掛かって、その人間を殺してしまわないように警戒するべきだと思う。
「米と卵、それと野菜だけでこれだけの味。すいません、これどうやって作っているんですか!?」
「この味と技術に惚れました!弟子にしてください!」
「「お帰りください」」
私とミルファの声が重なった、カワサキの料理の味に惚れこんで竜王国の料理人が弟子にしてくれと言っているけど、今の状況を見て欲しい、お代わりと人が群がっているのにそんな話をしている余裕があるわけ無い
「ミルファとクレマンティーヌは交代、アルベドとユリが変わってくれる」
それはそれで問題があると思うんだけど、休憩できるってだけで嬉しいので変わってもらう。
「疲れたね」
「ですね……」
やばいわ、愛想笑いしてた顔が元に戻らないんだけど……やっぱり人間には無理な事があるんだなと思った。
「ん、美味しい」
「ですね、凄く優しい味です」
最近は濃い味が続いていたから余計にそう思う、卵と野菜、そして塩胡椒だけのシンプルな味。スプーンで持ち上げ、少し傾けるとぱらぱらと米粒が落ちていった。
「これどうやってるのかな?」
「凄いですよね」
卵と絡めればもっとベタっとするはずなんだけど、ぱらぱらとしていることが本当にすごいと思う。それに卵に包まれている米も食感が面白いし、ネギの香りとにんじんの少し固めの食感が肉などが入ってない炒飯なのに凄く美味しいと思わせてくれる。
「そうか、御苦労。パンドラズ・アクター、ナーベ。仕事の時間だ」
「あむ、んぐんぐ」
「……」
「すまない、飲み込んでくれてからで構わない」
……パンドラズ・アクター様もナーベラル様も天然だよね。今炒飯食べて咀嚼している姿を見て、それを確信する。
「ビーストマンの君主がゼロ達と戻って来た、このくだらない戦いをさっさと終わらせるぞ」
「了解しました、全てはモモンガ様の為にッ!」
「つまりその君主を暗殺すればいいんですね?」
「違う……」
頭痛を感じているのか、頭を抑えて溜め息を吐くアインズ様と、私とミルファの代わりに接客をしているユリ様とアルベド様を見ながらお茶を口にする。
「どうも、これからが本番みたいだね」
「頑張ってくださいね」
「判ってる、ありがとね」
リリオットの予言ではあの糞兄貴はもう一度仕掛けてくる、その時は何があってもあの糞兄貴を始末してみせる。私はそう決意を新たにし、炒飯を口に運ぶのだった……。
「はい、どうぞ」
「熱いのでお気をつけください」
笑顔で対応しているアルベド様だけど、凄い勢いで足踏みしていて怒りを堪えているのは明らか。やっぱり誰しも限界ってあるんだねと思いながら、もう少し休憩したら私も合流しようと思った。怒り狂ったアルベド様が簡易厨房をひっくり返す前に、手伝いに入るべきだ。
「……死ね死ね死ね」
「落ち着いてください、カワサキ様のご命令ですから」
小声で死ねと呟いているアルベド様とそれを必死に宥めているユリ様を見て、私はもう少しゆっくりと食べたいと思いながらも、急いで炒飯を口に運んだ。全てが手遅れになる前に合流すべきだと思ったから……なお、最終的にアルベド様が切れる前に合流出来たけど……私とミルファの休憩時間は40分ほどだった事をここに追記する。
下拵え 暗躍へ続く
次回は100話を超えてやっと糞兄貴を出して行こうと思います、後は竜王国とビーストマンの国の話し合いとかですね。
もう少し話が進んだらずっと料理回を書いていこうと思うので、もう少しの間シナリオ回にお付き合い願いします。それでは続けて下拵えの更新もどうかよろしくお願いします。
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない