メニュー13 石釜でパンを焼こう(カルネ村)
自分自身に人化を施し。コックスーツではなく、男性使用人から借りてきたYシャツとスーツに袖を通す。色の好みがデミウルゴスのスーツとは合わないので男性使用人のスーツの新品を運ばせた、リアルで着慣れているので違和感はないが、クックマンの身長とはまるで違う視界には少しばかりの違和感を感じる。
「ったく……守護者にまでお披露目しなくて良いっつうの」
ワックスで髪をオールバックにしながら舌打ちする。モモンガさん曰くカワサキさんが人化していても判るように、俺だけじゃなくて守護者にも見せましょうと楽しそうに笑っていた。あの野郎絶対昨日の仕返しで俺を晒し者にするつもりだな……
(まぁ良いか……)
面倒ではある。だがモモンガさんの素が出ているのは決して悪い事ではない、ならば少し我慢すればいいだけだ。大して気にするまでもない、その後は久しぶりにナザリックの外……カルネ村にだが行く事が出来るのでそれくらいは我慢するべきだ。
「んじゃな、クレマンティーヌ。ちっと行って来るわ」
「え、あ、えええ!?か、カワサキ?」
「あん?ほかに誰が居るよ」
俺を見て目を白黒させているクレマンティーヌに誰が居る?と逆に尋ね返し。大人しく待ってろと言って部屋を出る……残されたクレマンティーヌは
「やっば……なにあれ……超タイプなんですけど……」
自分の知っているカワサキとは、似ても似つかない人間の姿を取ったカワサキに林檎のように顔を真っ赤にしているのだった……
「か、カワサキ様ですか?」
「だからほかに誰が居るってんだ。人化の実験をするって言ってただろ」
玉座の間の前で待機していたナーベラルとユリが信じられないという表情で目を丸くする。さっきもすれ違った一般メイドが目を大きく目開いていたが、9階層にいるのは俺とモモンガさんとNPCとクレマンティーヌだけだ。必然的に俺だろうが……
「あん?どっかおかしいか?コックスーツばっかだったからな」
黒のスーツに白のYシャツ、そしてネクタイではなくスカーフを巻いているが……どっかおかしいか?と尋ねながら自分の身体を確認する。見たところおかしいところは無いが……それか髪か?どこか固め損ねて、跳ねてるか?と尋ねる。
「「い、いえ……その、大変……り、凛々しいお姿だと……」」
赤面しながら声を揃えるユリとナーベラルに苦笑する。
「あーそっちか。大して興味もねえが……ありがとよ」
リアルでも何度も外見を褒められたが、料理人なので外見よりも料理を褒めて欲しい物だ。そもそも俺が貧民層に落ちる切っ掛けの1つでもあるので、正直人間の姿を褒められても微妙なのだが、それで怒るほど器量が狭いつもりはないのでありがとよと返事を返す。
「開けてくれるか?」
自分で開けてもいいのだが、こうして控えている以上2人に頼むべきだろうと思いそう尋ねる。
「「至高の御方カワサキ様のご入室です」」
ナーベラルとユリの声を聞きながら、俺は王座の間に足を踏み入れるのだった……
「ユリ姉さん……シホが見たら大変でしたね」
「そうね……シモベとして相応しくないと思いますが、カワサキ様の人化の御姿は美しかったわ」
思わず見惚れてしまうほどに……カワサキが王座の間に足を踏み入れてから、ナーベラルとユリのそんな会話があった事をカワサキは知らない……
王座の間の扉が開き、そこから人化をしたカワサキさんが姿を見せるのだが……俺は思わず目を擦り、数回瞬きをしてから
「か、カワサキさんですか?」
「だからほかに誰がいるってんだ。馬鹿か、大体オフ会で会ってるだろうが」
クックマンよりも声のトーンが更に低い。声からしてやや不機嫌なのだと判り、そ、そうですね。すいませんと慌てて謝罪する。
(いやいやいや……オフ会の時と全然違うし!?)
でもあれは絶対気付かない。オフ会の時はもっとラフな格好をしていたし、髪もワックスで固めてなかった。スーツを着て、髪を整えるだけでこんなにも印象が変わるのかと驚いた。身長は俺と同じくらいだが、身体の厚みが全然違う。痩せ過ぎと言われる俺よりも肩周りも腰回りもガッシリし、短めの黒髪はワックスか何かでオールバックにされ、そして何よりもその目だ。鷹を思わせる鋭い目付き……正直ちょっと怖い。
「顔を上げ、至高の御方達の御威光に触れなさい」
カワサキさんが俺の隣に来たタイミングでアルベドがそう口にし、シャルティア達がカワサキさんの人化を見て目を見開く。だよな、その反応をするよな……あの丸っこい姿からどうしてこうなるって困惑するよな。
(それってモデリングしてます?)
(してねえよ、めんどくさい。リアルの姿のまんまだ)
……人化だから少し姿を調整しているのか?と思ったのだがどうも違うらしい……と言うか、格好良すぎるだろう!?声のトーンも、目付きも黒いスーツもその全てが完全に噛み合っている。同性としても目が惹かれるわ!
「んん、この姿がカワサキさんがナザリックの外で活動するときの姿となる。皆しっかりと覚えるように」
ナザリック外で活動する場合の護衛に守護者がつく場合もある。だからしっかりと覚えるようにと通達する。
「しかし、それにしても勇ましいですね」
「まあーそうだろう、料理人は体力勝負だからな。身体は鍛えるもんだぞ」
1日ずっと鍋を振り、座る間もなく働く。生半可な体力じゃ仕事にならないぞと笑うカワサキさん。それであの身体になるわけか……料理人半端ねえな……なおカワサキの言葉は嘘ではないが、真実でもない。元富裕層の料理人と言う事で貧民層の小悪党や不良などに絡まれることが多く、ましてや富裕層の時から目の仇にされ、営業妨害や、ヤクザみたいな連中をけしかけられていたカワサキの腕っ節は相当な物だ。料理もそうだが、自衛の為に身体を鍛えていたからこそのこの身体である。
「まぁ外見を褒められるよりも、俺は料理の腕を褒められるほうがよっぽど嬉しいがな」
ニッとニヒルな感じで笑うカワサキさんに守護者の中からも思わず溜息が零れる。なんと言うか……これは反則だなと思う。格好良い男っていう条件を全て満たしているように見える。
「ではセバスを残し、各員自らの領域に戻れ。アウラとマーレはトブの大森林で実験を行う準備をするように」
カルネ村で少し過ごした後はトブの大森林で食材になれの実験を行うので、アウラとマーレに準備をするようにと命令する。返事を返し、出て行く守護者達を見送り、アルベドと共に残ったセバスを呼び寄せる。
「セバスよ、武技を扱える人間および犯罪者の捕縛を命じていたが、それに更にもう1つ指示を付け加える。カワサキさん、どうぞ」
俺では細かい指示を出す事が出来ない内容なので、カワサキさんに変わって貰う。
「そう難しい話じゃない。まず、王国とエ・ランテルで入手可能な調味料の調査をして欲しい。ナザリックの調味料との味の差を調べる、それと王国での料理の調査だ。味の傾向、使われている食材の確認と値段の調査。また朝、昼、晩の3食の食事の傾向もだ。よって王国に出発するのを数日延期し、調査期間とするように」
なんかどんどん指示が増えてる。これ……セバスとソリュシャンに頼むより、カワサキさん本人が行った方が早い気がしてきた。無論安全を確保出来てないので無理な話だが……
「畏まりました。しかし、カワサキ様。お言葉ですが、外の食材や料理は口にしましたが、粗悪すぎ、御身が調査するほどでは……」
「構わない。外貨稼ぎとなる場合、俺が料理人として外に出る可能性がある。その時に提供する料理の傾向を決める物だ」
カワサキさんが外の人間に料理を振舞うと聞いて、アルベドが露骨に嫌そうな顔をする。カワサキさんはそれに気付いたのか苦笑いしながら
「人間と食事はどうやっても切り離せん。だからこそ外貨を得るに最も効率的な職業が料理人だ」
「ですが人間には過ぎたる贅沢と言う物では?」
「違うな、人間だからいいのさ。美味い物には人を引き寄せる引力がある、だから効果が出るんだよ」
まぁ、まだモモンガさんの許可が出ないから草案の段階だがなと笑うカワサキさんが一歩下がる。話は終わりと言うことか……
「では王国に出立する前に数日エ・ランテルに滞在し、料理の調査を行え」
「畏まりました。それではシャルティア様のゲートでエ・ランテルへと向かいます」
深く頭を下げるセバスに任せるぞと声を掛けるが、セバスの顔色が芳しくない。
「どうした?何か問題があるか?」
「……いえ、その昨晩……ソリュシャンが人間の料理は口に合わないと……料理を引っくり返しておりまして」
セバスの言葉にカワサキさんの眉が吊り上がる。明らかに怒っているその表情……自分に向けられた物ではないと判っても恐怖を感じた。
「判った。モモンガさん、実験が終わったら、エ・ランテルとやらに向かわせてくれ。護衛は人化したコキュートスをつける、それでいいだろ?」
「あ、はい。良いですよ」
その迫力に駄目だと思っているのに、良いですよと返事を返してしまった。カワサキさんはくっくっくっと喉を鳴らす、その表情は鬼のようだった……アルベドもセバスも自分に向けられた物ではないと判っているのに、身体を震わせている。
「説教の時間だ。セバス、ソリュシャンには言うなよ。不意打ちで行く」
「……畏まりました」
不味い事を言ってしまったという表情をしているセバスを見送る。セバスは真面目だから、徹底的に調査をしてくれるだろう。問題はカワサキさんを怒らせたソリュシャンの精神面だな……とは言え、俺の口の挟む事ができる問題ではないので、なるようになれと思う事にする。
「ではアルベド。予定通り私とカワサキさんはカルネ村とトブの大森林で実験を行う、何かあれば連絡を寄越せ」
「は、しかし、護衛もなしに……御身が外に出るなど……やはり私も護衛に……」
「心配しすぎだ。カルネ村周辺には既にシモベが複数配置されているし、カルネ村には既にルプスレギナが出発している。滅多な事は起こらないさ、それよりもモモンガさんから与えられた仕事を完璧にこなしておけ」
カワサキさんのど正論に納得して無い様子だが、判りましたと返事を返すアルベドに背を向けゲートでカルネ村に向かったのだが……
「美食神カワサキ様にお祈りを」
「「「……」」」
村の中央に木で出来たカワサキさんの全身像とその前で祈りを捧げるルプスレギナとカルネ村の住人に、さっきまでの鬼の表情から一転し死んだ目になると言う衝撃的な光景がいきなり繰り広げられる事になった……
アインズ様だ、じゃあその隣はカワサキ様か?流石神様……人間のお姿もお持ちなのか……なんと勇ましいとか言う村人の声を聞きながら、木像の前で祈っているルプスレギナに詰め寄り、ちょっと来いと建物の影に引き摺る。
「お前あれどういうつもりだ」
家の壁の前にルプスレギナを立たせ、顔の横に腕を突き出し、その目を見つめる。身長差があるので見下す形になるのは仕方ないのだが、何故やや嬉しそうなのか理解出来ない。
「えっと……カワサキ様の御威光を伝える為に……やっぱり木じゃ駄目でしたか?」
「そうじゃねえよ……」
俺の御威光って何だよ……悪意も何も無く、ただ俺の偉大さを伝える為と言うルプスレギナに深く溜息を吐く……ケモ耳が揺れているのを見て、なんかこの体勢を気に入っているようなので手を引き、腕を組む。なんで、そこで露骨に寂しそうな顔をする……ッ!
「今度からは相談してからやれ、それに俺の木像なんてどうしたんだ」
「こう爪で削りだしました。御方の御姿は脳裏に焼きついているんで」
えへへと笑うルプスレギナの頭に拳骨を落とす。駄目イド、と言うか駄犬……か?なんて言えばいいんだ、この馬鹿は……
「駄犬……次からは勝手にやるな、馬鹿たれ」
駄犬っと言ってなんか身体を震わせているのを見てドン引きする。明らかに怯えではなく、興奮した様子なのが恐ろしい。NPCの性癖って業が深いなと溜息を吐きながら立ち上がり、
「とりあえずあれだ。カルネ村に特産品を作る。石窯作れるか?」
「石窯ですか?それなら確かありましたよ?」
作らないといけないと思っていたが、石窯があるなら好都合だ。鞄からコックスーツを取り出しながら指示を出す。
「ルプスレギナ、お前から見て料理が出来そうで、記憶力がそこそこ良さそうな奴を5~7人選んで来い。その後は村に備蓄されてる麦と、それと石臼みたいな麦を粉にするのがあればそれも用意させてくれ」
判りましたと元気良く返事を返し駆け出すルプスレギナを見送り、モモンガさんと合流する。
「カルネ村を拠点とするんだ。ある程度の特産品とかを作るのも良いだろう?」
「それはいいですが、何を作るんです?」
「パン」
麦畑があったのを覚えている。残念な事に麦の種類は判らないが、パンにはなるだろう。
「まぁ見ててくれよ。ナザリックの支配下の村だ、少しくらい発展させても良いだろう?」
「と言うかカワサキさんがパンを作りたいんでしょ?」
俺を理解してきたなとモモンガさんに笑いかけ。空き家でスーツからコックスーツに着替える、神器級装備なのでサイズの自動調整があるのが便利だな。コック帽の代わりにバンダナを頭に巻き、広場に向かう。
「「「「「カワサキ様。よろしくお願いします」」」」」
「……おう」
若い少女1人と、顔つきが整っていると言う感じの20歳後半の女性が4人……木の机と石臼が用意されてる中、美人を用意しましたという感じで笑うルプスレギナにやっぱりアイツは駄犬だなと確信するのだった……
「こいつは……麦?小麦か……いや……違うか?駄目だ判らん」
見た感じは麦に似てるが……ちょっと違うという感じもする。この世界特有の種類か?……そもそも料理人なので麦の種類なんて判らない、まぁなんとかなるだろ。と判断する、料理はトライ&エラーだ。まずはやるだけやってみるか……
「ルプスレギナ、麦を石臼で粉にしてくれ。やり方はわかるか?」
「大丈夫です!」
元気良く返事を返すのは良いんだが……ちとこいつは悪戯っぽい気質があるな。まぁやる気がある様でいいか。
「生活魔法とやらを使えるのは?」
5人中2人が挙手する。これは良い、生活魔法を見てみたかったんだ。
「塩と砂糖を出してくれ。出来るか?」
「はい、大丈夫です。カワサキ様」
呪文を詠唱すると、空の皿の中に塩と砂糖が現れる。それを受け取り味見をして見る……
(雑味が強いな……だが塩と砂糖だ)
質は粗悪だが、間違いなく塩と砂糖。中々便利な魔法だな……もう少し質が良ければ言う事なしだが……それは高望みだな。
「パンとかは作るのか?もしあるなら見せてくれ」
1人の村人が黒パンを持ってくる。それを千切って頬張る……予想通り硬く、そして味も悪い……恐らく保存する事に重点を置いているのだろう。かなり力を入れて噛み締め飲み込む。
「うっし大体判った」
これは発酵していないし、ドライイーストは勿論使っていないし、何よりもこれはパン種を用意できていない。
(貧乏な村だからか?)
ドライイーストは現代の文明の品だから無いのは当然だが、ワインを使った発酵パン種すらまともに用意できないのだろう。住人の服装や、村の作りを見れば貧乏な村と言うのは1目でわかるからな、俺は両手を組みドライイーストを生成する。発酵パン種よりも使いやすいし、教えやすいしな。
「これはドライイーストと言う粉だ。これを使うとパンが驚くほど柔らかくなる、これからこれを使うパンの作り方を教えよう」
ドライイーストを見せ、これを使ったパンの作り方を教えると言って俺は作業に入るのだった……
人間の御姿になられたカワサキ様がパンの作り方を教えてくれるという事で、村の中から私を含め5人が選ばれた。
「柔らかいパンだ。村の特産品になるだろう」
これからの復興の助けになるといいがと笑うカワサキ様は金属製のボウル。私達は家から持ってきた木のボウルにルプスレギナ様が製粉してくれた小麦粉を入れるのだが、
「待て待て、馬鹿。適当に入れるな」
カワサキ様が何かの道具を取り出す。そして良く見ろと私達の前に置く。
「ここの目盛りに赤い針が来るように重さを量るんだ。良く見てろ」
秤なのか、そこに小麦を乗せ重さを量るカワサキ様。ここだと仰られた部分をしっかりと覚える。
「よし、やってみろ。最初は慌てなくて良い、ゆっくりやれ」
「「「「「はい」」」」」
カワサキ様の言葉に頷き、カワサキ様が教えてくれた目盛りのところまで小麦粉を乗せ重量を測る。しっかりと重さを量った物をボウルの中に入れる。
「ここからは細かいぞ。また教えに来るが、覚える事を忘れるな。仲間で役割分担して覚えてもいいぞ」
そこからは言われたとおり、恐ろしいほどに細かい重量を測る作業が待っていた。
「砂糖8g、塩3.5g、ドライイースト3g」
緻密に計算されたその分量を必死に覚え、見せてもらった目盛りに針が来た所でボウルに次々と加えていく。
「よし次だ。これは人肌程度に加熱した牛乳だ、飲んでみろ」
いつの間にかルプスレギナ様が温めてくださっていた牛乳。コップに入れられたそれを口にする。生温かいそれを飲み干す。
「その温度を覚えろ、この温かさに温めた牛乳を90gそれにそれと同じ温度に温めた水も90gこれをボウルの中に入れる」
今度は牛乳と水の温度まで……自分達の知る料理とは根底から違うと驚愕する。
「そしたら今度はそれを丁寧に混ぜ合わせる。俺の手の動きを良く見ろ」
カワサキ様の大きな手が、その大きさから想像も出来ない丁寧な動きで粉と牛乳を混ぜ合わせていく。それを真似して、ゆっくり丁寧に粉を混ぜ合わせる。
「ある程度固まってきたら机の上に出して、手の平で押しつぶすように捏ねる、これを何度も何度も繰り返すと、粉っぽさが無くなる。そうなったら、伸ばす、畳む、これを何回も何回も繰り返す」
力を込めて粉を捏ねるカワサキ様の真似をして必死でその作業を続ける。額に汗が浮かんでくるほどの作業だ。
「良し、いい具合だ。その後はこうやって丸める」
生地がボールのように丁寧に丸められる。カワサキ様は簡単そうにやってのけたが、これが難しい。何度も何度もやってやっと丸くなった。
「そうなったらボウルに生地を入れて、布巾を被せて暫く置いておく、そうだな……」
牛乳を温めた鍋が机の上に置かれ。この近くに置けと言われたのでカワサキ様の真似をして布巾を被せて鍋の近くに置く。
「じゃあ少し休憩だ」
椅子に座り背伸びをするカワサキ様。私達はどうすればと困惑しているとカワサキ様は
「ここから長いぞ?休んでおけ」
座って休憩しろと言われ、椅子に腰掛ける。暫くその通りにしていると、布巾の下を覗いたカワサキ様が私達を呼ぶ。
「これを見てみろ」
「「「「「大きくなってる!?」」」」」
丸めた球体の倍近い大きさになっている。その不思議な現象を理解できず目を見開く。
「こうなったら手の平で生地を押し、空気を出す」
ぐっぐっと生地を押すカワサキ様の真似をして生地を押すと、不思議な感触が手に返って来る。これが空気を抜いているってこと?カワサキ様の仰られている事は難しすぎて理解出来ないけど、きっとその通りなのだろう。
「そしたら生地を取り出して、もう1度丸める」
押しつぶした生地を再び丸めると、カワサキ様は金属の板みたいなものを取り出して
「これで8等分にする」
信じられないスピードでカワサキ様の手が動き、球体が8個に切断される……その余りの手際の良さに驚く。
「これをやる、パン作りの道具だ。なに心配するな、これはまだ大量にある。村人で順番で使え」
カワサキ様が使っていたその板を受け取り、ゆっくりと生地を8等分にする。
「そしたらこれをまた小さく丸める」
8等分にした生地を再び丸めるカワサキ様は布巾をタルの中に入れ、絞り生地の上に被せる。
「これでまた生地を休ませる、15分……この機械の目盛りを3に合わせて。音が鳴るまでだ……これもやろう」
差し出された時間を計るという機械……カワサキ様の持っている道具も料理の知識も桁違いだ。水で濡らした布巾を生地の上に被せ、音が鳴るのを待つ。ジリリリリッ!!と音がなったら布巾を外す。
「棒で生地の真ん中を押して空気を押しだす」
カワサキ様の真似をして、長細い棒で生地の真ん中を押す。それを繰り返しているとカワサキ様が石窯の中に入れる鉄板を持ってきた。
「この上に生地を均等に並べて、また布巾を被せる。そして今度は長時間発酵させる」
目盛りを回転させたカワサキ様は椅子に腰掛け、
「後は焼くだけだ。その作業は男に覚えさせる、お疲れ様」
これで作業は終わり。焼きあがったら味見に来いと言うカワサキ様に頭を下げ、私達はその場を後にするのだった……
石窯で村の男連中がパンを焼く準備をしているのを見ながら、ボトルに入れた牛乳をひたすらに振る。本当はパンに練りこみたかったんだが……そこまで準備をする時間などある訳もない。だから焼きあがったパンに塗って食べさせようと思ったのだ。
「カワサキ様。それは何を?」
「バターって言う調味料だ。牛乳をこうやってひたすら振って作る。簡単だから男連中に伝えておけ」
パンを作るのは男には無理だ。だから女性に覚えさせた、後は力仕事や大変な物は男に覚えさせる。役割分担は大事だからな。
「カワサキ様。石窯の準備が出来ました」
薪をくべていた男の声に頷き。石窯の前に移動する……中が真っ赤に染まり良い温度になっているのは判る……問題は俺が石窯でパンを焼いた事がない事だな。
(クックマンのスキルで何とかなるか?)
なんか色々あったはず……頭の中でスキルを色々呼び出していると
(うん?)
村人の身体に食材適正0.05や0.10と言う数値が見えた。これは……クックマンの鑑定か?
(……人間は食い物じゃねえよ)
つうかなんで人間に食材適正が……ふとそこまで考えた所で気付いた。食材になれの実験で食材以外が出たのこれが原因じゃないか?っと……今日のトブの大森林とやらの実験では、食材適性のあるモンスターを探す事が大事かもしれないな。
「どうしたんです?カワサキさん」
「ん?ああ、モモンガさんか。ちっと気になる事があってな」
俺が顎の下に手をおいて何かを考え込む素振りを見せたまま動かないので、心配そうな顔をして近づいて来たモモンガさんに今日の実験に関係ありそうなことだと返事を返す。
「よし、パンを入れろ」
「はいッ!」
長い柄のついた棒で器用に鉄板を石窯の中に入れる男。結局パンのやけ具合を判断するスキルは無かったので目で判断する事にするのだった……
「あのカワサキ様……近いです」
「ちっと黙ってろ」
俺が近いと言う男に黙ってろと睨みつける、す、すいませんと謝る男に怒ってるわけじゃねえと言って窯の中に全神経を傾ける……パンが焼ける音。それを完全に俺の耳は聞き分けていた。これはきっとクックマンの種族特性だろう……そして目でも確認する。パンがゆっくりと膨らみ、良い具合の焼け具合になったのを確認した。石窯の横の棒に手を伸ばし鉄板を引きずり出す。
「うむ。悪くない」
小麦の種類は判らないが、パンに適していた種類だったのかもしれない。鉄板を机の上に置きパンに手を伸ばす。
「あちちち……」
焼きたてだから流石に熱い、手でお手玉をしある程度熱を取ってからパンを半分に割る。パリッとした表面と中はふっくらとしている……石窯で焼いた割には良い具合だ。ライ麦パンか、白パンか、パンの種類は判らないがとにかくパンだ。
「ほれ、モモンガさん」
半分に割ったそれにバターを塗ってモモンガさんに差し出す。
「俺何もしてないですよ?」
「味見だから良いんだよ。それともいらないか?」
いりますと即答するモモンガさんになら最初から受け取れと笑い。自分の分にもバターを塗ってパンに齧りつく。
「ん!柔らかくて美味しいですね」
「そうか……うーん」
モモンガさんは柔らかくて美味しいと笑うが、俺には少々物足り無さを感じていた。やはり溶かしバターをパンの表面に塗ったほうが……それにバターもパン生地に練りこむべきだった……小麦の味はいいのだが、やや旨味に欠ける仕上がりだ。
「どうしたんですか?」
「いや、改善点が色々見つかっただけだ」
これだから料理は止められないな。知識、そしてレシピ通りに作ったとしても求める結果にならない。失敗を繰り返してよりよい物を作る……やっぱりこれだよな。そう思いながら、俺は机の上に置いていた鞄を肩に担ぐ。
「このバターを塗って食べてくれれば良い。それと後のパン生地はお前たちで焼き具合を色々試してみてくれ……今度来た時にその焼け具合とパンの変化を教えてくれればいい」
俺の焼き方とこの世界の住人のパンの焼き方。その差を見て見たい所だが、この後も予定が詰まっているのでそれはまた今度にしよう。そろそろ移動しようと、モモンガさんに声をかける。
「行こうモモンガさん」
「ふぁい!ひゅまひゅきます!(はい!今行きます!)」
俺が移動するのを見て慌ててパンを頬張ったモモンガさんに飲み込んでから喋れと苦笑すると同時に、良い具合に食いしん坊になってるなと心の中で呟くのだった……
2人が立ち去ってからパンを食べたカルネ村の住人達はと言うと、
「や、柔らかい!こんなパン初めてだ」
「このバターって言うのを塗るともっと美味しいわ!」
そのパンの美味さに美食神カワサキに対する信仰心が更に上昇していたりするのだった……
なお後にカワサキの伝えた柔らかいパン、そしてバターはカルネ村の特産品として保存の魔法をかけられ、市場で高値で流通する事になるのだが……カワサキとモモンガはそれを知る由もないのだった……
後関係の無い話だが、ナザリックに帰還したルプスレギナがカワサキ様に駄犬って言われたっす~っと笑い、
「なんてご褒美……どうすればそうやって罵って貰えるのですか」
シホが羨ましいと言って親指を噛むという一幕があるが、全く関係ないので割愛する事にしよう……
賄い2 トリックスター/カワサキの失敗/リザードマンの集落に迫る影/クレマンティーヌとニグン
カルネ村に特産品が生まれました。多分、この世界にドライイーストとか無いからパンは固めだと思うので、カワサキが伝えた柔らかいパンの衝撃は凄まじい物だと思います。次回は賄い、何が起こるのか楽しみにしていてください
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない