生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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メニュー121 石焼きビビンバ

メニュー121 石焼きビビンバ

 

私は久しぶりにエ・ランテルに訪れていた。その役割はナザリックからの伝言を伝えるメッセンジャー兼囮である。

 

(ふー落ち着け、落ち着け)

 

私は神人であると言う事がスレイン法国にばれている可能性が高く、危険ではあるがスレイン法国の人間を捕まえる事が出来る可能性があると言う事で、護衛はついているがそれでも心臓がバクバクと動くのが判る。

 

(……本当なのかな)

 

サキュロントが馬鹿な事をした時、私達がカワサキ様にスカウトされた時にスレインの人間が大勢いたと聞いている。スレインには洗脳などの魔法に特化した術師も多く、犯罪者として収監されるのを利用して私の拉致を考えていたと聞いている。昼間とは言え、気を緩めることが出来ず、終始緊張したまま私はカワサキ様の店の前に辿り着いていた。

 

「凄い繁盛してるわね」

 

新装開店してから3日経っているが凄い人だかりだ。それだけカワサキ様の料理が美味しくて、食べに来る人間が多いという証拠だろう。これじゃあカワサキ様に伝言を伝えられないと思っていると、皆が皆袋を手に店を出てくる。

 

「んー終わったぁ……って、あれ? エド。どしたの?」

 

暖簾を片付けに出てきたクレマンティーヌが不思議そうな顔をしているが、私もそれに負けないくらい不思議そうな顔をしていたと思う。

 

「アインズ様からカワサキ様に伝言を預かって来たんだけど……お客さん皆帰ったけど材料不足?」

 

「ううん。違うよ、お持ち帰りのお弁当。注文した分が終わったから丁度休憩の所。伝言でしょ? お店の中に入っておいでよ」

 

休憩に入る所と聞いて良いタイミングに来れたのかな? と思いながらクレマンティーヌの言葉に頷いて店の中に足を踏み入れる。

 

「ん? エドか、どうした?」

 

「あ、はい。アインズ様からの伝言と、その囮の役目を任されまして」

 

囮と聞いてカワサキ様があーっとなんとも言えない感じの声を出す。

 

「それはなんとも不運だったな、とりあえずモモンガさんの伝言を受け取るよ」

 

「はい、こちらになります」

 

蝋で封をした便箋をカワサキ様に差し出す。これでやっと一息つけた、カワサキ様の店が1番安全だと判っているので椅子に腰を下ろして溜め息を吐いた。

 

「ほい、これ。ミルクティーだって」

 

「ありがとう」

 

「良いよー」

 

ひらひらと手を振り、机の上に小瓶を置いたクレマンティーヌが私の前に座り、小瓶の中身をカップの中に入れる。

 

「そっち砂糖ね、こっちは足りない時のミルク」

 

「もうみるく入ってるけど?」

 

「濃いくらいが私には丁度良いの」

 

へらへらと笑うクレマンティーヌに肩を竦めて、とりあえず砂糖を少しだけ入れてミルクティーを口にする。

 

「ふう」

 

「落ち着いたみたいだね」

 

「まぁね。囮って言われて送り出されたらさすがに不安だわ」

 

これならゼロ達みたいに4ヵ国同盟の兵士の試験を受けていた方がよっぽど楽だと思う。

 

「まぁ普通はそうだよね、とりあえずカワサキの店にいれば安全だよ」

 

そう笑ったクレマンティーヌはエプロンを脱いで獰猛に笑う。その顔を見ればどこへ出掛けようとしているかは一目瞭然だった。

 

「近くに居るの?」

 

「と言うか、普通に弁当を買いに来てたからね。シャドウデーモンが追いかけて行ってるからふんじばって来るだけだよ。んじゃ、カワサキ。行ってくるねー」

 

「おう、気をつけてな」

 

カワサキ様に見送られ跳ねる様に店を飛び出して行くクレマンティーヌ。やっぱりスレインにとって4ヵ国同盟は面白い物ではなくて、正式に成立する前に邪魔をしに来たのだろう。

 

「内容は判った。カイレが若返ったとか、魔法学校の事とかな。ご苦労様」

 

「いえ。大丈夫です、じゃあ、私はこれで」

 

伝言も届け終わったし、ナザリックに帰ろうと思い立ち上がるとカワサキ様に呼び止められた。

 

「おいおい、使いも終わったから帰れなんて俺が言うと思うか? その様子だと昼飯まだなんだろ? 何か食っていけよ」

 

「良いんですか? 休憩だと聞いているんですが……」

 

「そんな事は気にしなくて良い。んで、何が食べたい?」

 

にかっと笑うカワサキ様に申し訳ないと思いながらも、ここで断るのも失礼だと思い椅子に腰掛ける。

 

「そうですね、じゃあ辛くて、量のあるご飯物が食べたいです」

 

ピッキー様やシホ様が色々と作ってくれるけど、私には辛さが物足りない、食べたら汗が噴出すような、それこそマートフのような刺激のある物が食べたいとカワサキ様に私はお願いするのだった……。

 

 

 

 

星に願いをと強欲と無欲を組み合わせてカイレを若返らせる事に成功したが、何代か前の聖王国の王の娘である事が間違いなしという結果だったらしい、と言うかスレイン法国がどれだけの力を持っているんだと正直呆れる。警護を抜けて姫を攫うとか尋常じゃない腕前だ。

 

(こりゃ警戒はまだまだ緩められんな)

 

クレマンティーヌが捕まえに行っているが、想像以上にスレイン法国の人間がエ・ランテルにいると判り正直げんなりする。だがそれはエドには関係ないことなので、褒美の料理を作ることに集中することにする。

 

「ほうれん草、もやし、人参っと」

 

ほうれん草は食べやすい大きさに切り、もやしは水洗い、人参は皮を剥いて千切りにし、2分ほど茹でたら鍋から出して全てボウルの中に入れる。

 

「ごま油、唐辛子、コチジャン、おろしにんにく、んで鶏がら出汁と黒胡椒と塩っと」

 

少量の鶏がら出汁をいれ、唐辛子、コチジャン、おろしにんにくを溶かして野菜とよく混ぜ合わせる。エドは辛いものが好きなので、コチジャンと唐辛子マシマシの真っ赤な特製ナムルだ。良く和えてから1口味見をして、思わずきゅっと顔を歪める。

 

「効くなあ、美味いぞ」

 

ごま油の香りとにんにくのパンチの効いた味、そして隠し味のピリリとする黒胡椒。味付けは完璧、本当はここにゼンマイの水煮も入れるんだが、この世界でゼンマイ等の山菜は見ないので今回はゼンマイは使わないことにした。

 

「次はっと牛肩ロース」

 

ちょっと奮発し、牛肩ロースを1cm幅で細切りにする。細切れ肉を使うのも十分にありなのだが、ここは食べ応えを重視する事にする。

 

「コチジャン、にんにくのすりおろし、砂糖、醤油、ごま油、炒り胡麻っと」

 

ナムルをかなり辛めにしているので、牛肉の味付けはやや甘め、コチジャンは隠し味程度かつピリリとする程度に抑える。これを良く和えて、10分ほどおいて置いて味を馴染ませる。

 

「ビビンバと来たらこれだろ」

 

ビビンバ鍋、どうせやるならこれを使いたいって思うのが料理人心っていう所か? と苦笑しながらコンロの上に石焼鍋を置いているとガラリと店の扉が開く音がした。

 

「どうもお久しぶりです」

 

「ニンブルか、久しぶりだなあ」

 

バジウッドは良く見るが、ニンブルを見るのは久しぶりだとこっちも挨拶を返す。

 

「陛下に呼ばれエ・ランテルにきたのですが、どうせ食事ならカワサキさんの料理が食べたいと思ったのですが、迷惑でしょうか?」

 

「良いぜ。入ってくれよ」

 

帝国から来て、態々食べに来てくれたのに追い返すなんて真似はしたくないのでニンブルを招き入れる。

 

「何にする?」

 

「そうですね。辛い料理を1つお願い出来ますか? 出来ればそうですね、汗が吹き出る程辛い物を」

 

迷う事無く辛い料理を1つ、しかも汗が吹き出る程と付け加える辺りニンブルも相当な辛党だな。

 

「貴方は辛いものがお好きなのですか?」

 

「ええ。しかし中々稀少で食べにくいですし、辛いだけというのはどうも」

 

「判ります! 辛ければ良いって物じゃないですよね」

 

「貴女も辛いものがお好きで?」

 

「ええ、母が辛い料理が得意でして、幼い時に良く食べたんですよ」

 

「そうですか、それは良いですね」

 

辛党ってすげえ意気投合してるな。まぁこれも食堂の1つの醍醐味かと思いながら味を馴染ませた牛肉をごま油を入れて十分に加熱したフライパンの中に入れて、手早く炒める。細切りにしているので火が通りが早いので焼けすぎないように、そして焦げないように気をつけてよく混ぜ合わせながら炒める。肉に火が通った頃合でコンロの上に乗せていた石焼鍋の中にごま油を入れて弱火で温めながら、ご飯を鍋の中にいれ、軽く焼きながら中心を窪ませる。

 

「良しっと」

 

窪みの上に乗せないように気をつけてほうれん草、もやし、人参、ほうれん草、もやし、人参と回し入れる。その上に焼いた牛肉を並べ、窪ませたご飯の上に卵を落とす。

 

「良し、仕上げ」

 

石焼鍋の縁にコチジャンを絞り入れたら火を中火に変えて焼き上げる。バチバチという音がしてきたら台の上に乗せ、白菜キムチ、白ゴマ、海苔を散らしてエドとニンブルに差し出す。

 

「特製石焼ビビンバお待ちどうさま。器が熱いから触らないように注意して、よく混ぜて食べてくれ」

 

食べ方の注意をしながら俺は柄の長いビビンバスプーンを2人に差し出すのだった。

 

 

 

 

木の台の上に乗せられた熱々の石で出来た器からは香ばしさと刺激を伴った辛い香りが漂ってくる。

 

「熱い内に食べるとしましょうか」

 

「そうですね。いや、しかしまさか私と同じで辛い物が好きな人にお会いできるとは幸運でしたね」

 

ニンブルと名乗った騎士にその通りですねと返事を返す。辛い物が好きと言うのは特殊な嗜好で中々理解される事がない、まさか同好の士にこんな所で会え、しかも極上の料理を食べれることに感謝したい。

 

「いただきます」

 

作ってくれたカワサキ様に感謝し、言われた通りに具材をかき混ぜる。少し見た目が悪くなるが、これが食べ方というのならばそれに習ったほうが良い。

 

「こういう風に食べれる料理とは珍しいですね」

 

「抵抗がありますか?」

 

貴族には料理をぐちゃぐちゃに混ぜるのは抵抗がありますか? と尋ねるとニンブルは肩を竦めた。

 

「いえ、そう言う訳ではないですよ。前にカレーを食べたときもこうやって食べたなと思っただけです」

 

具材とご飯を混ぜ合わせると白いご飯が見る見る間に赤く染まり、器に当たって焼ける音がして口の中に唾が沸いてくるのが判る。

 

「ふ、ふー」

 

「ふーふー」

 

揃ってスプーンの上のご飯に息を吹きかけ、よく冷ましてから口を開けてご飯を頬張る。大分冷ましたつもりだが、かなり熱い。だがその熱さによって辛さが際立つのが良く判る。

 

「美味しいです」

 

「やはりカワサキさんの料理は最高ですね」

 

厨房からお褒めに預かり光栄だという声が響いて来る。1口食べただけで汗が噴出し、痛みを伴った辛味が舌を楽しませてくれる。

 

(野菜も美味しいわね)

 

しっかりと辛い味付けが染みこんでいて、その上シャキシャキとした食感で楽しませてくれる。野菜を食べ、焼けた器で焦げ目がついたご飯を頬張る。香ばしい風味が口の中一杯に広がり、辛さの中に米の甘さが顔を出す。

 

「ふー熱い」

 

「そうですね、レデイ。ご無礼ですが、お許しください」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 

身体が熱く火照る。だがその熱さと火照りが辛い料理を楽しんでいると言う証拠になる。私はボタンを外し、ニンブルは襟元のスカーフを外して、ボタンを外す。熱いビビンバを冷ます為に息を吹きかける音だけがカワサキ様の店の中に響き、氷が溶けてグラスに当たってカランっと音を立て、その音に促されるように冷たい氷水を飲む。火照った身体が急速に冷やされ、額から汗が零れる。

 

「「ふーッ」」

 

ニンブルと揃って息を吐いて、思わず2人で笑ってしまった。

 

「いや、本当にこれは美味しいですね」

 

「ええ、これだけの料理はやはりカワサキさんの所で無ければ食べれないでしょう」

 

香辛料を使えば辛いだろうと言わんばかりの料理は美味しくない、辛い中にも様々な味が隠れているからこそ美味しいのだ。

 

「牛肉が少し甘いんですよね、でもこれが美味しい」

 

「甘いものと辛い物を組み合わせるって言うのが凄いですね」

 

野菜は火が出る程辛い、しかし牛肉はほんのりと甘い。しかし噛んでるとやはり辛くなるのだが、それがご飯を食べたいと思わせてくれる。

 

「この白菜も美味しいんです」

 

「確かに、これは漬物なんですかね」

 

他の野菜と違い冷たい白菜――これは辛い汁に漬け込んだ漬物のように思える。僅かな酸味から漬物である事は間違いない、普通の漬物ならばそこまで食べたいと思わないのだが、この辛味がスプーンを向けさせる。

 

「キムチって言うもんだ。持ち帰りできるぞ」

 

「「ぜひ」」

 

持ち帰り出来るのならば持ち帰ろう。私とニンブルの声が重なりまた2人で笑う。

 

「エド・ストレームと言います」

 

「これはご丁寧にありがとうございます。ニンブル・アーク・デイル・アノック――帝国四騎士の激風のニンブルです」

 

帝国四騎士――まさかそんなビッグネームが私と同じで辛党というのには驚かされた。

 

「貴族ですからもっと上品な物を好まれると思ってました」

 

「嫌いではないんですけどね、味が中途半端なのがどうも」

 

「ふふ、判ります」

 

高級な料理と呼ばれる物は食材も調味料も惜しげもなく使われているんだけど、食材の味と調味料の味が合致しないように思える。

 

「その点、カワサキさんの料理は素晴らしい、味付けも食材の味も完璧です。それでいてこの値段で食べれると言う事がとても嬉しいです」

 

味と値段が合致していない、カワサキさんは美味しい物を沢山食べて欲しいと思ってくれているからこの値段だ。

 

「カワサキさん、マートフってお願い出来ますか?」

 

「良いぞ、すぐ作ろう」

 

これだけ話の合う人間に合ったのは初めてだ。私の大好きな料理を食べて欲しいと思い、カワサキ様に追加でマートフをお願いする。

 

「エドさん、マートフとは?」

 

「物凄く辛くて美味しい料理ですよ。私のお勧めです」

 

「ほう、それは楽しみですね」

 

にっこりと笑うニンブルに本当に美味しいんですよと笑いかけ、2人でまた辛い料理に対する話をしながらマートフが完成するのをのんびりと待つのだった……。

 

 

メニュー122 ゴーヤチャンプルに続く

 

 




エド×ニンブルとかと言う原作破壊のCPですが、辛い料理が好きという共通点でこうなったという感じですね。次回はイメクト様のリクエストでゴーヤチャンプルです。問題ごとが重なり胃に来ているモモンガさんとかに食べて貰おうと思います、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

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