メニュー119 保存食作り その3
来るたびにバージョンアップしているカルネ村の俺のキッチン。まぁやりすぎてるとか思わないわけでは無いが、設備がしっかりしていれば作れる料理も増える。そう思えば文句などあるわけが無く、今も実際に保存食の1つを試作した所だ。
「……大丈夫かこれ……」
しかしそれはやはり前途多難だった。麺料理と言うのは案外好まれているらしいが、それはパスタであったり、ジャージャー麺のような具材と混ぜるようなものが主流で、俺の作りたいラーメンと言うのはかなり珍しい部類にはなるらしい。ただそれでもきしめん見たいのもあったりと、ここら辺は確実に俺達みたいな転移者が教えたと見て間違いない。だから珍しいとしても受け入れられる――そんな風に思っていた時期が俺にもあった。
「おかしいな、ちゃんとレシピを見たはずなんだが……」
水ではなく卵だけで小麦粉を練り、それを伸ばして5mm間隔で切る。そしてそれを茹でて揚げる。これで伊府麺(イーフー麺)と言う広州で作られた保存の利く麺になるとあったので試してみたんだが……想像と違う。
「……これ麺じゃねえだろ?」
なんと言うかこれはすいとんのような気がする。揚げた状態から麺に戻せる――即席めんのようなものを想像していたのだが、どうもこの伊府麺と言うのは根底から何か間違ったような物の気がする。
「……うん、これは素人には無理だな」
麺はプツプツとした食感で弾力も粘り気も殆ど感じられない。噛むと歯でちぎるような独特な食感は癖になるが、麺自体に味が無くスープの味がなければ非常に食べにくい上がりだ。
「これは濃い味のスープの中に入れたり、こう餡かけ焼きそばの方が向いている気がするな」
保存食、即席麺としては失敗だが、1つ判った事もある。高温で揚げる事で湯で元に戻せる――これが重要な要素であり、これが判っただけでも俺としては儲けものだ。これをベースにして更にワンランク上の即席麺に挑戦出来る。
「よし、まずはこいつだ」
まず伊府麺で判った事は麺自体に強い味をつけていないと、お湯で戻した時に味がしないと言う事だ。その為にはかなり濃い目で味の濃い基本スープが必要だと思う。丸鶏を鍋の中に入れて、浸るくらいまでの水を入れて水から茹で始める。
「しょうが、ネギの青い部分、あとはローリエと黒胡椒かな」
濃い鶏がら出汁を抽出したいので、鶏臭さを打ち消してくれる食材をベースにして茹でる。浮かんできた灰汁を掬っては取り、掬っては取りを繰り返しひたすら煮込む。
「こんな感じだな」
鶏が崩れてきたら、本来はラーメンのスープに入れない物――昆布と丸のままの鰹節を投入する。
「感じ感じ、いけるだろ。うん」
即席麺を目指しているので出汁の段階で旨み成分とかを可能な限り抽出したいので、旨み成分の塊である昆布と鰹節をシュートする。
「……なんだろうなあ、やっちまった感がある」
まああれだ、料理はトライ&エラー。1度の失敗でへこたれていては何も始まらない。まずはやるだけやってみる、全てはそこだ。ネギ等が完全に溶けるまで煮込んだらこれを1度漉す。
「うんうん、良い感じじゃないか。味はっと……うん、完璧だな。」
鶏脂がたっぷりと浮いた上質な鶏がら出汁だ。鶏の出汁が良く利いた、黒胡椒としょうがのパンチが効いた絶品の出汁になっている。正直これに醤油のツメを用意すればめちゃくちゃ美味しい醤油ラーメンになりそうだが、今回は保存食にすると言う目的があるので、この鶏がら出汁を更に煮詰めて味を濃くする。
「ここで醤油っと」
3割ほど蒸発した所で醤油を加えて混ぜ合わせて、味見してみる。かなり美味いがこうではない。
「もう少し醤油と塩を足してみるか」
このチキンスープを麺を練っている段階で混ぜ込んでみるのと1度作った中華麺を蒸して、蒸した所にチキンスープを混ぜた物の2種類を用意して高温で揚げる。味付けは此処で決めてしまうのでかなり濃い目の物でなければ意味が無い、生地に練りこむ分ともっと煮詰めてドロドロにする為にこのチキンスープを2つに分けて、別々の味付けと煮込み時間、そして別々の作り方を試す事にするのだった……。
ガゼフが持ってきたカワサキの作った保存食第2号と第3号を前にして、我々は話し合いを続けていた。魔法学校の開設も近いが、その前にアゼルリシア山脈の攻略も同時に行わなければならない。もっと言えば魔法学校の開設を目晦ましにし、短時間での攻略が求められる。その都度カワサキに料理をさせていては意味が無く、ドワーフを発見するまでは素早い行動が要求される。短時間で腹を満たし、栄養を取り入れて行軍を可能にする食事の作成は必要不可欠であり、今後の戦いにも必要になる。
「固めのフルーツケーキと言う感じだな」
「そうじゃな。しかし保存なしで数ヶ月持つとは驚きじゃな」
「確かにな……見た所完全に果物の水気も飛ばしている。だからこその長期保存ではないだろうか?」
痛む原因である果汁などを極力排除し、乾燥させることで甘みを凝縮。水など余り使わず、痛む要因を限りなく排除したと言うところだろうか。私とドラウディロン、ランポッサ三世で話し合っているとリュクはそれをそのまま頬張った。
「うん、思ったより柔らかいですね。それに甘みも十分です」
味の感想をのんびりと言うリュクに苦笑しながら、私もフルーツバーをやらをつまみ上げて頬張る。表面は少し固いが、中は確かに柔らかい。
(固めのパンと言うところか、いやそれでも別物だが)
完全に保存食のカチカチに焼いたパンよりかはずっと柔らかいし食べやすい。それに噛んでいると乾燥した果物が顔を出し、そのほのかな甘みが身体に染み渡るようだ。
「これは採用だな、各自2つ……いや、3つは携帯させたい」
「賛成だ。思ったよりも腹持ちも良さそうだし、甘い物は生き延びることに直結する」
過去の事例では遭難した兵士が甘いものを食べた事で生き延びたという話もある。そう考えればパンの腹持ちの良さと果物の甘みは理に叶っている。
「私はこのチョコの奴が気に入ったな」
「甘くて美味しいですね」
「待て待て、なんだ。そのチョコの奴とは」
私はそんな物を食べて無いぞと言ってもくもくとフルーツバーを食べている2人から黒っぽいフルーツバーを奪い取る。
「香りは良いな」
「確かに」
鼻をくすぐる甘い香り。さっきの物とは甘みの種類が違うと言うのが判る、ランポッサ三世と共に齧り、なるほどと頷いた。
「これは酸味のある果物か、あうな」
「うむ。これは良い」
チョコレートの濃い甘い味と酸味のある果物の味――相反する味だが、それが良い。最初の燻製肉と干し野菜のスープも悪くなかったが、これは完璧と言っても良いだろう。火も何もいらず、水分さえあれば手早く腹を満たすことが出来る理想的な料理だ。
「では次はこちらです」
「「「「ボール?」」」」
ガゼフが持ってきたのは狐色のボールだった。何だこれは? と困惑した声があちこちから聞こえる。
「これを椀の中に入れて、お湯を注ぐっと」
ボールにお湯が掛けられると徐々にそれが崩れ、中に入れられている具材が姿を見せ、お湯に色をつける。
「即席リゾット? いや、それの割には粘りが無いな」
「オートミールか?」
見覚えの無い料理だ。使われているのは米でリゾットやオートミールに似ているが、スープ状なのでそれに似てはいるが別物だ。
「即席湯漬けというそうです」
湯漬けか、しかしまぁなんだ。スープと米と言うのは身体も温まるし、腹も膨れる。最初の燻製肉と干し野菜のスープに似ているといえば身も蓋も無いが、これは恐らくカルネ村にいる冒険者やワーカーの意見なのだろう。夜になれば気温が下がり寒くなる、身体を温めつつ腹を膨れさせるのは非常にありがたい。
「どれどれ」
スプーンで具材と米を掬って頬張る。その瞬間に口の中に広がったのは爽やかな、ハーブに似た香りだ。
「ほう、これは面白い」
「確かになぁ」
「あちちッ」
揚げているので油っぽいと思ったのだが、香りの良い油だ。これは油にハーブなどの香りを溶かし込んだのだろう。その香りが溶け込んだ油で揚げているので思ったよりも油っぽくなく、スープの味にも大きく影響している。
(それに具材も良いな)
色んな食感の食材が次々に顔を見せ、米は外側がカリカリ、中がふんわりとしている。スープに漬け込んでいる時間で味も変わり、米の食感も変わる。
「これはもしかすると燻製肉と干し野菜の即席スープを入れても良いな」
「それは名案だな。具材とスープの味の変化を楽しめる」
「いや、これは良いぞ。色々と使い勝手が良い」
「あ、美味しい」
一人猫舌がいまやっと美味しいと言う感想を告げたが、これは良い。お湯を掛けて、素早く食うことも出来れば、少しまってのんびりと味わうことも出来る。緊急時の食事でも、休みに入る時の食事としてもこれは完璧だ。
「私はこれを採用するべきだと思うが」
「「「異議なし」」」
フルーツバーもこの即席湯漬けも満場一致で携帯食として採用されることになったのは言うまでも無い。
カワサキ様から人間相手に作っている保存食の味見をして欲しいと言う事で呼ばれましたが、正直カワサキ様が何故人間相手に此処まで骨を折られなくてはならないのかと、怒りを覚えているシモベは私含めて多いことでしょう。ですが、それもカルネ村に来て考えが僅かに変わりました。
「今回は色々出来て、新しい料理の方法とかが思いついて面白かったな」
「良い気分転換になった用で何よりですわ。カワサキ様」
なるほど、あくまで今回のはカワサキ様の実験を兼ねた物となればナザリックのシモベを使わず現地の人間を相手にしたのも納得出来た。
「来たか。デミウルゴス、さあ、お前も座るが良い」
「アインズ様、失礼します」
アインズ様に一礼してから椅子に腰掛ける。机の上には固められた麺の塊が2つおかれている。
「これは麺を揚げたものでしょうか?」
「そうそう、高温で揚げた奴だ。これにお湯を注いで少し待つ」
カワサキ様が丼の中に揚げられた麺を入れ、そこにお湯を注ぎ蓋をする。そしてアインズ様、アルベド、私の前に順番に置いた。
「色々試して2つほど候補が出来た。それは麺を捏ねる時にスープを混ぜた奴、スープの濃度を色々と調整してみたんだ。味の感想とかを教えてくれると嬉しい」
そろそろ食べれるぞと言われ蓋を開ける。湯気で眼鏡が曇ったので、外してハンカチで拭って再び眼鏡を掛けてから丼の中に視線を向ける。
「これは美味しそうですね。カワサキ様」
「まだまだ実験段階さ、遠慮なく味の感想を教えて欲しい」
いただきますと口にしてから麺をフォークで持ち上げる。うどんやラーメンと比べると少し細めで、そばやそうめんに近いかもしれないですね、持ち運びに重点を置いているので味は二の次、そして麺の食感も別物ということでしょう。
「ん、んー……カワサキさん、これちょっと辛くないですかね?」
「私は美味しいですが……確かに少し濃いかもしれないですね」
アインズ様は辛い、アルベドは濃いと表現した麺を私も口にする。乾燥麺だからカワサキ様が御作りになる麺とは別物と認識しておりましたが、麺の食感と喉ごしはそう悪くないですね。噛むとかなり濃い目の味が口の中に広がる、スプーンでスープを掬い口にすると丁度良い感じですが……。
「スープを飲みきってしまうと些か食べるのは辛いかもしれません」
「そうか……色々麺に混ぜ込むチキンスープの濃度は変えてみたが、駄目か。ありがとう」
食べれない事は無いですが、些か辛い。スープに溶け込むことで味が僅かに微調整されていますが、微々たる物でこの麺の辛さでは先にスープを飲みきってしまい、そこで箸が止まる可能性が高い。
「じゃあ次はこれだ。これは茹でた麺にチキンスープを絡めて揚げた奴だからもっと食べやすいと思う」
見た目は同じですが、カワサキ様がそう仰られるのならば劇的な変化があるに違いない。2個目の丼にできた即席麺はさっきの物よりもスープの色のバランスが良く、麺が良くほぐれているように見える。
「ん、これ美味しいですよ。スープも麺も丁度良いです」
「本当、カワサキ様。これはとても美味しいですわ」
アインズ様とアルベドが絶賛するのもわかる。さっきの物よりも麺の喉越しがかなり良くなり、後味も実に丁度良い。それにスープだ、さっきの物は麺と比べるとかなり薄かったですが、これは丁度良い濃度と辛さだ。
「カワサキ様、これは完璧だと思います」
「そうか! そうかッ! よしよし、これで完成も見えたな! 悪いなアルベド、デミウルゴス。態々来てもらってッ! じゃあ忘れない内に完成度を高めてくるわ」
忘れない内にと言って厨房に走っていかれるカワサキ様。その飽くなき探究心と上を目指す向上心……シモベとしてアインズ様とカワサキ様を落胆させない為にも見習わなければならないことだと思う。
「さてと、カワサキさんがいなくなったところで強欲と無欲の事だが、首尾はどうだ?」
カワサキ様に聞かせるわけには行かない生体実験の話、だがこれが成功すれば歳老いた人間を再び戦力として数えることが出来、その知識も広げることが出来る。空の丼を前に私とアルベドは実験が最終段階に入ったこと、そしてカイレがその実験に自らの意思で参加することを告げていることを私はアインズ様にご報告するのだった。
賄い 星に願いを/魔法学校/開店準備へ続く
次回は料理回ではなくシナリオ回で話を進めていこうと思います。その後はエ・ランテルでのカワサキさんの店の再開ですね。大分料理のシーンの勘が戻ってきたと思うので、次でしっかり回復させたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない