生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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メニュー120 カツ丼 その2

メニュー120 カツ丼 その2

 

カワサキ君の店が再開すると聞いて1番喜んだのは間違いなく冒険者達だ。安くて量があり、お弁当なども頼める。暫くしたらまたモモンと共に旅に出ると聞いているので、今の内に食い溜めをしようと思っている者も少なくない。

 

「カワサキ! カツ丼大盛りで!」

 

「あいよーッ!」

 

日替わり定食や、野菜炒め、持ち帰りのサンドイッチも当然人気の品だったが、昇格試験や、4ヵ国同盟の兵士・騎士の採用試験に参加する為の験を担ごうとしてカツ丼を求める冒険者や、帝国からやってきていたワーカー達が受付をしているエ・ランテルの冒険者組合で薦められ、そのままカワサキの店にやってくるという流れが出来ていて久しぶりの開店ということもあるが、カワサキの店は大繁盛していた。

 

「カワサキさん。この女性向けのカツ丼って奴とお味噌汁ください」

 

帝国のワーカーや王国の冒険者に揉まれながら待ち続け、やっと私も店の中に入る事が出来たので料理を注文する。

 

「おーう、了解。なんだ? ブリタも4ヵ国同盟の試験を受けるのか?」

 

「ううん。カルネ村にでも行こうかなって」

 

鉄級の私では4ヵ国同盟の騎士・兵士の採用試験に受かるわけが無い。白金級やミスリル級、オリハルコン級の冒険者や、旅団と言っても良いワーカーが集まっている試験に参加するなんて自殺行為はするわけが無い。冒険者組合でカルネ村に移住してカルネ村の防衛や、バレアレ商店の新作ポーションの護送を主にやる長期の依頼があったので、それを受けることにした。

 

「ふーん、ま、それも1つの道じゃない?」

 

「無理せず、出来る範囲の仕事で私には丁度良いんだよね」

 

クレマンティーヌのように戦士として一流ならまだ何とかなると思うんだけど、生憎私の才能と技術ではここら辺が限界だ。届かない高みを目指して、墜落して死ぬなんて言う無謀な真似はしない主義だ。

 

「まぁ。人生安全にだ、大博打に出る時はもう何も出来ない時だけで良い」

 

「……それは経験談ですか?」

 

「おう。にっちもさっちも行かない時や首に縄が巻かれた時だけで良いんだよ。身の丈以上の事をやろうと思う時なんてな、はい、洋風カツ丼お待ちどう」

 

大きな丼ではなく、広い皿の上にご飯と甘辛い香りが食欲を誘う。だけどそれだけではなくて、甘い香りの中にほのかな酸味が混じっているのに気付いた。

 

「これってトマト?」

 

「そ、トマトを隠し味にして、トマトと良く合うアスパラガスも使っている」

 

なるほど、確かに普段のカツ丼と違って女性向けって言うのも分かる気がする。

 

「いただきます」

 

手を合わせてそう口にしてからフォークを手に取り、まずタレの掛かっているご飯を口に運ぶ。

 

「んーッ! 美味しいッ!」

 

普段の甘辛いタレも十分に美味しいのだけど、トマトの酸味と甘みが加わっているこのカツ丼は味にグッと深みがある……気がするッ! こうトマトって感じが全面的に出ているのではなく、ほんのりと食べている途中で顔を見せるのが実に丁度良いと思う。

 

「あーん」

 

4つに切られた小さなトマトとアスパラガスの柔らかくて甘みのある味は癖になる。ご飯とトマトが合うの? と最初は少し不安だったけどなんて事はない、カワサキさんが作ってくれるのだから不味い訳が無い。本当に余計な心配をしたと反省しなければならないだろう。

 

「ふーふー」

 

息を吹きかけてトンカツを冷まして小さく口を開けて齧ってみて驚いた、普段のカツ丼はもっとこうカツが固くて……いや、安くて不味い肉って訳ではなくて丁度良い柔らかさなんだけど、これはそれよりももっと柔らかい。そしてその理由はすぐに判った、これは1枚の肉で作っているのではないのだと……。

 

「美味しい! このカツ、凄く美味しいですよッ!」

 

「それは良かった、お手製のミルフィーユカツだ。手間が掛かっている分、味は保障する「そのミルフィーユって奴で大盛りカツ丼1つ!」……やれやれ薮蛇だな、こりゃ」

 

カワサキさんが肩を竦め、厨房の中では肉が揚げられる音が響く。カワサキさんが手間と言うくらいだから、他の人では1つ作るのもやっとな難しい料理なのだろう。

 

(豚肉を何枚も重ねてるんだもんね)

 

薄い豚バラ肉を何枚も重ねて大きなカツにしている。豚バラ肉だから普通のカツよりも柔らかく、そして赤身と脂身の部分を交互に重ねているので肉本来の食感と豚肉の脂の甘みを存分に楽しむ事が出来る。それに食べていると甘辛いタレとトマトの酸味の味が口の中に広がって、普通のカツ丼を食べるよりもずっと食べやすくて美味しい。

 

「やれやれ、こんな料理があるとはまだまだ料理の道は奥深いな」

 

「む、むむうう……」

 

あれって黄金の輝き亭の料理長と副料理長じゃ……いやそれだけではない、エ・ランテルのレストランや宿屋の料理人が何人もいる。色んな料理を口にして、複雑な顔でメモをして、料理と手帳を交互に睨んでいる。

 

「貴殿は気になさらないのか?」

 

「何が?」

 

そんな時だった。おそらく帝国の騎士だろう、壮年の男性が会計を済ませた所でカワサキさんにそう問いかけた。

 

「己の料理を真似されて良いのか?」

 

その言葉にカワサキさんは一瞬きょとんとして、次の瞬間に大声で笑い出した。

 

「ははッ! そんなのは気にしないさ。美味い物は誰だって食べたい、作れる人間が増えて困る事はないさ」

 

だけどそう簡単に俺の料理は真似出来ないけどなと自信満々に言うカワサキさんに騎士はニッと笑った。

 

「気に入った。お前の料理だけではなく、お前自身もな。また来るぞ」

 

「ええ、御贔屓に」

 

エ・ランテルと王国ではカワサキさんの料理の腕前は知られている。だけど帝国ではそうではない、だから帝国の人間がカワサキさんの事を褒めているのを聞くとまるで自分の事のように誇らしくなる。それは私だけではなく、前々からカワサキさんの料理を好いている冒険者みんながそう思っていることだろう。

 

「ご馳走様でした。お代おいておきますね」

 

「おう、ブリタも頑張れよ」

 

カワサキさんに激励されて店を出る、ぐぐーっと大きく背伸びをして門の所に止まっている2つの馬車に視線を向ける。1つはカルネ村行き、1つは4ヵ国同盟の採用試験……。

 

「駄目元駄目元」

 

カルネ村への護衛の募集は定期的に行なわれているからまだチャンスはある。だけど4ヵ国同盟の採用試験はあと数回あるかどうかだ、実力の差はあると判っているけど……。

 

「試験に参加希望ですか?」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

1回だけ挑戦してみるのも悪くない……そう思って採用試験の会場に向かう馬車に私は乗り込むのだった……。

 

 

 

 

4ヵ国同盟の採用試験には2つの区分がある。1つは王国最強剣士のガゼフ・ストロノーフや、帝国の誇る4騎士、竜王国の猛将ガーランドのように一騎当千の者達が集まる主力部隊への試験――これはゴールド、白金、ミスリル級の者が我こそは! と活きこんで挑戦する物だ。そしてもう1つは少人数の部隊を率いる部隊の団長や、その部隊への参戦試験。それに帝国のワーカーであるヘビーマッシャーのリーダーである「グリンガム」は挑もうとしていた。

 

(老公に、あっちは炎騎士か……)

 

名だたるワーカーや冒険者が試験に参加する書類を手にし、それに必要事項を書き込んでいる。

 

「グリンガム様はどうなさいますか? 執筆代行もおりますが」

 

「すまぬがそれで頼む。我はあまり読み書きが得意ではない」

 

畏まりましたと頭を下げる冒険者組合の受付に軽く頭を下げて、冒険者組合を出る。

 

(……疲れた)

 

帝国で宣伝を兼ねての喋り方だが、王国では自分の名が売れておらずへんな物を見る目で見られるのが精神的に辛かった。このまま仲間が待っている宿に帰ろうと思い足をそちらに向けたのだが、人だかりが出来ている店から漂ってくる香りに振り返った。

 

「あれか」

 

王国領に来たのだから食べていくと良いと薦められた飯処カワサキというレストラン。噂では皇帝の御前料理会に飛び込みで参戦し、優勝を掻っ攫った程の腕前だと聞いている。

 

「……良し」

 

財布を確認し十分な資金があるのを確認してから、俺は店に足を向けた。

 

「うめえッ! やっぱりカツ丼が最高だな!」

 

「戦う男の飯と言うだけはあるな!」

 

店の中は外以上に人、人、人だらけだった。決して小さい店ではないが、大きくも無い……これだけ並んでいれば別の店と思うのが当然だが、それでも並んでいると言うのはさぞ腕の良い料理人がいるのだろう。

 

「んーお客さん1人?」

 

「ああ。我1人だ」

 

短く刈り揃えられた金髪の美しい給仕が声を掛けてくるが、肌で分かる。この女は並大抵の戦士ではない、それこそ死力を尽くして挑み、勝てるかどうかというレベルの剣士だ。すこし緊張しながら俺1人だと返事を返す。

 

「ん、じゃあカウンター席で良いね。こっちだよ」

 

「ちょっとちょっと! こっちは大分待ってるんだけど!?」

 

「こっちもだぞ!」

 

「だってそっち団体さんじゃん? 1人で食べれる人は早くなるよ。ごめんね、小さい店だからさ!」

 

大勢で来たから待たざるを得ない連中を尻目にカウンター席とやらに腰掛ける。

 

「なんにする?」

 

「我も戦う男の飯と言う物を所望する」

 

一瞬店主は驚いた顔をしたが了解と返事を返した。

 

「カツ丼ね、了解。飯の量は? 大盛りか? それともあんたは身体が大きいから特盛りにするか?」

 

特盛りでも銅貨7枚と聞いて、特盛りと返事を返しカウンター席から周りを見る。冒険者やワーカーの大半が山盛りの米の上におかずが乗った物を食べている。甘い香りがあちこちから漂ってきていて、唾が沸いてくるのが分かる。

 

(戦う男の飯か……)

 

男の飯と言えばやはり肉だろう。どんな物がでてくるのかと期待していると巨大な皿の上に揚げられた肉と卵の汁がたっぷりと掛けられた料理が差し出された。

 

「カツ丼特盛り、お待ちどうさま」

 

「ほほう、これは美味そうだ」

 

甘辛い香りが鼻をくすぐる、宿に向かおうとしていた自分の足を止めたのはこの香りかと思っていると野菜とスープが差し出される。

 

「頼んでないぞ?」

 

「漬物と味噌汁はセットだよ」

 

最初の7枚の分に含まれているのかと安堵し、フォークを手にして口に運ぼうとした時、いただきますという声が聞こえ、この店の食事の挨拶なのだと分かりいただきますと口にし改めてフォークを手に取る。

 

「ふーふー」

 

湯気を放つ熱々の揚げられた肉の真ん中に突き刺し、口の中に入れる。

 

「美味いッ!!」

 

口に入れた瞬間にそう叫んだ。卵の甘辛い汁が衣だけではなく、肉にもしっかりと染みこんでいる。冒険者崩れのワーカーではあるが、金はある。色んな美味い物を食べてきたが、これはその中でも別格だった。

 

「あの失礼ですが、それは食べ方が違いますよ?」

 

「うん? どういうことだ?」

 

「米と一緒に食べるのです。するともっと美味しいですよ、カワサキさん。ご馳走様でした」

 

「おう、ペテルもまた来いよ」

 

店主に声を掛けられると言う事は常連客――常連客の言う食べ方ならば間違いないだろうと思い、米と一緒に肉を口に運ぶ。

 

「ッ!」

 

言葉も無かった…丼を片手で持ち上げ、分厚い揚げられたカツを食い、米を掻き込む。卵の甘みや、甘辛い汁の味が肉汁と共に口の中に広がり、米をどんどん食べたくなる。

 

「ずずうう……」

 

少し休憩し茶色いスープを啜るのだが、これも今まで味わったことの無い複雑な旨みで舌を楽しませてくれる。

 

(見た目良し、味よし、量よし! これで銅貨7枚とは安すぎる!)

 

たっぷりの卵を使われ、白身と黄身の鮮やかな彩り、タレを吸って色が変わった野菜、そして汁が染みこんで柔らかいながらもしっかりと肉としての味わいと食感を残しているこのカツ! 1つでも絶品なのに、それが幾つもあると言うのはなんと贅沢な事か。

 

「カワサキ、カツ丼お持ち帰り2つ」

 

「了解」

 

持ち帰り……そうだ、今も宿で待っている14人の仲間にもこの味を食べさせてやりたい。

 

「店主、我も持ち帰りで14個頼めるだろうか?」

 

「あいよ、でも数が多いから少し時間を貰うぜ? そうだな、夕方くらいに取りに来て貰えるとこっちとしてもありがたい」

 

「夜は営業しないのか?」

 

「食材切れだ。今日の夜の営業は無理なんだよ」

 

その言葉にあちこちから悲しそうな悲鳴が零れるが、広場まで並んでいるのを見れば確かに食材切れにもなるだろうし、仕込みぎれにもなるだろう。

 

「では15個に変えて夕方に取りに来る。頼めるだろうか?」

 

「あいよ、あんたの名前は?」

 

「ヘビーマッシャーのグリンガムだ」

 

名前とワーカーのチーム名を名乗ると店主は俺に紙を差し出してくる。

 

「夕方現品とその紙と代金と交換だ。忘れないで来てくれよ」

 

「分かった。では……おかわりを頼めるだろうか?」

 

1杯では物足りぬ、後で仲間にも頼むのだ。今ここでもう一杯頼んだとしても問題はないと思い、俺は2杯目のカツ丼を特盛りで頼むのだった……。

 

 

 

 

揚げ立てのカツを口に運びながら、良く冷えたエールを口にする皺だらけの老人――だがその目は鋭く、食堂を観察していた。

 

(ふーむ……なるほど)

 

老人――ワーカーチーム竜狩りのリーダー、齢80を越える老公「パルパトラ・オグリオン」はカワサキの店がどのような意味を持っているのかを終始観察していた。

 

(あっちは王国、こっちは帝国、んてあっちは竜王国――)

 

それぞれ違う国の紋章を刻んだ装備を持つ若い兵士達。みな持ち帰りで料理を持っていくところから、各陣営のトップ……それこそランポッサ三世、ジルクニフ皇帝、ドラウディロン女王の3国の指導者さえもカワサキの料理を好んでいると言う証拠だった。

 

「あむ」

 

前歯がないと言うと細かく切って食べやすくしてくれたカツを頬張り、冷たいビールでそれを流し込み大きく息を吐いた。

 

(ここは紛れも無く重要拠点……じゃな)

 

80を越えても尚現役で、結成以来メンバーを1人も死なせていないことを誉れとしている。名誉よりも仲間の信を得ることを重視し、己の考えた策略、作戦を使い敗走しても、仲間を死なせぬ、己も死なぬ事を重視し、石橋を何度叩いてもまだ足りぬと慎重に慎重を重ね、それでここまで生きて来た。だからこそ分かる……4ヵ国同盟の影にカワサキがいる。

 

(ふーむ……)

 

一介の料理人と侮ること無かれ、あの肉体を見れば戦士としての腕前も十分。それに調理をしているだけに見えて、店にいる客すべてを把握している……恐ろしい男だ。

 

「はい、ミックスカツとキャベツとご飯、お待ち同様」

 

「おお、すまんの。ありがとう」

 

それにこの給仕――足捌きから只者ではない、何十年も前にスレイン法国の剣士と戦った時の足運びに似ている。

 

(亡命者……か)

 

亡命し、重要な役割を持つカワサキを守りながらスレインの間者を探していると予想をつける。

 

「そうそう、ご飯の上にキャベツを乗せてソースを掛けて食べると美味しいよー」

 

思い出したように告げられた言葉だが正直肝を冷やした。こっちが観察している事を見抜かれた……エールを飲み干し、言われた通り米の上にキャベツを乗せ、その上に大きさの違うカツを乗せ、ソースをたっぷりと掛けて味が染み込むまでの間情報収集に集中する。

 

(魔法学校、ビーストマン、英雄モモン……)

 

王国と帝国が和解した事で情報収集はかなり楽になった。仔細に把握することの出来ない情報の中で喉から手が出る程に欲しかったのはやはり、英雄モモンの事だった。冒険者の認定が厳しい王国で最短でアダマンタイト級に登り詰めた戦士――アダマンタイトになる事を夢見てそれでも届く事の無かった至高の領域――そこに辿り着いた相手をこの目で見て見たいという気持ちがないわけではない。

 

(今日は無理かもしれんなあ……)

 

とは言え向こうも4ヵ国同盟の指揮官として登用される事が分かっている。話を聞きたいと思っていたのだが、やはり採用試験に合格されないと会うのは難しそうだ。

 

「……おおう、これは美味い」

 

酸味のあるソースが衣の中に染みこんでいて、肉の味をその酸味で引き締めている。キャベツのシャキシャキとした食感が口の中をさっぱりさせるのと同時に米を食べたいと思わせてくれる。

 

(うーむむ……)

 

確かに美味い、美味いのだが……食べやすいように小さく切られているのが少し不満だ。これだけ美味いのだから塊をガブリと行きたいのだが、前歯がないのでそれも難しい。美味いのに食べたいように食べれないのは辛い、物が美味いだけにつくづくそう思うのだった……。

 

 

メニュー121 石焼きビビンバへ続く

 

 




と言う訳で今回のカツ丼はちょっと影の薄い面子……アニメで死んでしまった人達をメインにして見ました。次回もこんな感じで影の薄い面子をメインにして生きたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

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